第193話 辞職

『国分健人 様


短い間でしたが、大変お世話になりました。

 先日、御足労いただきました、福沢茜、神林美緒、両選手への治療は、日本政府からの依頼ではなく全て私の一存で行ったものです。


 各種決済書類の捏造、経費の私的流用、そして、医師の資格を持たない国分さんへの治療の依頼など、数々の規則や法律を逸脱した行為に対するケジメをつけるため、私、鈴木由香里は、本日付けで辞表を提出し、内閣官房職員を辞する事としました。


全ての責任は私が負い、ご迷惑は掛けない所存ですが、今後、国分さんの責任を問う声が上がり、ご不快な思いをさせてしまうかもしれません。

 何も知らされずに迷惑を掛けられるのは、承服しかねると存じますので、今回の不祥事を起こすに至った動機を伝えさせていただきます。


 私には、血液の病気が原因で二年前に他界した妹がおりました。

 治療に際し、薬の副作用に苦しむ妹の心の支えとなっていたのが、福沢選手でした。


 日本中の期待を背負って出場した前回の冬季オリンピック、福沢選手はショートプログラムで高難度のジャンプに果敢に挑み、着氷が乱れた上に回転不足を取られ、まさかの七位スタート。

 病室で観戦していた妹も、がっくりと気落ちしていました。


 ですが、翌日のフリープログラムで、福沢選手は再び高難度のジャンプに挑み、見事に成功。

 当時の世界最高得点を塗り替えて、銀メダルを獲得いたしました。


 計り知れないプレッシャーの中でも果敢なチャレンジを行い、失敗しても怖れる事無くチャレンジを続けて栄冠を勝ち取る。

 残念ながら、妹は病魔に打ち勝つ事が出来ませんでしたが、福沢選手の諦めない姿が、生きる希望と勇気を与え続けてくれました。


 その福沢選手が、選手生命の危機に瀕していて、私に救う手立てがあるのならば、迷う事など何もありませんでした。

 恐らく私は、刑事訴追を受ける事となるでしょうが、後悔はしていません。


 こんな私の我侭に、国分さんを巻き込んでしまい、本当に申し訳なく思っております。

 そして、私の願いを叶えていただいた事に、心より感謝いたしております。


 お礼をするどころか、秘書としての職責も果たせず、申し訳ございません。

 この先も、重責を伴う仕事が続くと思いますが、どうか御無理をなさらず、全員の帰還を成し遂げられますよう、影ながら応援いたしております。


 鈴木由香里』



 メッセージを読み終え、鈴木さんに電話を掛けてみましたが、その番号は使われていないという音声が流れるばかりです。

 僕が日本で治癒魔法を使えば色々と問題になると、鈴木さんが分かっていないはずがありません。


恐らく鈴木さんの独断専行だろうとは感じていましたが、こんな理由があったとは思ってもいませんでした。


 何事も無かったように仕事を続けるのかと思っていましたが、治療を行ったのが金曜日、土日を挟んで、月曜日に引き継ぎ等を行って辞職といった感じでしょうかね。

 梶川さんに電話を掛けると、こちらはワンコールする前に繋がりました。


「国分君、申し訳なかった。高城氏の一件があったばかりだと言うのに、弁解のしようもないよ」

「鈴木さんは、本当に辞職されたんですか?」

「一応、辞表は提出されているが、不祥事に対する懲戒処分が決まるまでは、受理されないし、退職金の支払いも行われない」

「そうですか、ちょっと詳しい話を聞きたいので、これから伺っても良いですかね?」

「それは構わないけど、時差を考えると、そちらはもう夜中じゃないのかい?」

「まぁ、そうなんですけど、この先は三日先ぐらいまで抜けられないので……」

「国分君ばかりに負担を掛けて申し訳無い。それでは練馬駐屯地で待機しているよ」

「はい、少ししたら伺います」


 カミラには、眠るまで側に居るなんて言ってしまったけど、時差を考えると日本に戻るのは、こちらの時間で昼以降にする必要があります。


ヴォルザード家の護衛として、明日、明後日はイロスーン大森林に入るので、持ち場を離れる訳にはいきません。

 テーブルの上に、急な用事で日本に戻ると書き置きし、ハルトにも伝言を頼んで影へと潜りました。


『ケント様、先日の件、正式な依頼ではないと気付いておられたようですが、報酬の取り決めもなさっておりませんでしたが、宜しかったのですか?』

「うん、鈴木さんの独断だったら、報酬の交渉とかやっても余り意味が無いし、日本政府が僕への報酬を渋る訳にはいかないだろうしね。だったら、色々と判明した後の方が、有利に交渉を進められると思ったんだ」

『なるほど、確かに同級生の帰還を担っているケント様が相手という時点で、あちらの政府は交渉の優位性を失っているという訳ですな』

「だから、これから行って、ガッチリ報酬をせしめて来ようと思ってるんだ」


 梶川さんは、応接スペースのソファーに腰を下ろして僕を待っていました。


「こんばんは梶川さん、すみません、残業させてしまって」

「いやいや、それを言ったら国分君なんて深夜残業になっちゃうよね」

「はい、ですからシッカリと残業代を頂こうかと思っています」

「そいつは困ったなぁ、お手柔らかに頼むよ」


 軽口で受け答えしながら、梶川さんは僕の分のコーヒーも淹れてくれました。

 梶川さんは、カップをテーブルに置いた後で姿勢を改め、深々と頭を下げました。


「改めてお詫びをさせていただく。国分君、申し訳無かった」

「梶川さん、どうぞ頭を上げて下さい。僕としては、少々忙しい思いはしましたが、日本政府からの依頼を一件こなしたとしか思っていませんので、そんなに深刻に考えないで下さい」

「そう言ってもらえるのは有り難いのだが、鈴木君の行動は省内の規則に違反するだけでなく、法令にも違反していると思われるので、有耶無耶にする訳にはいかないんだよ」

「鈴木さんからメッセージが入っていて、今回の一件を起こした動機は、亡くなられた妹さんが福沢選手のファンで、闘病中の支えになっていたから……といった事が書いてあったのですが、あれって本当の話なんですかね?」

「二年前に妹さんを亡くされているのは本当だし、福沢選手に関する話も恐らく本当だろうと思うよ」

「じゃあ、確信犯だったんですね」

「確信犯という言葉の使い方は、ちょっと違うけど、ニュアンスとしてはそうだね。処分を受けるのは最初から覚悟していたのだろう。彼女が行った事は決して褒められるべき事ではないけど、一切の弁明も無く、やりきったという表情を見ていたら、少し羨ましく感じてしまったよ」


 梶川さんは、ほろ苦い笑みを浮かべて、鈴木さんが辞表を提出した時の様子を語ってくれました。


「とは言え、巻き込まれた国分君にしてみれば、ただでさえ忙しいのに良い迷惑だったよね、本当に申し訳無い」

「まぁ、確かに忙しいのですが、僕としては働いた分の報酬をいただければ、特に不満はありませんよ」

「その報酬なんだけどね、日本の法律では、医師の資格を持たない人は、医療行為を行って報酬を得てはいけない事になっているんだよ。」

「そうなんですか? でも僕は、当然報酬が支払われると思っているんですけど」

「医師の資格を持たないで医療行為を行って報酬を得ると、医師法違反で三年以下の懲役、または100万円以下の罰金になってしまうんだけど……」

「そうした法律があるにしても、僕は日本政府の依頼だと思っていましたから、当然法的な問題は解決済みだと思っていたのですが」

「正式な日本政府からの依頼ならば、法的な問題も考慮した上でお願いするけれど、今回の件は鈴木さんの独断で、違法な手続きの下に行われているからね」

「では、今回の件は。あくまでも鈴木さんの独断で、日本政府には責任が無いから報酬を支払うつもりは無いと仰るのですね?」

「いやぁ、国分君、あんまり虐めないでくれないかな」


 梶川さんも、政府の方針に従って話をしているのでしょうし、譲りたくても譲れない一線があるのでしょうね。


「そもそも、鈴木さんの独断でバックアップの方とか、車の手配とか、経費とか、そんなに簡単に使えちゃうものなんですか?」

「あぁ、うーん……実はね、薄々気付いているとは思うけど、国分君の要望には可能な限り応えるように、関係省庁に通達が回っているんだよ。そうでないと、緊急時に即応出来ないからね。今回は、それを鈴木君に利用されてしまったんだよ」

「えっ、と言う事は、僕が福沢選手達を治療したがっている……みたいな話になってたんですか?」

「そう、後から考えてみれば、色々矛盾だらけなんだけど、国分健人というカードを切られちゃうと応じない訳にはいかないんだよ。なにせ、まだ二百人の帰還が終わっていないのだからね」

「はぁ……じゃあ、僕は身体を使われただけじゃなくて、名前まで使われていたんですね」

「そうなるね」


 鈴木さんの独断だとしたら、色々とスムーズに物事が運びすぎだとは思っていましたが、まさか名前まで利用されているとは思ってもいませんでした。


「結局、今回の一件は、どういった扱いになるんですか?」

「先ほども言った通り、治療に関して報酬を支払うことは難しいので、迷惑料として50万円を支払う方針だ」

「50万円ですか……」


 日給50万円なんて、一般的な中学生には破格の高額報酬ですが、治療の内容を考えると破格の安さに感じます。


「仮定の話は難しいとは思いますが、仮に今回の件を治療として扱った場合、報酬はいくらになるんですかね?」

「確実な値段というのは出せないけど、膝前十字靭帯の再建手術となると、保険適用3割負担で、30~40万円。勿論、治癒魔法による治療には保険なんか適用されないし、半月板損傷の治療も含めると150~200万円、大雑把に二件だから400万円という感じかな」

「でも、その額を受け取ってしまうと、僕は医師法違反に問われてしまうという訳ですね?」

「そういう事になるね」

「日本政府が治療費の支払いを行わないという事は、この先、治療の依頼はしないという意味だと思っても良いのでしょうか?」


 梶川さんは、僕を無言で見詰めた後で、はっきりと頷いてみせました。


「現時点では、そのつもりだけど、我々としても、国分君の治療の有用性は認識しているよ。膝の十字靭帯断絶を見ている間に治してしまうなんて、正直に言って出鱈目だ。でも、それが公になってしまったら、いや、公に認めてしまったら、間違いなく治療希望者が殺到する事になる。世界中から、それこそ何億、何十億のお金を積んででも……という人さえ現れるだろう」


 プロスポーツの世界では、物凄い額のお金を稼ぐ選手が存在しています。

 そうした選手が、競技者生命の危機に晒されるような怪我をして、それを数分で治してしまう方法があるとしたら、億単位の金額を投じても治療を希望するでしょう。

 その治療だけでも僕は巨万の富を手にする事が出来るはずです。


「我々は、国分君にお金儲けをさせたくない訳ではないんだよ。世界中から依頼が来るようになると、患者や関係者の身元まで完全に洗い出すことなんか出来なくなる。そうした人の中に、高城のような人間が紛れ込んでいないと確認が取れない状況では、治療行為を許可する事は出来ない」

「僕の身の安全、つまりは全員の帰国が完了しない限りは、許可はされないという事でしょうかね?」

「いや、全員の帰国が完了しても、現状ではヴォルザードとの往来は国分君に頼っている状態だし、地下資源の開発が本格的に行われるような状況になれば、ますます許可はされなくなるだろうね」


 正直、著名なスポーツ選手をちょいちょいっと治療するだけで、稼げて、しかもスポーツ選手本人と知り合いになれるような状況は、ミーハーな僕にとっては魅力的ではあります。


 ただ、法的な問題や日本政府の立場、僕自身の身の安全などを考えるならば、この決定には従っておいた方が良い気がします。

 お金を稼ぐ方法は、他にいくらでもありますし、これ以上魅力的な女性と知り合いになるのも拙い気がしますからね。


「そうですね……分かりました。正直に言うと、鈴木さんの件は日本政府のチェックの甘さだと思っていたので、ちょっとゴネて高額な治療費でも請求しようかと思っていたのですが、僕の安全や法的な問題も考えての措置ですから、この金額で手を打たせていただきます」

「申し訳無いね。その埋め合わせという訳ではないが、これからも国分君のサポートは充実させていくつもりだし、物資や人員の運搬に関わる経費も支払うつもりだよ。それと、国分君が必要とする物資があれば、遠慮無く申し出てほしい」

「撮影用の機材とか本当に助かっていますので、こちらこそよろしくお願いします」


 今回の迷惑料については、後日現金で受け取る事にしました。


「でも、国分君が現金で持っていても意味無いんじゃないの?」

「えっ、そんな事ないですよ。僕だって、たまには買い物とかしたいじゃないですか」

「いや、ちょっと待って、日本で買い物をするつもりかい?」

「そうですけど、何か拙いですか?」

「いやぁ、日本に居る時には、僕らとしては護衛を付けておきたいんだけど……」

「でも、ここの正門から堂々と出て行く訳じゃないですよ。そこらの路地裏からとか出ていけば分からないでしょう」

「うーん……余りお薦めは出来ないなぁ……」


 梶川さんの話では、僕の画像がネット上に出回り始めているそうです。

 携帯の電波が届くようになって、同級生が僕を撮影した画像をアップし始めたそうで、梶川さん達が見つけ次第削除するように要請しているそうです。


「一度ネット上に出回ってしまった画像は、完全に削除するのは難しいからね。まぁ、国分君の場合、基本的に異世界に居るものだと思われているから、日本で普通に見かける服装をしていれば殆ど顔バレする事は無いと思うけど、我々としては単独で行動するのは控えて欲しいかなぁ……」

「ちょこっと池袋あたりで買い物してくるのも駄目ですかね?」

「うーん……その程度ならば大丈夫だとは思うけど、我々を通して準備できるもの、もしくは通販を利用して手に入るものならば、そちらを選択してくれるかな」

「分かりました。そういう事情があるなら仕方ないですね」


 とりあえず、欲しい物は通販サイトを使って、自衛隊の駐屯地に届けてもらう事にします。

 通販品の受け取り方とかは、後でメールで教えてもらう事にして、戻って休む事にしました。


 日本では、夕方六時半ぐらいの時間ですが、ランズヘルトでは日付が変わるぐらいの時間ですからね。

 今夜は影の空間で、眷族のみんなと休む予定ですが、急に出て来て置き去りにしてしまったカミラが気になったので、アルダロスの王城を覗いてみました。


 ハルトを目印にして移動すると、カミラは灯りを消した寝室のベッドの中に居るようです。

 もう眠ってしまったのならば、このまま僕も休もうかと思ったら、溜め息が聞えてきました。


「はぁ……私は魔王様に嫌われてしまったのだろうか……」

「んー……どうだろうね」


 もう眠ったのかと思ったカミラは、ベッドの中でハルトを抱えて、悶々としているようです。


「はぁ……私は魔王様にご迷惑を掛けてばかりで、罪滅ぼしどころか恩返しの一つも出来ていない……こんな事では嫌われてしまうのではなかろうか……」

「んー……どうかなぁ……ご主人様は優しいから大丈夫じゃない?」

「はぁ……私もハルトのように魔王様のお役に立てれば良いのだが……」

「カミラも頑張れば、いっぱい撫でてもらえるよ」

「はぁ……そうだろうか……」


 うん、何これ。一国の王になろうかという王女が、コボルトに慰めてもらっているという絵柄は、かなりシュールですよね。

 まったく世話が焼ける王女様ですよね。


「はぁ……私は……」

「そんなに溜め息ばかりついていると、幸せが逃げていっちゃうよ」

「ま、魔王様! い、いらしてたのですか」


 驚いて身体を起こしたカミラの腕の中から、ハルトが飛び出して摺り寄って来ました。


「ご主人様、撫でて撫でて」

「はいはい、ご苦労様、ハルト」


 ワシワシと撫でてあげると、ハルトはくすぐったそうに目を細めて、パタパタと尻尾を振って見せました。

 部屋の中は、窓から差し込む星明りだけで、普通の人では人の輪郭が見える程度でしょうが、夜目の利く僕にはカミラの姿が良く見えています。


「カミラ、ベッドに入って。そんな格好だと風邪引くよ」

「えっ……やっ、ま、魔王様、見えていらしゃるのですか?」


 カミラは顔を真っ赤にしながら、慌てて布団に潜り込みました。

 と言うかさ、僕が日本に戻っていなかったら、そんな格好で風呂場から戻って来るつもりだったのかね?


「良くは見えてないけど、寝巻きのままで布団から出ていたら寒いでしょ?」

「あっ、はい、そうですね……」


 ハルトは、僕の意図を汲み取ってくれたのか、またベッドに潜り込んで、ちゃっかりカミラの腕の中へと収まりました。

 枕元に腰を下ろして、カミラの髪をそっと撫でました。


「約束だから、眠るまでここに居るよ」

「魔王様……ありがとうございます」


 夜具に焚きしめられた香なのか、カミラから香水が香るのか、甘い匂いが眠気を誘ってきます。

 ふと目を向けると、カミラが目を凝らし、闇を見透かすようにして僕を眺めていました。


「カミラ、目を開いていたら眠れないよ」

「す、すみません……魔王様、やはり見えていらっしゃるのですね」

「ぐぅ、カ、カミラだって、見られても良いと思って着たんじゃないの?」

「あの……魔王様、御覧になられます……あ痛っ」


 とりあえず、カミラのおでこにピシャっと突っ込んでおきましたよ。


「いいから早く寝る! 依頼の途中で抜け出して来てるんだからね」

「すみません。私など興味ございませんよね……」

「いや……それは、無いことも無くは無いけど……ニヤニヤしないの」

「痛っ……うーっ、魔王様は厳しいですぅ」

「何言ってるの、眠るまで側に居るなんて、お嫁さん候補にもしないんだからね」

「本当でございますか?」

「やり方は間違えたけど、カミラが頑張っているのは知ってる。このまま住民のための国作りを続けるのなら支援を続けるから、心配しなくて良いよ」

「魔王様……ありがとうございます」


 一度大きく目を見開いた後で、静かに目を閉じたカミラは、程無くして寝息を立て始めました。

 さて、僕も影の空間に潜って寝るとしますかね。

 と言うか、良く考えたらお風呂にも入ってないんですけど。


『ケント様、王城の風呂場を堪能されたらどうですかな』

「王城の風呂って、勝手に入ったら拙くない?」

『王族の使う風呂場は、いつでも湯が用意されていると聞きますぞ』

「でも、見張りとか管理する人が居るんじゃない?」


 不安を口にすると、先回りしたらしいフレッドが教えてくれました。


『大丈夫、王が亡くなったからか……人の気配が無い……』

「うーん……じゃあ、ちょっとお邪魔しちゃおうかなぁ……」


 ぶっちゃけ、広いお風呂とか入りたかったんですよねぇ。

 王城の風呂場は、夜中とあって周囲に人影も無く、灯りも消されていました。

 ですが、影から手を伸ばして確かめてみると、お湯は温かいままです。


「フレッド、人が来ないか見張っていてくれる?」

『任せて……ごゆっくり……』


 影の世界で服を脱いで、湯船の脇に闇の盾を出して風呂場へ下ります。

 あまり大きな音を立てないように掛け湯した後、湯船に身体を沈めました。


「あぁぁぁ……ふぅぅぅ……」


 少し温めの湯加減で、身体がお湯に溶けて無くなりそうな気がします。

 やっぱり手足を伸ばして入れるお風呂は良いですよね。

 うん、ヴォルザードに作る家には、広いお風呂場を作りましょう。

 委員長達と一緒に入って、キャッキャ、ウフフと洗いっことかしちゃいましょうかね。


『ケント様、どうせならカミラ嬢とご一緒すれば良かったのではありませんか?』

「カミラが一緒だと、お世話役とかも来るんじゃないの? のんびり浸かってられなくなっちゃうよ」

『ラストックでも一緒に入られたのですから、王城でもシッカリとアピールされておかれた方が、カミラ嬢を物にして王位に就こうなどと考える愚か者が現れずに済みますぞ』

「えぇぇ……アーブルを倒したんだから、もうそんな奴は現れないんじゃないの?」

『ケント様、王族があの有様なんですぞ。下に連なる貴族のバカ息子などが居ないとは思えませんぞ』

「はぁ……そう言われると、そうなのかも……って思っちゃうけど、今の時点でカミラをハーレムに加えるのは無理だよ」

『そうであるならば、カミラ嬢の印象操作をなさった方が宜しいのではありませぬか?』

「印象操作か……なるほど……」


 近頃は、高城さんの騒動やら、グリフォン対策やら、バタバタしっぱなしで、賠償とかに関しては完全に頭から抜け落ちちゃってる状態でした。

 リーゼンブルグの王位継承に関する騒動を、嘘にならない程度に脚色して日本に流せば、カミラへの世論の風当たりも変わるかもしれません。


 ただ、同級生達が自由にネットを使える状態なので、ネガティブな意見の方が強い状態が続くでしょうし、風向きを変えるのは簡単ではないでしょうね。

 王城の広い湯船にゆっくりと浸かった後、シータのお腹に寄り掛かり、エータのモフモフな尻尾を布団替わりに掛けたら、あっと言う間に眠りに落ちてしまいました。

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