第262話 アウグストのお相手
レーゼさんの魔の手から逃げ出し、下宿に戻ってメイサちゃんの枕を務めた翌朝、ブライヒベルグへ戻ってみると、クラウスさんは爆睡中でした。
幸いなことに、いや残念ながら? ベッドの中には女性の姿は見えません。
だらしなく口を半開きにして、高いびきをかいている姿は、とてもヴォルザードの領主様には見えませんが、まぁ、クラウスさんですから驚きません。
この様子では、ナシオスさんとの対策会議が午後からになるだろうという、レーゼさんの予想は当たりそうですね。
続いて、アウグストさんの姿を探すと、レストランで女性と席を共にしていました。
おぅ、これは意外ですね。まさか、アウグストさんがお持ち帰りしているとは思ってもみませんでした。
アウグストさんには、ミルトが連絡役、兼護衛として付いていましたので、昨日の様子を聞いてみましょう。
『ミルト、ただいま、この女性は?』
『わふぅ、おかえりなさい、ご主人様。この雌はナシオスの娘、カロ……カロ……カロなんとか』
『はいはい、カロなんとかさんね。この人は、アウグストさんと同じ部屋に泊まったんでしょ?』
『ううん、夜帰って、朝また来た』
『へっ、一緒に泊まったんじゃないんだ』
『うん、アウグストはミルトと一緒に寝たの』
『えっ、ミルトが一緒に寝たの?』
『うん、アウグストが、おいでおいでしたから』
良く考えてみれば、貴族のお嬢さんが、いきなり一夜を共にするなんてことは無いですよね。
でも、アウグストさんがミルトと一緒に寝たとは……意外にモフモフマニアなんでしょうかね。
まあ、すぐ近くにいれば、護衛としては万全の体制と言えますけどね。
それにしても、このカロなんとかさん、朝からアウグストさんを訪ねてくるなんて、かなりお見合いに乗り気なんでしょうかね。
エメラルドグリーンの髪に、サファイヤブルーの瞳、なんか貴族オーラが出まくりです。
「では、将来的には、ブライヒベルグから青果の輸入も考えておられるのですか?」
「ええ、まだ構想の段階で、具体的な方策は決まっておりませんが」
「ですが、青果となると、せめて三、四日程度で到着しないと、鮮度が保てないのではありませんか?」
「そうですね。輸送にかかる時間が一番の問題でしょうね」
「やはり、ケント・コクブの力を使われるのですか?」
「現状の打破には力を借りますが、いずれはケントに頼らなくても良い方法も模索するつもりです」
うーん……もうちょっとロマンチックな話でもしているのかと思いきや、全然色気の無い話をしてますね。
まぁ、相手の女性も退屈しているわけではありませんし、むしろ活き活きと意見を交わしている感じです。
こちらの世界では、貴族の令嬢もお飾りではなく実務に携わるのですかね?
でも、マールブルグからの縁談話だと、女性を所有物みたいに考えていそうでしたが、あれは例外なんでしょうね。
「ところでアウグスト様、ケント・コクブはまだ戻られないのですか?」
「そうですね。そろそろ戻る頃だとは思いますが、やはり気になりますか?」
やはり最年少Sランク冒険者は注目の的……かと思いきや、ちょっと違うようです。
「アウグスト様から離れていては、護衛の役目を果たせないのではありませんか?」
「それに関しては大丈夫です」
「ここは、ギルドの敷地内ですから大丈夫だとは思いますが、それでも近くにいなくては万が一の時に間に合わなくなってしまいます」
「確かにケントは近くにはいませんが、有能な護衛は近くにいてくれますよ」
「有能な護衛と申されても……」
カロなんとかさんは、周囲を見回していますけど、当然影の中にいる僕らには気付けません。
そんな女性の様子を見て、アウグストさんは楽しげに微笑んでいます。
「ミルト、ちょっと出てきておくれ」
僕が頷くと、ミルトはテーブルの影から外へと出て行きました。
「わふぅ、アウグスト、呼んだ?」
「コボルト! いったいどこから……それに喋った?」
「カロリーナさん、紹介するよ、僕の護衛を務めてくれているミルトだ」
「ミルトだよ、よろしく」
「よ、よろしく……」
カロリーナさんは、驚きすぎて目が点になっちゃってますね。
「あの、アウグスト様が使役されているのですか?」
「いいや、違うよ……」
「では、ケント・コクブが使役している魔物なのですね?」
「いや、そうではなくて、ミルトは僕の家族なんだ」
「家族……?」
カロリーナさんは、理解が追いつかないようで、目をパチパチしています。
「ケントにとって、ミルトたち眷族は家族同然の存在だそうだ。実際、一緒にいる姿を見ると、その繋がりの深さが良く分かる。ケントが、妹のベアトリーチェと結婚すれば、私の義理の弟になるのだから、当然ミルトたちも私の家族になる」
そう話しながら、ミルトを撫でるアウグストさんの手付きには、くそ真面目な律儀さだけでなく深い愛情が感じられました。
ヤバいです、ジーンとして涙がこぼれちゃいそうです。
「私が……私が、アウグスト様のもとへと嫁げば、私とも家族になるのですね?」
「ミルトと家族になるのは嫌かな?」
「いいえ、最初は驚きましたが、とても利発そうですし、その……撫でてもよろしいでしょうか?」
「大丈夫かな? ミルト」
「うん、いいよ。撫でて、撫でて」
カロリーナさんは、歩み寄って来たミルトにおっかなびっくり手を伸ばし、次の瞬間、表情を蕩けさせました。
「ふわぁ、フワフワのモフモフ……」
「ミルトだけでなく、コボルトのみんなは素晴らしい手触りだそうだし、妹の話によれば、ストームキャットやギガウルフは、また違った手触りだそうだ」
「ストームキャット……そのような魔物まで、やはり非凡な人物のようですね」
「ミルト、ケントはまだ戻って来ないのかい? 戻って来ているようならば、呼んで来て欲しいのだが……」
「おはようございます、アウグストさん」
呼ばれてしまっては、出て行かない訳にはいきませんよね。
闇の盾を出して姿を見せると、カロリーナさんは目を見開いて固まってしまいました。
「おはよう、ケント。こちらは……大丈夫かい、カロリーナさん」
「えっ……は、はい、突然でしたので、少し驚いてしまいました」
「申し訳ありません。そして、初めまして、ケント・コクブです」
僕が頭を下げると、カロリーナさんは席を立って優雅なお辞儀を返してくれました。
「こちらこそ始めまして、ナシオス・ブライヒベルグの娘、カロリーナです。お見知り置きを……」
「ケント、早速で悪いが、バッケンハイムの様子を聞かせてくれ」
「分かりました」
アウグストさんと視線を合わせられる場所に……と思ったのですが、それですとカロリーナさんの隣になってしまうので、アウグストさんの隣の席に座りました。
「やはり、イロスーン大森林で魔物の数が増えたせいで、護衛の仕事が増えているようですし、報酬についても急激に値上がりしているようです。それと一部の冒険者ですが、ヴォルザードに不利益を与えようと画策している者もいるようです」
グラシエラさんの名前は伏せて、計画だけを話しました。
「その者たちは、なぜヴォルザードに不利益を与えたがるのだ?」
「すみません、僕がサラマンダーを横取りしたような形になってしまったので、面白くないみたいなんです」
「そんなことは、奴らの力不足が招いた結果だろう。我々が背負う必要などないぞ」
アウグストさんは、憤懣やる方ないといった様子です。
確かにアウグストさんの言う通りなのですが、やっばり負い目を感じてしまいます。
「それで、どうやって対抗するつもりだ? ケントのことだ、何か考えているのではないのか?」
「はい、ブライヒベルグからヴォルザードへの荷物は、倉庫を借りて集めて、僕の眷属に影の空間経由で運んでもらおうと思ってます」
「なるほど、それならば輸送にかかる費用も節約できるな」
さすがはアウグストさんです、打てば響く感じで僕の考えを理解してくれました。
そしてもう一人、カロリーナさんも手助けを申し出てくれました。
「それならば、私が倉庫を手配いたしましょう」
「よろしいのですか?」
「勿論です。いずれにいたしましても、買い付け済みの穀物を集荷しなければなりません。倉庫は必要ですわ」
「では、よろしくお願いします」
カロリーナさんは、単なる貴族のお嬢様ではなくて、既に実務にも携わっているそうです。
年齢は、アンジェお姉ちゃんよりも一つ年上だそうで、上級学校を卒業後、学院には進まずにナシオスさんの手助けをしていたそうです。
「やはり実務に携わっているだけあって、私よりも的確に物事を進められますね」
「いいえ、アウグスト様に較べたら、私などは足元にもおよびません。上級学校の生徒会長として、クセの強い生徒を見事にまとめ上げておられた手腕は、私達下級生の憧れでした」
「はははは、確かに我々の世代は、クセの強い者たちが揃っていたからね」
カロリーナさんが、ポッと頬を染めて熱い視線を送ってきているのに、アウグストさんはまるで気付いていないようです。
じれってぇなぁ……もうちょっと、やらしい雰囲気になる方法とか無いですかねぇ……。
アニメやラノベに出て来るような鈍感ヒーローが、こんな身近にいるとは思ってませんでしたよ。
この後も、集荷の手順やら、こちらで働く人の賃金の相場など、およそ色恋とは縁の無い話が続けられていると、ゾンビのような足取りでクラウスさんが起きて来ました。
「んぁー……気持ち悪っ……」
レストランのボーイさんに濃い目のお茶を頼むと、クラウスさんは僕らの隣のテーブルへ、突っ伏すように腰を落ち着けました。
「おはようございます、父上」
「おぅ、アウグスト、孫の顔はいつ見られそうだ?」
「父上、それはケントに聞いた方が早いですよ」
どこから見ても、二日酔いの中年冒険者みたいなクラウスさんの追及を、アウグストさんはサラリとかわしてみせました。
それは良いですけど、僕の方には振らないで欲しいですね。
「ちっ、この堅物は、一体だれに似たんだ? どう思うよ、ケント」
「それは、どなたかが良い反面教師になっているんだと思いますよ」
「おぅおぅ、言ってくれるじゃねぇか。どうだいリーナちゃん、うちの娘婿はなかなか面白いだろう」
「おはようございます、クラウス様。さすが最年少のSランク冒険者は、伊達ではありませんね」
「あぁ、へらず口ならSランク以上だ……。ケント、バッケンハイムはどうだったのか報告してくれ」
クラウスさんに、僕がバッケンハイムの状況を掻い摘んで報告し、その後を継いでアウグストさんが対策案を話しました。
「どうですか、父上」
「あぁ、悪くねぇな。ただ一つだけ注文がある」
「何でしょう?」
「バッケンハイムからヴォルザードへ向かう荷物も、ここブライヒベルグへ集めるようにしろ。そうすれば、護衛の数も従来通りで安全に運べるからな」
「分かりました。では、これからバッケンハイムに出向いて……」
「まぁ、待て、そんなに慌てるな。バッケンハイムには俺が行って話をつけて、その後はバルディーニにやらせる」
クラウスさんの意外な申し出に、アウグストさんも怪訝な表情を浮かべています。
「ディーに、ですか? まだ上級学校の生徒ですよ」
「まぁ、実質的にはヨハネスが担当する事になるがな。責任ある仕事を任せられれば、ちっとは考えも変わるだろう。バルディーニには、少々重いぐらいの荷物の方が丁度良いんじゃねぇか?」
「なるほど……そうかもしれませんね」
何かにつけて僕に突っ掛かってくるバルディーニですが、アウグストさんから見れば、有能ゆえに感情を持て余しているという話です。
学生の身分でありながら、街のために重要な業務を任せられれば、意気に感じるだろうというのが、クラウスさんの狙いのようです。
確かに、自分の能力を超えるような仕事を押し付けられれば、余分な事を考えている余裕なんてなくなりますものね。
この後もクラウスさんは、アウグストさんから提案を聞いては、細かい修正を加えて行きました。
横で聞いていると、アウグストさんの対策案は、ヴォルザードとブライヒベルグだけに留まらず、周辺の街に対しても目が向けられたものでした。
修正するクラウスさんは、アウグストさんと同様に広い視野を持ちつつも、住民の生活に根ざした目線で見ているようです。
さすが、自ら城壁工事の現場で汗を流しているだけのことはあります。
工事現場にいる時のクラウスさんは、誰にでも分け隔てなく気さくに話し掛け、みんなの話に耳を傾けていました。
領主という立場にありながら、泥や埃にまみれて汗を流し、馬鹿話に笑い声を上げる……そんな領主様が信頼されるのは当然ですよね。
カロリーナさんも、クラウスさんが起きて来た時には、少し呆れたような顔をしていましたが、話が進むうちに見方を変えているようです。
「父上、それでは早々に集荷場を立ち上げて、バッケンハイムの民にも周知徹底するように……」
「待て、待て、そんなに勢い込んでやらなくたって大丈夫だ。イロスーンで警護に金は掛かっているが、今はまだ荷が完全に止まったわけじゃない。それに、いくら領主一家が保証しようと、こんなトンデモな輸送方法が受け入れられるまでには、相応の時間も掛かるだろう。それとな、もしイロスーンが通れなくなったら、こっちがヴォルザードの命綱になるんだ、しっかりと地固めをして揺らがない仕組みを作れ」
「分かりました」
アウグストさんにしても、初めて担当する大きな実務とあって、肩に力が入っているようですね。
対するクラウスさんは、苦笑いを浮かべつつも、満足そうな様子です。
「ケント、何をニヤニヤしていやがる。昨夜のお楽しみでも思い出してやがるのか?」
「と、とんでもない。あっ、でもレーゼさんが、クラウスさんとナシオスさんは、悪企みが好きだから……って言ってましたよ」
「ふん、あの婆ぁに較べたら、俺もナシオスも可愛いもんだよ。まぁ、石頭どもを相手にするよりは話が早くて助かるけどな」
会う度にレーゼさんの服装に苦言を呈すアンデル・バッケンハイムと、ドワーフの血を引いているらしいノルベルト・マールブルグの二人は、クラウスさんにとっても扱いにくい相手だそうです。
「アンデルの奴は、いわゆる学者肌ってやつだな。とにかく道理の通らない話には一切耳を貸さないくせに、成果が出て、新しい考えが正しいと証明された途端、手の平を返すような調子の良い野郎だ」
バッケンハイムは、リーゼンブルグから独立する以前から学術都市と呼ばれていて、先進的な考えで王族と対立していたそうです。
ところが、独立以後、歳月が流れていくうちに、学術の権威を誇るようになってしまい、考え方が硬直しつつあるのだそうです。
「ノルベルトの爺ぃは、いわゆるドワーフの石頭だ。とにかく昔からの伝統を守るのが第一で、新しいやり方は間違っている、効率の良いやり方は手抜きだって考える偏屈爺ぃだからアンデルよりも始末が悪いな」
ランズヘルト共和国が、リーゼンブルグ王国から独立した時、バッケンハイムが先進派だったとすると、マールブルグは懐古派だったそうで、今でも王国時代からの貴族主義的な考えを持っているそうです。
そう言えば、マールブルグの鉱山で大規模な落盤事故が起こった時でも、現場で救助に当たっていたのは、デュカス商会の人たちを始めとする民間の人たちでした。
ヴォルザードで魔物の大量発生が起こった時には、クラウスさんも城壁近くの前線本部に陣取って、状況を見守っていました。
ですが、マールブルグの事故現場近くでは、領主らしき姿は見なかった気がします。
それとも、僕が気付かなかっただけでしょうか。
クラウスさんに尋ねてみると、あっさりと答えが戻ってきました。
「ケント、お前が見落とした訳じゃねぇ。ノルベルトの爺ぃが、そんな場所まで足を運ぶ訳がねぇ。部下を派遣するのがせいぜいだろうし、部下すら向かわせず、街の連中に報告するように言いつけていたとしても、俺は意外に思わないぜ」
「そんなに酷いんですか?」
「酷いと思うのは、ケントがそうした街で暮らしてこなかったからだろうな。奴らにとってはそれが当たり前だから、たいして酷いとも思ってねぇかもな」
確かに、こちらの世界は、地球のようにインターネットを始めとした通信設備は整っていません。
なので、他の街の様子などは、旅をしてきた人から聞くしかなく、自分の置かれている状況が酷いものだという判断すらできないのかもしれません。
「バッケンハイム、マールブルグの石頭も問題だが、一番の問題はエーデリッヒのクソ爺ぃだ」
エーデリッヒは、ランズヘルト共和国の東の端、海に面した国です。
「エーデリッヒは、海洋交易で栄えた街だが、俺たちの命綱を握っている街でもある」
「命綱……ですか?」
「ケント、水があって、麦があって、芋があって、肉があって、野菜や果物があって……それでも足りないものって何だか分かるか?」
「えぇ? 水、麦、芋、肉、野菜……えっと金ですか?」
「そうじゃねぇ、白いやつだ」
「あっ、塩ですか?」
「そうだ、エーデリッヒは塩の街だ。奴等も麦や芋、鉱石などを他の街に頼っているが、塩ってのは人が生きていく上では欠かせないものだ」
ランズヘルト国内には、岩塩が産出する場所は無いそうで、塩はエーデリッヒの専売になっているそうです。
「エーデリッヒには、海の向こうからも様々な品物が入って来る。そうした品々は、バッケンハイムやブライヒベルグの金持ちどもが有り難がって買いやがるからな。簡単に言うならば、調子に乗っていやがるのさ」
そう言ってクラウスさんは顔を顰めてみせるのですが、僕には分かってますよ、だいぶ付き合いも長くなってきましたからね。
クラウスさんの目が、俺は企んでるぜぇ!……って、語りかけて来るんです。
「それで、クラウスさん、どうやってギャフンと言わせるつもりなんですか?」
「おぉ、ケント……それでこそリーチェを嫁にやる甲斐があるってもんだ」
「いえいえ、僕なんて、お義父さんに較べたら、まだまだですよ」
「ふっふっふっふっ、そんなに褒めるな、照れちまうぜ……」
クラウスさんが、すんごい悪い顔してますけど、たぶん僕も同じような顔をしていると思います。
アウグストさんが額に手を当てて、首を横に振っていますけど、この方はあなたのお父さんですからね。
「ケント、ランズヘルトではエーデリッヒ以外では塩は取れねぇ。だったら、どうすれば良い?」
「他から持って来るんですね? たぶん、日本からでも大丈夫ですよ」
「そうか、だが持って来るのは日本からじゃない」
「すみません、僕は詳しくないのですが、リーゼンブルグやバルシャニアでも塩は取れるんですか?」
「勿論だ。自分の国で塩が取れないと、塩を売る国に弱みを握られているのと同然だからな」
「どちらから買い付けて来ますか?」
「バルシャニアだ。リーゼンブルグでも塩を作ってはいるが、バルシャニアの方が盛んだし、質も良い。それに、バルシャニアの皇女様が来るんだろう? 悪いが、その話は使わせてもらうからな」
「それは、勿論ヴォルザードの利益に……いずれはランズヘルト全体の利益になるんですよね?」
「当たり前だ。まずはヴォルザードの利益としてだが、調子に乗ってるエーデリッヒの鼻っ柱を圧し折っておくことは、ランズヘルトという国をスムーズに動かす上で必要なことだ」
キリっと表情を引き締めたクラウスさんを見て、カロリーナさんが思わずといった様子で姿勢を正しました。
うん、カロリーナさん、騙されちゃってますね。
真面目そうな顔をしているけど、クラウスさんの目を良く見て下さい。
「でも、お義父さん、ランズヘルトの利益より……ヴォルザードの利益より……そのエーデリッヒの領主さんをギャフンと言わせるのが最大の目的ですよね?」
「当たり前だ。あのクソ爺ぃ、目にもの見せてやっからな……」
「お義父さん、その会合には、僕も護衛として影の中から参加しますね?」
「おぉ、構わねぇぞ、後学のために見学しとけ。ふっふっふっ……楽しみになってきたぜ」
「くっくっくっ、お義父さん。国の危機ですから笑ってちゃいけませんよ」
「ふっふっふっ、何を言ってやがる。俺は笑ってなんかいねぇし、楽しんでもいねぇぞ」
「くっくっくっ、これは失礼いたしました」
「ふっふっふっ、はははははは!」
「あはははは!」
アウグストさんが頭を抱えていますけど、何度も言うようですが、あなたのお父さんですからね。
ちなみに、僕は義弟になりますので、よろしくお願いしますね。
「まぁ、冗談はこのぐらいにしておくが、ブライヒベルグの集荷場はアウグスト、お前に任せるからな」
「はい、全力を尽くします」
「いや、八割……お前の場合は六割ぐらいでも良いな。その程度にしとけ」
「六割というのは、いくら何でも……」
苦笑いを浮かべるアウグストさんに、クラウスさんが表情を引き締めて問い掛けました。
「アウグスト、お前は全力を振り絞っている時に、更に状況が悪化したら、どう対処するんだ?」
「それは……」
「イロスーンの現状は、まだ悪化しうる状況だ。イロスーン大森林が魔の森と化せば、魔物の大量発生がバッケンハイムに押し寄せる事態だって無いとは言い切れん。今の時点で全力で動いていたら、そんな事態に対応できるのか?」
「分かりました。更なる事態の悪化に備えて、余力を残しておくのですね?」
どこまでも真っ直ぐに返事をしてくるアウグストさんに、今度はクラウスさんが苦笑いを浮かべています。
「まぁ、そういう意味ではあるんだがよぉ、お前の場合は堅すぎだ。ケントを見習って、もうちょっと柔らかくなれ。見てみろ、さっきから俺と話をしながらも、リーナちゃんの胸ばっかりチラチラ、チラチラ見てやがる」
「ぶほぉ、そ、そ、そんなことは……ある訳なくもないかもしれませんけど……」
うわぁ、両手で胸を隠したカロリーナさんに、氷のような視線を向けられちゃってます。
そんな、いくら僕でもアウグストさんの将来のお嫁さんに、邪な視線なんて、ちょっとしか向けてませんよ。
「ケント……」
「何ですか、アウグストさん」
「覗き見は許さんからな」
「勿論、分かってますし、しませんよ……」
くぅ、アウグストさんからもジト目で見られちゃってますし、カロリーナさんなんて、ゴミでも見るような視線を向けて来ているじゃないですか。
クラウスさんのニヤニヤ笑いが、めっちゃムカつきます。
この後、ナシオスさんも交えた昼食の席で、ブライヒベルグとヴォルザードの共同集荷場の開設が決められました。
責任者は、アウグストさんで、カロリーナさんが補佐役を務めるそうです。
ヴォルザード側の受け取り施設は、アンジェお姉ちゃんが担当するようになるみたいです。
それに加えて、バッケンハイムの集荷場をバルディーニとヨハネスさんが取り仕切ります。
これでヴォルザードの対策は万全ですが、問題はマールブルグですよね。
「クラウスさん、マールブルグはどうするつもりですか?」
「さてなぁ……ケント、頼まれてもいないお節介は、有り難いものか? それとも迷惑か?」
「時と場合によりますけど……」
「そうだな、そいつを判断できるのは、お節介を焼かれた方だよな」
「あぁ、そう言えば、マールブルグは貴族意識が強いんでしたね」
「そうだ。手を出すとしても、もっと困窮してからだな」
驚いたことに、アウグストさんはヴォルザードには戻らずに、このままブライヒベルグで活動を始めるそうです。
着替えは、適当に市民と同じ物を購入して使うとか言ってますけど、大丈夫でしょうか?
まぁ、カロリーナさんも付いていますし、僕がしゃしゃり出る場面じゃないですよね。
若干の不安を感じつつも、ブライヒベルグでの打ち合わせを終えたクラウスさんを召喚するべく、バッケンハイムへと向かいました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます