第217話 アクシデント

 皆さん、おはよーございます。

 僕は今、バルシャニア帝国の帝都、グリャーエフに来ています。


 帝都グリャーエフは、蛇行する川の流れを天然の水堀とした宮殿を中心に放射状に栄えているようです。

 宮殿は、玉ねぎ状のドームを持つ壮麗な建物で、チョウスクの宮殿を何倍にもした規模があります。


 今朝は、朝食を済ませた後で、リーゼンブルグに道中の手配をするように命じた事をセラフィマに伝えに来たのですが、グリャーエフはヴォルザードから見ると、リーゼンブルグを間に挟み、更に西に位置しているので時差があります。


 セラフィマは、まだグッスリと夢の中のようです。

 大き過ぎるのではと思うベッドの中で、淡いピンクの寝具に包まって小さな寝息を立てている様子は、まるで妖精のようです。

 セラフィマの足元では、ヒルトが丸くなって眠ってますね。


 白いサラサラの髪に、丸っこいトラ耳が時々ピクっとするのも堪りません。

 断わりも無く寝顔を覗くなんてマナー違反なのでしょうが、やっぱり見ちゃいますよね。


 てか、抱き締めちゃっても良いですかね、だって僕の所にお嫁に来るんですよね。

 まだ駄目? そうですよねぇ……駄目ですよね。

 セラフィマの寝顔を堪能していると、寝室のドアがノックされました。


「セラフィマ様、朝でございます」

「ん、んんーっ……」


 入室してきたメイドさんが部屋のカーテンを開け放っていくと、長い睫毛を瞬かせて目を開いたセラフィマは、眠り足りないとばかりに枕に頬を擦り付けました。

 ちょっと、その枕と交代させてもらえませんかね。

 眠たそうに目を擦りながら起き上がったセラフィマは、淡いピンクの寝巻きを身につけていました。


「セラフィマ様、御召し替えを……」


 ベッドから抜け出たセラフィマは、寝巻きのボタンを外すと、ストンと足元へと脱ぎ捨てました。

 ひぃ……着替えを覗いていたら、クルっと振り向いたセラフィマに睨まれました。


「いかがいたしましたか?」

「いいえ、何でもありません」


 セラフィマは、首を傾げて少し考えた後で、髪を大きくかき上げると、こちらに向き直って、悪戯っぽい笑みを浮かべて見せました。

 これ覗いてるのバレてるよね。


 何でだろうって思ったら、ヒルトがこっちを見て思いっきり尻尾を振ってます。

 うわぁ……出て行きにくい、めっちゃ気拙いですよ。

 でも、着替えを済ませたセラフィマから声を掛けられれば、出て行かない訳にはいきませんよね。


「おはようございます、ケント様? その髪は?」

「お、おはようセラ、これは、全属性を手に入れたら、こんな感じになって……」

「そうでございますか、でも、いらしてらしゃるならば、お声を掛けて下さればよろしいのに……」

「い、いや、丁度着替えを始めたところだったから、覗いたらいけないと思って」

「ケント様であれば、お見せしても構いませんのよ」

「いやいやいや、まだ結婚した訳でもないし、そういうのはその、ちゃんとしてからじゃないと……」

「ケント様は、意外と奥手でいらっしゃいますのね」


 すっと身を寄せてセラフィマは、そのまま流れるような動作で僕の腰に腕を回してきました。

 うん、メイドさんの視線が痛いのですが、セラフィマは気にならないのかね。


「んっ……ケント様、朝食はお済ですか?」

「うん、もうヴォルザードで済ませて来た」

「では、お茶だけでもお付き合いいただけますか?」

「喜んで……」


 と言ったものの、お茶をいただく席には、バルシャニア皇帝一家が勢揃いしていました。

 皇帝コンスタン・リフォロス、 第一皇子グレゴリエ、第二皇子ヨシーエフ、第三皇子ニコラーエ、第四皇子スタニエラ、そして皇妃リサヴェータ。


 第二皇子のヨシーエフは、スラっとした長身で、いかにもキレ者という風貌です。

 第四皇子のスタニエラは、良い子の皮を被ったイタズラ小僧という感じです。


 そして、后妃のリサヴェータは。本当にセラフィマの母親かと思うほどに豊満なスタイルの持ち主です。


「と、突然の訪問、失礼いたしました。それと、初めてお目に掛かります、ケント・コクブです」

「いいや、構わぬぞ。ギガースを討伐して、バルシャニアを救った英雄にして、セラフィマの婿となる男だからな」


 いや、構わないとか言いながら、歯軋りしそうな顔で睨んでるじゃないですか。

 グレゴリエも、ニコラーエも、スタニエラも噛み付きそうな顔してるし、ヨシーエフも氷みたいな眼差しを向けて来てますよね。


「まぁまぁ、貴方がケントさんなのね。夫達の話では、傍若無人の無礼者だと聞かされていたので心配でしたけど、そう、あなたが……」


 僕に向かって優しげな眼差しを向けていたリサヴェータさんが、スッと視線を向けた途端、皇帝コンスタンの巨体がビクっと震えましたね。


「あなた、朝食の後でお話がございます」

「い、いやぁ、今日は年越しに際しての打ち合わせが……」

「ヨシーエフ、代わりに済ませておきなさい。これでよろしいですね」

「い、いや……やはり皇帝として……」

「よろしい、で・す・ね!」

「わ、分かった……」


 うん、今のやり取りだけで、バルシャニアの実権を握っているのは誰なのか、よーく分かりました。


「んっ、うっほん、で、今日は何用があってまかり越した?」

「いえ、大した用件ではなくて、セラフィマ……痛っ、えっと、セラの輿入れの際にリーゼンブルグに道中の便宜を図るように命じておいたと伝えに来ただけです」


 セラフィマは、僕の右腕をシッカリとホールドしていて、セラと呼ばなかったら抓られました。


「まぁまぁ、ケントさんは、リーゼンブルグに対して命令を下せるのね」

「いえ、次期国王のカミラは、色々と僕に借りがあるので頭が上がらないだけです」

「まぁ、それではケントさんがリーゼンブルグの実権を握っているようなもんじゃないですか」

「いえ、余程目に余るような政策を行わない限りは、リーゼンブルグの国内問題に口を挟むつもりは有りませんよ」

「なるほど……セラの言う通り、野心家ではないようね」

「はい、正直に言って一国の王とか面倒そうなので、なりたいとは思いません」


 僕の言葉を聞くと、リサヴェータさんはふっと眉をひそめました。


「それでは貴方は、類い稀な才能を使って気ままに暮したいと思っていらっしゃるのかしら?」

「はい、おっしゃる通り……なんですが、今日も、この後やらなきゃいけない事が山積みでして、もしかすると寝るのは明日の明け方になるかもしれません。と言うか、気まま生活が出来るようになる気が全くしないのですが、どうしてですかね……はぁ」

「うふふふ、なるほどね、少しだけ貴方という人が分かった気がします。それだけの才能を持っている以上、頼られるのは避けられませんし、無下に断われない性分なのでしょう。確かに貴方は一国の王として君臨するのではなく、野にあり、民の中にあって力を発揮される方なのでしょうね。セラ、しっかりと癒して差し上げるのですよ」

「はい、母上」


 セラフィマが、キュッと僕の腕を抱きしめてきました。

 うーん……何だか色々握られちゃいそうです。


「ヨシーエフ、ギガースの骨格を展示する準備はどうなっています?」

「はい、頭蓋骨などの一部は洗浄と表面処理、そしてアンデッド化せぬように呪術処理を終えましたが、全体の二割ほどに留まっております」

「頭蓋骨の処理が終わっているなら、それだけでも構いません。新年の祝賀に宮殿を訪れる民の目に触れるように、目立つ場所に展示なさい」

「畏まりました」

「それと、ケントさんの功績とセラフィマとの婚儀、そして、乱を嫌い義に厚く、和を尊ぶ人物だと広めなさい」

「母上、それではムンギアに恫喝と受け取られかねません」

「構いません。恫喝と受け取るのは、それだけ疚しい思いがあるからです。我々は、彼らに無理な要求をしている訳ではありません。それでも我々に仇するならば、受けて立つだけの意志を示しなさい」

「はっ、畏まりました」


 えっと……バルシャニアの皇帝ってコンスタンさんでしたよね。

 何ですか、そのこっちを見るなと言う表情は。

 と言うか、実質の皇帝ってリサヴェータさんですよね。


 チョウスクでリーゼンブルグ侵攻を計画している時も、ライネフでギガースと対峙している時も、皇帝がこんな前線まで出て来ちゃって大丈夫なのかと思っていたのですが、こういう裏があったんですね。

 まぁ、尻に敷かれているという点では、僕は人の事は言えないんですけどね。


「では、ケントさん。新年の祝賀が明けた頃に、セラの輿入れを行いますが、宜しいですね」

「あの、家がまだ……土地と庭は出来たのですが、建物がまだでして……」

「それは、ヴォルザードの迎賓館を借りられると伺っていますが」

「はい、その通りです」

「では、問題はございませんね」

「はぁ……」


 セラフィマからも逃げられなかったのに、リサヴェータさんの押しに敵う訳ないですよね。

 てか、コンスタンさん、バルシャニアの皇帝なんだから、僕に向かってざまーみろみたいな顔しないで下さいな。


 この後、ほかのお嫁さんは、どんな人なのかと、リサヴェータさんから根掘り葉掘り追及され、カミラとの関係も嗅ぎ付けられまして、非常に居心地の悪い時間を過ごしました。


 是非、昼食を一緒にと言われましたが、帰還作業を行う時間が迫っていたので、またの機会とお断りしてヴォルザードへと逃げ帰りました。


 帰還作業を行う予定の訓練場には、今日帰還する人だけでなく、多くの同級生と先生が集まっています。

 闇の盾を出して表に出た途端、大声で怒鳴られました。


「遅いぞ国分、どこをほっつき歩ってたんだ、早く始めないか」


 声の主は視線を向けなくても中川先生だと分かりました。


「すみません、すぐに準備を始めますんで……」

「何だと、これから準備するなんて、今まで何をやってたんだ、お前は!」


 歩み寄って来ようとする中川先生を加藤先生が止めてくれましたが、先日よりも更に目の下のクマが濃くなり、頬はコケ、目には尋常でない光が宿っているように見えます。


「中川先生、国分にも色々な事情があるのです。それでも帰還出来るように、これまで頑張って来たのですから、辛抱して下さい」

「分かってる、分かっているが、我々だって待たされ続けて……」

「まぁまぁ……」


 加藤先生が中川先生を抑えている間に、帰還の準備を進めます。

 梶川さんに電話を掛けると、いつものようにワンコールする前に繋がりました。


「やぁ国分君、そろそろ掛かって来る頃だと思っていたよ」

「はい、帰還作業を、昨日と同じ様に行いたいのですが、かまいませんか?」

「こちらの受け入れ準備は、いつでもOKだ」

「分かりました、では、一旦そちらにゴーレムの設置と、モニターなどの受け取りに伺いますね」

「了解だよ」


 一度、練馬駐屯地に足を運び、無線機とモニターを受け取り、倉庫に目印となる闇属性ゴーレムを設置しました。

 ヴォルザードに戻って、モニターを唯香に預け、帰還する人だけでなく、集まっている同級生達にも召喚術、送還術について説明を行いました。


「これから送還術を使って、まず五人を練馬駐屯地へと送るけど、絶対に守ってもらいたい事があるから良く聞いてね。召喚術、送還術は、僕が認識した一定の範囲をそっくり移動させる魔術です。では、その範囲からはみ出してしまったらどうなるか……」


 ここで用意しておいた太い木の棒を出して、途中の部分までを送還術で移動させます。

 カラカラと音を立てて落ちた棒の切れ端に、同級生達の視線が集まりました。


「この通り、スッパリと切れちゃいます。送還を行う時には、予め範囲を指定して、その範囲よりも少し広めの範囲を移動させるけど、絶対その範囲から出ないでね。腕や脚でもスッパリと切れて無くなっちゃうからね。実際、実験中にはゴブリンが縦に真っ二つになった事もあったんだから、これはネタ振りじゃないからね。マジでやめてよ」


 さすがに現物を見せて実演しただけあって、同級生達も真剣な表情をしています。

 まぁ、これならば大丈夫でしょうし、範囲は広めに設定するつもりです。


「じゃあ、最初の五人、準備してくれるかな」


 最初の五人は、男子が三人に女子が二人で、渡瀬と藤井が含まれていましたが、顔色は悪く目も虚ろな感じで、憔悴しているように見えます。

 女子の二人は、自殺した関口さんと仲が良かった人達のようですね。


 五人を集めて、その周囲の地面に円を描いて範囲を指定しようとしたら、また中川先生から声を掛けられました。


「おい、国分。五人送還できるなら、六人だって送還出来るよな。俺も先に日本に送ってくれ」

「いや、心配しなくても、ちゃんと二回目の送還で送りますから大丈夫ですよ」

「そんな事を言って、また魔力切れだとか言って倒れるんじゃないだろうな。やっぱり上手く行きませんでしたとか言って、帰還を中止する気じゃないだろうな」

「そんな事しませんよ。大丈夫ですから、待ってて下さい」

「いいや、お前は信用出来んからなぁ……我々を救い出したように言ってるが、実はリーゼンブルグと結託してたんじゃないのか?」


 完全に常軌を逸しているとしか思えない中川先生の言動に、同級生達からもブーイングが浴びせられました。


「うるせぇよ中川、引っ込んでろ!」

「そうだ、そうだ。国分が送るって言ってんだから黙ってろ」

「邪魔すんな、すだれハゲ!」

「何だと! 今言った奴、前に出て来い!」


 中川先生のせいで、騒然とした雰囲気になってしまい、ちょっと送還を始める空気じゃなくなってしまいました。

 慌てて加藤先生が止めに入りましたが、興奮した中川先生は、なかなか収まりません。


「中川先生、落ち着きなさい。このままでは帰還が遅くなるばかりですよ」

「加藤先生、こんな教師を教師とも思わない言動をですな……」

「それは日本に帰ってから、みっちりと説教すれば良いでしょう、今は帰る事を優先しましょう」

「しかし、本当に二回も送還が出来るのですか? 国分の言う事は信用出来るのですか?」

「信じましょう、今までも我々は国分に助けられてきたじゃないですか」

「しかしですねぇ……」


 柔道の有段者である加藤先生は、なかば強引に中川先生を引き摺りながら、僕に進めろと合図を送ってきました。

 確かに、今のままでは埒が明かないので、最初の五人を送ってしまいましょう。


「じゃあ、最初の五人集まって。このラインからは絶対に出ないでよ。梶川さん、五人を送還しますので、よろしくお願いします」

「了解、いつでも良いよ」

「じゃあ、始めますね」


唯香に持ってもらったモニターに映った目印用のゴーレムを確認し、目を閉じて感覚的に場所を補足、目を開いて五人の位置を確認して送還術を発動させました。


「送還……あぁっ!」


 送還術を発動しようとした時に、視界の端から飛び込んで来る影が見えましたが、魔術を途中では止められません。

 猛然と走りこんで来た中川先生に突き飛ばされる形で、女子の一人が送還範囲から、身体半分よろめき出てしまいました。


 咄嗟に隣に立っていた女子が引き戻しましたが、右足がはみ出したままでした。

 スッパリと膝の上で切断された右足はヴォルザードに残され、体は日本へと送られてしまっています。

 訓練場に一瞬の静寂が訪れた後で、悲鳴と怒号が渦巻きました。


「ちくしょう、何やってんだよ。唯香、マノン、足の切断面を洗浄しておいて。あの子は連れ戻して、こっちで治療するから」


 返事も待たずに闇の盾へと飛び込んで、一気に練馬駐屯地の倉庫へと移動しました。


「いやぁぁぁぁ……足が、足がぁぁぁ……」


 足を切断されてしまった女子は、悲鳴を上げながら蹲っています。


「国分君、国分君! どうした、一体何が起こったんだ!」

「梶川さん、送還する直前に中川先生が急に飛び込んで来て、女子が一人押し出されてしまったんです」

「これは、送還の範囲から出てしまったって事なのか?」

「はい、こうした事態が起こり得ると、くどい程説明したのですが……」

「ふざけんな! 手前教師のくせして何やってんだよ」

「いや、私は……ぐはぁ!」


 事故の原因を作った中川先生は、渡瀬達に取り囲まれてボコられ始めていますが、そっちは無視します。

 影収納から細目のロープを取り出して、切断された右足の付け根を縛り、止血を試みますが、出血が止まりません。


「国分君、どうするつもりだい?」

「一旦ヴォルザードに連れ帰って、治癒魔術で接合を試みます。ねぇ、このゴーレムの範囲から出ないように彼女を押さえていて」

「分かった、早くして、お願い……」


 無事だった女子に、足を切断してしまった女子を押さえてもらいます。


「藤井! この子達をヴォルザードに戻して治療するから、このゴーレムの範囲から離れて、誰も近付かせないで!」

「分かった、任せろ!」

「梶川さん、戻ります」

「分かった、こちらは任せてくれ」


 急いでヴォルザードに戻ると、切断された足を唯香が支え、切断面をマノンが水属性の魔術で作った水で覆っています。

 モニターを確認して、目印用のゴーレムの中に、呼び戻す女子達が収まっているのを確認して召喚魔術を発動しました。


「召喚!」


 召喚魔術は無事に成功して、二人の女子が戻ってきました。


「マノン、彼女の足も洗浄できる?」

「うん、任せて、マナよ、マナよ、世を司りしマナよ、集え、集え、我が手に集いて癒しの水となれ」


 マノンの両手の間に生み出された水球は、仄かな光を放っているように見えます。

 その水球で傷口を覆うと、水の圧力なのか出血が止まり、痛みが和らいだのか足を切断してしまった女の子は、食いしばっていた歯を緩めて、酸素を求めて荒い呼吸を繰り返しました。


「よく聞いて。これから切断してしまった足の接合を試みるけど、僕も初めての治療だから協力して。自分の足が繋がって、元の通りに動くんだって、強く強くイメージし続けて、分かった?」


 言葉を返すのも辛いのか、ガクガクと頷いたのを確認して、接合を始めました。


「マノン、そのまま水球を維持してもらえる?」

「分かった、大丈夫だよ」

「唯香、足を……」

「はい」


 唯香から手渡された足は、剣の達人でも無理だろうと思えるほどスッパリと綺麗に切断されていました。

 切断された足を慎重に切断面に合わせていくと、繋がった場所では身体の方まで治癒魔術が流れて行くのが分かります。


 微妙に位置をずらし、繋がっていくところを増やしながら、治癒魔術を流し続けます。

 骨も神経も筋肉も、元通りに繋がるように、傷一つ残らないようにイメージしながら全力で治癒魔術を流し続けると、傷口は淡い光を放ちながら接合していきました。


 僕が足の接合に集中している間、唯香は失血を補うように治癒魔術を掛けています。

 時間にすると二十分程度だったでしょうか、足は傷跡すら残さずに元通りにくっ付きました。


「どうかな? 動かしてみて」

「う、動く、動くよ……」


 膝を曲げたり伸ばしたり、足首を回してみたり、見ただけですが上手く接合出来ているように見えます。


「痛みとか、違和感は?」

「痛みは……全然無い。凄い……嘘みたい、信じられない」


 一度は足を失った女子が、呆然と接合した足を見詰めた時点で成功を確信しました。

 と同時に、張り詰めていた緊張感が切れて、視界がグラっと揺れます。


「健人、しっかり!」

「ありがとう、ちょっと疲れた」


 よろけた身体を支えてくれた唯香は、そのまま小さな声で詠唱すると、僕に治癒魔術を掛けてくれました。

 近くで治療を見守っていた加藤先生に声を掛けました。


「先生、二度目の送還は無理です。それに、ちょっと安全対策を考えないと、このまま再開するのは怖いです」

「そうだな。私達の方でも対策を考えよう。国分、今日はもう休んでくれ」

「はい、そうさせてもらいます」


 加藤先生が、集まっていた同級生達を解散させ始めましたが、何人かはスマホを構えて撮影していたように見えました。

 緊急事態だったので、そっちまでは気が回りませんでしたが、何だか嫌な予感がしますね。

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