第203話 戦いを終えて
新たに上陸した二頭のギガースを討伐し、魔力切れ寸前まで救護活動を続けた後、影の空間でネロに寄り掛かって仮眠を取りました。
目覚めたのは昼過ぎでしたが、身体の芯にダルさが残っている感じです。
恐らく、魔力の回復を促す薬でドーピングして、更に倒れる寸前まで治癒魔術を使い続けたからでしょう。
それでも、バルシャニアの兵士がどうなったのかが気掛かりで、二度寝する気にはなれませんでした。
影の空間から出て、入り江の波打ち際まで行ってみると、ギガースの肉片が飛び散っていて、海鳥が群がっていました。
砂浜の形も変わっているように見えますが、まぁ、これは潮の満ち干や波に洗われる事で元の形に戻るでしょう。
槍ゴーレムの威力は文句の付けようがありませんが、魔石まで粉砕してしまう所は要改善ですね。
ダラダラとした坂を上っていくと、横倒しになったギガースの巨体が見えてきて、ここでも海鳥達が、餌を得ようと群がっています。
バルシャニアの兵士は、仲間の遺体の回収と、身体に突き刺さった杭を抜く作業に奔走しているようで、ギガースの死骸は放置されていました。
ただ一人だけ、切り離されたギガースの頭を見下ろしている人が居ます。
バルシャニアの皇帝、コンスタン・リフォロスです。
「護衛も付けずに、一人で居て良いのですか?」
「ワシの国で、ワシが一人で出歩けないようでは、皇帝失格だろう」
コンスタンは、渋い笑みを浮かべた後で、僕に向かって深々と頭を下げました。
「ケント・コクブよ。本当に世話になった、心から礼を言わせてもらう。ありがとう」
「そんな……頭を上げて下さい。ギガースみたいな魔物は、一人でどうこう出来るものじゃありませんから、協力するのは当たり前です」
「ふっ……何を言う。そなたは一人で三頭ものギガースを倒して見せたではないか。正直、後続の二頭が現れた時には、ワシもグレゴリエもライネフの放棄を考えたほどだった」
バルシャニア兵は弱くはないはずです。隷属のボーラの使い方を工夫し、今回の経験を活かして攻略方法を考えれば、ギガースを討伐する事も可能でしょう。
ただ今回は、ギガースの能力が未知数であった事や、味方の仇を討とうと気負い過ぎた部分が多かったから上手くいかなかったのだと思います。
コンスタンは、ライネフの放棄を考えたと言いましたが、現状でも街外れに建っている家を除けば、無事な建物すら残っていません。
難を逃れた住民は、後方キャンプに滞在しているという話ですが、その数は三分の一にも満たないそうです。
街を復興させるにしても、費用や人手が必要になるでしょうし、何より生き残った人達の心の傷が癒えるまでには、長い時間が必要でしょう。
「あの……このギガースからは魔石を回収したのですが……」
「それは、そなたのものとしてくれ」
「ですが……」
「そなたが居なければ倒せなかったし、実際、止めを刺したのは、そなたの手の者だ。我々が受け取る道理は無い」
コンスタンの厳しい表情を見ていると、魔道具職人のガインさんを思い出しました。
たぶん、今は何を言っても断わられそうなので、とりあえず受け取っておきましょう。
「分かりました。ですが、かなり高額な値段が付きそうなので、魔道具代金は相殺させていただきます」
「そうか……すまない」
再び軽く頭を下げたコンスタンの表情には、疲労の色が濃く浮かんでいます。
一つの街が壊滅し、多くの兵を失ったのですから当然でしょう。
「ところで、その後リーゼンブルグはどうなっている?」
「えっ、リーゼンブルグですか?」
突然、予想外の質問をされて思わず聞き返してしまいました。
「そうだ。これだけの損害が出ている状況だ、隣国の状況を気にするのは当たり前だろう」
「そうか、そうですよね。でも、ご安心下さい。第三王女のカミラ・リーゼンブルグが、ほぼ全権を掌握しました」
アルダロスの王城で起こった国王殺害などの詳しい状況は省き、現国王が退位し、カミラが時期国王となる予定である事や、砂漠化対策などの内政に問題が山積していて外征する余裕は無い事を伝えました。
「そうか、ならば国内情勢は安定したと見て良いのだな?」
「はい、王位継承を巡る派閥争いは集結しましたので、貴族間の争いは起こらないはずです」
「ならば、年明け早々にでも、セラフィマの輿入れを行う」
「うぇぇ……えっと、それはちょっと……」
「何だ、そなたは、まだセラフィマとの婚礼を納得していないのか?」
「い、いえ、そう言う事ではなくて、バルシャニアの皇女様を迎え入れるような家が無いので……」
ヴォルザードでは下宿暮らしを続けていて、まだ自分の家すら持っていない事や、一般家庭の出身である委員長やマノンと差を付けたくない事などを話しました。
「輿入れの人数については、セラからも相談を受けておる。だが、バルシャニアの皇女が単身で輿入れなどできぬぞ」
「ですよねぇ……」
「なので、セラフィマには腕利きの女騎士を四人、有能な侍女を四人、料理人を二人付けて輿入れさせる」
それでも十人、他の三人にも同数の人員を雇うとすると、総勢四十人になるのかと思いを巡らせていると、コンスタンが笑いを洩らしました。
「ふふふ……そんなに情け無い顔をするな。そなたほどの力があれば、千人、万人を養う事も可能だろう」
「いやいやいや、そんな人数、僕には無理ですよ」
「そなたならば、一国の王を名乗ったとしても不思議ではないが、平民として暮らして来た身では、それも難しいのだろう。セラフィマに付ける女騎士と侍女は、他の嫁の担当もさせよ。料理人は家の者全員分の調理をさせよ。それならば問題あるまい」
輿入れの道中では全員がセラフィマのために働き、ヴォルザードに着いた後は、他のお嫁さんの担当をする。
言い換えるならば、僕に十名の配下を譲り渡すようなものです。
「有り難いお話ですが、本人達が納得するでしょうか?」
「その程度の事を聞き分けられぬような者をセラの輿入れに同道させると思うか? それに、そなたの嫁になる者達は、仕える価値を感じられない者なのか?」
「いえ、そんな事はありません。みんな、とても魅力的な女性ばかりです」
「ならば案ずる事は無いな。仮住まいとしてはヴォルザードの迎賓館を借り受けられると聞いているし、何も問題は無いな?」
「うっ……はい、とりあえずは……」
実際には、委員長の両親への挨拶が済んでないんですが、ちょっと情け無くて話せませんね。
それよりも、国に魔物による大きな被害が出ているのに、セラフィマの輿入れを何故急ぐのかが気になりました。
むしろ先に延ばすほうが普通だと思うのですが。
「どうした、何か不満でもあるのか?」
「いえ、セラフィマの輿入れに異論は無いのですが、これほどの被害が出ていますし、少し先に延ばした方が良いように感じるのですが……」
「それは……そなたとの繋がりを強固なものとするためだ」
「僕との繋がり……ですか?」
「そうだ。ギガース三頭を、苦も無く討伐するほどの実力を持った者と、強固な関係を築いておきたいと思うのは当然であろう」
「はぁ……まぁ、そうかもしれませんね」
確かに、その通りだとは思うのですが、別に現状でもセラフィマから救援要請が有れば、こうして駆け付けている訳で、何となくコンスタンの態度がシックリしません。
「な、何だ、まだ何か言いたい事があるのか?」
「その……何かセラフィマの輿入れを急ぐ理由があるのですか?」
「だから、それは、そなたとの……はぁ」
コンスタンは、反論を途中で止めると、大きな溜め息をついて視線を落すと、首を左右に振りました。
「そなた程度に読まれてしまうならば、セラには当然気付かれてしまうのだろうな」
「では、何か理由があるのですね」
「そなたには、鉄を持ち込んで来た時に少し話したと思うが、バルシャニアは少数の部族が集まって出来た国だ。表面上は一つの国として纏まっているように見えるが、中には現状を面白くないと感じている者達も居る。そうした者達が不満を募らせないように、貧富の格差を是正するように、部族間の交流を活発にするように、様々な施策を行ってきた。そして、武力の面でも我々が優位に立っている事も暗に示して来た。言うなれば、硬軟を取り混ぜた施策によってバランスを保っている状態だ」
「そのバランスが、今回の被害で崩れるかもしれない訳ですか?」
「かもしれない……ではなく、確実にバランスは崩れる。問題は、それを気付かせずに済むか、気付かれたとしても、事が起こる以前にバランスを取り戻せるかだ」
一部の部族は、武力に頼った過激な思想に走る者を抱えているそうで、対応を誤れば、内戦に発展する危険性すら孕んでいるそうです。
「万が一、内戦に発展するような事になっても、セラフィマに危険が及ばないように、輿入れさせてしまおうという訳ですね?」
「それもあるが……」
言葉を切ったコンスタンは、僕の心の内を探るように強い視線を向けながら黙り込みました。
居心地の悪い沈黙の後で、問い掛けられました。
「そなたは、人を殺めたことはあるか?」
「山賊の討伐を眷族に指示した事ならばあります」
「自分の手で殺したことは?」
「それは……ありません」
「そうか……」
僕の答えを聞いた後、コンスタンは、また僕の顔を見詰めてきました。
うん、何でしょうかね、凄く居心地が悪いです。
「ギガースを討伐した攻撃を、人に向けて撃ってくれと頼まれたら、どうする?」
「えぇぇ、人に向けてですか? それはちょっと……極悪な犯罪者ならば考えますが、それでも威力高すぎますよね。もしかして、今回減った戦力を補う働きとか期待されてます?」
「……そうだ。今回の被害は、我々の想定を大きく上回っている。初戦で術士隊に多くの犠牲を出し、今日の戦闘では騎士と水属性の術士に犠牲が出てしまった。大幅な戦力ダウンは否めないし、何よりも人員の数が減るという事は、対応出来る範囲が減ってしまうという事だ。もしも今の状況で、同時に数箇所で反乱が起これば、対応しきれなくなるだろう」
「そんな事が起こりそうなのですか?」
「いいや、そこまでの兆候は無いが、あり得ないとも言い切れぬ……そのような事になったら、手を貸してくれるか?」
コンスタンは苦い表情を浮かべて問い掛けてきました。
僕とすれば、協力を惜しむつもりは無いのですが、心配な事もあるんですよね。
「手を貸すのは構わないんですが、僕が手を貸しても大丈夫なんですかね?」
「なんだと、どういう意味だ?」
「その……反乱を抑えるために武力を使うにしても、バルシャニアの正規軍だから相手も納得できると思うんです。そこに、本来バルシャニアと関係の無い僕が出て行ったとして、相手は納得してくれますかね?」
「うむ……そうか、そうかもしれんな」
「逆に、全く関係の無い僕が出て行って蹴散らしちゃった方が、皇族に対する憎しみとかを抑えられるかもしれませんし……バルシャニアとリーゼンブルグの間に割り込んだ僕が言っても説得力ありませんけど、相手の印象とかを考えてもらって、僕を上手く使ってもらえるならば、出来る限りの協力はします。ただし、殺すためじゃなくて、共存するための手伝いに限らせてもらいますけど……」
「そうか……」
コンスタンは、腕組みをして再び考えに耽り始めましたが、その表情は先程よりも明るくなったような気がします。
「そうか……ならば、流血の事態を防ぐためならば、そなたを利用させてもらっても構わぬのだな?」
「えっと……それは、程度にもよるんですけど……」
てか、何なんですか、そのニヤっとした悪い笑いは。
「なぁに、別に汗水流して働いてもらおうというのではない。ちょっと名前を使わせてもらうだけだ」
「いやいや、かえってそっちの方がヤバい気がするんですけど、僕の名前をどうするつもりですか?」
「セラフィマが嫁ぐ相手として公表するだけだぞ」
「いや、絶対そんな事じゃないですよね。もっと違う狙いがありますよね」
「我々バルシャニア正規軍は、ギガースによって甚大な損害を被った。だが、セラフィマの婿となるケント・コクブが、独力でギガース三頭を葬り去った。これほどの力を備えておる者が、これより先はバルシャニアの心強い味方となってくれる……そう国民に知らしめるだけだぞ」
「えぇぇ、そんなぁ……困りますよ」
「なぜ困る必要がある。全て事実だし、ケントなんて名前の男は、別に珍しくもないぞ」
「えっ、あっそうか、別にセラフィマと一緒にパレードする訳じゃないですもんね。顔は知られないのか」
「そういう事だ。一人でギガースを三頭も倒す男と聞けば、普通の者ならば、筋骨隆々とした大男を想像するであろう。例え我々が、そなたの正しい容姿を喧伝したところで、勝手な憶測が違う姿を作り上げてくれるわい」
コンスタンは、これは名案だとばかりに笑顔を浮かべていますが、それはそれで何かムカつくんですよね。
そりゃあ僕は、頼りない見た目ですけど、面と向かって言われると傷付きますよ。
「はぁぁ……分かりました。僕の名前ぐらいで反乱が防げるのでしたら、いくらでも使って下さい」
「むははは、すまんな婿殿。我々と縁を結ぶのだから諦めてくれ。ぬはははは!」
コンスタンは、豪快に笑いながら僕の肩をバンバンと叩くと、戦場の後始末を続ける兵士達の元へと大股で歩み寄って行きました。
「皆の者、顔を上げよ! 胸を張れ! 我々はギガースと戦い、敗れた。だが、ケント・コクブの助力を得て、ギガースを退ける事が出来た。わが娘セラフィマは、このケント・コクブの元へと嫁ぐことが決まっておる。例えこの先、またギガースが襲来しようとも、我々は撃退する術を手に入れたのだ!」
「おぉぉぉぉぉ……」
コンスタンの言葉を聞いた兵士からは、どよめきが上がりました。
「聞け! 我々は、この戦いで生き残った! 我々は、バルシャニアを託されたのだ! 我々に課せられた使命は少なくないぞ! 俯いている暇など無いぞ! 今こそ誓おう、散っていった仲間の代わりに、命を賭して働くと!」
コンスタンが右の拳を掲げると、兵士達もそれに習い、一斉に力強く胸を叩いて、天を指差して叫びました。
「バルシャニアの誇りにかけて!」
兵士の中には涙を流している者も居ますが、先ほどまでの敗残兵のような暗さは微塵も感じられず、誰しもが誇りと決意に満ちた表情を浮かべています。
ヤバいっす、見惚れていて仲間に加わるのを忘れちゃってました。
くぅ、次は一緒にやるもんね。
コンスタンに手招きされて、一緒に陣地まで戻る事になったのですが、バルシャニア兵の皆さんに囲まれて、揉みくちゃにされました。
「ありがとう、よくぞ仲間の仇を討ってくれた」
「バルシャニアを守ってくれた事に感謝する」
「ストームキャットまで手足のように使うとか、凄いな……」
「ちくしょう、よくも俺達のセラフィマ様を……」
「あの凄い威力の魔術は、どうやっているんだ」
「これからもバルシャニアを頼むぞ」
握手を求められ、肩を叩かれ、なかなか前に進めないのは良いとしても、みんな力加減を間違ってないかい?
手が砕けそうだし、背中とか肩とか絶対赤くなってるよね。
絶対に感謝とか、友愛以外の意図がガッツリこもってるよね。
戦場跡を抜けて、陣地に辿り着くまでにヘトヘトになっちゃいましたよ。
「どうしたケント・コクブよ。だいぶ疲れておるようだな」
「くっ、こうなるって分かってて引き込みましたね」
「さて、何の話だ。それに利用させてもらうと断わりは入れたし、そなたも了承したではないか」
勝ち誇ったような笑顔がムカつきますねぇ……そっちがその気ならば、こちらも伝家の宝刀を抜かせてもらいますよ。
「くぅ……そうですね。確かに了承しましたね、お義父さん」
「なっ、何だと……」
「えっ、僕、何かおかしな事を言いましたか、お義父さん」
「うぎぎぃぃ……な、何もおかしくは無いな……」
クラウスさんより親バカ度合いが高そうなので、控えてきましたが、何も歯軋りしなくても良いんじゃないですか、歯が折れそうですよ。
僕とコンスタンが睨み合っていると、グレゴリエが紙束を手にして近付いて来ました。
「父上、兵の損害状況が纏まりました」
「うむ、聞かせてくれ」
「はい、現時点の戦死者は、騎士が947名、術士が621名です」
「それは、今日の戦闘での数字だな?」
「はい、そうです」
「前回の数字と合わせるとどうなる?」
「はい、前回の戦死者は、騎士が442名、術士が1472名ですので、今回と合計すると、騎士が1389名、術士が2093名になります」
実際に戦闘中にも、戦闘が終わった後にも、兵士の遺体を目にしていますが、たった2回の戦闘で、3千人以上の命が失われたと聞かされても実感が伴いません。
「3千人を超えたか……覚悟はしていたが多いな」
「はい、父上、このままではムンギアの連中が……」
「その件は心配するな。ケントの名前を使わせてもらう事にした」
「ケント・コクブの名前ですか?」
不思議そうな顔で僕を眺めるグレゴリエに、先程の話をコンスタンが説明しました。
「なるほど……セラフィマを嫁に出すのは納得が行きませんが、名前を使う事に関しては納得です。ただ、問題はムンギアの連中がケント・コクブの武力を信用するかどうかですね」
「そうだな。ならば、ギガースの骨でも送り付けてやるか?」
「いいえ、骨格は皇都の博物館に飾りましょう。そうすれば、どれ程ギガースが大きく危険か、見物した者から伝わっていくでしょう」
「よし、そのように手配せよ。あとは勝手に噂が広まり、稀代の豪傑が生まれるだろうからな」
「はははは、さすがは父上、確かに噂を聞いた者が、勝手に想像を膨らませるでしょう」
遠まわしにディスってるけどさ、僕が居なかったら結構拙い状況だったのを、もう忘れちゃったんですかね。
いずれにしても、ここで僕に出来る事は無さそうなので、アウグストさん達の護衛の仕事に戻りましょう。
今日の夕方には、いよいよヴォルザードに到着する予定ですからね。
「あのぉ……そろそろ僕はヴォルザードに戻りますね」
「おぉ、本当に世話になった。今回の礼は、改めてさせてもらう」
「私からも礼を言わせてくれ。バルシャニアを救ってくれて、ありがとう」
「いえいえ、僕は僕のやるべき事をやっただけですよ。では失礼しますね、お義父さん、お義兄さん」
「ぬぅ……」
「なっ、貴様、今なんと……」
苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるコンスタンと、聞いた言葉を理解出来ていないようなグレゴリエを置き去りにして、影に潜りました。
この人達とも家族になるんだから、この程度は普通ですよねぇ……。
ヴォルザードへ戻る前に、セラフィマの所へ寄って行く事にします。
後方キャンプには、今日の戦闘で負傷した怪我人が担ぎこまれて、騒然とした空気に包まれていました。
セラフィマは、忙しなく動き回りながら、次々に指示を飛ばしているようです。
一見するとチビっ子に大人が振り回されているようにも見えなくもないのですが、周囲の大人達が向ける視線には信頼感が込められています。
あまりにも忙しそうに見えるので、声を掛けずに戻ろうかとも思いましたが、折り良くセラフィマの侍女と思われる女性が休息を勧めたので、会っていきましょう。
職員用の天幕で椅子に腰掛け、ほっと溜め息をついたセラフィマの正面に闇の盾を出します。
「セラ、お疲れ様」
「ケント様……」
立ちあがったセラフィマは、僕の胸へと飛び込んで来ました。
僕の存在を確かめるように、セラフィマはギュっと抱き付いてきます。
「ご無事でなによりです。ケント様」
「ごめん、セラ。たくさんの人を守れなかった……」
「いいえ、ケント様の御活躍は伺っております。バルシャニアを守ってくださり、ありがとうございます」
「そんなの当たり前だよ。セラの生まれ育った大切な国なんだからね。ただ、今日だけでも1500人以上の方が命を落としてしまった。僕がもっと上手く……」
僕の言い訳じみた言葉は、セラフィマの人差し指で塞がれました。
僕の目を覗きこみながら、セラフィマが訴え掛けてきました。
「ケント様は、立派に仇を討って下さいました。誰もケント様以上の働きなど出来ません。ですから、ご自分を責めないで下さいませ」
「セラ……ありがとう」
もう一度、セラフィマを抱き締めていると、視界の端に天幕に足を踏み入れ掛けて、慌てて戻って行った人が居ましたね。
「リャーナ、ケント様にもお茶をお持ちして」
「か、畏まりました」
天幕の外から慌てた声が聞こえて来ました。
何だが悪い事している気分ですね。
「ケント様、よろしければ御夕食も……」
「ごめん、今日はヴォルザードに戻らないといけないんだ。色々と報告に行かないといけないしね」
「ヴォルザードにもバルシャニア軍の被害を報告なさるのですか?」
「うーん……ヴォルザードからバルシャニアまで侵攻する可能性は無いから、報告しておいた方が良いと思うけど……」
「そうですね。判断はケント様にお任せいたします」
「分かった。バルシャニアにとっても良い結果になるように考えるよ」
この後、セラフィマと一緒にお茶を飲んで、一休みしてからヴォルザードへと戻りました。
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