第238話 オークション
ケージと呼ぶのが相応しいのか疑問は残りますが、月面探査機のような車体が姿を現すと、同級生達からはどよめきが起こりました。
年末年始の休みが明けた火の曜日、帰還作業を進めるために守備隊の訓練場へと来ています。
先程までは、守備隊の皆さんが勢揃いして、総隊長を務めているマリアンヌさんの年初の訓示を聞いていました。
その後、守備隊の訓練も始められているのですが、邪魔にならない一角を借りて、帰還作業を進めることにします。
日本とヴォルザードの時差は、約十時間。
今はお昼少し前なので、日本は夜の十時前になります。
梶川さんからは、僕が万全の状態で送還術を使えることを優先して、日本の時間は気にしなくて良いと言われています。
同級生達が帰還すれば、当然健康状態のチェックとかも行われるでしょうし、家まで無事に送り届けるための人員も必要です。
思いっきり深夜残業となってしまうか、最初から遅番の出勤になるのかは分かりませんが、少し申し訳無い気分になります。
「国分、本当にこんな大きな物を送れるのか?」
「それは大丈夫です。昨日テストしてみて、何の問題もありませんでした。ただし、一日に送還するのは一度きりにして下さい。」
既に練馬駐屯地の倉庫には、目印となるゴーレムが設置してありますし、あとは同級生が乗り込んで、送還術を使うだけです。
まぁ、加藤先生が不安を感じるのも当然ですが、僕としても失敗するつもりは更々無いので、昨日のうちにテストもして、万全の体制を作り上げています。
当初は五人を詰め込むケージにする予定でしたが、やはり要人の往来を考えて制作されていた物を流用することにしたそうです。
塩田外務副大臣をヴォルザードに送った時には、ロープで数珠繋ぎでしたから、あの形では見栄えが悪いと考えたようです。
地球側からヴォルザードに人を送る場合には、魔力付与すれば影の空間経由でも移動が可能です。
このケージは、そっちのパターンでの移動のために作られたのでしょう。
「よーし、全員乗り込め。乗ったらシッカリとシートベルトを締めるんだぞ」
選ばれた十人は、男子五名、女子五名で、先日の事故で足を切断した児島さんも含まれていました。
「国分君、この前は色々ありがとう。正直、足が無くなった時には、死んじゃうと思った」
「違和感とか、後遺症はない?」
「うん、大丈夫。足を切断したのが夢だったと思うほどだよ」
「それなら良かった。元気でね」
「うん、ありがとう……それと、詩織のことで色々とキツイこと言ってごめんなさい。国分君が居なかったら、こうして帰れる日は来なかったかもしれないし……本当に感謝してる。どうもありがとう」
児島さんと一緒に他の九人も頭を下げた後で、握手を求めてきました。
「サンキューな、国分」
「マジ感謝してるぜ」
「ありがとう国分君、元気でね」
「同窓会には必ず出席してよね」
「うん、みんな元気で!」
これまでにも木沢さんを始めとして、数人を日本に送りましたし、日本との通信も確保しました。
ですか、こうして同級生達から握手を求められたり、まとまった人数を帰還させるのだと実感すると、ようやくここまで辿り着いたんだと感無量になります。
「何だよ国分、お前泣いてるのか?」
「ば、馬鹿。ちょっと目にゴミが入っただけだよ」
「お前は、ひょいっと日本に帰って来られるんだろう? 落ち着いたら集まろうぜ」
「そうだね。全部片付いたらね」
挨拶を交わした同級生達は、一人ずつケージへ乗り込んで行きました。
「あれっ、これどこだ?」
「えっ、なんで六本もあるの?」
普通の車のシートベルトは、片方の肩と腰の両側の三点式のシートベルトですが、このケージに取り付けられているのは、レーシングカーなどに使われている六点式のシートベルトです。
そんな衝撃を感じるような事態は起こらないと思いますが、梶川さんから万が一の事態に備えて、必ず装着するように要請されました。
「両肩と両腰、それと二本は股の間を通して。バックルを留めたら、ベルトを調整して締めて」
「おぅ、これがこっちか?」
十人が乗れるように作られていますが、居住スペースは限られていて、肩寄せあってギッチリと固まっている状態です。
ドノバンさんとか、ギリクみたいな体格だったら、シートを二つ使わないと座れないかもしれませんね。
シートベルトを締め終えた同級生達は、見守っている友人達に手を振り始めました。
一日に十人を送れるので、二十日間で殆どの人を帰還させられる予定です。
ですが、新旧コンビや近藤のように、ヴォルザードに残ることを考えている人も居ます。
そうした者達と帰還した同級生達では、下手をすればもう一生会うことが出来なくなるかもしれません。
電話も掛けられる、メールやメッセージも届くけど、やっぱり異世界は遠い世界だと実感させられます。
「国分、そろそろ頼む」
「はい、分かりました」
体調は万全、日本の受け入れ体制も万全、加藤先生が入口を外からロックし、ケージの周囲から同級生にも退避してもらいました。
「送還!」
ごっそりと魔力が削られる感覚と同時に、十人の同級生を乗せたケージは姿を消し、その直後、唯香に持ってもらっているモニターの向こう側、練馬駐屯地へと姿を現しました。
「加藤先生、ケージは無事に届いたようですが、異常が無いか確認してきます」
「大丈夫か、国分。顔が青いぞ」
「けっこう魔力を持っていかれるので、少し気分が悪いですが、休めば大丈夫な程度です」
「そうか、それならば良いが、あまり無理はするなよ」
「はい、分かりました」
影の空間を通って練馬駐屯地へ向かうと、ケージから降りた同級生達が歓声を上げて抱き合っていました。
これまでは、一人ずつしか帰還させられなかったので、こうして喜びを分かち合う光景も見られませんでした。
「みんな無事に着いてるよね? 怪我したり、気分が悪くなった人とか居ないよね?」
「おう、国分、全員無事に……って、さっき改まって別れの挨拶したのに、すぐ再会してたら意味ねぇじゃん!」
「あっ……でも、無事は確認しておかないといけないし……」
「だな。みんな無事だよな!」
「おう、問題無いぜ」
「私達も大丈夫だよ」
帰還した十人は、全員が満面の笑みを浮かべていました。
「オッケー、それじゃあ僕は、報告に戻るから……」
「おう、またな! 国分」
「うん、またね!」
ヴォルザードから日本までは遠いけど、僕さえ元気でいれば往来は可能です。
残留を決意している同級生が、何人程度いるのか確認していませんが、里帰りを希望する時には、ちょいと送ってやりますかね。
「国分君、お疲れ様」
「あっ、梶川さん、お疲れ様です」
「問題無く送還できたみたいだね」
「はい、やっぱりゴッソリと魔力を削られるので、送還するのは一度が限界ですね」
「そうか……明日も可能かな? 何なら一日おいてからでも構わないよ。こうして纏まった人数を帰還させられる目途が立ったから、世論の風当たりも和らぐだろうしね」
「そうですか……では、明日の朝、体調を確認して帰還作業を行うかどうか連絡します」
僕と梶川さんが話をしている間に、ネロが闇の盾を出して、ザーエ達がケージを影の空間に片付けています。
練馬駐屯地に忍び込んで、悪事を働く人間が居ないとも限りませんので、ケージの保管は影の空間で行うことになっています。
「そうだ、梶川さん。帰還させた同級生達なんですが、こちらでも魔術は使えましたか?」
「あぁ、それね。この前、送還術で帰還した生徒さんに試してもらったんだけど、使えたのは一時的で、魔力を消費してしまうと使えなくなってしまうみたいなんだ」
「休んでも魔力は回復しない感じですか?」
「そういう感じだね。帰還した生徒さん達については、魔術は使えなくなると政府は公表するつもりだよ。何せ、異能力を保持しているなんて思われたら、狙われる心配があるからね」
実際、ヴォルザードで使える魔術は、地球側での銃器に匹敵するだけの威力があります。
風の刃を使いこなせれば、武器を使わずに暗殺を行うことも可能でしょう。
「正直に言ってしまうと、戻ってきた全員に身辺警護を付けるのは日本政府としても大変なんだよ。地球上には魔素が存在しない、だから戻って来た生徒達も魔術は使えない。これが日本政府の正式見解になる予定だよ」
「分かりました。では、明日の帰還作業を行うかどうかは、日本時間で午後二時までに連絡するようにします」
「分かった。でも大丈夫だよ、国分君の眷属は優秀だから、ちゃんと電話も取り次いでもらえるみたいだしね」
「あぁ……そうですね。ソーラーパネルとタブレット、ありがとうございました。おかげ様で、みんな喜んでます」
梶川さんとしては、僕に連絡が取れることが余程助かったと見えて、マルト達のためのタブレットや充電用のソーラーパネルやバッテリーも用意してくれました。
パトロールの無いコボルト隊が集まって、チマチマと遊んでいるみたいです。
僕としては、都合の悪い話でも連絡がついてしまうのが少々厄介ではありますが、色々と面倒も掛けていますので仕方ありませんよね。
梶川さんに、帰還した同級生達のことを頼んで、ヴォルザードへと戻りました。
守備隊の訓練場へと戻り、加藤先生に無事に帰還が終わったことを報告。
唯香やマノンと一緒に守備隊の食堂で昼食を済ませたら、次はバッケンハイムのオークション会場へと向かいました。
オークションは、バッケンハイムのギルドに隣接する講堂で行われ、毎年新年初回のオークションには多くの客と珍品が集まって来るそうです。
珍品揃いの出品の中でも、ギガースの魔石は大きな話題となっていました。
通常サイズのオークの魔石と比較すると、重量比で五百倍以上。
これほどまでに大きな魔石は、存在すると考えられていても、実際に目にすることの無い伝説級の代物のようです。
オークションには、先日目撃したコバルトヴァイパーや、サラマンダーの革なども出品されていましたが、業者と思わしき人達が競り落とす程度で、あまり盛り上がっていないように見受けられました。
それでいて、会場は常にザワザワとした声に包まれていて、ある種異様な熱気に包まれています。
「バステン、どんな感じかな?」
『そうですねぇ、私はオークション自体を見学した経験が無いので、何とも申し上げにくいですが、会場に居る者達は狙いを定めているギガウルフの群れのようです』
「みんなギガースの魔石狙いってこと?」
『だと思います。会場の中央、一番羽振りの良い連中が揃っているはずですが、殆ど競りには参加しておりません。おそらくギガースの魔石に備えて資金を温存しているのでしょう』
「いくらぐらいになるかなぁ?」
『さぁ、オークの魔石が一万から一万五千ヘルト程度で、その五百倍以上の大きさなので、単純に計算すると五百万ヘルトから七百五十万ヘルトになります。ですが、その程度の値段では収まらないはずです』
「まだギガース魔石の順番は来ないよね?」
『はい、一番最後の出品ですので、まだ時間がありますね』
「ちょっとレーゼさんに挨拶して来るよ」
『畏まりました』
バッケンハイムのギルドマスター、レーゼさんはオークション会場の隣にある控え室に居ました。
本当の護衛役のラウさんと、見た目だけの護衛ガンターも一緒ですね。
「こんにちは。レーゼさん、おじゃましても宜しいでしょうか?」
「ケントかぇ? 入りや……」
レーゼさんは、いつものごとく露出度の高い衣装に身を包み、ソファーに横たわっているのですが、何となく機嫌が悪そうに見えます。
「おじゃまします。こんにちは、ラウさん」
「ほっほっほっ、ケントよ、レーゼの相手は任せるぞ」
「へっ、どうかしましたか?」
テーブルを挟んだソファーに腰を下ろすと、レーゼさんにギロっと睨まれてしまいました。
「どうかしたかではないわぇ。ギガースの魔石のおかげで全く盛り上がらぬではないか」
「それって、もしかしてお金を残しておくため……ですか?」
「その通りじゃ。毎年一番金を使う連中が、今年は揃いも揃って競りに乗ってこぬ。まるで葬式みたいではないか」
「それを僕に言われましても……だったら一番最初にギガースの魔石を競りに掛ければよかったんじゃないですか? そうすれば、競り負けた人は別の品物に……」
「そんな事は分かっておるわぇ。それに気付いたところで、今更順番を変更する事など出来ぬ。あぁ、我としたことが痛恨の極みじゃ……」
レーゼさんとしたら、最初にギガースの魔石を競りに掛けると、後の競りが盛り上がらないと考えたようですが、思惑が外れたようです。
「ケントよ。ロックオーガ討伐の報酬は確認したかぇ?」
「あっ、はい、ありがとうございました」
先日のオーガ討伐の際に、グラシエラさん達が担当した北側からロックオーガが一頭逃亡した他に、東側からも一頭逃亡していました。
そちらのロックオーガは、冒険者達が追跡を諦めた直後に、風のように現れたラウさんが一刀のもとに斬り捨てたとコボルト隊から報告が来ました。
よっぽどラウさんが怖かったのか、尻尾が隠れ気味で、かなり可愛かったです。
でも、グラシエラさん達が、寄ってたかって攻撃を重ねても逃がしたロックオーガを一刀って……やっぱり別格ですよねぇ。
残る一頭は、マスター・レーゼからの依頼を受けた後、フレッドがサクっと討伐を終えました。
討伐の報酬は四万ヘルト、プラス魔石と角も僕の取り分となります。
「あの後は、オーガの襲撃は起きていませんか?」
「今のところは何の兆候も見られぬが、バッケンハイムでは滅多に無い規模の襲撃じゃったから、まだ何かあるやもしれんのぉ」
少々苛立たしげに煙管と燻らせながら話すレーゼさんですが、目下の関心はオークションの盛り上がりのようです。
居心地の悪さを感じつつレーゼさん達とお茶を飲んでいると、時間の経過と共にオークション会場のざわめきが大きくなり、壁越しにも熱気の高まりが感じられます。
オークションも終盤に差し掛かり、最初からギガースの魔石を諦めている人々が、その他の目玉商品を競り合い始めたようです。
「ふん、ようやく盛り上がり始めたかぇ。そもそもギガースの魔石を落とせる者など限られておるのだから、出し惜しみせずに金を使えば良いものを……」
せっかくオークションが盛り上がり始めても、レーゼさんの機嫌は直っていない様子です。
「そう言えば、オークションってギルドの儲けになるんですか?」
「当たり前じゃろう。落札価格の一定割合はギルドに収められることになる。つまりは価格が吊りあがるほどにギルドが儲かるというわけじゃ」
「なるほど、それじゃあ盛り上がらないのは困りますね」
「さて、そろそろ時間じゃろぅ。いくらの値がつくかのぉ……」
レーゼさんは燻らせていた煙管を置くと、フワリと立ち上がりました。
オークション会場へと向かう後には、ラウさんが影のように続きます。
レーゼさんが舞台横の扉から会場に姿を見せても、集まった人々の視線は舞台の上に釘付けにされていました。
「何だ、あれは? 本当に魔石なのか?」
「信じられん大きさだ。オーガの魔石の何倍だ?」
「サラマンダーの魔石ならば見たことがあるが、比べ物にならんぞ」
タ――ン!
競売人が音高くハンマーを打ち鳴らすと、会場は水を打ったような静けさに包まれました。
「それでは、本日最後の出品、ギガースの魔石となります。この魔石は昨年の暮、バルシャニアの港町ライネフを壊滅に追い込んだギガースを、ヴォルザードの史上最年少Sランク冒険者『魔物使い』のケントが討伐したものです。正真正銘、世界に二つと無い巨大な魔石であるとバッケンハイムギルドが証明いたします」
「おぉぉぉぉぉ……」
競売人の口上を聞いた会場からは、地鳴りのようなどよめきが起こりました。
「この魔石の重さは、平均的なオークの魔石の五百倍以上ですので、八百万ヘルトから始めさせていただきます」
「一千万ヘルト!」
「千二百万!」
「千五百万!」
「二千万だ!」
競りが始まった途端、それまでは鳴りを潜めていた会場中心に陣取った連中が、先を争うようにして価格を吊り上げ始めました。
「三千万!」
「三千五百万ヘルト!」
「四千万だ!」
「五千!」
価格が吊りあがる度にどよめきが起こり、その度にレーゼさんは笑みを深めていきます。
資金を温存していた者達が、相手の顔色を窺い、自分の懐具合を相談しつつ、価格を吊り上げていきました。
「七千五百万ヘルト!」
「七千六百万!」
「七千七百万だ!」
「他、ありませんか?」
「八千万ヘルト!」
「おぉぉぉ……」
「八千万ヘルト、他、ありませんか……? では……」
「一億ヘルト!」
「おぉぉぉぉぉ!」
競りの最終盤に来て、いきなり価格を吊り上げたのは、カイゼル髭を蓄えた恰幅の良い、いかにも資産家という風貌の男でした。
「一億ヘルト、他ありませんか? ありませんか? では、一億ヘルトにて落札!」
タ――ン!
再び競売人のハンマーが高らかに打ち鳴らされるのと同時に、レーゼさんに腕を引かれて控え室へと連れ戻されました。
「えっ、ちょ……レーゼさん?」
「あの男は一筋縄ではゆかぬ。まだケントは直接会わぬ方が良かろう……」
「それって、悪党ってことですか?」
「ふふん、物の善悪など、見る方向によって変わってくるものじゃ。それに、あんな髭面よりは、我の相手をしやれ」
「えっ、ちょ、ちょ……」
レーゼさんに腕を拘束されると同時に、僕の胃袋が盛大に不満を訴えました。
「くくく……ケントは、まだ色気よりも食い気なのかぇ? まぁ良い、満足するまで食わせてから、我が心ゆくまで可愛がってやろうかのぉ」
「えぇぇぇ……ちょ、ちょ……」
「待たぬ、待たぬぞぇ……」
梶川さん、ごめんなさい。明日の帰還作業は延期になりそうです。
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