第163話 グリフォン
ヴォルザードを襲ったグリフォンは、南西の方角へと飛び去ったようですが、魔の森を警戒していたコボルト隊も行方を追い掛けられなかったそうです。
人間を丸呑みしてしまうネロよりも更に二回りほども大きいグリフォンは、その巨体が地上からは点に見えるほどの上空から狙いを定め、一気に降下して襲い掛ってくるようです。
凄まじい落下速度に加え、前足は猛禽類のような形で鋭い爪があり、人間などは掴まれた時点で即死だそうです。
そのグリフォンを討伐するために、僕らは魔の森の訓練場で対策を練っています。
「まず最初に、いかにしてグリフォンの接近を察知するかだよね?」
『そうですな、遥か空の高みから襲って来ますので、我々も視力強化した状態で警戒しないと駄目でしょうな』
「よし、みんなを強化しちゃおう」
影収納にゴロゴロしているオークの魔石を使って、みんなの視力を強化しました。
クリクリだったコボルト隊の瞳は、クリクリの上にキラキラと言う感じで、可愛さアップも忘れません。
ザーエ達アンデッドリザードマンは、ギロっと迫力アップです。
コボルト隊は、魔の森やヴォルザードの周囲にも展開して、索敵範囲を広げて、グリフォンの早期発見を目指します。
「これで完璧という訳じゃないけど、これまでよりも早くグリフォンの接近に気付けるはずだよね」
『そうですな。ですが問題は、いかにしてグリフォンの襲撃を防ぐかですな』
「ギルドの方でも迎撃用の術士と弓兵を集めるって言ってたから、僕らだけでなく協力して撃退する事も考えた方が良くない?」
『ケント様が言う通り、現状では我々の撃退手段は限られてしまっています。ワシやバステンの攻撃以外は、ケント様の攻撃に頼るしかありませぬ』
ラインハルトやバステンが遠距離攻撃を出来るのも謎なんだけど、ザーエ達やアルト達には直接攻撃しか攻撃手段がありません。
オークやミノタウロス程度であれば、圧倒出来るでしょうが、グリフォン相手に肉弾戦というのはリスクが大きいです。
その他の攻撃手段としては、僕の光属性の攻撃魔法と、覚えたての火属性による攻撃魔法だけです。
『ケント様、グリフォンには魔法による攻撃は効果が薄いと言われています』
「えっ、どうして? 何か理由があるの?」
『はい、グリフォンは一見すると翼で羽ばたいているように見えますが、実際には風の魔術を身に纏い、風をコントロールして空を飛んでいるそうです。そのため、余程に強力な攻撃魔法でないと、纏った風の魔力を貫けず、貫いたとしても大幅に効果を削られてしまうようです。そのため術士だけでなく弓兵を揃えるのです』
「なるほどねぇ、でもそれって例えば羽を切り落したとしても、空を飛べなくなって落ちたりしないって事なの?」
『さぁ、ワシ等も実際にグリフォンと戦った事が無いので、やってみないと分かりませんな』
魔法による攻撃の効果が薄れるとしたら、弓矢のような物理攻撃が有効なのでしょうが、眷族のみんなには遠距離からの物理攻撃の手段がありません。
「ねぇラインハルト、何か眷族のみんな、特にザーエ達がすぐに使えて、遠くまで飛ばせる武器とか無いかな?」
『遠くまで飛ばして威力があるのは、やはり弓矢になりますが、扱いを覚えるまでに時間が掛かります。ザーエ達の腕力を生かすなら、投槍かボーラですな』
「投槍は分かるけど、ボーラって何?」
『ロープの先に重りを付けたものを三本束ねたものですな』
「それって威力あるの?」
『直接の威力というよりも、相手にロープを絡めて自由を奪う目的の方が主ですな』
「あぁ、なるほど……でも、グリフォンって大きいよね。絡まるかな?」
『ザーエ達ならば、ロープを長くしても扱えるはずです。いくら風属性の魔法を使っているとは言え、身動きが出来なくなれば素早い移動は出来なくなるはずです』
「なるほど、弓兵の援護をする感じだね。動きが鈍れば、投槍も当てやすくなるか」
『そういう事です』
早速、投槍とボーラを準備します。
ロープは、ヴォルザードに来る途中、魔物に襲われた馬車から貰ったものがあります。
重りは土属性の魔法を使って作りました。
投槍も、土属性の魔法で作り、穂先の部分には念入りに硬化を掛けておきました。
「じゃあザーエ、ちょっと投槍を使ってみて」
「承知しましたぞ、王よ」
ザーエは、長さは2メートル、直径5センチほどの槍を構えると、30メートルほど先の大木に向かって投げ付けました。
「えぇぇぇ……」
緩い放物線を描いて飛んだ槍が、10センチほど突き刺さる様子をイメージしていたのですが、糸を引くように一直線に飛んだ槍は、中程まで木に突き刺さっています。
あれ、人間だったら貫通してるよね。
「王よ、もう少し重くしていただけますか? あれでは軽すぎて威力が出ませぬ」
「うっ……了解、ちょっと待ってね」
四割ほど重さを増した槍を与えると、ザーエ達は50メートルほど先まで、ほぼ直線的な攻撃を披露して見せました。
『ぶははは……さすがケント様の眷族ですな。これならば弓兵の出番は無いかもしれませんな』
「いや、投げる威力に槍が追いついていないみたいで、何か申し訳無い……」
槍は刺さることは刺さるのですが、あまりの投擲速度のために、刺さりながら砕けてしまい、使い捨て状態です。
ただ、砕けた破片が飛び散るのか、当たった木は大きく抉れています。
『ケント様、強度は今のままの方が、威力はありそうですぞ』
「うん、なんだか僕の世界では禁止されてる弾みたいだよ」
『ぶははは、ここはヴォルザードですし、相手はグリフォンです。遠慮する必要などありませんぞ』
「そうだね。僕らの街を護るためだから、悪いけどグリフォンには死んでもらうよ」
対策を始めた時には、グリフォンを倒せるだろうか心配だったのに、今は少し同情しちゃってる自分がいます。
何だか、グリフォンは壮絶な最期を遂げそうな気がします。
ザーエ達には、それぞれ10本ずつの投槍と、5本ずつのボーラを準備しました。
日が暮れてきたので、ヴォルザードの街に戻る事にしました。
ゴブリンやオークとは違い、グリフォンは夜の間は活動をしないそうです。
上空から獲物を見定めて、一気に仕留める狩りのスタイルだからでしょう。
術士や弓兵の邪魔をしないように、眷族が上手く動けるように、ギルド側の体制を聞きにドノバンさんの所へと顔を出しました。
夕方の混雑する時間帯のはずなのですが、いつもに較べるとギルドは静かな印象を受けます。
やはりグリフォンの影響があるのでしょうね。
ドノバンさんは、自分の机で書類の山と向かい合っていました。
「ドノバンさん、少しよろしいですか?」
「むっ、ケントか、いいぞ」
ドノバンさんの机の前に闇の盾を出して、表に出ました。
「ドノバンさん、ギルド側の体制を教えていただけますか?」
「そうだな。こちらの体勢が分かってないと、お前の方も動き難いだろうな」
ギルド側の体制は、監視の要員を城壁の上に並べて、城壁と街中の数箇所に迎撃担当の術士と弓兵を配置するやり方でした。
地図上に示された場所は、予め空から侵入してくる魔物を想定して、要員を配置出来るように手配してあるのだそうです。
「もしかして、この配置もクラウスさんが領主になってから決めたものなんですか?」
「そうだ、十八年前、ロックオーガの集団に入り込まれて、街にも大きな被害が出た。その時に街を復興させながら、色々な対策を進めたって訳だ」
若き日のクラウスさんが進めた対策だそうですが、凄い先見の明を感じます。
「ケント、そっちはどう動くつもりだ?」
「はい、まだ漠然とした感じですが、眷族の視力を強化したので、コボルト達は街を囲むように展開して、グリフォンを見つけたら咆えて知らせるようにする予定です」
「そいつは助かるな、それならばこちらとしても分かりやすい」
「はい、迎撃に付いては、僕らは影の中を移動出来るので、どこへでも入っていけますので、ギルド側の術士や弓兵の射線を邪魔しない場所から攻撃するようにします」
ザーエ達に投槍とボーラを与えたと話すと、ドノバンさんは大きく頷いていました。
「なるほど、確かにグリフォンには魔法が利き難いと聞く。そうやって物理的な攻撃手段を増やしてくれるのは有り難い」
「あの、ドノバンさんは、グリフォンと戦った事はあるのですか?」
「ふふっ、ある訳無いだろう。数十年に一度程度しか現れない魔物だぞ」
「そうなんですか。それで、討伐するんですよね?」
「過去にグリフォンが討伐された事例が無い訳ではない。だが、殆どの場合は、犠牲を出さないように守りを固め、狩場には向いていないと思わせ、別の場所に移動するように仕向ける事しか出来ていない」
「じゃあ、今回も基本は守りを固めるのですか?」
「基本はそうだが、今回はケント、お前と眷族が居る。出来れば後腐れ無く討伐してしまいたい」
守りを固めるだけでは、グリフォンが諦めるまでに長い時間が必要ですし、追い払えたとしても、気分次第で戻ってくる危険性があるそうです。
ギルド側も対策としては、グリフォンが接近したら、派手な攻撃魔法で牽制し、更に近付いて来るならば、弓矢での攻撃も行うという構えのようです。
「討伐するとなれば、グリフォンを地上に落さないといけませんよね」
「当然そうなるが、街中に落して暴れられるのは拙い。落すのならば街の外にしてくれ」
例えグリフォンを地上に落せても、ネロよりも大きな身体で暴れられれば、当然被害が出るでしょう。
グリフォンの急降下を阻止して、狩りをやり直すために飛び去ろうとする所に総攻撃を行い、街の外に落としたら眷族達が総攻撃を行う。
これが、僕とドノバンさんで一致したグリフォン討伐の大まかな手順です。
「それにしても、グリフォンなんて物騒な魔物まで現れるとは……一体どうなっていやがるんだ」
「グリフォンは、南の大陸から来たと考えるべきなんですよね?」
「そうだ、恐らく向こうで何かが起こっているのだと思うのだが……」
南の大陸とは、魔の森を進んだ先にある、幅の狭い陸地で繋がっていますが、当然魔物の密度も高く、そこまで踏み込んで行く冒険者も居ません。
トレントの大発生が起こる以前、初代の魔王が現れる以前には、南の大陸にも人が暮し、交易や戦争が行われていたそうですが、今は魔物が支配する地域だと思われているそうです。
「にゃー、大陸の南から魔物が移動して来て、住み辛くなってるにゃ」
「えっ、ネロも住み辛くなったから、こっちの大陸まで移動してきたの?」
「そうにゃ、たぶんグリフォンも同じにゃ」
元々、グリフォンの若い固体は、親離れすると同時に、自分の縄張りを得るために移動するそうですが、今回は、南の大陸で暮らし難い状況が重なって、こちらの大陸まで移動してきたのかもしれません。
「その南からの魔物の移動が終わらない限り、こちら側へ魔物が溢れ続けるって事なんでしょうかね」
「恐らくは、そういう事なのだろう」
「もしかして、もっと危険な魔物が現れる……なんて事は?」
「無いとは限らんが、そうした魔物は逆に南からの移動を押し戻すんじゃないか?」
「あぁ、そう言われれば、そうかもしれませんね」
「いずれにしても、今はグリフォンをどうするかだ。頼むぞSランカー」
「全力を尽くします」
ギルドでドノバンさんとの打ち合わせを終え、下宿に戻ってみると、アマンダさんの店はいつも通りに盛況でした。
厨房の裏口から声を掛けてから二階に上がる事にします。
「アマンダさん、ただいま戻りました」
「あぁ、おかえりケント、もう少しで一段落するから、そうしたらメイサに呼びに行かせるよ」
「はい、分かりました」
夕食の席で話を聞いてみると、グリフォンが襲って来るのは昼間だけなので、日中は人の往来が減るものの、日没後はいつも以上に人が出て来るのだそうです。
「うちも、明日からは昼の仕込みは減らすようにするつもりさ」
「なるほど……メイサちゃん、学校は?」
「学校は、数日様子を見るから、明日からはお休みだって」
まだ年末年始の休みまでは二週間ほどあるのですが、臨時で学校が休みになり、メイサちゃんはニマニマしています。
でも、グリフォン騒動が長く続いてしまう場合は、どうするんでしょう……と思っていたら、アマンダさんが教えてくれました。
「あぁ、グリフォンってのは、狩りをする時間が決まっているそうだよ。騒ぎが長引くときは、その狩りの時間を避けて登下校するようにして学校は続けられるそうだ」
「なるほど、数日の休みというのは、狩りの時間を見極めるためのものなんですね」
「それでも、相手は魔物だから急に時間を変えたっておかしくない。メイサ、安全と思われる時間でも、早鐘が鳴ったらすぐに隠れるようにしないと駄目だからね」
「分かってるよ」
「メイサちゃんじゃ、お腹の足しにならならなそうだから、グリフォンには狙われないかも」
「あはははは……確かにメイサじゃ足らなそうだねぇ……」
「きぃぃぃ、あたしだって大人になればボインボインになるんだからねぇ、ケントなんか相手にしてあげないんだからねぇ!」
「はいはい、それには一杯食べて大きくならないとねぇ」
「きぃぃぃ、ケントだって小さいくせに、小さいくせに、小さいくせに!」
うっ、そう何度も小さいと身長以外が小さいのでは……と心配になってしまいます。
てか、平均的なサイズだとは思うんですけど、大丈夫ですよね。
メイサちゃんを寝かし付けた後で、ラインハルト達と最終的な作戦会議を行いました。
「グリフォンが襲ってきたら、まず闇の盾で止めようと思ってるんだ」
『それがよろしいでしょうな。ケント様の盾にぶつかれば、グリフォンは自分の速度でダメージを受けるはずです』
「ただ、問題もあってさ。グリフォンが狙いを定めて落ちて来るのって、街の上だよね」
『ぶつかって……落ちる先も街の上……』
「フレッドの言う通りなんだよ。これは拙いよね」
『ぶははは、ケント様、一気に仕留めてしまえば問題ありませんぞ』
『そうです、ケント様、勢いが落ちたところで一斉攻撃をして、空中にいる間に止めを刺してしまえば、然程の問題ではありません』
『一気に止め……問題無し……』
闇の盾に衝突してダメージを受ければ、纏っている風属性の魔法にも乱れが生じるでしょうし、ラインハルトとバステンの遠距離攻撃、ザーエ達の投槍、ギルドが集めた術士や弓兵からの一斉攻撃も加われば、さすがのグリフォンでも一溜まりもないでしょう。
勿論、僕も光属性の攻撃魔法を打ち込むつもりです。
あとは、グリフォンの下敷きになりそうな人が居たら、コボルト隊に運ばせて避難させれば問題は無いでしょうかね。
闇の盾でガードして、落ちる場所を制限しても良いかも。
『ケント様、グリフォンを仕留める準備は整いました。さぁ、決戦前夜ですから早めにお休み下さい』
「そうだね。身体を休めて万全の状態で戦いに挑むよ」
翌朝、セラフィマ、委員長、マノンの順番で朝の挨拶をして回り、最後にベアトリーチェの所に顔を出しました。
ベアトリーチェは、クラウスさんと一緒に、ギルドの執務室に来ていました。
「おはようございます。お義父さん、リーチェ」
「おぅ、おはよう、ケント。憎たらしいけど、今日はその余裕が頼もしく感じられるな」
「自信がある訳じゃないですけど、相応の準備はしたつもりなので、いつも通りに動けるように、いつも通りにさせてもらっています」
「それでいいぞ。俺やドノバンも、さすがにグリフォンとやり合った事は無いし、対策も過去の事例から考えたものばかりだ。どこまで通用するのかは、誰にも分からない状態だが、好き勝手にさせるつもりもねぇ。俺達のありったけで、たっぷりと持て成してやるさ」
「はい、僕は教会の塔の屋根から見渡して、眷族達に指示を送る予定です」
「ケント、分かっているとは思うが、お前の肩には色んな物が乗っかっている。馬鹿みたいに先頭に出るんじゃねぇぞ。自分の役割、責任を自覚しろ」
「はい、分かりました」
「よし、頼んだぞ、婿殿」
「ケント様、どうかお気を付けて……」
クラウスさんと握手を交わし、ベアトリーチェと少し長めのハグをしてから、影に潜って移動しました。
向かった先は、魔の森に一番近い城門の上です。
こちらでは、ドノバンさんとマリアンヌさんが、最終的な打ち合わせを行っていました。
「おはようございます。ドノバンさん、マリアンヌさん」
「来たかケント、眷族の配置は?」
「既に済ませて監視体制に入っています」
僕の返事を聞いて、ドノバンさんは満足そうに頷きました。
「ケントさん、今日はよろしくお願いしますね」
「マリアンヌさんも城壁の上から指揮なさるんですか?」
「グリフォンは、獲物が多い場所を狙うようなので、指揮所は屋根の下に設けます。迎撃にあたる冒険者や守備隊員も、人数が均等になるように割り当てを済ませてあります」
「そうなんですか、僕は塔の屋根の上、影の中から指示を出す予定です」
「ケントさんや、眷族の皆さんの働きには期待しています」
「ご期待に応えられるように、全力を尽くします」
ギルド、守備隊の連合部隊の配置を確認して、僕も持ち場へと移動しました。
カーンカンカン、カーンカンカンというリズムで、警戒を促す鐘の音が朝から何度も響いています。
目抜き通りに目を転じてみても、殆ど人影はありません。
たまに見かける人も、空を見上げてから目的地へと小走りで移動して行きます。
ヴォルザードの街全体が、ピリピリとした空気に包まれているように感じられました。
『緩い西風ですな……』
他に視界を遮る物が無い塔の上だと、風向きが良く分かります。
緩やかではあるものの、季節柄ヒンヤリとした西風は乾いた空気を運んで来て、空には筆で掃いたような雲が幾筋かあるだけで、良く晴れ渡っています。
「グリフォンにとっては絶好の狩り日和?」
『いかにも、この天気ならば、間違いなく姿を表すでしょう』
時折、警戒を促す鐘の音が響く以外は、張り詰めた静けさがヴォルザードを支配していました。
全員が持ち場に付いて、警戒を始めてから一時間ほど経った頃でした。
うぉん! うおぉぉぉぉん!
南西方向の森の中から、コボルト隊の咆哮が響いて来ました。
『ケント様……あそこ……』
「えっ、どこ……? あっ、あれか!」
フレッドが指差す先を探すと、胡麻粒ぐらいの物体が青い空で羽ばたいています。
カンカンカン! カンカンカン! カンカンカン!
静寂を破って早鐘の音が響き渡り、街中の通りからは人影が消え、持ち場に着いた者達からは、どよめきと緊張が伝わってきました。
グリフォンは、狙いを定めるかのように、ヴォルザードの遥か上空をゆっくりと旋回しています。
おそらく昨日も同じように飛んでいたのでしょうが、下から眺めているだけでは、ただの鳥にしか見えません。
『ケント様、そろそろ準備を』
「大丈夫、いつでも良いよ」
ラインハルトが声を掛けてきた直後、羽ばたきを止めたグリフォンは、羽を畳んで一気に降下を始めました。
ダメージを受けて落下を続けるグリフォンを、フルボッコ出来る余地を考えて、上空150メートルぐらいに闇の盾を出すつもりです。
ですが、盾を出すのが早過ぎれば、避けられる可能性もあるのでタイミングが重要です。
そうしている間にも、グリフォンは降下を続けて、接近と共にその大きさが露になってきました。
「みんな、準備して!」
『了解ですぞ!』
「いくよ、闇の盾!」
急降下するグリフォンの目前に、避けられない大きさの闇の盾を展開しました。
ここから勝利の方程式が幕を上げると思った瞬間でした。
バキ――――ン!
闇の盾は粉々に砕け散り、ダメージの欠片も感じさせないグリフォンは、スピードを落とさずに急降下を続けてきます。
「えっ……嘘っ……」
『ケント様、守備隊が狙われています!』
「えっ、えっ……」
ヴォルザードの街には詠唱の声が響き、一斉に攻撃魔法が放たれましたが、錐揉み状にグリフォンが旋回すると、命中する前に軌道を逸らされてしまいました。
続いて弓兵が一斉掃射を行いましたが、やはり軌道を逸らされて、一本もグリフォンに届きません。
グリフォンは、塔から10メートルほど離れた建物の屋上に配置された守備隊を狙っていたのですが、まるで僕に向かって迫ってくるかのようです。
「ラインハルト! バステン!」
『承知!』
ラインハルトとバステンが、遠距離攻撃を仕掛けましたが、グリフォンは羽ばたいただけで攻撃を弾いてみせました。
「ザーエ! 槍を!」
『おぅ!』
逃げ惑う冒険者に掴み掛かる直前に、五本の投槍が殺到しましたが、グリフォンは身体を包み込むように羽を広げながらも、降下を止めませんでした。
「くそ、食らえ!」
慌てて光属性の攻撃魔法を撃ちましたが、動きが速くて急所には当たっていないようです。
「ぎゃぁぁぁぁ!」「あがぁぁぁぁ!」
凄まじい絶叫が響き渡った次の瞬間、グリフォンは強靭な後肢で建物を蹴り付け、一気に上空に向けて飛翔しました。
その両前脚には、一人ずつ冒険者と守備隊員が握り締められていて、深く爪が食い込んだ身体からは鮮血が溢れ、上空からヴォルザードの街に降り注ぎました。
ザーエ達の投槍は、グリフォンの羽を散らしたものの、有効なダメージまでは与えられなかったようです。
「くそっ、くそっ!」
グリフォンは、カタパルトから射出された戦闘機のように、猛スピードで飛び去り。
追撃した光属性の攻撃魔法も、後肢を僅かに傷つけた程度でした。
成す術も無い完敗に、ヴォルザードの街を重たい空気が覆っていきました。
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