第230話 ヴォルザード家の男達

 メイサちゃんが熱を出したと知らされた時には、ちょっとドキっとしたけれど、幸い大した事にはならなくて済みました。

 はしゃぎ過ぎたのと、時差ボケもあったのでしょうね。


 おかげで僕も東京見物が出来たけど、スカイツリーのチケットに、水族館の入場料、唯生さんにはかなりの金額を使わせてしまいました。

 後で僕とメイサちゃんの分はお支払いすると言ったのですが、今後の異世界旅行で埋め合わせして欲しいとリクエストされました。


 まぁ、唯香へのサービスにもなりますし、僕にも異論は無いですけどね。

 メイサちゃんや浅川家の人々と一緒に、光が丘まで戻って来た所で、一旦ヴォルザードに戻る事にしました。


 そろそろクラウスさんの酒も抜ける頃でしょうから、リーゼンブルグの騒動の顛末やセラフィマの輿入れの件を話しておこうと思ったからです。

 マリアンヌさんからも、今日あたりに……と言われてましたからね。


『ケント様、大丈夫ですか? クラウス殿の屋敷に向かわれるまで、少し眠られた方が宜しいですぞ』

「あぁ、そうだね。僕もけっこう楽しんできたからね」


 光が丘を夕方に発つと、ヴォルザードは夜明け前でした。

 御屋敷を訪ねるのは昼前ぐらいの予定なので、それまで少し仮眠します。


「ネロ、ちょっとお腹を借りるね」

「おやすい御用にゃ」

「ラインハルト、時間になったら起こしてくれる?」

『承知しましたぞ』


 時間にすると三、四時間程度でしたが、寝心地最高のベッドに横になったのでグッスリと眠れました。

 御屋敷を訪ねると、さすがにクラウスさんもすっかり酒は抜けたようで、領主らしい引き締まった顔をしています。


 そして、クラウスさんの隣には、アウグストさんとバルディーニの姿もありました。


「おはようございます。時間を割いていただいて、ありがとうございます」

「いいや、ヴォルザードの将来にも大いに関係する事だし、結構時間も経っちまってるみたいだしな、ケント、早速話を始めてくれ」

「分かりました。まずは、リーゼンブルグの騒動から……」


 テーブルの短辺のソファーにクラウスさんが座り、向かって右側に僕、左側の僕と向かい合う位置にアウグストさん、その隣にバルディーニが座っています。


 リーゼンブルグの王城でのカミラの演説、その途中で起こった騒動を順を追って話していくと、クラウスさんは頷きながら先を促し、アウグストさんはメモを取りながら聞き入っていました。


 バルディーニは、終始面白くなさそうに僕に視線を向けることも無く、聞いているのかどうかも定かではありませんでした。


「それじゃあケント、その爆剤は、お前が保管しているのだな?」

「はい、樽の蓋に火の魔道具と思われる物が仕込まれていて、魔力を流すと発火し爆発する仕掛けになっています」

「そいつをアンデッドに持たせて突っ込ませ、敵に到達したら魔道具を作動させて爆発させたって訳だな」

「はい、その通りです」

「威力は地面が抉れ、周囲にいる人間がバラバラになるほどか。しかも、かなりの量をアーブル・カルヴァインは持ち込んでいたと……」

「そうです。僕が住んでいた日本でも、固い岩盤を破壊するのに使われていましたので、もしかすると 鉱山の掘削技術に絡んでキリアと繋がって手に入れたのかもしれません」

「なるほど、岩盤の破壊は鉱山の掘削には欠かせない技術だからな。鉱山からの採掘で潤っていたカルヴァイン領と、同じく鉱山資源が国を支えていたキリアならば、何らかの繋がりがあってもおかしくねぇな」


 クラウスさんが、少し不精髭が伸びた顎に手を当てながら考え込むと、アウグストさんが意見を述べました。


「父上、最初は鉱山の技術として爆剤の提供があったのかもしれませんが、闇属性術士の事を考えれば最初から王位の簒奪のためだったと考えるべきではありませんか?」

「そうだな、確かにその可能性は高いな。いずれにしても当人達の口を割らせて確かめるしかないだろう。ケント、そっちはどうなっている?」

「はい、まだ騒動の後に連絡はしていませんが、アーブルは厳重に取り調べられているはずですし、闇属性の魔術士は、ブースターの影響で明日ぐらいまでは動けないはずです」

「そうか、アーブルよりも闇属性の術士の方が素直に話しそうだな」

「はい、僕もそう思いますし、キリアの事情も知っていそうな気がします」

「それにしても、顔にまで刺青か……聞いたことがねぇな」

「リーゼンブルグの騎士団長の話ですが、バルシャニアの隣国、フェルシアーヌ皇国の山岳部に、そうした習慣を持つ部族が居るという話です」

「フェルシアーヌか……闇属性……そう言えばケント、バッケンハイムに行く用事があるとか言ってなかったか?」

「はい、年明けのオークションにギガースの魔石を出品する予定ですが」

「よし、そいつのついでで構わないから、レーゼに心当たりが無いか聞いてみてくれ」

「あぁ、なるほど……マスター・レーゼなら何か知ってるかもしれませんね」


 バッケンハイムの本部ギルドのマスター・レーゼならば闇属性の魔術に関する造詣は深いですから、刺青の理由も知っているかもしれません。


 爆剤の威力が見たいとクラウスさんから頼まれましたが、単純に爆破するだけでは威力が分かりませんし、付近に目安となる人形や丸太を立てて置くと、爆風で飛んで来る恐れがあります。


 なので、周囲に危険が及ばない安全な場所で爆破して、その威力をビデオで撮影して、後で再生して見せることになりました。

 リーゼンブルグに関する話は一段落したと思い、セラフィマの輿入れに関する話をしかけたのですが、アウグストさんに遮られました。


「父上、ヴォルザードでも爆剤を取り入れた戦術を研究すべきではありませんか?」

「どうしてそう思う?」

「はい、ケントの話を聞くと、爆剤は使う人間の魔力の有無に関係無く威力を発揮します。言うまでも無くヴォルザードは魔の森に接する街であり、昨今の活発な魔物の動きを考慮するならば、戦力強化を講じておく必要があると考えます」


 クラウスさんは、何度か頷きながらアウグストさんの話に耳を傾けた後で、いつものちょっと軽い口調で尋ねました。


「なるほど、だが戦力ならばケントと眷族が居れば十分じゃないか?」

「はい、おっしゃる通りケントが居れば、大概の危難は払い除ける事が出来るでしょう。ですが、ケントとて不老不死という訳ではありません。我々の次の世代、そのまた次の世代の事を考えるならば、ヴォルザード防衛のために爆剤の活用が必要になってくると考えます」

「そうだな、例えケントが居たとしても、昨年のゴブリンの極大発生よりも更に規模が大きな事態となって、圧倒的な数で押し込まれるような事態になったら、守りきれる確証は無いな。今のうちから研究に着手する必要があるかもしれねぇな」


 クラウスさんは腕組みをして暫く考えた後で、僕に視線を向けてきました。


「ケント、その爆剤の樽を一つ譲ってくれないか?」

「そうですねぇ……その前に、もっと量の少ない物を持ってきますよ」

「量の少ない物ってのは何だ?」

「はい、日本では爆剤……日本では火薬と呼んでいるのですが、武器として使用するだけでなく娯楽の道具としても使っています」

「娯楽だと……どうやって使うんだ?」

「えっと、燃えた時に強い光を放つ材料を加えて、夜空に打ち上げて爆発した時の光を楽しんだりしてます」

「ほぉ、お前の居た国は色々と変わってやがるな」

「はい、その娯楽は花火と呼ばれる物なのですが、それに関連して、破裂する音を楽しむ爆竹という物があります」

「そいつが量の少ない物って訳だな」

「はい、そうです」


 火薬を見たことも無い人達が、いきなり大量の火薬を扱うことになれば、爆発事故を起こす可能性が高いでしょう。

 なので、小分けになった爆竹で、火薬……爆剤の性質を知ってから樽を渡した方が良いと考えたのです。


「だがケント、その爆竹ってやつはニホンから持ってこなきゃいけないんだろう。大丈夫なのか? 確かニホンからの持ち出しは難しいとか言っていなかったか」

「うーん……爆竹は、基本的に武器としての使用を考慮した物ではありません。資格を持たない一般の人でも購入出来るので、たぶん大丈夫だと思いますが、一応確認してみます」

「そうだな、出来れば爆剤の扱いに関する知識や注意点も知りたい。そうした資料が手に入らないかも聞いてくれないか?」

「分かりました。扱いを誤ると大きな事故に繋がるものなので、そちらも聞いてみます」


 以前ニュースで花火を製造している場所では静電気にも警戒していると聞きましたし、周辺何百メートルの範囲に住宅とかが有ってはいけないんですよね。

 その辺りの安全対策にもアドバイスを貰えるように梶川さんに聞いてみましょう。


「ケント、例えばの話だが、アーブルが使ったアンデッドと爆剤の戦術を十倍の規模で行う奴が居たとして、それを止められるか?」

「十倍ですか……たぶん大丈夫だとは思います」

「どうやって止める?」

「そうですね……基本的には、突っ込んで来る連中を僕が光属性の攻撃魔術で止めている間に、爆剤を蓄えている場所を眷族に探させて、そこを爆破して止める感じですかね」

「既に爆剤を全て配り終えていたらどうする?」

「えっ、それは……」

「お前の眷族に止めさせようとすれば、その眷族も吹き飛ぶ可能性があるんじゃないか?」

「そう、ですね……」


 僕の眷属は影の空間に自由に出入り出来ますから、相手が予期していない場所から攻撃を仕掛け、即座に離脱することが出来ます。

 でも相手が爆剤を使う場合、眷族のみんなが影から出た瞬間に爆発が起これば、ダメージを受ける可能性はあります。


 魔石が無事ならば闇属性の魔術で再生出来るかもしれませんが、魔石までダメージを受けてしまったら身体を保てなくなってしまうでしょう。

 僕の眷属は死なない、いつまでだって一緒に居てくれると当たり前に思い込んでいたことが、ガラガラと音を立てて崩れていく気がしました。


「アンデッドなんか駄目になったら新しいものを補充すれば良いだけだ。それでヴォルザードが守られるならば、これほど効率の良い物は無いではないか」


 突然バルディーニから投げ掛けられた言葉の意味を、全く理解出来ませんでした。


「なんだ、何か不満なのか。アンデッドなんかいくらでも替えが利くのだろう。むしろ積極的に突っ込ませて敵を止める道具に使え」

「何だと……お前、今、何て言った! 僕の眷属は、僕の家族だ! 使い捨ての道具なんかじゃない! ふざけるな!」


 気付いた時には、ソファーから立ち上がって怒鳴り散らしていました。


「貴様、誰に向かって口をきいている!」

「やめろ、ディー! すまん、ケント、悪かった、弟には私から良く言って聞かせる」

「兄上、兄上まで何を言ってるのです! こんな、得体の知れない平民風情が……」


 ドンっ!


 バルディーニの言葉を打ち消すように、クラウスさんがテーブルに拳を叩き付けました。


「すまんな、ケント。こいつは人の話を最後まで聞かない奴でな、バッケンハイムに行ってる間にヴォルザードで何が起こり、ケントがどれほどの働きをしたのか、お前と眷属がどれほど強い絆で結ばれているのか理解していねぇんだ」

「父上、父上まで……」

「黙れ! いつからお前は、俺が話しているのに口を挟めるほど偉くなったんだ。今の俺はお前の父親じゃない。ヴォルザードの領主、クラウス・ヴォルザードだ。俺が許可するまでは口を閉じ、俺らの話を一言一句聞き逃さないように耳の穴をかっぽじっておけ!」


 普段のちょっと軽薄な感じからは想像も出来ないほど厳しいクラウスさんの剣幕に、僕ら三人は口を閉ざして姿勢を改めました。


「安心してくれ、ケント。お前の眷族達の実力は良く分かっている。Aランクの冒険者を上回る働きをしてくれる者達を、むざむざと捨石に使うようなことはさせないし、やらなくて構わない」

「はい、ですが、そうなると相手の攻撃を止められない可能性が……」

「さっきの質問は、あくまでも仮定の状況に対するものだ。今すぐに起こることじゃないから心配する必要は無い。ただ、そういう状況が起こった場合の対処も考えておいてくれ。勿論、俺達もケントや眷族に頼らずに対処出来ないか考えておく」

「分かりました。頭に血が上って言葉が乱暴になり、すみませんでした」


 僕が頭を下げると、クラウスさんはいつものようなニヤリとした笑みを浮かべました。


「あぁ、気にすんな。あの程度、冒険者だったらじゃれてるうちにも入らねぇよ。まだ話さなきゃいけないことが残ってるから止めただけだ。バルシャニアの話が終わった後ならば、罵り合いでも殴り合いでも好きにしていいぞ」

「父上、たった今、ヴォルザードの領主として話していると仰ったばかりですよ。そんなことでは困ります」

「おっと、そうだったな。どうだ、ケント。うちの跡継ぎは優秀だろう?」

「はい、頼りにしてます」

「じゃあ、バルシャニア関連の話をしちまうか」


 アウグストさんには一度話をしましたが、クラウスさんには報告していなかったので、宴会の様子も含めて輿入れの日程について話をしました。

 僕が話をしている間、バルディーニは眉間に皺を寄せて睨み付けていましたが、それでもクラウスさんに言われた通りに話を聞いているようでした。


「なるほどな、バルシャニアとしては、この機会を利用してリーゼンブルグに手出しは出来ないと思い知らせたいのだろうな。ギガースに街一つ潰され、騎士にも多くの犠牲を出している。国内でも内乱を起こしたがってる連中が居るようだし、外から手出しされたくないのだろうな」

「ギガースの頭蓋骨とか、ムンギアに対する抑えになるんですかね?」

「さぁな、そいつはムンギアの連中に聞いてみないと分からんが、バルシャニアの皇家としては、そうした手を講じてでもムンギアを抑え込んでおきたいのだろう」

「なるほど……そう言えば、バルシャニアとフェルシアーヌって関係はどうなんですか?」

「ん? バルシャニアとフェルシアーヌか、どうなんだアウグスト」


 クラウスさんから丸投げされたアウグストさんは、苦笑いを浮かべつつ説明してくれました。


「バルシャニアとフェルシアーヌは、表面上は友好的な関係を保っていると言われている。バルシャニアは農業が基本の国で、フェルシアーヌは酪農が基本となっている国だから、互いの足りない部分を交易で補っている形だな。ただ、どこの国でも一緒だが、国の境界線付近では領有権を巡る争いが起こっている場所もあるそうだ。その片方の当事者がバルシャニアの反体制派ムンギアという訳だ」

「その領有権の問題もムンギアがバルシャニア皇家に不満をもつ原因になっているのですか?」

「その通りだ。バルシャニアにしても、フェルシアーヌにしても無駄な戦などやりたくは無いのだろう。だが、当事者としては納得が行かない。だからこその軋轢という訳だな」


 日本も北方領土や竹島など、島国であっても領有権の問題が残っています。

 幸いにして武力衝突などの事態は起こっていませんが、これが陸続きの場所であったならば、もっと危険性が上がるのでしょうね。


「あの、クラウスさん。ランズヘルト国内はどうなんですか? 七つの街の間で争いみたいなものは無いのですか?」

「ランズヘルト国内か……どうなんだ、アウグスト」


 経験を積ませようとしているのか、単に楽をしようとしているのか分かり難いですが、またアウグストさんが苦笑まじりに説明してくれました。


「ランズヘルト国内では、今のところ争いらしいものは起こっていない。七つの街は、それぞれに独自性を持ちつつ、財政的にも比較的豊かな状況が続いているからな。他の街を侵略しようと考えるほど追い込まれてはいない」

「ヴォルザードと領地を接しているのはマールブルグですよね?」

「そうだが、うちとマールブルグの関係も今のところは良好だぞ。マールブルグの主要な街は、リバレー峠の向こう側だが、領地の境は峠のこちら側だ。つまり戦術的に見るならば、我々が攻略しやすい条件が整っているのに、こちらからは一切の手出しをしないから一応の信頼関係が築かれてはいるな」

「バッケンハイムとマールブルグもですか?」

「バッケンハイムは、鉱物資源を産業の柱としているマールブルグにとって大口の顧客だ。関係を悪化させるのは自分の首を絞めるようなものだ」

「それと、イロスーン大森林もありましたね」

「そうだ、今の所ヴォルザードは周囲の国や領地と争わずに済んでいる。ここにバルシャニアとの関係が加われば、さらに安定度を増すことが出来るな」

「バルシャニアとの関係が有用ならば、兄上が皇女を嫁に迎えれば良いのではありませんか」


 許可無くバルディーニが発言しましたが、クラウスさんはちょっと眉をひそめただけで、何も言いませんでした。


「ディー、私ではバルシャニアの要求には応えられんよ」

「それでは、こんな小僧が兄上よりも優れていると仰るのですか?」

「そうだ。バルシャニアの望みは、鉄を手に入れ、ムンギアに対する抑えになり、リーゼンブルグに睨みを効かせられる者だ。私では、何一つバルシャニアの要求には応えられん。ケントの下へバルシャニアの皇女が嫁いで来るのは当然の成り行きだ」

「こんな奴、他人から与えられた力ではありませんか」

「だとしても、ケントが力を保持している事に何の変わりも無いぞ」


 たぶん、バルディーニも頭では理解しているのだと思いますが、魔術の才に恵まれなかっただけに感情が納得出来ないのでしょう。

 そこへクラウスさんが言葉を投げかけました。


「バルディーニ、お前はケントの代わりがしたいのか?」

「い、いえ、そういう訳では……」

「リーチェやユイカ、マノン、それにバルシャニアの皇女、何人もの女を侍らして良い思いしているように見えるだろうが、俺ならケントの代わりなんか御免被るぞ。なぁケント、お前こっちの世界に来てから何回死に掛けた?」


 クラウスさんは、本当に楽しそうにニヤニヤしながら問い掛けてきました。


「えっと……三回ぐらいですかね」

「どんな感じで死に掛けた」

「何も知らされず、夜の魔の森を一人で歩かされてゴブリンに内臓まで食われたのと、リーゼンブルグの騎士に剣で背中から串刺しにされたのと、日本から来た暗殺者にワイヤーで首を切り落され掛けました」

「ホント、良く生きてるな」

「はい、僕もそう思います」


 その時、その時は無我夢中でしたが、後になって考えるとかなり際どかったと思います。

 最初のゴブリンの一件はともかく、後の二件は眷族を得た後の出来事ですから、僕にもかなり油断があったからでしょう。


 この先は、そんなに危険な状況に足を踏み込むつもりはありませんが、四人のお嫁さんを貰うのですから、自分の身の安全についても考える必要があるでしょうね。


「バルディーニ、人間には己の才能を発揮するのに相応しい場所ってものが存在するが、時には己の意に沿わぬ立場や職業である場合もある。それが分かった時、そのポジションを受け入れるのか、それともあくまでも自分のやりたい道を貫くのかは、そいつの自由だ。お前も好きな道を選べば良い。だがな、他人を羨んだり、妬んだりするな。そんな事をしても、幸せは転がり込んで来たりしねぇぞ。自分の持てる才能を信じて足掻く奴にだけ、幸運は転がり込んで来るもんだ」


 バルディーニは、クラウスさんの言葉をじっと聞いていますが、どこまで納得しているのかは分かりませんでした。


「お前が、俺の後を継いでヴォルザードの領主になりたいと思うなら、アウグストが納得するぐらいの力を示して見せろ。ケントの代わりがしたいなら、ケントを超える力を示して見せろ。領主一族としての責務を果たすのが嫌ならば、冒険者になったって構わねぇぞ。何なら、ケントみたいにリーブル農園で収獲作業をしたり、庭師の見習いをやってみるか? お前の人生だ、お前の好きなように生きろ。ただし、これまで領主一族として街の連中の税金で、それなりに良い暮らしをしてきたんだ、その分はキッチリと働いて返せ。それさえ済ませば、何をして食って行こうが、何処の街に住もうが、どんな女と暮らそうが、お前の自由にして良いぞ」


 クラウスさんの言葉に、バルディーニは無言で頷いただけでした。


「それじゃあ、今年も色々と厄介事を押し付けると思うが、よろしく頼むぜ、婿殿」

「はい、分かりました、お義父さん」

「ふっ……そう言えば、お前、家はどうするんだ? でっけえ木が植わって、でかい池は出来たみたいだが」

「あぁ、そうでした。正月の休暇が終わったら、建築屋のハーマンさんに頼もうかと思っています」

「そうか、魔道具屋にも声を掛けておけよ」

「えっ、魔道具屋ですか?」

「当たり前だろう、ここと同じぐらいの広さにはなるはずだ、台所、風呂、トイレなどの水周り、調理用の火の魔道具、暖房用の魔道具、普通の家の何倍も必要になるんだぞ」

「そうか、そうですよね。それじゃあ、ノットさんにも頼みに行きます」

「建築屋に、魔道具屋、他にもあちこち顔馴染みになってるみたいだな」

「はい、皆さんに良くしてもらっています」

「もう元の街よりも顔が広くなってるんじゃないのか?」

「あっ、そうかもしれません……」


 東京で暮していた頃は、マンションのお隣さんでも時々廊下やエレベーターで会った時に挨拶する程度でしたし、店員さんと顔馴染みの店もありませんでした。

 だからと言って不自由していた訳ではありませんでしたが、街との繋がりで考えるならば、光が丘よりもヴォルザードの方が濃密に感じます。


「ケント、俺達の街、ヴォルザードを頼むぞ」

「はい! 今年も頑張ります」


 クラウスさんの言う通り、もうヴォルザードが僕にとってのホームタウンです。

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