第233話 治療の依頼

「時間が無いから単刀直入に言わせてもらうよ。国分君には、ある人物の治療を行ってもらいたい」

「えっ、治療の依頼は……」


 応接セットのソファーに腰を下ろすと、塩田外務副大臣は、僕を呼び出した理由を切り出しました。

 その隣で梶川さんが、僕に向かって無言で頭を下げています。


「梶川君からは、日本政府が治療を依頼する事は無いと聞かされていると思うが、今回はそうも言っていられないのだよ」

「もう少し、詳しい話を聞かせていただけませんか?」

「そうだな。事情の説明も無しに依頼を押し付けるのは失礼だな。国分君に治療してもらいたい人物は、訪日しているハズキスタン共和国のアジリマト大統領だ」

「ハズキ……大統領ですか?」

「そうだ。聞きなれない国名だろう」

「はい。何となく、あの辺りの国かなぁ……って感じです」

「ハズキスタンは中央アジアの小国で、いわゆる独裁国家と思ってもらって構わない」

「独裁国家……ですか?」


 塩田外務副大臣は大きく頷いた後で、ハズキスタンについて教えてくれました。

 国土は広くないものの世界有数の埋蔵量を誇る天然ガス鉱床が発見され、その開発を日本の商社が連合で請け負う事になったそうです。

 アジリマト大統領の今回の訪日は、いわば接待的な意味合いがあるのだそうです。


「そのアジリ……」

「アジリマト大統領だ」

「その大統領が急病になった……いや、急病程度では僕の出番は必要無いか……」

「大統領は首の骨を折る大怪我を負って、虎ノ門にある病院で手当を受けているが、頚椎の損傷が酷く、首から下が麻痺して動けない状態だ」


 アジリマト大統領は、クーデターによって実権を手にした元軍属で、身長は百九十センチ近い巨漢だそうです。

 その大統領が一昨晩、商社の皆さんから接待を受け、次の店に移動する途中で、階段から足を踏み外してしまったそうです。


綺麗なおねえさんが一緒に居たそうですが、大統領を支えきれずに一緒に転落、こちらも肋骨を折るなどの大怪我を負っているそうです。


「もし……もし、僕が治療を行わなかった場合、どんな事態が起こりますか?」

「先程も少しだけ話したが、ハズキスタンはアジリマト大統領による独裁国家だ。そして複数の民族、宗教が同居している多民族国家でもある。このまま大統領が身動きが出来ない状態が長く続けば、内戦が勃発してもおかしくない状態だ」


 アジリマト大統領は、多数派の民族に属しているものの宗派としては二番目の勢力に属しているそうです。

 民族間、宗派間の対立を武力と利益による懐柔によって上手く抑え込んでいるそうですが、それも本人のカリスマ性によるところが大きいそうです。


「言うまでも無く、内戦に発展すればガス田の開発は頓挫してしまうし、日本のエネルギー政策にも影響を及ぼしかねない」


 開発するガス田からは、隣国を跨ぐパイプラインの建設も計画されていて、日本への輸出も視野に入れられているそうです。


「分かりました。お引き受けします」

「すまないな。治療の依頼はしないと大見栄を切ったばかりだと言うのに……」

「いいえ、事情が事情ですので仕方ありませんよ。それに、日本政府からの依頼であるならば、当然報酬はいただけるのですよね?」

「無論だ。現代医学では回復の見込みがない状況を治療してもらうのだから、相応の金額を支払う用意がある」

「具体的には、いくらいただけますか?」

「三億だ。日本政府は、今回の治療に三億円を支払う。但し、成功報酬という形にさせてもらうが、構わないかな?」

「三億円というのは、いくら何でも高すぎませんか?」

「そう思わせるための金額なんだよ」


 塩田副大臣が言うには、今回の治療は一切表沙汰にせず、極秘裏に行う予定になっているそうです。

 病院関係者にも、ごく一部の者にしか情報を流さない予定ですが、それでも漏洩する可能性はゼロではありません。


 万が一、治療の情報が漏れたとしても、要望が殺到しないように法外な治療費を設定しているのだそうです。


「金額に関しては了解しましたが、二つほどお願いがあるのですが……」

「何かな、可能なことであれば、希望を叶えるよ」

「一つめは、今回の治療費をリーゼンブルグの賠償に充てていただきたい」

「それでは国分君がタダ働きになってしまうが、構わないのかね?」

「はい、構いません」

「分かった、賠償金の一部に充てよう。もう一つは何だい?」

「二つめは、これから同級生達の帰還を本格化させる予定なのですが、それが完了したタイミングでリーゼンブルグからの賠償が完了した事にしてもらえませんかね?」

「ふむ……だが、日本で試算した賠償額には、まだまだ届いていないと思うが、どうなんだね梶川君」

「はい、今回の報酬を加えたとして、三十五億円ほど不足している計算になります」


 送還の実験材料として日本に送ったゴブリンが、一頭一億円で売れたので、それだけで十億円以上の賠償が終わったことになっています。

 その他に魔石やミノタウロスの角、そして、今回の治療費を加えると十五億円程度にはなるはずですが、完済には程遠い状況です。


「国分君は、三十五億円を踏み倒すつもりかな?」

「いえ、それに関しては、今後も回収業務を手伝うつもりでいますが、召喚された同級生が帰国して賠償が完了したとなれば、リーゼンブルグに対する世論も変わってくるのではないかと思っています。将来的に日本政府がどの程度、ヴォルザードやリーゼンブルグなどで資源調査、開発に乗り出すつもりなのかは分かりませんが、少しでも友好的な関係の方が、スムーズに物事を進められると思うのですが……」

「なるほど、確かに一理あるな。だが、ここで決断するには少々金額が大きすぎる。二つめの話は持ち帰って検討するという形では駄目かね」

「分かりました。それで結構です」

「では、具体的な治療の……」


 塩田副大臣と握手を交わして、打ち合わせに入ろうとしたら盛大にお腹が鳴ってしまいました。

 よく考えてみると、朝食を食べたきりなんですよね。


「すいません。今日もバタバタしてたもので……」

「いや、腹が減っては戦はできぬ。腹ごしらえしてから話そう」


 とは言え、時間は真夜中三時過ぎなので、食堂の職員さんも居ませんし、近くのコンビニで買って来てもらったおにぎりやカップ麺の夜食です。

 カップ麺とか凄い久々で、妙に美味しく感じちゃいました。


 ついでに、食事や治療に行って来る間に、スマホやタブレット、モバイルバッテリーなどをまとめて充電してもらいます。

 もう一つついでに、充電用のソーラーパネルも手配してもらいました。


「あっ、そうだ。梶川さん、火薬の取り扱いに関する資料とかありませんかね?」

「火薬って、あの爆発する火薬かい?」

「はい、あちらの世界でも火薬が開発されて、実際に使われ始めているんですよ」

「ほう、何やら面白そうな話だね。私にも聞かせてくれるかな?」


 キリア民国で火薬が開発され、戦争に使われ始めた話をすると、元自衛官の塩田副大臣も興味深げに聞き入っていました。

 アンデッドを使った攻撃について話すと、中東地域への派遣の経験からか、自爆攻撃を連想するらしく渋い表情を浮かべていました。


「死んだ後でさえも戦争の道具にされるとは、あまり気持ちの良い話ではないな」

「おっしゃる通りですが、効果は絶大だったそうです。僕が見たのは昼間ですが、キリアとヨーゲセンの戦いでは、夜襲に使われて大きな戦果を上げたそうです」


 夜目が利くアンデッドが、闇に紛れて火薬の樽を抱えて攻め込んで来る。

 守る側とすれば、悪夢のような状況でしょうね。


 梶川さんからは、火薬取扱者と火薬製造者に関する資料を用意してもらえることになり、必要ならば講師も派遣してもらえることになりました。

 季節外れですが、爆竹と花火も手配してもらいました。


「さて、アジリマト大統領の治療なのだが、情報の漏えいを防ぐために、病院関係者も一部の者にしか知らせていない。なので、国分君には政府関係者の一員として同行してもらうので、また変装をしてもらうことになる」

「副大臣、でしたら僕は表に出ないで、影の中から治療した方が良いと思いますが……」

「そんな事が可能なのかね?」

「はい、と言うよりも、魔素が存在している影空間の方が、安定して魔術が使えます」


 影移動や影空間からの治療について説明すると、塩田副大臣は、実際に影空間経由でヴォルザードに行った経験があるので、すんなりと理解してもらえました。


「では、どういう手順で進めるのかね」

「そうですね。病院の場所が分からないので、近くまでは車で送っていただけますか。あとは病室の場所さえ分かれば、影を伝って中に入って治療してきます」

「治療が終わったら、車に戻ってもらえれば、ここまで送ってくるよ」

「いえ、帰りは影移動を使えば、ここまで戻って来られますから大丈夫ですよ」

「いやはや、魔術というのは便利なものだね。では、私はここで待たせてもらうので、治療が終わったら戻って来てもらえるかな」

「分かりました」


 病院の見取り図を用意してもらい、アジリマト大統領の入院している病室を教えてもらいました。

 VIP用の病室という話ですし、巨漢の外国人ですから間違う事も無いでしょう。


 僕が治療を行うことを話してある病院関係者にも、治療が終わった後で連絡することにしました。

 まぁ、姿を見せずに影の中からの治療なので、僕の存在がバレる心配はないでしょう。


 駐車場へ案内されると、ワンボックスカーが待機していました。

 後部座席のガラスには黒いフィルムが貼られていますし、運転席との間にはカーテンまで引かれていて、内部の様子が外からは見られないようになっています。


「国分です、よろしくお願いします」

「こちらこそ、どうぞ……」


 ドライバーさんに声を掛けると、ドアを開けてもらえました。


「出発しても大丈夫ですか?」

「はい、お願いします」

「では、病院の近くに着いたら声を掛けますね」


 練馬駐屯地を出発した車は、深夜の川越街道を池袋方面へとひた走ります。

 平日とは言え、夜明け前の時間なので道はガラガラです。

 池袋、護国寺、飯田橋、皇居を回り込んで虎ノ門まで、三十分ほどの道程でした。


「国分さん、そろそろ到着します。道路を挟んだ右側、大きな建物が病院になります」

「分かりました、どうもありがとうございました」


 ハザードランプを点滅させて、車は道路の左側に一旦停止。

 僕は、車の中から影に潜って移動を開始しました。


 病院は、政治家さんが利用することでも有名で、周囲にはマスコミの姿も見えます。

 病院の出入り口では、警備員が目を光らせていますが、影に潜って移動する僕には関係ありませんね。


 表に出てしまうと、監視カメラとかに映る心配もありますから、潜ったままで移動しましょう。

 深夜の病院とあって、館内は静まり返っていました。


 入院病棟も、ナースステーション以外は常夜灯が灯されているだけです。

 アジリマト大統領が入院しているのは十一階の特別室で、その周囲だけは物々しい警戒態勢が敷かれていました。


 ハズキスタンの国内情勢を考慮して、日本政府からは大統領の詳しい症状については一切の発表がなされておらず、情報の漏洩に対して神経を尖らせているそうです。

 こうした物々しい警戒態勢が敷かれた場所に潜入するのは、スパイ映画みたいでワクワクしてしまいますが、治療が終わるまで気持ちを引き締めていきましょう。


 病室は、廊下から応接スペースを抜けた、更に奥にありました。

 ホテルかと見まがうような内装の部屋に、これまた病院とは思えない高級そうなベッドが置かれ、首の周囲をガッチリと固定された男性が横たわっていました。


 黒髪で口髭を蓄えた、少しふっくらとした顔は、有名なゲームキャラを連想させます。

 首から下は見えませんが、布団の盛り上がり具合からして、太り気味なのは間違いないでしょう。


 この体格で階段から転げ落ちれば、それは首も折れるでしょ。

 影の中からギブスと首の間に手を挿し入れ、治癒魔術を流し込みました。


 既に骨のズレは修正したという話でしたので、僕が行うのは神経の修復だけでした。

 実際、切断した足を接合するよりも簡単な治療でした。


 治療は終わったのですが、患者である大統領は眠ったままなので、治療が上手くおわったのかどうかが分かりません。

 かと言って、夜明け前に外国の大統領を叩き起こす訳にも行きません。


 どうしたものかと考えていたら、応接スペースのドアが静かに開きました。

 看護師さんの巡回かと思いきや、姿を現したのは中年の男性でした。


 大統領と同じく口髭を生やしていますが、こちらは痩せていて、部屋が薄暗いせいか陰気な表情に見えます。

 顔付きからして、日本人ではなくハズキスタン共和国の関係者でしょう。


 病室に入って来た男は、応接スペースを振り返り、音を立てないようにソーっとドアを閉めました。


『ケント様、なにやら怪しげな輩ですな』

『そうだね。見るからに怪しいよね』


 男は足音を忍ばせながら大統領が眠るベッドへと近付いて行きます。

 応接スペースを覗いてみると、男性が二人、ソファーに寄り掛かって眠り込んでいました。


 テーブルの上には、カップが三客、うち一客は中身が減っていなように見えます。

 何だか、いかにもというシチュエーションですが、せっかく治療した大統領に危害が及ぶのは困ります。


 ちょっと高そうだけど、勘弁してもらいましょう。

 カップを一客、送還術でテーブルの上から天井付近へと移動させ、落としました。


 ガチャ――ン!


 大統領のベッドサイドまで歩み寄っていた男は、ティーカップの砕ける音に驚いて足を止め、ドアを振り返りました。

 廊下にいた警備員が、慌てて応接スペースへと飛び込んできます。


「どうかしましたか!」

「これは……おい、しっかりしろ!」


 応接スペースのソファーに座っていた二人の男は、目の前のテーブルでカップが砕けても、目を覚ましていません。

 病室に侵入した男は、鋭く舌打ちした後で、何やら外国語で呟くと、意を決したように懐からナイフを取り出しました。


 闇の盾で防ごうかと思いましたが、男が逆手に握ったナイフを振り下ろそうとした瞬間、大統領を覆っていた布団が跳ね上げられてました。

 意味の分からない外国語で罵声を上げながら、布団を跳ね除けた男の顔面に、大統領の握り拳が炸裂。 


 ナイフを放り出しながら倒れ込んだ男は、驚愕の表情を浮かべながら外国語で喚き散らしましたが、大統領から踏み付けるような蹴りを食らって沈黙しました。

 アジリマト大統領は憤怒の形相で男を罵った後で、急に両目を見開いて自分の両手を見詰めました。


『やっと動けてるって気付いたんかい!』

『ぶはははは、元軍人という話でしたからな、勝手に身体が動いたのでしょう』

『まぁいいや、僕の役目はちゃんと果たしたし、そっちのゴタゴタは自分達で片付けてもらいましょう』


 内部抗争による暗殺未遂なのか何なのか、飛び込んで来た警備員や、駆けつけた病院関係者も巻き込んで、大騒ぎになっています。

 まぁ大統領が健在ならば文句は無いでしょうし、練馬駐屯地へと戻りましょう。


 僕が練馬駐屯地に戻ったのと、塩田外務副大臣の携帯電話が鳴ったのは、ほぼ同時でした。


「塩田です……何っ、暗殺未遂だと、ちょ、ちょっと待て、国分君、大統領の治療は終わったのかい?」

「はい、暗殺を企てた男は、大統領が殴り倒してましたよ」

「はぁ? 大統領自らか?」

「はい、関係者らしい痩せた男でしたけど、大統領が殴り倒して、警備員が取り押さえてましたね」

「もしもし、大統領は無事なんだな? そうか、分かった、騒ぎが外に漏れないように手配してくれ、そうだ……頼んだぞ」


 電話を切った塩田副大臣は、大きな溜め息を漏らしました。


「はぁ……国分君、あまり脅かさないでくれたまえ」

「そう言われましても、僕が頼まれたのは大統領の治療だけですからね。身辺警護までは依頼されていませんし、一応、未遂で済むように細工はしたんですよ」


 アジリマト大統領の病室で起こった事を説明すると、塩田副大臣も納得してくれたようです。


「とりあえず、大統領は健康を取り戻しましたし、ここから先は自分達でやってもらうしかないでしょう」

「まぁ、そうなるが、出来るならば内部のゴタゴタを日本に持ち込まないでもらいたかったな」


 それこそ僕の知った事ではありませんよね。


「それじゃあ、依頼は完了という事で、僕はヴォルザードに戻らせてもらっても構いませんか?」

「あぁ、ちょっと待って、国分君」


 塩田副大臣からはOKが出ましたが、梶川さんに呼び止められました。

 慌しく官邸に戻る副大臣を一緒に見送った後で、応接ソファーへと誘われました。


「まずは、改めて申し訳無かった。あれほど治療の依頼はしないと大見得を切っておきながら、この体たらくは本当に情け無い」

「いやいや、今回のケースは仕方ないですよ、頭を上げて下さい」

「国分君に聞いた感じだと、今回の件に国分君が関わったとは思われないだろうし、それについても感謝してるよ」

「いえ、そもそも治癒魔術を使うのには、影の空間からやった方が楽ですしね」

「ただ、今回の一件で、外務省が国分君の有用性を認識してしまった」

「それって、外務省から今回のような依頼が行われるってことですか?」

「もちろん、極力断わるようにはするが、例えば、アメリカやロシアの大統領が、訪日中に倒れたりした場合……」

「まぁ、それは仕方ないですよ。三百六十五日、二十四時間、治療に掛かりきりになるんじゃ困りますけど、数ヶ月に一度程度ならば大丈夫です」

「そうかい、そう言ってもらえると助かるよ。ただ……国分君は、もう少し自分の価値をキチンと把握してもらわないと困る」

「僕の価値ですか……?」

「そうだよ。だって、異世界と日本の間で、自由に人を送迎出来るんだよ。事前にワシントンに連れて行っておけば、ホワイトハウスの大統領執務室に、武装した兵隊を送り込む事だって可能だろう?」

「それは、まぁ……可能と言えば可能ですけど……」

「脳の血管を傷付けて、病死を装って要人を暗殺する……なんて事も出来なくはないよね?」

「ま、まぁ……出来なくはないですけど、やりませんよ、そんな事」

「勿論、僕は分かっているけど、外国の政府が分かってくれるとは限らないよ。現に、もう暗殺されかけたよね」

「あっ、高城さん……」


 その後の捜査状況とかは、あえて聞かないようにしたけれど、僕を暗殺しようとした高城さんは、日本以外の組織の手の者なのでしょう。


「だからね、国分君。気軽に東京見物とかは控えて欲しい」

「うっ、バレてましたか……」

「日本の公安を、あまり甘く見ない方が良いよ。浅川家の人々がヴォルザードに行ってたらしい事も、ヴォルザードから女の子が来ていた事も把握している。絶対に駄目とは言わないが、事前に知らせてもらわないと、我々としても警備の体制を整えられないからね」

「すみませんでした……」


 まさか、浅川家の人々を招待した事までバレているとは思っていませんでした。


「ぶっちゃけ、向こうに行くのは構わないよ。こちらの世界の人々は手の出しようが無いからね。ただ、こちらに来る場合、国分君の関係者として狙われる事を、もっと考えて欲しい」

「でも、護衛として影の中から僕の眷族に見守らせてはいたんですよ」

「だとしても、どこかの組織が手出しして来たら、本人は無事であっても周囲にいる人達が巻き込まれる心配があるよね? スカイツリーにいた観光客を全員守れるかい?」

「それは……無理です」

「さっきも言ったけど、絶対に駄目とは言わないし、ヴォルザードの領主様には、いずれ公式訪問を打診することになるだろう。だから、必ず事前に知らせて欲しい。いいかな?」

「分かりました、どうもすみませんでした」


 何だか今日は、お互いに謝ってばかりで、変な感じです。


「はぁ……でも、国分君が治療を承諾してくれて助かった。ヴォルザードから女の子を連れて来た件とかを、交換条件のように持ち出したくなかったからね」

「すみません、これからは気を付けます」

「いや、僕の方でも国分君には面倒を掛けているから、構わないっちゃぁ構わないんだけど、万全の体制を整えたいから……そうだね、もう少し頼ってくれないかな」

「はい、それじゃあ、遠慮なく頼りにさせてもらいます」

「えっ……いやぁ、少しは遠慮してくれてもいいよ」

「いえいえ、もう他人行儀な事はやめにして、ガッツリ頼りにさせてもらいます」

「いやぁ……ちょっと失言だったかなぁ……」


 どの道、この先も日本政府からの依頼は断れそうもありませんし、それならば、こちらからも頼み事をさせてもらいましょう。

 梶川さんとは、五日後、帰還作業の再開を約束して、ヴォルザードへと戻りました。

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