第195話 紛争

 イロスーン大森林の中にある集落で一夜を過ごし、ヴォルザードに向けて出発する準備を整えていたら、何やら街道の方で騒ぎが起きているようです。

 集落の出入口にはギルドの職員が滞在していて、森に入った時と同様に、街道を進む人たちの戦力が平均になるよう出立する順番を調整しています。


 そのギルドの職員詰所の回りに、出発を待つ人達なのか、黒山の人だかりが出来ていました。


「ヨハネスさん、ちょっと探ってきますね」

「いや、あの人だかりじゃ近づけないだろう」

「いえ、僕は影に潜っていけますから大丈夫ですよ」

「おぅ、そうか、じゃあ何が起こっているのか聞いて来てくれ」

「分かりました」


 影に潜ってしまえば、どんなに人だかりが出来ていようとも、真ん中まで進んで来られます。

 どうやら騒ぎの原因は、ギルドの職員さんが、出発の許可を出さないからのようですね。


「一体、いつになったら出発させてくれるんだ?」

「まだ現場に行かせた者が帰って来ないから、どうなっているのかも分からない状態だ。ただ、早朝に森の境から来た者達の話では、マールブルグ、バッケンハイム、双方から散発的な攻撃が続いているらしい」

「それじゃあ、全く通れない状態なのか?」

「今の時点では、そう思っていてくれ」

「解決の見通しとかは……どうなんだ?」

「それに関しては、全く分からないとしか言いようが無い」


 暫く聞き耳を立てていたら、おぼろげながら事情が分かって来ました。

 それによれば、スラッカから、もう少しヴォルザード方面へと進んだ小さな集落が、昨夜遅くに襲撃を受けたらしいのです。


 集落の者だけでなく、宿泊していた人達にも多くの死傷者が出ているようで、この襲撃を巡ってバッケンハイムとマールブルグが対立しているようです。

 イロスーン大森林は、バッケンハイムとマールブルグの境にあり、森の中を抜ける街道の中間地点に、両家が設けている検問所があります。


 同じランズヘルト共和国の中であっても、流通が禁じられている品物があるそうで、そうした物が持ち込まれたり、持ち出されたりしないように調べるための施設だそうです。


 地球で言うならば、ヨーロッパなど地続きの国の国境検問所みたいなものなのでしょう。


 検問所は、幅50メートルほどの緩衝地帯を挟んで設けられていて、普段は通行の手続きをする場所なのですが、今は互いの砦のようになって小競り合いが起こっているそうです。


 細かい事情までは分かっていませんが、バッケンハイムとマールブルグの睨み合いが続いているために、街道の往来が出来なくなっているようなのです。

 聞き取った内容をヨハネスさんに報告すると、そのままアウグストさんの所へ一緒に行くように言われました。


「それでは、いつ出立できるかの見通しも立たないのだな?」

「はい、現時点では集落からの出発も、ヴォルザード方面へは見合わせるようにギルドから指示が出ているようです」


 ヨハネスさんからの報告を聞いたアウグストさんは、腕を組んだ状態で、暫く自分の考えに沈んでいました。


「ケント、影移動を使って偵察して来ることは可能か?」

「はい、出来ますよ。潜って接近すれば、気付かれる事もありません」

「よし、では偵察に行って現状を把握したら、戻って報告してくれ」

「分かりました。こちらの護衛は、昨日同様にガッチリ固めてあるので心配しないで下さい」


 影に潜ると、ラインハルトが待ち構えていました。


『ケント様、襲撃された集落へ、コボルトを走らせてあります。現状を把握されておいた方が良いですぞ』

「分かった。まず、そっちに行ってから検問所、それからヴォルザードに戻ろう」


 襲撃を受けたリンダールという集落は、酷い有様になっていました。

 殆どの建物が焼け落ち、辺りには焦げた臭いが漂っています。


 スラッカや検問所から駆け付けて来たのか、バッケンハイムの兵士らしき人達が遺体を集めていますが、その多くが焼け焦げていて、見ただけでは性別の判断すら難しいほどです。


『恐らくですが、夜盗の類いの仕業でしょうな』

「魔物の可能性は無い?」

『サラマンダーなどの火属性の魔物を除けば、殆どの魔物は火を怖れます。それに、遺体には斬られたり、刺された跡が見えますぞ』


 あまりに酷い遺体の状態に、思わず目を背けてしまっていましたが、覚悟を決めて見てみると、確かに肩口や胸に刃物によると思われる深い傷が残されていました。

 遺体の中には、幼い子供と思われるものも混ざっています。


 こうした残虐な手口を見せ付けられると、山賊や盗賊は、捕らえ次第死刑という方針にも納得してしまいます。


「マールブルグの連中だ。あいつ等がやりやがったんだ。俺は見たんだ、この目で、確かに見たんだ! マールブルグの兵隊だ。あの制服はマールブルグの兵士のものだ!」


 兵士達が遺体を集めて回っている横で、喚き散らしている中年の男性の姿がありました。

 両手も顔も着ている服も煤で真っ黒に汚れ、髪の毛の一部には焦げたような跡まであります。


 道端に座り込み、頬を伝った涙は煤で染まって黒い滴となって地面に落ちています。


「女房も子供も、家も馬も、みんな無くなっちまった。頼む、頼むよ、仇を討ってくれ。マールブルグの連中をぶっ殺してくれよぉぉ……」


 男性の周囲にいる兵士達は、様々な表情を浮かべています。

 沈痛な面持ちの者も居れば、怒りに耐えるように拳を握り歯を食いしばっている者、腕を組んで考えに沈んでいる人も居ます。


『ケント様、どうやら、これが騒動の原因のようですな』

「集落を襲った奴らが、マールブルグの兵士の制服を着ていたと聞いて、良く確かめもせずに攻撃した人が居るって事かな?」

『冷静に考えれば、おかしいと分かる事でも、こうした現場を目にすると正常な判断が出来なくなる者が居ます。そうした粗忽者が先走った結果、大きな紛争に発展する場合もありますぞ』

「フレッド、ちょっと戻って来て」


 王城の様子を探らせていたフレッドを、影召喚で呼び戻しました。


『お呼びですか……ケント様……』

「コボルト隊を指揮して、襲撃した連中を追えるかな?」

『集落の周辺は……火事で臭いが追えない……でも、少し離れれば追えるはず……』

「追いかけてアジトを探して」

『了解……任せて……』


 フレッドとコボルト隊五頭で追跡チームを作り、襲撃犯を探します。


「ラインハルト、僕らは検問所に行ってみよう」


 リンダ―ルを後にして、検問所へと移動すると、予想以上に事態は悪化していました。


「うらぁ、死ねぇぇぇ!」

「ふざけるな、この夜盗どもがぁ!」


 干渉地帯では、バッケンハイムとマールブルグの兵士が剣を交えて乱闘になっています。

 ざっと見回しただけでも百人近くが入り乱れて戦い、制止しようとする者は居ません。


 攻撃魔術の火球や水の矢、弓矢などが飛び交い、倒れたまま動かない兵士の姿もありました。


『拙いですぞ、ケント様。このまま争いが激化していけば、本格的な戦になりかねませんぞ』

「いやいや、僕にはもう本格的な戦争状態にしか見えないんだけど……」

『死傷者が増えれば、それだけ互いに恨みを抱く事になり、紛争の解決が遅れ増すぞ』

「でも、止めるにしても、これだけ入り乱れてしまっていては……」

『なぁに、簡単ですぞ。双方にとって脅威となるものを放り込んでやれば良いのです』

「そうか、ゼータ、エータ、シータ、周りを取り囲んで思いっきり威嚇してやって。ネロ、緩衝地帯を走り抜けながら、大きめの木の二、三本も斬り飛ばしちゃって!」

「お任せ下さい、主殿」

「ネロに、お任せにゃ」


 剣と剣、剣と盾がぶつかり合う金属音や、兵士の怒号、悲鳴が渦巻く戦場の空気を、ゼータ達の咆哮が震わせました。


「うおぉぉぉぉぉぉ!」

「うおぉおおぉぉぉぉぉ!」

「うぉおぉぉぉぉぉ!」


 戦場を三方から取り囲むように響いてきた咆哮に、剣を交えていた兵士達は飛び退って距離を取り、周囲に警戒の視線を送りました。

 そこへネロが宙を蹴って疾風のごとく兵士達の頭の上を走り抜けながら、自慢の爪を振るいました。


 ネロが放った風の刃は、周囲の巨木をズタズタに切り裂き、太い枝や幹が干渉地帯へと降り注いで来ます。


「ストームキャットだ! 検問所に戻れ!」

「怪我人に手を貸せ、早くしろ、戻って来るぞ!」


 慌てて自分達の検問所へと戻り始めた兵士達の間を、影から飛び出して来たゼータ達が走り抜けました。


「うわぁ、ギガウルフ!」

「どこから出て来やがった!」

「急げ、検問所に戻れ!」


 うん、たぶんネロにも負けないくらいに走れるんだって、アピールしたかったんだね。


『さあ、ケント様、どうぞ……』

「えっ、どうぞって、何が?」

『戦いを止めただけでは、また小競り合いを始めるかもしれませぬ。これ以上戦うならばSランク冒険者が相手になると、ビシっと釘を刺しておいて下され』

「はぁ……目立つのは苦手なんだけどなぁ……」


 でもラインハルトが言う通り、一旦戦闘が終了しても、何かの切っ掛けで再び小競り合いになる可能性は排除できません。

 バッケンハイム、マールブルグ、双方が睨み合う緩衝地帯の真ん中に、闇の盾を出して表に出ました。


「皆さん、こんにちは! ヴォルザードに拠点を置くSランク冒険者のケント・コクブです」

「ヴォルザードの冒険者が何の用だ!」

「双方とも言い分はあると思いますが、まずは戦闘を終結させて下さい」

「なんで貴様の指図を受けなきゃならん」

「そうだ! 関係の無い人間は引っ込んでろ!」


 戦闘停止を提案したら、物凄いブーイングを食らっちゃいました。


「それじゃあ、皆さんは、どうやって戦闘を終わらせるつもりだったんですか? あぁ、相手を皆殺しにして……なんて馬鹿な返事は要りませんよ」

「そんなもん、マールブルグが犯人を引き渡せば済む話だ!」

「ふざけるな! マールブルグの仕業と言う証拠を見せてみろ!」

「ちゃんと目撃した人間が居るんだ、とぼけるな!」


 売り言葉に買い言葉といった感じで、感情的になっているせいで、とても冷静な話し合いなど出来そうもありませんね。


「はいはい! そこまで! 皆さんが小競り合いを続けていたら、一体誰が襲撃犯を探すんですか? こうしている間も、襲撃した連中はのうのうとしているんじゃないんですか? 皆さんは夜盗どもが逃げる手助けがしたいのですか?」

「だったら、どうしろと言うんだ!」

「何も考えてませんとか言うなよ!」

「僕の眷族に夜盗どものアジトを探させています。場所が分かり次第、皆さんにお知らせしますが、それでは不満ですか?」

「それは本当なのか? どうやって探してるんだ?」

「僕の眷族のコボルトが、臭いを辿って探している最中です。集落の周囲は焼け焦げた臭いで難しいでしょうが、あれだけの襲撃を行ったのですから、必ずや血の臭いを残しているはずです。それを追跡すれば、アジトを探し出す事も出来るはずです。どうですか、無駄な戦いは終わりにしてもらえますか?」


 バッケンハイム、マールブルグ双方からの異論は無く、武装を解除した状態で、倒れている人たちを収容する事となりました。

 手や足が無かったり、首が取れそうになっていたり、戦いで亡くなった人の遺体は、酷い損傷を受けていました。


 この先、ヴォルザードで生活を続けていくならば、こうした遺体を目にする機会も増えるかもしれません。

 リバレー峠の山賊を、ネロやゼータ達が殲滅した時に続いて二度目となりますが、本物の斬殺死体を目にするのは、精神的に厳しいものがあります。


『ケント様……アジトを見つけた……』

「本当に? こっちの人たちに教えないといけないから、地図を書いてくれるかな?」

『了解……街道からは、余り離れていない……』


 夜盗どものアジトは、マールブルグではなくバッケンハイム側の森の中にありました。

 街道から森の中へと500メートルほど進み、小高い丘を越えた所に横穴を掘り、そこを根城として、四十人以上の夜盗が隠れているらしいです。


 双方が兵士の遺体を回収し終えた所で、ゼータ達を見せ付けるようにして表に出しました。


「この子達は、僕の有能な眷族です。今見てもらった通り、影の中から自由に出入りが出来ます。この子らに、停戦が守られているか見守らせてますから、間違っても戦闘を再開しようなんて考えないで下さいね。もし、戦いを始めるならば、足元からガブっといかせますから、そのつもりで……」


 ゼータ達に牙を剥かれて唸り声を上げられれば、同意するしかないですよね。

 ゼータ達を戻しながら、僕も一緒に影に潜り、バッケンハイム側の検問所へと移動しました。


「責任者は、どなたですか?」


 殆どの人が、緩衝地帯の方を見ていたので、後ろから声を掛けると驚いて一斉に振り返りました。


「私が責任者のバネルだが、君は闇属性の魔術士なのか?」

「はい、詳しい事は話せませんが……それよりも、僕の眷属が夜盗のアジトを発見しました」

「本当か、どこだ?」

「バッケンハイム側の森の中です」

「そんなバカな……襲って来た連中はマールブルグの制服を……」

「そんな分かりやすい格好して襲って来るなんて、おかしいと思いません? 襲撃者が本当にマールブルグの人間だとしたら、素性がバレるような格好で行動しないでしょう」

「本当に、本当にバッケンハイム側なのか?」

「夜盗にバッケンハイムもマールブルグも無いでしょう。奴らは、善良な市民の敵じゃないんですか?」

「むぅ……その通りだな。で、案内してくれるのか?」

「場所を記した見取り図です。分かりますかね?」


 フレッドが描いた地図を見ると、隊長のバネルさんは何度か頷いてみせました。


「大丈夫だ、我々も日常的に森の中を巡回するのだが、ここは、そのルートの外側になる」

「それじゃあ相手は、こちらの動きも見知っているって事ですね」

「そうだろうな……ここの印は?」

「そこに見張りが潜んでいるそうです。合計四箇所、一箇所には二人が詰めているようです」

「恐らくは、見張り役と伝令役だろうな。良し分かった、ここからは我々の手で始末を付ける」

「総勢四十人以上いるみたいですが、僕らの援護は必要ありませんか?」

「そんなに大勢なのか……我々だけでは、取り逃がす恐れがあるな。助っ人を頼めるか?」

「構いませんが、報酬はいただきますよ」

「どの程度の手助けが可能かによるが……」

「そうですねぇ……見張りを全員眠らせて、逃げ落ちる夜盗が居ないように包囲するというのはどうです?」

「見張りを眠らせるなんて、そんな事が出来るのか?」

「ええ、簡単ですよ」


 ラストックから同級生を救出する時に用意した眠り薬を使えば簡単です。

 あとは周囲をコボルト隊で包囲すれば、チェックメイトでしょう。


 バネルさんと金額の交渉をしようかと思っていたら、連絡要員として残しておいたミルトが顔を出しました。


「わふぅ、ご主人様、バステンが戻って来てって、暴動が起きそうだって」

「分かった、すぐ戻る。バネルさん、僕はスラッカに戻らなきゃいけないので、追い掛けて来てくれますか? ギルドの詰所で落ち合いましょう」

「分かった。こちらも人員を揃えてから、すぐに追い掛ける」


 急いでスラッカに戻ると、集落の中には不穏な空気が漂っています。


「マールブルグの奴らを集めろ! 匿ったりしたら、唯じゃ置かないぞ!」

「おら、こっちだ! モタモタしてんじゃねぇ、とっとと歩け!」

「ぐぁぁ……私達が何をしたと言うんだ、乱暴はやめろ!」


 どうやらスラッカでも暴走した者達が居て、集落の中央にある広場にマールブルグの旅行者を集めているようです。

 旅行者を集めている男達の中には、血に濡れた剣を握っている者も居て、既に流血の事態に発展しているようです。


 マールブルグの旅行者の男性は、殆どの者が顔に痣を作っていたり、額を押さえる布に血が滲んでいたりします。

 スラッカに来る途中で助けたデュカス商会の人達の姿もありましたが、護衛の姿がありません。


 そうして集められた旅行者を、棒切れや剣を手にした集落の男達や冒険者が取り囲んでいます。

 その中から、血のついた剣を握った太った男が進み出て、大声を張り上げました。


「よーし、いいか! これからリンダールの仇を討つ! この野郎共は皆殺しだ!」

「おぉぉぉぉ! 殺せ! 見せしめだ!」

「どいつからだ? ガキか? 女か?」


 マールブルグの人々を取り囲んだ連中は、目を血走らせて精神的に普通の状態から大きく逸脱しているように見えます。

 またゼータ達に脅してもらおうかと思っていたら、暴徒と化した男達に声を掛けてきた人が居ました。


「何をしている! 貴様らは何の権利があって彼らを拘束しているのだ!」

「なんだ、手前ぇは!」

「私はヴォルザードの領主、クラウス・ヴォルザードの長男、アウグスト・ヴォルザードだ。騒ぎの首謀者は貴様か!」

「き、貴族様だろうが、これはバッケンハイムとマールブルグの問題だ。関係ない方は引っ込んでてもらおうか!」

「馬鹿を言うな! 司直の調べも無しに処刑するような暴挙が、ランズヘルト共和国で行われるのを見逃せるはずなど無い」

「う、うるさい! マールブルグの奴らがリンダールを焼き討ちしやがったんだぞ! 仕返しして、何が悪い!」

「ならば、マールブルグが焼き討ちしたという確かな証拠を見せてみろ」

「生き残った奴が、マールブルグの兵士の仕業だと言ってんだ!」

「そんなものは証拠になどならん。襲って来た兵士の身元を特定するだけの証を見せてみよ! そもそも、なぜマールブルグが集落を襲わねばならんのだ、そんな事をして何の得がある。マールブルグの主要な産業は鉱物資源だ。その一番の顧客はバッケンハイムだぞ。バッケンハイムが鉱石の買い取りを止めれば、困るのはマールブルグだ。得になるどころか、大損だ!」


 アウグストさんに気圧されて、集まった暴徒達のテンションが下がって来ました。

 ここは畳み掛けるところですよね。

 暴徒達に見せ付けるように、アウグストさんの斜め後ろに闇の盾を出して表に踏み出しました。


「アウグストさん、夜盗共のアジトを見つけました」

「ケントか、さすがSランク冒険者、仕事が早いな!」


 闇の盾からの出現と、Sランク冒険者の一言で、暴徒達に動揺が走っています。


「ケント、アジトの場所はどこだ?」

「はい、バッケンハイム側の森の中です」


 僕の言葉を聞いて、今度は集められたマールブルグの人達が声を上げました。


「ふざけんな! 俺達と何の関係も無いじゃないか!」

「こいつら……好き勝手やってくれたよな、どう落とし前付けるつもりだ!」

「静まれ! 被害を受けた者への賠償は、このアウグスト・ヴォルザードが取り成す。冷静さを失うな! 周りを囲んでいる者共、直ちに武装を解除せよ」

「う、嘘だ。そんな話、出鱈目に決まってる。俺は聞いたんだ、マールブルグの連中がやったって、確かに聞いたんだ!」


 さっきまで、自信たっぷりに胴間声を張り上げていた太った男は、真っ青な顔でブルブルと震えています。

 右手で握ったままの剣を染めているは、間違いなく誰かの血でしょう。

 正義の味方気取りが、一転して犯罪者に転落したのですから、心中穏やかではないですよね。


「アウグストさん、兵士の姿が見えませんが……」

「恐らくだが、検問所の方へ向かってしまったのだろう」

「なるほど、それで歯止めの効かなくなった連中が……ですね」

「そういう事らしいが、ケント、抑え込めるか?」

「勿論です」


 マールブルグの人達を取り囲んでいた連中は、集まって何やら相談を始めています。

 武装を解除するどころか、また目が血走ってきているようです。


 確かめてはいませんが、何人か殺しているんじゃないでしょうかね。

 集められた人の中にも、かなり酷い怪我をしている人も何人か見受けられます。


 相談を終えた暴徒達は、どうやら二手に分かれるようで、一方は集められたマールブルグの人々、もう一方は、僕やアウグストさんの方に向き直りました。

 更に、その後で数人の男が詠唱を始めると、頭上に直径2メートルはありそうな火球が姿を現しました。


「拙い、複合魔術か……」


 咄嗟にしゃがみ込んで地面に手を付けて、暴徒達の足元に深さ3メートルほどの穴を開けます。

 パっと暴徒達の姿が穴の下へと消え、その上から火球も一緒に落ちて行きました。


「うぎゃぁぁぁぁぁ!」


 暴徒達の悲鳴と共に、穴の底から火柱が吹き上がったけど、死んでないよね?

 水を掛けてやりたい気持ちはあるけれど、水属性はまだ持ってないんだよねぇ。


「熱っ! 熱――い、水、水ぅぅぅ!」

「早く、早く水、燃える、火ぃぃぃ!」


 強制的に集められたマールブルグの人達は、お腹を抱えてゲラゲラ笑っています。


「す、すみません。誰か水属性の方がいらしたら、水掛けてもらえませんか?」


 そうお願いしたら、水属性の人達が水の球を上から叩き付け始めちゃって、えっと、水の槍じゃないから死なないよね。

 穴の底からの白い煙が止むまで、水球の叩き付けは続けられました。

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