第201話 討伐前夜
「5000ヘルトだ!」
「そんなぁ……」
「何か文句があるのか?」
「安すぎです!」
「ふん、材料のミノタウロスの角は持ち込み、後は俺達の手間だけだ。何を言おうが、それ以上は受け取らん!」
隷属のボーラを受け取りに行くと、魔道具職人であるガインさんから値段の提示がありました。
一般的な仕事の日給は500ヘルト程度ですが、専門性の高い仕事では1500ヘルト以上であっても珍しくありません。
ましてや今回は、ガインさんと娘のイエルスさんが、夜遅くまで作業してもらった結果です。
一日半、魔道具職人の二人が、精魂込めて作業してくれたのですから、もっと高くあるべきだと思うのですが、ガンとして余分な金額は受け取ってもらえません。
「お前さんには、ミノタウロスの角を融通してもらったり、ヴォルザードの街を守ってもらったり、まだまだ借りが残っている。職人としての手間賃以外は、受け取るつもりはねぇからな」
何とか援護射撃をしてもらえないかと、近くで作業しているイエルスさんに視線を投げても、軽く肩を竦められただけでした。
どうやら、一度言い出したら話を曲げないと分かっているのでしょう。
「分かりました、それでは5000ヘルトで結構です。その代わり、手に入らない素材があったら声を掛けて下さいね。大抵の物は何とかしますから」
「ふん、支払いはノットに渡せ、余分に置いていくんじゃないぞ!」
話はもう終わりだとばかりに、ガインさんは作業に戻ってしまいました。
こうなると取り付く島も無いので、工房を出て、店にいるノットさんに支払いをして帰りましょう。
「ノットさん、これ魔道具の代金です」
「駄目だよケント君、こんなに貰ったら、後で私が親父にどやされちゃうからね」
「はぁ……どうしてこう、みんな頑固なんですかねぇ……」
「はははは、親父にあれだけ言われて、それでも余分に支払おうとするケント君も頑固だと思うよ」
仕方が無いので、キッチリ5000ヘルトだけ支払いを終えました。
「うーん……これだけの仕事をしてもらったら、もっと要求しても良いと思うんですけど」
「まぁ、今回の仕事はちょっと特別だったけど、親父にしてみれば、魔道具を作るという事では日用品と一緒なんだよ」
「でも、かなり急いで作ってもらいましたよ」
「うん、その分は加算してあるよ」
「でもなぁ……」
僕からしてみれば、到底真似の出来ない職人業が詰まっている魔道具ですから、日用品と一緒というのも納得出来ませんし、やはり値段が安すぎる気がしてなりません。
「うちの親父はね、法外な値段を吹っ掛けるような事は、絶対にしない。その代わり、安売りする事も無いんだよ」
「それって、どんな仕事も一緒って事ですか?」
「そう、その通り! 今回のように特別な品物であろうと、日用品の魔道具であろうと、職人として決して手を抜かないという親父の意思表示なんだ。前に、陣紙の良し悪しについて話をした事があったよね」
「はい、材料の質や陣の正確性とかで、性能が変わってくるんですよね」
「そうそう、陣紙や日用品の魔道具は値段が高いものではないけど、思った通りの性能を発揮してくれないと、使う人は本当に困ってしまうんだよね。日常的に使えて当たり前の魔道具だからこそ、絶対に手を抜かないんだ」
「なるほど……それが職人としての誇りなんですね」
「それとね、同じ仕事をするのだから、同じ値段を請求するのが当たり前で、特別な品物だからと高い値段を請求するなら、日用品にも高い値段を付けなきゃおかしい。魔道具は使ってもらわなきゃ意味が無いのだから、日用品は高くしない。それならば、高級品だろうが、一点ものだろうが、手間賃は一緒だというのが、親父の考えなんだ」
「なるほど……いかにも頑固な職人って感じですね」
「はははは、そうだね」
「でも、ちょっと格好良いですよね」
「そうだろう」
ノットさんと笑い合った後で、改めて隷属のボーラを急いでもらったお礼をして、店を後にしました。
職人として、仕事を分け隔てしない、同じ姿勢で臨み、掛かった時間だけ手間を貰う。
Sランク冒険者なんだから、FランクやEランクの連中より稼いで当たり前。
どちらも正しい考え方なんでしょうが、仕事に値段を付けるのって難しいです。
完成した隷属のボーラを持って、バルシャニアに移動しました。
バルシャニア軍は、ギガースから300メートルほど離れた場所に陣地を作り、そこから更に500メートルほど後方にキャンプを設営しています。
一番奥にある大きな天幕が、皇帝コンスタンのための天幕でしょう。
中を覗くと、敷物の上に鎧を脱いだコンスタンがドッカリと座っています。
鎧の胸当てだけを着けたグレゴリエも一緒でしたが、二人とも考えに沈んでいるようで、言葉を交わす様子は見られません。
声を掛けながら影から出て、お邪魔しました。
「こんばんは、ケントです。隷属のボーラをお届けに参りました」
「仕上がったか、世話を掛けたな」
「いえ、僕は注文してきただけですから」
「早速だが、品物を見せてもらおうか?」
「はい、こちらに、重た……」
隷属のボーラは、気を抜くとよろけそうな程、ズッシリと重量があります。
影収納から取り出して、コンスタンの前に置きました。
「ほぅ、なるほどな。魔力を通すミノタウロスの角で鎖を作り、これが絡めば大きな隷属の腕輪として働く訳だな」
「はい、その通りです」
コンスタンは、グレゴリエの腕に隷属のボーラを巻き付けて、実際の効果を確かめさせました。
「マナよ、マナよ、世を司りしマナよ、集え、集え、我が手に集いて風となれ、踊れ、踊れ、風よ舞い踊り、風刃となれ! 」
グレゴリエは左腕に鎖を巻き、右手で属性魔術を発動させようとしましたが、気流が生み出される事はありませんでした。
「マナよ、マナよ、世を司りしマナよ、集え、集え、我が身に集いて駆け巡れ、巡れ、巡れ、マナよ駆け巡り、力となれ!」
「どうだ、グレよ」
「はい、属性魔術は全く、身体強化の魔術も殆ど発動出来ません」
グリフォン討伐の時に威力を発揮していたのですから、品質に問題は無いでしょう。
その点に関してはコンスタンも満足したようですが、同時に懸念も覚えているようです。
「グレよ。それを扱えるか?」
「そうですね……少々重量はありますが、身体強化を使えば扱えるでしょう」
「確実に当てられるか?」
「それは……」
グレゴリエは、実際の戦場を思い浮かべているようです。
「難しいかもしれません。ギガースが接近を許す場所は、土のドームが無い所までです。そこから投じた場合、狙い通りにいくかは微妙なところです」
「そうか。ケントよ、そなたらがグリフォンに使った時には、どのぐらいの距離まで接近したのだ?」
「僕らは影移動が使えますから、動きを止めたグリフォンの至近距離から投じた感じです」
「そうか……明日の討伐の時、この魔道具を投じる役目を引き受けてもらえぬか? 失敗は許されないし、我々では確実に当てられる距離まで接近するのが難しい。どうだ?」
「はい、それは構いませんが、グリフォン討伐の時に、この魔道具を使った三人のうち一人は、護衛の指揮を任せているので、実際に投げられるのは二人になってしまいますが……」
「それは構わぬ。用意した魔道具は四個で、投じるのは二人。それならば、一度失敗しても、やり直しが出来る」
「分かりました。お引き受けいたします」
僕らならば、闇の盾を使って至近距離から投じられますし、万が一失敗しても回収は可能です。
「隷属のボーラを命中させた後の攻撃は、どうしますか? ご要望のあった威力の高い攻撃は準備してありますが……」
「悪いが、そこは我々に譲ってもらおう」
僕の話を遮るようなグレゴリエの言葉には、覚悟が感じられました。
「恐らく、貴様に任せておけば、すんなりと討伐出来るのだろうが、バルシャニアの街が襲われ、バルシャニアの民が殺されているのに、我々が何もせずに事を終わらせる訳にはいかない。散々手助けしてもらっておいて、こんな話をしても格好は付かないのは分かっている。それでも、ただ眺めているなど許されんのだ」
言葉を切ったグレゴリエから視線を向けられたコンスタンは、重々しく頷きました。
「ケントよ。手柄を横取りするようで申し訳無いが、受け入れてもらえぬか?」
「はい。僕の攻撃は、万が一の時の備えで結構です。どうぞ心置きなくギガースに鉄槌を下して下さい」
「すまない、感謝する」
「僕としても、ギガース討伐の経験を積んでおく事は良い経験になりますので、出来る限りのお手伝いをさせていただきます」
グレゴリエから、これまでのギガースの行動パターンを聞き、明朝の作戦開始時間を決めて、この日の打ち合わせは終了しました。
「それでは明朝、防衛陣地に伺います」
「待て。セラには会っていかぬのか?」
「えっと……ヴォルザードの義姉から、一人を特別扱いするなと言われてまして……」
「なるほど、確かにそれも道理だな。だが、不安を感じている婚約者を放っておくのは男としてどうなのだ?」
コンスタンは、それまでの重々しい表情から一変し、ニヤリと口元を緩めました。
「うっ、それは……」
「我々は、人を相手にした戦いならば、遅れを取るつもりもないし、実際負けはしないだろう。だが、今回の相手ギガースは別だ。個人の力は勿論、集団で立ち向かっても殆どダメージを与えられない相手だ。実際、初戦では術士隊に多くの犠牲者を出してしまった。昼間、ワシ等の様子を見に来た時に、必ず勝つ、必ず生きて戻ると伝えたが、その言葉に不安が混じっている事を、敏いセラには気付かれているだろう。今は、後方キャンプに居るから会っていってくれ。そして、明日はこちらには来ぬように、言い聞かせてくれまいか?」
「分かりました」
影に潜って、連絡役のヒルトを目印として移動すると、セラフィマは天幕の中に居ました。
絨毯のような毛足の長い敷物に、ヒルトと向かい合って座っています。
「やはり、明日は前線に行かない方が良いのでしょうか?」
「わぅ、来ちゃ駄目って言われたら、我慢しないと駄目なんだよ」
「でも、やはり心配です」
「わふぅ、ご主人様が居るから心配ないよ」
「勿論、ケント様を疑っているのではありませんが……心配です」
「わぅ、ご主人様は強いから大丈夫だよ」
うん、こちらの世界の王女様の間では、コボルトに人生相談するのが流行ってるのでしょうかね。
意気消沈しているセラフィマの肩を、ヒルトがポンポンと叩いて元気付けている姿は、何だかほのぼのしますねぇ。
「セラ、入ってもいい?」
「ケ、ケント様! どうぞ、お入りください」
「こんばんは、お邪魔するね」
「何かございましたか?」
前触れも無しに僕が姿を現してので、セラフィマは心配そうな表情を浮かべています。
「明日のギガース討伐に使う魔道具が出来上がったから、届けて来たところ。ちょっと休憩させてもらってもいい?」
「はい、勿論です。お茶の支度……ケント様、ご夕食はお済みですか?」
「ううん、バタバタしてたから、まだ食べてないや」
「場所柄、大したものは出せませんが、お召し上がりになられますか?」
「セラも一緒なら……」
「はい、では、ご用意いたしますね」
セラフィマが食事の準備をしに天幕を出て行くと、ヒルトが摺り寄って来ました。
「ヒルト、セラの話し相手になってくれて、ありがとうね」
「わふぅ、ご主人様、撫でて撫でて」
ヒルトは敷物の上に、お腹を見せて寝転びました。
リクエスト通りに撫でてやると、ヒルトはうっとりとした表情で、満足気に尻尾を振っています。
さすがに皇族が使う敷物とあって、素晴らしい手触りですが、ヒルトのお腹の方がモフモフで気持ち良いですね。
天幕の中は暖房が焚かれていて、じっと座っていると眠気が襲って来ます。
ヒルトと一緒に寝転んだら気持ち良さそうなんですが、ちょっと行儀悪いよね。
「お待たせしました、ケント様」
セラフィマと一緒に来た給仕の女性が、テキパキと食卓を準備してくれました。
メニューは炙ったソーセージとスープ、黒パンというシンプルなものでしたが、戦場の後方キャンプですから、贅沢なメニューは最初から期待していません。
給仕の女性は、食卓を整えると、一礼して下がっていきました。
「さぁ、ケント様、お召し上がり下さい」
「ありがとう、いただきます」
メニューはシンプルなのですが、ソーセージやスープの味付けは、ヴォルザードとは少し違っていました。
唐辛子のような、胡椒のような、ピリっと辛いスパイスが使われていて食欲を刺激します。
スープのベースはトマトに似た野菜なのですが、甘味というか旨味が濃厚で、根菜との相性も抜群です。
「あふっ……これ、辛いけど凄く美味しい。これはバルシャニア特有の味付けなの?」
「はい、この味付けはバルシャニアでは一般的なものです。お気に召していただけましたか?」
「うん、この前、バッケンハイムの肉料理の店に行ったんだけど、そことも全然違う味付けで、こちらの世界の料理は美味しいね」
「バッケンハイムというと学術の街ですよね。何か調べものでもございましたか?」
「ううん、バッケンハイムまでは、本部ギルドのマスターの護衛として付いて行ったんだ」
マスター・レーゼの護衛としてバッケンハイムに同行し、帰りはヴォルザード家の馬車を護衛して戻っている途中である事や、山賊や盗賊、崖崩れなどの話をセラフィマに聞かせました。
いつの間にか、ヒルトは僕の足に頭を預けて、完璧リラックスモードです。
「はぁ……何だか、ケント様の行かれる先々で、トラブルが待ち構えているようですね」
「あぁ、言われてみるとそうかも。と言うか、トラブル多すぎだよね」
「ケント様のように有能な方の下には、人や物が集まってまいりますので、自然と事件も増えるのでしょう」
「うーん、僕は平穏に暮らして生きたいんだけどなぁ」
「申し訳ございません。私達もケント様に頼ってしまって……」
「ううん、それは気にしないで。ギガースみたいな魔物には、みんなで協力して戦わないと被害が大きくなるばかりだからね」
「ありがとうございます……」
護衛の話を聞いていた時には、笑顔も見せてくれていたセラフィマですが、ギガースの話題となると表情を曇らせました。
「やっぱり、心配?」
「はい。ケント様がいらっしゃる前に、多くの術士が命を落としました。傷を負って運ばれて来た者達の話を聞けば、バルシャニアが誇る術士隊の攻撃が殆ど効いていないと……明日は、ケント様の御力添えがあるとは言え、また多くの者が傷付くのではないかと思うと、皇族として情け無い話ですが、不安が抑えられません」
「前線に行きたい?」
「それは……分かりません。父や兄の近くに居たいという気持ちはあるのですが、行って足手纏いになってはいけないとも感じていて。どうすれば良いのか……」
セラフィマは、自分の気持ちと行動の折り合いが付けられないで苦しんでいるように見えました。
「僕は……セラには、ここに残ってもらいたい」
「ケント様……」
「たぶん、明日の戦いも厳しいものになると思うし、場合によっては多くの怪我人を出すかもしれない。その時に、ここのキャンプの役割はとても重要になると思うし、ここをシッカリと取り仕切ってくれる人が必要だよね。それは、セラの役目じゃないかな?」
セラフィマは、俯きがちだった顔を上げて僕を見つめました。
「はい、そうでした。それは私の役目です。お任せ下さい」
「うん、僕も出来る限り協力するから、ここはよろしく頼むね」
「はい、畏まりました」
セラフィマの表情からは迷いが消えたようで、この様子ならば、前線に出て来てしまう心配は要らないでしょう。
懸念が一つ無くなったら、また睡魔が襲ってきました。
今度は、夕食も食べ終えて、お腹も一杯になって、更に威力を増しています。
瞼が重たくなって、ふぁーっと意識が飛びそうになります。
「ケント様?」
「にゃ、にゃにかな?」
「お疲れのように見えますが」
「うん、でも大丈夫、あとは戻るだけだから」
「そうですか……あの、少しお休みになってから戻られましたら?」
「えっ……」
セラフィマは、リラックスモードのヒルトを指差した後で、自分の太腿をポンポンと叩いてみせました。
それって、セラフィマの膝枕で一休みしていけってお誘いですよね?
「お嫌でしょうか?」
「嫌……ではないです、はい」
「では……どうぞ」
なんででしょう、ポンポンの誘惑に勝てそうもないです。
「じゃあ、ちょっとだけ……ふぉぉぉ」
華奢に見えるセラフィマですけど、太腿は適度な肉付きで、首を支える高さがジャストフィットです。
正面から顔を合わせるのが気恥ずかしくて目を閉じたら、頬に柔らかな感触が訪れました。
驚いて目を開けると、慈しむような微笑みを浮かべたセラフィマは、僕の頭をそっと撫で始めます。
あぁ、アンジェお姉ちゃんとは一味違う良い子良い子に抗えません。
この包容力……皇女様補正なのでしょうかね。
お腹に重みを感じで視線を向けると、膝枕から下ろされたヒルトが場所を移って頭をもたれかけています。
セラフィマに撫でられながら、ヒルトを撫で始めたのですが、色々と柔らかくて、暖かくて、モフモフで、あっけなく眠りに引き込まれてしまいました。
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