第167話 カミラの下に

 下宿へと戻り、夕食までの間、少し横になろうかと思っていたら、カミラとディートヘルムの連絡役のヒルトが顔を出しました。


「わふぅ、ご主人様、ディートヘルムがラストックに着いたよ」

「あぁ、やっと到着かぁ、僕らと違って時間掛かるよね。分かった、後で様子を見に行くよ。知らせてくれて、ありがとうね」

「わふぅ、ご主人様、撫でて撫でて」


 モフモフのお腹を撫でてあげると、ヒルトは嬉しそうに尻尾を振りました。

 アマンダさんに、断りを入れてから、ラストックの駐屯地を目指します。


 来賓用の食堂では、カミラとディートヘルムの姉弟、これまで対立してきた派閥の重鎮が顔を揃えていました。


 元第一王子派からは、アダン・ラングハイン伯爵とリーベルト・サルエール伯爵の二名、元第二王子派からはゼファロス・グライスナー侯爵。

 元第一王子派のウィリアム・ドレヴィス公爵は、バルシャニアに備える兵を率いて帰領しています。


 この五名の他に、第一王子の参謀だったトービル・ムーリエン、第一王子付きの近衛騎士隊長マグダロス・アイスラー、同じく第二王子付きのネイサン・フォルスト、第三王子付きのオズワルド・キルシュ、そしてディートヘルム付きのユルゲン・レンメルトの五名も同席しています。


 十名は、互いに向き合う形で席に着いていて、ホストの席、いわゆるお誕生日席は空席となっていますが、テーブルセットはなされています。

 全員が席に着いた所で、グラスにワインが注がれ、それを手にしたカミラが立ち上がりました。


「ラングハイン伯爵、サルエール伯爵、ようこそ最果ての街ラストックへ。魔物の極大発生が懸念される地まで足を運んでくれたことに感謝する。早速、懇親会を始めようと思うのだが、その前に……」


 カミラは一旦言葉を切ると、ぐるっと宙を見回しました。


「魔王様、おいででしたらば、どうか御列席下さい」


 こういう仰々しい演出とか苦手なんだけど、出ていかない訳にもいかないよね。

 空席となっているお誕生日席の後に闇の盾を出して、食堂へと足を踏み入れました。


「こんばんは、皆さん。こんな格好で失礼します。生憎、グリフォンと遊んで来たばかりで、風呂に入る時間もありませんでした」

「魔王様、グリフォンを仕留めたのですか?」


 期待に満ちた表情で訊ねてくるカミラに、首を横に振りながら答えました。


「いいや、追い払うのがやっとの状態だったよ」

「魔王様のお力を持ってしても倒せないのですか?」

「僕だけじゃないよ。ヴォルザード総出で相手をして、ようやく追い返している状態だし、これまでに四人が犠牲になっている。こっちには現れていないの?」

「はい、幸いにして姿を見せておりませんが、監視体制は強化しております」

「うん、とにかく身を隠して、下手に討伐しようなんて考えない方が良いよ」

「分かりました、迅速に避難をするように……」

「少し待っていただけますか?」


 カミラの言葉を遮るようにして右手を軽く上げて声を掛けてきたのは、第一王子付きの近衛騎士にして、愛人だったマグダロスでした。

 この前、ディートヘルムに従う感じで僕に跪いていたけど、まだ納得してなかったんだね。


「ケント・コクブ殿が優れた闇属性魔術士だというのは認めますが、我々近衛騎士が二千人も控えている状態で、避難に徹するという措置は納得出来かねます」

「貴様、魔王様が助言して下さっているというのに……」

「いいんじゃない。これまで見て来た感じでは、グリフォンは殺しても二人だけで、自分が食べる分以上に相手を殺すことは無いみたいだから、そんなに戦ってみたいならば、戦ってみればいいよ。その代わり、市民には犠牲が出ないように避難させる事。それと、近衛騎士に犠牲者が出ても、僕は責任持たないからね」

「無論、そのような責任を貴殿に問うつもりは無い。あまり近衛騎士団を侮らないでいただこうか」


 傲然と言い放つマグダロスに対して、苛立たしげな表情を浮かべたカミラが何かを言いかけましたが、片手を上げて制しました。


「今日はグリフォンの話をしに来た訳じゃないよ。さっさと本題に入ろうか」

「畏まりました。魔王様、どうぞお席に……」

「あぁ、そうそう、最初に言っておくけど、僕はリーゼンブルグの王様になるつもりなんか無いからね。だから、この席にはカミラ、君に座ってもらう」

「魔王様……」


 驚くカミラや、不満気な表情を隠そうともしない元第一王子派の面々が、口を開きそうになるのを両手で制して話を続けました。


「元第一王子派の皆さんは詳しくは知らないかもしれませんが、僕はカミラの手で異世界から召喚された者です。召喚の目的は、魔の森を開拓する為の戦力を得る事でした。つまり、砂漠化の進行に対して有効な対策を行って来なかった皆さんのツケを、カミラが一人で払おうと考えた結果行われたものです」


 さっきまで文句を言いたげにしていた元第一王子派の面々は、一転して渋い表情を浮かべました。


「その召喚によって、僕らは多大な迷惑を被り、多くの犠牲者を出しました。そして、現時点では、その賠償が完了していません。これまで僕がリーゼンブルグに協力してきたのは、召喚に関わる問題を早期に解決するためです。その為にも、カミラにはリーゼンブルグの全権を掌握してもらい、この問題を早期に解決してもらいたい。ディートヘルムに王位を譲るのは、その後にしてもらいたい」


 ディートヘルムへの王位の譲渡と聞いて、ラングハイン伯爵とサルエール伯爵は納得したようですが、またしてもマグダロスが口を挟んで来ました。


「話の趣旨は理解したが、貴殿は何の権利があってリーゼンブルグの王位継承に口出しをしているのだ?」

「余計な口出しをするなと仰るのですか?」

「当然だ。リーゼンブルグの事は、リーゼンブルグの民が決める。余所者に口出しされるいわれは無い」

「そうですか。でしたらば、賠償金として純金65コラッドをこの場に用意して下さい」

「なっ、何だと! 純金65コラッドだと!」


 マグダロスだけでなく、列席している殆どの者が言葉を失いました。


「どうしました? 口出しするなと仰るならば、賠償の義務を果たして下さい」

「そんな法外な要求など飲めるか! 調子に乗るなよ、小僧!」

「控えよ、マグダロス!」


 勢い良く立ち上がったマグダロスでしたが、カミラの鋭い叱責を受けてビクリと身を震わせて動きを止めました。


「カミラ様、このような小僧を……」

「控えよと言ったのが聞えなかったのか?」


 近頃は、酔っぱらってグダグダな姿をチョイチョイ見ているので忘れがちですが、真面目な時のカミラは、ザ・王族という感じのオーラを発揮しちゃいますからね。


「失礼いたしました……」


 カミラの醸し出す雰囲気に圧倒され、マグダロスは頭を下げて席に戻りました。


「心得違いをしている者が居るようなので改めて申しておく。私とディートヘルムは、魔王ケント・コクブ様に忠誠をお誓いしている」

「な、なんですって……」

「控えよ! 今は姉上が話をされている最中だ。それともマグダロス、我等の話は聞くに値しないと申すつもりか?」

「いえ、そのようなつもりはございません。失礼いたしました」


 ディートヘルムからも釘を刺されて、ようやく黙ったマグダロスですが、第一王子であり、愛人でもあったアルフォンスを毒殺され、王位が別の人間に転がり込むのが嫌なのかもしれませんね。


 マグダロスが口を噤んだのを確かめたディートヘルムが、カミラに先を話すように目で促しました。


「ラストックの住民が二百頭のミノタウロスに襲われても、万を超えるオークの群れに襲われても、全滅せずいられるのは魔王様のおかげだ。アーブル・カルヴァインと宰相の計略を暴いて下さったのも、バルシャニアの侵攻を止めて下さったのも、ディートヘルムの健康を取り戻して下さったのも魔王様だ。そして、腹を刺された私の命を救って下さったのも魔王様だ。この身体の血の一滴、髪の一筋に至るまで、全て捧げてお仕えするとお誓い申し上げた。それが気に入らぬと申すならば、我が下を去るが良い。止めはせぬ。止めはせぬが、国の危機に臨んで、何の策も講じぬ王と我と、どちらに仕えるのがリーゼンブルグ貴族として、近衛騎士として正しき道か、よく考えて決断せよ」


 言葉を切ったカミラは、列席者を見回しました。


「よろしいでしょうか、カミラ様」

「何かな、ラングハイン伯爵」

「先程、魔王殿はカミラ様に全権を掌握していただき、諸問題の早期解決を望まれておられましたが、問題が解決した暁には、間違いなく王位をディートヘルム様にお譲りくださるのでしょうか」

「私は、ディートヘルムが民を思う良き王となるのであれば、王位に固執するつもりは無い」

「ですがカミラ様、先程伺った賠償額は、法外と申し上げてもよろしい金額です。支払いを終えるには相当な年月が必要になるのではございませんか」

「その懸念は尤もだが、金額に関しては魔王様にご相談申し上げるし、解決への道筋が着いた段階で、王位を譲渡しても構わないと思っている」


 ラングハイン伯爵は、大きく頷いて納得した様子を見せました。


「私からも、よろしいですかな」

「構わんぞ、グライスナー侯爵」

「私どもは、カミラ様より所領の安堵を約束していただきましたが、ディートヘルム様が王位を引き継いだ際も、その約束は有効でしょうか?」


 グライスナー侯爵の話を聞いたカミラは、ディートヘルムに答えるように促しました。


「どうなのだ、ディートヘルム」

「はい、姉上との間に、正当な理由の下で交わされた約束であれば、反故にする理由はありません」

「これで良いか? グライスナー侯爵」

「結構でございます」


 グライスナー侯爵が軽く頭を下げたのを確認した後、カミラは再度列席者を見回し、異論が無いのを確かめてから話し始めました。


「これまで我々は、先人が遺してくれた土地や財産に頼り、自堕落な暮らしを続けてきた。その結果、リーゼンブルグは危機に瀕する事となった。砂漠化の進行、魔物の極大発生、アーブル・カルヴァインの謀反、バルシャニアの侵攻。これらの出来事が一度に起こっていたならば、リーゼンブルグという国は無くなっていたかもしれぬ」


 言葉を切ったカミラと同じように、列席者を眺めてみると、抱いている危機感には差があるような気がします。


 現実的に、オークの襲撃を受けたグライスナー侯爵や、近衛騎士のネイサンやオズワルドは、危機を現実的なものとして捉えているようですが、魔物とも、バルシャニアとも戦っていない元第一王子派の面々は、アーブル・カルヴァインとの政争と捉えている気がします。


「未曽有の危機にあったと言っても過言ではないリーゼンブルグを救って下さったのが、魔王ケント・コクブ様だ。魔王様がいらっしゃらなかったら、今頃リーゼンブルグは混沌に沈んでいたであろう。だが、危機が全て去った訳ではない。魔物の極大発生の危機も完全に去ったとは言い切れぬ。アーブルの野望も完全に打ち砕いた訳ではない。そして砂漠化の進行は、こうしている間にも進んでいるはずだ。だが、これより先は、我らがリーゼンブルグの底力を魔王様にお見せする番だ。魔物の脅威に備え、アーブルの野望を打ち砕く。これまでのような下らぬ派閥争いは終わりだ。我の下で力を合わせ、共に汗を流し、共に栄える……異論無き者は、沈黙をもって答えよ!」


 カミラが言葉を切ると、食堂には水を打ったような静けさが広がりました。

 カミラは、一人一人と目線を交わしていき、最後に僕と視線を合わせると、大きく頷いてみせ、ワインの注がれたグラスを掲げました。


「リーゼンブルグ王国に栄光あれ!」

「リーゼンブルグ王国に栄光あれ!」


 列席した全員が唱和し、全員が一息にワインを飲みほしていきます。

 えっと、僕も飲まないと駄目なのかなぁ……ディートヘルムは……うっ、ゴクゴク飲んでるよ。


 えぇぇい、飲んでしまえ。

 王族や貴族が口にするワインですから、当然上等な品物なのでしょう。


 芳醇な香りと果実の味わい、そこに熟成された重厚さが加わって、言葉を失うぐらいの美味しさです。

 そして、空っぽの胃袋に流れ込むと、カーっと熱気が沸き上がってきました。


「ほほう、魔王殿はなかなか良い飲みっぷりですな。いかがですか、このワインは我がグライスナー領の名産品でしてな。これは特に出来が良かったとされる十八年ものです」

「そうなんですか、僕はお酒はあまり飲んだ事が無いのですが、これは素晴らしいですね」

「ささ、もう一杯……」

「いえ、まだ戻ってからグリフォン対策を進めないといけないので……」

「ほほう、魔王殿でも苦戦するほどですか?」


 そう言いながらもグライスナー侯爵は、僕のグラスをワインで満たしていきます。

 いや、今日は酔っぱらってる場合じゃないんだけど……断りにくいですよね。


「グリフォンは強力な風属性の魔法を纏っているので、魔法による攻撃は弾かれてしまって殆ど効果がありません」

「なんと、そのような相手に、どう戦いを挑むおつもりですかな」

「とにかく、魔法以外の強力な攻撃を当てて、風属性の魔法が乱れた所を集中的に叩くという感じですが……なかなか難しいです」


 乾杯を合図にして、給仕さん達が料理を配膳し始めました。

 いわゆるコース料理という感じで、とても手の込んだ盛り付けがされた料理は、二口ほどで無くなってしまう量です。

 美味しいんですけど、一日動き回って腹ぺこ状態だと物足りないですよね。


「グリフォンとは、遥か高みから舞い降りて、人を攫っていくと聞きますが、真ですかな?」


 数十年に一度程度しか姿を現さない魔物なので、ラングハイン伯爵やサルエール伯爵も興味深々といった感じで色々と訊ねてきました。


「そうですね。ストームキャットよりも大きな体が、ゴマ粒ぐらいに見えるほどの高さから狙いを定めて襲って来ます」

「それでは、猛烈な勢いで襲って来るのではないのかね」

「その通りです。実際、初回と二回目は、成す術も無く三人攫われました」

「どうやって食い止めるのです?」

「闇属性魔法の盾を多重に展開して……ようやく……という感じれすね」


 料理は、グライスナー侯爵が屋敷から呼び寄せた料理人の手によるものだそうで、色々と趣向が凝らしてあり、見栄えも味も文句無しです。

 腹ペコだったので、量的なものは少々不満だったのですが、それも会話を妨げないという意味では正解だったのでしょう。


 他に飲み物が出て来ないので、ワインで喉を湿らせながら話をしていると、だんだんと気分が良くなってきましたね。


「それにしても、カミラ様と魔王殿は親密な御様子ですが、召喚された時から、そのような間柄だったのですか?」

「そんな訳ないれしょう……魔眼の水晶が光らなかったからって、お前は好きなところに行ってしまえ……みたいな? 挙句の果てに、一人で魔の森を歩いて抜けろとか言われて、危うくゴブリンに食い殺されるところらったんだからね。ホント、けしからんよね……」

「も、申し訳ございません。あの時には、魔王様の御力に気付かなかったので……」


 今は殊勝な顔して謝ってるけど、あぁ、あの時の事を思い出しちゃったよ。


「あの時は、ホントに憎たらしかったよねぇ……せめて水ぐらい持たせてって言ったら、泥水を啜ってでも歩け! なんて言ってたんだよ。もう、いつか泣かしてやるって思ったね。マジで……」

「申し訳ございません。あの時は、召喚が上手くいって、妙な興奮状態にあったというか……」

「あぁ、そうだ。僕がゼファロスさんと初めて会談した晩だってさ、呑気に風呂に入ってて、その後は酒飲んでベロベロに酔っぱらってたよね」

「申し訳ございません……」

「まったく、リーゼンブルグとは直接関係の無い僕が、夜中まで働いていたっていうのに、すっかり寛いでるって、どういう事ぉ?」

「あ、あれは……」


 カミラは一旦言葉を切ると、グラスのワインをグイっと飲み干してから、ジロっとした視線を向けて来ました。

 なんだ、なんだ、なんだか目が据わってきてないかい。


「あれは、魔王様もいけないのですよ……」

「ふぁ? なんれ、なんれ僕が悪くなるの? あんなに働いてたのにさ!」


 ちょっと、ちょっと、なんでカミラは、そんなにグビグビ飲んでるのかな。

 てか、僕のグラスが空っぽだし、ほらゼファロス注いで。


「ぷはぁ……悪いにきまってますぅ! 私のぉ……リーゼンブルグ第三王女のぉ……浴室に足を踏み入れたのにぃ……肌に触れるどころか、サインしろとかぁ……ありえないでしょ!」

「あ、あれわぁ……グライスナー侯爵がサイン貰って来いって言うから……待たせる訳にいかないじゃん! ねぇ?」


 なんでゼファロスは渋々という感じで頷いてるのかなぁ、そこは僕に味方する所じゃないの。


「だからと言ってぇ、私の……は、裸を目の前にして、あんな事務的な言い方は無いんじゃないれすかぁ?」

「えぇぇ……てか、そんな事でヤケ酒してたの? 僕が働いてるのに?」

「魔王様が働きすぎなんれすぅ……この前だって、フローチェなんかを倒れるまで治療なさるしぃ……ちょっとは私を構ってくれたって……」

「そうだよ、あの時らって飲んだくれてたじゃん! 僕が働いてたのにぃ……けしからん! てか、次期国王を目指すって宣言したばかりなのに、なにデレデレに酔っぱらってんの?」


 ほら、ディートヘルムが、心配そうな顔でアワアワしちゃってるじゃんか。


「酔ってません……と言うか、あの時だって酔ってませんでしたぁ。私が、魔王様をベッドまで運んで介抱したんですぅ」

「介抱とか言って、マルト達と一緒にペロペロしてらくせにぃ……んぁ?」


 突然、キンっという金属音がして、目の前にナイフが落ちました。 


「えっ、マルト? なに、どうしたの?」


 見れば、玩具みたいな黒い短剣を構えたマルトが、騎士達の方を睨み付けています。


「あいつが御主人様を狙って投げたよ」


 視線の先には、ラインハルトに愛剣グラムを突き付けられたマグダロスの姿がありました。

 その瞳には、仕留め損ねた無念さが籠もっています。


「貴様、魔王様に何をするつもりだ!」

「カミラ様、そのような得体の知れない者に心を奪われてはなりません! このような魔物を使役する者など信用出来ません!」

「黙れ! 貴様に魔王様を侮辱する資格など無い!」


 グラスをテーブルに叩き付けて立ち上がったカミラは、吠えるような叫び声をあげました。


「私が一人でもがいていた時に……助けを求めた時に……貴様らは何をしてくれた。兵士を送ってくれたか? 城壁を築くため資材を送ってくれたか? ロープ一本すら送ってよこさなかったではないか!」


 髪を振り乱して叫んだカミラに、反論できる者は居ません。


「国から見捨てられ、滅ぶしか無かったラストックの民を救ってくれたのは、我々を憎み、我々に仇なしても当然であった魔王様だ。自分を刺し殺そうとした騎士さえも許し、民を守るために働けと仰った。私の偏狭な考えを正し、私に人を活かす道を教えて下さった。大きな過ちを犯した私にも、許してもらえるように力を貸すとさえ言って下さった。どれほどリーゼンブルグが助けられたか話して聞かせただろう。それでも魔王様を侮辱するならば、貴様など……貴様なんぞ私の手で処刑……」

「はい、そこまでぇ!」


 カミラがエキサイトして暴走しそうだったので止めました。


「魔王様……?」

「怪しいから殺してしまえ……なんて、やり方は気に入らないけど、だからと言って返り討ちにするつもりは無いよ。何でそうやってすぐに処刑とか、殺すとか物騒な話になるかなぁ……マグダロス」

「な、なんだ!」

「あんた、考えが浅い! 浅すぎる……」

「なんだと、小僧! 貴様なんぞ……うっ」


 ラインハルトに剣を突き付けられて、マグダロスは黙りました。


「僕が死んだら、アーブルと宰相が密会してる映像は使えなくなるよぉ。証拠も無しに奴らを断罪出来るのぉ? 王城にアーブルの手勢が入ったって事は、国王とか騎士団長とかは、丸め込まれちゃったって事じゃないのぉ? その状況をひっくり返せるのぉ?」

「そ、それは、我々が真実を訴えれば……」

「アーブル・カルヴァインは、そんな簡単な相手じゃないでしょ。ねぇ、ゼファロスさん」

「そうですな。魔王殿の仰る通り、一筋縄ではいかない相手ですな」

「だったら僕を利用しなきゃ駄目じゃん。信用出来ない? そんなの後から確かめればいいじゃん。今は何をすべきか、何が重要なのか、もっと考えなよ。アルフォンスさんが王様になりたかったリーゼンブルグが滅茶苦茶になっても構わないの? アーブルなんかの好き勝手にさせて良いの?」


 マグダロスは、ジッと僕に視線を向けたまま何も答えませんでした。


「あぁ……酔っぱらったから帰る……じゃあ皆さん、これからもよろしくお願いいたしますね。おわぁ、床が……」

「魔王様、危ない……」

「ふがぁ……んー……やっぱり、けしからん柔らかさだよねぇ……」


 立ち上がったら足元がグニャグニャで、支えようとしたカミラに突っ込んじゃいました。


「ま、魔王様、今宵はお泊りになられて……私が夜伽を……」

「駄目、帰る。グリフォン倒さないといけないからねぇ……マルト、ミルト、手を貸して」

「わふぅ、任せて、ご主人様」

「ご主人様、また飲み過ぎ」

「にゃははは、いいんだもんねぇ……ねぇ、ネロ」

「にゃー……ご主人様、酒臭いにゃ」

「にゃははは、みんな帰るよ」


 ネロが顔を出したら、食堂が大騒ぎになってたみたいだけど、気にしない、気にしない。

 マルト達に支えられながら、闇の盾を潜って下宿に戻りました。

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