第194話 イロスーン大森林
イロスーン大森林は、マールブルグ家とバッケンハイム家の領地の境に位置する森林地帯です。
街道を通って横断するだけでも、乗り合い馬車で二日、徒歩ならば四、五日は掛かるほどの広さがあり、南北の長さは更に倍ほどにもなるそうです。
広大な森林地帯には、多くの野生動物が生息していますし、魔の森ほどではありませんが魔物も住み着いています。
街道沿いに七つほどの集落が点在していますが、林業と狩猟、そして旅人相手の商売を生活の糧としているそうです。
バッケンハイムを出発して二日目の午後、ヴォルザード家の馬車はイロスーン大森林の入口へと辿り着きました。
森の入口にはギルドの出張所が設けられていて、ここで通行する人達が安全に旅が出来る状態にあるのか確かめているそうです。
例えば、歩いて横断しようとする者は、Dランク以下の者には護衛が必要となりますし、馬車についても護衛のランクと人数の確認が行われます。
そして、護衛が必要な人に対しての冒険者の斡旋なども行われているそうです。
「ヴォルザード家の馬車ですか、総員七名、うち護衛が二名、ランクは……Sだと!」
ヴォルザードからバッケンハイムへ向かう時には、マスター・レーゼやラウさんと一緒でしたし、何よりもブランが引くキャビンだったので顔パス状態で通り抜けてきました。
ヨハネスさんと一緒に通行の手続きに来た僕の顔を、担当者は何度もギルドカードと見比べ、カードが本物か魔道具を使ってチェックまでしました。
まぁ、ヴォルザードの外では殆ど名前も顔も売れていませんし、こうした状況も当然ですよね。
「確かにカードは本物だし、最年少Sランク冒険者の噂も聞いていたが、まさかこんな小僧とは……」
「僕の場合は、僕よりも一緒に戦ってくれる眷族が強力だからですよ」
そう言って、なるべく周囲の注目を集めないようにしたのですが、手続きに手間取ったせいで、あちこちからヒソヒソと囁く声が聞こえて来ます。
森の通行には危険が伴いますので、強力な護衛がいる馬車や、高ランクの冒険者の近くで行動しようと窺っている人が少なからず居るそうです。
腕の立つ人の近くに居れば、自分達も難を逃れられると思っての行動なのでしょうが、護衛をする側から見ると、ついでに守ってもらいたい人なのか、それとも強盗目的の者達なのか判断が出来ず、非常に始末に困る存在でもあります。
「鷹山、ちょっと場所を替わってもらえるかな?」
「構わないけど、国分が護衛対象の近くにいた方が良くないか?」
「護衛対象の近くには、僕の眷属が居るから大丈夫。それよりも何かが起こった時に、眷族のみんなから報告を受けて、それから外に出て確認して指示を出す……だと、初動が遅れそうな気がするんだ」
「そうか、じゃあ俺がキャビンの中で護衛に回る」
「うん、僕とヨハネスさん以外の者が近付いて来てもドアは開けないでね」
「分かってる。国分こそ気を付けろよ」
イロスーン大森林に入る前に、鷹山と場所を替わって御者台に座る事にしました。
「ヨハネスさん、よろしくお願いします」
「こちらこそ頼むよ。一応街道には多くの旅人も居るし、魔物や盗賊が現れる事は滅多に無いが、用心する越した事は無いからな」
「はい、街道脇には僕の眷族も併走させておきますので、余程の事が無い限りは問題無いはずです」
ヴォルザード家の馬車が進む街道の脇、森の中を五頭ずつ、計十頭のコボルトが併走し、魔物や盗賊の接近に備えます。
その他にも二頭のコボルトを先行させ、偵察をしてもらっています。
ネロやゼータ達も、いつでも出られるように準備していますし、はっきり言って襲って来る魔物や盗賊が居たら同情しちゃいそうな過剰戦力です。
ヴォルザード家の馬車が、大森林を貫く街道を進み始めると、少しの間隔を置いて何台かの馬車が続いて来ました。
『バステン、後ろの馬車を見張っていて。おかしな様子があったら知らせて』
『了解しました。襲い掛って来るようならば、軽く足止めを食らわせてやりますよ』
『程ほどで、ヨロシクね』
例え後ろから付いてくる馬車が盗賊で、途中で襲って来たとしても、バステン達に馬車の車輪を壊されれば、そこで野望は潰えるはずです。
『ケント様らしい判断ですが、盗賊共への処罰は、山賊と何ら変わりませんぞ』
『つまり、盗賊に関われば死罪って事だね?』
『その通りですし、下手に情けを掛けると、他の旅人に害を成すかもしれませんぞ』
『そうだね。でも、今の僕らの仕事はヴォルザード家の皆さんを安全に家まで送り届ける事だし、旅をする者は、己の身は己で守るものなんでしょ?』
『まぁ、そうではありますが、街道での騒動は、通常の依頼業務とは異なって、何かあれば手助けをするのが原則ですからな』
通常、冒険者の活動は、全てが自己責任であり、救援を求められた時以外は手出ししないのがマナーとされています。
手出しをした場合、最悪、獲物を横取りしようとしたと思われて、攻撃されても仕方ないそうです。
これが、街道上のトラブルの場合には、救援要請の有無に関わらず、出来る限りの手助けをするのが原則だとされているそうです。
例えば、魔物と交戦している人が居たならば、可能な限りの援護を行って助け合い、手に入れた素材も分け合うのだそうです。
『なるほど、だとしたら、襲って来る輩が居た場合には、殲滅しちゃった方が良いのかな?』
『もしくは、完全に武装解除を行ってから、官憲に突き出すのが良いですな』
イロスーン大森林を貫く街道は、大型の馬車でも余裕を持ってすれ違えるほどの道幅があり、道の脇も道幅と同じぐらいの幅で草地になっています。
所々に水場も作られていて、馬がへばった場合には休ませられるように整備されていました。
ランズヘルト共和国では、馬車は道の左側を通行するように定められていて、御者台の右側にヨハネスが座って手綱を操っています。
僕は御者台の左側に座り、道の前後左右へと視線を走らせて警戒していたのですが、後ろから付いてくる馬車も十分に離れていますし、すれ違う馬車も疎らで、何だか長閑な旅行気分になって来てしまいます。
「入る前は緊張してたんですが、何も起こりそうもないですね」
「ははは、いくらイロスーン大森林だからと言っても、魔の森ほど危険ではないよ」
「そうか、どうしても森と聞くと魔の森を思い浮かべちゃうからですね」
「そう言えば、ヴォルザードは極大発生に襲われたと聞いたが……」
「えぇ、物凄い数のゴブリンでしたね。城壁の周囲が埋め尽くされて、積みあがった死骸が城壁の上に迫る勢いでした」
「それほどだったのか……」
「はい、一旦は押し返して、このまま少しずつ削っていけば大丈夫だと思っていたのですが、サラマンダーが四頭現れて、逃げ惑ったゴブリンが再び突っ込んで来て、かなり危険な状態でしたね」
その他のロックオーガや、統率されたオークの群れ、ラストックを襲ったミノタウロスの群れや飛来したグリフォンの話をすると、ヨハネスさんは緊張した表情を浮かべていました。
「その、大丈夫だったんだよな、ヴォルザードは」
「はい、グリフォンにやられて被害は出ましたが、一般市民には被害は出ていませんし、街も荒らされてませんよ」
「今の話が本当なら……いや、本当なのだろうが、よく被害を出さずに済んだものだな」
「守備隊の方達や冒険者の皆さんも頑張ってましたからね」
ヨハネスさんは、ヴォルザードの生まれですが、大きな被害が出た十八年前の極大発生の当時は、まだ幼かったので殆ど記憶していないそうです。
ヴォルザード家の皆さんも、フィオネさんも巨大発生は経験が無く、バルディーニにはバッケンハイムに残るように、指示が届くかもしれないと思っていたそうです。
「バッケンハイムに残っていれば、ヴォルザードよりは間違いなく安全だし、万が一の事態が起こっても血筋を絶やさずに済む。クラウス様ならば、そのような指示が届いてもおかしくないと思っていた。バルディーニ様にも戻られるように指示が届いたという事は、それだけケントを信頼しているのだろうな」
「僕というよりも、僕の眷族達の総力を信頼してくれているのだと思います」
この日は天候にも恵まれて、イロスーン大森林を進む道程は、まるでドライブでも楽しんでいるかのように快適でした。
別に気を抜いていた訳ではありませんが、御者台の隙間から、ひょこっとアルトが顔を出したので、思わずビクっとしてしまいました。
「ご主人様、前方で、馬車がオーガに襲われてます」
「分かった、ヨハネスさん、馬車が見える程度の位置で止めて下さい」
「了解した。ケント、馬車を止めたら、後ろの馬車に向かって大きく手を振って合図してくれ。それで後の馬車も止まるはずだ」
「分かりました」
緩いカーブを抜けると、200メートルほど先に馬車が倒れているのが見えました。
ヨハネスさんが手綱を引いて馬車を止め、僕が後の馬車に合図を送ると、大きく手を振って合図が返されて来ました。
後の馬車が止まったのを確認したら、今度は救援に向かいます。
「ヨハネスさん、護衛は残しておきますから、ここで待っていて下さい」
「分かった、気を付けてくれよ。うちの護衛が第一だからな」
「分かってます、じゃ、行って来ます」
闇の盾を出して影に潜って、一気に前の馬車の近くまで移動しました。
二頭立ての小型の馬車が横倒しになり、オーガが一頭、倒れた馬を引き裂いて食らっていました。
御者台に座っていた人達は、近くの木立に身を潜めて、成り行きを見守っています。
魔物の数が少ない場合や、護衛の力量が伴わない場合には、馬を犠牲にしてでも自分達は息を潜めて、やり過ごすというのが常識だそうです。
今回も、オーガは馬一頭を腹に収めれば、他の者には手を出さないだろうという判断なのでしょう。
『ケント様、オーガを逃せば、また旅人が襲われる事になりますぞ』
『そうだね、じゃあサクっと倒しちゃおうかね』
突然近くから現れると、怪しまれる恐れがあるので、道を少し戻った街道脇から表に出て、オーガに向かって踏み出しました。
身体強化を掛けて疾走しながら、両手に風属性の魔法を準備しておきます。
オーガに気付かれないように、倒れた馬車に隠れながら接近し、走り抜けながら風の刃を振るいました。
10メートルほど走り抜けてから振り返ると、僕の姿を追って振り向いたオーガの巨体が、ズルっと斜めに両断されて崩れ落ちました。
『おおぉ、さすがはケント様、御見事ですぞ』
「アルト、周囲に他の魔物は?」
「近くには、ゴブリン一匹居ません」
「よし、そのまま警戒して、近付いて来るものは排除して、それとヨハネスさんに討伐は終わったと知らせておいて」
「了解です、ご主人様」
さて、オーガは自分で思っていた以上の斬れ味で討伐出来ましたが、この後はどうすれば良いのでしょうかね。
後始末をどうしたものかと考えていたら、オーガが倒れたのを見て、隠れていた御者が木立から出て来ました。
「オ、オーガは、死んだのですか?」
「はい、もう大丈夫ですよ」
「ありがとうございます。おい、お嬢様達を助けに行くぞ」
「ちょっと待ってくれ、肩が……」
御者と思しき人物は、僕に向かってペコペコと頭を下げると、後ろに居た冒険者風の男に声を掛けましたが、男はどうやら右肩を痛めているようで、腕が上がらないようです。
どうやら倒れた馬車の中に、まだ人が乗っているようです。
出入り口がある左側が下になって倒れているので、出て来られないのでしょう。
倒れた馬車に登って、窓から声を掛けてみました。
「オーガは討伐しましたから、もう大丈夫ですよ」
すると、被っていた布を払って、女性と女の子が姿を現しました。
「すみません、手を、手を貸していただけますか? お嬢様、しっかりして下さい、お嬢様!」
良く見ると、女の子は頭から血を流して、ぐったりとしています。
馬車の中に入って、治療する事にしました。
「ちょっと失礼します。僕、少し治癒魔法が使えますので、診せて下さい」
「本当ですか! お願いします、お嬢様を助けて下さいませ」
女の子は、メイサちゃんと同じぐらいの年頃で、左の側頭部を激しく打ったらしく、エメラルドグリーンのフワフワの髪が血に染まっています。
意識が無いようで、呼吸も浅く弱々しく感じます。
傷口を覆うようにして右手を当て、意識を集中して治癒魔法を流していきます。
裂傷、頭蓋骨の骨折、僅かに脳内出血もあったようですが、綺麗に塞ぎ終えました。
頭の傷の治療は終えたのですが、何だか酷く具合が悪そうに見えます。
「あの……頭の傷は治療したのですが、この子は、どこか具合が悪いのですか?」
「はい、胸の病なのですが、バッケンハイムの治癒士様にも、完治は難しいと言われてしまって……」
「そちらも拝見しても宜しいですか?」
「はい、ですが、バッケンハイムの高名な治癒士様に……」
女性の説明を半分聞き流しながら、女の子の胸に手をかざすと、肺が炎症を起こしているようです。
それが原因なのか、肺が上手く広がらず、ガス交換が出来ていないようです。
炎症を抑えて、健康な状態に戻るようにイメージしながら治癒魔法を流していくと、固く硬直していた肺が柔らかさを取り戻し、呼吸も大きく深く出来るようになっていきました。
まるで死人のように蒼ざめていた頬にも赤みが戻り、表情にも柔らかさが戻って来たようです。
「うん、これで大丈夫でしょう」
「そんな……バッケンハイムでも三本の指に入るという高名な治癒士様が、匙を投げたのに……」
「たまたま僕の治癒魔法の方が、この子の体質に合ったんじゃないですか?」
呆然とする女性の腕の中で、女の子は健やかな寝息を立てています。
「国分、大丈夫か?」
「おぅ鷹山、今治療を終えたから、馬車を起こそう」
女性には馬車に乗ったままにしてもらい、鷹山や後続の馬車にいた男性達と力を合わせて馬車を起こしました。
馬二頭の内、一頭はオーガの餌食になってしまいましたが、もう一頭は落ち着かせれば大丈夫そうに見えます。
次の集落までは、もう少しの距離ですし、このまま一頭でゆっくりと馬車を引き、集落で馬を仕入れるそうです。
出立の支度を終えて、御者の男性が改めて礼を言いに来ました。
「危ないところを、本当にありがとうございました。私は、マールブルグのデュカス商会に雇われているラコルと申します。リシルお嬢様の怪我まで治療していただき、本当に何と申し上げて良いものやら……」
「そう言えば、もう一人の男性は、大丈夫ですか?」
「あぁ、ジャールは、どうやら肩が外れたようで、先ほど通りがかりの男性に入れ直してもらって、なんとか……」
「そうですか……でも、これからまだ道中が続くのですよね? あの方は護衛役ではないのですか?」
「はぁ、そうなのですが……全く見かけ倒しで……」
オーガに襲われて馬車が倒れた時、御者台に乗っていた二人は街道脇へと投げ出されたのですが、ラコルさんは受身を取ってほぼ無傷だったのに、護衛に雇われているジャールは右手を突いて肩を脱臼したのだそうです。
「それでも腕が動かないのは拙いですよね。良ければ治療しますが……」
「本当でございますか? はい、費用はお支払いいたしますので、是非お願いします」
関節の治療は、福沢選手に行いましたので、似たような要領で済ませられました。
靭帯の損傷ではなく、肩関節の位置を決める部分に損傷がみられたので、そこを重点的に補修して、炎症を抑えれば治療は完了です。
「うぉ、マジか……全然痛くねぇ、これならいつも通りに剣が振るえるぜ」
ラコルさんからは、礼金として5万ヘルト分の金貨を受け取りました。
日本の金銭感覚だと50万円程度のお金をポンと払えてしまうあたり、デュカス商会というのは大きな店なのでしょう。
別れ際に名前を問われて、ヴォルザードの冒険者ケントだと答え、Sランクである事を明かしたら、みんな驚いてましたね。
ちなみに、オーガの死骸からは魔石と角を回収し、馬の死骸と一緒に土属性魔法で掘った穴に入れ、鷹山の火属性と僕の風属性を合わせた炎で焼却してから埋めました。
途中、オーガ騒動はあったものの、夕方には予定していた集落スラッカに到着いたしました。
スラッカは、周囲を水掘と丸太塀で囲まれた、イロスーン大森林の中にある集落として典型的な形をしています。
壁の四隅には見張り用の櫓が築かれていて、夜になると篝火や魔道具の明かりが灯されるそうです。
ヴォルザードのミニチュアといった感じですね。
スラッカでの宿も、ヴォルザード家の定宿だそうで、馬を騙し取られたり、ぼったくられる心配は要りません。
宿の警備も基本的には眷族のみんなが請け負ってくれるので、夕食後はヨハネスさんも、鷹山も、ゆっくりと羽を伸ばしています。
「ヨハネスさん、ちょっと出てきても良いですかね?」
「こちらの護衛の体制を維持してくれているならば構わないが、こんな時間にどこに行くんだ?」
「はい、折角だから少し森の中を散歩して来ようかと……」
「ははは……さすがはSランク冒険者だな。普通、夜の森を一人で散歩しようなどとは考えないぞ」
「まぁ、僕の場合は街への出入りも自由ですし、眷族のみんなが一緒ですからね」
「国分、お前また秘密の特訓でもしに行くんじゃないだろうな?」
「そんな事しないよ。ただの散歩だよ」
影の世界へと潜ると、もうみんな待ちきれない様子で、尻尾をブンブン振り回して待ち構えていました。
バステンとザーエ達に留守番をお願いして、街から離れ、見張りの目が届かない場所まで移動してから表に出ました。
表に出た途端、しっとり濃密な緑の香りを含んだ夜気に包まれます。
空には大きな月が昇っていて、下草や苔が輝いて見えました。
「にゃー……やっぱり森の中は気持ちがいいにゃ」
「そうだね。自然の生命力に包まれている感じがするよ」
表に出て来たネロは、グーっと伸びをすると、倒木でバリバリと爪研ぎを始めました。
コボルト隊のみんなは、木立を縫うようにして駆け回り、ゼータ達も一緒になって楽しんでいます。
『夜の森は、獣や魔物が支配する世界ですが、今はケント様の足元に平伏しておりますな』
「とんでもない。自然の力を上回れるなんて、そんな大それた事は考えていないよ。この森が出来上がるまでには、何十年、何百年の歳月が必要だし、その時間の流れの前では、僕なんてちっぽけな存在だよ」
『ケント様らしいですな。普通、これほどの力を手にすれば、それを思うがままに振るってみたいと思うものです。それを気負う事無く、自然体で振舞われる……いや、まさに王者の風格ですな』
「王様かぁ……僕には無理だなぁ……王様は、家来を従えなくっちゃいけないけど、ここに居るみんなは、家来じゃなくて家族だからね」
『ケント様、本来家来になるという事は、王家という大きな家に加わって家族になるという事ですぞ』
「そうなの? でも、今のリーゼンブルグ王国は、そういう感じでは無いよね?」
『そうですな。国が大きくなり、家来の数も増えると、家族という意識は薄れてしまいますな。家族という意識があれば、誰が上だとか、誰が下だとかいう話も無く、誰かが困れば皆で助け、誰かに良い事があれば皆で喜べるのでしょうな』
「砂漠化の進行で、生活するにも困る人が居るのに、権力争いに明け暮れるなんて家族じゃないよね」
『その通りですな。全ての民が笑って暮せるような国にするには、リーゼンブルグという国が一つの家族になる必要があるでしょう。ワシは、ケント様ならば、それが出来ると思っておるのですが……』
ラインハルトからは、リーゼンブルグを思う真摯な気持ちが伝わって来ます。
そこには、僕を信じ、僕に期待する気持ちも一緒に込められていました。
「ごめんね、ラインハルト。今の僕には無理だよ。今の僕にはね……」
『ふはははは、承知しておりますぞ。魔の森で召喚されて以来、苦楽を共にして参りましたから、ケント様の人となりは良く分かっております。ですが、ワシもかつては騎士団で一分団を預かっていた男です。人を見る目は、曇ってはおらんつもりですぞ』
「はぁ……僕は、家族との関わりが薄かったから知らなかったんだけど、家族からの期待って、こんなに重たいもんだったんだね」
『ぶはははは、ケント様一人に背負わせる気はございませんぞ。背負う時には、我らも共に背負いますぞ』
正直、王様になるつもりはありませんが、かつてラインハルト達が愛し、忠誠を誓ったリーゼンブルグが、良い国になるための手助けは惜しまないつもりです。
でも、式典とか堅苦しい行事って苦手なんだよねぇ。
豪華な建物も、豪華な食事や服も欲しいとは思わないし、それよりも、今夜みたいに皆と散歩を楽しむ時間の方が、僕には大切です。
「ご主人様、撫でて、撫でて」
「ネロは、耳の後ろがいいにゃ」
「主殿、私もお願いします」
「はいはい、みんな順番だよ……おわぁ、駄目駄目、押さないでぇぇぇ……」
月明かりの下の散歩は、予定していた時間を大幅にオーバーしちゃいました。
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