第264話 普通の日

 自衛隊朝霞駐屯地は、練馬駐屯地から川越街道を通って六キロちょっとの距離にあります。

 道が空いていれば、二十分も掛からずに到着できる距離とあって、練馬駐屯地の代替地としては最適です。


「国分君、準備は良いかな?」

「はい、全員乗り込んで、シートベルトも締め終わりました」

「じゃあ、始めてもらえるかい?」

「了解です!」


 帰還させる場所は練馬から朝霞へ変更になりましたが、ヴォルザードからの距離を考えれば、その程度の違いは誤差みたいなものです。

 と言うか、ヴォルザードと東京が、実際にはどのぐらいの距離なのか分かってないんですよね。


 それに誤差の範囲とか考えていて、うっかり違う場所に落としてしまったら大惨事ですから、気を引き締めてやりましょう。


「送還!」


 実際には掛け声とか必要ないのですが、そこは気分の問題です。

 ちなみに、開いた右手を突き出すポーズも気分の問題ですよ。


 送還術を発動すると、ゴッソリと魔力を削られる感覚が訪れると同時に、月面探査車もどきのケージが姿を消しました。

 視線を唯香が掲げてくれているタブレットへと移すと、ケージは無事に朝霞駐屯地へと移送されていました。


「お疲れさま、健人。無事に到着しているみたいだよ」

「うん、念のために確認してくるね」


 影移動を使って朝霞駐屯地の倉庫へと移動すると、帰還した同級生たちが歓声を上げながらケージから下りてくるところでした。


「やぁ、国分君、お疲れ様」

「あっ、梶川さん、お疲れ様です。夜中に、すみませんね」

「いやいや、それは時差の関係だから仕方がないよ」

「それで、例の市民団体は大丈夫ですか?」

「今のところは、こちらに帰還する話は伝わっていないみたいだから大丈夫だね」

「でも、それだと伝わってしまうと拙いってことですよね」

「いやいや、大丈夫だよ。自衛隊の駐屯地は他にもあるからね。東京だけだって、市ヶ谷、目黒、十条、小平、東立川……近隣の県も合わせれば、さらに数は増えるから、さすがに彼らも全部はカバーできないよ」


 僕は、朝霞と市ヶ谷、十条ぐらいしか知りませんでしたが、自衛隊の駐屯地って意外にたくさんあるんですね。

 それならば、自称市民団体の方々も全部はカバーできそうもありませんね。


「なるほど、でも僕が行ったことの無い場所には送れませんよ」

「あぁ、そうだった。でもまぁ、今回と同様に事前に打ち合わせをすれば大丈夫だよね?」

「そうですね。セッティングさえ整えてしまえば、後はやる事は一緒ですからね」

「まぁ、あちこちに送還してもらう……なんてことにはならないとは思うよ」

「でも、問題は同級生のみんなの今後なんですけど……大丈夫ですか?」

「それについては、専用の相談窓口を設置して対応することになっている。ただ、周囲の人の反応までは、完全に予測はできないからね」


 藤井の事件以後、一時は登校を再開していた同級生たちも、現在は自宅でネット経由の授業を受けているそうです。


「そう言えば、ネット経由の授業はスマホでも見られるし、国分君も受けておけば?」

「うぇ? えっと……時間があったら検討したいと思います……」

「はははは、まぁ、国分君に忙しい思いをさせている身で偉そうなことは言えないけど、学べる時に学んでおいた方が良いよ」

「はい……検討します」


 帰還した同級生たちと握手を交わし、目印に使った闇属性のゴーレムを片付けて、ヴォルザードへと戻りました。

 帰還作業を行った場所へと戻ると、唯香たちの他に、加藤先生と佐藤先生の姿がありました。


「ご苦労だったな、国分。ちょっと話があるんだが、良いか?」

「話ですか? なんでしょう?」

「こちらに残っている連中のことなんだが……」

「帰還するか、ヴォルザードに残るかは、自分で判断してもらうしかないですよ」

「それは分かっているが、残った場合の生活なんだが……」

「こちらに残ると決めた時点で、自分の生活は自分で何とかしてもらわないと、一生面倒見る訳にはいきませんよ」

「それも分かっている。だが、いきなり宿舎を出ていけとか、今日から自分で稼げと言われても対応は難しいだろう。猶予期間をいつまでにするとか、前もって決めておいた方が、国分にとっても良いのではないか?」

「そうですねぇ……」


 帰還作業は魔力を消耗するので、以後の予定は入れていません。

 ぶっちゃけ、唯香やマノン、ベアトリーチェとイチャイチャして過ごそうと思っていたのですが、上手くいきませんね。


 守備隊の食堂で、少し早めの昼食をとりながら、同級生たちの今後について話を進めました。

 帰還作業については、日本の状況や、僕の予定によって変更もあり得ますが、基本的には今のペースで進めていきます。


 唯香や八木、居残り三人組の他にも、フラヴィアさんの服屋で働いている相良さんなど数名が残留を希望していて、妊娠中の綿貫さんが検討中です。

 これらの人たちについては、ヴォルザードに残った後も、お盆や正月など年に数回日本との往来を手伝うつもりです。


 今現在、帰還か残留かで悩んでいる人たちも、保護者の同意が確認出来ない場合には帰還させる。

 保護者の同意を確認できた場合には、他の残留希望者と同等の扱いをすることにしました。


 宿舎については、クラウスさんの了解を得なければなりませんが、帰還作業を終えた後も半年程度は滞在できるようにお願いするつもりです。

 まぁ、人数も減りますし、元々は魔物の大量発生に対応するための臨時宿舎なので、僕の眷属が魔物を抑えている分には利用し続けられるはずです。


 ただし、家賃と食費を含めて、月に三千ヘルトを徴収します。

 元手は、ギルドから借りてもらい、半年経過した時点で生活が成り立たない場合には、強制的に日本に帰還させます。


 そして、半年が経過した時点で、僕からの支援は日本との往来以外は、完全に打ち切ることにしました。


「正直、中学校も卒業していない者に、自分で稼いで自分で生きていけなどと言うのは、現代の日本では厳しすぎる話だとは思う。だが、こちらで生活していくのであれば、この程度の厳しさは当然なのだろうな」

「そうですね。まぁ、ヴォルザードに住んでいる僕らと同じ年代の人たちも、全員が全部自力で生活しているわけじゃないでしょう。親と暮らしているのならば、家賃や食費は親に頼っているかもしれません」

「まぁ、そうだろうな。家族がいれば当然だ」

「先生たちの頃は、中学卒業で働くのは普通だったんじゃないですか?」

「馬鹿野郎! 俺をいくつだと思ってるんだ。戦中戦後の世代じゃないぞ!」

「うひぃ、すみません!」

「俺たちの頃だって高校は当たり前、八割ぐらいは大学に進学してたんだぞ」

「そうだったんですね……」


 そうでしたか、僕はてっきり加藤先生は竹槍で戦闘機を落とそうとしていた世代だと思ってました。

 とりあえず、クラウスさんに確認をしなくちゃいけませんが、同級生の処遇はこれでほぼ解決でしょう。


「ところで国分、リーゼンブルグの賠償はどうなっているんだ?」

「あー……手付かずって感じですけど、それって僕の仕事なんですかね?」

「そうだなぁ……往来は国分に頼るしかないが、そもそも交渉は国がやるものだな」

「現状は、帰還作業で手一杯って感じですけど、片付いたら政府関係者の往来だけにして、僕は手を引こうかと思ってるんですけど……まぁ、完全には無理でしょうが」

「そうだな、そもそも苦労をすべきは、騒動を引き起こしたリーゼンブルグの側だし、国分自身も賠償を受ける側だからな……まぁ、何にしても、こちらの仕事を早く終らせて、俺も日本に帰って、のんびり温泉にでも浸かりたいものだ」

「あぁ、確かに大きい湯船とか、領主クラスの家じゃないとありませんもんね」

「そこなんだ。ヴォルザードは食い物も不味くないし、衛生面も悪くない。日本との通信もできるようになって、暮らしていく上では余り不便も感じないのだが、風呂だけはなぁ……」


 先生を含めた同級生たちが滞在しているのは、守備隊の臨時宿舎とあって浴室にはシャワーしかありません。


 魔石を使った魔道具で、ちゃんと温水も出るのですが、湯船はありません。

 温泉立国日本育ちで、先生たちの世代となると、湯船が無いのは辛いでしょうね。

 

「国分、大浴場を作ってくれ」

「へっ? お風呂場ですか?」

「そうだ、壁には富士山の絵が欲しいな」

「それって、銭湯を作れってことですか?」

「はははは、冗談だ。大勢で入浴する習慣の無い街では、銭湯を作ったって流行らないだろう」

「うーん……どうでしょう。広い湯船の気持ち良さを知れば、みんな虜になるとは思いますけどねぇ……」


 実際、どこかの国の王様とか、風呂にご執心って感じでしたからね。


「国分、それだ! 温泉施設を作るから、俺様に出資しろ!」


 突然、横から首を突っ込んで来たのは、勿論あの男です。


「そんなことを言って、八木は番台に座りたいだけじゃないの?」

「ば、ば、馬鹿野郎、俺様は風呂の魅力を伝えるためにだなぁ……」

「はいはい、温泉施設を作るにしても、八木なんかに出資しないで自分でやるから用は無いよ」

「ばーか、お前はホント馬鹿だな。温泉施設なんてものは、最初は良くてもすぐに飽きられて寂れちまうんだよ。そこで繁盛させ続けるには、この俺様の企画力が物を言うってわけだよ」

「いやぁ……ぶっちゃけ八木の出番なんて無いと思うよ。もし本当に温泉施設を作るとしたら、お湯には水属性の治癒の効果を付与するつもりだし、本格的な湯治場にするつもりだから、廃れるはずもないし」


 チラリと視線を向けると、マノンが拳を握って頷いています。

 唯香の話では、マノンの水属性の治癒魔術の腕が上がっているそうで、慢性的な関節の痛みなどへの効果が高まっているそうです。


 これを温泉施設でやれば、お湯による血行促進の効果も加わって、更に効果が上がる気がします。

 足りない部分は、僕も治癒の効果を付与すれば良いですしね。


「ばーか、お前はホント馬鹿だな。本格的な湯治場なんかにしたら、年寄り連中しか集まって来ないじゃないかよ。消費を支えるのは、年寄りじゃなくて若者だぞ、若者!」

「とか言って、若い女性の入浴シーンを覗こうなんて魂胆じゃないの?」

「ちげぇよ! お前の基準で物事を考えてんじゃねぇよ。娯楽の少ないヴォルザードなら、アミューズメントの要素があった方が良いに決まってんだろう」

「うん、娯楽の要素は必要かもしれないけど、八木への出資は却下!」

「なんでだよ。お前、最近俺様の扱いが酷過ぎないか?」

「とにかく、八木の参画は却下! てか、八木はジャーナリストになるんだろう。それなら、こんな話に関わっていちゃ駄目じゃないの?」


 ジャーナリストという言葉に、加藤先生が反応しました。


「八木、こちらで暮らす収入の目途は立ったのか?」

「うっ、それは……ですねぇ、現在、大手出版各社に対し、企画を絶賛打診中でして……ただいま、条件等に付きまして、良い案件からの返事を大絶賛待機中と言いましょうか……」

「つまり、まだ何も目途が立っていないのだな?」

「いや、何も無いと言ってしまっては、身も蓋も無いと申しましょうか、何と言いましょうか……」

「順調に帰還が進めば、あと一ヶ月も掛からんからな。俺の方でも親御さんとの連絡は取るから、そのつもりでいろよ」

「くっ、い、今に執筆の依頼が捌ききれないほど来ますから、見ていて下さい。国分も覚えとけよ……」


 何だか良く分からない捨て台詞を残して、八木はいずこへと去って行きました。

 てか、出版打診の目途が立たないから、温泉施設で一儲けなんて考えたんだろうね。


「全く、あいつはしょうがないな……」

「でも、八木ならば、ヴォルザードでもしぶとく生き残っていきそうな気もしないではないですけどね」

「そうか? 俺には国分のお荷物が増える未来しか見えんぞ」


 加藤先生の一言には、僕だけでなく唯香たちも苦笑いを浮かべていました。

 先生たちとの打ち合わせも終ったので、午後は自宅の建築現場へと足を運んでみました。

 自宅の建築現場は、休日ともな

ると門番を務めるザーエたちを見ようと、人だかりが出来るそうです。

 今日は平日の午後とあって、見物の人は疎らでした。


「スーオ、開けてくれる?」

「おかえりなさいませ、王よ。そして、お妃」


 お妃と呼ばれて、唯香たちは顔を見合わせて微笑みを浮かべました。

 門の内側へと入ると、非番のコボルト隊にゼータ達、それにフラムが集まってきました。


 ネロは、日だまりに寝転んだまま尻尾をチョロンと振ってみせただけで、動くつもりは無さそうです。


 自宅の工事現場では、ハーマンさんを筆頭に、建築会社の皆さんが作業の最中でした。

 最初に案内した時には、フラムやネロの姿を見てビビりまくりでしたが、もうすっかり慣れた様子です。


「こんにちは、ハーマンさん」

「おう、ケント。それに嫁さんも勢揃いだな」

「いえ、あと一人、ヴォルザードに向かっている最中です」

「おう、そうだった、そうだった。バルシャニアのお姫様だってな、おとぎ話を聞いてるみたいだぜ」

「工事の進捗状況は、どうですか?」

「そうだなぁ、まだ二割も終ってねぇな。何しろ、この広さだし、基礎となる水回りはシッカリしておかないと駄目だからな」

「はい、急ぎませんので、よろしくお願いします」


 工事の進捗状況を少し見学させてもらった後は、ネロに寄り掛かってのお昼寝タイムです。


「ネロ、寄り掛かっても良いかな?」

「勿論にゃ。お日様を吸収して、フカフカさアップしているにゃ」

「おぉ、ホントだ、すっごいフカフカだぁ……」


 お日様の匂いのするネロのお腹に寄り掛かり、右に唯香、左にマノン、そしてベアトリーチェを抱えます。

 おふぅ、どうしてリーチェはうつ伏せで寄り掛かってくるのかなぁ……昼間から刺激が強すぎるよ。


「ケント様、先程のお風呂の話ですが、お作りになりますか?」

「うーん……やるとしても、同級生の帰還作業とかが片付いてからかな」

「治療を目的とした施設というのは良いかも」

「うん、僕も賛成!」


 単なる娯楽施設としてだけでなく、治療目的と話したので、唯香もマノンも興味を持ったようです。


「でもさぁ、医務室のサイズの浴槽ならば、効果が実感出来るぐらいの治癒魔術を付与できるとは思うけど、銭湯サイズの浴槽、それも男女二つだと付与するのも大変じゃない?」

「そうかもしれないけど、ジブーラを浸けておく水とかは大きな池みたいなサイズだって話だよ」

「でも、ジブーラの水は、頻繁に変えるわけじゃないよね。浴槽のお湯だと、毎日替えるか、浄化しないと駄目なんだよね?」

「替えてしまうと、治癒の効果がなくなっちゃうから、浄化するしかないだろうね」

「あとは、浄化しても効果が薄れないか、何日ぐらい使い続けられるものなのか……いずれにしても、実験してみてかな」

「健人、工事が終ったら、うちのお風呂で試してみたら?」

「なるほど、それが良いかも、うちのお風呂も広いからね」

「うちで実験して、上手くいくようならば、温泉施設を作れば良いんじゃない」

「そうだね。そうしようか……」


 温泉施設には興味があるのですが、それよりも、今は眠気の方が勝っています。

 みんなの声が遠のいていったと思ったら、そのまま眠りへと引き込まれました。


 どれくらい眠っていたのでしょうか、両方の脇腹をキューっと抓られる痛みに、意識が覚醒していきます。


「んっ……ケ、ケント様、いけませ……んっ」

「えっ、うわぁ、ゴメン!」


 眠り込んでいるうちに、抱え込んだベアトリーチェをモフりまくっていたようで、唯香とマノンに抓られちゃいました。

 でも、腕の中に抱えてたら、フニフニしちゃっても仕方ないと思うんだけど。

 眠っている間も我慢していろなんて、僕には無理難題だよ。


「健人ぉ……」

「いや、これは寝惚けてたからで……」

「ケントぉ……」

「いや、たまたま抱えてたのがリーチェだっただけだから……ゴメンなさい」

「もう、しょうがないなぁ……健人はエッチだから」


 ふと気付くと、唯香たちはコボルトを一頭ずつ抱えているし、その周囲にもコボルトが転がっているし、ゼータ達も集まって来ているし、全員集合といった感じですね。


 それじゃあ、ベアトリーチェだけでなく、みんなもモフりますかねぇ。

 起き上がって、みんなを呼ぶと、モフモフの渦に揉みくちゃにされました。


 雌鶏亭へお菓子を買出しに出掛け、ハーマンさんたちも交えてお茶を楽しみ、夕食は、メリーヌさんのお店を訪ねました。

 弟のニコラが厨房を取り仕切っていた頃は、殆どお客さんが入っていなかったのに、まだ夕方の早い時間なのに待っている人がいました。

 


「いらっしゃいませ……って、国分君?」

「あれ? 本宮さん、ここで働いてるの?」

「うん、今日は見習い仕事なんだけどね」

「そうなんだ。もしかしてヴォルザードに残るつもり?」

「うん、まだ考え中なんだけど、七三ぐらいで残る可能性の方が高いかなぁ……」


 メリーヌさんのお店を手伝っていたのは、剣道少女の本宮さんでした。

 ゆくゆくは冒険者としての活動もしたいそうですが、その前に生活基盤を作るための仕事を探しているそうです。


「あら、ケント! 来てくれたんだ」

「はい、お店再開したのに、すぐに来られなくて、すみま……ふぐぅ」

「ありがとう! お店が再開できたのも、ケントのおかげだよ」


 ふぉぉぉぉぉ! 久々のメリーヌさんのハグですが、周囲から凄い勢いで視線が突き刺さって来ます。

 唯香たちだけでなく、店のお客さんたちから、ギラギラした殺気がこもった視線が降り注いで来ます。


「ふがぁ……メリーヌさん、お客さんが待ってるから……」

「あら、そうね、じゃあ、腕によりをかけて作るから、ゆっくりしていってね」

「はい、ありがとうございます」


 というか、視線の針のむしろという感じで、凄く居心地悪いのですが……。

 少々居心地の悪い思いはしましたが、出て来た料理はアマンダさん仕込の絶品で、ニコラのものとは比べ物になりません。


 メリーヌさんの容姿に、この料理なら繁盛しないわけがありません。

 僕らが舌鼓を打っている間にも、店の外の行列は長くなっているようでした。


 久しぶりにメリーヌさんとも話をしていきたかったのですが、行列が出来ている状態では難しいです。

 また別の日の休憩時間に、差し入れでも持って再訪いたしましょう。


 いやいや、近況の話などを聞かせてもらうだけで、邪な考えなどありませんよ。

 そりゃもう、カルツさんに怨まれちゃいますからね。


 メリーヌさんのお店を出た後は、唯香を送り、ベアトリーチェを送り、マノンを送り届けてから下宿へと戻りました。


「ただいま戻りました」

「あぁ、ケント、おかえり。夕食は食べたのかい?」

「はい、今日はメリーヌさんの店で、唯香たちと一緒に食べてきました」

「ほう、そうかい。繁盛してたかい?」

「はい、僕の同級生が見習いで手伝っても、行列ができてましたよ」

「あぁ、それなら安心だ。夕食を済ませたなら、お茶だけでも飲んでおいき」

「はい、そうだ、雌鶏亭のクッキーを……」

「食べる! 食べる!」

「メイサ、クッキーは夕食を済ませてからだよ」

「はーい……分かってるよ」


 相変わらずメイサちゃんは、雌鶏亭のクッキーには目が無いようです。

 お茶とクッキーを楽しみながら、とりとめのない話をする。

 こんな何でもない毎日が、平和に続いていけば良いのですがねぇ……。

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