第255話 オーク討伐訓練

「ご主人様、オークが来るよ」

「えっ、オーク? どこ?」

「あっち、あっち」


 マルトが指差す方へ目を向けると、木立の間に動く影が見えます。

 オークと聞いてみんなには緊張が走りますけど、見たところ一頭だけみたいですし、慌てる必要とか無いですよね。


『ケント様、いかが致しますか?』

『えっ、あっそうか、討伐体験させた方が良いのか』

『一頭だけのようですし、手頃ですぞ』

「よし、新田、古田、近藤、討伐してみようか」

「はぁ? いきなりかよ、国分は援護してくれんのか?」

「うーん……標準的な術士のレベルなら……あぁ、治療はしてあげるよ、有料だけど」

「そこはタダにまけとけよ。よし、和樹、ジョー、やるぞ!」


 居残り三人組は、古田の一言に頷いて、討伐の準備を始めました。


「ミューエルさんは、ここに居て下さいね。マルト、念のため護衛をお願いね」

「わふぅ、分かった」

「よろしくね、マルト」


 マルトはミューエルさんに撫でられて目を細めています。


「おい、国分、俺は?」

「八木は……頑張れ!」

「おいっ! てか、ここに居れば大丈夫か……」


 ちゃっかりミューエルさんの隣を確保していますが、少し顔が青ざめて見えますね。


 ぶっちゃけ、オークとかオーガとかを倒すのは飽きちゃってるんですけど、八木にしてみれば動物園の檻に入ったような気分なのかもしれませんね。

 話している間にも、オークは様子をうかがいながら近付いて来ています。


『ケント様、危なくなったら手出ししまずぞ』

『大丈夫、ヤバそうな攻撃は闇の盾を出して止めるから』

『なるほど、Sランク冒険者の援護付きならば心配無用ですな』

『まぁ、あんまり手出しすると意味が無いからね』


 居残り三人組も、表情には緊張感を漂わせ、屈伸したり、腕を回したり、身体と一緒に緊張も解そうとしています。


「一気に止めを刺そうなんて考えないでね。削って削って、完全に動かなくなるまで油断しないこと」

「ちっ、やっぱデカいな……」

「大丈夫、大丈夫、四対一だよ、新田。ヒット・アンド・アウェイで翻弄するよ」

「くそっ、やっぱ国分は落ち着いてやがんな」

「はっはっはっ、そこは経験の差ってやつだよ、古田君」

「ムカつくぅ……」


 僕らが軽口を叩いている間に、オークも覚悟を決めたようです。


「ブモォォォォォ!」

「来るよ、全員詠唱して、狙うのは足! とにかく動きを止めるよ」

「了解だ! マナよ、マナよ、世を司りしマナよ、集え、集え、我が身に集いて駆け巡れ、巡れ、巡れ、マナよ駆け巡り、力となれ!」

「しっ!」

「ブフゥゥ……」


 突進してくるオークに向かって、風の刃を二本撃ち込み、更に突風をぶつけて足を止めました。

 短剣を手にした三人が駆け寄り、それぞれのポジションに着いて攻撃を仕掛け始めます


「おらっ、こっちだ、こっち!」

「そらそらそらそら!」

「おら、いただき!」


 居残り三人組は、オークの周囲を回りながら、脚を重点的に斬り付けていきます。

 さすが運動部と言うべきか、アキレス腱とか膝の裏とか、実に嫌らしい場所に狙いを付けています。


「ブゥ……ブフゥゥゥ……」


 オークは苛立たしげな表情を浮かべますが、新田達を追い掛けようとすると斬られた脚が痛むらしく顔を歪めています。

 対する三人は、動いたことで緊張も解れてきたのか、ますます動きが軽くなっているように見えます。


『ケント様、オークはまだまだ余裕を残しております。膝をついても油断しないように伝えて下され』

「分かった。みんな、オークが膝をついても油断しないでね。まだまだ余力を残してるよ」

「達也、気を抜くなよ!」

「和也こそ、おっと危ねぇ!」


 身体強化を使って動きも良くなっている三人には、オークの攻撃は空を切るばかりです。

 ですが、ここに来て問題が発生しています。


『短剣で削るのは、少々手間取るかもしれませんな』

『脂肪の鎧って感じだね』


 足の関節を狙ってオークの動きを止めた三人ですが、分厚い皮下脂肪を突き破ってダメージを通すには、短剣では少々威力に欠けるようです。

 完全に膝を折って、四つん這いの状態になっていますが、近付けば太い腕を振り回してきますので、なかなか体力を奪いきるまでには至っていません。


「国分、ヤベぇ! 切れなくなってきた!」

「俺も、たぶん脂だ!」


 三人は、脇腹や背中を斬りつけていましたが、どうやら皮下脂肪が刃にこびり付いて、短刀の切れ味を奪っているようです。


 足を斬られて動けなくなっているオークですが、傷自体は大きなものではありませんし、

ラインハルトの言う通り、まだまだ余力を残しています。


「こうなったら、おらぁ!」

「ブォォォォォ!」

「危ない!」


 新田が短剣をオークの脇腹に突き立てましたが、抜けなくなって動きが止まったところを薙ぎ払われそうになりました。

 間一髪で闇の盾が間に合いましたが、新田は短剣を手放してしまっています。


「何やってんだよ、和樹!」

「うっせぇ、このままじゃジリ貧だろうが! 国分、何か武器くれ、武器!」


 新田は持ち場を離れて、こちらに駆け戻って来ます。


「あのねぇ……普通は途中で武器の補充なんて出来ないんだよ」

「俺にも剣くれ、剣、うらぁぁぁ!」

「ちょ、お前らなぁ!」


 古田までオークの脇腹に短剣を突き立てて戻って来ました。

 近藤一人がオークと対峙する形になってしまいましたが、幸いな事に足のダメージが大きいらしく、腕を振り回すだけで追って来ません。


「国分、早く武器、頼む!」

「駄目、駄目、そんなズルは認められないよ」

「だったら、どうすんだよ」

「攻撃魔術で仕留めるか、さもなくば素手?」

「お前みたいに、凄い魔術は使えないんだぞ」

「ちょっと、早くしてくれよ。俺一人じゃどうにもなんねぇぞ!」


 滑り出しは上々だと思った討伐ですが、もうグダグダです。


「しょうがないなぁ……今回だけだからね」


 影収納に置かれている剣を取り出そうかと思った時でした。


「ずりゃぁぁぁぁぁ!」


 突然走り込んできた大きな人影が、大剣を振るってオークの首を斬り飛ばしてしまいました。

 切断された首から血飛沫を上げながら、オークはバッタリと倒れ、時間が止まったかのように全員が固まっています。


 最初に動き出したのは、乱入してきたギリクでした。

 残心を解いて血振りをくれた大剣を鞘に納め、ミューエルさんへと振り向いた時には、憎らしいほどの得意満面でしたね。


 スッと立ち上がったミューエルさんが、ツカツカと歩み寄って行きます。


「どうだいミュ―姉、こんな奴らじゃ頼りに……」


 パーン!


 ミューエルさんの平手打ちがギリクの頬をとらえ、乾いた音が響きました。


「自分が何をやったか分かってるの! 自分よりも下のランクの後輩から獲物を横取りするなんて、冒険者として絶対にやっちゃいけない事じゃない! 何やってるのよ!」

「い、いや……俺は……」


 ミューエルさんが、僕と腕を組んだり、あーんした影響なんでしょうね。

 良いところを見せようという思いばかりが先走って、訳分かんなくなってたのでしょう。


 さすがに新旧コンビも、顔を顰めて溜息をついています。


「みんな一生懸命頑張ってた。もっと駄目駄目かと思ってたけど、連携してオークの動きを止めて、ホント凄いと思った。この後オークを仕留めれば、経験も自信も手に出来るところだったのに……ギリクが全部台無しにしたんだよ」

「いや……俺は、ミュー姉を守ろうと……」

「そんな事頼んでない! 自分の身を守る対策はしてるわよ! 私は子供じゃないし、一人前の冒険者よ、馬鹿にしないで!」


 ミューエルさんの剣幕に押されて、ギリクは黙り込んでいます。


「謝って。みんなに謝りなさい……ギリク!」

「お、俺は……」


 踵を返して走り去ろうとするギリクの前に、闇の盾を出して行く手を阻みました。


「またそうやって尻尾を巻いて逃げ出すんですか?」

「手前ぇ……くそチビ……なっ」


 ギリクが歯を剥いて睨み付けて来ますが、ムカついてるのはこっちの方です。

見せつけるように、水の槍で木を穿ち、風の刃で幹を切断し、頭上に巨大な火の玉を浮かべてみせました。


「ぶっちゃけ、本気出せばギリクさんなんか相手にならないんですよ。どんなに凄んでみせても所詮はDランクですもんね。Sランクの僕に敵うわけがありません」

「こいつ……」

「その僕が援護をして、危険が無いように状況をコントロールしながら、みんなに経験を積んでもらっていたところです。そりゃあ確かにグダグダになってましたけど、それでもミューエルさんが言っていた通り頑張っていたし、失敗こそがこれからの糧になったはずです。まだ誰も負傷もしてないし、諦めてもいなかった。なに獲物の横取りしてんだよ!」

「くっ……」


 黙り込んだギリクに、新旧コンビや近藤も厳しい視線を向けています。


「決めました。こいつらは、日本に帰らずヴォルザードに留まるって言ってますから、冒険者として特訓して、バリバリ経験を積ませちゃいます。魔の森の奥に連れていけば、オークとかオーガとかゴロゴロしてますからね。すぐにギリクさんなんて追い抜いちゃうでしょうね」

「ふ、ふざけんな!」

「別にふざけてなんかいませんよ。そうですねぇ……今年中にAランクに昇格するぐらいの気概を見せて下さいよ。じゃなければ、本気でミューエルさんは僕がいただいちゃいますよ」


 ミューエルさんに歩み寄り、腰に手を回して抱き寄せました。


「そうだね、自分の非も認められないようなガキのお守りとか、もう疲れちゃったから、ケントに決めちゃおうかなぁ……」


 ミューエルさんも僕の意図を察して、肩に頭をしな垂れ掛けてきました。


「ぐっ、ぎぃぃ……覚えとけよ、くそチビ。手前なんかグシャグシャに丸めてゴミ溜めにぶち込んでやる……おい! 手前ら、調子に乗ってんじゃねぇぞ……わ、悪かったな!」


 闇の盾を消すと、ギリクは走り去って行きました。

 それでも謝ってるつもりなのかねぇ……。


 ミューエルさんは大きな溜め息を洩らすと、苦笑いを浮かべている居残り三人組に歩み寄り、深々と頭を下げました。


「本当にごめんなさい。せっかくの機会だったのに……」

「いやいや、ミュー姐さんのせいじゃないっすよ」

「そうそう、ギリクの兄貴があれなのは分かってるっす」

「俺達もグダグダだったしなぁ……」


 いやホント、グダグダもいいところだよ。


「と言う訳だから……三人には、僕の特訓場でオークの討伐を経験させてあげるよ。なんならオーガとかロックオーガも連れてきちゃうよ」


 魔の森の特訓場ならば、オークなんてゴロゴロしてますからね。


「マジかよ。案外俺らの方が早くAランクに上がるんじゃね?」

「今はグダってるけどよ、経験値上げていけばいけんじゃね?」

「あーっ……でも武器は自分達で用意してね」

「ちょっと待てよ、また短剣でチマチマっって、あーっ、俺の短剣折れてんじゃん!」


 オークが倒れた時に下敷きになってのでしょうか、古田の短剣は鍔元でポッキリ折れていました。


『ケント様、リーゼンブルグに用意されていたものを融通すればよろしいのでは?』

『うーん……一から始めた方が良いのかと思ったけど、武器が無くっちゃ話にならないものね』

『この者達は、なかなかに筋がよろしいので、鍛えればものになりそうですぞ』

『まぁ、こっちに残るって言ってるし、ちょっとは優遇してあげるか』


 オークやオーガなどの大型の魔物を相手にするには、やはり短剣ではリーチも威力も足らないようなので、ラストックの駐屯地から拝借した物を横流ししましょう。


「とりあえず、オークの死骸をそのままには出来ないから、魔石の取り出しをしちゃってよ。死骸の処理はやってあげるからさ」

「おう、そうだな。じゃあ達也頼む!」

「なんでだよ、和也がやれよ」

「はいはい、冒険者になるんでしょ? これから何十回、何百回ってやる事になるんだから、さっさとやる!」


 結局、魔石の取り出しを始めたのは近藤で、何だかこの先、彼は苦労の連続になりそうな気がするよね。


 そう言えば、妙に八木が静かですね。

 その八木は、スマホの画面を見つめたままで動きを止めています。


「八木、どうかしたの?」

「いや、何でもねぇ……」

「また日本で何かあった?」

「国分、勘の良い奴は嫌われるぞ」

「で?」

「で、じゃねぇよ……あぁ、もう、藤井の件で渡瀬が炎上してるだけだよ」

「あぁ、あの二人一緒に帰ったもんね。帰る前後に何かあったのか?」

「かもな。藤井を全面擁護してたら、被害者擁護側の人間とぶつかったらしい」


 魔落ち寸前となって、殺人事件を引き起こした藤井と、オークの投石を食らって死んだ田山と一緒に生配信をしていた渡瀬は、一緒に最初の送還術で帰還しています。

 二人とも目の前で友人を魔物に殺されていますし、自分を重ねてしまう部分もあったのでしょう。


 藤井こそが被害者だ、安全な日本に居て、何も知らない奴が非難するな……といったSNSへの書き込みが炎上の発端のようです。


「自宅特定アンド凸のパターン?」

「まぁ、そんなところだ」

「はぁ……何だか帰らない方が正解だね」

「そうは言うけど、俺らはチート持ちじゃねぇからな」

「何言ってんの? 八木の持ってるものは何だよ」

「えっ? おう、そうか、スマホ持ってたら現代知識チート出来るか」


 八木は嬉しそうにスマホを掲げた後で、首を捻りました。


「なに? 渡瀬の続報とか?」

「いや、違う……てか、現代知識チートって、現代知識を使って開拓したり、物作ったりするやつだよな?」

「そうだね。言ってみれば、オーバーテクノロジー的な感じ?」

「てか、何か作るって時点で面倒くせぇ……」

「うわっ、でたよ。八木らしいっちゃ八木らしいけどね」

「だってよぉ、例えばチャリンコ作るとすんじゃん。チェーンとか、タイヤとか、ブレーキワイヤーとか、全部作るとしたら凄い手間だぜ。国分がひょいって持って来た方が早いだろう」

「まぁ、それはそうだけど……」

「俺様は、働かずに儲けたい! よし国分、俺に息をするだけで金儲けが出来る魔術を掛けてくれ」

「そんな魔術はありません。そうだ、別の魔術なら掛けてあげたよ」

「別の魔術だ?」

「うん、今朝、集合場所で八木と話してたじゃん」

「お前、あの話は流すんじゃ……ちょっと待て……まさか聞かれてたのか? あの犬野郎に」


 ギリクがストーキングしていた事を思い出して、状況を把握した八木の顔からは、血の気が引いていきます。


「八木、勘の良い奴は嫌われるんだよね?」

「ふざけんな、馬鹿! どうすんだよ」

「大丈夫だよ。ギリクは八木なんかに構っていられる余裕なんて無いよ」

「おう、そうか。年内にAランク目指すなら、そんな余裕ねぇな」

「そうそう、街でバッタリとかしなければ大丈夫じゃない」

「お前、そういう怖いことを言うな。街、歩けなくなるだろう」

「でも、ギリクが居ないなら、ミューエルさんと仲良くなるチャンスだよ」

「おぅ、それもそうか、犬野郎が居ない間に、お食事にでも誘って……いや待て、罠だろう、街でバッタリさせる罠だろう!」

「八木、勘の良い奴は……」

「もういいよ。お前のような薄情者は、金があっても使う暇が無くなる呪いに掛かってしまえ」

「はっはっはっ、無駄だよ八木、そんな呪いには、とっくの昔に掛かってるよ!」


 ぐはっ、自分で言ってダメージ受けちゃったよ。

 ガックリと膝をついた僕の肩を、マルトがポフポフと叩いて慰めてくれました。

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