第232話 抑えきれない思い

「闇属性術士の姉弟は、処刑した上でアンデッドに作り変えてヴォルザードに送った。今後は、死すら許さず肉体が壊れるまで酷使する」


 そう告げると牢の見張りについていた兵士は、真っ青になって震え上がりました。

 闇属性の術士がフェルシアーヌ皇国を出てからの経緯を話すので、邪魔が入らない場所を用意するように告げると、カミラの居室へと案内されました。

 フレッドに周囲に人が居ないか確認してもらってから話を進めます。


「魔王様、本当はあの姉弟をどうなされたのですか?」

「それを話す前に、これまでの経緯を話すよ」


 ブロネツクという部族や、その風習について話すと、カミラは眉を顰めました。

 更に、キリアに赴いた事情や、アーブルの手に渡った経緯を話すと、大きな溜め息をもらしています。


「それでは、あの者達もアーブルの被害者のようなものではありませんか」

「まぁ、そうだよね。僕も今のように魔術を使えない状況で、家族や友人を人質に取られたら、同じような行動をするだろうね」

「では、どうして処刑なさったのですか?」

「処刑はしていないよ。マルツェラの刺青を治癒魔術で消した後で、ヴォルザードに送還した。今は領主の屋敷で保護してもらってる」

「刺青を消されたのですか?」

「うん、消したよ。何の役にも立ってないみたいだし、何かキモいし……」

「全部ですか?」

「うん、きれいサッパリ全部消した」

「そう、ですか……この後、二人をどうなさるのですか?」

「普通にギルドに登録してもらって、普通に仕事して、普通に暮らしてもらうつもりだけど……」


 二人を処刑したと聞いて不満気な表情を見せていたカミラですが、処刑せずにヴォルザードで暮らしてもらうと聞いても、やっぱり不満そうな顔をしています。

 処刑しても駄目? 処刑しなくても駄目? 一体どうして欲しいのでしょうかね?


「多くの騎士を殺されたカミラにとっては納得のいかない話かもしれないけど、これ以上あの二人を処罰する気は無いよ」

「魔王様が御決断なさったのであれば、私はそれに従います……」


 従いますと言いながら、ちょっと膨れっ面なのはどうしてかな?


「決定は変えるつもりは無いけど、不満があるなら聞くよ」

「魔王様は、あの術士も加えるおつもりですか?」

「加える……? 何に?」

「それは、その……側室の末席にです」

「えっ、それは無いよ。だってまだ二回しか会ってないし、生い立ちは聞いたけど、どんな人なのか良く分からないし」

「本当ですか?」

「嘘を言う必要なんか無いよね」

「そうですか。それならば良いのです」


 なんだか急にニヤニヤしだして、ちょっとカミラが変ですね。

 機嫌が直ったところで聞くのは少々気が引けますが、それでも確かめておきたい事があります。


「ねぇカミラ。本当に第三王妃がアーブルに協力していたの?」

「はい、既に本人にも確認しております」


 カミラとディートヘルムの母である第三王妃メアリーヌは、退屈しきっていたそうです。

 ディートヘルムを身篭って以後、国王アレクシスとの関係は冷え切っていたのでしょう。


 滅多に顔を合わせる事も無く、会話も無かったそうです。

 例え、国王から冷遇されたとしても、第一王妃や第二王妃のように自分の子供が次期国王の座を争っているならば、派閥の貴族からチヤホヤされて溜飲を下げる事も出来たのでしょう。


「ですが、私は女ですし、ディートヘルムは病弱とあって、社交の場においても母が脚光を浴びる事はありませんでした。そしてアーブルに心の隙を突かれ、篭絡されていったのだそうです」


 カミラは苦い表情を浮かべながら、淡々と母親とアーブルの関係を語りました。


「でもさ、例え第三王妃であっても、自由に王城の外には出られないんじゃないの?」

「はい、おっしゃる通りです。普通は届けをして、近衛騎士に守られた状態でなければ外出は叶いません」

「じゃあ、アーブルはメアリーヌと城の中で関係を重ねていたってこと?」

「いいえ、宰相が手引きをしていたようです」


 通常、王妃の楽しみと言えば、王城で行われる舞踏会や音楽会ですが、貴族の派閥を持たないメアリーヌにとっては苦痛でしかありませんでした。

 そこでアーブルは、宰相に協力させてメアリーヌを王城の外へと連れ出したそうです。


 城下で行われている庶民向けの演劇や歌劇、ダンスホールや酒場にまで連れて行き、己の屋敷でメアリーヌの心も身体も手に入れたのだそうです。


「あれっ、ちょっと待って。第三王妃が協力者って事は、アーブルの脱走計画にも関与してたんだよね?」

「はい、そうなります」

「まさか、第一王妃に嘘の情報を流したのって……」

「いいえ、それは母ではないそうです。それにアーブルからも讒言を流したのは自分ではないと言われていたそうです」


 それ以外にも、議事の間でのクーデターについても、最終的にはカミラは生かしておいて、形式上の嫁にするつもりだったと説明していたそうです。

 第三王妃も色恋沙汰に目が眩んで正常な判断が出来ないようで、真実を告げられても、カミラは僕に騙されているのだと言い出す始末だったそうです。


「それで、第三王妃はどうするの?」

「前国王の王妃については、全員実家のある領地へと送る事にしました」

「納得しないんじゃないの?」

「全員、最初は納得しませんでしたが、国内事情に目途が付けば王位をディートヘルムに譲る。そうなれば、落ちぶれていく一方だと仄めかして、第一王妃と第二王妃には納得してもらいました」

「と言う事は、第三王妃は?」

「いずれ、強制的に送り届けるつもりです」


 メアリーヌは、今も後宮の居室で暮らしているそうですが、身の回りの世話をする者は全員交代され、近衛騎士によって厳しく監視されているそうです。

 実家へと戻された後も、表向きは静養、実際には幽閉すると語るカミラは、やはり実の母親を処分する事に躊躇いもあるように見えました。


「ところでカミラ、カルヴァイン領はどうするつもり?」

「はい、カルヴァイン領については、当分の間は直轄領とする予定でいます」


 表情を引き締めたカミラは、これからの方針を語り始めました。


「魔王様もご存知の通り、カルヴァイン領は一筋縄では行きません。各鉱山の元締めが力を有しており、それを纏め上げるのは並大抵な事ではありません」

「誰か適任者が居るの?」

「いいえ。ここだけの話、どこかの貴族を領地替えの形で送り込んでも、追い出されるか篭絡されるかのどちらかでしょう」

「これまで治めてきたアーブルが、あの状態でも、あの自信だものねぇ」

「はい、なので、領主は置かずに騎士団を常駐させる形を取ります」

「騎士団……?」

「はい、騎士団から選りすぐりの者を送り込み、数字に明るい者と一緒にして三ヶ月ごとに交代させます」


 生半可な貴族では、武力でも知略でも遅れを取る可能性が高いので、とにかく荒事では引けを取らないように騎士団を送り、足りない部分を補う文官を同行させる形にしたそうです。


「頻繁に交代させるのは、買収されたりするのを防ぐ目的だね」

「おっしゃる通りです。駐留が長期化すれば、必ず馴れ合いになります」

「なるほど……でも、三ヶ月毎だと、一年でも四人の隊長が必要だよね。人材居るの?」

「ご心配無く。隊長役は囮で、正式な隊長は副官として赴任します」

「なるほど……でも、副官も買収されちゃったら?」

「その副官も隊員として同行させますし、余りやりたい事ではありませんが、相互監視という形を取ります」

「お互いが、お互いの事を監視するって事?」

「はい、実際、年明けの日の騒動では、醜態を晒した騎士がおりましたので、騎士から異論は出ておりません。それに、監視というよりも、互いが腹を割って話が出来る環境を整えるように指示しております」

「なるほどね。買収だけでなく、弱みに付け込まれるような事態が起こった時に、互いに相談し助け合える間柄って事だね?」

「はい、その通りでございます」


 カミラは満足そうに、自信に満ちた表情で頷いてみせました。

 騎士の中からアーブルに協力する者が出た事で、騎士団内部でも綱紀粛正の自主的な動きがあったそうです。


 第二王子、第三王子が誅殺され、第一王子が毒殺され、現国王までが殺されるという異常事態の中で、カミラが王位継承を宣言しました。

 それなのに騎士団が一つに纏まらないようでは、リーゼンブルグに明るい未来など訪れないと騎士達も奮起したようです。


「騎士団を派遣するならば、カルヴァイン領の連中に武力で引けを取るような事は無いと思うけど、それだけで抑え込んでいけるのかな?」

「恐らく、それだけでは無理でしょう。なので、別の策も検討しております」


 カミラが語った別の策とは、いわゆる懐柔策でした。


「カルヴァイン領は、その殆どが山岳部です。鹿や猪などの動物は多く生息していますので、そうした肉を手に入れるのは比較的容易なのですが、麦やトウモロコシのような穀物は他領からの輸入に頼っている状態です」

「その穀物を騎士団が抑えるって事なの?」

「はい、正確には関所を設けて、穀物の移動を制限すると共に、これまでよりも安い値段で販売する予定です」

「でもそれだと、これまで穀物の販売で利益を得ていた人達は、反発するんじゃないの?」

「何も手を打たなければ、そうなるでしょう。そこで、穀物の販売に掛かる税金を軽減いたします。これまでアーブル一味に吸い上げられていた高額の税金を戻してやれば、十分に利益が得られると思われます」

「なるほど、これまで税額の決定はアーブルが行っていたんだものね。そこを他の領地並に抑えるだけでも減税になるって事か」

「おっしゃる通りです。これまでの税率は高過ぎました」

「武力と食料か……あれっ、どこかで聞いたような……」

『キリアがブロネツクに行った懐柔策ですな。相手の胃袋を押さえてしまうのは常道ですぞ』


 ラインハルトの言う通り、食料などの生活必需品を押さえてしまうのは常道のようです。

 カミラは、主食となる穀物を押さえる他に、通行の安全を確保するという名目の下に、カルヴァイン領へと続く街道の改修も予定しているそうです。


 住民にとって道の整備は有り難い事ですし、騎士団にとっては兵を送り込みやすくなるというメリットもあります。

 一気に力を削ぐのが難しいのであれば、時間を掛けてでも懐柔して力を削いでいくのがカミラの方針のようですね。


「こうした方策に対して、カルヴァイン領の連中も対抗策を用意していると思われます。一筋縄では行かないとは思いますが、柔軟に粘り強く対応してまいります」

「分かった。そうしたやり方で進めていくならば、僕の出番は無さそうだね。でも、もし不測の事態が起こって、助けが必要ならばハルトに伝言を頼んで。出来る限りのことはするから」

「ありがとうございます。私も王となる決意をいたしましたので、魔王様に頼るばかりではいけないと思っております。ですが万が一の時には、よろしくお願いいたします」


 自分の名前が出て来たので、呼ばれたと思ってハルトが顔を出しました。

 わしわしと撫でてやると、嬉しそうに尻尾を振っています。

 僕とハルトの様子に目を細めていたカミラですが、少し硬い声で話し掛けてきました。


「魔王様、バルシャニアからの使者が参っております」

「えっ、もうアルダロスに到着したの?」

「いえ、一連の騒動から情報の伝達速度が重要だと知りましたので、鳥を使った伝達網を構築している最中です。最初に国境の街との伝達を優先したのですが、それが早速役に立った訳です」

「なるほどね。情報の伝達かぁ……」


 頭に浮かんだのは、日本の携帯電話網です。

 闇属性のゴーレムを敷設すれば、影空間への出入口を開いて電波を飛ばす事は可能です。


 ですが、充電のための設備や、そもそも電話に関する知識などを教えるのは大変そうですし、急激な文明の進歩が良いことなのか、悪い事なのかも考えないといけませんよね。

 とりあえず、アイデアだけは頭の片隅に置いておきましょう。


「魔王様、バルシャニアの使者の目的は、皇女の輿入れに関する事でしょうか?」

「うーん……こういう国同士の使者に関する事は言っても構わないのかなぁ……」

「もし、何か紛争の火種になるような事があるならば、こちらとしても準備を整えておきたいのですが……お教え願えませんでしょうか?」

「そうだね。無用のトラブルを防ぐ意味でも、予備知識として持っていてもらおうかな」


 セラフィマの輿入れに際して、護衛の騎士百名が同行する予定だと話すと、カミラの眉間に皺が刻まれていきます。

 更に、セラフィマが王城の訪問を望んでいると伝えると、眉間の皺は更に深さを増していきました。


「今のリーゼンブルグの状況を省みれば、バルシャニアと事を構えるなど持っての外です。それに、長年の対立が解消されるかもしれないのですから、むしろ歓迎すべきだとは思いますが……」


 言葉を切ったカミラは、一度視線を落として少しの間考えに沈みました。

 部屋の空気が、急に重苦しくなったように感じます。

 二度ほど深呼吸をした後で顔を上げたカミラの瞳は、僕を責めるように潤んでいました。


「リーゼンブルグ側でも、無駄な衝突が起こらないように配慮いたしますが、バルシャニア側も自重するように、魔王様からも伝えていただけませんか?」

「それは伝えるつもりだし、衝突を未然に防げるように手立てを講じるつもりでいるよ」

「ありがとうございます。使者の口上を聞いてからですが、可能な限り希望に沿った形になるように配慮いたします」

「ありがとう、カミラ。お礼を言うのは僕の方だよ」

「いえ、これはリーゼンブルグにとっても……」


 急に言葉を切ったカミラは、顔を俯けて奥歯を噛み締めているように見えます。

 こんな時に、気の利いた台詞が言えれば良いのですが、何も頭に浮かんで来ません。


「これは……これは、リーゼンブルグにとっても良い機会だと思います。ですが、ですが……頭では納得しても、心が……」


 カミラの涙を見て、思わず席を立って抱き締めてしまいました。

 僕がやっている事は最低のクズ野郎がする事なのかもしれませんが、それでも今のカミラを冷たく突き放すなんて無理です。


「まだ唯香を説得出来ていないから、本当は駄目なんだと思う」

「私も……今は望んではいけないと頭では理解しているのですが……」

「カミラ……」

「魔王様……」


 言葉を重ねていくほどに、嘘を嘘で塗り固めているような気がして、僕らは言葉も無く抱き締め合っていました。


「申し訳ございませんでした……」

「謝る必要なんてないよ。この罪は二人で背負うものだと思う」

「魔王様……」

「でも、今はまだ駄目。僕らには、やるべき事が残っている」

「はい……」

「でも、全てが終わったら……」

「はい……」


 僕らは、誓いを立てるようにもう一度強く抱きしめ合いました。

 こんな状況で、カミラとセラフィマが顔を合わせるなんて不安でしかありませんが、これは僕が解決すべき問題です。


 まだ年が明けて数日ですが、間違いなく今年も波乱の一年になるでしょう。

 カミラにセラフィマの輿入れの大まかな日程を告げて、ヴォルザードに戻ろうとしたら、ミルトが顔を出しました。


「わふぅ、ご主人様、カジカワが話したいって」

「へっ、梶川さん?」

「わぅ」


 頷いたミルトの手には、電源の入ったスマホが握られています。

 色々と聞かなきゃいけない事がありそうですが、とりあえず電話に出ましょう。


「もしもし、国分ですが……」

「あぁ良かった。国分君、急な話で申し訳無いんだが、これからこちらに来られるかな?」

「はい、まぁ大丈夫ですが、例のケージの件ではないですよね」

「ケージも完成しているんだけど、今日は別件で、出来れば直接話をしたいのだけど……」


 いつも少し軽薄そうに感じる梶川さんの声が、今日は切羽詰っているような緊張感で張り詰めていました。

 急な帰国を迫られる以上、日本に戻った者達が何かトラブルを起こした可能性が高いと思われます。


 とは言っても、トラブルメーカー筆頭の木沢さんや、中川先生、男子初の帰国組も訳有りで、誰が原因なのか予想ができません。


「分かりました。もう少ししたら練馬駐屯地に伺いますので、少し待ってもらえますか?」

「構わないよ。でも、出来るだけ早くしてもらえたら助かる……」


ピポッ! ピポッ!


「えっ、あれっ電池切れ? 分かりました、なるべく早く行きます!」


 突然鳴り始めた警告音に負けないように、大声で返事をして通話を切りました。

 視線を向けると、ミルトは悪戯を見つけられた子供のようにしょげています。


「ミルトも使ってみたかったの?」

「わぅ……メイサとミオが楽しそうだったから……」

「ごめんね、気が付かなくて。今度、みんなにも使い方を教えてあげないとだね」

「ご主人様、怒ってない?」

「怒ってないよ、おいで」


 ミルトを呼ぶと、マルトとムルトも飛び出して来ました。

 どうやら三匹が集まって弄り倒していたようで、影収納に仕舞っておいたタブレットやモバイルバッテリーまで充電切れのようです。

 日本に戻ったら、ついでに充電させてもらいましょう。


「わぅ、ごめんなさい、ご主人様」

「大丈夫だよ。でも、使いたい時には言ってね」

「分かりました。ご主人様」

「うちも、使いたい」

「うちも、うちも!」

「はいはい、充電してからね」


 普段、一緒に居る事が多いメイサちゃんが、日本で楽しんでいたのが羨ましかったのでしょうね。

 でも、ミルト達に教えると、他のコボルト隊もやりたがるでしょうし、ゼータ達までやってみたいって言い出したら、どうしましょうかねぇ。


 そんな丈夫なタブレットとかあるのかなぁ……軍用とかなら丈夫そうだけど、高いよねぇ……てか、売ってくれるのかな。

 ミルト達をモフって、羨ましそうに見ていたカミラの頬にキスをしてから、影に潜って日本へと移動しました。


 アルダロスを出たのは正午前でしたが、日本は時差が開いているので三時前です。

 真夜中にも関わらず、練馬駐屯地の対策室には煌々と電気が灯され、空気がピーンと張り詰めていました。

 そして、梶川さんの他に意外な人物が、僕の到着を待ちわびていました。


「やぁ国分君、久しぶりだね」

「塩田副大臣……すみません。遅くなりました」

「いやいや、こちらこそ急に呼び出して申し訳ない」


 練馬駐屯地で僕を待っていたのは、以前ヴォルザードを訪問した塩田外務副大臣です。

 これは、同級生や先生がどうの……と言う話ではなさそうですね。

 ちょっと気を引き締めて話を聞かないと拙そうです。

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