第204話 ブースター

「グリフォン同様に属性魔術で防御しているらしい……身体強化によってダメージが再生する……鋭い杭を突き出す範囲攻撃、射出攻撃を行う……それに加えて人の5倍以上の巨体か、とんでもねぇな」

「はい。ですが、グリフォンよりも動きが遅いですし、動く範囲も地上に限られているので、討伐自体は難しくないです」

「ははっ、もっととんでもねぇ奴が、目の前に居たぜ」


 ギガースの討伐を終えた後、護衛中の馬車の現在位置を確かめ、先にヴォルザードへと戻って来ました。

 今はギルドの執務室で、クラウスさんにギガース討伐の報告をしているところです。


「しかし、バルシャニアの戦死者が3千人以上か……」

「はい、それも兵士の数だけですので、住民の犠牲者を加えると更に増えるはずです」

「ライネフの街は壊滅状態か?」

「街外れの建物以外は、無事な建物すらありませんし、本当に瓦礫の山になってます」

「まさかケント、お前がやらかしたんじゃないだろうな?」

「とんでもない。ちゃんと威力は考えて攻撃しましたから、地形が変わったのは海の中だけ……あれっ?」


 後から現れた二頭のギガースを倒すのに使った中型の槍ゴーレムで、ちょっとだけ海岸近くが抉れたと話したら、クラウスさんとベアトリーチェにジト目で見られてしまいました。


「お前は……まぁ、今回は既に街が壊されている状態だったから構わないが、ホント気を付けろよ」

「分かってますよ。今回だって事前に実験して、大型の槍ゴーレムだとクレーターが出来ちゃうって確認したから……あれっ?」


 なんで二人とも、ヤレヤレみたいな表情で溜め息ついてるんですかね。

 ちゃんと実験したし、被害も出して無いのにねぇ。


「しかし、それだけの被害を出したとなると、バルシャニアも色々と大変なんじゃねぇのか?」


 話題を切り替えるように吐き出されたクラウスさんの言葉の裏には、バルシャニアの国内情勢も探っている情報の裏づけがありそうに感じました。


「それは、反乱の恐れという意味でしょうか?」

「ほう、そこまで手の内を明かしたか。という事は、反乱鎮圧への協力も要請されたって事だな?」

「はい、詳しい事情までは聞いていませんが、ムンギアとかいう部族が厄介なのかと……」

「ムンギア、カジミナ、ボロフスカ……この辺の部族が反体制派だと言われているが、ムンギアを除けば、だいぶ態度を軟化させていると聞いている。だが、これだけ軍に損害が出たとなると、妙な色気を出す連中が現れてもおかしくないだろうな」

「はい、皇帝コンスタンも、その辺りは憂慮しているようで、僕や眷族達の戦闘力を貸して欲しいと頼まれました」


 反乱を抑えるために力を貸して欲しいと頼まれたけど、なるべく流血の事態を避けるために名前を利用する方法に収まった事や、それに共なって年明け早々にもセラフィマが輿入れして来る事を報告しました。


「うはははは、稀代の豪傑ケント・コクブか。そいつは傑作だ」

「いや、まぁ、街で色々晒し者になるような事態が避けられるなら、その方が良いのですが、何と言うか複雑ですよ」

「その程度は、有名税だと思って諦めろ。それで内乱が起きないで済むならば、いいじゃねぇか」

「でも、上手くいきますかねぇ……僕の名前なんて、全然知られてないじゃないですか」

「そうだな。だからギガースの骨格を展示したり、色々策を講じるんだろうぜ。何よりも、皇女が嫁に行くって事が、お前の価値を証明するんじゃねぇのか?」

「なるほど、あの親バカ、兄バカが諦めるなら……って事ですね」


 クラウスさんに報告をしていると、マルトが顔を出しました。


「わふぅ、ご主人様、馬車がヴォルザードに着いたよ」

「分かった、知らせてくれて、ありがとう」

「ケント、リーチェを家まで送ってくれ。馬車が屋敷に着いたのを確認したら、シューイチと戻ってきてギルドに依頼終了の報告をしろ」

「分かりました。リーチェ、行こうか」

「はい、ケント様」


 クラウスさんの執務室を出ると、ベアトリーチェは腕を絡めてきました。

 おぅ、やっぱり育ってますよリーチェちゃん。


「リーチェも、みんなと顔を合わせるのは半年振りなんでしょ?」

「はい、バッケンハイムまでは遠いですから、帰省する時でないと会えないですね」

「でも、アウグストさんと、アンジェお姉ちゃんは卒業だから、年が明けてもバッケンハイムへは戻らないんだよね」

「はい、そうですけど……ケント様、今、アンジェお姉ちゃんって仰いましたよね?」

「えっ、う、うん……そう呼ぶように言われたんだけど……」


 うぉっと、何だか冷たい視線が突き刺さってくるんですけど。


「ケント様」

「は、はい、何でしょう」

「お姉ちゃんに抱き締められて、頭撫でられたりしていませんよね?」

「うぇぇ、そ、それは……何て言いましょうか……」

「駄目です。お姉ちゃんまで嫁に貰おうなんて考えたら駄目ですからね」

「とんでもない。そんな事は考えてないよ」

「本当ですか?」

「ホント、ホント、ホントに考えてないよ」

「うーっ……浮気も駄目ですからね」

「はい、分かりました」


 さすがに姉妹だから、アンジェリーナさんのハグ&良い子良い子の中毒性を心得ているのでしょうね。

 あのコラボが味わえなくなるのは残念ですが、ベアトリーチェの成長度合いを考えれば、あと二、三年で対抗出来るんじゃないですかね。


「ケント様、明日の朝食は、我が家にユイカさんとマノンさんも誘って、ご一緒したいと思っているのですが、宜しいですよね?」

「二人には話してあるの?」

「はい、お二人からは了承してもらっています」

「じゃあ、前の時のように、僕が唯香とマノンを迎えに行って、御屋敷を訪ねれば良いんだね」

「はい、そうしていただけますか」


 バッケンハイムからの道中、イロスーン大森林での足止めが一日で済んだので、明日の安息の曜日はゆっくりと出来そうです。

 クラウスさんの御屋敷で朝食を御馳走になったら、フラヴィアさんのお店にドレスを取りに出掛けましょう。


 お昼は、どこかの店で美味しいものでも食べて、その後はショッピングでもしましょうかね。


「ケント様、少しお疲れじゃありませんか?」

「うん、今日は朝からギガースの相手をして、バルシャニア兵の治療もしたからね。正直、ちょっと疲れてる気がする」

「ケント様は、働きすぎです。年越しの時期ぐらいは、ゆっくりなさって下さい」

「うん、そう出来れば良いんだけどねぇ……」


 実際、まだまだ問題は山積みですから、多分ゆっくりは出来ないでしょうね。


「ケント様、今日は早めに帰られて、ゆっくり休んで下さいませ」

「あー……そう言えば、下宿にも全然戻ってないんだよね。下宿代も払ってない気がするし……アマンダさんに怒られちゃうよ」

「メイサちゃんも、じゃないですか?」

「そうだよ。そう言えば、ずっとマルト達も出掛けたままだった」


 これは、雌鶏亭のクッキーでも仕入れておいた方が良いですね。

 クラウスさんの御屋敷には、既に馬車が到着していました。


 応接間に入ると、ベアトリーチェは駆け寄ってきたアンジェリーナさんに捕まって、熱烈なハグと良い子良い子のコラボの洗礼を浴びせられました。

 それを横目で見ながら、アウグストさんにギガース討伐について簡単に説明して、今日は一先ず引き上げる事にしました。


「それでは、また明日お邪魔させていただきます。鷹山行くよ」

「オッケー。色々お世話になりました。ありがとうございました」


 挨拶を済ませて屋敷を出ると、鷹山は今にも走り出しそうにソワソワしています。


「じゃあ、国分、俺はここで良いよな?」

「はぁ? 何言ってんの、ギルドに報告してからだろう。シーリアさんが恋しいのは分かるけど、報告しないと金になんないよ」

「ちっ、分かってるよ。てかさ、今回、俺は金貰えるのか?」

「えっ、何で? 一応護衛として働いてるんだから報酬は出るでしょう」

「いや、行きは通常の依頼だったけど、帰りは指名依頼だっけか? 国分が受けて、俺は助手扱いじゃなかったのか?」

「あっ、そう言われれば、そうだった」


 ヴォルザード家の護衛は、クラウスさんからの指名依頼ですが、Eランクの鷹山は指名依頼を受けられないので、僕が助手として雇う形にしたんでした。


「お前なぁ……まぁいいや、そういう事だから、俺はここ迄で良いよな?」

「はぁ? 報告を終えるまでが依頼だよ。雇い主の僕が報告を終える前に、雇われている鷹山が帰れる訳ないじゃん」

「出たよ、ブラック国分。労働基準法違反で訴えてやる!」

「へへーん、残念でした。ここはヴォルザードだから……」

「わふぅ! ご主人様、大変! カミラが死にそう、急いで!」


 ギルドに向かおうとしていたら、突然影から飛び出して来たハルトに腕を引っ張られました。

 こんなに慌てたハルトは初めてです。


「鷹山、帰っていいよ。僕はアルダロスまで行って来るから」

「おいっ、国分……」


 ハルトに案内されて影の空間を潜った先では、床に倒れたカミラに中年の女性が馬乗りになっていました。

逆手に持ったナイフを両手で突き立てようとする女性の身体を、風属性の魔術で弾き飛ばします。


「カミラ!」

「魔……王……さ……」

「喋らなくていい! 気をしっかり保て!」


 弱々しく頷いたカミラの顔色は土気色で、呼吸も弱く、今にも止まってしまいそうで、 咳き込むと口の端から血が零れました。


 腹部に何箇所か刺し傷があるらしく、光沢のある淡いピンク色のドレスは、ぐっしょりと血に染まっています。

 急いで治癒魔術を流しましたが、思ったように傷が回復していきません。


「わぅ、ご主人様、カミラは何か飲まされてたよ」


 ハルトが言うには、ここは弾き飛ばした女の部屋で、カミラは出されたお茶を飲んだ途端、血を吐いて苦しみだして倒れたそうです。

 女の正体をフレッドが教えてくれました。


『ケント様……あの女、第一王妃……』

「それじゃあ、ディートヘルムやフローチェさんに毒を盛っていたのは、この女なの?」

『可能性は……高い……』


 結構手加減無しの風属性魔術で弾き飛ばしたので、死んではいないと思うけど、気を失っているようです。

 カミラが何の毒を飲まされたのか分かりませんが、その影響で全身の状態が悪くなっているのは確かです。


 このままでは、カミラの治療を終える前に、僕が魔力切れを起こしかねません。

 影収納に入れておいた魔力の回復を補助する薬のケースを手にした瞬間、背筋に寒気が走りました。


 バルシャニア兵の治療をした時に、最後の一粒を飲んでしまったのを忘れていました。

 これでは、魔力切れを起こして倒れるまで治療を続けて、あとはカミラの回復力に賭けるしかありません。

 深呼吸をして、治療を再開しようとした時でした。


「わふぅ、ご主人様、ネズミがいっぱいラストックに向かってるよ」


 魔の森のパトロールをしていたノルトが報告に来ました。


「ネズミって、どんなネズミ?」

「このぐらいの大きさで……牙があるの」


 ノルトが両手を広げた幅は、50センチぐらいあります。


『ケント様、恐らくニブルラットでしょう。群れると人を襲いますぞ』


 ラインハルトの話では、ニブルラットは大きいものは1メートル近くにもなり、鋭い牙と爪を持つネズミの魔物だそうです。

 凶悪なカピバラみたいな感じでしょうか。


「ノルト、ネズミは何匹ぐらいいる?」

「んっと……地面が見えないぐらい」


 魔力切れを起こしていないのに、気が遠くなりそうでした。


「フレッド、状況を確認してきて。バステンは、ディートヘルムに知らせて!」

『了解……』

『すぐに向かいます』


 二人は影に潜ってラストックへ向かいましたが、僕はここを動けません。

 ニブルラットの群れは、どのぐらいの数なのか。


 ラストックまで、どの程度の距離に居るのか。

 これから警報を出して、住民の避難は間に合うのか。


 駐留している騎士だけで守りきれるのか。

 カミラに治癒魔術を掛けていても気ばかりが急いて、上手く集中出来ません。


「魔王様……私より、ラストックを……」

「何言ってるんだ。王になるんだろう。民を守り、この国を豊かにしたいんだろう!」

「はい……ですが……」


 ポロポロと涙を零すカミラの顔色は、透き通るように真っ白です。


「くそっ……どうすれば良い。どうすれば……」

『ケント様、落ち着いて下され。ラストックは、我ら眷族で守ってみせます。ケント様は治療に……ケント様!』


 魔力が切れかけて、視界が揺れ、カミラの上に倒れ込んでしまいそうでした。

 ラインハルトに支えられ、何とか意識は保っていますが、治癒魔術を発動出来る気がしません。


「魔王様……ありがとうございました……」

「カミラ、駄目だ、死んじゃ駄目だ」

「お慕い……してます……ケント様」


 涙で潤んだカミラの瞳から、命の火が消えていくようです。


「カミラ、カミラ! ちくしょう、考えろ、考えろ、自己治癒は出来ない、薬は無い、それならコーリーさんの店に……そうだ、あれだ!」


 影収納の奥に置き忘れていた薬瓶を思い出し、取り出して中身を一気に飲み干しました。

 同級生達の救出作戦を行う前、大量の眠り薬を仕入れたオマケに貰ったブースター。


 効き目が切れた後には丸三日間寝込む代わりに、半日は魔力切れを起こさずに戦えるという話は嘘ではなかったようです。


「うぉぉぉぉぉ!」


 液体が喉を通って胃に届いた途端、身体の中から爆発的に魔力が沸き上がってきました。

 自分でも底知れないほどの魔力に、何でも出来てしまいそうな気にさえなります。


 気合いを入れ直して治癒魔術を掛けますが、上手くカミラの身体を巡っていきません。

 既にカミラの心臓は、動きを止めてしまっているようです。


「くそっ、なめんなよ! 死なせない、絶対に死なせないからな。まだ何の償いもしていないのに、死ぬなんて許さないからな!」


 闇の盾を通してカミラの胸の内側へと手を突っ込み、直接心臓を握って強制的に動かしながら治癒魔術も流します。


「帰って来い、帰って来い! カミラ!」


 カミラの心臓が、再び鼓動を打ち始めたのを確かめたら、今度は腹部の傷口に手を当てて一気に塞いで行きます。

 状態が悪かろうが関係ありません。魔力任せの力押しで塞いでしまいました。


『ケント様、ラストックの住民は避難を始めましたが、間に合うかは微妙です』

『ニブルラットは数え切れない……ゴブリンの極大発生より多い……』

「ネロは空から、ゼータ達とコボルト達は影の中から、ザーエ達は川の中で迎え撃って。指揮はラインハルトとバステン、僕の護衛にはフレッドが残って」

『承知しましたぞ、ラストックはお任せ下され』

「ネロがズタズタにしてやるにゃ」

「主殿、私共も全力を尽くします」

「わぅ、ご主人様、終わったら撫でてね」

「王よ、川より先には通しません、ご安心を」

「みんな、頼んだよ!」


 眷族のみんなを送り出した後、カミラの治療に専念します。

 ブースターのおかげで魔力切れの心配は無くなったのですが、今度は過剰な魔力のせいで異常に気分が昂っています。


 魔物に向かって攻撃魔術をぶっ放すならば良いのでしょうが、治癒魔術の場合にはコントロールも求められます。

 まるで幅の狭い一本橋を、全力で立ち漕ぎしながら自転車で突っ走っているような状況なのに、まるで失敗する気はしません。


「魔王……様?」

「黙ってろ、集中したい……」


 意識を取り戻したものの、カミラはまだボンヤリとしているようで、焦点が定まらないような目をしています。

 刺し傷の修復は終わったもの、毒物による影響が残ったままです。


 弱っている肝臓や腎臓、それに骨髄を活性化して失われた血を補っていると、バタバタと廊下を走る足音が近付いてきました。

 荒々しくドアが開けられ、雪崩れ込んで来たのは女性騎士の一団でした。


「マルグリット様! カ、カミラ様……貴様、何者だ!」

「フレッド、黙らせて」

『承知……』


 一斉に剣を抜いた五人の女性騎士は、構える暇も無くフレッドに当て落とされてバタバタと倒れました。

 カミラの治療が軌道に乗り始めて、ようやく少し余裕が持てるようになると、何やら周囲が騒がしい事に気付きました。


 切れ切れですが、カミラ様とか、マルグリット様といった言葉の他に、暗殺とか乱心といった言葉が飛び交っているようで、また足音が近付いて来ます。

 僕が来る前に、カミラが刺されるのを見た誰かが知らせたのでしょうか。


「カミラ様! 誰だ貴様……」

「スケルトン、なぜ魔物が……」


 ここが第一王妃の部屋だとすると、場所は王城の後宮だから、踏み込んで来るのは女性騎士ばかりで、声を上げている最中にフレッドに沈黙させられていきます。

 男性騎士ならば、僕の顔を見知っている者が居たかもしれませんが、怪しい子供とスケルトンの組み合わせでは、誤解を解くには時間が掛かりそうなので、可哀相ですが眠っていてもらいましょう。


 ハルトに知らされて駆け付けて来た時、窓の外は赤く染まり始めたばかりでしたが、すっかり日が落ちて、星が瞬き始めています。

 次から次へと踏み込んで来た女性騎士は、片っ端からフレッドに当て落とされた後、縛り上げられて部屋の隅に転がされています。


 ついでに第一王妃も縛り上げて転がしてあります。

 全員さるぐつわを噛ませているので、目を覚ました者達がモガモガ言い出して耳障りですね。


「魔王様、もう大丈夫ですので、ラストックへ……」

「駄目だ、まだ毒が残っている。それにしても、貴族も王族も毒殺、毒殺、どうなってんだよ、リーゼンブルグって国は」

「申し訳ございません。どうやらアルフォンス義兄を私が殺したと、何者からか讒言を吹き込まれていたようです」


 お茶に混ぜられた毒を口にして、身動きが取れなくなったカミラに向かって、第一王妃は、アルフォンスの仇め思い知れ……そう喚きながらナイフを振るったそうです。


「でも、このタイミングで、何のためにそんなデマを流す必要があるんだ?」

「そこまでは、私にも分かりません」

「フレッド、部屋に灯りを点けて、目を覚ましている騎士を一人連れて来て」

『了解……』


 灯りの魔道具を点したフレッドが近付いて行くと、目を覚ましている女性騎士は一様に身を固くしましたが、一人だけ厳しい視線を向けている人が居ます。


「フレッド、その人を……」

『了解……』


 反抗的な視線を向けて来ていた女性騎士ですが、フレッドに軽々と抱えられると、さすがに観念した表情を浮かべました。


「カミラ、騎士団長を呼びに行かせて」

「畏まりました。こちらにいらっしゃるのは、魔王ケント・コクブ様だ。私の心配は無用だから、ベルデッツを呼んでまいれ」

「しかし、カミラ様……」

「私は大丈夫だ。危急故に後宮への立ち入りを許可すると伝えよ」

「はっ、畏まりました!」


 さすがにカミラ直々の命令には逆らえないようで、フレッドが縄を解くと、ビシっと音が聞えそうな敬礼をしてから走り去って行きました。

 ですが、カミラの治療を終えても、騎士団長は姿を現しません。


「カミラ、僕はラストックの様子を見に行ってくる。フレッドはカミラの護衛に残って。ハルトは、騎士団長が来たら知らせに来て」


 立ち上がろうとすると、カミラに腕を掴まれました。


「魔王様、どうかラストックの民をお救い下さい」

「ふふん、この僕を誰だと思っている? 魔王ケント・コクブが直々足を運ぶのだ。ネズミごとき薙ぎ払ってやるよ。だから、大人しく待ってろ」

「魔王様!」


 目を見開いて、何か言い掛けたカミラを強く抱き寄せました。

 過剰な魔力を治癒魔術に変換して二人の身体を循環させてから、背中に回していた腕を解くと、カミラは頬を赤らめて表情を蕩けさせています。


「行って来る!」

「ご、御武運を……」


 たぶん、ブースターのせいで変なテンションになっているからだって気付いているけど、自分で自分を制御しきれない状態です。


 これは、効果が切れて寝込んだ後が、とてもヤバそうですけど、止められないんですよ。

 さぁ、サクっとネズミ共をやっつけちゃいますかね。

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