第220話 送還、召喚
騎士団長の命令書と議事の間での騒動に立ち会った騎士の口添えによって、シロンに駐留する騎士との交渉はスムーズに進みました。
ですが、送還術によって王城へ送り届けると聞かされると、騎士達は疑わしげな表情を隠そうともしませんでした。
やはりこちらの世界でも、召喚術や送還術は馴染みの無い魔術のようです。
マルトを使っての実演や、木の棒を使った注意事項の説明をして、ようやく納得したようです。
「では、最初に五十人を送還しますので、なるべく間隔を詰めて十人ずつ五列に並んで下さい」
屈強な騎士達ですが、ギッチリと詰めて並んでもらうと5メートル四方程度の場所に収まりました。
送還先の目印として、騎士団長が待つ王城の訓練場に闇属性ゴーレムを設置しました。
「じゃあ始めますよ。ふざけて手足を出したり、押したりしないように……送還!」
ぐっと魔力を吸い取られる感覚の後で、目の前から五十人の騎士が姿を消しました。
すぐにマルトを伝令に走らせ、送還先から退くように伝えます。
受け入れ側の準備が出来た時点で、すぐさま次の五十人を送還します。
シロンでの送還を終えたら、クージョに移動し、同様の作業を繰り返しました。
ヴォルザードから日本まで送るのに較べれば、使う魔力は少なくて済みましたが、一度に送還する人数が多い事や、それなりに離れた場所への送還とあって、相応に魔力を消費させられました。
まだ倒れるほどではありませんが、午後からは唯香の家族をヴォルザードに召喚する予定ですので、魔力の回復を助ける薬を飲んでおきます。
「じゃあ、カミラ、騎士団長、後は任せるからね」
「はい、畏まりました。魔王様、良い年をお迎えください」
「うん、良いお年を……」
夢中で抱き合っているのを騎士団長に思いっきり目撃されてしまったので、何だかとても照れ臭いです。
騎士団長を始めとして、送還した二百名の騎士の敬礼に見送られながら影に潜ってヴォルザードを目指しました。
唯香の部屋へ移動すると、どうやら家族と電話をしているようです。
「唯香、入っていい?」
「あっ、健人、入って入って。じゃあ、お母さん、もう少ししたら健人が迎えに行くから準備してて。うん、うん、また後でね」
やはり久々に家族に会えるのが嬉しいのでしょう、唯香の声が弾んでいます。
「御両親は、もう用意出来たって?」
「うん、と言うか、美緒が待ちきれなくて大変みたい」
「じゃあ、早めに迎えに行きたい所だけど、ここに来てもらうのは拙いかな?」
「うん、他の人達の目もあるし、クラウスさんの御屋敷に直接送ってもらおうと思ってる」
「じゃあ、唯香も行くんでしょ?」
「うん、家族で同じ部屋に泊まれるように、リーチェにお願いしてあるんだ」
「そっか、じゃあ出掛けようか?」
「うん……」
どちらからともなく身体を寄せ合いましたが、離れた途端、唯香は顔を顰めて見せました。
「健人……この匂いは何なのかな?」
「あぁ、昨日はリーゼンブルグの集落近くで待機し続けていて、そのまま王城に打ち合わせに行ったから、お風呂を借りたんだ。やっぱ広いお風呂いいよねぇ……僕の家にも大きなお風呂作るんだ」
「そうだったんだ……それで、打ち合わせって?」
「うん、相変わらずゴタゴタ続きでねぇ……」
アンデッドによる襲撃や、年明けの日の王城参賀が狙われる可能性などを話すと、唯香は呆れたように溜め息をつきました。
「はぁ……まだそんな事やってるんだ」
「うん、一応僕が居なくても対応出来るように体制を作ってきたから大丈夫だとは思うけどね」
アーブル・カルヴァインに関するこれまでの行状については、簡単に話してあるので、その最後の悪足掻きと聞いて唯香も納得したようです。
うん、カミラを抱き締めてきた件は有耶無耶に出来そうですね、後がとっても怖いけど。
唯香と一緒に領主の館を目指して歩いていくと、街には新年を迎えるための様々な飾り付けが施されていました。
赤や緑、黄色など、鮮やかな色の飾り付けは、七夕とクリスマスを足して二で割ったような感じです。
中には縛り首にされたゴブリンやオークなどの人形もあって、初めて見るとギョッとさせられてしまいます、
日本と大きく違うのは、お店の殆どは扉を閉じて営業していないところです。
目立つ飾り付けをして年末セール、初売りセールなどを開催するのではなく、家族と静かに新しい年を迎えるのがヴォルザードのスタイルのようです。
「いつもよりも賑やかに飾られているのに、いつもよりも人通りが少なくて静かなのは変な感じだね」
「うん、そうね。日本だったらクリスマスから新年の仕事始めの頃までは、お祭騒ぎって感じだものね」
「でも、日本でも昔は有名なお寺の近くとか、盛り場以外はこんな感じだったって話を聞いたことがあるよ」
「そうみたいだけど、それは、私達のお爺ちゃん、お婆ちゃんの頃の話でしょ」
「うん、でも、どっちが良いのかね。家族がちゃんと集まるのも大事だけど、街が賑やかなのも楽しいし」
「どっちが良いのかしらね。でも、お店を営業するなら働く人が必要だし、その人達は家族とゆっくりする時間が無いのだから、やっぱりヴォルザード風の方が良いかも」
「あっ、そうか……」
「どうしたの?」
「僕らは、両方楽しめば良いんじゃない?」
「そうね。日本がお正月の頃には、日本に帰って楽しんで、ヴォルザードの時はヴォルザードで楽しめば良いんだ」
こんな話をしたら、梶川さんが渋い表情をしそうだけど、僕だって頑張っているのだから、このぐらいの御褒美があったって罰はあたらないよね。
クラウスさんの御屋敷に行くと、唯香の家族には屋敷の客間を使わせてもらえるように手配されていました。
「おはようリーチェ、よろしく頼むね」
「おはようございます、ケント様。唯香さんのご家族の歓待はお任せ下さい」
いきなり部屋の中に移動するのも無粋なので、玄関前の庭を使わせてもらって唯香の家族を召喚します。
ヴォルザード側の受け入れ準備が出来たので、今度は光が丘の浅川家を訪問します。
今回はオートロックはパスして、直接玄関の呼び鈴を押させてもらいました。
「おはようございます、国分です。皆さん、準備はよろしいでしょうか?」
「おはよう、国分君。今日は、よろしくお願いするね」
「はい、それでですね、唯香さんからお聞きだと思いますが、今回は召喚術を使ってヴォルザードへご招待いたします。皆さんには、靴を履いた状態でリビングから移動という形になりますが、よろしいでしょうか?」
「ああ、構わないよ。万事、国分君に任せるよ」
「それでは、戸締りなど出掛ける準備をしていただいて、靴を持ってリビングに集合していただけますか?」
唯香の家族が戸締りや火の元の確認をしている間に、僕はリビングに準備してきたダンボールを敷いて、その周囲に目印用の闇属性ゴーレムを並べました。
全員が集まったところで、恒例の召喚術、送還術の注意を伝えました。
「本当に危険なので、絶対に守って下さいね」
「分かっているよ。先日の事故の映像を見れば、間違っても真似しようとは思わないよ」
唯生さんの言葉に、はしゃいでいた美緒ちゃんも表情を固くしています。
「もしかして、足が切断される様子も映っていたんですか?」
「おや、国分君は見ていないのかい。足だけで取り残されて悲鳴が上がる様子や、その足を国分君が接合するところまで、ばっちり映っていたよ。いやぁ話には聞いていたが、治癒魔術とは凄まじいものだね」
また忙しさにかまけてネットの情報を見ていなかったら、先日の召喚事故の映像が拡散しているようです。
日本政府の対応は、あれは異世界だから出来る事であって、日本では治癒魔術は存在しないという立場を貫いているようです。
それでもネット上には、現代医学では不可能な治療を希望する声が溢れかえっているそうです。
「うーん……やっぱり拙い事になってるのかなぁ」
「大丈夫かい、国分君」
「まぁ、多分大丈夫です。何とかなるはずですので、とりあえずヴォルザードに移動しましょう」
「分かった。すまないが、リビングの電気を消しておいてくれるかな?」
「分かりました、スイッチは……そこですね」
浅川家ご一行の準備が整ったところで、クラウスさんの御屋敷前へ移動して、三人の召喚を行いました。
「召喚!」
召喚術は無事に発動し、足元に若干のダンボールのオマケを付けて、唯香の家族を迎え入れました。
「パパ、ママ、美緒!」
「唯香!」
「唯香ちゃん」
「お姉ちゃん!」
家族四人が抱き合う姿を目にして、僕も目頭が熱くなってきます。
「皆さん、何処にも異常はありませんか?」
「国分君……言葉が」
「どうやら上手くいったみたいですね」
「これは、どういう事なんだい? 私は日本語以外の言葉を話しているよね?」
「はい、言語知識を付与するようにイメージして召喚を行いましたので、こちらの言葉を話せるはずです」
「えぇぇぇ、そんなぁ……」
唯生さんが驚きの声を上げている横で、美緒ちゃんが物凄くガッカリした表情を浮かべています。
「あれ? 美緒ちゃんは、こっちの言葉が分かるようになっていない?」
「ううん、分かると思うけど、言葉が分かったらモフモフに通訳してもらえなくなっちゃう……」
「あぁ、そっちの心配をしてたのか、マルト、ミルト、ムルト、美緒ちゃんと遊んであげてね」
「わふぅ、ご主人様、この子はユイカの妹なんでしょ」
「わぅ、それじゃあ、うちらとも家族になるんだよね」
「わぅ、撫でて、お腹撫でて」
影の中から飛び出して来たマルト達に囲まれて、美緒ちゃんは目を真ん丸に見開いています。
「さ、触ってもいいの?」
「うちはマルトだよ」
「うちはミルト」
「ムルトだよ、撫でて撫でて」
「み、美緒です。よろしくお願いします。ふわぁぁぁ、モフモフぅ……」
ムルトを撫でた美緒ちゃんは、表情を蕩けさせながら、マルトとミルトに撫でられちゃってますね。
目を細めながら唯生さんと美香さんが見守っていると、屋敷の玄関が開いてクラウスさんとマリアンヌさんが姿を見せました。
当然ながら、唯生さんと美香さんの視線は、マリアンヌさんのウサ耳に釘付けですよね。
「ようこそ、ヴォルザードへ。俺が領主のクラウス・ヴォルザードだ。それと妻のマリアンヌだ」
「浅川唯生、いや、唯生浅川です。こちらが妻の美香、次女の美緒です。娘の唯香がお世話になっております」
「ん? こちらの言葉が分かるのか?」
「はい、国分君の召喚術のおかげで言葉は問題ないようです」
「ほう、それならば話が早くて助かるな。まぁ、立ち話もなんだ、中に入ってくれ」
「はい、お世話になります」
クラウスさんに招かれて、屋敷に入ろうとしたのですが、上着の後をグイっと引っ張られ、誰かと思って振り返ると口を尖らせた美緒ちゃんでした。
「ねぇ、おっきいモフモフは?」
「あぁ、そうだったね。ネロ、ゼータ、エータ、シータ、唯香の妹の美緒ちゃんだよ。仲良くしてね」
「ひっ!」
大きな闇の盾からスルリと抜け出してきたネロを見た途端、美緒ちゃんは短い悲鳴を上げてしがみ付いて来ました。
ネロに続いてゼータ達も姿を見せると、ギューっとしがみ付いたままブルブルと震え出しました。
「ネロだにゃ、仲良くするにゃ」
「ゼータです、よろしく」
「エータです、どうも」
「シータです、初めまして」
「美緒ちゃん、みんな僕の家族だから大丈夫だよ。噛み付いたり引っかいたりしないよ」
「み、美緒です。は、始めみゃして……」
ネロの大きな耳の後ろを撫でて見せると、美緒ちゃんも恐る恐る手を伸ばしました。
「ふわぁぁぁ、フワフワぁ……」
ネロの手触りを知った途端、美緒ちゃんはフラフラとネロの首筋へと引き寄せられていきました。
「フワフワ、すんごいフワフワ、気持ちいい……」
美緒ちゃんは、どっちが猫なんだと突っ込みたくなるぐらい、ネロの首筋に顔を擦り付けています。
「美緒、行くわよ、美緒」
「お姉ちゃん、もうちょっと……」
「まったく、大丈夫だから、ネロは逃げたりしないから、早くいらっしゃい」
「はーい……またね、ネロ」
「また遊ぶにゃ」
渋々ネロから離れた美緒ちゃんは、唯香を小走りで追いかけて行きました。
「ケント様、私達も……」
「うん、ん? どうかしたのリーチェ」
「女性の匂いがします……」
「あぁ、それはね……」
勘の良いリーチェに嗅ぎ付けられてしまいましたが、さっき唯香に使った言い訳を披露しました。
うん、言い訳も二度目になれば流れるようにスラスラといくもんだよね。
「そうですか……ケント様は、服を着たまま入浴されるのですか?」
「えっ? そ、そんな訳ないじゃない……」
「ユイカさんも、ご家族が見えられるので、そちらに気持ちを奪われてらしたのでしょうね。香水はケント様ではなくで、お召し物から香ってまいりますよ」
「うぐぅ、そ、それはね……」
「ケント様」
「は、はい……」
「一つ貸しにして差し上げますが、次はありませんからね」
「いっ……分かりました」
リーチェに思いっきり脇腹を抓られました。
「さぁ、参りましょう、ケント様」
「はい……」
うん、どこかでチャンスを見計らって、早めに着替えた方が良さそうですね。
クラウスさんは、浅川夫妻と何やら話があるそうで、通訳の必要が無くなった僕は、追い出されてしまいました。
唯香と美緒ちゃんは、リーチェに部屋へと案内された後、こちらも何やらガールズトークがあるようで、またまた追い出されてしまいました。
その際のリーチェのウインクが物凄く意味深で恐ろしいです。
ちなみに、美緒ちゃんにはボディーガード兼癒し役としてムルトを配属しておきました。
『ケント様、まだ夕方まで時間がございます。一度下宿に戻られて、少し休憩なされませ』
「そうだね、そうしようか」
クラウスさんの御屋敷から浅川家のリビングに戻り、電気を消して闇属性ゴーレムを回収、影に潜って下宿まで移動しました。
夕方には、アマンダさんとメイサちゃんをエスコートして、クラウスさんの御屋敷に行く予定になっています。
「ただ今帰りました」
「あぁ、やっと帰ってきたよ。全然連絡もよこさないで、どこをほっつき歩いてるんだい」
「すみません。年末だって言うのに、ゴタゴタ続きでして」
「ケント、お昼は食べたのかい?」
「あっ、また食べ損なってるよ」
「まったく、しょうがないねぇ。ほら座りな、何か作ってあげるよ」
「ありがとうございます」
お店の中は綺麗に片付いていて、たぶん、大掃除をした後なのでしょうね。
「アマンダさん、メイサちゃんは?」
「あぁ、掃除で疲れたって言って寝てるよ。大丈夫、時間までに叩き起こして着飾らせるからさ」
「はい、よろしくお願いします」
アマンダさんが作ってくれたのは、ショートパスタを浮かべたクリーム仕立てのスープでした。
空っぽの胃に染み渡るような優しい美味しさです。
「そうだ、アマンダさん、下宿代を払わないと」
「あぁそうだね。今月分はまだ貰っていなかったね」
食事代を加えた今月分の下宿代を払い終え、ようやく一年の片が付いた気がします。
「アマンダさん、色々お世話になりました。来年もよろしくお願いします」
「お世話になってるのは、こっちの方さ。ケント、来年もヴォルザードを守っておくれ」
「はい、僕と眷属の全ての力を使って、僕らの街を守ってみせます」
「ケントにとっては大変な年になっただろうし、こっちの世界に来ない方が良かったのかもしれないけど、あたしはケントを呼んでくれたリーゼンブルグの王女様に感謝しているよ」
「そうですね。僕も今となってはですが、召喚されて良かったと思います。あのまま日本に残っていたら、役立たずな子供のままで、家庭崩壊の中で一人立ちも出来ずに不貞腐れていたような気がします。今は、貰った力ですけど、少しはみんなの役に立てるようになったので、僕の大切な人達を守っていけるように、一歩ずつ大人になっていけたらって思っています」
「あたしから見たら、急いで大人になろうとしすぎているようにも見えるけど、ケントなら大丈夫さ。何か迷ったり、困った時には遠慮なく周りの大人を頼るんだよ」
「はい、そうさせていただきます」
新しい年を迎えて、少しすればセラフィマがヴォルザードへと輿入れして来ます。
正式な結婚は先だとしても、セラフィマだけを迎賓館に住まわせる訳にもいかないでしょう。
そうなれば、唯香、マノン、リーチェ達と一緒に僕も迎賓館に引っ越す事になるはずです。
ここに下宿をするのも、あと少しの間になります。
口には出しませんが、アマンダさんは分かっているはずです。
勿論、ヴォルザードに暮らし続けるのだから、いつでも遊びには来られます。
でも、これまでとは少し違った関係になるのも間違いないでしょう。
少しだけ、しんみりとした気分で、今年最後の下宿のご飯を味わいました。
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