第222話 新年
パーティーはカオスの度合いを増しながら進行していきました。
唯香、マノン、ベアトリーチェの三人とムフフな時間を共有しようかと思っていましたが、現在マダム陣営の包囲網に掴まっております。
「ケントさん、年明けにはバルシャニアの皇女様がいらっしゃるのよね? 迎賓館にはリーチェや唯香さん、マノンさんも一緒に住めるようにしますからね」
「はい、具体的な日取りが決まりましたら、またお知らせいたします」
マリアンヌさんは、ダークヴァイオレットのビスチェタイプのドレスで、ベアトリーチェ以上に目のやり場に困ります。
「健人さんも唯香達と一緒に住むのかしら?」
「はい、その予定でいますが、駄目ですかね」
「そうねぇ、同じ建物に暮らすのは仕方ないとしても、節度ある生活はしてもらいたいわね」
「そう、ですよねぇ……」
美香さんは、ターコイズグリーンのパーティードレスに身を包んでいますが、露出度は低めなので目のやり場には困りません。
と言うか、一緒に暮らすようになったら大人の階段を上るつもりだったのですが、駄目ですか。
「あらあら、ケントさん、うちのマノンには遠慮なんかしなくても良いのよ。私は早く孫の顔が見たいわ」
ノエラさんは、ダークグリーンの落ち着いたドレスにポッチャリ体型を押し込んでいる感じで、こちらは生地が悲鳴を上げていそうで、別の意味でちょっと心配です。
「そうね。お婆ちゃんと呼ばれるのはちょっと……だけど、リーチェにも遠慮はいらないわよ」
「お二人とも、よろしいのですか? うちの娘なんか、まだまだ子供ですし、子供ができても私は簡単には手伝いには来られないから心配です」
「大丈夫ですよ、ミカさん。もうユイカちゃんも私の娘と同じです」
「そうですよ。私が代わりにいくらでもお手伝いしますよ」
そうです、ノエラさん、マリアンヌさん強力にプッシュして下さい。
美香さんが折れれば、唯生さんだってなし崩し的に認めてくれそうですからね。
なんて心の中で応援していたら、ドンっと背中を叩かれました。
「うぶっ! アマンダさん……」
「ケント、あんたがシッカリしないから、ミカさんの心配が絶えないんだよ。もっとシャキっとおし!」
「いや、これでも頑張ってるつもりなんですけど……」
「魔物相手には頑張ってるんだろうけど、男として、旦那としては冴えないんだよねぇ」
「ぐぅ、そう言われても……」
召喚される以前は、目立つのは居眠りして怒られている時だけのモブキャラでしたし、恋愛経験も片思い以外は皆無です。
冴えないのは自分でも分かってますけど、どうして良いのやらサッパリ分かりません。
「ミカさんだったね。まぁ、ユイカちゃんぐらいの年で子供を持って……なんて考えると親としては心配だろうけど、ヴォルザードでは新しい命、世の中を背負う次の世代は、街全体で育てるのが仕来たりだからね。産んでしまえば何とかなるもんさ」
「そうでしょうか……」
「あたしも、メイサを身篭っているときに旦那に先立たれて、まぁ苦労しなかったとは言わないけれど、街のみんなに助けられて何とかやってこられたからね」
部屋の端で、美緒ちゃんと一緒にマルト達とじゃれているメイサちゃんに向けられたアマンダさんの視線は、優しさと誇りに満ちているように見えました。
美香さんは、アマンダさんとメイサちゃんを交互に眺めてから、考えをまとめるように少しの間俯いた後で、僕に視線を向けて来ました。
「健人さん」
「はい、何でしょう」
「父親として、夫として、しっかりと責任を果たして下さいますか?」
「僕の育った家は普通の家庭とは違っていたみたいで、正直に言って、どうすれば良いのか分かっていないと思います。それでも、唯香に変わらぬ愛情を注いで守り抜くと約束します」
「唯香をよろしくお願いしますね」
「はい、お義母さん」
これって、美香さんからはお墨付きをもらったって事だよね。
年始の休暇が終わったら、さっさと同級生の帰還を終わらせちゃいましょう。
ニヤけていたら、部屋の隅っこで所在無げに佇んでいるバルディーニと目が合いました。
バルディーニは物凄く不機嫌そうな表情を浮かべると、鼻で笑いながら顔を背けました。
おっさん組は、唯生さんから日本の政治機構や社会制度を聞き取って、ヴォルザードに活かす方法を語り合っているようです。
まぁ、酒を飲みながらなので、お堅い話ばかりでは無いようですが、マリアンヌさんの目が光っていますので、柔らかすぎる話題でもないようです。
アウグストさんは、年明けからクラウスさんの右腕として働き始めるようなので、おっさん達の間に入り込んで自分の意見も披露しているようですが、バルディーニは余り相手にされていないのか、話に加わっていかないのか、ちょっと浮いてますね。
もう一人のイジケ虫、マノンの弟のハミルは、どうやらメイサちゃんと美緒ちゃんのオモチャにされているようです。
最初の頃は、何やら反論を繰り返していたようですが、今はマルトに肩を叩かれて慰められているようです。
うん、目を離した間に何があったのやら、ちょっとだけ同情しますね。
「ケント、ぼんやりしているなら、お姉ちゃんの相手もして欲しいな」
「あっ、アンジェお姉ちゃん、すみません気が利きませんで」
アンジェリーナさんは、少し酔っているみたいで、白い肌がほんのり朱にそまっていて、目付きもトローンとしていて普段よりも更に艶っぽいです。
相手をしろと言われれば、もう全力でお相手させていただきますよ。
「じゃあ、こっちで私達とお話しましょう」
「は、はひぃ……」
アンジェリーナさんに腕を絡められて連行されたのですが、鼻の下を伸ばしていたら、氷のような視線を向けてくる三人がいらっしゃいます。
「んふふぅ、みんなー、ケントを連れて来たよぉ……」
「ちょ、アンジェお姉ちゃん、飲み過ぎでは?」
「はいはい、座って座って」
何時の間にか部屋の一角にソファーとテーブルが用意されていました。
テーブルを挟んだソファーに唯香、マノン、ベアトリーチェの三人が座り、こちら側は、二人分の場所を占拠して寄り掛かってくるアンジェリーナさんを僕が支えている格好です。
「うふふふ、まずはリーチェ、お姉ちゃんに謝りなさい」
「えぇっ、どうしてですか?」
「どうしてって、お姉ちゃんよりも先にお嫁に行くんだから、当然でしょ」
「それは、そうかもしれないけど……」
「しかも、こんな可愛い男の子となんて、ホントにリーチェはズルいわねぇ」
「そんな、お姉様はバッケンハイムに行ってらしたから、私が領主の娘としての勤めを果たそうと……」
「じゃあ、私が戻って来たから、ケントと結婚するのは私でいいよね」
「駄目です! ケント様と結ばれるのは私です」
これは、酔っぱらったアンジェリーナさんに、僕らがオモチャにされてるって感じですね。
「じゃあじゃあ、リーチェも結婚するけど、私もケントと結婚するのはどう?」
「だ、駄目です。お姉様まで一緒なんて駄目です」
「えぇぇ、いいじゃない。ねぇケント、ケントは年上の女性は嫌いかな?」
「い、いえ、嫌いではないですけど……」
酔っているせいで体温高めのアンジェリーナさんに寄り掛かられているのですが、もう色々と柔らかくて、いい匂いがして、正直大好きです。
いやいや、みんな遊ばれてるだけだから、そんな夜叉みたいな目で睨まないでね。
「じゃあ、私もケントのお嫁さんになるって事で……」
「いやいや、無理ですって、クラウスさんに殺されちゃいますよ」
「えぇぇ……パパじゃケントに勝てないでしょ」
「いや、そうだとしてもですね」
「じゃあケントは、私がどこかの貴族の馬鹿息子と結婚させられちゃっても良いの?」
「そ、それは、そもそもクラウスさんが許さないでしょ」
「でもでも、バッケンハイムとか、マールブルグとか、リーゼンブルグが娘を差し出さないと戦争するぞって言ってきたら」
「そんなの僕が懲らしめてやりますよ。ヴォルザードに仇なすならば滅亡させられると、骨の髄までジックリと教え込んでやります」
「ホントに? ホントにケントが守ってくれるの?」
「当たり前です。僕の目が黒いうちは、そんな勝手な事はさせません!」
「嬉しい、ケント大好き……」
おぅ、ホッペにチュってされちゃいました。
んふふふ、アンジェお姉ちゃんは僕が守っちゃい……あれっ、何かおかしくない。
「健人、まさか本気でアンジェリーナさんとも……なんて考えてるんじゃないのよね?」
「や、やっぱりケントは、その、大きい方が良いの?」
「ケント様、お姉様に遊ばれすぎです」
「はい、ごめんなさい……」
酔っ払いのアンジェお姉ちゃんに絡まれていると、三人の機嫌がどんどん悪くなっていきそうなので、何か対策が必要です。
なので、マルト達にアイコンタクトを送って、こちらに来てもらいました。
マルト達が移動してくれば、当然メイサちゃんと美緒ちゃんが一緒に来ますからね。
「まぁまぁまぁ、みんな、いらっしゃい。お料理は食べてる? ケーキもあるわよ」
「メイサちゃん、こっちに座っていいよ。美緒ちゃんも座って、座って」
唯香が苦笑いを浮かべていますけど、ここは二人とマルト達に頑張ってもらいましょう……と言うか、ハミルの存在を忘れていました。
あぁ、部屋の隅っこで壁にもたれて黄昏てますね。
「マノン、ハミルも呼んであげて。僕が呼ぶと逆効果になりそうだからさ」
「分かった。そうするね」
「僕は、ちょっとお手洗いに行ってくる」
パーティー会場は、暖房が効いて暖かですが、廊下に出ると空気がヒンヤリとしています。
トイレで用を足していると、アウグストさんが入ってきました。
「やぁケント、楽しめているかい?」
「はい、とても楽しい時間を過ごさせてもらっています」
「それは何よりだ」
「アウグストさんは、なかなか大変そうですよね、クラウスさんとかに付き合っているのは」
「ははは、そうだな。まぁ、年が明ければ毎日の事になるのだから、慣れておかねばならんな」
手を洗ってパーティー会場へと戻ろうとしたら、アウグストさんに呼び止められました。
「ケント、少し良いかな?」
「はい、何でしょう」
「バルディーニの事だ」
アウグストさんに招き入れられたのは、パーティーを抜け出した人が密談をするための小部屋のようでした。
テーブルも椅子も無く、日本で言うなら喫煙室みたいな感じで、暖房だけは効いていました。
「ケントから見ると、バルディーニは腹立たしい男に見えるだろう?」
「い、いえ、そんな事は……」
「気を使わなくても大丈夫だぞ。本人に言うつもりは無いし、私から見ても目に余る事があるぐらいだからな」
「はぁ、まぁ否定はしません」
「君に理解してくれとは言わないが、弟は劣等感の塊みたいなものでな……」
ヴォルザード家の兄弟は、アウグストさんとアンジェリーナさんが、父親ゆずりの風属性。
バルディーニとベアトリーチェが、母親譲りの火属性だそうです。
風属性よりも火属性の方がレア度が高いのですが、バルディーニは他の兄弟に較べると極端に魔力が低いそうです。
逆に他の三人は、一般的な人よりもかなり高い魔力を有しているそうで、いくら属性としてレアでも、強力な風属性と微力な火属性では、どちらが重要視されるかなんて言うまでもありません。
それに加えて、学業の成績でも、上の二人に較べると見劣りしてしまうそうなのです。
「別に弟は無能ではないし、世間一般の者と較べれば優秀な部類に入ると思う。ただ、性格的な問題と、抱え込んだ劣等感が邪魔をして、本来の実力を発揮出来ていないのだ」
「性格的な問題というのは、短気なところでしょうか?」
「その通りだ。頭の回転は悪くない、いやむしろ良い方なのだが、それが邪魔をして急ぎすぎるあまり、肝心な物事を見落として先に進もうとしてしまうのだ」
パーティーが始まる前の騒動は、その典型みたいなものなのでしょうね。
おそらくですが、今日のパーティーのメンバーが平民だけだと聞いた時点で、自分の振舞い方を決めてしまい、唯香とマノンが僕の嫁候補である事を聞き流してしまったのでしょう。
「弟が先を急ぎすぎるのは、とにかく結果を出さなければならないという劣等感から来る強迫観念のようなものだと私は思っている」
「勿論、本人にも、こうした問題点の指摘はなさっているのですよね」
「無論だ。だがな、劣等感の原因となる当事者からの指摘では、上手く伝わっているのか疑わしいのだ」
確かに、魔術でも勉学でも優れ、常に比較の対象となる兄から言われたとしても、それを素直に受け入れられるかは疑問です。
かと言って、剥き出しの敵意を向けられている僕が言っても逆効果にしかなりませんよね。
「僕にどうしろと?」
「そうだな、あまり刺激しないで欲しい。弟の方から何かちょっかいを出されるかもしれないが、あと十日ほどの間だ。弟は、新年の第二週にはバッケンハイムの学校に戻る。それまでの間は、なるべく接触を避けて刺激しないようにしてくれ」
「分かりました。僕の方から何かを仕掛けるつもりはありません」
「すまないな。アンジェが言っていたように、ディーも昔は素直だったのだが……」
思い詰めたような表情を浮かべるアウグストさんは、間違いなくイケメンなのですが、へにょんと項垂れたウサ耳が台無しにしています。
と言うか、真面目な話をしている間でも、感情を表すように動くウサ耳は反則です。
差し向かいで話していて、笑いを堪えるのが大変すぎますよ。
来年は、顔を合わせる機会も増えるでしょうから、今のうちに慣れていないと駄目ですよね。
パーティー会場へ戻ると、メイサちゃんと美緒ちゃんは、アンジェリーナさんに寄り掛かってウトウトとしています。
寄り掛かられているアンジェリーナさんも、時々首がカクンとして、今にも寝落ちしそうです。
ハミルは、マノンの膝に頭を乗せて、完全に寝入ってしまっているようです。
「おかえり、健人」
「ちょっとアウグストさんと話してたんだけど、みんな寝ちゃったみたいだね」
「うん、美緒も朝早くからはしゃいでいたから疲れたんだと思う」
「メイサちゃんは、いつもはとっくに寝てる時間だもんな。送って行った方が良いのかな?」
「ううん、子供達のために部屋は用意してあるって、もう少しで新年だから、年明けの鐘で新年の乾杯をして、その後、子供達は別室で就寝」
「大人達は?」
「このまま朝まで……らしいよ」
「うわぁ、タフだなぁ」
唯香の言う通り、新年の零時を迎えると、街中に鐘の音が響きました。
魔物の警報が解除された時と同じ、カーン、カーンというゆっくりとした響きです。
これは、今年一年、魔物の襲撃が起こらないようにという願いが込められているからだそうで、別の街に行くと鐘の鳴らし方が違っていたり、一斉にお皿を落として割るような習慣もあるそうです。
「明けましておめでとう、唯香、マノン、ベアトリーチェ」
「おめでとう、健人」
「今年もよろしくね、ケント」
「おめでとうございます、ケント様」
新年の挨拶をして三人を順番にハグしていると、アンジェリーナさんがムクっと起き上がりました。
ゾンビのごときフラフラとした足取りで歩み寄って来ると、両手を広げて抱き付いて来ました。
「明けまして、おめでとー……ケント、んんっ」
「んぁ……アンジェお姉ちゃん?」
「んふぅ……チューしちゃったぁ、ふぅ……」
「って、寝るんかい!」
熱烈なキスで唇を奪ったかと思うと、そのままグッタリと力を抜いて寝息を立て始めました。
「ケント様、すみません姉様を部屋まで運んで下さいますか?」
「うん、分かった……けど、抱えて運ぶのは無理そうだから、背負うの手伝って」
こんな時に、お姫様だっこで颯爽と運べると格好良いのでしょうが、途中で落としてしまったら大変なので、背負って運びます。
思ったよりもアンジェリーナさんは軽かったのですが、背中に感じる感触にドキドキが止まりません。
それでも、平静を装って、立ち上がりましたよ。
「リーチェ、部屋まで案内して」
「はい、こちらです」
階段を踏ん張って上り、以前腐敗病の治療で訪れたベアトリーチェの部屋の隣がアンジェリーナさんの部屋でした。
部屋に入ると華やかな良い香りがします。
「ケント様、ベッドにお願いできますか?」
「任せて、よっと……うわぁ」
アンジェリーナさんをベッドに腰掛させるようにして下ろし、ベアトリーチェに手伝ってもらって寝かそうとしたのですが、襟を掴まれて引っ張られ、ベッドに転がされてしまいました。
「んふふぅ、ケントも一緒にネンネしよう……」
「いやいや、駄目ですってアンジェお姉ちゃん」
「何で、何で、リーチェも一緒なら良いの?」
「いや、駄目ですって」
「えぇぇ……守ってくれるって言ったのにぃ」
「それは、ちゃんと守りますよ。ヴォルザードに仇なす奴なんて許しませんからね」
「ホントにぃ? 約束だよぅ」
「はいはい、約束しますよ」
「仕方ないなぁ、じゃあ今夜は許してあげようかな……」
満足そうな笑みを浮かべながらアンジェリーナさんは、あっと言う間に夢の世界へと旅立っていきました。
「ケント様、ありがとうございました。私は、ちょっと姉のドレスを緩めてから戻りますので」
「えっと、手伝いは……必要ないよね。うん、先に戻ってるね」
「はい、私もすぐに参ります」
冗談だって、軽い冗談だから、そんな目で睨まなくったって良いんじゃない。
パーティー会場へと戻ると、一旦起きたお子ちゃま組は全滅で、順番に寝室へと運んで行きました。
明け方までに目を覚まして、トイレを探して困らないようにマルト達を世話役として付けておきました。
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