第248話 フラム

 ヴォルザードに戻って、クラウスさんにバッケンハイムの状況を報告した後、魔の森の訓練場へと移動して来ました。

 訓練場の中央には討伐したサラマンダーが横たわっています。


『ケント様、サラマンダーを眷属になさるのですか?』

「うーん、どうしようか考え中なんだ」


 今回討伐したのは、平均的な大きさのサラマンダーです。

 頭と胴体を合わせた大きさは、ネロよりも一回りぐらい大きいだけですが、太く強靭な尻尾を合わせると倍近い大きさになります。


 簡単に言ってしまうと、屋内では全く活動出来ないサイズです。

 ネロやゼータ達も、王城や領主の館のような大きな部屋でなければ出て来られませんが、サラマンダーの場合は尻尾が邪魔になりそうです。


「いっそ尻尾をカットしたら……格好悪いよねぇ……」

『戦力的には、現状の眷属でも十分だと思いますぞ』

「まぁ、そうなんだけど、ゴブリンの極大発生が起こった時に、サラマンダーが来てピンチになったよね」

『そうでしたな。一旦止まったゴブリン達が、サラマンダーを恐れてヴォルザードに向かって来たのでしたな』

「あれを逆に考えたら、ヴォルザード側からサラマンダーが立ち向かえば、ゴブリンの群れならば押し返せるって事だよね」

『威嚇するという意味では、ネロやゼータ達よりも押しが効きそうですな』

「それに、極大発生の群れが押し寄せて来る時は、ヴォルザードが風上になるんだよね?」

『なるほど、風上からサラマンダーに攻撃させれば、魔の森を延焼させて更に押し込めるという訳ですな』

「まぁ、そんなに上手くは行かないかもしれないけど、抑止力としては有りなのかなと思ったんだ」


 サラマンダーの炎弾は、見た目の迫力も抜群です。

 グリフォンが飛来した場合でも、炎弾で牽制すれば、縄張りにされる確率は下がるでしょう。

 ただ一つだけ不満があるとすれば、モフモフでは無いところですが、それを言い出したらラインハルト達スケルトンや、ザーエ達リザードマンも一緒ですからね。


「よし、僕の眷属になってくれるかな?」


 意識を集中して、パスを繋ぐようにイメージすると、ぐぐっと魔力を抜き取られるような感覚がした直後、サラマンダーが目覚めました。


「グルゥゥゥゥゥ……」


 お腹に響くような喉鳴りをさせながら、虹彩が縦に開いた大きな目玉が僕を見据えています。


「僕の家族になってくれる?」

「グルゥゥゥ……」


 サラマンダーは、大きな頭で頷いてみせました。


「じゃあ、強化と火属性の付与をやっちゃうよ」


 サラマンダーの大きな口に、影収納に山になっていた魔石をゴッソリと放り込み、鼻面に両手を添えて強化と付与を行います。

 闇色の靄が僕とサラマンダーを包み込むと、頭の中にイメージが流れ込んで来ました。


 熱帯の植物が生い茂る森の中で育ったサラマンダーは、洞窟の裂け目に落ち、気付くと見覚えの無い森の洞窟に転移していたようです。

 とても気掛かりなイメージですが、今は強化と付与を優先しましょう。


 体を覆う鱗には闇属性を付与し、他の属性魔法は弾いてしまうようにします。

 大きな身体でも俊敏に動けるように、筋力も強化。


 そして火属性を付与すれば出来上がりです。

 赤褐色だった鱗は、しっとりと艶のある漆黒へと変わり、体躯は引き締まってシャープになっています。


 完全にサラマンダーとは別の魔物という感じですが、迫力は増してますね。

 ギョロリとした金色の瞳は、冷たく獲物を射抜く感じです。


「君の名前は、フラムだよ」

「へい! よろしくお願いしやす、兄貴!」

「えっ……あぁ、うん、よろしくね」

「バリバリ働きまっせ! 皆さんも、よろしくお願いしやす!」


 あれ? 見た目がちょっと怖いから、親しみやすくって思ったんだけど、影響を強く与え過ぎちゃったのかな。


「さぁ、兄貴、どこから燃やしますか? 何か身体に力が漲っていて、今ならこの一帯を火の海に変えてみせまっせ!」

「いやいや、無闇に燃やさなくていいから……てか、燃やしちゃ駄目だからね」

「そうなんすか? 分かりやした。兄貴がそうおっしゃるなら燃やしません。いやぁ、ここは、なかなか良い森っすねぇ!」


 フラムは、きょろきょろと回りを見回したり、伸び上がって遠くを眺めてみたり、なんだか落ち着かない様子です。

 でも、僕の眷属って、元の性格を引き継いでいるはずだから、フラムは元々こんな感じなのかな?


「ねえ、フラム」

「何すか、兄貴」

「フラムは、もっと暖かい森で暮らしてたんだよね?」

「そうっすよ。こんなに寒いのは生まれて初めてっすね」

「洞窟の奥の裂け目に落ちたら、こっちの洞窟に移動していた?」

「そうなんすよ。あれ、何なんすかねぇ」


 巨大なサラマンダーが首を捻って考えている姿は、なかなかユーモラスです。


『ケント様、今の話は?』

「うん、フラムを強化した時に見たイメージなんだけど、もしかすると南の大陸の洞窟とバッケンハイムの森の洞窟が繋がっているのかもしれない」

『以前、レーゼ殿が新しいダンジョンが出来ているのかもしれないと言ってましたが、それなのかもしれませんな』

「前回のオーガの群れも、もしかしたら南の大陸から迷い込んで来たのかな?」

『その可能性は高いですな』


 魔物が闊歩する南の大陸と、陸続きになってしまっているような状態ですから、ある意味ではヴォルザードよりも危険です。


「ねぇフラム、その洞窟って、どの位の大きさなの?」

「そうっすねぇ、俺っちが楽に通れる大きさでですから、結構大きいっすよ」

「こちら側の洞窟も同じぐらい?」

「こっち側のが少し狭かったですけど、大体一緒っす」

「うわぁ……ちょっと拙いな。ラインハルト、バッケンハイムに伝えに行こう」

『その方がよろしいですな。大型の魔物が連日現れるとは限りませんが、備えておかねば後手を踏むことになります』


 フラムは、ネロ達と一緒に残ってもらい、ラインハルトとマルト達と一緒に影に潜ってバッケンハイムを目指しました。

 何だか今日は、あちこち行ったり来たりで忙しいですね。


 バッケンハイムのギルドでは、混乱は収まりつつはあるものの、職員の皆さんは忙しく動き回っています。

 職員スペースの一番奥の机では、リタさんが立ったままで指示を飛ばしていました。


 と言うか、机の上に書類が山積みで、座ると周囲が見えなくなっちゃうんでしょうね。

 驚かさないように、視界に入る位置に闇の盾を出して表に出ました。


「お忙しいところすみません」

「ケントさん、どうかなさいましたか?」

「はい、あまり良くない知らせが……」

「はぁ……それは、私の手に負えることでしょうか?」

「うーん……でも、お伝えしない訳にはいかないので……」

「分かりました。ここで聞かせていただいても構いませんか?」

「うーん……出来れば、別室の方が良いかと」

「では、こちらへ……少し離れます!」


 リタさんは、近くにいた職員に声を掛けると、僕を別室へと案内しました。

 

「それで、どのようなお話でしょうか?」

「はい、バッケンハイムの森にある洞窟と、南の大陸にある洞窟が繋がっているみたいなんです」

「はぁ? 洞窟が繋がっている……?」

「はい、実は討伐したサラマンダーを僕の眷属に加えまして……」

「はい? サラマンダーを眷属になさったのですか?」

「はい、それでですね……」


 クールビューティーなリタさんは、鳩が豆鉄砲を食ったように驚いていましたが、話が進むうちに表情を硬くしていきました。


「それは、何者かが意図的に仕組んだものなのでしょうか?」

「さぁ、実際に行って確かめた訳ではないので分かりません」

「この先も、ずっと繋がったままなのでしょうか?」

「それも分かりませんが、フラム……眷属にしたサラマンダーの話では、地続きになったような感じではなく、空間の歪みのような感じで繋がっているみたいです」

「またサラマンダーのような強力な魔物が出てきたりするのでしょうか?」

「南の大陸の洞窟に迷い込めば、あるいは……」

「はぁ……どうしてマスターの居ない時に……」


 リタさんは頭を抱え込んだ後、ガバっと急に顔を上げて射抜くような視線を投げ掛けてきました。


「ケントさん、その洞窟を調べて塞いでもらえませんか?」

「うーん……外部の力に頼りすぎじゃないですか? 僕がやって、後でグラシエラさんとかに知られると面倒なことになりそうですし……」

「そうですね、確かにおっしゃる通りです。守備隊の隊長や高ランクの冒険者と協議して対応します」

「そうして下さい」

「ただ、バッケンハイムだけで対応しきれなかった場合は、ヴォルザードに指名依頼を出しますので、頭の片隅にでも覚えていて下さい」

「分かりました」


 リタさんと握手を交わしてから、影へと潜りました。


『ケント様、調べに行かなくてもよろしいのですか?』

「うん、気にはなるけど、あれもこれも全部出来る訳じゃないからね」

『そうですな。バルシャニアの魔落ちの件や、カルヴァイン領の件もございます。抱え込み過ぎると身動きが出来なくなるかもしれませんな』


 南の大陸は、魔の森よりも魔物の密度が濃いようですし、オーガの群れやサラマンダーが出て来たとすると油断は出来ないのかもしれません。

 ですが、これはバッケンハイムの問題ですし、何より最初から手出しをしたら、バッケンハイムの守備隊や冒険者が役立たずだと決め付けるようなものです。


 まぁ、オーガの討伐やサラマンダーの対応などを見ると、腕前は微妙ですが、また手柄の横取りみたいに言われるのは御免です。


「さて、そろそろ下宿に戻らないと、夕食を食べそこなっちゃうよ」

『アマンダ殿やメイサちゃんが待ちわびていますぞ』

「それはどうか分からないけど、片付けられちゃう前に帰らないとね」


 アマンダさんの食堂は、今夜も盛況のようで、メイサちゃんも忙しそうに店の手伝いをしています。


「ただいま戻りました!」

「あぁ、お帰りケント、もうちょっと待ってておくれ」

「ケントは邪魔だから、二階に行ってて!」

「はいはい、分かりました。二階にいますよ」


 去年までは、メリーヌさんが修業していたので、働き手が一人分減ったので余計に忙しいのでしょう。

 そう言えば、新装開店のメリーヌさんのお店にも顔を出さなきゃいけませんよね。


 あのメリーヌさんが美味しい料理を出すようになれば、店は繁盛間違いないでしょう。

 カルツさんは、もう行ってるでしょうけど、メリーヌさん目当ての客も増えそうだし、うかうかしてられないよね。


 二階の僕の部屋は、最近ベッドを拡張したままになっていて、ドアを開けるとほぼベッドという感じです。

 靴を脱いでベッドに大の字になると、すかさずマルト達が摺り寄って来ます。

 うーん……もふもふ、癒されますよねぇ。


「ご主人様は働きすぎなの」

「そうそう、もっとうちらと遊ぶの」

「そうそう、もっとうちらを撫でるの」

「はいはい、そうだね。明日一日頑張って、安息の曜日はみんなでゆっくりしようね」


 布団に寝転んで、モフモフ、スリスリされていると眠気に襲われてしまいます。

 夕食までウトウトしてようかなぁ……っと思っていたら、フレッドが戻って来ました。


『ケント様……明日の晩、元締め達が集まる……』

「それって、何か計画しているってことなの?」

『そうではないかも……定期的に集まってるらしい……』


 フレッド達が調べたところによると、カルヴァイン領の鉱山の元締め五人は、週末の夜に会合を開いているそうです。

 一応の主催はアーブルという形で、カルヴァイン家の屋敷で行われているそうです。


「定期的な会合か……でも、今は雪に閉ざされて情報が入って来ない状態だよね? 実のある話し合いなんか出来ないんじゃないの?」

『そうでしょうな。ですがケント様、そうした集まりの方が人柄とか見えたりするものですぞ』

「なるほど、アーブルの安否が分からない状況だからこそ、元締めの五人がどう動くのかを見る必要があるかもね」


 カルヴァイン領の領主、アーブル・カルヴァイン辺境伯爵は、謀反を企てた罪で地下牢へと繋がれていました。


 拷問が繰り返され、手当てもされず、そのまま獄死させるつもりだと聞きましたが、その後のアーブルの生死は聞いておりません。

 カミラからは、アーブルの生死は表沙汰にはしないと聞いています。


「五人の意見が割れるようならば、上手く焚き付けて自滅を誘った方が良いのかな?」

『計略は上手く用いれば大きな効果をもたらしますが、下手を打つと逆効果になりますぞ』

「この場合だと、逆に結束を強めてしまう……みたいな感じかな?」

『カルヴァイン領は雪に閉ざされて、時間的な猶予が与えられていますが、雪解けと同時に止まっていた時計が動き出します。この五人は言わば運命共同体ですからな。小手先の計略では状況を悪くするだけでしょうな』

「それじゃあ、今回は偵察に徹する方が賢明ってことだね」

『それがよろしいでしょうな』


 フレッドがカルヴァイン領へと戻って行ったのと入れ替わるように、階段をパタパタと駆け上ってくる足音が聞えました。


「ケント、ケント、ご飯……ズルい! 一人だけモフモフと一緒に寝てる!」

「あとでメイサちゃんも一緒に寝るんでしょ。逃げたりしないから大丈夫だよ」

「むぅ、ケントばっかりズルい」

「だってメイサちゃんは食堂の手伝いしてたんだから、マルト達と一緒には寝てられないじゃん」

「だったらケントも働けばいいじゃん」

「えぇぇ……僕は一杯働いて来たよ。バッケンハイムに行って、ヴォルザードに戻って、またバッケンハイムに行って、ブライヒベルグに行って、バッケンハイムに戻って、ヴォルザードに帰って来て、またバッケンハイムに行って、それから戻って来たんだからね」


 今日一日の移動を告げると、メイサちゃんは目を白黒させています。


「ほーら、あんた達、さっさと下りて来ないと夕食抜きにするよ!」

「今行くーっ、お母さん、ケントは一日ウロウロしてたんだって!」

「ちょ、メイサちゃん、僕はウロウロしてただけじゃないからね!」


 夕食を食べながら、バッケンハイムがサラマンダーに襲われたことや、討伐したサラマンダーを眷族に加えたと話すと、アマンダさんとメイサちゃんは顔を見合わせていました。


「ケント、その……大丈夫なのかい?」

「はい、アマンダさんもストームキャットのネロや、ギガウルフのゼータ達には会ってますよね。あの感じでサラマンダーが家族に加わっただけです」

「だけです……って言われてもねぇ」

「敵に回すと厄介ですけど、味方につければ心強いですよ」


 アマンダさんもメイサちゃんも半信半疑といった顔をしていたので、食後に店の裏でフラムを紹介しました。

 さすがに他の人に姿を見られたら騒ぎになりそうなので、周囲を闇の盾で囲ってから出て来てもらいました。


「フラム、僕がお世話になってるアマンダさんとメイサちゃんだよ」

「どうも、フラムっす。よろしく頼んます!」


 闇の盾からヌルリと漆黒のフラムが出て来た時は、二人とも身体を硬直させていましたが、軽い調子で挨拶されて、今度はポカーンと口を開けて固まっちゃいました。

 うん、やっぱり親子、同じ反応ですね。


「兄貴、お二人は、どうかなさったんすか?」

「生きていて、しかも言葉を話すサラマンダーなんて初めて見るから驚いてるんだよ」

「そうっすか、いやぁ……ちょっと嫌われちゃったのかと思って、心配したっすよ」

「あぁ、すまないね。ケントの言う通り、こんなに近くでサラマンダーを見ることなんて無かったから驚いちまったよ。あたしがアマンダ、こっちが娘のメイサだよ。よろしく頼むね」

「こいつはご丁寧に、こちらこそよろしくっす!」


 アマンダさんのフリーズは解けたようですが、メイサちゃんはフリーズしたままですね。

 ぎっぎっ……っと音がしそうな動きで、メイサちゃんは僕に視線を向けてきました。


「メイサちゃん、触ってみる? スベスベだよ、スッベスベ」


 メイサちゃんは、目玉がこぼれ落ちそうなくらいに目を見開いたまま、コクコクと頷いてみせました。


 普通のサラマンダーはゴツゴツとしていますが、フラムは強化する時にツルツル、スベスベをイメージしてあるので、鱗の段差を僅かに感じるぐらいです。

 鱗は単純に硬いだけでなく、しなやかさもプラスし、ヌラリとした艶があります。


「ふわぁぁぁ……ツルツルのスベスベ……気持ちいい」


 ペッタリと地面に伏せたフラムの首筋を撫でてあげると、気持ちが良いのか目を細めています。


「ゴブリン程度の大量発生なら、フラムが薙ぎ払ってくれるからね」

「俺っちは、やる時はやるっすよ!」


 怖ろしげな外見とはギャップを感じるフラムの軽い口調に、アマンダさんも頬を緩めています。

 どうやらフラムは、新しい家族として馴染んでいけそうです。

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