第158話 生主の悲劇
ヘルトを目印にして移動した委員長の居場所は、守備隊の診療所でした。
先生達が顔を揃え、小田先生や加藤先生は携帯で連絡を取っているようです。
奥の診察台には人が寝かされていますが、顔には白い布が被せられていて、誰だかわかりません。
委員長とマノン、それにベアトリーチェも来ていました。
何も起こらなければ、四人でご飯を食べて、お昼寝タイムを楽しむ予定でしたが、それも中止でしょう。
もう一人、壁際の椅子に腰を下ろして、魂が抜けたように放心している同級生が居ます、船山の取巻きだった、渡瀬祐希です。
と言う事は、寝かされているのは、いつも一緒に行動していた船山のもう一人の取巻き、田山勝利なのでしょうか。
闇の盾を出して診察室へ出ると、全員の視線が僕に向けられました。
「唯香、何があったの?」
「田山君が……オークの投石じゃないかって……」
「えぇぇ……まさか城壁の外に出たんじゃないよね?」
「ううん、城壁の上でインターネットの中継をやってたみたい」
「ネット中継……?」
田山と渡瀬の二人は、携帯の回線が繋がった事で先に帰還した木沢さんが日本で注目されている事を知り、自分達も目立とうと生配信を思い付いたのだそうです。
異世界からの中継で、一番注目されるのは魔物だと考え、城壁の上からゴブリンなどの映像を流そうとしたらしいのです。
ですが、ただ魔物の映像を流すだけじゃ面白くないと思い、ある事を始めたのだそうです。
「あのね……城壁の上から、魔法でゴブリンを狙い撃ちしてたみたい」
「えぇぇ……守備隊の人から止められなかったのかな?」
「うん、城門からは離れた場所でやっていたから、守備隊の人も気付かなかったらしいの」
田山と渡瀬は、ゴブリンを見つけては交代で魔法を使った攻撃して、どちらが仕留めるのか競争し、それを『リアル魔物狩り』のタイトルで配信していたそうです。
田山が火属性、渡瀬が水属性で魔法の見た目も違いがあり、魔法を使って魔物を倒すという映像は、物凄いアクセス数を記録したそうです。
最初の一頭は、田山がダメージを与えて、渡瀬が仕留めたそうです。
そこで止めておけば、何事も無く終わったのでしょうが、負けた田山が納得せず続行。
死んだゴブリンの血の匂いに誘われて寄って来た二頭目も、やはり田山がダメージを与えた所を渡瀬が仕留めたそうです。
こうなると田山が止めると言うはずもなく、更に寄って来た三頭目のゴブリンでも勝負して、ようやく仕留める事が出来たのだそうです。
渡瀬が構えたスマホに向かって、満面の笑みを浮かべた田山がガッツポーズを繰り返していた時に、悲劇は起こりました。
おどけながらダブルピースしていた田山の左側頭部に、砲丸のような石が直撃。
渡瀬が構えていたスマホのレンズにまで、血飛沫が飛び散ったそうです。
「頭蓋骨が完全に陥没していて、その……中身が出ちゃっている状態で、私では手の施しようが……」
委員長は、田山の酷い有様を思い出したのか、真っ青な顔色をして、両手で自分を抱え込むようにして震えています。
考えるよりも先に歩み寄り、そっと抱きしめました。
「その状態じゃ僕でも無理だよ。唯香は出来る事をしたんだから、責任を感じることはないよ」
「うん、でも、やっぱり辛いよ……」
耳元で囁く委員長の声は、涙で潤んでいました。
『ラインハルト、オークの残党を探させて始末しちゃって。それと、城壁近くにゴブリンの死体が残っていたら、それも森の奥に運んじゃって』
『了解しましたぞ。投石する連中は街にとっては危険ですからな、片付けてしまいましょう』
『うん、お願いね』
委員長の話では、ネットを通して世界中からも注目されている状態で起こった悲劇に、日本は大騒ぎになっているそうです。
そう言えば、梶川さんから借りたスマホは、電源を切ったまま影収納に置きっぱなしでした。
取り出して、電源を入れた途端に着信音が鳴り響きました。
「うわぁ……も、もしもし……」
「やっと繋がった。電源を切っていたら連絡が付かないじゃないですか!」
電話に出た途端、鈴木さんに猛烈な勢いで文句を言われてしまいました。
気持ちは分かりますけど、何かちょっと腹立ちますよね。
「あの……どなたですか?」
「ちょ……鈴木、いえ、由香里です。国分さんですよね」
「そうですけど、いきなり名乗りもせずに文句言うって、どうなんですか……納得いかないです」
「それは、すみませんでした。ですが、電源を切られていては困ります」
「じゃあ、このスマホお返ししますよ。僕だって色々と事情があるので、いつも電話に出られる訳じゃないですから、じゃあ失礼しますね……」
「ちょ、ちょっと待って下さい。こっちは大変な騒ぎになってるんですよ」
「そんな事を言われたって、僕はリーゼンブルグから戻ってきたばかりで、今事情を聞いたばかりなんですからね」
「分かりました。国分さんにも事情があるのは分かりましたから、出来る限りで結構ですので、早く日本に戻ってくれませんか?」
「はぁ……分かりました。でも、今すぐは無理ですよ」
「はい、では、お待ちしてますので……」
日本に居る頃も、スマホは買い与えられていましたが、たまに父から短い電話が掛かってくるだけでした。
日本どころか、異世界に居るのに面倒な電話が掛かって来るのかと思うと、突き返したくなってしまいました。
「健人、日本に戻るの?」
「戻らないと駄目だろうし、田山を運んでやらないと……」
「そうだよね。渡瀬君は、どうする……?」
「どうするって言われても、日本に戻すには属性の奪取をしないと駄目だし、水属性はまだ奪取していない属性だから、やったら日本との行き来が難しくなっちゃうよ」
「そうだよね……」
僕らが2メートルほど離れた場所で話していても、渡瀬は視線を宙に彷徨わせ、口を半開きにしたまま微動だにしていません。
「ここに来た時は、泣き喚いて大変だったけど、プツっと糸が切れたみたいになっちゃって……」
「他の同級生とかは、どうしてる?」
「働きに行った人達には、知らせが届いていないと思うけど、残っていた人達は動揺してるよ」
委員長と話している所に、小田先生が声を掛けてきました。
「国分、ちょっと良いか?」
「はい、大丈夫です」
「この前頼んだ事だけど、今出来るか?」
「この前って……うっ、忘れてた……」
「お前なぁ……まぁ、気持ちは分からんでもないが、で、どうなんだ?」
「そうですね……この状況ですもんね」
忘れていました、いや脳が記憶するのを拒否していたのかもしれません。
小田先生からは、自分か加藤先生のどちらかを日本に帰還させて欲しいと頼まれていました。
塩田外務副大臣のヴォルザード訪問を優先した時点で、頭からスポーンと抜け落ちた気がします。
「それで、私と加藤先生、どちらにする?」
「えっと……それじゃあ、小田先生で……」
「分かった、それでは場所は訓練場で良いな?」
「ちょっと待って下さい。田山も運んでやらないといけないので……先に済ませてから先生を帰還させる順番にしてもらえませんか?」
「そうか……そうだな。ならば少し待て、日本に連絡して受け入れを……」
「それなら、僕が連絡します」
「そうか、そうしてもらう方がいいか」
鈴木さんに連絡を入れるのは、ちょっと気まずいので、梶川さんに電話を掛けました。
「国分君かい、どうかな、戻って来られそうかな?」
「それなんですけど、そちらでも田山が死亡した事は伝わっているんですよね?」
「勿論、だから国分君に一度戻ってもらいたいのだけど……」
「僕が戻る時に、田山を一緒に連れて戻りたいのですが、受け入れの態勢を整えていただけますか?」
「それならば、もう準備は出来ているよ。帰還者を受け入れる医務室を見せたよね? あちらに運んでもらえるかな?」
「分かりました。これからでも大丈夫ですか?」
「あぁ、構わないよ」
「では、後程……」
通話を切って視線を向けると、小田先生は分かったと言うように頷きました。
「じゃあ、先に田山を日本に帰して来ますね」
「それが終わったら、私を帰還させてくれ。日本での対応は、全部私がやるから」
田山の遺体は、担架に載せられた状態だったので、そのまま運ぶ事にしました。
『ラインハルト、手を貸してくれるかな?』
『お安い御用ですぞ』
闇の盾を出して、みんなに見送られながら日本を目指しました。
田山を運んで行く時も、渡瀬は放心状態のままで、今後が心配です。
自衛隊の駐屯地には、須藤さんと森田さんが待っていました。
「国分君、ご苦労様、こちらにお願い出来るかな?」
「はい……」
帰還者の健康状態をチェックするために用意された部屋ですが、最初に使う事になったのは物言わぬ田山でした。
「遺体の損傷は酷いのかな?」
「僕は見ていないので、何とも言えませんが、脳の一部が出てしまっている状態だと聞きました」
「国分君は、事故が起こった当時はヴォルザードには居なかったのかい?」
「はい、リーゼンブルグに行っていましたので、配信の映像も見ていません」
「そうか……折角、異世界との電話回線が繋がったというのに、こんな事が起こる原因となってしまって残念だよ」
「あの、須藤さん、こちらの状況はどうなっていますか?」
「一言で言うならば、大炎上状態だね」
田山と渡瀬の行動を軽率だと叩く意見がネット上に溢れると、人が死んでいるのに酷い言い方だという意見が増え、その対立がネット上に溢れ返っているそうです。
中には、ただ自然な状態で生きているゴブリンを、遊び半分で殺すなんて可哀相だ……といった意見もあるそうです。
食い殺されそうになった僕からすれば、何を馬鹿な事を言ってるんだって思っちゃいますよ。
自分達の価値観を異世界に押し付けるなという意見も多く見られ、ここでも対立が生まれているそうです。
「日本だけに留まらず、世界規模で議論と言うか非難の応酬が続いていて、沈静化するまでには暫く時間が掛かりそうだよ」
「そうですか……あの、田山のご家族は?」
「もうマスコミが押し掛けていて、家から出られる状態ではないね」
「では、田山の遺体はどうなるんですか?」
「ご親戚の方が見えられて、そのまま葬祭場へと運ぶ段取りになっている。ご自宅は、賃貸アパートなので、棺を入れる場所も無いらしいんだ」
例え棺を受け入れるスペースがあったとしても、マスコミが殺到している中で、棺を家に入れるのは難しいのでしょう。
「では、田山の遺体は、お願いしても構いませんか?」
「あぁ、ここから先は、私達の仕事だからね」
「それと、事情を説明出来るように、先生を一人帰還させる予定です。こちらに連れて来ても大丈夫ですか?」
「構わんが、今の状況ではマスコミたちの餌食になるために、戻って来るようなものだぞ」
「勿論、それは十分承知していると思います」
「それならば構わんが、その、国分君の覚悟は決まったのかな?」
「はぁ……そこは、あんまり突っ込まないで欲しかったです」
そのままヴォルザードに戻ろうかと思ったのですが、梶川さんが手で合図を送ってきていました。
隣に居る鈴木さんは、思いっきり仏頂面してますね。
それと、見慣れない男性が、僕に鋭い視線を向けています。
身長は180センチぐらいあるでしょうか、バリっとしたスーツに身を包み、エリート&イケメンのダブルオーラが押し寄せてくるようです。
「国分君、ヴォルザードに戻るならば、彼を一緒に連れていってほしいんだ」
「はい、それは構いませんが、どちら様ですか?」
「彼は、生徒さんのカウンセリングを担当してくれる高城啓一郎さんだよ」
「あれ、カウンセラーさんは週明け、明日になるって聞いてましたけど……」
「今回の事態を受けて、派遣を前倒ししてもらったんだ」
「そうなんですか、初めまして国分です」
「高城だ。ふーん、君がねぇ……」
身長差があるので当然と言えば当然なのですが、思いっきり見下されているようで、なんだか感じが悪い人ですねぇ。
長期の滞在を考えているらしく、大きなキャリーケースを携えている高城さんと、ヴォルザードに移動する準備を始めようとしたら、今度は外務省の寺本さんから声を掛けられました。
「国分君、昨日は塩田副大臣の案内、どうもありがとう。副大臣からもよろしく伝えてほしいと言付かっているよ」
「はい、円満に会談が済んで何よりです」
「それで、外務省からもヴォルザードに常駐職員を向かわせる事になって、今人選を進めているので、明日か明後日には準備が出来ると思う。先生方にも連絡はしておくけど、受け入れの体制を整えるのに力を貸してもらいたい」
「分かりました。同級生達が暮らしている守備隊の臨時宿舎には、まだ空きがあるはずなので、そちらに入っていただく感じで良いでしょうか?」
「あぁ、それで構わないよ。忙しいのに面倒な事を頼んで申し訳ないね。その分、こちらからの支援は充実させていくつもりだから」
「はい、よろしくお願いいたします」
寺本さんと打ち合わせをしている間中、高城さんは腕組みをして僕を見下ろしていました。
「ふーん……ちゃんとした言葉使いは出来るんだね」
「どういう意味ですか?」
「いや、別に……貰った力で調子に乗ってるだけの馬鹿ではないらしいと、褒めてるだけだよ」
褒めているなどと口にしていますが、高城さんの言葉には馬鹿にするような響きが混じっているように感じます。
「用意が宜しければ、ヴォルザードに向かいますが……」
「僕の準備はとっくに終わっているよ。待ちくたびれているぐらいさ、誰かさんが連絡も寄越さないからね」
「そうですか、それはそれは失礼いたしましたね。僕も忙しい身なものでして」
「女の尻ばかり追い掛け回していないで、友人を日本に戻す事に専念したらどうかね」
「なっ……何も知らない人に、そんな事を言われる筋合いはありませんよ!」
「他の人より少々違った魔法が使えるぐらいで、いい気になってハーレムなどと……」
「高城さん、国分君も貴方がカウンセリングする対象である事を忘れないでいただけますかね?」
割って入った梶川さんに、高城さんは肩をすくめてみせた後で、軽く頭を下げました。
「これは失礼。僕とした事が、つい仕事を忘れてしまいました」
「貴方が国分君にどのような感情を持っているにしても、彼は一連の騒動を解決するには不可欠な人材である事を忘れないでいただきたい」
「なるほど……善処いたしましょう」
「国分君も良いかな? 高城さんについては、先生方に任せてくれて構わないから」
「分かりました……」
相変わらず見下すような、嘲るような視線を向けてくる高城さんに魔力の付与を行い、肩に掴まらせてヴォルザードへ向かいました。
闇の盾をくぐって診察室に出た途端、聞こえて来たのは渡瀬の叫び声でした。
「田山ぁぁぁ、田山ぁぁぁぁぁ!」
「落ち着け、渡瀬! 田山は日本に戻った! もう居ないんだ!」
「田山ぁぁぁ! うあぁぁぁ。田山ぁぁぁぁぁ!」
加藤先生と中川先生の二人かかりで床に押さえ込もうとしていますが、渡瀬は手足を猛烈にバタつかせながら泣き喚いています。
佐藤先生や千崎先生、委員長たちは、どうして良いのか分からずに、ただ見守っているだけです。
渡瀬の錯乱ぶりに腰が引けてしまった僕の横を、スッと高城さんが通り抜けていきました。
「田山ぁぁぁ! 田山ぁぁぁぁぁ!」
「渡瀬! 落ち着け……」
「いいぞ、叫べ! お前の思いを伝えてやれ!」
突然割って入った高城さんの大声に、渡瀬も加藤先生も驚いたように振り向きました。
「何だね君は……」
「そんな話は後だ! どうした、伝えたい思いがあるんだろう。遠慮するな、吐き出せ! お前の胸の中にあるものを全て吐き出せ! 伝えろ!」
高城さんは、渡瀬に熱く訴えかけた後で、天井を指差しました。
呆気に取られていた渡瀬でしたが、高城さんが指差す先へと視線を向けると、絞り出すように言葉を紡ぎました。
「た、田山ぁ……どうして死んじまったんだよ。船山も、お前も死んじまったら俺一人になっちまうじゃねぇかよ……田山ぁ、田山ぁ、戻って来いよぉ……また一緒に馬鹿やって騒ごうぜ。田山、田山、田や……うぅぅあぁぁぁ……」
言葉に詰まった渡瀬は、胎児のように身体を丸めて嗚咽を洩らし始めました。
高城さんは、渡瀬の横に跪き、肩に手を添えただけで、それ以上言葉は掛けようとしませんでした。
「貴方は、一体……」
「カウンセラーとして派遣されました高城啓一郎です。よろしくお願いします」
「体育教師の加藤です。助かりました」
「こんな状況に置かれた時には、気が済むまで泣いて喚けば良いのですよ。無理に押さえ込んでしまっては心が壊れてしまいます」
「そういうものですか……」
渡瀬は、だいぶ落ち着きを取り戻したのか、それとも泣き喚き疲れたのか、丸くなったままで小さく嗚咽を洩らしています。
「彼には私が付いていましょう。すみませんが、荷物をお願いしても宜しいでしょうか?」
「分かりました。私が責任もってお預かりしておきます。中川先生、高城さんのフォローをお願いしても構いませんか?」
「大丈夫ですよ。任せて下さい」
「私は、高城さんの部屋を準備しておきますから……国分、お前は訓練場の方へ行くんじゃなかったのか?」
「あっ、そうでした。今行きます」
出来る事ならば、一分でも、一秒でも先延ばししたいのですが、どうやら今回は逃げられそうにもありません。
重たい気分を抱えたまま、小田先生が待つ訓練場へと足を向けました。
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