第187話 バッケンハイム

 バッケンハイムは、古くから学術の街として知られています。

 街の礎となったのは、王の居城のある都市であり、商業、政治の中心都市アルダロスに対抗し、学術の徒が集まって創設した私塾です。


 この私塾を中心として、様々な学術を研究する施設が作られ、新しい技術や、学生達を目当てに商人が集まり、今のバッケンハイムが形作られていきました。

 私塾開設の中心メンバーにして初代塾長こそが、現在のバッケンハイム家の祖でもあるのです。


 バッケンハイムは、王侯貴族への対抗意識を元に作られた経緯から、リーゼンブルグ王国の一都市であった頃から、民衆の力が強い都市でもありました。

 そして、魔の森の侵食により、リーゼンブルグ王国が分断された時、真っ先に分離独立を標榜したのもまたバッケンハイムです。


 分離独立の先頭に立ったバッケンハイムでしたが、独立後には政治的中心を商業が盛んなブライヒベルグに譲り、一歩引いた立場をとっています。

 バッケンハイムは、あくまでも学術の街というのが基本スタンスなのです。


 バッケンハイムは、点在していた研究、教育施設の間を、商店や住宅街が埋める形で発展した街です。

 そのため、升目で区切ったような整然とした街並みではなく、広大な研究施設と迷路のごとき街並みが、モザイク模様のように組み合わさった街になっています。


「レーゼさん、なんだかさっきからグルグル回っているような気がするんですけど」

「ふふふふ、その通りじゃぞ、馬車が通り抜けられる道は限られておるし、通行の方向に制限があるのじゃ、それ故に、何度も角を曲がり、縫うように進んで行かねば、馬車で目的地に辿り着くのは不可能じゃな」

「うわぁ、帰り道大丈夫かなぁ……」

「心配は要らぬぞ。バッケンハイムには、馬車を目的地まで誘導する、馬車専門の案内人が存在しておる。ヴォルザード家の子息なら、執事が同行しておるはずじゃ、そやつがすでに手配をしているじゃろう」

「馬車専門の案内人って……まるでダンジョンじゃないですか」


 馬車が通れる道は限られていて、場所によっては一方通行の道もあります。

 右に行きたくても右折が出来ず、左、左、左と曲がって方向を変える感じですね。


 バッケンハイムの街に入ると、多くの人が手を振ってきました。

 みんなのお目当ては、どうやらブランのようです。


 時々、子供が駆け寄って抱きついて来たりするので、ブランもゆっくりしか歩けません。

 ルイージャが、バッケンハイムでは魔物使いとして有名とか言ってたけど、あれって恐れられてるんじゃなくて、ゆるキャラみたいに親しまれてるって事のようです。


 散々突っ掛かって来ていたルイージャとブランですが、リバレー峠の山賊を殲滅した後は、視線も合わせようとしなくなりました。

 と言うか、ブランが睨み付けて来ると、地の底から響くような唸り声が聞えるようになったからです。


 ブランは僕の存在が気に入らないのでしょうが、僕に突っ掛かろうとするブランをゼータ達は許すつもりがないようです。


 バッケンハイムのギルドは、ランズヘルト共和国にある全てのギルドを統轄する本部機能を果たしていて、ヴォルザードのギルドが村役場とすると、こちらは中央省庁という感じです。

 建物も大きければ、出入する人の数も桁違いで、なかなか圧倒される思いです。


 まぁ、東京の新宿とか渋谷に較べると長閑なんですが、更に長閑なヴォルザードの空気に慣らされちゃってるんでしょうね。

 隣に居る鷹山も同じような事を考えていたようです。


「国分、結構人が居るもんだな」

「そうだね。ヴォルザードに較べると、かなり多いんじゃない」


 レーゼさんは、キャビンを降りた途端に押し掛けて来た職員に囲まれて、あれやこれやの決済を迫られているようです。

 てか、ヴォルザードでノンビリしてたツケなんでしょうね。


 付いて来るように言われたものの、レーゼさんとの間には待ち構えていた職員の壁が出来ています。


 決済を終え、一人二人と列を離れていきますが、新たな職員が三人追加される……みたいな感じで、一向に人の数は減りません。

 と言うか、今日は安息の曜日のはずですが、本部ギルドは休み無しなんですかね。


「ケント、シューイチ、そこの七番の部屋で待っておれ!」

「分かりました!」


 そこは依頼に訪れた人と、ギルドの職員が面談する部屋なのでしょう。

 簡単な応接セットと、筆記用具を入れた書棚があるだけの部屋でした。


「とりあえず、座ってようぜ」

「そだねー」


 バッケンハイムに来るまでの四日間で、鷹山はみっちりとラウさんに鍛えられました。

 基本になるのは身体強化の魔法なのですが、三日目からは火属性の攻撃魔法の発動やコントロールもやらされていましたね。


 そもそも、騎士の世界では騎士タイプと術士タイプを分けて考えますが、冒険者の世界では厳密な線引きをしないのが一般的になっているそうです。

 使えるものは何でも使って生き残る、これこそが冒険者の基本だとラウさんから言われました。


 鷹山もラストックでは術士としての訓練を受けていましたが、日本に居た頃は、二年生でもバスケ部のレギュラーに選ばれていたぐらい、身体能力の基本スペックは高いのです。


 ただ、ちょっとばかり器用さにかけるタイプなので、ラウさんみたいに反復練習を課すことで、頭で考えるのではなく身体が勝手に反応させる訓練の方が合ってるのかもしれません。


 ただし、身体が覚えこむまでには、何度も失敗を繰り返すようで、ブランの昼食用に今日もゴブリン狩りをしましたが、鷹山の攻撃魔法で、危うく僕まで黒コゲになるところでしたよ。


「国分、俺にも特訓場を使わせろよ」

「無理、ヴォルザードから普通に歩くと一日半ぐらい掛かる場所にあるから無理! てか、ギルドの訓練場でやればいいじゃん」

「それしかねぇか……」

「あぁ、ギリクさんと訓練すれば?」

「ギリクって、新旧コンビがつるんでる奴か?」

「そうそう、ヴォルザードの若手の中では有望株だって話だから、鼻へし折ってキャーン言わせてやんなよ」

「てか、なんで国分は、そのギリクって奴を敵対視してんだ?」

「ヴォルザードに着いたばかりの頃に、いわゆる『可愛がって』もらったからだよ」

「あぁ、なるほどな……いつか凹ませてやろうと思ってんだ」

「いや、もう魔法ありのガチ勝負で叩きのめしちゃったけどね」

「魔法ありじゃ国分には勝てねぇよな」

「まぁ負けるつもりも無いし、負けないしね」


 鷹山が呆れたように話しているのは、マルト達は当然という顔でソファーの隣に座っているし、ゼータ達やネロも大きな頭を突き出して来て、さあ撫でろと要求して来るのを現在進行形で見ているからです。


 山賊討伐の様子を見ていただけに、鷹山も最初はビビッていましたが、今ではゼータ達が顔を出しても驚かなくなっていますね。


「マジで魔物使いだな」

「違うよ。みんな僕の大事な家族だから、使役している訳じゃないからね。」

「そうか、大家族だな」


 家族と言われて嬉しかったのか、ネロが顔を擦り付けて来た時に、部屋の扉が開かれました。


「失礼し……いやぁぁぁぁぁぁぁ!」


 レーゼさんに指示されたのか、ティーセットを携えて、ノックもせずに扉を開けた女子職員は、一瞬フリーズした後で悲鳴を上げて腰を抜かしました。

 まぁ、かぱっと口を開けたネロを正面から見れば、こうなるのも分かります。


 ティーセットが割れる音と金属製のトレイが落ちた大きな音が響き、何事かと周囲の人たちが集まって来ましたが、女子職員が悲鳴を上げた時点で、眷族のみんなは影に潜って姿を消しています。


「どうした、チコ、しっかりしろ」

「ま、魔物ぉぉ……」

「何ぃ、魔物だと、どこだ!」


 腰を抜かして座り込みブルブルと震えている女子職員に、冒険者らしい男が駆け寄って来て……うん、面倒な事になりそうですね。

 女子職員が指差す先には、僕と鷹山の姿しかありません。


 冒険者の男は二十代の後半ぐらいで、あまり身長は高くありませんが、精悍な顔つきをしています。

 座り込んでいるチコと呼ばれた女性職員は、垂れ耳のイヌ獣人で、年齢は二十代の前半といったところでしょう。


「おいっ、お前ら、ここで何してる?」

「マスター・レーゼに、ここで待ってるように言われて待機中ですけど、何か?」

「魔物をどこにやった?」

「魔物なんて、どこにもいませんよ。何なら確かめてもらっても構いませんよ」


 両手を広げて見せると、男は部屋に踏み込んで来て、扉の裏や僕が座っている奥のソファーの後ろを確かめると、いきなり僕にむかって拳を振るって来ました。

 たぶん四日前の僕だったら、無様に殴られていたでしょうが、男が部屋に入って来た時には、もう身体強化を発動しています。


 ラウさんの特訓に較べれば、ハエがとまりそうに見えて、あっさり左手で受け止められちゃいました。


「なっ、手前ぇ、このっ!」


 右手を捕まれて、男は左の拳で殴って来ましたが、右手で簡単に受け止められちゃいますよ。


「手前ぇ、クソっ! おわぁ……」


 両手を捕まれた男は、苦し紛れに前蹴りを放とうとして、僕が両手を放すとバランスを崩し、蹴って来た右足をヒョイっと持ち上げてやると、背中から派手に倒れ込みましたね。

 うん、君はピエロの才能があるよ。


「このクソ餓鬼がぁ! ぶっ殺してやる!」


 血管が切れそうなほど顔を真っ赤にして男は起き上がり、腰に吊るしたナイフを引き抜きました。

 男がナイフを構えたと同時に、用意しておいた風属性の弾丸を、ナイフを持った男の右手目掛けて撃ち出しました。


「ぐぁ……手前ぇ、いつの間に詠唱を……」


 ナイフが壁際まで吹っ飛び、男は右手を抱えて蹲りました。

 ナイフを弾き飛ばす程度の威力にしたつもりですが、ちょっと強すぎましたかね。


「あんまりしつこいと、僕も手加減が出来なくなるからね。これ以上やるって言うなら、腕の一本ぐらい無くなっても良い覚悟を決めてからにしてくれるかな?」

「このぉぉ……」

「フェルさん、もう止めて下さい。ギルドの中で、これ以上の暴力沙汰は困ります」


 ドアの外に座り込んだままで、戦況を見詰めていたチコさんが呼びかけた事で、ようやくフェルと呼ばれた男も引き下がる気になったようです。


「くそっ、今日はチコの顔に免じて、ここまでにしてやる。覚えてやがれ……ほら、チコ、手を……ぐぁぁぁ……」

「あぁ、フェルさん、大丈夫ですか」


 いや、清々しいまでの負け犬キャラだし、何で痛めつけられた右手を差し出すかな。

 フェルには、ピエロの他に喜劇役者の才能もありそうだね。


 チコがフェルの左手に掴まって、ようやく立ち上がったところへ、凛とした声が響きました。


「何を騒いでいるのですか?」


 姿を現したのは、ギルドの制服に身を包んだスレンダーな女性で、アイスブルーのショートヘアの頭には、ピンと立った三角の耳、タイトスカートの後ろでフサフサの尻尾が揺れています。


 キリっとした表情は、いかにも出来る女性という感じで、イヌではなくて、オオカミを連想します。


「リタさん、この野郎共がチコにふざけた真似をしやがったんだ」

「違います。部屋に魔物が居たように見えたので、私が勝手に驚いて……」


 リタと呼ばれた女性が鋭い一瞥を投げ掛けて来たので、お手上げポーズで答えてみせました。

 リタさんは、もう一度チコとフェルに視線を向けると、小さく溜め息を付いた後で、僕らに向かって頭を下げました。


「うちのものがお騒がせしたようで、申し訳ございません」

「なんでリタさんが、こんな奴らに謝るんだよ! だいたい、こいつらが……」

「お黙りなさい! フェル、あなた三十数名の山賊を一人で殲滅出来ますか?」

「えっ……そ、そんなの無理に決まってるじゃん」

「ならば、こちらの方に余計な手出しをしようなどとは思わない事です」

「何でだよ、こんなガキ共に……」

「こちらの方は、魔物を使役して、リバリー峠で三十数名の山賊をたった一人で殲滅なさった、ヴォルザードの魔物使い、史上最年少のSランク冒険者、ケント・コクブさんです」

「嘘だろ……Sランク冒険者だと……」


 リタさんの言葉に、居合わせた人達も口々に驚きの声を上げています。


「あのぉ、すみません……そっちは、シューイチ・タカヤマで、僕がケントです」

「はっ? も、申し訳ございませんでした」


 リタさんが、あまりに自信たっぷりに紹介してたんで、ちょっと訂正しづらかったのですが、一応、ねぇ……。


「それと、さっき鷹山にも話してたんですが、僕の眷族は、僕の家族なんで、使役している訳じゃないので、そこも訂正させて下さい」

「失礼いたしました。チコ、ここを片付けて、お茶の支度を……」

「は、はい、分かりました……」


 まだ信じられないといった表情で立ち尽くしているフェルを追い払うと、リタさんは部屋に入って扉を閉めました。


「すみません。ノックも無しで、いきなり扉を開けられてしまったので……」

「なるほど、そうでしたか……」


 簡単な状況説明をしただけで、リタさんは事情を察したようでした。


「マスター・レーゼは、仕事が立て込んでいまして、代わりに私が手続きをさせていただきます。まず、こちらが山賊討伐に対しての報奨金の受け取りに関する書類です。目を通していただいて、こちらに御署名をお願いします」


 山賊討伐は、一人につき2万ヘルトの報奨金が支払われるようです。

 今回は37人なので、74万ヘルト。日本円の感覚では740万円程度になります。


 人一人の命が20万円程度と考えるのは乱暴すぎるのでしょうが、命を奪った上に、罪にも問われず、更には報酬まで得られるというのは、日本人の感覚とは余りにも掛け離れている気がします。

 報奨金の受取証に署名を終えると、リタさんは次の書類を出しました。


「こちらがヴォルザード家からの指名依頼の書類となります。ヴォルザード家からの依頼ですが、警護の起点がバッケンハイムですので、こちらの依頼は、私共の扱いとさせていただきます」


 クラウスさんの息子さんと娘さんには、執事さんとメイドさんが同行しているそうで、後ほど宿舎の方に打ち合わせに来るそうです。

 宿舎はギルドに付属する来客用の施設を使わせてもらえるようです。

 いわゆるSランクの特権というやつで、鷹山は僕の従者扱いだそうです。


「ご夕食はいかがいたしますか? 宿舎の方にご用意する事も出来ますし、外に食べに行かれも結構ですが……」


 鷹山とアイコンタクトを交わし、外食にしました。


「それでは後程、お薦めの店を記入したバッケンハイムの地図をお届けいたします。他に何か御用はございますか?」

「いえ、特にはありませんが、街に出る時に注意する場所とかはありますか?」

「そうですね。バッケンハイムは学術の街なので、治安はランズヘルトの中では良い方です。ですが、やはり暗い路地裏などには近付かれませんようにお願いいたします。それと……夕食にお出掛けになる際に、先程のフェルが手出しをしてくるかもしれませんが、出来るだけ穏便に、少し胆を冷やさせる程度でお願いいたします」

「分かりました、善処しましょう」


 この後、リタさんの案内で宿泊施設へと移動したのですが、その道中、先程の騒動を見物していた人なのでしょうか、ひそひそと噂話を交わしているようでした。

 宿泊施設は、ギルドと渡り廊下では結ばれていますが別棟になっていて、部屋は華美ではないもののホテルで言うならスイートルームのような作りになっていました。


 部屋の入り口が見える廊下には、二名の警備担当が常駐していて、何か用事がある場合には、この警備担当に言伝すれば大抵の要望には応えてもらえるそうです。

 案内を終えたリタさんが退室した後、僕と鷹山は暫し無言で見詰め合いました。


「鷹山……」

「国分……」

「やっとまともな部屋に泊まれるぜぇぇぇ!」


 バッケンハイムまでの道中、二日目と三日目の晩は、ラウさんから一人200ヘルトのお金を渡され、その金額の範囲で宿を探して泊まれと命じられました。

 言うなれば、初めて訪れた街で宿を探す実践練習という訳です。


 初日の晩に、安宿の洗礼を受けた後、色々と宿探しのテクニックを教わりましたが、知っているのと出来るのとでは大違いです。

 二日目の晩は、宿を探す時間が余り無かった事もあって、またしても害虫駆除と掃除をする羽目になりました。


 三日目の晩は、粘り強い値段交渉なども功を奏し、何とか寝られる部屋にはありついたものの、食事が別料金という事に気付かず、空きっ腹を抱えて一晩を過ごす羽目になりました。


 フカフカで清潔なベッド、ピカピカに磨かれ、ちゃんとお湯も出る風呂に感動していると、部屋の扉がノックされました。

 覗き窓を開けてみると、絵に描いたようなイケメン執事と美形のメイドさんが立っています。


 執事さんは、ダークグリーンの髪をビシっとオールバックに固め、細身ですが鍛えていそうな体型です。

 メイドさんは、キリっと少し吊り目気味で、アイスブルーのストレートヘアで、先っぽだけが白い三角耳とふさっとした尻尾のキツネ獣人のようです。


「ヴォルザード家のものです。ケント・コクブ様のお部屋は、こちらで間違いございませんか?」

「はい、少々お待ち下さい」


 覗き窓を閉じ、部屋のロック解除して、二人を招き入れました。


「どうぞ……奥へ……」

「失礼いたします」


 キッチリと、しかも優雅に頭を下げて、執事さんとメイドさんはリビングへと歩を進めました。

 一応、扉をロックしてから、二人の後を追います。


 おぅ、メイドさん、そのフカフカの尻尾をモフらせて……ひぃ、ラウさん並み殺気のこもった視線が……触ってませんて、ホントだよ。


「お初にお目に掛かります。私、ヴォルザード家の執事を務めさせていただいておりますヨハネスと申します。こちらはメイドのフィオネでございます。お見知りおきを……」


 ヨハネスとフィオネは、深々と頭を下げましたが、何となく言葉に刺々しさを感じたのは気のせいでしょうかね。


「さっそくですが、護衛の件についてお話をさせていただいてもよろしいでしょうか?」

「あー……悪いけど、国分はそっちだ」

「えっ?」


 ヨハネスとフィオネは、凄い勢いで振り返りました。

 まぁね、確かに見た目だけだったら、鷹山の方が背も高いし、ちょいとイケメンだけどね。


「どうも、ケントです。どうぞ、お掛けになって下さい」

「し、失礼いたしました。私……」

「あぁ、僕もクラウスさんと同じで、堅苦しいのは苦手なんで、護衛の件を伺いましょうか」

「そうですか……畏まりました」


 ヨハネスは、軽く頭を下げて了承しましたが、ちょっとイラっとしているようですね。

 フィオネは……殺気を含んだ氷みたいな目で見てますけど、何ででしょうかね。


「クラウス様からの御伝言で、ケント様に護衛を依頼するように承っておりますが、我々と同行して下さるのは、ケント様とこちらの……」

「俺は、シューイチ・タカヤマだ」

「ケント様とシューイチ様のお二人だけでございますか?」

「そうですね。ですが、僕は急用が入った場合には抜けても構わないと言われてます」

「どういう意味でございますか? ヴォルザード家の護衛は、片手間仕事だとおっしゃるのですか?」


 どうやら詳しい内容までは、クラウスさんから聞いていないらしく、僕が途中で抜けるかもしれないと聞いて、ヨハネスは苛立ちを隠そうともしませんでした。


「いえいえ、片手間なんかじゃないですし、僕が居ない間も代わりの護衛はシッカリ置いていきますよ」

「どういう意味でしょうか。代わりの者といっても、移動中に見つけられるのですか?」

「僕は闇属性の魔術士で、多くの魔物を眷族としています。その中の腕利きを召喚して護衛の任に当たらせますので、心配要りませんよ」

「何ですって、魔物にアンジェリーナ様の護衛をさせるつもりなのですか」


 僕が不在の時には、眷族に護衛を代行させると言うと、フィオネが眉を吊り上げて抗議してきました。


「ご不満ですか?」

「当たり前です。魔物風情が……」

「その言葉は取り消していただきましょうか。僕の眷族が居なければ、ヴォルザードは魔物の極大発生によって大きな被害を受けていたはずです。先日襲来したグリフォンの討伐も眷族の活躍あってこそです。眷族達は、僕にとっては家族と同じ存在です。その存在を否定するような言動をされるのであれば、これから先のヴォルザードとの関係を考え直さなければなりません」

「あなたは、ベアトリーチェ様と魔物を同列に並べるおつもりですか?」

「はい、そうですよ……」

「なんて事を……」


 絶句するフィオネの気持ちを知ってか知らずか、マルトがひょっこりと出て来たので、膝の上に抱え上げました。


「えっ……どこから……」


 驚くヨハネスとフィオネを余所に、ミルトとムルトも出て来て、摺り寄ってきます。


「ご主人様、こいつら敵なの?」

「どうなのかねぇ……」

「コボルトが喋った?」


 マルト達は、クリクリした瞳で、じーっとフィオネを観察しています。

 六つの瞳で観察され、フィオネは物凄く居心地が悪そうです。


「きょ、今日のところは良いことにしておきましょう……」

「敵じゃないって……」

「敵じゃないの?」

「とりあえずね……」

「とりあえず?」


 揃って小首を傾げてみせるマルト達は破壊力高いですよね。

 フィオネの手が小刻みに動いているのは、モフりたいからでしょう。


 僕ぐらいのモフリストには、お見通しですよ。

 コボルトの他にも強力な眷族が居て、バッケンハイムに来る途中ではリバレー峠の山賊を殲滅してきたと告げると、ようやく納得してもらえました。


「では、明朝五時に、ギルドの前にお迎えに上がり、そのままヴォルザードに向かいますが、よろしいでしょうか?」

「はい、結構です。しっかり準備を整えておきます」


 100パーセント納得したようではありませんが、一応、ヴォルザードに出発する目途が立ちましたので、夕食でも食べに出掛けましょうかね。

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