第178話 草
一日ゆっくりと過ごしたおかげで、体調は殆ど元に戻りました。
いつもの時間に起きて、いつもと同じように朝食を済ませると、ようやくいつも通りの日常が戻って来たように感じます。
今日は、クラウスさんに事の顛末を報告に行き、その後、高城さんの遺体を日本へと搬送するつもりです。
まだ少し時間が早いので、ギルドに向かう前に、眷属のみんなが切り開いた土地を見ておく事にしました。
「えぇぇぇ……ちょっと、これ広過ぎじゃないの?」
『区割り通りに切り開いただけですぞ。城壁と魔の森が接するのは拙いので、他の場所と同様に周囲の木も伐採したので広く感じるだけですな』
「いや、それにしても広いよねぇ……」
『それは、建物が何も無いせいでしょうな』
確かにラインハルトの言う通り、建物が全くない土地は広く見えるものですが、目の前の土地は広いと言うより広大と言った方がピッタリする広さです。
「えっと、この三分の一が僕らの土地になるんだっけ?」
『左様ですな。領主の館よりも広いかもしれませんな』
「えぇぇ……それって拙いんじゃない」
『ぶははは、ならば、いっそケント様がヴォルザードの領主になられますか?』
「いやいやいや、僕はただ平穏に、みんなと仲良く暮らしたいだけだからね」
クラウスさんには、後継ぎになる息子さんもいるようですから、面倒な領主の仕事とかは御免被ります。
それにしても、森を伐採し、根を掘り起こして整地、城壁の基礎部分の掘り下げ、そして早くも石組みまでが始まっています。
「あの石材は、どうしたの?」
『昨夜の夜中……切り出してきた……』
「ネロも運ぶの手伝ったにゃ」
『心配はございませんぞ、ケント様の警護はワシとバステンが固めておりましたからな』
『ケント様、今週中に城壁まで仕上げてみせますよ』
「う、うん、ありがとう……」
一体なにが、みんなを突き動かしているのか分かりませんが、あんまり早く家が出来てしまうと、セラフィマの輿入れを伸ばして貰う口実が無くなっちゃうんだけどね。
まぁ、僕が考えても工事は止まりそうもないので、このまま進めてもらいましょう。
マイホームの用地を確認した後は、ギルドの執務室にクラウスさんを訪ねました。
「おはようございます。ご心配をお掛けしました」
「おはよう、血色は悪くないし、大丈夫そうだな」
「はい、昨日一日ゆっくりさせていただいたので、もうほぼ大丈夫だと思います」
「そうか、正直、知らせを受けた時には肝が冷えたぜ。グリフォン騒動が収まったばかりで、この先、極大発生が起こらないという確証も無い。そんな時に、お前を失う訳にはいかないからな」
クラウスさんが真面目な表情で話をしているのですが、ベアトリーチェが堪えきれずにクスクスと笑いを洩らしています。
「どうしたの、リーチェ」
「うふふふ、極大発生が心配なんて言ってますけど、私以上にケント様の心配をしてたんですよ」
ベアトリーチェに事件当時の事をばらされると、クラウスさんは顔を赤くして否定しました。
「ばっ、馬鹿言うな、俺が心配だったのはヴォルザードの守りが手薄になるからで……」
「ここと守備隊の間をホルトに何往復もさせて、ケント様の様子を逐一知らせてもらっていたんですよ。ケントはどうした……大丈夫なのか……意識は戻ったかって、私が冷静になってしまうくらい取り乱してたんですから」
「だから、それは街のだな……」
「ありがとうございます。そんなに心配してもらえて申し訳ないですけど、凄く嬉しいです」
もう一度、頭を下げると、クラウスさんは、ふっと表情を緩めて僕を見詰めました。
「当たり前だろう。心配するに決まってる。ケント、お前は大事な家族なんだからな」
「はい、ありがとうございます」
また涙腺が崩壊してしまって、頭を下げたまま、ボロボロと涙が零れ落ちるのを止められませんでした。
クラウスさんには、昨日の時点で知り得た情報を話しました。
「なるほどな……何処の国でも表面上は平和でも、裏側の暗闘ってのは有るもんだ。確かにケントの能力は、味方になれば心強いが、敵に回せば危険極まりないものだ。守りが固くなる前に仕掛けて来たって事だろう」
「でも、まさか高城さんに襲われるとは思ってもみませんでした」
「タカシロにしてみれば、それが狙いでもあったんだろうな。俺も想像すらしていなかったから、襲われたと聞いても最初は殴り合い程度かと思ったぐらいだ」
クラウスさんは、昨日のうちに外務省の三浦さんを呼び出して、厳重な抗議を行ったそうです。
折角保護して、帰還の道筋も見えて来ている者達を危険に晒すなどあってはならない、この先、日本からヴォルザードに来る者、日本でケントと関わる者については、厳重な身元確認を行うように命じたそうです。
「それにしても、あの野郎、どこまでが演技だったんだ? ユイカにも平手打ちを食らっていたとか聞いたが、その時は、無意識に避けたりしなかったのか? 暗殺に携わるような男なら、体術の訓練も受けているだろう」
「そうですねぇ……思い返してみても、怪しい感じは無かったように思いますし、叩かれた直後は、凄く驚いた表情していましたね」
「ユイカに叩かれたのも計算ずくだったって事なのか?」
「それを言うなら、グリフォンの解体現場での一件もそうですよね。わざと殴られたんですかね?」
「そうなのかもしれねぇな」
クラウスさんは言葉を切ると、じっと僕の目を覗き込んで来ました。
「ケント、タカシロの死体をアンデッドにするつもりか?」
クラウスさんの表情は真剣そのもので、僕を試しているのだと分かりました。
「正直に言って、迷っています」
「なぜ迷う?」
「アンデッドに出来れば、高城さんの属していた組織の情報が手に入りますが、死者の尊厳が失われてしまう気がします。それに、眷族にするのは、僕にとって家族になるのと同じ行為なので、情報を知るためだけに行うのには抵抗があります。逆にアンデッドにしなかったら、情報が失われて、僕や唯香の家族も危険に晒されてしまう気がします」
「なるほどな……それで、どっちを選ぶんだ?」
決断を迫ってくるクラウスさんからは、ヴォルザードの領主としての厳しさが感じられ、噴き出した汗が背中を伝って落ちました。
「僕は……僕は、高城さんをアンデッドにしません」
正直に言って、口にするまで迷いましたが、クラウスさんの目を見てキッパリと言い切りました。
クラウスさんは、暫く無言のままで僕を見詰めた後で、おもむろに口を開きました。
「甘いな……だが今回は、それでいい。タカシロの遺体は、家族に返してやれ」
「はぁぁぁ……分かりました」
思わず大きな溜め息が洩れて、身体の力が抜けました。
「ケント、お前、答える間際まで迷っていたな?」
「はい、正直に言って、明確な理由があった訳じゃなくて、何となく嫌だったんです」
「そうか、じゃあ、俺が理由を教えてやる。線を引くためだ」
「線……ですか?」
「そうだ。お前とタカシロの争いは、言ってみれば小さな戦争だ。タカシロが奇襲を仕掛けて、お前が撃退した。違うか?」
「そうですね、そんな感じです」
「確かに、お前の言う通り、タカシロの後では組織とか国とかが糸を引いているんだろう。こっちはこっちで二百人の帰還や今後の交易が掛かっている。多くの人や物が関わってくるからこそ、戦争って奴は、どこかでキッチリ線を引かないと終わらないものだ。線を引くなら、相手に対して敬意をもって線を引け。それに、タカシロは役に立つ情報なんか持っていない。恐ろしい使い手だったかもしれねぇが、所詮は使い捨ての要員だ」
「でも、それならば死ぬ必要は無かったんじゃ……」
「お前がアンデッドの眷族使っているのは、日本政府も知っているんだろう? だったら敵さんだって知っていると考えるべきだ。知っているなら死んだ後でもアンデッドにされて、情報を引き出される事ぐらいは想定している。タカシロの知っている情報を伝っていっても、黒幕までは届かねぇよ。死んだのは、タカシロのケジメかもしれねぇな」
「なるほど……確かにそうかもしれませんね」
「話が大きくなる前に、ここで線を引くんだ。タカシロの遺体は礼をもって弔え。そして、この争いは、ここまでだという明確な意志を示せ。ここで線を引く、ただし、この線を超えて来るならば、次は容赦しないという意志を相手に伝えろ!」
「はい!」
クラウスさんは、ふっと一つ息を吐いて表情を緩めました。
「戦争ってのは、始めるのは簡単だが止めるのは難しい。お前は、それをリーゼンブルグとの対立で、嫌ってほど味わっているはずだ」
「はい、そうです」
「例え相手が吹っ掛けてきた争いであっても、どうやって相手をやり込めるかではなく、どうやって終わらせるのか、どこに線を引くのか考えろ。いいな」
「分かりました」
「タカシロの遺体は、守備隊の安置所に収めてある。歩哨に声を掛ければ、引き渡す様に言っておいた」
「はい、ありがとうございます。たぶん、今日中には日本に搬送してしまう予定です」
「そうか、二ホンに戻れば、新しい情報が入っているだろうから、分かった知らせてくれ。タカシロみたいなタイプは初めてだから、後学のためにもう少し知っておきたい」
「分かりました。お伝えするようにします」
クラウスさんは、頷いた後で話題を転じました。
「それと、状況次第だが、指名依頼が入ると思っていてくれ」
「指名依頼ですか? もしかして、別の街からでしょうか?」
「依頼主は、マスター・レーゼだ」
「えっ、まさか……伴侶になれって件ですか?」
「馬鹿、そっちじゃねぇ。バッケンハイムまでの護衛だ」
「えっ、でもレーゼさんには、ラウさんが同行するんですよね」
「勿論そうだが、お前が持ち込んだ鉄をヴォルザードで独占する事は出来ないから、いずれバッケンハイムに運んでもらうようになる。その時のために、一度バッケンハイムに行っておいてもらおうかと思っている」
影移動を使えば、一度訪れた事のある場所ならば、すぐに移動する事が可能ですし、物品の運搬も出来ます。
そのために、一度バッケンハイムに行っておけという事なのでしょう。
「でも、僕が行かなくても、眷属が行った事のある場所ならば、眷属を先に移動させて目印に使えば、移動は可能ですけど」
「おう、そうか、そうだったな。ラインハルト達ならば、行ったことがあるかもしれねぇな」
「たぶん……ラインハルト、バッケンハイムには行った事ある?」
『勿論ですぞ、ランズヘルトは以前はリーゼンブルグの一部でしたし、その頃からバッケンハイムは学術都市として栄えていましたからな』
「そうなんだ……クラウスさん、行った事があるそうです」
「そうか、それなら態々行く必要もねぇか。よし、そっちの件は、レーゼと俺で打ち合わせて、詳しい事が決まったら連絡する」
「分かりました。一応、頭には入れておきますね」
クラウスさんへの報告を終えたので、高城さんの遺体を引き取りに、守備隊の安置所に向かいました。
診療所に居る委員長とマノンに声を掛けていこうかと思いましたが、すでに診察が始まっていて二人とも忙しそうに働いていました。
特に委員長は、元々在籍していた治癒士の方と相談しながら、メインで治療を行っているようです。
外傷の治療の場合には、治癒魔法で傷口を塞ぎ、再生力を高めて治してしまう感じで良いそうですが、病気の場合には治癒魔法で全快させてしまうと、免疫力が落ちてしまうようです。
なので、例えば風邪の場合は、喉などの炎症を抑えながら、免疫力を高めるように治癒魔法を掛けるのだとか。
うん、僕みたいに何でもかんでも治してしまえ……では、いけないのですね。
安置所を警備している守備隊の方を驚かせないように、建物の影から表に出て声を掛けました。
「おはようございます。高城さんの遺体を引き取りに来ました」
「はい、伺ってます。どうぞ……」
高城さんの遺体は、天板が石で出来た台の上に、担架に載せられた状態で安置されていました。
掛けられた白布の膨らみ具合から、切断された両腕は、元の位置に置かれているようです。
「担架は返却しなくて結構です。それと、ケントさんを襲撃する時に使われた凶器は、こちらの布で包んであります」
「凶器に付いた血とかは?」
「そのままの状態です。それと、故人の持ち物は、そちらに纏めてあります」
「分かりました、ありがとうございます」
遺品は、先生達が整理して、キャリーバックに詰めてくれたようです。
高城さんの遺体を運び出す前に、日本の鈴木さんに連絡を入れると、受け入れの準備は整っているとの返事をもらえました。
「それじゃあ搬出しますね。色々とお世話になりました」
「いえ、ご苦労様です」
ラインハルトとバステンが担架で高城さんの遺体を運び、フレッドが荷物を運んでくれました。
スケルトンズ勢揃いの格好で訪れた練馬駐屯地には、見知った人達が勢揃いしています。
その中から梶川さんと鈴木さんが進み出て来て、深々と頭を下げました。
「国分君、本当に申し訳なかった。我々日本政府の手落ちで、君の命を危険に晒してしまった。本来ならば、総理大臣もしくは、官房長官自らが謝罪すべきだが、我々が成り代わって心からお詫びさせていただく。本当に申し訳ありませんでした」
「梶川さん、鈴木さん、どうか頭を上げて下さい。正直に言って、僕でなければ死んでいたと思いますし、かなり危険な状態まで追い込まれましたが、傷はもう回復しましたし、出血の影響も収まってきました。なので、ここでキッパリと線を引かせてもらいます」
「線を引くというと、高城氏の背後に居る者に、責任を問わないつもりかね?」
怪訝な表情を浮かべた梶川さんに、クラウスさんとの会話を伝えました。
「僕としては、これ以上の争いは望んでいないので、この時点で線を引いて責任は問わない。その代わり、この先も争いを引き起こすならば容赦はしないと発表していただけませんか?」
「本当にそれで構わないのかね?」
「はい、構いません」
「うーん……分かった。国分君個人の考えとしては発表させてもらうけど、日本政府の調査活動は継続させてもらうよ。政府として黙認できるレベルの問題じゃないからね。徹底した調査を行い、国内にある組織については壊滅させるし、どこかの国が関わっているのであれば厳重な抗議を行うか、制裁を科す可能性もある。これは日本国民を対象にした暗殺未遂であり、ヴォルザードからの帰還を危うくするテロ行為だからね。」
「はい、分かりました」
僕から右手を差し出して、梶川さんと固く握手を交わしました。
「後日あらためて政府からの公式な謝罪文章が送られる事になっている。併せて、国分君に対する慰謝料の支払いも行われるはずだ」
「いえ、そこまでしていただかなくても……」
「いや、これはケジメだから、受け取ってもらいたい」
「そうですか……分かりました。それで、高城さんのご遺体は、どちらに下ろせば……」
「そのまま検視台に一旦下ろしてもらえるかな?」
「須藤さん、これが襲撃に使われた凶器です」
「拝見しようか……」
手袋を嵌めた須藤さんが包みを開けると、どす黒く変色した血がこびり付いた、ピアノ線のようなものが、丸めて納められていました。
端の部分は、金属製の輪に繋がれていて、この輪に指を通して使っていたのでしょう。
「これは、国分君の血液が付着しているんだね?」
「そうですが、高城さんの出血も酷かったらしいので、或いはこちらにも飛んでいる可能性があります」
「分かった、国分君、申し訳ないのだが、後でDNAの採取に協力してもらえるかな?」
「採血とかでしょうか?」
「いや、頬の内側を綿棒で擦る程度だから、すぐに終るよ」
「分かりました」
この後、森田さんによって事情聴取が行われました。
僕は被害者でもありますが、高城さんの腕をフレッドが切り落しているので、加害者の立場でもあるようですが、状況が状況だけに訴追される心配は無いそうです。
「そんなに固くならなくても大丈夫だからね」
「はい、よろしくお願いします」
事情聴取は、守備隊の訓練場での出来事だけでなく。高城さんがヴォルザードに赴任する直前から事件発生までの出来事を細かく聞かれました。
改めて思い返してみると、高城さんは初めて顔を会せた時から、僕に敵意を剥き出しにしていて、わざと強い印象を植え付けようとしていたとしか思えません。
工作員としてはマイナスにしかならなそうですが、何か思惑があったのでしょうか。
一通りの事情聴取が終わった後、同席していた須藤さんに、高城さんについて訊ねてみました。
「高城さんって、本当にどこかの国の工作員だったんですかね? ただの身元を偽っていた人って事はありませんかね?」
「国分君、普通の人が、あんな凶器を準備していると思うかね?」
「あっ、そうか……そうですよね」
刃物で切り掛かって来たとかなら、素人が逆上してとかも考えられますが、ピアノ線を加工した暗器を使ったり、足音がしなかったりは考え難いですよね。
「国分君は、草って知ってるかな?」
「えっ、草……ですか? あの地面から生えてくる……」
「その様子だと知らないか。ネット用語の草でもないよ」
「植物の草でもなく、ネットスラングでもない草ですか? ちょっと分かりません」
「時代小説の忍者物とかに出て来る言葉でね、その土地に普通の人と同じように装って暮し、何代にも渡って潜伏を続ける忍者を草と言うそうだ」
「高城さんが、その草だったって事ですか?」
「まぁ、忍者じゃないから、草のようなものだろうね」
これまでの捜査で、本物の高城啓一郎さんは、今から十二年前、高校生の頃に福岡の実家から家出。
その後、大阪に居た事は判明したそうですが、十年ほど前から転々と住所が変わり、いつの間にか東北の大学生として、偽の高城さんと入れ代わっていたそうです。
その後、医師免許を取得し心療内科医としての研修を受け、東京の病院で働いていました。
大学の学費などは、叔父の援助を受けていると話していたそうですが、その人物の存在も確認が出来ず、所属する組織からの援助だった可能性が高いそうです。
福岡の高城家には、各地の現場を転々とする建設業に従事しているといった手紙と仕送りが送られて来ていたそうで、自宅には顔を見せないものの元気にしていると思い込んでいたらしいです。
捜査本部では、本物の高城啓一郎さんは、殺されている可能性が高いと見ているようです。
「他人になりすまして、日本の社会に潜伏し、指令が来れば工作員としての仕事をし、指令が無ければ一般人として一生を終える……そんな存在だったと我々は考えている。どこからか、異世界に派遣するカウンセラーの話が洩れ、偶々条件が合致する高城氏が、組織によって捻じ込まれたのだろうね」
須藤さんの話を聞いていて、背中に冷や水を浴びせられたような気がしました。
「もしかして、高城さんが突っ掛かってきた理由は、ハーレムに反対していたのではなくて、僕を暗殺する事で娘さんに会えなくなるからだったんじゃないですか。そんな状況の原因になった僕に怒りを覚えていて、僕さえ居なければ、娘さんと平和に暮らせていたのにって……」
「国分君。責任を感じているのなら、それは間違いだよ」
「えっ、でも……」
「でもじゃない。君には何の責任も無いし、殺されそうになる正当な理由なんか何も無いぞ」
須藤さんの厳しい口調に、思わず頷いてしまいました。
「これは、あくまでも個人的な考えだが、国分君の暗殺を命じたのは、暗殺を怖れている者じゃないかと私は考えている。例えば、どこかの国の独裁者とかだろう。異世界の資源の問題もあるが、こちらは手に入れば地球全体の利益にもなるし、どのような資源があるのか分からない今の時点で、その可能性を潰すという事は考えにくいだろう。逆に暗殺を怖れる者達から見れば、国分君の能力は非常に危険だ。どんなに守りを固めても、何処へでも入り込める国分君から逃げる事は出来ないからね。だとしても、実際に国分君が暗殺を試みたわけではないし、責任を負うべきは、勝手に怯えて暗殺を命じた人間と、実行に移してしまった高城氏だ。国分君には何の責任もない」
須藤さんは、キッパリと言い切ると冷めたお茶で喉を潤しました。
「もし仮に、高城氏が家族の安全を理由に国分君の暗殺を強制されていたのだとしたら、助けを求めれば良かったのだよ。それこそ、国分君に頼んで、奥さんや娘さんを異世界に避難させてしまえば良かったんだ。そうすれば、こちら側の人間には手の出しようが無いからね」
「あの……高城さんの奥さんと娘さんの安全は、確保されているのでしょうか?」
「勿論、警護の人員を配置しているし、国分君から要望のあった娘さんの写真をネットから削除するように手配は進めているよ。ただネット上の情報を全部削除するのは事実上不可能に近いので、作業を進めつつ身辺警護の方に重点を置くようにしている」
「そうですか、よろしくお願いします」
「国分君は変わっているね。普通、殺されかけたりすれば、加害者だけでなく、加害者の家族や親戚に対しても怒りや恨みを向けるものだよ。よほどのお人好しか……」
「歪んでいるんだと思います」
「歪んでいる?」
須藤さんに、先日のクラウスさんの話を掻い摘んで話すと、なるほどといった様子で頷いていました。
「確かに、国分君には他人に気を使いすぎる傾向は見られるね。あまり過剰になると問題かもしれないが、それで国分君の気が済んで、生活に支障を来さないのならば、やりたいようにすれば良いんじゃないかな」
「そうなんでしょうかね。どの程度が普通なんだかが分からなくて……」
「はははは、いや失礼、国分君が普通の人である事は、残念ながらもう出来ないよ。世界で唯一人、異世界との行き来が出来て、人や物を運べる人物。いくら国分君が普通の人であろうとしても、それを世間が許してはくれない。だから、そうだね……法律を逸脱しすぎず、他人から反発を買い過ぎない程度に、好き勝手しちゃって構わないんじゃないのかい」
「いや、それ須藤さんが言っちゃ駄目な言葉じゃないですか?」
「はははは、そうだね。でも実際、国分君が好き勝手やらかしても、我々では止めるのにも限度があるし、異世界に居る二百人の帰還を担っている状況では、拘束することを世論が許してくれないだろう。現実として、国分君が超法規的状態にあるのは事実だからね。まぁ、だからと言って、あまり好き放題されると困るけどね」
「なるほど……僕は今、持ち上げられてる状態で、好き勝手やり過ぎると、後でハシゴを外されて、落とされて、叩かれると……」
「まぁ、そんな感じだね。マスコミさんは、そういうのが好きだから、気を付けておいた方が賢明だろうね」
事情聴取を終えて、ヴォルザードに戻ろうかと思っていたら、梶川さんに呼び止められました。
「国分君、申し訳ないが、戻る時に荷物を持って行って貰えるかな?」
「はい、構いませんが、どれでしょう?」
「すまない、ちょっと大きな荷物なんで、倉庫の方に置いてあるんだ」
梶川さんと一緒に倉庫へと移動すると、日の丸が貼られた小型のコンテナが置かれてありました。
「外務省の三浦さんからの要望の品物が入っている。これがコンテナの鍵なので、三浦さんに渡して貰えるかな? コンテナは屋外に置いて貰って大丈夫だから」
「分かりました、中身はなんですかね?」
「ソーラーパネルの追加分とか、テレビ、アンテナ、ケーブルなどの工事資材一式、それに、日本の食料品なども入っているそうだよ。勿論、爆発物などが紛れ込んでいないか厳重にチェックしてあるから安心してもらいたい」
「了解です、じゃあ運んじゃいますね」
闇の盾を出して、コボルト隊のみんなに運んでもらおうと思ったら、ツーオを除いたアンデッド・リザードマン達が出てきました。
「王よ、コボルト達は工事に専念しているので、我らが運びましょう」
「あっ、そうなんだ、分かった、お願いね」
「お任せあれ」
あぁ、こうしている間にも、僕の土地を囲む城壁が、ガンガン作られちゃってるんでしょうね。
セラフィマが来る前に、委員長の両親から許しを得ないといけないのに、はぁ……頑張らないといけませんね。
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