第179話 恋する乙女

 日本からの荷物を三浦さんに引き渡した後、少し心配になっている土地の造成現場へと足を運びました。

 造成地を一望できる城壁の上には、多くの人が押し掛けていて、突如魔の森を切り開いて作られた更地を目にして、驚きの声を口にしています。


「なんだこれ……本当に森が無くなってるぞ」

「俺はグリフォン討伐に参加していたが、こんな土地無かったぞ」

「また魔物使いか? あいつの仕業としか考えられないだろう」

「あれ見て。コボルトが城壁作ってるわよ。何だかチョコマカしてて可愛いわね」

「でも、城壁用の石は何処から運んで来てるの?」


 何だか、ちょっとした観光名所みたいになってますね。

 造成地では、整地が終わり、城壁の基礎工事も終わり、城壁も四分の一ぐらいの高さまで積み上げられています。


 確かに、このペースで作業が進んだら、今週中に城壁工事まで完了しそうです。

 ヴォルザードの第一区画の外壁を、そっくり西側に張り出させる感じで、造成している土地の南側三分の一が僕の土地、残りを日本政府に貸し出すか、売却する予定です。


 広大な造成現場で、コボルト隊のみんなは泥だらけになって、喜々として作業に取り組んでいます。

 どうして、こんなに夢中になって作業をするのか、今ひとつ分からないのですが、みんなに働いてもらってばかりで、申し訳ない気分になってきます。


 なので、感謝の気持ちだけでも伝えておきたくなりました。

 造成地の中央、何も無い場所を選んで表に出て、みんなに声を掛けました。


「みんな、お疲れ様! 手を止められる者から……おいで!」


 両手を広げて呼びかけると、コボルト隊のみんなが一斉に駆け寄って来て、あっと言う間に揉みくちゃにされてしまいました。


「ご主人様。おかえりなさい」

「撫でて、撫でて」

「うひゃひゃひゃ、くすぐったいよ」

「うちもペロペロする!」

「うちも、うちも!」


 アンデット・コボルトは、僕よりも身体は小さいのですが、力は何倍も強いので、一頭に飛び掛かられても転がされてしまいます。

 そのコボルトが連絡要員の五頭、パトロール要員の五頭を除き、二十三頭もいるのですから、モフモフの激流に翻弄されるようです。


 代わる代わる顔を舐められ、手当たり次第に撫でまくり、みんなを満足させた頃にはヘトヘトの泥どろになってしまいました。


「はぁはぁ……ヤバい、疲れた……」

『ぶははは……病み上がりの身体慣らしには、ちょっとばかしハードでしたな』

「みんなが頑張ってくれているから、ちょっとでも労ってあげたかったんだ」

『やはりケント様はお優しいですな。ですが、コボルト達にとっても、ここは自分達の巣になる場所ですからな。一生懸命になるのも当然です』

「そうだよね。僕らみんなの家を建てる場所だもんね。そうか……」


 ここに建てる家は、眷属のみんな、そして未来のお嫁さん達が、全員でくつろげる家にしたいです。


『どうされました、ケント様』

「うん、どんな家にしようかと思ってね……」

『そうですな。魔王の居城に相応しい豪壮な館にせねばなりませんな』

「いやいやいや、普通でいいから、普通で」

『ぶははは、スドウ殿にも普通は無理だと言われたばかりではありませぬか』

「いや、だって、ここは日本じゃなくてヴォルザードだよ」

『ケント様、普通の家にバルシャニアの皇女は輿入れして来ませんぞ』

「うっ、そうだよね。はぁ……どうしたもんかなぁ……」

『そこは、専門家に相談されるのが宜しいでしょうな』

「専門家……そうか、靴屋のマルセルさんの店を手掛けたハーマンさんに相談してみよう」


 家の事はハーマンさんに相談する事にして下宿に戻ったら、そんな泥だらけの格好で家に入るんじゃないって、アマンダさんに怒られちゃいました。

 裏の井戸端で服を脱いで、頭の泥を流してから、風呂場に飛び込みました。


「うーっ……寒っ、はぁ……温まるよ……」


 井戸端で水をかぶって凍えた身体が、温水シャワーで融けていくようです。

 極楽気分を味わっていると、カミラとの連絡役であるハルトが顔を出しました。


「わふぅ、ご主人様、ギガウルフが出たみたい」

「えぇぇ……数は? もうラストックに到着しちゃった?」

「えっと……ラストックじゃなくて、他の所、三頭ぐらいが時々出るみたい」

「ん? 大量発生ではないの?」

「うん、違う。でも、困ってるみたい」

「分かった、夕食を食べ終えたらカミラの所まで行くから、そう伝えておいて」

「わふっ、分かった」


 頭を撫でてあげると、目を細めて尻尾をブンブン振った後、ハルトは影に潜って戻って行きました。


「ラインハルト、どういう状況なのかな?」

『おそらくですが、大きな群れではなく、数頭で行動しているのでしょう』

「それって、はぐれ個体ってやつ?」

『もしくは、群れから自立したばかりの若い個体でしょうな』

「でも、危険なのは危険だよね」

『勿論です。新しい縄張りを求めて、狩りをしながら移動しているのだとすれば、待ち伏せなどもやり難いですし、討伐するのは難しいですな』


 ギガウルフは、ストームキャット程ではありませんが、走力に優れていますし、牙や爪も鋭いので、ヒット&アウェイ方式で襲われると始末に負えないそうです。

 そう言えばヴォルザードも、はぐれ個体に襲われて被害が出た事があったとドノバンさんが話していましたね。


『ケント様、眷属に加えるおつもりですかな?』

「うーん……まだ分からないけど、自宅の警備担当にスカウトしようかと……」

『警備の要員でしたら、コボルト隊でも十分に務まるかと』

「うん、そうなんだけどね。コボルトは可愛く強化しちゃったから、実力はあっても見た目で舐められちゃうからさ、ちょっと迫力のある眷属を加えようかと思ってね」

『なるほど、警戒されない見た目ではなく、警戒される見た目の眷属という訳ですな』

「そうそう、そんな感じ。庭に凶暴そうなギガウルフが居たら、押し入ろうとする奴なんか居ないでしょ」

『ぶはははは、そんな屋敷は、どこを探してもありませんぞ』

「家族を守るには、こけ脅しでも何でも使おうかと思ってね」

『ぶはははは、ギガウルフがこけ脅しとは、さすがはケント様ですな』


 夕食の席で、この後ちょっと出掛けて来ると言ったら、アマンダさんに渋い顔をされてしまいました。


「まだ本調子じゃないんだろう? 夜中まで出歩いて、具合が悪くなったらどうするんだい、フラフラしてないで大人しくしてな」

「いや、今日は話を聞いてくるだけで、すぐ戻ってきますから大丈夫ですよ」

「本当だろうねぇ……またグデングデンに酔っ払って帰ってきたりするんじゃないよ」

「はい、勿論です。ちゃんと帰ってきますから、大丈夫です」

「はぁ……まぁ、ケントじゃなきゃ出来ない事があるんだろうし、仕方ないのかもしれないけど、あんまり心配掛けるんじゃないよ」

「はい、約束します、ちゃんと、早く帰って来て、メイサちゃんの枕を務めます」

「べ、別にケントは居なくても、モフモフが居ればいいもん」

「はいはい、分かりましたよ。ちゃんと帰ってくるからね」

「きぃぃぃ……生意気、生意気、ケントのくせに生意気!」


 やっぱり、大きな怪我をしたばかりだから、夜遊びみたいに出掛けると心配させちゃいますよね。

 ちょっと話を聞いて、なるべく早く戻ってきましょう。


 ハルトを目印にして移動した先は、ラストックではなくグライスナー侯爵の領地バマタでした。

 カミラは、グライスナー侯爵の館の離れに滞在しているようです。


 と言うか、ここって馬鹿王子達が酒池肉林の乱行を繰り広げていた部屋じゃないですか。

 まぁ、今は綺麗に片付けられていますし、部屋の片隅にはメイドさんも控えていますけどね。


 カミラは、部屋の中央に置かれたソファーに腰を下ろし、何やら書類に目を通しているようなのですが、数行ほど読み進めては視線を上げ、軽く部屋を見回しては書類に目を戻す事を繰り返し、何だか落ち着かない様子ですね。


 ちょっと驚いたのは、カミラは薄桃色のワンピースで身を包んでいました。

 カミラと言うと、騎士服とか鎧姿とか、バスローブとか全裸とか、これまで女性っぽい服装をしているのを見た事が無かったので、ちょっと新鮮に見えますね。


 すでに入浴を終えたのか、髪型が気に入らないのか、縦ロールをしきりに気にしているようです。


 何だかちょっと面白いので、もう少し観察していようかと思いましたが、帰りが遅くなるとアマンダさん達が心配するので、カミラが視線を上げるのにタイミングを合わせて、闇の盾から表に出ました。


「こんばんは、カミラ」

「魔王様!」


 カミラは、ぱぁっと花がほころぶような笑顔を浮かべると、立ち上がり、僕の前に跪こうとして、ふと動きを止め、少しはにかむような表情を浮かべながら、軽くスカートを抓んで女性らしい挨拶の仕草をとりました。


「ようこそいらっしゃいました、魔王様」


 その姿は、リーゼンブルグ王国、第三王女に相応しい、気品に満ちていて、ちょっとドキっとさせられてしまいます。


「魔王様? どうかなさいましたか?」

「いや、別に……何でもないよ」

「そうでございますか。あの、どうぞこちらへ……」


 勧められたソファーに腰を下ろすと、カミラは控えていたメイドさんに、何やら目で合図を送っていました。

 ひょこっとハルトが顔を出したので、ソファーの左隣をポンポンと叩くと、尻尾をブンブン降りながら擦り寄って来ました。


 それを見たマルト達も顔を出し、たちまち四頭のモフモフ包囲網に捕まってしまいました。

 それを見たカミラは、ちょっと頬を膨らませて不機嫌そうな表情を浮かべています。


 ちょっと可愛いけど、モフモフ包囲網は僕専用だもんね。

 お茶の支度をしてくれると思っていたのですが、メイドさんかワゴンに載せて持って来たのは、お酒と軽いおつまみでした。


 うん、これは一言言わないと駄目ですね。

 メイドさんが、料理を並べようとするのを遮って、声を掛けました。


「ごめんなさい、体調があまり優れないので、温かいお茶をいただけますか?」


 メイドさんは、少し驚いた顔をしてカミラへと視線を向け、頷き返されたのを見てワゴンを片付け始めました。

 メイドさんが、お茶の支度に戻るのを見送ってから、カミラが話し掛けてきました。


「申し訳ございません、魔王様、御身体の具合が優れないとは気付きませんで……」

「うん、と言うかさ、僕はギガウルフの話を聞きに来たんだよ。もう犠牲者が出ているんだよね?」

「はい、三つの集落で、十人ほどが……」

「体調が良い時でも、お酒飲みながら話す事じゃないと思うんだけど」

「おっしゃる通りです。申し訳ございませんでした」


 カミラは、叱られた子犬みたいに、しゅーんと肩を落としました。

 ちょっと可愛いじゃないですか、けしからん。


「バマタに居るという事は、王都に向かう途中なのかな?」

「はい、王城の父の前で、アーブル・カルヴァインと宰相の悪行を暴いてやるつもりです」

「それじゃあ、例の映像が必要になるよね?」

「はい、その時には、ぜひとも魔王様のお力添えを頂きたく存じます」

「うーん……出来れば僕は、表に出ない方が良いと思っているんだ。王様との謁見の前に使い方を教えるから、王都に着いた時点で連絡をくれるかな?」

「魔王様は、御臨席いただけないのですか?」

「うん、あんまり僕が前面に出ちゃうと、カミラの権威が揺らいじゃうと思うんだよね。カミラには、全権を掌握してもらうだけでなく、その後に実務を取り仕切ってもらわないといけないから、僕の操り人形みたいに見られるのは拙いと思うんだ」

「ですが、私は魔王様に忠誠をお誓いした身……」

「それでも、物事がスムーズに回る方法を僕は選びたいんだ。それとも、その方法だとカミラの忠誠は揺らぐの?」

「そんな事はございません。魔王様の御指示に従います」

「ありがとう」


 改めてお茶の支度を整えてきたメイドさんが、給仕を終えるまで、マルト達を満遍なくモフって待たせてもらいました。

 むふふ、メイドさん、モフりたくて堪らないみたいですねぇ……チラ見してるのバレてますよ。


 メイドさんの視線を観察していたら、カミラがやたらと不機嫌そうな表情を浮かべています。

 別にモフらせた訳じゃないんだから、そんなに焼き餅やかなくても良いのにね。

 てか、たまになら連絡役のハルトをモフっても構わないよ。


 メイドさんが淹れてくれたお茶は、渋みの少ないまろやかな味わいでした。

 香りは華やかですが、ドンと押し出してくる感じではなく、優しく包み込まれるような感じがします。


 目が冴えてしまわないように、夜に飲むのに配慮したブレンドなんですかね。


「魔王様、先程お加減が優れないとおっしゃっていらっしゃいましたが……」

「うん、暗殺されそうになって、首がもうちょっとで取れちゃうところだった」

「なんですって!」

「大丈夫だよ、見ての通り繋がってるから心配無いよ。ただ、ちょっと出血が酷かったから少し貧血気味なだけ」

「ですが、一体何者が魔王様を手に掛けようとしたのですか?」

「元の世界、日本から連れてきた心理療法士?」


 カミラに、高城さんの一件を簡単に説明しましたが、凶器を首から引き抜くところでは真っ青になってましたね。


「魔王様は、どうしてそのように平然としておられるのです。危うく殺される所だったのですよ」

「でも、死んでないし、眷属のみんなは良くやってくれてるし、確かに日本政府による人選には問題があったんだろうけど、まさか暗殺者だとは誰も思っていなかったからね」

「ですが……」

「もう、この話は終わり。それよりギガウルフの話を聞かせて」

「分かりました……ギガウルフは三頭の群れのようで、最初に姿を現したのは五日ほど前です」


 ギガウルフが最初に現れたのは、ラストックから川を遡り、少し内陸に入ったカイドという集落だったそうです。

 ギガウルフは風のように現れ、二人の女性を咥えて走り去ったそうです。


 現れてから走り去るまでが、それこそあっと言う間の出来事で、集落の人は何もする事が出来ず、呆然と見送るしかなかったようです。

 次に姿を現したのは、カイドから更に北に進んだサクサという集落で、ここでは三人が犠牲になったそうです。


 次に狙われたのは、サクサの南西、カイドからは北西に位置するガフチという集落で、ここでも三人が成す術無く攫われたそうです。


「ガフチの次にギガウルフが襲ったのは、最初に襲われたカイドの集落でした」

「えっ、それじゃあ、ギガウルフはグルっと回って元の集落に戻って来たんだ」

「その通りです。集落の守りに騎士を派遣してはいたのですが、農業を営む土地なので、とても全域を守り切れるほどの人員は送れませんでした」


 カイド、サクサ、ガフチがある地域は、農地と里山、小さな森や林が点在する土地で、ギガウルフの大きな身体でも身を隠す場所には困らないそうです。

 集落のすぐ近くまで、身を低くして目立たないように接近し、一気に襲い掛かって来るというパターンなので、対処のしようが無いらしいです。


「騎士が馬で追跡をしても、簡単に振り切られてしまいますし、何時襲って来るのか、どこから襲って来るのかも分からないので、待ち伏せも出来ません」

「話を聞いた限りでは、その辺り一帯を縄張りにしようとしてない?」

「はい、恐らく、そうではないかと私も考えていますが、三つの集落を線で結んだ範囲だけでも、かなりの面積になりますので、探し出す事さえも容易ではないかと……」

「うーん、どうしたものかねぇ……」


 コボルト隊を大量動員すれば、あるいは発見出来るかもしれませんが、みんな城壁工事を嬉々としてやっているので、出来れば続けさせてやりたいと思っています。

 かと言って、他に良い方法があるのかと問われると、思いつきません。


『ケント様、バステンとネロにやらせてみてはいかがですかな』

『バステンとネロ? また変わった組み合わせだね』

『生前、バステンは巻き狩りの勢子を動かすのが巧みでしたので、ギガウルフを狩り出すには持って来いですし、万が一逃げられてもネロの足ならば追い詰められるはずです』

『なるほど……バステン、眷族化を考えているから、魔石を傷つけず、急所をサクって感じで倒してもらいたいんだけど、いける?』

『お任せ下さい。ギガウルフの三頭程度、仕留められたと気付かせずに片付けて見せましょう』


 盛り上がるとやり過ぎるラインハルトと違って、バステンならば大丈夫でしょうし、ネロのスピードは折り紙付きですからね。


「カミラ、そのギガウルフ、僕の眷族も追い掛けるから、仕留めた時点で知らせるよ」

「ありがとうございます。どのような手段で討伐なさるのですか?」

「三忠臣の一人バステンと、眷族にしたストームキャットのコンビで狩り出すことにしたんだけど、捜索する範囲が広いから、警護にあたっている騎士の活動は継続させてもらえるかな」

「畏まりました。御力添えに感謝いたします」

「どのぐらいの期間で討伐出来るのかは、なんとも言えないけど、討伐を終えたらすぐに知らせるようにするよ」

「はい、よろしくお願いいたします」

「そう言えば、ディートヘルムは一緒に来ているの?」

「いえ、ディートヘルムはラストックで極大発生への警戒を指揮させております」

「補佐しているのはトービルだけ?」

「いえ、元々弟に付いていた近衛騎士のユルゲンが、軍事面の補佐をしております」

「第一王子に付いていたマグダロスは?」

「マグダロスは、私と同行しております。その代わりという訳ではありませんが、ベルンスト兄に付いておりましたネイサンがラストックに残り、クリストフ兄に付いていたオズワルドが同行しております」


 その他に派閥の重鎮からは、元第一王子派からはサルエール伯爵、元第二王子派からはグライスナー侯爵が、カミラと同行して王都へと向かうそうです。


『ラインハルト、ラストックに向かう魔物の群れも監視しているよね?』

『お任せ下され、コボルト隊のパトロールは、魔の森の深い部分で行わせているので、南の大陸から渡ってくる群れは見逃す事はございませんぞ』

『分かった、引き続き監視を続けさせて』

『畏まりました』


 すぐ帰る予定でしたが、ギガウルフ以外の話もしていたので、少し遅くなってしまいました。

 途中でミルトとムルトを戻らせましたが、あんまり遅くなるとメイサちゃんに文句を言われそうです。


「じゃあ、そろそろ帰るよ」

「もう、お戻りになられてしまわれるのですか……」

「うん、まだ身体も本調子じゃないからね」

「あぁ、そうでした。長々とお引止めして申し訳ございませんでした」

「ううん、ギガウルフは厄介な魔物だし、眷族に加えようと思っていたから、気にしないでいいよ」

「ありがとうございます。魔王様、どうか御大事になさって下さい」

「ありがとう」


 闇の盾を出して影に潜り掛けましたが、忘れ物に気付いて足を止めて振り返りました。


「そうだ、カミラ……」

「はい、何でございますか、魔王様」

「えっと……その服、似合ってるよ」

「えっ……あ、ありがとうございます」


 カミラは一瞬驚いたような表情を見せ、その後で、咲き誇る大輪の牡丹のような笑みを浮かべました。

 うっ……ヤバい破壊力です、けしからん。


「お、おやすみ」

「おやすみなさいませ、魔王様……お慕いいたしてます……」


 闇の盾を潜りながら、チラリと振り向いて目にしたのは、恋する乙女の微笑みでした。


『ぶはははは、ケント様、五人目の嫁、確定ですな』

『さすがケント様……バステン顔負けの狩人……』

『徒手空拳で仕留めてしまわれるとは、さすがです、ケント様』

「うーっ……僕が仕留められてる気もしないではないんだけど……みんなには内緒だからね」


 ニヨニヨと意味深な笑みを浮かべるスケルトンズと共に、ヴォルザードの下宿へと戻りました。

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