第224話 アーブルの切り札

 カミラの王位継承に湧き上がった歓声は、一瞬にして悲鳴と怒号へと変わりました。

 カミラの立つバルコニーから民衆を挟んだ建物の更に向こう側から黒煙が立ち上っています。


「うろたえるな! 無闇に動かず、その場に留まれ!」


 カミラが声を張り上げましたが、民衆の騒ぎは止まりそうもありません。


『ケント様、検問所に襲撃です。見た事も無い魔術で、騎士が吹飛ばされました』

「王よ、堀の中からゾンビの群れが上がって来ています」


 バステンとザーエが報告してきた通り、どうやら正面切って攻め込んで来たようです。


「ザーエ達は堀の中のゾンビを片付けちゃって、バステンは襲撃場所に案内して。カミラ!」


 民衆からは見えないバルコニーの奥からカミラを呼び付けました。


「魔王様、いかがいたしますか?」

「僕は状況を見に行って来る、フレッドを護衛に残すから、騎士団長以外の者は近付かせるな。離れていても報告は聞ける、いいね」

「はっ、畏まりました」


 ズゥゥゥゥゥゥゥン!


 カミラが頭を下げると同時に、再び爆発音が響き渡って来ました。


「魔王様、あの音は?」

「たぶん、アーブルは爆剤を手に入れてたんだ」

「爆剤とは?」

「キリア民国で発明された、瞬間的に燃焼する事で強いエネルギーを発生させる薬剤」

「キリア民国、瞬間的……エネルギーですか?」

「とにかく危険な物だと思っていて、カミラは建物の奥に入って、民衆の誘導は騎士に……」

「いいえ、例え魔王様のご命令でも、その指示には従えません」

「陣頭指揮を取るつもり?」

「はい、民衆を危険に晒し、自分だけが安全な所に居る訳には参りません」


 王族としては見上げた心掛けですが、正直護衛する側としたら迷惑この上ありません。

 ですがカミラの瞳には、梃子でも動きそうもない決意が宿っています。


「しょうがないなぁ……騎士団長!」

「お呼びですか、魔王様」

「カミラの周囲に人を近づけないようにして、周りから守る体制を作って。中は僕の眷族に守らせるから」

「承知しましたぞ」

「フレッド、不用意にカミラに近付く人間は構わず当て落として」

『了解……任せて……』

「ネロ、影の中から周りを監視して、上から攻撃してこようとする奴は、構わず切り裂いて」

「任せるにゃ」

「カミラは民衆から離れた場所から指示を出す事、カミラが狙われている以上、近付けばかえって民衆が危険に晒されるからね」

「はい、畏まりました」


 フレッドとネロにカミラの護衛を任せて、僕はバステンと共に襲撃箇所へと移動しました。


 ズドォォォォォォン!


 影の中から表の様子を覗いた途端、三度目の爆発音が襲って来ました。

 橋の手前で防衛線を引いていた騎士が吹き飛ばされて宙に舞っています。


 橋の手前に設置されていた、一番目の検問所は、跡形も無く吹き飛んでいて、地面には小さなクレーターが出来ていました。

 その向こう側には、道を埋め尽くすようにゾンビの群れが蠢いています。


『ケント様、あのゾンビの群れから数体が固まって走って来て、騎士の手前で突然未知の魔術を発動しました』

「あれは魔術じゃなくて、爆剤による爆発だからね」

『ケント様、あれです』


 バステンが指差す先で、十体ほどのゾンビの一団となって走ってきます。

その中の一体が、小さな樽のようなものを抱えています。


 あの中身が爆剤つまりは火薬なのでしょう。

 全く予想もしていませんでしたが、これがアーブルの切り札なのでしょう。


「また来たぞ! 術士攻撃!」


 守備側の騎士が攻撃魔術を放ちますが、前を走るゾンビを倒しても、後ろから来る連中は仲間の肉片を踏み付けて、全く止まる気配も見せずに進んでいきます。


 このまま騎士達の所へ突っ込めば、また被害が出ます。

 影の中から樽に狙いを定めて、光属性の攻撃魔術を撃ち込みました。


 ズガァァァァァン!


 樽の内部の爆剤に引火すると、十体のほどのゾンビは骨片と肉片になって吹き飛びました。

 てかさ、ゾンビ速すぎじゃね? スタスタ走って来たんだけど。


 ゾンビって言うと、あーっ……とか、うーっ……とか呻きながら、もっとヨロヨロ歩いて来るイメージなんだけど、速すぎだよね。

 街の方向から溢れたゾンビは、水掘の中へも落ちて行きます。


 堀を泳ぎ渡り、壁を登って城内へと入ろうという魂胆なのかもしれませんが、落ちた途端に切り刻まれて、肉片となって流れて行きます。

 いくらゾンビが僕の予想よりも早く動けたとしても、水の中でザーエ達に敵うはずもありません。


 その水堀にプカプカと浮いている小さな樽を見つけたので、召喚術で手元に引き寄せました。


『ケント様、危険です』

「火を近付けなければ大丈夫だよ。しかし、アーブルの奴、まさか爆剤まで手に入れているとは思わなかったよ」


 バステンと言葉を交わしているうちにも、またゾンビの一団が騎士を目指して走り始めています。

 勿論、騎士達の所まで辿り着かせるつもりなどありませんから、爆剤を詰めた樽に光属性の攻撃魔術を撃ち込んで吹き飛ばしました。


 前面を走るゾンビが盾の役割を果たし、騎士の元へと辿り着いたら何らかの方法で火を付けて自爆する。

 元が死体のゾンビを活用するのですから、自爆させても攻撃側は痛くも痒くもないと言う訳です。


 もしかすると、キリア民国もヨーゲセン帝国との戦いで、同じ戦術を使ったのかもしれません。


「バステン、ゾンビ達に爆剤を渡している人間がいるはずだから、見つけて来て」

『了解です』


 バステンを送り出した後にも、性懲りも無く爆剤を持ったゾンビの一団が走り出て来ました。

 今度は、外からは樽の位置が見えないほどに塊となって走って来ますが、構わず光属性の攻撃魔術を撃ち込みます。


 元々、アンデッドには絶大な効果がある光属性魔術ですから、簡単にゾンビを貫通して爆剤を発火させました。


 ズドォォォォォン!


 大盾を構えている騎士達には、直接爆発の被害は及んでいないものの、ゾンビの肉片が降り注ぎ、辺りは酷い有様です。

 またゾンビの一団が、今度は更に大きな塊となって進んで来ます。


 ギッチリと隙間を詰めるように進んで来るので、これまでのような素早さは無いものの、さすがに攻撃魔術が通るか不安になります。

 なので、手元の樽を送還術でゾンビの一団の真上に送り付け、ゾンビの上に落ちる瞬間を狙って撃ち抜きました。


 ズドォォォォォン!


 これまでの二倍の量の爆剤が一気に吹き飛んだので、更なる大音響と共に、地面が大きく抉れています。

 爆風を受けた騎士達も転がされていますが、フルプレートの鎧を着けているから大丈夫でしょう。


 ゾンビの一団が居た方向へと目を転じると、後にいたゾンビ達も吹飛ばされて、進軍が停滞しているようです。


『ケント様、見つけました』

「案内して」


 バステンの案内で移動すると、一軒の商家の倉庫に例の小さな樽が積まれていました。

 口元と頭を黒い布で覆った屈強な男が数名、樽の周囲で目を光らせています。


 倉庫は裏通りに面していて、そこにはゾンビが溢れています。

 そのゾンビに樽を手渡しているのは、異様な風体をした女性でした。


 黒い髪は、レゲエのミュージシャンのように細かい三つ編みで、複雑に編みこまれています。

 鮮やかなグリーンとイエローの幾何学模様の民族衣装を纏い、、顔にまで服と同じ模様が青黒い染料で描かれていました。


 指揮棒のような短い杖を握っているこの女性が、おそらくアーブルが雇っている闇属性の魔術士なのでしょう。


『バステン、あの模様は何なのかな?』

『分かりませんが、呪術的な何かなのかと……』

『顔に化粧までしてるなんて……』

『ケント様、あれは恐らく刺青かと』

『えっ、顔に刺青してるの?』


 バステンに言われて良く観察してみると、ブースターの影響なのか、女性の額には玉の汗が光り、時折腕で拭っていますが、模様が滲むような様子はありません。

 闇属性魔術士の異様な姿に目を奪われていると、倉庫の二階から男が駆け下りてきました。


「くそっ、もっと分厚く守らせろ」

「これ以上は、難しいです」

「馬鹿、こうゾンビに樽を抱え込ませて、そのゾンビを運ばせれば良いだろう。さっさとやれ!」


 男に指示を出された魔術士は、ボソボソと詠唱をしてからゾンビに樽を手渡しました。

 一体のゾンビが樽を抱えて丸まり、それを他のゾンビが運んで表通りへと出て行きます。


『ケント様、いかが致しますか?』

『取りあえず、今出て行った連中を吹き飛ばしてから、こっちの樽の処理をしよう』


 ゾンビ達が進んで来る堀沿いの道が見渡せる城壁の影から、樽を抱えたゾンビを狙撃しました。

 まだソンビの群れを出る前に狙撃したので、周囲のゾンビも巻き込まれて肉片になっています。


『ケント様、残りの樽も吹飛ばしますか?』

『駄目駄目、街中であんな量を一気に爆発させたら大惨事になっちゃうよ』

『では、どうなさいますか?』

『召喚術で、影収納へ全部いただいちゃうよ』


 倉庫へと戻ると、また二階から男が駆け下りて来た所でした。


「駄目だ、駄目だ。もっと守りを厚くしろ。と言うか手前、ゾンビに誤爆させてんじゃねぇだろうな?」

「そんな事はしない。私の立場で出来るはずがない」

「本当だろうな?」

「嘘は言わない。言えるはずがない」

「ちっ、使えねぇな……よし、今度は一度に五個だ、最初と同様のやり方で、一気に突っ走らせろ!」


 ちょっと話を聞いただけですが、どうやら闇属性の魔術士は、雇われていると言うよりも脅されているように見えます。

 それにしても、一度に五個とか面倒なので、残りの樽をいただいちゃいます。


『召喚……』


 十数個残っていた爆剤を詰めた樽は、全て影空間へと移動して来ました。


「消えた! どうなってやがる」

「どこだ、どこへ行った! 手前か?」

「違う、私は何もしていない」

「だったら、何で樽が消えるんだ!」

「あー……爆剤の樽は僕がいただきました」


 倉庫の二階には人が残っていないのを確認して、階段上から声を掛けると、男達の視線が一気に集まりました。


「手前、何処から入り込みやがった」

「えっと、そこらから、ちょいって感じで……」

「手前、舐めてんじゃねぇぞ! 何者だ!」

「はぁ……アーブルの邪魔する小僧なんて、一人しか居ないでしょ。ちょっとは頭使ったら?」

「手前……魔王か?」


 覆面の男達は、腰に下げていた短剣を一斉に抜き放ちました。


 ガシャガシャ――ン!


「嘘だろう……」

「どうなってる……」


 短剣の刃先に狙いを付けて、片っ端から召喚術で引き寄せてみせました。

 けたたましい音を立てて階段に転がった刃先、手元には柄だけが残されているのを見て、覆面の男達は呻き声を上げました。


「バステン、死なない程度に畳んじゃって」

『了解です』


 影から抜け出して来たバステンが疾風のように動くと、覆面の男達は次々と倉庫の壁に叩き付けられて沈黙しました。

 残っているのは闇属性の魔術士だけです。


「さて、あなたはどうします?」

「抵抗する意思は無い、私と貴方ではレベルが違いすぎる」

「では、ゾンビ達を街から退去させてもらえますか?」

「分かった。指示に従おう……」

「何か、言いたい事がありそうですね」


 闇属性の魔術士は少し迷った後で口を開きました。


「こんな事を頼めた義理ではないが、弟を救い出してくれないか?」

「弟さんは、どこに?」

「アーブルと一緒に居るはず、城内だ」

「城内? どうやってアーブルが城内に」

「アーブルは、王城から出ていない、逃げた振りをして城内に隠れていたのだ」

「バステン、ここをお願い、僕は城内に戻る!」

『承知しました』


 王城内に戻るのと、前庭に面した建物が爆破されたのは、ほぼ同時でした。

 爆発が起こった三階から、大量の破片が集まった市民に降り注いできます。


 咄嗟に闇の盾を広げて、爆風や破片は影の空間経由で訓練場へと飛ばしましたが、間に合わなかった壁の欠片などによって怪我人が出ているようです。


「カミラ! 大丈夫か!」

「はい、私は大丈夫ですが、市民が……」

「聞け! 愚かなる民衆よ!」


 カミラの声を遮るように、集まった民衆に向かって声を張り上げたのはアーブル・カルヴァインでした。

 驚いた事に、五人ほどの騎士に守られながら建物の中から現れ、民衆の間へと踏み入って来ます。


 隠れ住んでいたはずですが、衣服や髪も綺麗に整えられていますし、やつれた様子も見られません。


「我が名はアーブル・カルヴァイン。このリーゼンブルグを王族の横暴から救う者だ。お前達は、リーゼンブルグ王家に騙されているのだ」


不満気な表情を浮かべる者もいますが、鉱山の荒くれ者達を率いていたアーブルの迫力に圧倒されて口を噤んでいます。


「この王都だけは重税から逃れられているが、周辺の領地がどれだけ重税に苦しめられているか知らんだろう。西の領地では、毎年餓死する者が出ているのを知らんだろう。東の領地が魔物の襲撃に苦しめられているのを知らんだろう! 全ては、王族共の横暴と無策無能が招いた結果だ。このままではリーゼンブルグはバルシャニアに攻め落とされ、属国とされる日も遠くはない。例え王の首がすげ変わったところで、同じ血筋を持つ愚者では、この国難を乗り切れるはずも無い。だから私は立ち上がった、例え貴族の身分を剥奪されようが、例え領地を奪われようが、例えこの命を奪われる事になろうが、断じて王家の専横を許すわけにはいかぬのだ!」


 好き勝手な理屈を声高に叫ぶと、アーブルはさっと右手を振って見せました。

 すると、守りに付いていた騎士達がアーブルの元を離れて、民衆の中へと踏み込んで行きます。

 騎士達は、爆剤が詰まっていると思われる樽を抱えていました。


「全員、その場を動くな! この樽にはキリア民国で作られた特殊な薬剤が詰められている。蓋に魔力を流せば、あの通りだ」


 アーブルが指指す先は、爆破され、無残に壊された王城の建物です。

 壁には大きな穴が開き、周辺の窓枠も目茶目茶に壊れています。


「ここで薬剤を爆破させれば、集まった民衆など粉々だ。カミラ・リーゼンブルグ、民衆の命を助けたければ、この場で命を断つか、民衆の前で我が妻になると誓え」


 姿を現した時には、まともそうに見えたアーブルでしたが、声高に話を進めていくうちに、目つきがおかしくなってきています。

 先日の中川先生と同じように見えるのは、決して気のせいではないはずです。


 アーブルに加担している騎士は五名、全員が両手で樽を頭上に掲げ、座り込んだ民衆の間に足を踏み入れています。

 更にもう一人、アーブルの足元に、僕と同じぐらいの歳の少年が、樽を背負って跪いています。たぶん、この少年が闇属性魔術士の弟なのでしょう。


「どうした、カミラ・リーゼンブルグ。返事をしろ!」


 目線で問い掛けて来るカミラに話を引き伸ばすように囁いて、影に潜ろうとしたらアーブルが声を張り上げました。


「おっと、変な小細工をするなよ。それに、そこに居るのだろう、魔王の小僧も。姿を見せろ!」


 頷き返すと、カミラはスッと立ち上がり、気負った様子も見せずにバルコニーの端へと歩を進めました。

 その後に付き従うようにして歩きながら、騎士の位置を確認します。


 アーブルの周囲からは民衆が離れ、少年が跪いているだけです。

 影の中からラインハルトが声を掛けてきました。


『ケント様、ワシが一撃で首を刎ねましょうか?』

「ううん、今はまだ動かないで」

『何か考えがおありなのですな?』

「うん、ちょっとね」


 カミラは、バルコニーの端に立つと、凛然と言い放ちました。


「アーブル・カルヴァイン。バルシャニアと結託し、国を乗っ取ろうとした大罪人め。ようやく姿を現したか。虫けらのごとく王城内を逃げ回っていたにしては小奇麗な格好をしているではないか、処刑される支度は万全と言う訳だな」

「ふははは、我は気の強い女は嫌いではないぞ。たっぷりと従順になるまで仕込んでくれる」

「そのような戯言を並べたところで、また痛い目を見るだけだぞ」

「ふんっ、痛い目を見るのは、どちらかな? 騎士団長、小僧を殺せ、さもなくば民衆の命は無いぞ」


 アーブルなりに、手に入れておいた爆剤を使って一発逆転の手を打っているつもりなのでしょうが、どうも色々と計画が破綻しているようにしか見えません。

 確かに子飼いの騎士が爆剤の樽を掲げていますが、一番近くにいる騎士の樽が誘爆すれば、アーブルもただでは済まないでしょう。


 何よりも、自分の足元にいる少年が背負った樽が爆発すれば、アーブル自身が木っ端微塵です。


「どうした騎士団長、さっさと小僧を殺せ!」


 騎士団長は、当惑した表情を浮かべたまま動けないでいます。

 どこまで僕を殺そうと思っているのかは分かりませんが、アーブルからは見えない位置、僕の影の中からはフレッドが双剣を構えてみせています。


「えっと、ちょっと良いですかね、アーブルさん」

「何だ小僧。また魔物でも呼び出すつもりか? そんな気配を見せたらドカーンだぞ」


 アーブルは、少年が背負っている樽の蓋に右手を乗せて威嚇してみせます。


「いえいえ、ちょっとお聞きしたいのですけど、ずっと王城の中にいらしたのですか?」

「それがどうした。俺に逃げられたと思って右往左往する奴らを見るのは滑稽だったぞ」

「そうですか、ぶっちゃけ、誰に保護されていたんですか?」

「ふん、そんな事をバラすとでも思っているのか? 馬鹿め」

「教えてくださらないならば、意地でも聞き出すしかないんですかね」

「俺が、すんなり喋るとでも思っているのか?」

「いや、思っていませんけど……ちょっと話が遠いんで、もうちょい近くで話しませんか?」

「はぁ? そうやって……」

「召喚!」


 話をしながら、ジックリと位置を確認して範囲を設定し、アーブルをバルコニーへと召喚しましたが、範囲からはみ出した右手は置き去りです。

 続いて、騎士達が掲げる五個の樽も召喚してしまいます。

 手首も一緒に召喚したのは、ご愛嬌ですよね。


「うがぁぁぁ、腕がぁ……ど、どうなってる。貴様、何をした!」

「今度は失敗しませんよ」


 身体強化の魔法に風属性魔術をプラスして加速、ガッチリ骨や皮膚にも強化を掛けた左フックをアーブルの脇腹に叩き込み、落ちてきた顎に向かって右のアッパーカットを突き上げました。

 つま先が浮き上がりそうに伸び上がったアーブルは、そのままバッタリと倒れました。


 色々と聞きだすことがありそうなので、右腕の切断面には治癒魔術を掛けて出血を止めておきました。

 前庭では、樽ごと手首を失った騎士が、民衆にボコボコにされています。


「ラインハルト、少年を保護して」

『承知!』


 樽を背負わされた少年の回りにも市民が群がっていましたが、突然影からラインハルトが姿を見せると、悲鳴を上げて離れていきました。


「うろたえるな! そのスケルトンは魔王様の眷族だ。危害を加えることは無い、安心せよ!」

「させないにゃ!」


 ラインハルトに驚いた民衆に、カミラが声を上げるとほぼ同時に、影から飛び出して来たネロが前脚を振るいました。

 ネロの爪から放たれた風の刃は、カミラに向かって放たれた矢を砕き、更には向かい側の建物で弓を構えている兵士を切り裂きました。


「静まれ! このストームキャットも魔王様の眷族だ。罪無き者には危害を加えん。案ずるな!」


 カミラが自らネロに歩み寄ったのを見て、パニックになりかけた民衆も落ち着きを取り戻しました。

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