第188話 食前食後

「肉だろう!」

「肉だな!」


 護衛の打ち合わせを終え、汗を流して着替えた僕らは、夕食の店を決めるべく、リタさんが届けてくれた地図を前にして話し合いを始めましたが、2秒で結論が出ました。

 ギルドからは、少し歩いた場所にあるようですが、バッケンハイム地方の肉料理を出す店に、僕らは向かう事にしました。


 地図では確認しましたが、宿舎を出る前に警護の人に場所を尋ねると、少し遠回りになるが公園を通って行った方が分かりやすいと教えられました。

 地図を見てみると、確かに公園の遊歩道を歩いて抜けた方が、ゴチャゴチャした街中を抜けるよりも簡単そうです。


 僕らは腰にナイフを吊っただけの身軽な格好で宿舎を出ると、常緑樹が葉を茂らせている公園を目指して歩き始めました。

 既に日は落ちて、街には明かりが灯っています。


「なんか、ワクワクするね」

「同感、異世界に来たけど、観光なんか全くしてねぇからな」

「あぁ、鷹山はそうだよね」

「そう言えば、国分はあちこち行ってるんだったな」

「そうだね。リーゼンブルグの王都アルダロス、グライスナー侯爵領のバマタ、カルヴァイン辺境伯爵領のガソ、ドレヴィス公爵のラウフ、バルシャニアの国境の街チョウスク……あちこち行ってはいるけど、街の中を観光とかはしてないから、鷹山と大差ないかもよ」

「そうなのか?」

「あちこち行くけど、屋敷の中だけとか、兵隊が集まる草地だけ……とかだからね」

「なるほどな……」


 バッケンハイムの街は、ヴォルザード以上にゴチャゴチャと入り組んだ、ヨーロッパ風の街並みです。

 道は、魔法で固めた舗装だけではなく、所々石畳であったり、家や店の大きさに基準が無いようで、建物の大きさも不揃いだったりします。


 馬車が通る表通りは、間口が広い建物は勿論、大人が両手を広げた程度しかない建物も一階は何かの店になっています。

 扱っている商品は、学術都市に相応しく、筆記用具であったり、研究用の機材、実験器具、薬品などを扱う店も目立ちます。


 道行く人の服装も、僕らのような冒険者スタイルは少数派で、学生や商人、教育関係者と思われる出で立ちの人が目立ちます。

 公園の入り口が近付いて来たところで、フレッドが話し掛けて来ました。


『ケント様……さっきの奴が待ち伏せしてる……』

『はぁ……もうか、まぁ夕食を堪能する前に片付けちゃいますかね』

『遊歩道の先に七人……後ろから五人……』

『フレッド、合図をしたら……出来る?』

『任せて……』


 どうやらリタさんが言っていたように、フェルが仕返しに来たようです。

 これが街の外だったらゼータ達に囲ませて、食われそうになる恐怖を味わわせてやるところですが、街中では周囲がパニックを起こす心配があるので難しいですね。

 なので、御仕置きはフレッドをメインでいきましょう。


「鷹山、前に七人、後ろに五人……待ち伏せだって」

「はっ? さっきの野郎か? どうする、巻くか?」

「いやいや、フェルとか言う奴の知り合い程度、相手をするのは朝飯、いや夕飯前だよ」

「国分、こっちに来てから、やけに好戦的になってねぇ?」

「あぁ……それはあるかもしれないけど、仕方無いんじゃない?」

「まぁ、日本と同じじゃやっていけねぇんだろうな」


 公園の中にも街灯が灯されていますが、街中に較べると暗がりが目立ちます。

 まぁ、夜目の利く僕にとっては、暗がりはむしろ歓迎ですし、連中が隠れている様子も丸分かりなんですけどね。


「鷹山、そろそろ出てきそうだけど、見学してればいいからね。てか、変に手出ししないで」

「おぅ、俺はもう腹ペコで動きたくねぇから、さっさと片付けてくれ」

「了解……」


 鷹山と軽口を叩きながら遊歩道を歩いていると、後ろから複数の足音が近付いて来て、行く手を塞ぐようにゾロゾロと男達が姿を現しました。

 見るからに柄の悪そうな男達は、全員棒切れを持参しています。


「よぉ、ヴォルザードの魔物使いってのは、お前らか?」

「いいえ、違いますけど……」

「えっ、違うって……」


 立ち塞がった男達が戸惑っていると、暗がりに隠れていたフェルが飛び出して来ました。


「手前、とぼけてんじゃねぇよ!」

「とぼけてなんかいませんよ。魔物使いは、僕らじゃなくて、僕だけですから」

「なるほど、なめたガキだな。おい、フェル、二人とも絞めちまっていいんだな?」

「あぁ、やってくれ……」


 僕と鷹山を取り囲んだ男達が、ニヤニヤとした笑いを浮かべながら、じりっと距離を詰めると、ふっと一陣の黒い風が吹き抜けました。


 カラン……カラカラン……コンッカラカラカラ……


「えっ……なんだ?」

「おいっ、なんだこれ!」

「どうなってんだよ……」


 男達の持参した棒切れは、手元から切断されて遊歩道に転がっています。

 まぁ、この暗さじゃフレッドの動きとか見切れませんよね。


「さっき警告したはずですよね。これ以上ちょっかい出してくるならば、腕の一本ぐらい無くなる覚悟はして来て下さいって……で、覚悟は出来たんですか?」

「国分、この集められた連中って、お前がSランクだって聞かされてねぇんじゃね?」


 鷹山の一言で、集まっていた男達は、一斉に後ずさりしました。


「おい、フェル! Sランクが相手なんて聞いてねぇぞ」

「俺は抜けるぞ……」

「俺も抜け……痛ぇ」

「うわっ……何だ?」


 一人が逃げ出そうとすると、集まった連中は我先にと逃げ出そうとして、走り出した途端バタバタと倒れました。

 どうやら影の中からマルト達に足を掴まれて転ばされたようです。


 逃げようとすると転ばされる、マルト達は遊んでいるようですが、男達は身動きが取れなくなってブルブルと震え出しています。


「何だよ……どうなってんだよ」

「手前ぇ、フェル、どうすんだよ!」

「俺達は騙されたんだ、知らなかったんだよ」


「グルゥゥゥゥゥ……」

「フッ……フッ……フッ……」


 姿を見せたら騒ぎになるなら、姿を見せなきゃ良いんでしょ……とばかりに、ゼータ達は、影に潜ったまま唸り声を響かせながら、男達の周りをグルグルと回り始めました。


「ヤベぇ……ヤベぇよ……」

「悪かったよ。マジ知らなかったんだって……」

「そうですか、じゃあ僕が、なぜ魔物使いなんて呼ばれているのか、身体に教え込んでさしあげましょうか?」

「待て、待ってくれ! 頼む、悪かった、もう二度としねぇから勘弁してくれ」

「頼むよ、この通りだ……」


 フェルを含めた全員が、這いつくばって許しを請うて来ましたので、この辺にしておきますかね。


「じゃあ、そのフェルとか言う人のお仕置は、そちらに任せますね。みんな、行かせてあげていいよ」


 声を掛けると、ゼータ達の唸り声はピタリと止んで、静けさが戻って来ます。

 恐る恐る立ち上がった男達は、僕がヒラヒラと手を振って見せると、蜘蛛の子を散らすように走り去って行きました。


「黒いなぁ……ブラック国分だよ」

「何言ってんだよ。脅しただけで、一人も傷つけてないよ。優しすぎるエンジェル国分だよ」

「エンジェルねぇ……デビルの間違いだろ。あのフェルとかいう奴、思いっきりボコられんじゃね?」

「自業自得でしょ……いきなり殴り掛かってくるようなアホは、痛い目見たほうがいいよ」

「かもな、まぁ、どうでもいいから飯食いに行こうぜ」

「だね。もう腹ペコだよ」


 目的の店『月光の洞窟』は、遊歩道を抜けて公園を出た所からは、真っ直ぐ歩いて五分ほどの場所にありました。

 石積みの重厚な作りで、ドッシリとした木の扉に店の名前入った金属製のプレートが嵌め込まれています。


「国分よぉ……高そうじゃね?」

「まぁまぁ、今夜は僕が御馳走してあげるよ」

「てか、お前、金持ってんのかよ?」

「あのねぇ……僕は大きな収納を持ち歩いているようなもんだって、知ってんでしょ?」

「あっ、そうか、金もそこに入れてあるのか」

「そうそう、お金の心配は要らないよ」


 影収納の中には、まだミノタウロスの角とか、魔石がゴロゴロしてますし、ヴォルザードに来る前に、魔物に襲われた馬車から回収した現金も、ほぼ手付かずで残ってますからね。

 いくら高いと言っても、僕が払い切れない程の金額とか、あり得ませんよ。


 店に入ってメニューを見ると、確かに値段は高めですが、驚くほどの値段ではありませんでした。

 煮込んだり、焼いたり、蒸したり、揚げたり……調理法の違う料理を色々選んでテーブルの上にズラリと並べ、鷹山と二人で片っ端から胃袋に納めていきます。


「やっべぇ……この串焼き、激うまだぞ、国分」

「ほぉぉぉ……鷹山、これ、この煮込み……」

「どれ……ぬぉぉ、溶けた、溶けて無くなるけど、旨みがドン! って、ヤバ過ぎだろ」

「のぉぉぉ、このソーセージのプリプリが……プリップリがぁぁ……」

「やべぇ、俺、シーリアと一緒に引っ越してこようかな……」

「はぁ? 何言ってんの鷹山、むぐむぐ……貯金も無い、むぐ……定職にも付いて無い、むぐむぐ……子供は生まれる、お姑さんは居る。むぐむぐむぐ……自分の現状をもっと、むぐむぐ……」

「食うのか喋るのか、どっちかにしろよ……てか、分かってるよ無理だってのは」

「まぁ、むぐむぐ……それなら、むぐ……いいんだ、むぐ……」

「もういいから食ってろ」

「むぐ……」


 鷹山の言葉に従って、暫し無口になって料理を堪能し、そろそろ締めの一品でも頼もうかと思っていたら、カミラとの連絡役のハルトが現れました。


「わふぅ、ご主人様、カミラがピンチ! 一緒に来て!」

「えぇぇぇ……鷹山、ちょっと行って来る!」

「おいっ、国分! ちょっと待って……」


 鷹山が何か叫んでいたみたいですけど、ハルトに続いて影に潜って移動しました。

 移動した先は、どこかは分からないですが部屋の中で、ドレス姿のカミラが男にベッドの上に押し倒されていました。


「ちょ、これって、どんな状況?」

『ケント様、アーブル・カルヴァインですぞ!』

「てことは、王城の中か!」


 カミラは、アーブルに両手を捕まれて押さえ込まれています。


「無礼者! このような事をして、ただで済むと思っているのか!」

「勿論ですよ、カミラ様。国王陛下からは、婚儀の許可をいただいております」

「馬鹿な! 誰か! 誰かおらぬか!」

「婚儀の決まった男女の睦み事を邪魔する者などおりませんよ」


 どうやら国王は、アーブルに丸め込まれたようですね。


「バステン、カメラを……」

『了解です、すぐに準備を致します』


 すぐに助けに入ろうかと思いましたが、これからアーブルが晒すであろう醜態を記録しておく事にしました。


「離せ! 誰が、義兄達を手に掛けた貴様などと……」

「ほう、そんな事まで嗅ぎ付けていたか、そうだ、みんな俺が命じた事だ。だが、証拠はあるのか? 確かに俺が命じて殺させたが、それをどうやって証明する。いくらここで俺が真実を話そうと、証人になる者が居なければ、なんの証にもなりはせんぞ」


 まぁ、この世界の常識ではそうなんだろうけど、バッチリ撮影、録音しちゃってますよ。


「離せ、この謀反人、この身は魔王様に捧げたものだ、貴様などの自由にはさせん!」

「何ぃ、捧げた……魔王だと……」

「そうだ、私のこの身体は、髪の一筋、血の一滴までも魔王様のものだ!」

「ふんっ、どこのどいつか知らんが、他の男に尻を振っていやがったか。まぁ、構わん、すぐにそんな男の事など忘れさせてやる。このアーブル・カルヴァインの印を身体の奥底にまで刻みつけてやろう」

「くっ……離せ、無礼者! 誰か! 誰か!」


 アーブルは、カミラの両手を頭の上に重ね合わせると、岩のような左手で押さえ付けました。

 僕らが召喚された日、あの船山を片手で吊り上げたカミラですが、互いに身体強化を使っている状況では、遥かに体格に勝るアーブルには力負けしてしまうのでしょう。


「離せ! 離せ! 誰か、誰か……魔王様!」

「ふはははは……そんな奴、現れる訳なかろう。強い者、賢い者が全てを手に入れる。それこそが世の理。この城も、この国も、そしてこの身体も俺様の物だ。さあ、たっぷりと楽しませてもら……ごぁぁ!」


 アーブルが、ドレスの襟元を自由になった右手で引き裂こうとした瞬間に、ベッドの脇に出した闇の盾から表に出ながら、思いっきり蹴りを食らわしてやりました。

 ベッドから転げ落ちたアーブルは、右の脇腹を押さえてながら悶絶しています。

 うん、身体強化も加えて、手加減無しで蹴ったからね。



「魔王様!」

「カミラ、護衛を付けないなんて、油断しすぎじゃない?」

「申し訳ございません」


 アーブル・カルヴァインは、床に蹲ったまま、こちらを睨み付けています。


「ぐふぅ……貴様、何者だ。どこから湧いて出た……」

「どうも、御初に御目にかかります、アーブル・カルヴァイン辺境伯爵。ケント・コクブと申します」

「貴様が魔王か……ぐぅ……」

「まぁ、成り行き上、魔王をやってる感じですね」

「ふん、多少は出来るようだが、闇属性の魔術士風情が……なんだと……」


 見せ付けるように右手の上に火球を作ると、アーブルは目を見開いて絶句しました。


「闇属性の魔術士が、どうかされましたか?」

「貴様、闇属性の術士じゃないのか?」

「さあ、どうでしょうねぇ……」

「闇属性の術士で無いとしたら、貴様どこから入り込んだ!」

「さあ、どこからでしょうねぇ……アーブルさん、いつから王城は制圧したなんて錯覚してたんですか?」

「なん、だと……」


 勿論、リーゼンブルグの事は放置してたので、王城がどうなっているのかなんて分かりませんが、アーブルの自信満々な様子を見れば、制圧したと思っているだろうと察しは付きます。


 それが思い込みであるかのように、ハッタリをかましてみたのですが、思った以上に効果がありました。


「誰だ、誰が裏切った。宰相か、それとも騎士団長か」

「そんな事、僕が教えるとでも思っているんですか?」

「くそっ、誰か! 誰かおらんか!」


 アーブルが胴間声を張り上げても、足音が聞えてくる気配すらありません。

 たぶん、フレッドが片付けた後なのでしょうね。


「くそっ、私をどうするつもりだ?」

「そうですね……明日、王城に全員を集めて白黒ハッキリするってのは、どうです?」

「まさか、王が裏切ったのか?」

「自信が無いなら、今夜のうちに尻尾を巻いて領地にお帰り下さい。勿論、城から出た途端、討ち手に追われると思って下さいよ」

「くっ……いいだろう。このアーブル・カルヴァイン、逃げも隠れもせぬわ! ぐふっ……」

「では、どうぞ、お引取りを……」


 退室を促すと、アーブルは脇腹の痛みに顔を顰めながら、よろめきつつも胸を張って出て行きました。


『フレッド、探っておいて』

『了解……』


 アーブルを見送りつつフレッドに指示を出し、ゆっくりと振り返ると、カミラは跪いて頭を下げました。


「魔王様、面倒をお掛けしました」

「油断しすぎだとは思うけど……アーブルが、こんな馬鹿野郎だとは思わなかったよ。いや、これまで探ってきた話から、これぐらいの事態は予想しておかなければいけなかったのかもしれない。カミラ、グライスナー侯爵やサルエール伯爵は、城下の屋敷に居るの?」

「はい、それぞれの屋敷に入っているはずですが……」

「屋敷の位置は分かる? まさかとは思うけど、暗殺者とかを送り込まれると困るから、今のうちに手を打っておきたい」

「はい、では、地図を……」


 屋敷の位置を教えてもらい、ラインハルトとバステンに、カミラの手紙を持たせて走らせました。

 二人には、警護の体制が整うまで見守ってもらいます。


「僕は、表に出ないつもりだったけど、どうやら参加しないと駄目そうだね」

「魔王様、どうか御力を御貸し下さい」

「さっき言った通り、明日、全員を集めてアーブル達を断罪しよう。ただ、アーブルの口振りだと国王も、騎士団長も丸め込まれたか、もしくは自主的に協力しているみたいだから、場合によっては力ずくの決着になるかもしれない」

「私は、魔王様に忠誠を誓った身です。父との決別の覚悟は出来ております」


 カミラには、主だった者が集まるように手紙を書いてもらいました。

 フレッドが昏倒させた、アーブルの息が掛かった衛士を引き摺って来て叩き起こし、王女を裏切った罪で一族郎党揃って処刑されるのが良いか、カミラの命に従って手紙を届けるのが良いか選べと脅しつけました。


 更に、影収納からスマホを取り出して、鈴木さんにモバイル・プロジェクターの取り寄せを頼みました。

 時差のおかげで、日本はまだ夕方6時を回ったぐらいの時間だったので、明日の朝までには用意しておくと返事がありました。


 ラインハルトとバステンが前後するように戻ってきて、グライスナー侯爵、サルエール伯爵は、兵を屋敷に入れて警護を固め終えたと報告しました。

 続いてフレッドも戻ってきて、アーブルの様子を報告しました。


『アーブルは、宰相を呼び出してた……かなり疑っている様子……』


 アーブルにかました思い付きのハッタリは、思った以上の効果を現したようです。

 アーブルは、城内にカミラの息が掛かった勢力存在すると話しつつも、宰相の反応を探っていたそうです。


 もともと、他人を騙して成り上がろうとしていただけに、アーブルは自分が裏切られる事を極端に怖れているのでしょう。

 一応、宰相に対する疑いは解いたようなのですが、今度は騎士団長に対する疑惑を払拭出来なくなっているそうです。


 宰相の話からすると騎士団長には、アーブル達は国を憂う気持ちから行動を起こしたのであって、現国王には退位してもらい、アーブルが夫としてカミラを支え王位に据えるつもりだと言って丸め込んであるようです。


 それだけに、裏切っているのではないかと疑う事は、騎士団長の国に対する忠誠心を疑うようなものなので、呼び出して訊ねる訳にも行かないようです。

 騎士団長に付いては、基本計画通りに演じ、後は臨機応変に騙し切るしか無いという結論にいたったようです。


 話の途中では、暗殺してはどうかと宰相が提案しましたが、若い頃ほどではないにしても騎士団長は武人であり、成功がおぼつかないだけでなく、たとえ成功しても騎士団を敵に回しかねないので見送ったようです。


 カミラの警護には、バマタから同行してきた近衛騎士の部隊長オズワルドに連絡をして騎士を回してもらいました。

 それに加えて、バステンにも影から警護してもらいます。


 明日の会合の進め方などをカミラと相談し、バッケンハイムに戻ったのは、日付も変わろうかという時間でした。

 宿舎のリビングでは、鷹山が腕組みをして、厳しい表情で座っていました。


「ただいま、鷹山」


 闇の盾からリビングに足を踏み入れると、鷹山がギロっと睨み付けて来ました。


「どうかしたの、鷹山?」

「お前なぁ……どうかしたのじゃねぇよ。どこに行ったか知らないが、金払ってから行けよ!」

「あぁぁ……ゴメン、そうだよ夕食の支払い……ゴメン、ゴメン、いくらだった?」

「二人合わせて、940ヘルト、一人470ヘルトだ」

「ゴメン、今払うよ……」

「馬鹿野郎、今払うよじゃねぇよ! 良く考えろ、俺が940ヘルトなんて金を持ち歩いていると思うのか?」

「あっ!」

「あっじゃねぇよ。お前が金払わないで飛び出して行っちまうから、どんだけ俺が苦労したか……」


 ほぼ無一文だった鷹山は、司直に突き出されそうになって、自分はマスター・レーゼと一緒にヴォルザードから来た者だと説明したそうです。

 ですが、マスター・レーゼの名前を勝手に使っていると思われて信じてもらえず。


 世話役のリタさんに連絡を取ってもらおうとしましたが、肝心のリタさんの名前を思い出せず、連絡を取ってもらえるまでの間、皿洗いなどに扱き使われたそうです。

 結局、支払いはリタさんが立て替えてくれて、僕のギルドの口座から引き落とされる事になりました。


「いや、悪い悪い……リーゼンブルグの方も、いよいよ大詰めって感じでさ、大変なんだよ」

「お前、一人の時は気をつけろよ、あれじゃ食い逃げだからな。ちゃんと金払ってから行けよな」


 鷹山の機嫌を直すのに、更に時間が掛かってしまい、結局眠れたのは、日付が変わってからでした。

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