第266話 アーブルが遺したもの

「バステン、それらしい鳥は飛んできた?」

『はい、何羽か撃ち落としましたが、手紙までは確認できませんでした』


 制圧作戦の当日、アルダロスの王城へ向かう前に、カルヴァイン領で監視を続けているバステンのもとを訪ねました。

 バステンの他に、十頭のコボルト隊がカルヴァイン領を取り囲むように配置され、空を監視し続けています。


 言うなれば、コボルト対空監視レーダーみたいな感じです。

 冬の間、カルヴァイン領は吹雪が長く続く時もありますが、天候が回復した僅かな時間を狙って鳥が飛来するそうです。


 いつ飛んで来るか分からない鳥を待ち続けるのは、忍耐力を要する作業です。

 作戦が終ったら、みんなをいっぱい撫でてあげないといけませんね。


「フレッド、領内の様子はどう?」

『領民の生活は……落ち着いた……』

「元締めたちは?」

『大丈夫……気付いた様子はない……』


 食料や薪、魔石などの生活物資を配布したことで、搾取されていた住民も飢えずに済んだようです。

 フレッドと一緒に見に行った集合住宅でも、住民の顔には笑顔が戻っていました。


 そして何よりも心配していた作戦の漏洩ですが、元締めたちや配下の者たちに変わった様子は見られないようで、こちらも大丈夫のようです。

 物資を保管している七番坑道の詰所でも、日が高く昇っているのに、男たちは高いびきをかいていました。


 まぁ、ここは元締めたちの制圧とは直接関係ないので、作戦の時には放置されるんですけどね。

 作戦が全部終了した時点で投降を呼び掛け、応じなければ僕の眷属が制圧するだけです。


「ねぇ、ラインハルト。もし気付かれていたら、延期した方が良かったんだよね?」

『そうですな、無理に進めても多くの犠牲が出るだけです。気付かれていたならば作戦を延期し、奴らの対応策を見極めてから新たな作戦を行うだけです』

「でも、それだといつまで経っても解決しないよね?」

『確かに時間は掛かりますが、奴らとて無限に篭城を続けられる訳ではありませぬ。雪が解ければ道が開きますし、そうなればケント様の送還術との両面作戦なども可能になります。物資にも、限りはありますからな」


 確かに、ラインハルトの言う通り、カミラたちの方が優位な状況なのは間違いないでしょうが、こんな面倒な話はさっさと片付けるに限ります。

 ギリギリまでバステンたちには監視を続けてもらい、僕らは作戦遂行の準備を進めることにしました。


 アルダロスの王城へ移動すると、カミラの他に、騎士団長、現場で指揮を執る分団長などが顔を揃えていました。


「おはよう、カミラ」

「おはようございます、魔王様」

「カルヴァイン領の奴らには、気付かれていないよ」

「では、決行いたします。既に参加する騎士たちは、準備を整えて待機しておりますので、あとは時が来るのを待つばかりです」

「じゃあ、僕の役割を、もう一度確認させてもらって良いかな?」

「はい、ベルデッツ、説明を……」

「かしこまりました」


 カルヴァイン領制圧作戦で、僕が果たす役割は六回の召喚です。

 五人の元締めたちが集まっている領主の館、そして元締めたちの拠点に騎士たちを送り込みます。


 既に説明を受けて、召喚場所の打ち合わせも終えているので、これはあくまでも確認です。

 一番重要な領主の館では、騎士たちを館の中、領主不在で使われていないダンスホールへと召喚します。


 城壁に囲まれた敷地の中どころか、屋敷の中に突然騎士が現れるのですから、さぞや驚くでしょうね。

 元締めたちの拠点でも、一番警備が薄そうで、一番容易に突入できる場所を選んで召喚を行います。


 突入を行う騎士たちには、屋敷や拠点の内部の様子も伝えられ、重要な人物の人相も伝えてあります。

 あとは、僕が召喚する場所や順番を間違えないようにするだけです。

 いくら準備しても、別の拠点に召喚してしまったら意味ないですもんね。


「よろしいでしょうか、魔王様」

「うん、問題ないよ。ただ、相手があることだから、直前でのアクシデントにも備えておかないとね」

「はい、混乱しないように、騎士たちの腕には拠点ごとに色分けした布を巻きます。万が一、召喚する順番が変わった場合には、色で騎士を呼びつけて下さい」

「了解です。それで、この拠点の見取り図に、布が縫いとめられているんだね」

「左様です」


 僕の確認を終えてしまうと、準備は完了、あとは決行時間を待つばかりです。

 騎士団長たちも持ち場へと戻っていき、カミラと二人になりました。

 まぁ、メイドさんとか、秘書官の方が控えてますから、エッチぃことはしませんよ。


「魔王様」

「な、なにかな?」

「何か御懸念がございますか?」

「えっ、いや別にないけど」

「そうですか、何か落ち着かない御様子でしたので、失礼いたしました」

「あぁ、落ち着かないのは確かだね。これまでは、仕掛ける側じゃなくて、仕掛けられる側だったから……」

「そうでございますね。これまで数々の危難を乗り越えてこられたのは、全て魔王様の御助力があってのことです。ありがとうございます」

「ま、まぁ、リーゼンブルグが落ち着いてもらわないと、賠償も進まないからね」

「はい、そうでございますね。その賠償の件ですが……」

「あぁ、待って。それは、作戦がキッチリ終ってからにしよう。今はカルヴァイン領の制圧に集中しよう」

「はっ、かしこまりました」


 カミラが素直に従うのは良いとして、なんで部屋の隅に控えているメイドさんはニヨニヨしているのかな、けしからん。

 昼食を食べた後も、作戦決行までは時間があって、どう時間を過ごしたものか落ち着きません。


「カミラ、一旦ヴォルザードに戻る」

「かしこまりました」


 カミラと二人で居ると、間が持たないというか、妙な気を起こしてしまいそうというか、とにかく落ち着かないので席を外すことにしました。

 向かった先は、ネロのところです。


 てっきり自宅の建築現場にいるのかと思いきや、魔の森の訓練場で陽だまりをみつけて転がっていました。


「ネロ、ちょっと寄り掛からせてもらってもいい?」

「お安い御用にゃ。ご主人様は働きすぎにゃ」

「いや、そうでもないと思うけど……」


 ネロのフカフカなお腹に寄り掛かると、昼食後の満腹感も手伝って、たちまち眠気に囚われました。


「やっぱり、働きすぎにゃ……」

「う、うーん……」


 そのままグッスリと夕方まで睡眠を取ってからアルダロスへと戻り、カミラに待機を命じた後、夜会の偵察へと向かいました。

 元締めたちは、湖の畔にある領主の館へ、バールカという大型の鹿が引くソリに乗って集まってきます。


 一頭また一頭、カランカランと首に下げた鐘を鳴らしながら、この夜も五台のソリが欠けることなく集まりました。

 カルヴァイン家の豪華な応接室には、前回と同じ顔ぶれが、前回と同じ場所に腰を下ろしています。


 五人の様子には変わった感じは見受けられませんが、迎える側、カルヴァイン家の家宰ヘーゲルだけが硬い表情を見せています。


「皆様、今宵も足元の悪い中、お集まりいただき感謝申し上げます。いつものように始めさせていただこうかと思いましたが、一つお知らせが……王都からの知らせが途絶えました」

「なんだと、それではアーブル様の安否が分からぬではないか! 貴様、何をしておる!」

「落ち着け、ラクロワ。この雪だ、ヘーゲルとて打てる手には限りがある」

「しかし……」


 ソファーから腰を浮かせていたマッチョ男のラクロワですが、一番年長のブノアに諌められて渋々といった様子で腰を下ろしました。


「ありがとうございます、ブノア様」

「ヘーゲル、知らせが絶えたのは、密偵が捕らえられたからか? それとも鳥が天候で飛べぬからか?」

「申し訳ございませんが、確たる理由は分かりかねます。密偵が捕らえられた可能性もございますし、知らせを運ぶ鳥が猛禽に狩られた可能性もございます」


 どうやら、こちら側の作戦が洩れるのは防げましたが、知らせが届かないことに着目するあたりは、やはり抜け目ないと感じます。


「知らせが来るにしろ、来ないにしろ、今のあたしらでは何もできないんだろう? だったら、さっさと夜会を始めておくれよ」

「ドニエ、密偵が全て捕らえられたとしたら、雪解け早々にも王家の軍勢が攻めて来るやも知れんのだぞ」

「そんな話は、最初っから折込済みじゃないのかい? 少なくとも、あたしのところは、いつでもやり合う支度は整えてあるよ」

「ふん、いいだろう、ヘーゲル進めよ」


 苦虫を噛み潰したようなブノアの言葉に、ヘーゲルも眉をしかめています。

 ヘーゲルにしてみれば、自分の主人はアーブルであり、ブノアに顎で使われる理由は無いと思っているのでしょう。


『ケント様、頃合いですぞ』

「うん、こっちも始めよう」


 王城の演習場へと戻り、カミラに声を掛けます。


「カミラ、始めよう」

「はっ、これより作戦を始める! 第一部隊、用意せよ!」

「はっ!」


 ビシっと敬礼を掲げた百名の騎士を囲むように、アルト、イルト、ウルト、エルトが配置に付き、僕はアーブルの居城のダンスホールへと移動、召喚術を発動しました。


「召喚!」


 一瞬にして、武装を固めた騎士が百名現れました。


「よし、付いて来い!」


 部隊を率いるマグダロスの号令とともに、騎士たちは扉を開け放って館の中へと雪崩込んで行きます。


「ラインハルト、僕は次の召喚を行うから、こっちは頼むね」

『了解ですぞ、お任せ下され』


 ラインハルトに頼んだのは、夜会が行われている部屋の封鎖です。

 さすがにアーブルの居城だけあって、元締めたちが集まっている部屋には隠し扉が設けられていました。

 夜会が始まる前に、扉の内側を土砂で埋め、硬化の魔術まで掛けてありますが、攻撃魔術で破られないとも限りませんので、ラインハルトに監視してもらいます。


「さぁ、どんどん召喚するよ、準備は良い?」


 アルダロスの王城に戻った後、矢継ぎ早に五つの部隊を元締めたちの拠点へと送り込みました。

 さすがに、六連続で召喚術を行うと、ゴッソリと魔力が削られます。


 魔力の回復を助ける丸薬を飲み込んで、元締めたちが集まっていた部屋へ向かいました。


「どう? ラインハルト」

『無事に制圧しましたぞ』

「あそこに倒れているのは?」

『マニフィカとか言う元締めの執事ですな。主を隠し扉から逃がす間の時間稼ぎをしようと向かって行きましたが、返り討ちにされました』


 騎士が一人、部屋の隅で片膝を付いているのは、その執事の攻撃を受けたのでしょう。

 五人の元締めとへーベルは、全員手枷をされて鎖に繋がれています。


「ヘーゲル、貴様、我々を売りおったのか!」

「うるさい!この手枷が見えないのか、この老いぼれが!」


 騎士に捕らえられたことをなじるブノアに、ヘーゲルも語気荒く言い返しています。


「くそっ、王室の犬どもが、どこから入り込みやがった!」

「ふん、魔王を敵に回したカルヴァイン領には、最初から勝ち目など無かったのさ」


 こめかみに青筋を浮かべて罵るラクロワに、騎士の一人が余裕の表情で答えています。

 いやいや、王国の騎士が魔王の手先みたいな返事してたらマズいでしょう。


「王国騎士団、第一分団長のマグダロス・アイスラーだ。貴様らは王都に送られて、過去の悪行の全てを取り調べて処罰する。今のうちに覚悟を……」


 ズガァァァァァン!


 余裕たっぷりに宣告を行っていたマグダロスの言葉を掻き消すように、爆発音が響き渡りました。


 ズドォォォォォン! ズガァァァァァン!


 夜会が行われていた部屋の窓ガラスがビリビリと振動し、床にまで揺れが伝わってきています。

 館の外へと出てみると、月明かりに照らされた街のあちこちから黒煙が立ち昇っています。


「はんっ! もう勝ったつもりじゃないだろうね。あたしらの拠点を襲撃した騎士どもは、揃って木っ端微塵だよ」


 手枷をはめられても太々しい態度を崩さないドニエは、自信にあふれた笑みを浮かべてみせました。


「貴様! 何をしたんだ!」

「何だい、爆剤ならばアーブル様にたっぷりと味わわせてもらったんじゃないのかい? あんたのところの部下は、あたしらの拠点ごと吹き飛ばして……何だい、この音は……」


 自信満々に語っていたドニエが、眉を潜めて言葉を切ると同時に、部屋に居合わせた者たちは、耳を澄ませて周囲の様子を探ろうとしました。


 ドドドドドドドド……


 地響きのような音が、段々と大きくなって近付いているように感じます。

 爆発の時とは違う、地の底から響いてくるような振動に、またしても窓ガラスがビリビリと振動を始めました。


『ケント様……雪崩が……』


 フレッドの知らせを受けて急いで表に出て、屋敷の屋根へと登ってみると、街の周囲を取り囲む山から濛々と雪煙が舞い、凄まじい勢いで雪の壁が迫って来ています。


『ケント様……後……』

「うわぁ!」


 フレッドの言葉に後を振り向くと、大規模な雪崩が城壁にぶつかり、波のごとく高々と舞い上がりました。

 急いで影に潜り、その場に身体を残して星属性の魔術を使って空へと上がると、街は雪崩が巻き上げる雪煙の下に隠されて、爆発の黒煙すらも埋められていくようでした。

 山に降り積もっていた雪が、爆発の振動によって一気に崩れて大規模な雪崩となったのでしょう。

 アーブルの居城は、押し寄せた雪によって城壁の一部が崩れたものの、屋敷の建物には被害は出ていない様子です。


 他の拠点に向かった騎士の安否は不明ですが、この館に転送した百人についてはほぼ全員が健在のようです。


「マグダロス、大規模な雪崩が起きて街が埋まっている」

「何ですって、他の部隊の者たちは?」

「爆発の黒煙すら見えなくなっているから、生き埋めになっている可能性が高い」

「何と言うことだ……」

「生存者の救出には多くの人手が必要になるから、館で捕らえた連中を一箇所に集めて見張らせて。手の空いた者には、雪の掘り起こしを手伝ってもらうから」

「かしこまりました。すぐさま準備をはじめます」

「うん、僕は先に行って状況を確認する」


 影に潜って、アーブルの居城から街へと移動します。

 街は、冴え冴えとした月明かりの下で、真っ白な雪原へと姿を変えていました。


「これじゃあ、どこが家で、どこが道なのかも分からないよ」


 雪の積もり具合で、恐らく道であろうと思われる場所に立っても、辺りには雪しか見えず、どこから手を付けて良いのかもわかりません。


『ケント様、とにかく掘るしかありませんぞ』

「掘るって言っても、この雪をどこに持って行けば……そうだ、影の世界を経由させれば」


 ちょっと思いついて、五十センチ四方ぐらいの闇の盾を作って、雪に向かって斜めに差し入れてみました。

 闇の盾に乗っかった雪は、自らの重さに耐えかねて、影の空間へと落ちていきます。


「よし、これならいける!」


 闇の盾は、空気や水などの柔らかい物の中には展開出来ますが、岩や木などの硬い物を切断するようには展開出来ません。

 雪は、ギリギリのラインなのかもしれませんが、どうにか展開出来そうです。


 道とおぼしき場所で、地面のすぐ上を狙って闇の盾を展開すると、ドサドサと雪が崩れ落ちましたが、まだ雪が積もっているようです。

 元々踏み固められていた所まで掘り進めると、積もった雪の高さは三メートル以上ありそうです。


 とりあえず、深さ三メートルぐらいのラインを狙って闇の盾を展開し、ドンドン雪を影の空間へと落としていきました。

 ある程度道の雪をどかしたら、次は建物の上をどかしていきます。


 雪が積もっていた状態で、道との高さの差が小さいことが気になっていましたが、殆どの建物が雪の重みで押し潰されています。


「誰か……助けて……」


 雪に潰された建物の下から、か細い声が聞こえてきました。


「コボルト隊、全員集合!」


 影召喚を使って、コボルト隊三十三頭に集合を掛けました。


「全員で手分けして、建物に埋もれた人を掘り出して!」

「わふぅ! 分かりました、ご主人様!」


 僕が、積もった雪を荒掘りして、コボルトたちが潰れた建物の下から遭難者を掘り出す。


 道に沿って掘り進めながら、集合住宅があった場所を目指しますが、行く手には真っ白な雪原が広がっているばかりです。

 これは、長い一夜になりそうな気がします。

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