第207話 治療行為の余波

 僕が動けなくなっている間も、眷族のみんなは活動を続けてくれました。

 コボルト隊とゼータ達は、魔の森に居る魔物の密度が、以前と同じ程度になるように、大きな群れはバラけさせ、全体を南に押し下げるように連携して活動。


 ザーエ達は、ラストックの近くに入り込んだ大型の魔物を選んで刈り取り、魔石や素材を回収していたそうです。

 フレッドは、ハルトと共にカミラを警護しつつ王城での情報の収集。

 バステンは、アーブルの屋敷に飛んで様子を探っていたそうです。


『じゃあ、そのへーゲルという家宰とトッドという男が中心になってカルヴァイン家を動かしているの?』

『はい、ヘーゲルが計画を立案し、トッドが実行する感じですね』


 既にカルヴァイン領の屋敷には、アーブルが脱獄した知らせが届いており、受け入れるための準備も進められているそうです。

 アーブルの手下ならば、自分がアーブルに取って代わって実権を握ろうとするのかと思いきや、あくまでも救い出して運命を共にしようとしているらしいです。


 そして、これはカルヴァイン家の中だけにとどまらず、鉱山の元締めなども同意しているらしいのです。


『それだけ、アーブル・カルヴァインという男にはカリスマ性があるって事なのかな?』

『恐らくは、そうなのでしょう』


 鉱山という荒くれ者が集まる土地を治めていくには、そうしたカリスマ性が必要なのでしょうが、アーブルを排除してしまった場合、その後の統治を誰が担当するのか、それが上手くいくのか不安になりますね。


『いっそのこと、アーブルが戻って来たら、大型の槍ゴーレムを使って屋敷ごと吹き飛ばしちゃおうか?』

『ケント様、さすがにそれは……』

『駄目かなぁ……隕石が降ってきたんだよ。天罰だよ……みたいな感じでさ』

『確かに手っ取り早い方法ではありますが、それではリーゼンブルグの根底が変わらないような気がします。そのやり方ですと、ケント様がいらっしゃる間は問題ありませんが、ケント様が亡くなられた後には、また騒乱の火種となりかねません』

『つまり、リーゼンブルグ王国が自浄作用を発揮しないと駄目ってことか』


 もう何だか面倒くさくなってしまって、手っ取り早く槍ゴーレムでドーンしちゃおうかと思ったのですが、バステンに止められちゃいました。


 アーブル並のカリスマ性となると、真っ先にカミラが頭に浮かびますけど、それは一般市民が対象の場合であって、鉱山の荒くれ野郎とかだと逆に舐められちゃいそうな気がします。


 ディートヘルムでは線が細すぎて、これまた舐められそうだし、グライスナー侯爵は色々と深く物事を推察してくれていますけど、見た目がメタボな犬のおっちゃんなので、威厳とか迫力に掛けるんだよねぇ。


 なんだかリーゼンブルグって、王家も貴族も人材不足じゃないの? それとも僕が知らないだけで、傑物が居たりするのかな?


 ラストックの孤立化については、ザーエ達の活動に加えて、グライスナー侯爵家が救援物資の提供や、往来する馬車の警護などを買って出てくれたおかげで、解消に向かっているようです。


 魔物に踏み荒らされた街の被害は大きく、復興には時間が掛かりそうです。

 前回、オークの群れに襲われた時には、一部の建物は壊されたりもしたそうですが、オークの目的は人を襲って食べる事だったので、建物の被害は限定的でした。


 ところが、今回のニブルラットの目的は隠れ家の確保だったので、殆どの建物にニブルラットが入り込み荒らしていったようです。

 建物の出入り口や壁、そして家財道具、生活用具に多くの被害が出ているようで、市民生活の回復には手間取りそうです。


 同じような状況がヴォルザードに発生して、大量のニブルラットに入り込まれていたら、どれ程の被害になっていたのか想像も出来ません。

 年末を控えた時期だけに、これまで以上に極大発生への注意が必要ですね。


『ねぇ、ラインハルト。南の大陸の様子を探った方が良いのかな?』

『そうですなぁ……グリフォンやギガースに加えてヒュドラまで姿を見せる状況は、ただ事でないのは確かです』

『クラウスさんやドノバンさんは、南の大陸で何かが起こっていると思っているらしいし、それを確かめておいた方が良いんじゃない?』

『それは仰る通りだとは思いますが、偵察を行うにしても範囲が広すぎますし、もともと魔物が支配する土地だけに、見ただけで異常を察知できるのかも分かりません』

『そうか、例えばヒュドラが何匹も居たとしても、それが異常な状態なのか、普通の状態なのかも分からないという事だね』


 南の大陸にも昔は人が暮らしていた時期がありましたが、まだ魔の森に分断される以前のリーゼンブルグとの間で戦争が起こり、その際に召喚された勇者が魔王となった後に支配。


 その魔王が膨大な魔力を撒き散らした影響で魔物の数が爆発的に増え、魔物の支配する大陸となったと言われています。

 普通の人が足を踏み入れれば、魔物の餌になるのがオチで、人間が近付かなくなってから長い年月が過ぎているために、現在の状況は全く分かっていません。


『いっその事、南の大陸と繋がっている場所を槍ゴーレムで吹き飛ばしちゃおうか?』

『ぶはははは、そのような事を考えられるのはケント様だけですし、実行も可能でしょうが、南の大陸との往来が完全に立たれると魔物の数が激減しますぞ』

『そうなると、魔石とか素材に事欠くようになっちゃうか』


 魔物は厄介な存在であると同時に、こちらの世界の生活の基本となっている魔道具を使うためには必要不可欠な存在でもあります。

 魔道具を働かせるための魔石、魔道具を作るための素材、どちらも魔物に依存しています。


『そう言えば、ギガースの魔石をお金に変えて、それを見舞金としてバルシャニアに送ろうと思っているんだけど、ランズヘルトのお金はバルシャニアでも通用するものなの?』

『通常、尤も価値の高い金貨であれば問題無く使えますが、それ以外の貨幣は国境の街で両替するのが一般的ですな』

『なるほど、それじゃあ、ギガースの魔石を金貨に変えれば良いのか』

『ですがケント様、あれほどの魔石はヴォルザードで扱うのは少々難しいと思われますぞ』

『そうか、じゃあマスター・レーゼに色々な報告をするついでに、バッケンハイムで換金しようかな』

『バッケンハイムで行われるオークションに出品なさるのが、一番高価で売れる方法でしょうし、狙い目は年始の休暇が終わった翌日でしょうな』


 こちらの世界でも、いわゆるご祝儀相場なるものが存在しているらしく、年末年始の休み明け最初の取り引きでは、目玉となる商品には高い値段が付くそうです。

 マスター・レーゼにも年明けの挨拶に行かなければならないでしょうから、その時にでも話を通しておきましょう。


 ブースターの効果が切れてから三日間、クラウスさんの御屋敷で、委員長、マノン、ベアトリーチェの世話になりながら過ごしました。

 ようやく身体が動かせるようになった僕には、当然ごとくお説教タイムが待っていました。


 それでも事前に、ラインハルトが一連の状況を筆談で報告してくれたそうで、思っていたよりも短い時間で解放されました。

 とは言え、下の世話までしてもらったので、もはや三人には頭が上がりません。

 と言うか、元々頭は上がらないんですけどね。


 年始のパーティーのために三人が作ったドレスは、フラヴィアさんが届けてくれたそうです。

 本当ならば、受け取るときに試着して見せてもらえるはずでしたが、パーティー本番までお預けになってしまいました。


 きっとフラヴィアさんが三人を魅力的にしてくれるドレスを仕立ててくれたはずですから、今からパーティーが待ち遠しいです。

 一通りのお説教が終わったので、マノンと委員長を送ってから下宿に帰る事にしました。


 ずっと戻っていませんでしたし、アマンダさんやメイサちゃんにも心配掛けちゃってるかもしれませんからね。

 マノンのお母さん、ノエラさんにも心配掛けたお詫びをして、弟のハミルには相変わらずガン無視されました。


「ごめんなさいね。マノンを取られるのが嫌なんだと思うわ。いつまでも子供なんだからねぇ……」

「いえ、それは仕方ないですよ。でも、新年のパーティーには一緒に連れて来て下さい」

「そうね。領主様の御屋敷でのパーティーなんて、なかなか出られるものじゃないから楽しみだわ」


 マノンの家族を誘ったのですから、当然もう一軒の家族も誘わないわけには行きませんよね。

 ガタガタ忙しくしていた事を言い訳にして、先延ばしにしてきた委員長の家族に、いよいよ挨拶に行かなくてはいけません。


「唯香、御両親の都合の良い日を聞いてもらえないかな?」

「うん、分かった……けど、日本との時差が大きくなってない? 大丈夫?」

「それは仕方ないよ。僕の方で調節するから、御両親の都合を優先して」


 委員長を送って、守備隊の臨時宿舎に行くついでに、次の帰還の予定を立てておこうと思い、男子の宿舎に向かう途中で八木に出会いました。

 八木は、僕の姿を見つけた途端、目を怒らせながら早足で歩み寄って来ます。


「国分! 手前の血は何色だぁ!」

「何だよ、まだ合コンの件を根に持ってるの?」

「違ぇよ! とぼけてんじゃねぇ、清太郎ちゃんが可哀相だと思わなかったのかよ!」


 八木は襟元を締上げるように掴み掛かって来ました。


「えっ、せいた……誰っ?」

「とぼけんな、お前がちょっと日本に戻って治療すれば、助けられたんじゃないのか?」

「八木、何言ってるのかマジで分からないんだけど」

「お前、ネットの情報とか見てねぇのかよ」

「忙しかったから、全然見てないや……」


 ヴォルザード家の馬車の護衛、盗賊騒動、崖崩れ、ギガース討伐、カミラ暗殺未遂、ニブルラットの襲来、ヒュドラ退治、三日寝込む。

 うん、我ながら忙しすぎる毎日な気がするね。

 日本との連絡なんて、すっかり忘れていた間に、騒動が持ち上がっていたようです。


 事の始まりは、一週間ほど前に発売された週刊誌のスクープ記事だったそうです。

 とある病院関係者の告白とされる記事の中身は、僕が福沢選手に行った治療の内容を克明に記したものでした。


 名前こそは書かれていませんでしたが、異世界との往来が出来て、魔法が使える少年といった感じで書かれていて、木沢さんの手記などの情報を合わせれば、僕だと分かってしまう内容です。


 右膝前十字靭帯断裂、内側半月坂損傷、現代医学であれば、全治に半年は掛かる怪我が、ほんの十数分で完全に治癒してしまうなど奇跡としか思えないという内容は、国民的な人気スケーターの復活劇と相まって、大きな話題になったそうです。


 そして、その記事を読んで、一縷の望みを託した人が居ました。

 心臓に重篤な障害を抱え、移植手術を受けるしか方法が無いと診断されていた五歳の男の子、藤村清太郎ちゃんの母親が、日本政府に治療を願い出たのだそうです。


 ですが、日本政府からは、そうした治療は行っていないという回答があっただけで、ドナーも見つからず、清太郎ちゃんは一昨日亡くなられたそうです。

 八木から話を聞いて、慌てて貸し出してもらっているスマホを取り出して電源を入れると、十数件のメッセージが届いていました。


 メッセージは全て梶川さんからのもので、日本政府は治癒魔術による治療の存在を認めず、打ち合わせた通りに全て拒否するという内容でした。

 清太郎ちゃんの治療に関しても、実際に何の連絡もしていないので、何か聞かれた場合には知らされていなかったと答えるように書かれていました。


 清太郎ちゃんの死後、母親が一連の日本政府による対応をSNSに書き込み、それが拡散された事で、日本政府のみならず、僕に対しても批判の声が上がっているそうです。


「なんだよ、国分マジで知らなかったのか……てか、拙いんじゃねぇの?」

「いや、拙いと言われても、どうしたもんか、ちょっと聞いてみるよ」


 梶川さんの携帯に掛けると、ワンコールする前に繋がりました。


「国分です。連絡せず、すみませんでした」

「国分君、今どこに居る?」

「ヴォルザードです」

「騒動については知ってるのかな?」

「はい、今聞いたばかりですけど……」

「以前話した通り、日本政府は治癒魔術による治療の存在を認めない方針だから、国分君もそのつもりでいてね。どこのマスコミ相手でも、治療を認めちゃ駄目だよ」

「ですが、梶川さん、ヴォルザードでは治癒魔術を使うしかない状況もあるので、こちらでは有ると言うしかないですよ」


 ヴォルザードでは、日本のように救急医療体制が確立されている訳ではありません。

 カミラの暗殺騒動のように、いつ治癒魔術を使わなければならないか分かりませんし、躊躇していたらそれこそ人の命に関わります。


「そちらでの治療は仕方ないけど、出来る限り治癒魔術を使っている所を撮影されたりしないように気を付けてくれるかな」

「分かりました、緊急の時以外は、周囲に気を付けてから治療します」

「それと、騒動が下火になるまで、日本には戻って来ない方が良いね」

「でも、暫く同級生の帰還も進めていませんし、次に水属性の人と帰還させれば、全属性が手に入るので、場合によっては召喚魔術が使える可能性もありますよ」

「そうか……でも、せめて一週間ぐらいは控えることにしてくれないかな。ちょっと国分君への風当たりが強くなっているので、少し沈静化を図るから待ってくれないかな」

「そうですか……はい、分かりました」


 梶川さんとの通話を終わらせた後、ブラウザを開いてみると、確かに僕に対するネガティブな意見が多く見られました。


 有名人は治療したのに、小さな子供を見捨てた。

 きっと大金を積まれて治療したに違いない。

 自分自身が有名人気取りなんじゃないのか。


 読んでいるだけで気分が滅入ってきます。

 確かに八木の言う通り、これは少々拙い気がします。


 こうしたネット上に溢れる批判的な意見は、当然委員長の両親の耳にも届いているでしょうから、僕の印象が更に悪くなっている気がします。


 こんな状況だから挨拶に行くのは一旦見合わせた方が良いのか、それともこんな状況だからこそ逃げずに挨拶に出向いた方が良いのか、どっちも正解のようで、どっちも不正解のようで頭がグルグルしてきます。


「健人……健人、健人ってば!」

「えっ、あぁ、ゴメン……」

「もしかして、うちの両親に挨拶に行く事を考えてた?」

「えっ、いや……うん、ちょっとね」

「少し先に延ばそうか?」

「うーん……でも、それだと唯香の家族だけ招待出来なくなっちゃうから」

「でも、健人のお父さんも呼ばないんでしょ?」

「うん、僕はもう父さんからは自立するつもりでいるから」

「じゃあ、私も自立するよ。それなら挨拶に行かなくても……」

「それは駄目。僕と父さんは、上手く親子になれなかったけど、唯香の家族とは良い関係を築いていきたいと思ってるんだ。だから、最初から諦めるような形にはしたくないんだ」

「そっか……分かった。とりあえず、お母さんと話をしてみる。それで、あんまりにも批判的だったら、その時は少し考えさせて」

「分かった、ゴメンね、色々と面倒掛けちゃって」

「ううん、そんなの当たり前だよ。一緒に暮していくって決めたんだし」

「唯香……」

「健人……」


 僕の瞳には委員長しか映っていなくて、委員長の瞳にも僕しか映っていませんでした。

 そっと抱き寄せようとしたら……。


「うっうん! あのさぁ、俺ってそんなに影が薄いのか?」

「ちっ、まだ居たのかよ、八木ぃ……」

「悪かったなぁ。てか国分、俺が食って掛かったのを忘れてんのか?」

「えっ、あぁ、だってそれは誤解じゃん」

「馬鹿、お前はホント馬鹿だな。誤解だとしても、俺以外の連中も誤解してるって事だぞ」

「あっ、そうか……そうだよね」

「国分、せめて先生に事情を説明しておいた方が良くねぇか?」

「そうだね。確かにそうだ」


 先生に説明しようと男子の宿舎へ向かう間、八木の言っていた状況を思い知らされました。

 途中で出会う同級生達は、僕の顔を見た途端、唾でも吐きかけそうなほど不快な表情を浮かべ、中には罵声を浴びせてくる人もいました。


「この守銭奴、あんた日本のことなんか、もうどうでもいいんでしょ?」

「鷹山と一緒に、領主に飼い馴らされてんでしょ」

「あの赤毛の娘に骨抜きにされてんじゃないの……」

「ちょっと、健人はちゃんと……」

「ふん、行こう……」


 委員長が反論し始めた途端、冷笑を浮かべて立ち去っていった女子のグループは、自殺した関口さんと仲の良かった人達だと思います。


 男子の宿舎に入った後も、玄関ホールの応接スペースに居合わせた全員が、眉をしかめて敵意のこもった視線を向けてきました。

 その中の数人が歩み寄って来たのですが、僕の前に八木が割って入りました。


「まぁまぁ、ちょっと待ってくれ。俺もさっき事情を聞いたばかりだけど、国分のところには連絡が来て無かったんだよ」

「何それ、治療の依頼を政府が止めてたってこと?」

「まぁ、そういう事だけど、国分一人に、あれもやれ、これもやれとか無理あんだろ。実際、この宿舎とかも借りっぱなしだし、こっちの人からの依頼とか断りにくいだろうし」

「なんだよ。それじゃ、またマスコミが好き勝手なこと言ってんのか?」


 八木の説明を聞いた同級生は、僕への敵意を和らげて、少しバツの悪そうな様子です。


「国分、みんなへの説明は俺がやっとくから、お前は先生の所へ行け」

「ありがとう八木、頼むね」

「おう、その代わり、こっちの女の子紹介しろよ。マノンちゃんとか、ベアトリーチェちゃんの友達……」

「あぁ……僕の心の中で、八木への感謝の気持ちが、ガラガラと音を立てて崩れていくよ」

「いや、ちょっと待て……おい、国分!」


 小田先生が帰国した後、先生のまとめ役をしている加藤先生は外出しているようで、代わりに中川先生に説明をしようと思ったのですが、いきなり怒鳴りつけられました。


「お前は、なにをフラフラしてるんだ! お前、日本人だろう! 日本の事を最優先で考えないでどうするんだ!」

「でも、先生……」

「うるさい! 言い訳するんじゃない! お前、リーゼンブルグの騎士に刺されても大丈夫だったんだよな? 治癒魔術が使えるんだよな? だったら何で助けてやらんのだ!」


 大声でまくし立てる中川先生は、目の下にベッタリと隈が出来ていて、目が血走り、ちょっと見ない間に頬がこけたように見えます。


「日本への帰還作業も全然やってないじゃないか。お前は、何をやってる? 自分は日本と自由に行き来が出来るから、他の者の気持ちが分からんのだろう! みんな、どれほど日本に帰りたいと思っているか、お前は考えた事があるのか!」


 久々にぶつけられる剥き出しの敵意と言うか、僕からすれば言い掛かりとさえ思える言葉に、心の芯が冷えていく感じです。


「先生、健人にも事情があって……」

「うるさい、黙れ! 今は私が話をしているのだ。横から口を挟んでくるな!」


 僕を擁護してくれようとした委員長にも怒鳴り散らす中川先生の様子は、あきらかに変です。

 以前から嫌味っぽくて、自分の主張を通そうとする傾向がありましたが、これほどまで攻撃的ではなかったですし、こんなに冷静さを失う感じではありませんでした。


 僕らが一方的に怒鳴られていると、古館先生が同級生に押し込まれるようにして部屋へ入ってきました。


「中川先生、どうされましたか?」

「古館君か、どうもこうも無いよ。国分と浅川に説教していた所だ」

「例の清太郎ちゃんでしたか、あの件ですか?」

「それもあるが、生徒の帰還を放り出したままなのを叱っていた所だ」


 僕らの援護になるかと思ったのですが、古館先生の危機感が感じられない喋り方に、中川先生は余計に表情を険しくしている気がします。

 なんか、火に油を注いでませんかね。


「そうですか……帰還の件は分かりませんが、清太郎ちゃんの件は知らされていなかったそうですよ」

「何ぃ、嘘じゃないだろうな、国分」

「はい、日本政府からは治療の依頼は来ていませんでした」

「何でだ! お前、スケート選手の治療はやったんだよな?」

「はい、ですが、あれは政府の職員の方の独断だったそうで……」

「スケート選手は治療して、子供の治療は出来ないのか?」

「いや、ですから依頼の連絡が……」

「言い訳をするな! お前には救う力があるんだろう、だったら……だった、ら……」


 中川先生の目が吊り上がって、ちょっと常軌を逸しているように見え始めた途端、グラリと身体が傾いて倒れました。


「中川先生!」

『ケント様、こやつは精神を病んでます。話にならんので眠らせましたぞ』

『分かった、ありがとう』


 僕の眷族が機転を利かせて眠らせたと話すと、委員長も古館先生もホッと胸を撫で下ろしました。


「中川先生、だいぶストレスが溜まっていたようで、最近はあまり眠れていなかったようなんだ」


 古館先生の話では、携帯回線が繋がった事で、中川先生も家族と連絡が取れて、一時は落ち着いていたそうですが、どうも家庭内に問題が起こっていて、帰宅して直接対処出来ない事が大きなストレスになっていたらしいです。


「古館先生は、大丈夫なんですか?」

「僕? 僕は大丈夫だよ。独身だし、兄貴が居るから実家の事も問題無いし、こちらでは教師以外にも色々仕事が出来るしさ、何より魔術が使えるんだよ。最高じゃないか!」


 子供のように目を輝かせて楽しそうに語る姿を見て、中川先生のストレスの何パーセントかは、間違いなく古館先生が原因だと確信しました。

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