第267話 心強い援軍
「うわぁ、コ、コボルトだ。た、助けてくれぇ!」
「うろたえるな! このコボルトは魔王様の眷属だ。心配はいらん!」
「わふぅ、今助けるから頑張れって!」
「コボルトが、喋った……」
コボルト隊だけで掘り起こしの作業を行っていたら、助け出された住民が驚いてパニックになってしまったので、マグダロスの配下を街へと召喚してコンビを組ませて救出を進めています。
寒いところは嫌だと渋るネロを宥めて、ゼータ達と一緒に闇の盾を使った除雪を進めてもらっています。
雪に埋もれたことで火が消えたのか、爆発があった元締めの拠点から上がっていた煙は見えません。
たぶん、雪の下に多くの怪我人がいるはずですが、今は街の住民の救出を優先します。
商店や酒場などが建ち並んでいたメインストリートも完全に埋まっていましたし、店の多くが倒壊しています。
「痛ぇ、足が、足がぁ……」
「出血の酷い人、頭に怪我をしている人を優先して!」
最初は、僕も闇の盾を使った除雪に専念していたのですが、救助が進むほどに怪我人が増えてきて、治療に追われるようになっています。
『フレッド、バステン、影の中から救助を指揮して』
『かしこまりました、ケント様』
『救助は……任せて……』
影空間に置いてあった天幕を取り出し、リーゼンブルグの騎士に建ててもらって救護所を設営しました。
毛布や薪、食料、酒まで、次から次へとラインハルトによって運び出される物資を見て、騎士たちは目を丸くしていました。
『ケント様、少し休まれなされ』
「でも、まだ怪我人が……」
『集合住宅の方で掘り出しが始まりました。まだまだ怪我人は増えますぞ。適切な休息を取らねば持ちませんぞ』
確かにラインハルトの言う通り、召喚術の繰り返しと治癒魔術の連続で魔力が枯渇しそうです。
魔力の回復を助ける薬を飲んで、休息を取らなければ倒れるでしょう。
「仕方ない、ブースターを……」
『ケント様、まだです。ブースターよりも唯香殿を召喚なされよ』
「あっ、そうか!」
また一人で、何でもやろうとしていました。
こんな時にこそ頼りになる、僕の未来のお嫁さんがいるじゃないですか。
治療の手助けをしてくれている騎士に、援軍を呼びに行くと伝えてヴォルザードへと戻りました。
「唯香、手を貸して!」
「きゃっ! 健人!」
確かめずに飛び込んだ部屋で、唯香は着替えの最中でした。
「わっ、ゴメン、でも急ぎなんだ、大規模な雪崩で怪我人がたくさん出てる。僕だけじゃ治療しきれないんだ」
「雪崩って、雪なんてヴォルザードには……」
「リーゼンブルグの山岳地方の街なんだ。とにかく、お願い!」
「分かった、すぐ支度するから、健人は外で待っていて……ね!」
「あ痛っ……ごめんなさい。寒いから、暖かくしてね」
下着姿の唯香に頬を抓られて、部屋から追い出されました。
「よぉ、国分、唯香と痴話喧嘩か?」
「あっ、綿貫さん、いやいや、そんなんじゃ……なくもないか?」
「って、雪降ってるのか?」
「あぁ、この雪はリーゼンブルグの山の雪だよ」
リーゼンブルグと聞いて綿貫さんの表情が曇りました。
「山岳地方の街で、領主の圧政で苦しんでいる人たちがいるんだ。今は、その解放作戦の途中なんだけど、大規模な雪崩が起こって怪我人がたくさんいて……」
「はぁ……あんな奴らからは金だけ毟り取ってやれば良いのに、ホント国分はお人好しだよな」
「まぁ、そうなんだろうけど、性分なのかな……」
「雪があるんじゃ寒いんだろう? 風邪ひくなよ!」
「うん、ありがとう」
綿貫さんは、僕の肩をポンっと叩くと自分の部屋へと戻っていきました。
「健人、お待たせ」
「じゃあ、送還する……」
「あっ、待って! 私を送ったらマノンも迎えに行って」
「分かった。じゃあ送るよ……送還!」
ラインハルトに目印役を務めてもらい、無事に唯香をカルヴァイン領へと送還しました。
唯香が無事に到着したのを確認してから、マノンを迎えに行きます。
「マノン、手を貸して、お願い!」
「ケント、どうしたの?」
カルヴァイン領で起こっていることや、唯香を既に送り届けていることを話しました。
「分かった、すぐ支度するよ」
「じゃあ、僕はノエラさんに断っておくね」
マノンの部屋を出て、母親のノエラさんにも事情を話して了解してもらいました。
支度を終えたマノンを送還術でカルヴァイン領へと送り、すぐに影移動で後を追います。
「ユイカ、お待たせ」
「あぁ、マノン、怪我人の振り分けと応急処置をお願い」
「任せて。ケント、包帯と清潔な布が欲しい」
「分かった、すぐ準備する」
カルヴァイン領からアルダロスの王城へと移動しました。
「カミラ、大規模な雪崩が起こって怪我人が出ている。包帯と清潔な布を用意して、早く!」
「かしこまりました。治癒士を呼べ! 包帯と清潔な布を用意せよ! 増援部隊、準備は良いか!」
制圧作戦で怪我人が出ることは当然想定されていたので、すぐにリーゼンブルグの治癒士が準備を整えて来ました。
「魔王様、この者たちと一緒に私も送っていただけますか?」
「分かった」
救出作業にあたっているコボルト隊を呼び戻したくなかったので、影の空間から闇属性のゴーレムを取り出して目印にして、カルヴァイン領から召喚しました。
「召喚!」
百名の増援、治癒士二名、資材、それにカミラを召喚すると、ゴッソリと魔力を削られ、酷い目眩がして座り込んでしまいました。
「魔王様!」
「大丈夫、ちょっと魔力を使いすぎただけだから……それよりも、部隊の指揮を」
「はっ、増援部隊は救出作業に掛かれ、治癒士は……」
「あの天幕に……」
この日、三粒目になる魔力の回復を助ける丸薬を口にすると、いくらか気分が良くなりましたが、効き目は確実に弱くなっています。
「唯香、リーゼンブルグの治癒士にも来てもらったから……」
「ありがとう……って、健人、顔が真っ青だよ。それに、カミラ……」
僕の後から入って来たカミラの姿を見て、唯香が眉を吊り上げました。
「あぁ、色々言いたいことはあると思うけど、今は救助を優先して」
「分かった。でも、ここでカミラにできることは何もないわ。指揮を執るなら救助の現場じゃないの?」」
「確かに、聖女の言う通りです。魔王様、私は現場へ参ります」
「分かった」
天幕を出ていくカミラを追い掛けようかと思いましたが、思いとどまりました。
「健人、少し休んだ方がいいよ。ずっと魔術を使い通しじゃないの?」
「うん、さすがにちょっと限界だから、少し休んでくる」
「まだ怪我人が増えるみたいだから、今は休んで」
「うん、しばらくの間お願いするね」
影の空間に潜って、残っていた干し肉とドライフルーツをお腹に詰め込み、毛布に包まりました。
「ラインハルト、一時間ぐらいしたら起こして」
『了解ですぞ、外の様子はワシが見ておきますのでご安心下され』
「うん、お願いね……」
現場でみんなが頑張っている時に、自分だけ休むのは気が引けるのですが、無理しても倒れるだけなのは、これまでの経験で思い知っています。
今は身体を休めて、起きてから力を発揮できるようにしましょ
う。
目を閉じると、あっと言う間に眠りに落ちていきました。
『ケント様、だいぶ怪我人が増えております。起きられますか?』
「んっ、うーん……分かった、起きる」
眠りに落ちるまで、自己治癒を意識していたせいか、だいぶ疲労感は薄れました。
スマホで時間を確かめると、一時間ちょっと経っていました。
影の中から臨時の救護所となっている天幕を覗くと、唯香が忙しそうに治療を続けています。
天幕の外を見ると、道の上に治療を待つ人が寝かされています。
街の殆どの建物が倒壊しているので、仕方がないのでしょうが、これでは凍えてしまいそうです。
まだ怪我人が寝かされていない所へと移動して、ゼータ達を呼び寄せました。
「ゼータ、硬化の魔術を掛けて」
「かしこまりました、主殿」
土属性の魔術を使って、道の上に屋根を形成しました。
イメージとしては、日本のアーケードのような感じで、高さは三メートル弱、長さは五十メートルぐらいあります。
片方の壁際に通路を残して、十メートルごとに衝立を作り、風が吹き抜けないようにしました。
衝立と衝立の間には、煙突を作って、簡易的な暖炉も作ってあります。
「ラインハルト、暖炉に火を入れて」
『お安い御用ですぞ』
影空間から薪を運び込み、ラインハルトが火属性の魔術で点火していくと、吹きさらしの道よりは暖かくなっていきます。
「ゼータ、これと同じものを作れる?」
「大丈夫です、主殿」
「じゃあ、人を巻き込まないように気を付けながら、あと五つ作って」
「お任せ下さい」
突然出来上がった建造物に、住民だけでなく騎士たちも驚いていました。
騎士たちに指示をしていたいカミラが駆け寄ってきます。
「魔王様、これは……」
「天幕の数も足りないし、天幕だけでは寒すぎるでしょ。救護所を移動させるから手伝って」
「かしこまりました」
カミラは驚いて動きを止めている住民に向かって声を張り上げました。
「魔王様が仮の宿舎を建てて下さった。救護所を移動させるので動ける者は手を貸せ! 余ったスペースには、子供、お年寄り、女性を優先して入れよ!」
救護所として使っている天幕へ移動して、唯香とマノンに声を掛けました。
「唯香、マノン、あっちに風よけの建物を作ったから、移動しよう」
「分かった。この人だけ治療しちゃうから、他の人をお願い」
「ケント、ここに居る人は、怪我が重いから運んでもらえるように頼んで」
「分かった。すみません、動ける方は手を貸して下さい!」
重症の人を運んでもらうのを待っている間に、僕も治癒魔術で応急手当てを進めました。
アーケード状の建物の、衝立二つ分を診療所として確保し、治療を進めます。
『ケント様、集合住宅でも多数の怪我人がでています』
「どうしよう……よし、こっちに運んじゃおう」
『ですが、まだ雪が……」
「うん、大丈夫。方法は考えるよ」
集合住宅があった場所に向かうと、雪の下からの掘り出し作業が懸命に行われていました。
コボルト隊、リーゼンブルグの騎士だけでなく、命からがら助けられた人の中で、怪我が軽く動ける人は救助に参加しています。
ですが、殆どの建物が倒壊しているので、ここでも怪我人が雪の上に寝かせられている状態です。
アーケード状の建物の制作を終えたゼータ達を呼んで、山の斜面から取り出した土で作ったものに硬化の術を掛けてもらいます。
出来あがったものは、公園の池とかに浮かんでいる手漕ぎボートを大きくしたものです。
その前方に箇所と、後方に一か所ロープを掛けます。
『これは……ゼータ達が引くソリですか?』
「そうだよ。ゼータ、エータ、前で引いて。シータ、後ろで舵を取ってね」
「お任せ下さい、主殿」
怪我が軽かった住民の一人に船頭役を頼み、集合住宅から街までをピストン輸送してもらいます。
輸送が始まれば、救護所に担ぎ込まれる怪我人は更に増えていくでしょうから、僕も治療の応援に入りましょう。
救護所へと戻ると、既に移動を終えて治療を始めていましたが、唯香の表情には疲れが見えます。
考えてみれば、今日の昼間もヴォルザードの診療所で治療を行っていたはずですから、疲れているのも当然でしょう。
「唯香、代わるよ。少し休憩して」
「うん、ありがとう」
「あっ、でも休憩する場所がないね。ちょっと待ってて」
救護所の壁の向こう側に、四畳半ぐらいの小部屋を作りました。
暖炉の裏側なので、火を焚かなくても部屋の空気は暖まってきます。
床には影空間で保管してあった敷物を敷きました。
「ヘルト、雪を払って戻って来て」
「わふぅ、御主人様、呼んだ?」
「うん、あぁ、まだビショビショだ、ちょっと待って……」
水属性の魔術で、ヘルトの毛に浸み込んでいる水分を集めて、部屋の外へと放り出しました。
「あとは……」
「わぅ、御主人様、これ暖かくて気持ちいい……」
風属性と火属性を合わせてドライヤーのようにして、ヘルトの毛をモコモコに仕上げました。
「よし、唯香を呼んでくるから、護衛、兼癒しを頼むね」
「わふぅ、任せて任せて!」
唯香は、魔力の回復を助ける薬を飲み、ドライフルーツを少し摘まんでからヘルトを抱えて横になりました。
さぁ、唯香が休んでいる間は、僕が治療を頑張りましょう。
「ケント、僕が順番を指示するから、その通りに進めてくれる?」
「うん、よろしく、マノン」
救護所で治療を始めて、唯香がマノンを呼んだ理由がすぐに分かりました。
治療の順番の決め方が凄く的確で、しかも自信にあふれているように見えます。
怪我の重い人が担ぎ込まれてくれば、順番を入れ替えて優先的に治療する必要が出てきます。
そうなると、後回しにされた人が不満を感じて文句を言われそうですが、容態の見極めと、意志の確認が的確なので、揉め事になる気配もありません。
知り合った当時の、すぐにアワアワしちゃう姿しか見て来なかったので、正直凄く驚きました。
『ケント様、皆様の頑張り、成長をしっかり見ておかねば、愛想を尽かされますぞ』
『うっ……そうだね、ちゃんとしないとね』
マノンが患者の管理をしてくれるならば、僕は治療に専念するのみです。
優先的に治療を行わなければいけない人たちは、家屋が潰れた時に、家具などの下敷きとなって内臓に損傷があると思われる人たちです。
放置すれば出血多量や、腹膜炎などで死に至る可能性が高いです。
その他、頭部に打撲や裂傷を負った人も優先します。
とにかく、一人でも多くの命を救えるように、頑張るのみです。
「はい、腹部の怪我は治療しました。足の怪我は申し訳ありませんが後にしても良いですか?」
「すげぇ、あんなに苦しかったのが嘘みてぇだ。あぁ、足の怪我は後でも構わねぇ、重傷人を優先してくれ」
「マノン、次の人を」
「分かった、こっちの人をお願い」
治療を続ける傍らで、炊き出しの準備も始めてもらいました。
『ラインハルト、救出した人たちが食事を取れるように、準備を始めてもらって、材料は七番坑道から持ち出し、それと空間にある鍋とか使って構わないから』
『了解ですぞ、カミラ嬢には筆談で伝えますので、ご心配なく』
『うん、よろしくね』
救護所は、僕と唯香にリーゼンブルグの治癒士二名を加えた四人が交代で休憩をしながら治療を続けることにしました。
重篤な怪我人は、集合住宅での救出作業が進められている間がピークで、そちらが一段落すると、ぐっと人数が減りました。
集合住宅の後には、元締めたちの拠点でも救出作業が行われましたが、こちらは爆発の衝撃と雪の重みで殆どの人が死亡していたそうです。
『偵察した時には……爆剤の樽は見当たらなかった……』
「部屋の中じゃなくて、壁の中とか、柱の中に仕込んでいたのかもね」
『でも、あれでは元締めがいたら……一緒に吹き飛んでいたはず……』
「それじゃあ、アーブルに騙されていたのか、それとも元締めたちが配下を騙していたのか……それは尋問で分かるんじゃない?」
爆剤を発見できなかったことも含めて、フレッドは納得がいかないようです。
元締め達の拠点が爆破されたことで、面倒な配下たちは一掃された形ですが、同時に踏み込んだ騎士たちもほぼ全滅の状態です。
カルヴァイン領を王家の直轄地として運営していくには、むしろ都合の良い状況とも言えますが、二百五十人もの騎士の命は代償としては大きすぎます。
『元締めの五人は、死罪を免れぬでしょうな』
「と言うか、配下まで皆殺しにしちゃったら、どうにもならなくなっちゃうよね?」
『そうですな。ですが、騎士団に拠点まで踏み込まれた段階で、勝負は決しています。言うなれば、最後の嫌がらせのようなものでしょう』
「そんなことで殺されたら、たまらないよ……」
休憩の順番になったので、拠点の状況を見に来ましたが、掘り出されるのは中身が入ったまま歪んで、バラバラになった甲冑ばかりです。
掘り出しを行っている騎士の顔には、怒りと無念さが浮かんでいます。
「これで、もう終わりだよね?」
『左様ですな。後は、バルシャニアの行列が何事もなく通りすぎれば……ですな』
「あぁ、そうだった。セラフィマの行列は、僕も無関係じゃないから、何事もなく終われるようにしないと」
『これまでのケント様の功績、我々の武力を考えれば、手出ししてくる者が居るとも思えませぬ』
「でも、実際に僕らを見ていない人も沢山居るんじゃないの?」
『そうですな。無駄な血が流れないように気を配りましょう』
真っ白な雪の上に並べられた、騎士の遺体に黙祷を捧げて、救護所へと戻りました。
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