第209話 グラシエラ

 久々の下宿での朝食は、いつもと同じようでいて、いつもとちょっと違っていました。

 理由は、今日をもってメリーヌさんの修行は終了、年明けからはお父さんが残してくれた店を再開するからです。


 二ヶ月と少々、自宅からの通いとは言え、朝の仕込みから夕方の片付けまで一緒にいたメリーヌさんが居なくなってしまうので、メイサちゃんは寂しそうです。

 昨日、久々に帰宅した僕にベッタリだったのは、この影響もあったのですね。


「メイサ、何を湿気た顔してんだい。強力なライバル店が現れるんだよ。そんな景気の悪い顔してたらお客をみんな取られちまうよ」


 メリーヌさんという看板娘が居ながら店が繁盛していなかったのは、父親の後を継いだ弟、ニコラの料理の腕前が今いちだったからです。


 それが年明けからは、アマンダさん直伝の味付けに変わるのですから、すぐに行列の出来る店になるんじゃないですかね。

 少なくともカルツさんは、間違いなく通い詰めるでしょうし。


「メリーヌさん、お店は一人で営業するんですか?」

「ええ、最初は一人でやってみて、忙しくなるようならば、店員さんを雇うことも考えるわ」

「あのぉ……ちょっと聞きにくい事なんですが、弟さんは……?」

「うん、ニコラは、冒険者になるんだって、毎日ギルドに通っているみたい」

「毎日ギルドに通って、講習とか受けてるんですか?」

「うーん……あんまり詳しく話してくれないんだけど、どこかのパーティーの見習いをしているとか……」


 どこかのパーティーと聞いて、真っ先に思い浮かべたのは、フレイムハウンドの三人ですが、ヴォルザードのギルドに出入しているパーティーは、フレイムハウンドだけではありません。


 むしろ、別のパーティーである可能性の方が高いのですが、折りを見て調べてみた方が良いかもしれませんね。

 朝食が済んだ後、夕方に帰還作業を行うまで時間があるので、ちょっとネットの状況を覗いてみました。


 以前、梶川さんが政府の情報統制に付いて話してくれましたが、その時の話では、都合の悪い情報を削除するのではなく、正しい情報を流して誤解を解いていく方法だと説明されました。


 たぶん、今回も基本的なやり方は同じなのでしょうが、どうも上手くいっていないようです。


 そもそも今回の場合は、実際に存在している治癒魔術の存在を認めないという日本政府の姿勢が問題視されている訳で、正しい情報を流すという事は、自分達の非を認めてしまう事になります。


 それに加えて問題なのは、ヴォルザードと日本との間で通信が出来るようになり、同級生達が情報を流してしまっているのです。

 同級生の中には、僕がリーゼンブルグの騎士に串刺しにされた事や、高城さんに首を切り落されそうになった場面を目撃した人が居ます。


 その他にも、僕が治癒魔術を使っているのを見た人も居ますし、そうした人から、僕が強力な治癒魔術を使えるという情報が流れてしまいました。

 そして、同級生の中には、僕に対して反感を抱いている人達も居るらしく、クラウスさんやギルドとの関係を捻じ曲げた情報も提供されているようです。


 悪意のこもった情報が流れる一方で、僕を擁護してくれる意見も少なからず流されているみたいですが、これによってネット上で対立の構図が生まれていました。

 片方が情報を流せば、それを否定する情報が流され、真偽も分からないままに、売り言葉に買い言葉という感じで対立がエスカレートしています。


 間が悪い事に、日本では大きな事件や事故が起こっていないらしく、清太郎ちゃんに関する話題がマスコミ関連の中心となってしまっているようです。


「こんなの火消しできるのかなぁ……」

『ケント様、随分といい加減な話が、さも実際にあったように書かれていますが、宜しいのですか?』

「うん、日本では、報道の自由とか、言論の自由が保障されているので、それを履き違えてる人が少なくないんだよ。誰でも自由に情報を発信できてしまうから、面白半分で不確かな情報を書き込む人が居て、それを見て信じちゃう人もいるから、デマとかも伝わりやすいんだよね」

『それでは、情報を調べる者が困らないのですか?』

「困るのは困るけど、最初から嘘の情報も混じっている可能性も考えなきゃいけないのが現状なんだよね」


 まだ日本に居た頃にも、フェイクニュースなんて言葉を良く耳にしていましたが、まさか自分が当事者になるとは思ってもいませんでした。

 もう一方の当事者、福沢選手と神林選手は、沈黙を守っているようで、治療に関しては完全にノーコメントを貫いているようです。


 それにしても、今回の話をリークしたのって、坂口医師なのかな、それとも別の病院関係者なのか、個人情報を漏洩させちゃってるけど、大丈夫なのかね。

 いずれにしても、ここまで大々的な問題になってしまっては、僕が何かを言ったところで収まりそうもないので、ネット上での情報検索は打ち切りました。


「さて、夕方まで何しようかな……そうだ」


 こちらも忙しさを理由にして、放置したままの自宅用地を見に行く事にしました。

 たぶん眷族のみんなが作業を進めてくれていたから、造成も壁も作り終えているはずですが、確認は必要ですからね。


『ケント様、お時間があるならば、本部ギルドにギガースやヒュドラの件を報告された方が宜しいのではありませんか』

「そうか、クラウスさんには報告したけど、マスター・レーゼにも知らせておいた方が良いか」

『ついでに、ギガースの魔石の件も伝えておけば、年明けのオークションの目玉として、更に値段が吊り上がりますぞ』

「おぉ、そうなれば、バルシャニアに贈る見舞金も増やせるね」


 造成地を見た後で、本部ギルドへと足を伸ばしましょう。

 お昼の仕込みに忙しいアマンダさんに、ギルドに行くと言って下宿を出ました。


 まさか、バッケンハイムのギルドに行くとは思ってないでしょうね。

 人目を避けた路地裏から影に潜りって造成地へと向かうと、城壁まですっかり出来上がっていました。


 更に、手の空いている眷属が集まって、何やら土を掘り返しています。

 その近くでは、ザーエとアルト、ゼータが集まって、何やら相談をしていました。


「みんな、何の相談をしているの?」

「わふぅ、池の場所と広さを相談してました」

「やはり池は広くした方が良いと思いますぞ、王よ」

「池も悪くはありませんが、余り広いと庭が狭くなってしまいます。庭は広い方が良いですよね、主殿」

「いやいや、走り回るならば森で走れば良いだろう。それに皆も暑くなれば水浴びしたいだろう」

「それはそうですが、皆で日向ぼっこする場所も欲しいですし」

「そなたらは、巣穴も広く取っているのではないのか?」

「そうですが、我々は頭数も多いですし……」


 基本的に水辺を好むザーエ達と、走り回るスペースが欲しいアルトやゼータで縄張り争いみたいな感じになっているようです。

 と言うか、コボルト隊とエータ、シータが凄い勢いで土を掘り返してるんですけど。


「えっと、クラウスさんのお屋敷が建つぐらいの土地を残して、あとはみんなの好きにして良いから、喧嘩しないで仲良くね。僕らも夏には水浴びしたいし、日向ぼっこもしたいからさ」

「お任せ下さい。王の居城の場所は、一番日当たりの良い場所を確保してございます」

「わふぅ、周囲はみんなで警戒できるようにするよ」

「ネズミ一匹通さない警備をして御覧にいれます、主殿」

「うん、みんなが、いつも近くにいられるように場所を割り振ってね」


 なんだか、僕の家が出来上がるよりも、みんなの居場所の方が先に完成しそうです。

 コボルト隊やゼータ達は、自分達の巣穴だけでなく、ザーエ達と一緒に池の造成も手がけていて、みんな本当に楽しそうです。


 年末年始の休暇明けには、建築屋のハーマンさんに自宅建設についても訊ねてみないといけませんね。

 みんなの作業の邪魔にならないように、影に潜ってバッケンハイムの本部ギルドへと移動しました。


 次に来る時は、寝所に忍び込んで来いなんて言われましたが、そもそもマスター・レーゼの寝所がどこかも知りませんし、普段の執務室もどこか分かりません。

 探して回るよりも、リタさんに取り次いでもらった方が良さそうですね。


 人気の無い廊下から表に出て、ギルドのカウンターに足を向けました。

 前回来た時には、圧倒されるほど人が溢れていましたが、今日は拍子抜けするぐらい人が居ません。


 前回は夕方、今回は午前中だからでしょうかね。

 人が少ないのは良いとして、どこのカウンターに行けば話が早いのでしょうかね。


 ここは一番美人でスタイルの良い受付嬢さんを選べば良いかも……などと考えていたら、後から声を掛けられました。


「よう、史上最年少のSランカー、今日は何の用事だい?」


 驚いて振り返ると、腕組みをした体格の良い女性が立っていました。

 鬼喰らいの二つ名を持つ、Aランク冒険者グラシエラさんです。


「あっ、グラシエラさん、こんにちは。先日はお世話になりました」


 お礼を言って下げた頭を上げると、グラシエラさんは毒気を抜かれたようなキョトンとした表情を浮かべています。


「君は、いつもそんな調子なのかい?」

「へっ、そんな調子……ですか?」

「あぁ、どうやらそうらしいが、何と言うか、全然Sランクという感じがしないな」

「はぁ……僕もSランクの自覚とか、自負みたいなものは無いですねぇ……」

「ふむ……何だか拍子抜けだなぁ。蒼き疾風の連中を叩きのめしたと聞いたんだがな」

「蒼き疾風……?」


 なんだか中二臭が漂う名称ですけど、聞き覚えが無いですね。


「何だ、君ではないのか? そこの公園で待ち伏せしていた三十人以上を一人で半殺しにしたって聞いたぞ」

「あぁ……ファルだか、フィルだかの属してた集団ですね。それ、話に尾ひれが付いて大きくなってますよ」

「そうなのか?」

「はい、実際の人数は十二、三人でしたし、ちょっと脅しを掛けただけですよ」

「ほぅ、最年少Sランカーというのは本当らしいな?」


 グラシエラさんは、ニヤリと笑うと、手の内を明かしてくれました。

 蒼き疾風というチームは、言うなればグラシエラさんの舎弟分みたいなものだそうで、実際の人数も起こった出来事も直接聞いていたそうです。


 その上で、実際の話よりもオーバーな話をしたら、僕がどんな反応を示すのか試してみたのだそうです。


「すまんな、大勢で少数の者を囲むような卑怯な真似をして。奴らにはキッチリ焼きを入れておいたから勘弁してやってくれ」

「いえ、僕らに実害があった訳じゃないので、気になさらないで下さい」

「そうだろうな。三流冒険者だったら、実際の人数よりも増えていたら、人数を訂正せずに自慢してみせるだろう。だが君は、実際の人数に訂正して、しかも大した事はやっていないように話してみせた。そもそも十人以上の冒険者を相手にして、ダメージも負わずに追い払うなど、本物の実力を備えた者でなければ出来ない芸当だぞ」

「僕の場合は、眷族のみんなが有能なだけですよ」

「何を言うか、グリフォン討伐の中心的な役割を果たし、ゴブリンの極大発生の時には、強力な魔物を指揮してヴォルザードを守ったと聞いているぞ」

「いやぁ……たまたまですよ。たまたま」

「謙遜も、程ほどにしておいた方が良いな。普通の冒険者が、あのブランをビビらせるほどの魔物を使役するなんて事はあり得ないからな」


 とは言われても、俺がSランク冒険者のケント様だ……なんて、ふんぞり返って自慢するのは柄じゃないですよね。

 てか、知られていないだけで、ブランは結構ビビりですよ。


「それで、今日はバッケンハイムのギルドに何の用だい? またマスター・レーゼに面会かい?」

「はい、ちょっと魔物関連の報告をしようかと……」

「魔物関連? それはバッケンハイムにも影響がありそうか?」

「うーん……現時点では、直接の影響は考えにくいですが、まったく無関係とは言い切れきれませんね」

「そうか……その報告に、私も同席させてくれないか?」

「えっ、グラシエラさんも……ですか?」

「そうだ。内容に関しては決して口外しないと誓約する。駄目か?」

「うーん……何か理由があるんですか?」

「あぁ、少し気になることがあってな、少しでも情報が欲しい状態なんだ」


 グラシエラさんの話によると、バッケンハイム南西の森で、オーガの目撃例が増えているそうです。

 バルシャニアのギガース騒動、ラストックでのヒュドラ騒動は、距離を考えれば直接的な影響があるとは思えません。


 ただ、南の大陸で起こっている事態が、何らかの影響を及ぼしているかもしれないという思いも完全には捨て切れません。


「分かりました。僕から提供できる情報に制限は付けさせてもらいますが、それでも良ければ同席して下さい」

「そうか、恩に着るよ。最年少Sランカーの戦い振りを聞くチャンスなど、そうそうは無いだろうからな」


 グラシエラさんは、ニヤリと口元を緩めて見せましたが、戦いぶりについても全部は説明出来そうもないですよね。

 大型の槍ゴーレムでドーンして片付けました……何て言っても、意味不明でしょうし。


 グラシエラさんと一緒にカウンターへ行き、リタさんを呼んでもらうと、当然ながら怪訝な顔をされてしまいました。


「シェラ、あなた何か企んでいるんじゃないでしょうね?」

「おいおい、リタ、疑うなんて酷いじゃないか。私はバッケンハイムの事を思ってだな……」

「はいはい、分かったわ。ケントさんが了承されているならば構わないわ」


 ギルドのランクでは、僕の方が上になりますが、見た目だけならグラシエラさんの方が絶対に強そうに見えますもんね。

 リタさんの案内で、マスター・レーゼの執務室へと向かいました。


 普段であれば、この時間であっても面会希望者が引きも切らない状態だそうですが、年末の休暇期間に入っているので、緊急の相手以外は取り次がないし、面会を求める側も配慮しているのだそうです。


「なんじゃケント、シェラに手籠めにされた報告でもしに来たのかぇ?」


 マスター・レーゼは、暖房の良く効いた部屋で、ソファーに横たわりながら、長い煙管を燻らせていました。

 服装は、いつものように露出度の高い踊り子風の衣装ですね。

 傍らのソファーには、護衛のラウさんが置物のように、ちょこんと座っています。


「マスター・レーゼ、人聞きの悪い事は言わないでくれ。私が身体を差し出すのは、私より強い男と決めているのは知っているだろう」


 えぇぇ……それじゃあ、グラシエラさんは一生独身……うひぃ、睨まれました。

 僕、何も、考えてないよ、ホントだよ……


「くっくっくっ、ならば、尚更お誂え向きではないか。ケントは、そなたよりも強いぞ」

「いや、強力な魔物を使役していると、舎弟どもからも聞いているが、私が求めているのは自身の強さであって、総合力という訳ではない」

「ふふふふ、ならばラウにでも相手をしてもらうかぇ?」

「良いな。ラウ氏であれば、私も異存は無い」

「ほっほっほっ、年寄を揶揄うでないぞ、そなたの相手などしたら、足腰が立たなくなるわい。それに、ワシよりもケントの方が遥かに強いぞ」

「ラウ氏よりも強い……?」


 たぶん、グラシエラさんは、ラウさんと手合わせをした事があるんじゃないですかね。

 そのラウさんよりも僕が強いと言われても、納得出来ないのも当然でしょう。


「それでケントよ、今日は何用があって参ったのじゃ?」

「はい、バルシャニアと、魔の森のリーゼンブルグ側に大型の魔物が出たので報告に来ました」

「ほう、大型の魔物とは何じゃ?」

「バルシャニアにはギガースが現れて、街に大きな被害が出ています」

「ギガースじゃと!」


 それまでは余裕の表情を浮かべていたマスター・レーゼは、身体を起こして座り直すと、表情を引き締めて続きを促しました。

 ラウさんや、グラシエラさんも厳しい表情を浮かべています。


 ライネフで行われたギガース討伐の様子を、被害の人数や攻撃方法などをボカして話すと、マスター・レーゼとラウさんは笑みを深め、グラシエラさんは怪訝な表情を浮かべました。


「ケント、そのギガースどもは、南の大陸から海を越えて来たのじゃな?」

「はい、そうだと思いますが、どうやって海を渡って来たのかは分かりません」

「なるほど、これは、ますます南の大陸の様子が気に掛かるのぉ」

「あちら側まで行ってみようかとも思ったのですが、普段の様子が分からないので、行っても違いが分からないと思うのですが……」

「そうじゃな。正常な状態が分からなければ、異常には気付けぬかもしれぬのぉ」

「それでですね。討伐したギガースの魔石を年明けのオークションに出したいのですが」

「ほぉぉ、それは楽しみだのぉ、その魔石、今ここで見る事は可能かのぉ?」

「はい、構いませんよ……」

「ちょ、ちょっと待ってくれ!」


 マスター・レーゼと話を進めていたら、グラシエラさんが割って入って来ました。


「どうしたぇ、シェラ?」

「マスター・レーゼもラウ氏も、彼の話を信じているのですか?」

「何じゃ、何か不審な点でもあったかぇ?」

「ありますよ。バルシャニアの軍が総掛かりで攻めて倒せない相手なんですよね? それを『僕の攻撃で倒しました』で納得するんですか? どんな攻撃なのかとか、どれ程の威力なのかとか、確かめたりしないのですか?」


 グラシエラさんの訴えを聞いたマスター・レーゼとラウさんは、どうするんだと訊ねるような視線を向けて来ます。


「えっと、攻撃は大きな槍を作って、それを空から落として串刺しにする感じですね」

「槍を空から落とす……そんな程度でギガースを倒せるのか?」

「まぁ、槍の大きさと落とす高さにもよりますけどね」


 口で説明しただけでは、納得しそうも無かったので、鞘に入ったままのナイフを闇の盾経由で天井近くから落として見せ、ついでにギガースの魔石を見せると、ようやく納得したようでした。


 僕が抱えても持ち上げられないほどの大きさの魔石には、三人とも目を見張っていました。


「これほどの大きさの魔石は、我も初めて見るぇ」

「ほっほっほっ、長生きはしてみるものじゃのぉ」

「これは、一体いくらの値段が付くのか想像も出来んな」


 魔石を影収納へと片付けた後、ラストックを襲ったニブルラットの群れとヒュドラの話をすると、再び三人は表情を引き締めました。


「ギガースにヒュドラ、それにグリフォンもか……ケントがおらなんだら、こちらの大陸まで魔物の版図になっておったかもしれんのぉ」

「マスター・レーゼ、南の森でオーガの目撃が増えている件も関係しているのでしょうか?」

「さぁてのぉ……」


 グラシエラさんの問いに、マスター・レーゼは煙管に新しい葉を詰めて火を点し、ゆっくりと紫煙を味わいながら考えを巡らせました。


「オーガが増えているとしても、それを南の大陸の影響だと断ずるのは難しいのぉ。それよりも、南西の森に未発見のダンジョンでも出来たと考えた方がシックリくるじゃろう」

「ダンジョンって、ある日突然出来たりするものなんですか?」

「ダンジョンが、どのようにして出来るのかは、良く分かっておらん。あくまで一般論としては、地中に魔素が溜まり、それがコアとなってダンジョンが生まれると言われておるが、その瞬間を目にした者は居ないから、分からないとしか言いようがないのぉ」


 ダンジョンが出来る仕組みは分かっていませんが、森の中にいつの間にかダンジョンが出来ていて、そこから魔物が湧いて出て来る事はあるそうです。


 そうした場合には、特定の種類の魔物の数が増える傾向があるそうで、オーガの目撃例が増えているのは、それが原因の可能性が高いとマスター・レーゼは考えているようです。

 マスター・レーゼの考えを聞いて、グラシエラさんは不安を口にしました。


「オーガだけならば良いが、ロックオーガが大量に押し寄せて来るような状況は考えたくないな」

「そうか、バッケンハイムはヴォルザードと違って、高い城壁で守られていませんもんね」

「日が落ちてから街に接近されて入り込まれでもしたら、目も当てられない状況になるだろうな」


 オーガだけでも一般の人にとっては十分に危険ですが、赤くなったら性能三倍という訳じゃないですが、ロックオーガとなると更に危険度が増します。

 おそらくAランク冒険者のグラシエラさんならば、単独でもロックオーガを討伐出来るでしょうが、広範囲に散らばってしまった場合には対処は困難を極めそうです。


 ヴォルザードでも十八年前には大きな被害が出ているそうですから、城壁の無いバッケンハイムでは更に被害は大きくなりそうです。


「バッケンハイムは学園都市ですけど、学生さんの避難体制とかは作られているんですか?」

「学校や寄宿舎の建物は頑丈に作られているから心配はいらんぇ。ただし、頑丈ゆえに監獄などと揶揄する者もおるがのぉ」


 年が明けて、新学期が始まれば、ヴォルザード家の次男、バルディーニはバッケンハイムに戻ってくるはずです。

 何かあったらベアトリーチェが悲しみますし、一応、義理の兄になる予定の人ですから、対策を考えておいた方が良いかもしれませんね。


 ギガースの魔石は、年明けに改めて持参する事にして、ヴォルザードへ戻りました。

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