第192話 モフモフ最強伝説?
バッケンハイムから戻ると、ヴォルザード家の一行は初日の宿に到着していました。
この宿は、ヴォルザード家が定宿として利用しているそうで、同じく定宿としているマールブルグ家と日程が重ならないように調整をしているそうです。
スイートルームのようなリビングが付属した部屋の主寝室にアウグストさんとバルディーニ、副寝室にアンジェリーナさん、使用人の部屋にフィオネさんが宿泊します。
ボクや鷹山、それにヨハネスさんは、廊下を隔てた別の部屋に宿泊し、夜間は交代で見張りをする予定でしたが、僕の眷族に替わってもらう事を提案しました。
「本当に大丈夫なのだな?」
「それはもう、猫の子一匹通しませんよ」
ヨハネスさんは、最初は渋っていましたが、自身も昼の間は御者を務める事もあり、夜間に十分な睡眠が取れるという誘惑には抗えなかったようです。
「分かった、ギルドの認めたSランク冒険者の言葉を信じよう」
「ありがとうございます。ところでヨハネスさん、手はどうされたんですか?」
先ほどから気になっていたのですが、ヨハネスさんの右手には白い布が巻かれていて、少し血が滲んでいます。
「馬を外す時に金具で引っ掛けたのだが、たいした事は無い……」
「いや、でも利き手ですよね。治療しますので、見せてもらえませんか?」
「治療って、光属性の魔法が使えるのか?」
「はい、あれっ言ってませんでしたっけ?」
ヨハネスさんの怪我は、右手の平を何かで引っ掛けて抉ったようで、布を外すと血が盛り上がって来ました。
これでは作業する時に結構痛むと思うのですが、自分の不注意で怪我したのを気遣われるのが嫌なんでしょうかね。
両手で包み込むようにして治癒魔法を流すと、傷はあっさりと塞がりました。
「これは……凄いな」
「利き手を怪我していると、仕事がやりづらいですもんね」
「いや、ありがとう。正直、力が入らなくて難儀していた。これは助かった」
「いえいえ、ヴォルザード家の皆さんを無事に送り届けるという一つの仕事を、共に務めるチームですから当然ですよ」
「そうだな、その通りだ。ではケント、アウグスト様への報告を済ませてくれないか」
「了解です」
ヴォルザード家の三兄弟は、リビングでフィオネさんの淹れたお茶を飲みながら寛いでいました。
ヴォルザードでクラウスさんに報告し、その足でバッケンハイムのマスター・レーゼにも報告してきたと話すと、アウグストさんとアンジェリーナさんは頷き、バルディーニは不服そうな視線を向けて来ます。
「それでは、父上も本部ギルドも、相手の出方を見ながら静観するのだな?」
「はい、そうだとは思いますが、ただ待っているだけとも思えません」
「ほう、どうしてだ?」
「上手く説明は出来ないのですが、クラウスさんもマスター・レーゼも、一筋縄ではいかない方ですからね」
「確かに、その通りだな。ならばケントは、どのような手を打つつもりだと思う?」
「うーん……正直、全然想像が付かないです」
お手上げのポーズをすると、アウグストさんは当然だろうという様子で頷き、バルディーニは鼻で笑いやがりましたね。
てか、お前は分かってるのか? と言ってやりたい所ですが、一応護衛として雇われの身なので黙っていましょう。
そこへ話が終わったと見極めたのか、アンジェリーナさんが話し掛けてきました。
「ねぇケント、コボルトちゃんを紹介してくれるんでしょ?」
「そうでした、マルト、ミルト、ムルト、おいで」
おいで……と言い終わるよりも早く、みんな影から飛び出して来て摺り寄って来ます。
順番に撫でてやると、ご機嫌で尻尾をパタパタさせてますね。
「ベアトリーチェのお兄さん、アウグストさんとバルディーニさん、お姉ちゃんのアンジェリーナさんだよ」
「わふぅ、リーチェの兄弟なの?」
「じゃあ、みんな家族なの?」
「敵じゃないんだね」
マルト達は、ずっと影の中から見ていたのでしょうが、改めて確かめるように三人をクリクリな瞳で眺めています。
アウグストさんは、マルト達が喋った事で興味を持ったらしく開きかけた本を再び閉じて観察していますね。
アンジェリーナさんは、早くモフりたくてウズウズしているようです。
そして、バルディーニは、何やら不満そうな表情を浮かべています。
「ね、ねぇケント、撫でてもいいかな……いいよね……撫でさせて」
「みんな、挨拶してね」
「わふぅ、マルトだよ」
「うちは、ミルト」
「うちは、ムルト、撫でて、撫でて」
「やぁーん、モフモフ……すっごいモフモフ、気持ちいい……」
アンジェリーナさんは、マルト達に囲まれて、至福のモフモフタイムを堪能し始めました。
給仕のために控えているフィオネさんが、ウズウズしてますね。
分かります、分かりますよ、うちの子は、みんな最高にモフモフですからね。
マルト達に囲まれたアンジェリーナさんを、苦々しげな表情で見守っていたバルディーニが、驚いて腰を浮かしかけました。
「な、何だそれは!」
「あぁ、すみません。この子はアンデッド・ギガウルフのゼータです」
マルト達が撫でてもらっているので、焼餅を焼いたのか、鼻先を突き出して撫でろと要求してきたのです。
「はいはい、エータとシータ、ネロは後でね……」
「くぅーん……」
不満そうに鼻を鳴らして来ますけど、みんな出てきちゃうと大混乱になりそうですからね。
「おい、ギガウルフなんて危険なものをウロウロさせるな!」
「危なくないですし、僕が居ないところには顔を出さないようにさせますから大丈夫ですよ」
半分腰を浮かせたままで、バルディーニが怒鳴り散らして来るのですが、耳がヘチョっと寝てるから、ビビってるみたいですね。
「それに、俺はコボルトなんかを家族として認めたりしないからな!」
バルディーニに指差されて罵られたマルト達は、一瞬そちらに目を向けてから、一斉に僕の方を振り返りました。
「ご主人様、あいつは敵なの?」
「敵ではないけど、家族じゃないんだって」
「ふーん……」
「あら、私は家族よ。アンジェお姉ちゃんって呼んでね」
「わふぅ、分かった、アンジェお姉ちゃん」
「アンジェお姉ちゃんは撫でるの上手だから好き」
「うちも、うちも撫でて」
マルト達は、目を細めながら尻尾をパタパタさせてます。
うん、僕も混ざってもいいかなぁ……アンジェお姉ちゃんのハグ&良い子良い子のコラボを堪能したいのですが……
「な、何を言ってるのです姉上! そんな魔物に……」
「よさないか、ディー」
「兄上、兄上まで魔物なんぞ……」
「ディー、お前はいつまで子供でいるつもりなんだ?」
「兄上……」
「ディー、個人的な感情で目を曇らせて評価を誤るなと、この前教えたばかりだぞ。このコボルト達の能力は、そこらのAランク冒険者よりも遥かに有用だ。この者達を味方に付けるか、敵に回すか、どちらがヴォルザードの領主として正しい道だ?」
アウグストさんは、手にしていた分厚い本をソファーに置いて立ち上がると、マルト達に歩み寄りました。
「やぁ、みんな。私はベアトリーチェの兄のアウグストと言う、よろしく頼むよ」
「アウグストは、味方なの?」
「勿論だ。私はリーチェの兄だからな、みんなの家族と思ってくれたまえ」
「ホントに? じゃあ撫でて撫でて」
「あぁ構わんよ。ほぅ、これは……なかなかの手触りだな」
意外な事に、堅物に見えたアウグストさんは自分からマルト達との距離を縮めに来ました。
アンジェリーナさんと一緒になって、アウグストさんがマルト達をモフっている一方、バルディーニは、ソファーに腰を下ろしたまま両膝を掴んで睨み付けてきます。
アウグストさんに遣り込められて、意固地になっている感じですけど、僕まで睨み付けるのは止めてもらえませんかね。
そしてもう一人、モフりたくて堪らないという顔をしていたフィオネさんの所へ、ムルトがトコトコっと駆け寄りました。
「撫でてくれる?」
小首を傾げたムルトを見詰めた後、僕に訴えるような視線を投げ掛けてきたフィオネさんに頷き返すと、抱き付くようにしてモフり始めましたね。
うんうん、モフモフ最強、モフモフは世界を救える気がしますね。
一人取り残されたバルディーニは、腕を組んでソファーに寄り掛かり、眠った振りを始めました。
このモフモフを堪能しないなんて、君は人生を損しているよ。
アンジェリーナさんに頼まれて、旅の間はマルト達が交代で、護衛兼抱き枕を務める事になりました。
誰かが側に居てくれれば、そんじょそこらの賊程度では歯が立たないし、それ以上の事態が起きても、すぐに連絡が届きますからね。
てか、何ならその役目、僕が務めても……駄目ですよね。
夕食の後で、僕らも眠ろうと思ったのですが、交代で警護をする予定だったので、ベッドが二つしかありません。
となれば僕は影の空間に潜りますよ。
「ヨハネスさん、僕は影の空間で眷族のみんなと眠りますので、鷹山とベッドを使って下さい」
「構わないのか?」
「はい、その方が眷族のみんなも喜びますので、用事がある時は、普通に呼びかけてくれれば大丈夫です」
「分かった、そうさせてもらおう」
影の空間に潜ると、すぐにエータとシータが摺り寄って来ました。
「今日も一日お疲れ様でした、主殿」
「今宵は、私に寄りかかってお休み下さい主殿」
「いえ、シータではなく私に……」
「私が先に申し上げたのです」
「はいはい、順番順番、喧嘩は駄目だからね」
まず最初にエータを撫でて、その後シータ、さっきのでは物足りない言うゼータを撫でていると、フレッドが戻って来ました。
『ケント様……出来れば、カミラを……』
「カミラがどうかしたの?」
『王妃達の争いに……ウンザリしてる……』
「あっ、そう言えば、王妃達の事なんか考えてもいなかったよ」
例え、第一王子、第二王子、第三王子が死去しても、第一王妃が第三王妃に格下げになる訳ではありません。
王妃としての序列はそのままなのに、王位を継承するのは第三王妃の子供であるカミラやディートヘルムです。
本来ならば、一番序列が低かった第三王妃の子供が王位に就くとなれば、揉めないはずがないですよね。
「分かった、ちょっと会いに行こうか、案内して」
『了解……こちらに……』
フレッドに案内されたのは、昨日アーブルと小競り合いをしたカミラの居室でした。
部屋の中には、カミラの他に、給仕を担当するメイドさんと、カミラが捻じ曲がって歳を重ねたら、こんな感じになるのだろう思う中年女性が居ました。
「母上、何度申されましても私の意志は変わりません。この身は、魔王様に捧げたものです」
「カミラ、そんな何処の馬の骨とも分からない者との結婚など、私は許しませんよ。あなたが王位に就く事は構いません。この私の娘が、リーゼンブルグ王国初の女王になるのですからね。でも、だからこそ結婚相手には、由緒正しき血筋の者でなければならないのですよ」
フレッドが言うには、このおばさん……ひぃ、何かこっち睨んだんですけど……この人がカミラの母親であるメアリーヌ第三王妃で、この少し前には第一王妃が押し掛けて来て、王の遺産について要望という名の脅しを並べていったそうです。
「これまで下らない派閥争いに組して、民の安寧のために働きもしなかった者達など、私は興味がございません」
「ふぅ……カミラ、あなたは王家に伝わる魔王の言い伝えを忘れたの? 年頃の娘はおろか、容姿が気に入れば人の妻であろうと、年端の行かぬ子供であろうと構わずに、気が狂うまで陵辱の限りを尽くされるのよ」
「母上、何度も申している通り、今の魔王様は、そのような悪行を働く方ではありませぬ。己の身を剣で串刺しにした騎士さえも助命し、民のために働けと仰る方です」
「カミラ、あなたは騙されて……もういいわ、今夜はここまでにしましょう」
メアリーヌ第三王妃は、頭痛を抑えるように軽く額に手を当てて、二度三度と首を横に振ってみせた後で、カミラを軽くハグしてから部屋を後にしました。
部屋に残ったカミラは、大きな溜め息を洩らすと、崩れるようにソファーに腰を下ろして天井を仰ぎました。
服装は、昼間見た騎士服のような出で立ちで、顔には疲れが色濃く浮かんでいます。
「はぁ……やはり私には王位など重すぎるのか……」
父親である現国王の殺害、反逆者アーブル・カルヴァインとの対決、そして王妃達の陳情と、精神的な負担の大きい一日だったとは言え、王を志す者としては少々弱気すぎるんじゃないですかね。
カミラが天井を見上げていた目を閉じて、物思いに沈んだのを見計らって表に出て、テーブルを挟んだ向かいのソファーへ腰を下ろしました。
「民を守り、この国を豊かにしたいんじゃなかったの?」
「えっ、ま、魔王様!」
連絡役のハルトをモフりながら声を掛けると、カミラは驚いて顔を起こしました。
そのカミラに向かって、僕の右隣の座面をポンポンと叩き、次に右の太腿をポンポンと叩いて見せました。
カミラは大きく目を見開いて、ちょっとだけ迷うような素振りを見せた後で、テーブルを回り込み、僕の隣に腰を下ろしました。
「し、失礼いたします……」
カミラは、僕の太腿に頭を横たえると、そっと手を添えてきます。
僕は黙ったまま右手でカミラの頭を、左手でハルトを優しく撫で続けました。
うん、カミラもなかなかの手触りですよね。
「申し訳ございません、魔王様」
「ホントだよ。カミラは世話が焼けるよね」
「申し訳、ございません……」
「でも、仕方無いよ。人間は一人じゃ生きていけないんだからさ」
「魔王様……」
「カミラに召喚されて、一人で魔の森へと入らされて、僕は魔の森でゴブリンの餌になる所だった……いや、実際少し餌になってたしね。ラインハルト達が来てくれなければ、あのまま食われて終わり……起きなくてもいいよ」
「申し訳ございません、魔王様」
「もう何度も謝ってもらったから、謝らなくてもいいから、少し黙って聞いていて」
起き上がって謝ろうとするカミラを制して、頭を撫でながら話を続けます。
「ラインハルト達のおかげで魔の森を抜け、ヴォルザードまで行ったけど、ヴォルザードはリーゼンブルグと別の国になってるし、当然誰も知り合いなんて居ないし、困り果てたけど、守備隊のカルツさんや、ギルドのオットーさん、下宿のアマンダさんやメイサちゃんのおかげで、何とか暮していける環境を整えてもらえた。その後も、ミューエルさんにリーブル農園の仕事を教わり、ブルーノさんやディーノさんやマイヤさんなど農園の人にも良くしてもらって、ドノバンさんや、クラウスさんのおかげで同級生達も受け入れてもらえた」
こちらの世界に来てからの時間は、僕が生きて来た時間の一部でしかないけれど、それまでに関わった人達よりも濃厚で大切な絆で、沢山の人と結ばれました。
勿論、チートな魔術は大いに役立ってくれたけど、いくらチートな力があったとしても、僕一人では上手く出来なかったはずです。
「僕は一人では生きて来られなかった。僕一人の事ですら侭ならなかった。同級生二百人の居場所なんて、頭下げてお願いしなければ、どうにもならなかったよ。カミラは、もっと大きな国を動かすんだから、一人じゃ出来っこないよ。グライスナー侯爵でも良いし、騎士団長でも良いし、カミラは上から眺めて、今まで遊んでたオッサン連中を働かせれば良いんだよ」
「くっ……くくっ……ふふふふ……」
「ちょっと、なに笑ってるのさ。僕は真面目に話してるんだよ」
カミラは身体を捻って僕の方へ顔を向け、悪戯っぽい笑みを浮かべました。
「ですが、こんな時間まで私などの世話を焼きに、アルダロスまでいらしている魔王様がおっしゃられても、あまり説得力がございませんよ」
「なっ……そ、それは、カミラが倒れたら賠償の話が進まないから、仕方なく……そう、仕方なくなんだからね」
「ありがとうございます、魔王様。これからも御力を貸していただけますか?」
「し、仕方ないなぁ……」
そんな甘えるような声で言われたら、そう答えるしかないでしょう。
「弟、ディートヘルムにも、ご助力いただけますか?」
「仕方ないなぁ……」
「リーゼンブルグを見捨てないでいただけますか?」
「仕方ないなぁ……」
「今夜は一緒に居てくださいますか?」
「仕方な……くないからね。危な……危うく仕方ないって言っちゃうところだったよ」
「駄目、ですか……?」
ぐぅ、なにその捨てられた子犬みたいな目は、けしからんです。
「駄目、だけど……カミラが眠るまでは居てあげるよ……」
「本当でございますか?」
「し、仕方なくだからね……僕も疲れてるんだから、早く支度してよね」
「はい、すぐに支度してまいりますので、少々お待ち下さい」
さっきまでの鬱屈した様子は一体どこへ行ったのか、カミラは弾むような足取りで部屋を出て行きました。
「はぁ……何してんのかなぁ、僕は……」
『ぶはははは、ケント様、アーブル・カルヴァインを見習って押し倒して、ぐわっと揉みしだいてやれば良いのですよ』
『既成事実を作れば……王妃も黙らせられる……』
「ただでさえ護衛の依頼を抜け出してるのに、そんな事したら後で大変な事になっちゃうよ」
カミラを待っている間に、何かやり忘れて事が無いかと考えてみたら、モバイルプロジェクターを急いで用意してもらった鈴木さんに、メモ一枚残してきただけなのを思い出しました。
福沢選手と神林選手の治療に奔走させられましたけど、だからと言って、こちらが頼み事をするのは当たり前だと思っちゃ駄目ですよね。
影収納からスマホを取り出し、お礼の電話でもと思ったらメッセージが届いていました。
差出人は鈴木さん、件名は『お世話になりました』でした。
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