第190話 野望の結末

 大きなテーブルの下座、国王と向かい合うような位置で事の成り行きを見守っていた僕には、アーブル・カルヴァインの行動が全て見えていました。

 左腕を大きな動作で掲げ、列席した人たちの視線を誘導すると同時に、腰から剣を引き抜いて国王の首を斬り飛ばしたのです。


『えぇぇ、どこから剣を……』

『腰帯剣などと呼ばれる暗器ですな。良く撓り、折れない剣を帯のような鞘に納めたものですが、余程の修練を積んでいなければ、あれ程までには扱えないはずですぞ』


 この集会の冒頭で国王を殺害するために、周到に準備していたのでしょう。

 その証拠に、アーブルが左腕を掲げた時、カミラの側に座る者達は、一人残らず下座の方向へと視線を向けましたが、アーブルの側に座る者達は、上座を向いたままでした。


 カミラの側に座った者達は、視線を国王へと戻しても、何が起こっているのか数瞬理解出来ていなかったようです。

 ほんの一瞬目を離した間に、国王が斬殺されるなどと誰が想像できましょうか。


「ち、父上!」

「国王陛下!」


 驚愕し、跳ね上がるように席を立ったカミラ側の者達を、意外な人物が一喝しました。


「静まれ!」


 ザッ、カシャ、シャー、ジャギ!


 騎士団長の一喝に合わせて、部屋の壁際に立ち並び、切っ先を持って剣を掲げていた鎧姿の騎士達が、一糸乱れぬ動きで剣の向きを変え、柄を握って剣を構えました。


「騎士団長、これはどういう事です。騎士団は王家に剣を向けるのか?」

「カミラ様、我ら騎士団は民の為に剣を握る決断をいたしました。これまでの王家や貴族の振る舞いは、目に余るものがございます。民の苦しみに目を向ける事も無く、享楽に耽り、権力争いに明け暮れる、言語道断でございます!」


 目を怒らせて、騎士を指揮するがごとき声音で一喝する騎士団長に気圧されて、カミラの側の者達は、立ち上がったまま動きを止められてしまいました。


「騎士団長として王家に剣を向けるのは断腸の思いなれど、砂漠の砂に、そしてバルシャニアの盗賊どもに脅かされる現状を、もはや放置しておく事など出来ませぬ。私は、民の手で、民のための治政が行われる新しきリーゼンブルグを作るために、自らの地位も財産も投げ打ち、命さえも賭して革命を決断したアーブル・カルヴァインの剣になると決意いたしました。カミラ様、お覚悟を……」

「待て、ベルデッツ! そなたは、アーブルに騙されているのだ」

「そうです、団長、カミラ様のおっしゃる通りです」

「団長、目を覚まして下さい。アーブル・カルヴァインこそが諸悪の根源です」

「黙らっしゃい! 乱行を繰り返す王家に組する者共め、死をもって民に詫びるが良い!」


 ザッ、ザッ、ザッ!


 騎士団長ベルデッツが右手を掲げると、鎧姿の騎士達は、カミラの側の出席者に向かって足並みを揃えて進み始めました。


「よせ、貴様ら、止まれ!」

「話を聞け、このままではアーブルの思うがままだぞ!」


 カミラの側として列席した近衛騎士の部隊長マグダロスとオズワルドも、王の面前とあって武器を携えていません。

 それでもカミラとグライスナー侯爵、サルエール伯爵を庇うように立ち塞がりましたが、フルアーマーの騎士に素手で立ち向かっても勝ち目などありません。


『じゃあ、みんな手筈通りにお願いね……』


 闇の盾で窓側と天井を覆うと、議事の間は闇に閉ざされました。

 グリフォン対策で鍛え続けたので、この程度は朝飯前ですよ。


「なんだ、何が起こった!」

「明かりを点けろ、どうした!」

「魔王様!」

「くそっ、昨日のネズミか」

「うろたえるな!」


 大きなテーブルの下座の方向に、突然白く四角い壁が浮かび上がります。


「頭の固い騎士どもよ、良く目を見開いて見るが良い」


 勿論、白い四角い壁は、プロジェクターの光で、直後に映像と音声を流しました。

 映像は、アーブルとアーブルの片腕であるネストルとの密談から始まります。


 会話が進むほどに、アーブルが裏で糸を引き、バルシャニアとさえ通じて、王子達をまとめて始末し、国を手に入れようとしていた事が暴かれていきます。


「アーブル殿、これは一体どういう事ですかな?」

「し、知らん、あんな物はまやかしだ、幻術の類いに決まってる」

「幻術ですか? これだけの人数が、全く同じ物を見るような幻術など聞いた事がありませぬが?」


 騎士団長の追及に、アーブルは返す言葉に窮して黙り込みました。

 続いて映像は、フードを深く被った男をアーブルが招き入れる様子を映し出します。


「あぅぅ……止めろ! あの幻術を止めろ!」

「黙れ! 見苦しくうろたえるな!」

「ぐぅ……あぁぁ……」


 真横から騎士団長に一喝され、宰相は一旦立ち上がった椅子に、崩れ落ちるように座り込みました。


『どういう事だ、アーブル。話が違うではないか』

『それに関しては、私も戸惑っている所です』

『アルフォンスが生きているだけでなく、それぞれの派閥の主だった者達も、誰一人死んでおらん。どうするつもりだ?』

『どうするも何も、私も今日知らせを聞いたばかりで、すぐに手は打てませんよ』


 映像は、国の実権を握り、富を欲しいままにしようとする、アーブルと宰相の陰謀を暴いていきました。

 そして最後に、カミラに狼藉を働くアーブルの姿が映し出されます。


『ほう、そんな事まで嗅ぎ付けていたか、そうだ、みんな俺が命じた事だ。だが、証拠はあるのか? 確かに俺が命じて殺させたが、それをどうやって証明する。いくらここで俺が真実を話そうと、証人になる者が居なければ、なんの証しにもなりはせんぞ』


 カミラを組み伏せながら勝ち誇る姿が、実に馬鹿っぽく見えます。


『ふはははは……そんなやつ、現れる訳なかろう。強い者、賢い者が全てを手に入れる。それこそが世の理。この城も、この国も、そしてこの身体も俺様の物だ。さぁ、たっぷりと楽しませてもら……ごぁぁ』


 アーブルが無様に床に転がったところで映像を止めました。

 プロジェクターの光を消すと同時に、闇の盾も解除して、議事の間の明るさを元に戻し、 映像が映し出されていた方向、テーブルの下座に立って恭しく頭を下げて挨拶しました。


「皆さん、こんにちは、ケント・コクブと申します」

「魔王様!」

「曲者だ、捕らえろ!」


 アーブルが喚き散らしますが、もう騎士は一人も動こうとしません。


「今、御覧いただいた映像は、僕の手の者が撮影した実際に行われていた事です。御望みとあれば何度でも御覧に入れます。騎士団長殿、そこの男に何を吹き込まれたかは存知上げませんが、このままでは後悔なさいますよ」

「そうです、騎士団長、考え直して下さい」

「団長、民の敵は、アーブル・カルヴァインです!」


 騎士団長は、怒りに燃える視線でアーブルを射抜くと、騎士に命じました。


「全員、剣を下ろして下がれ」


 カシャ、ジャキ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ……


 騎士団長の命を受けた騎士達は、剣を逆手に持ち直すと、壁際まで後退して動きを止めました。

 宰相は、椅子に座ったままガックリと俯き、ブツブツと何やら呟くだけで、もはや動こうともしません。


 アーブルは、長いテーブルの向こう側から、僕を呪い殺さんばかりの血走った瞳で睨みつけています。


「さて、アーブルさん、どうしますか?」

「貴様のような小僧が……」


 アーブルは、僕から視線を右側へと向けると、血塗られた剣を片手にカミラに向かって走り出し、闇の盾に阻まれました。


「き、貴様、やはり闇属性の術士か! くそっ、ネストル! 入って来い!」


 アーブルが合図をすると、前後の扉から、ゾロゾロと柄の悪い連中が武器を片手に入って来ました。


「包囲防御、駆け足!」


 騎士団長の号令で、騎士達は再び剣を握り直し、窓側に退いたカミラ側の出席者を囲むようにして防御の体制を整えました。

 勢いに押されて、僕まで防御の輪に囲まれちゃいました。


 フルアーマーの武装を整えているとは言っても、騎士は八名。

 一方のアーブルの手下共は、ざっと数えても五十人ぐらいは居そうです。

 アーブルは、悠々と壁際へと移動し、勝ち誇ったような笑みを浮かべています。


「ふん、馬鹿な小僧だ。のこのこ殺されに来るとはなぁ、俺が何の手も打っていないと思ったのか?」

「すみません、ちょっと前に出させて下さい」


 騎士の囲いの中から出て、騎士団長が居た辺りまで移動して勝ち誇っているアーブルと、テーブルを挟んで相対しました。


「もしかして、アーブルさん、勝ったつもりでいるんですか?」

「ふん、もう貴様の虚言には引っ掛からんぞ。近衛共は訓練場に押し込めてあるし、この部屋の周囲に居るのは俺の手の者だけだ。いくら騎士団長が居ようが、近衛の隊長が居ようが、武器も無い状態では勝負にならんだろう」

「僕らをどうするつもりです?」

「決まってる……死人に口無しだ」

「はぁ……何だかなぁ……もっと手強い人かと思ってたけど、ガッカリだ」

「なんだ……と?」


 突然、僕の影の中から飛び出してきたムルトを見て、アーブルは怪訝な表情を浮かべました。

 頭を撫でてあげると、ムルトは上機嫌で尻尾を振り回します。


「ふはははは、魔王などと呼ばれているから、どれほどの者かと思えば、コボルト一匹か!」


 アーブルに釣られて、手下共もゲラゲラと笑い声を上げています。

 ムルトが出て来たのは、周囲のアーブルの勢力をコボルト隊が制圧した合図とも知らず、呑気なもんですねぇ。


「やっべぇぇぇ、アーブルさん、こいつは危険すぎますぜぇ、ぎゃははは……」

「ひぃひぃひぃっ……腹痛ぇ、コボルトだけって……」

「武器なんか要らねぇぇぇ、素手で殺してやんよ」

「ご主人様、こいつらも敵なの? やっつける?」


 ムルトの一言で笑いが止まりました。


「はぁ、コボルトが喋っただと?」


 アーブル達が首を傾げると、今度はドロドロと、遠雷のような音が部屋に響き始めました。


 ドロドロドロ……ドロドロドロ……ドロドロドロ……


 不気味な音に、カミラ達を守っている騎士達も表情を引き締めて、周囲を警戒しています。


ドロドロドロ……ドロドロドロ……ドロドロドロ……


 僕の後ろに闇の盾を出すと、そこからスルリとネロが姿を現し、上機嫌に喉を鳴らしながら、摺り寄って来ました。


「ス、ストームキャットだと……」

「やべぇ、マジやべぇ……」


 テーブルに両手を突いて、勝ち誇っていたアーブル達は、一気に壁際まで下がり、更に一部の者は我先にと出口を目指しましたが、既に闇の盾で封鎖した後です。


「アーブルさん、どうします?」

「うろたえんな! いいか、良く見ろ。いいか、あのストームキャットは動けねぇ。あいつはカミラの盾だからな」


 いや、全然違いますけど、手下共は思いっきり頷いてますね。


「さすがアーブルさん、俺らとは目の付け所が違うぜ」

「いいか……いいか、俺の合図で一斉に攻撃を撃ち込むぞ。いいか、そうすりゃ、いくらストームキャットだって耐えきれやしねぇよ。いいか手前ぇら、準備……」


「グルゥゥゥゥゥ……」


 アーブルの指示を掻き消すように、後ろの扉を封鎖した闇の盾から唸り声が響き、ヌゥっとゼータが姿を現しました。


「ギ、ギガウルフ……」

「やべぇ下がれ、下がれよ!」


 後ろの扉の近くに居た手下達が一斉に後ずさりして、アーブルまでが押されてよろけています。


「おい、もっと下がれ……」

「馬鹿、押すな……」


「グルゥゥオォォォォ……」


「ひぃぃ、こっちからも……」

「おい、下がれ! 早く、早くぅぅ!」


 前の扉を封鎖した闇の盾からは、エータが唸り声を共に姿を現すと、手下共はパニックに陥りました。


「アーブルさん、アーブルさん! どうすんだよ」

「うるせぇ、ギャーギャー喚くな!」


 アーブルと手下どもは、壁際に押し付けられるようにして、一塊になってネロやゼータ達が襲い掛って来ないかと、必死で動きを目で追っています。

 アーブルたちの慌てぶりを眺めながら、ムルトが訊ねて来ます。


「ご主人様、こいつらやっつけるの?」

「うーん……どうしようかねぇ……」

「待て、ちょっと待ってくれ、どうだ俺と組まないか? カミラはくれてやる。リーゼンブルグの半分……いや、三分の二をやる。どこでも好きな場所を三分の二だ、悪い話じゃねぇだろう?」


 アーブルの顔には、滴り落ちるほどの汗が噴き出しています。


「そうですねぇ……」

「な、そうだろう、悪い話じゃねぇよ。そうだ、この城も付けてやる。なっ、なっ?」

「悪い話じゃないとは思うけど、そもそも、この城も、リーゼンブルグも、アーブルさんの物じゃないですよね? 自分の物でもない土地をくれる……なんて言われて喜ぶ奴とか居るんですか?」

「くっそぉぉぉ……」


 僕と話をしながらも、アーブルは右に、左に、上へ下へと視線を動かし、逃げ道を必死に探していました。


「ベニート、ホセ、クレオ、タミール、耳貸せ……」


 アーブルは手下を呼び寄せて、何やら打ち合わせを始めました。

 それを見たカミラが、緊張した口調で声を掛けてきました。


「魔王様、何か企んでいます。今のうちに捕らえてしまった方が……」

「うん、まぁ、大丈夫でしょ。問題無いよ」


 アーブルが呼び寄せた四人が、更に何人かを集め、追い詰められた集団の中央に入り込みました。

 そして、一斉に詠唱を始めました。


「マナよ、マナよ、世を司りしマナよ、集え、集え、我が手に集いて地へと染みよ、染みよ、染みよ、地に染み渡り、穿て!」


 アーブルの手下共が唱えたのは、土属性魔法の穴を掘る魔法で、七、八人が一斉に発動させる事で床が大きく崩れ落ちました。


「魔王様、下の階へ逃げる気です!」

「平気、平気、逃げられないよ」


 崩れた床から、下の階へ下りて逃げようと考えたのでしょうが、議事の間の周囲は全部チェック済みです。

 壁を破って廊下へ逃げる、窓を突き破って外へ逃げる、天井を突き破って逃げる事すら想定済みです。

 議事の間は二階に設えてあり、階下はダンスホールです。

 アーブル達は、先を争うようにして、崩れた穴に身を躍らせました。


 ダンスホールの出入口は、中央の大きな扉と庭へと続くガラス張りの扉だけです。

 アーブルが駆け寄って開いた扉の先には、シータを待機させておきました。


「グルゥゥゥゥ……」


「くそっ、庭から回るぞ!」


 アーブルがホールの中央まで戻ったところで、ガラス戸の手間に闇の盾を出し、ゼータとエータを送り込みます。

 更に扉を潜ってホールに踏み込むシータの後ろからは、ネロも続きました。


「騎士団長さん、ダンスホールの周囲を固めさせて下さい。一応、投降を呼び掛けてみますので」

「分かった。おい、第一分団を向かわせろ」


 追い詰められたアーブル達は、ダンスホールの中央に一塊になり、その周囲をネロ達が、グルグルと回っています。

 闇の盾を通って、アーブルの正面へと下りました。


「さて、アーブルさん、どうします?」

「糞ガキが……」

「投降するか、この子らと踊るか、好きな方を選んでいいですよ」

「ふざけやがって……どれだけ俺が苦労して、ここまで成り上がって来たか……どれだけ時間と手間を掛けて、この計画を作り上げて来たのか、分かってんのか!」

「いいえ、分かりませんよ」

「王家に生まれたと言うだけで、貴族の家に生まれたというだけで、苦労も知らず、贅沢な暮らしをして、次の王座を巡って下らない争いを続ける。家柄が良ければ権力を与えられ、権力があれば大概の事は許される。俺は、辺境の貴族の妾腹に生まれ、満足な金も与えられず、鉱山で土に塗れて育った。山で育てられ、山で鍛えられ、人脈を築き、人を出し抜く術を知り、与えられた金で享楽に耽る事しか知らない糞みたいな義理の兄どもを蹴落とし、糞親父を追放して貴族の家を手に入れた! この世は力だ、力を持ち、ズル賢く敵を蹴落とす奴が全てを握る。それの何が悪い!」


 アーブルは、僕を睨み付けながら、ホールに響き渡る大音声で叫びました。


「答えてみろ、糞ガキ、何が悪い!」

「そうですねぇ……僕にとっては都合が悪いんですよね」

「はぁ? 手前の都合なんか知った事かよ。何で手前の都合なんかで俺の計画が邪魔されなきゃなんねぇんだよ」

「だってアーブルさん、自分で言ったじゃないですか、力のある奴が全てを手に入れるんだって」

「それが何だ、だからって、手前が……」

「アーブルさんの論理なら、僕の方が強かったら、僕の方が力があるなら、好きにしちゃって構わないんですよね?」


 アーブルが、呆然と僕を見詰めて黙り込んだ時、タイミングを見計らっていた手下の一人が、エータの腹の下を掻い潜るようにして走り抜けました。

 全員の視線が集まる中で、手下の前にひょこっとムルトが飛び出します。


「邪魔だ、コボルト風情が……ぐぁぁ!」


 手下が片手で叩き付けた剣を、ムルトは背負っていた玩具みたいな短剣で、抜く手も見せずに弾き飛ばし、腹に横蹴りを叩き込んで集団まで吹っ飛ばしました。

 ムルトの外見に似合わない力を見せ付けられ、更には、コボルト隊がワラワラと湧いて出て来ると、アーブルの手下達は戦意を失い、武器を投げ捨てて座り込みました。


 手下共が投降の意思を示す中で、アーブルとネストルだけが抗う姿勢を捨てていません。

 ゼータ達は、歩き回るのを止めて、コボルト隊と共に周囲から睨みを利かせています。

 ネロは、大きな顔を摺り付けるようにして、僕の横に座り、ドロドロと喉を鳴らしています。


「糞ガキが……手前ぇみたいな苦労知らずのガキが……」

「そうでも無いですよ。ゴブリンに腸引き摺り出されたり、リーゼンブルグの騎士に剣で腹を串刺しにされたり、この前も、もうちょっとで首がポロっと取れそうでしたしね」

「ふん、その時に、大人しく死んどけよ……」


 アーブルは、国王の血に塗れた腰帯剣を投げ捨てると、手下が投げ捨てた両手持ちの剣を拾い上げ、素振りをして手応えを確かめました。

 その横で、ネストルも剣を握り直しています。


『ケント様、ワシらが……』

『ごめん、今日は僕にやらせて』

『畏まりました』

『ケント様……お手並み拝見……』


 首の後ろをポンポンと叩くと、ネロも離れて行きました。


「ほう、魔物の助けは借りないのか?」

「必要ありませんね」

「ならば、ネストル、お前も……」

「お二人で、どうぞ……こう見えても、僕、Sランクの冒険者ですからね」

「ふふっ、どこまでもふざけた小僧だ。だったら、手前を血祭りに上げて、ボンクラ騎士団の囲いを破って、逃げ切ってやる。行くぞ、ネストル」

「御意に……」


 アーブルとネストルは、二人並んで歩き出し、途中から一気に走り始めました。

 距離を詰めてくる二人に対して、まずはネストルの足を狙って風の刃を飛ばします。


 詠唱もせずに腕を振っただけなので、単に構えただけと思ったのかもしれません。

 両足の太腿を風の刃にザックリと斬り裂かれ、ネストルは派手に転倒しました。


 ネストルの転倒を視界の端で捉えたのか、アーブルの勢いが一瞬鈍った瞬間に、身体強化を掛けて一気に踏み込みました。

 アーブルは高々と剣を振り上げて待ち構え、僕が間合いに入った瞬間に迷い無く振り下ろして来ます。


 剣を振り下ろす腕を闇の盾で防ぎ、がら空きになったアーブルのボディに、身体強化に加えて風属性の魔法も使って加速させた渾身の左フックを叩き込みました。


「かはっ……」


 ボキボキと骨が砕ける手応えが伝わって来て、アーブルの身体がくの字に折れ曲がります。

 巨漢のアーブルの頭が下がったところに、同じく風属性魔法で加速させた返しの右フックを叩き込みました。


 拳がアーブルの左顎を捉え、再び骨が砕ける手応えが伝わって来ます。

 そのまま拳を振り抜くと、剣を手放したアーブルの身体は、10メートルほどもダンスホールの床を滑り、そのままピクリとも動かなくなりました。


「あんぎゃぁぁぁ……痛い、痛い、拳、拳が砕けたぁぁぁ……」


 やっちまいました、骨の強化が足りませんでした。

 砕けた骨が、所々で皮膚を突き破ってます。


 治癒、治癒、もう全力で自己治癒を掛けましたよ。

 あぁぁ……最後の最後で格好悪いです。

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