第155話 異世界案内人

 日本の外務副大臣を迎えに行く前に、秘書を務めてくれる事になったベアトリーチェに今日の予定を報告しておく事にしました。

 ベアトリーチェの側には、ホルトがマーカー役、兼護衛として付いていています。


「おはよう、ホルト」

「おはようございます、ご主人様」


 マルト達よりも、精悍な顔付きのホルトですが、尻尾をブンブン振っている姿は可愛らしいですよね。


「ベアトリーチェは、クラウスさんの執務室かな」

「はい、お屋敷から一緒にいらっしゃいました」

「うん、このまま護衛を続けてね」

「分かりました、ご主人様」


 頭から背中をたっぷり撫でてあげると、ホルトは目を細めて更に尻尾をブンブンしています。

 執務室に直接入るのは、さすがに失礼かと思い、一旦廊下へでてドアをノックしました。


「誰だ!」

「おはようございます、ケントです」

「開いてるぞ、入って来い」

「はい、失礼しま……おっと……」

「おはようございます、ケント様」

「おはよう、リーチェ、でも急にドアを開けるから驚いたよ」

「だって、待ちきれなかったから……」


 ドアを開けると同時にハグしてきたベアトリーチェは、僕の肩に頭を預けて来ます。

 あぁ、垂れ耳が頬にあたって……ハムってしちゃ駄目ですかねぇ……。


「んんっ! んんんっ! さっさと入ってドアを閉めろ! たくっ……」


 あぁ、そうでした、クラウスさんが居たんですねぇ……忘れそうでした。


「ったく……週明けの朝っぱらからベタベタしてんな。学校に戻すぞ、リーチェ」

「あら、お父様とお母様の朝の挨拶よりは、ぜんぜんあっさりしたものですわ」

「ぐふぅ、な、何言ってんだ、それよりケント、用があるんだろう?」


 急に話題を逸らそうするなんて、マリアンヌさんとの朝の挨拶の様子を根掘り葉掘り聞いちゃいましょうか。


「これから日本の外務副大臣を迎えに行ってきますので、リーチェに知らせておこうと思いまして立ち寄りました」

「到着は昼ぐらいだな?」

「はい、そのぐらいの時間を予定しています」

「確か、時差があるんだったな」

「はい、こちらの世界の方が、一日の時間が少し短いようで、今は二時間ほどの時差があります」

「それならば、迎賓館で少し休んでもらって、顔合わせの後に昼食で構わないな」

「はい、結構です」

「迎え入れる準備は出来ているから心配するな」

「ありがとうございます」


 親馬鹿オヤジの時には頼りになりませんが、領主モードの時には頼りになります。

 ですがクラウスさんは、引き締めていた表情をニヤっと崩して言い放ちました。


「だが、円満な対談になるかどうかは、分からねぇぞ……」

「えっ、どういう意味ですか?」

「どういう意味もなにも、そのままの意味だ。何でもかんでも言いなりになるつもりは無いからな」

「それって……」

「ケント、お前の立ち位置は何処だ? しっかり腹をくくっておけよ」

「は、はい……」

「それと、マスター・レーゼも会談には同席する。資源開発云々の話は、ヴォルザードだけで決められる話じゃないからな」

「分かりまし……」

「どうした、ケント。マスター・レーゼが同席するのは拙いのか?」


 レーゼさんも同席すると聞いて、思わず考え込んでしまった僕に、何事かとクラウスさんが声を掛けてきます。


「いえ、本部ギルドのマスターであるレーゼさんが同席してくれること自体は、むしろ歓迎なんですが、レーゼさんって、あれ以外のデザインの服ってもってるんでしょうか?」

「はははは……なるほど、言われてみれば確かに、あの服は刺激が強すぎるな」

「えぇ、外務副大臣がどんな方なのか知らないけど、目のやり場に困るかと……」


 レーゼさんが身に着けていた、露出度の高い踊り子風の衣装では、外務副大臣は対処に困るような気がします。


「さぁな、レーゼの衣装箱の中身までは知らんから、どんな格好してくるかは分からんが、異文化交流だとでも言っておけばいいだろう。目の保養だ、目の保養」

「ですねぇ……」


 思わずクラウスさんと視線を交わして、ニヤっと笑った瞬間に、鋭い声が飛んできました。


「ケント様! お父様! 不謹慎です!」

「ひゃい、ごめんなさい……」

「じょ、冗談に決まってるだろう、リーチェ。大体、二百五十歳を超えた婆さんだぞ」


 長命なダークエルフのレーゼさんは、すでに二百五十歳を超えているそうですが、顔付きも肉体も、二十代ぐらいにしか見えません。


「ケント様! 何を考えていらっしゃるんですか?」

「い、いえ、そろそろ出掛けないといけませんし……むぎぃ……」


 ベアトリーチェに正面から両方の頬っぺたを抓まれて引っ張られちゃってます。


「そのように、ニヤけた顔で行かれては困ります。ケント様は、ヴォルザードを代表する方でもあるのですからね」

「ふぁい……わふぁりまふぃた……」

「ケント様……ニヤけない」

「ふぁい……ふみまふぇん……」

「ニホンに愛人なんか作ったら、許しませんからね」

「ふぁかふぇまふ……」

「おいケント、お前、目障りだから、さっさと行け!」


 おぅ、クラウスさんの目がマジですね。

 ベアトリーチェとのイチャイチャは楽しいのですが、そろそろ出掛ける事にしましょうか。


「じゃ、行って来るね、リーチェ」

「はい、行ってらっしゃいませ……あ・な・た、チュ」


 やっべぇ、出掛けるのキャンセルしちゃ駄目ですかねぇ……ベアトリーチェが可愛すぎて辛いです。


「さっさと……行け!」


 はいはい、駄目ですよね。行ってくればいいんでしょ、行ってくれば……。


「はい、すみません、行って来ます……お義父さん」

「手前ぇ……ケント!」


 握っていたペンを投げつけて来そうなクラウスさんから逃げて、影に潜って移動しました。

 移動した練馬駐屯地の捜査本部には、いつもよりも多くの人が詰め掛けていて、その中には梶川さんの姿もありました。


 梶川さんの近くには、机に向かっている鈴木さんの姿もあり、その辺りだけ少し人の密度が低い気がします。

 丁度良いので、ここに闇の盾を出して表にでましょう。


「おはようございます、梶川さん、鈴木さん」

「おう、おはよう国分君、今日はよろしく頼むね」

「おはようございます、国分さん、私のことは由香里君と呼んでいただいて結構ですよ」

「はっ……?」


 鈴木さんは、右手でメガネのフレームをクイっとあげなから、ニコリともせずに言い放ちました。


「あぁ、ごめんなさい、突然だったので冗談だと分からなくて」

「勿論、冗談ではございませんよ」

「はっ……?」


 真顔で返事をされてしまって、どう反応したら良いのか判らず、思わず顔を見詰めてしまったら、鈴木さんは表情こそ崩さないものの、薄っすらと頬を染めました。

 うーん……なんだか扱いに困る人ですよねぇ……。


「国分君、あちらの受け入れは大丈夫なのかな?」

「はい、こちらからはヴォルザードの迎賓館前に移動するように言われております。少し休憩していただいた後で、顔合わせ。その後に昼食という予定だそうです」

「こちらからは、書記官と護衛のSPが5名同行するから、合計で7名だけど移動は大丈夫?」

「正直、それだけの人数を一度に移動させた事が無いので、絶対とは言い切れませんが、おそらくは大丈夫だと思います」

「通訳はどうかな?」

「そちらは、先生に頼んでありますので大丈夫だと思いますし、最悪僕がやれば平気かと……」

「分かった、それじゃあ問題は無いね」

「はい、移動に関しては問題無いと思いますが、一ついいですか?」

「何かな、不安なことがあれば、今のうちに話しておいてくれ」

「実は、通信用のゴーレムが出来たので、外務副大臣をお連れする前に設置しようかと思いまして」


 梶川さんに、通信用のモアイ型ゴーレムの話をすると、すぐに設置するように頼まれました。


「凄いよ国分君、異世界との通信が可能になれば、ヴォルザードに残っている皆のストレスも大幅に軽減出来ると思うよ」

「はい、すぐに帰れなくても、元気な声を聞かせたり、テレビ電話で姿を見せられれば、ホームシックの改善になりますよね」

「でも、常時開きっぱなしの闇の盾が設置できるならば、ケーブルを通して、あちら側に基地局を作った方が良いかもしれないよ」

「それなんですが……やって出来ない事も無さそうなんですが、万が一闇の盾が消えたときが問題でして……これ、ただの木の枝なんですけど、見てて下さいね」


 説明用に準備しておいた太さ5センチほどの木の枝を、闇の盾に突っ込んだ状態で盾を消すと、枝葉はスッパリと切断されました。


「えっ……どういう事?」

「僕も詳しい原理とかは良く分からないのですが、次元切断とか、空間切断……みたいな感じなんでしょうか。とにかく、スッパリと切れてしまうんですよ」

「じゃあさ、ビルとかを横切るように、その闇の盾を出してしまうとスッパリ切れちゃうの?」

「いえ、硬い物に割り込む形で闇の盾は出せないんです。空気とか、水とか、せいぜい土までが限界みたいで、木ぐらいの固さだと少し食い込む程度がやっとです」

「そうか……これじゃあ危なくてケーブルを通す訳にはいかないね」

「はい、それと、もう一つ問題がありまして、人とか生き物は通れないんですが、さっき見せた通り、物は通過できちゃうんですよ。極端な話、爆発物とか放り込む事も出来ちゃうんで、設置する場所をどうしたら良いか……」


 爆発物は極端だとしても、ゴミとかホコリ、雨なんかも吹き込んでしまいますし、鳥の糞とかも勘弁してもらいたいですよね。


「その盾の場所は、後から変更する事は可能かな?」

「はい、それは大丈夫です」

「分かった、外務副大臣の一行がヴォルザードに行く前に設置してもらいたいから……ちょっと相談してくるから待っていて」


 梶川さんは、自衛隊の方に声を掛けて、一緒に部屋を出て行きました。


「そう言えば、鈴木さん……」

「由香里……」

「はっ……?」

「由香里君って呼んでいいわよ……」

「……」


 鈴木さんは、澄ました表情で腕を組んでいるのですが、どうして目線を合わせて来ないんでしょうね。


「えっと……木沢さんは、その後、何もやらかしてませんかね?」

「……別に、相変わらずね」

「そうですか……」

「ええ……」


 会話が続かねぇぇぇ……何なの、この人? 僕の秘書を務めてくれるんだよねぇ。

 てか、自衛隊の方が、さっきからチラ見してますけど、その姿勢は続けるんですか?


「え、えっと……外務副大臣って、どんな人なんですか?」

「塩田外務副大臣は、元々は、ここに勤務していた方よ」

「えっ、自衛隊にいらした方なんですか?」

「そうよ、国連の平和維持活動で、中東の国へ行って部隊を率いていたからニュースで見た事があるんじゃない?」

「うーん……ニュースとか見てなかったんで……」

「ニュース以外でも新聞とか雑誌にも載っていたし、練馬区に住んでいたなら知っていてもおかしくないんだけど……」

「うーん……それって、いつぐらいの話ですか?」

「えっと、確か……」


 鈴木さんは、記憶を手繰るように少し考えた後で、不意に僕の顔を見詰めてきました。

 うん、何でしょうね。さっきまでは目を合わせようとしなかったのに。


「とにかく、そういう経歴の人よ」

「えっ、海外派遣の話は……」

「そういう事があったって覚えていれば良いわ」

「はぁ……」


 再び鈴木さんが目線を逸らして、ちょっと不機嫌そうにも見えます。

何でしょうね。本当に良く分からない謎キャラですね。

 そこに相談を終えた梶川さんが戻って来ました。


「国分君、ちょっと良いかな。場所を見てもらいたいんだけど……」

「はい、構いませんよ」


 梶川さんに案内されて向かった先は、給水塔でした。

 白い丸い柱状の塔の上部に、柱を太くしたような円形の部分が載っていて、その下が庇のようになっています。


「あの影だったら、そんなに物とか飛んで来ないだろう。向こうに基地局があるから、そっちの方向に向けて設置してくれるかな?」

「分かりました」

「あぁ、ちょっと待って。大きさって、どのぐらいになる?」

「前回は50センチ四方ぐらいにしたので、今回も同じぐらいで始めて、後で調整しようかと思ってるんですが」

「あぁ、オーケー、それでやってくれる」

「じゃあ、ちょっと影の中からやりますので、行って来ますね」


 ヴォルザードの側は、町で一番高い物見櫓の上に設置済みで、こちらを設置すれば電波が通る予定です。

 影の世界から、通信用のゴーレムに指令を出して、給水塔の影に闇の盾を設置しました。

 確認のために、一旦ヴォルザードに戻ってみましたが、無事に電波が届いているのを確認出来ました。

 また臨時宿舎が大騒ぎになってるかもしれませんが、気にしない気にしない。

 確認を終えて、給水塔の下で梶川さんと合流しました。


「ヴォルザードで確認してきましたが、無事に開通しましたよ」

「ありがとう。これで副大臣がヴォルザードに居ても連絡が出来るよ」

「副大臣って、元自衛隊の方なんですよね。中東の方にも行ったとか」

「へえ、良く知ってるね。結構話題になった方だけど、十四、五年ぐらい前の話だから、国分君が生まれた頃じゃない?」

「ええ、今さっき、鈴木さんから聞いたんです」


 なるほど、僕が生まれたばかりの頃の出来事を、鈴木さんはシッカリと覚えているぐらいの年齢という訳ですね。

 その頃、中学生だったとして、ふむふむ、今は晩婚な時代だそうですから、大丈夫ですよ、鈴木さん。


 でも、この話はしない方がいいよね。女性に年齢の話は禁句だと聞いています。

 梶川さんと一緒に捜査本部へと戻りました。

 と言うか、もう捜査本部って感じじゃないんだけどね。


「鈴木君、国分君に副大臣の話をしたんだって?」

「ええ、どんな方なのかと質問されましたので……」

「副大臣が中東に行ったのって、僕が高校生の頃だったかなぁ……鈴木さんは、中学生ぐらいだった?」


 うわぁ……梶川さん、正面から地雷を踏みに行くなんて、勇者なんだか愚者なんだか……。

 鈴木さんは、ギロっと音がするんじゃないかと思うような勢いで梶川さんを睨み付けると、低い声で答えました。


「随分と前の話なので……忘れました」

「そ、そう……そうだよねぇ、はは、ははは……そろそろ副大臣、到着するかなぁ……」


 うん、どうやら勇者ではなかったようです。


「そう言えば、梶川さん。同級生の中には、スマホとか携帯とか持っていなかった人もいますし、リーゼンブルグに取り上げられている間に壊れてしまった人もいたみたいで……全員に行き渡るようにレンタルみたいな形とか出来ませんかね?」

「あぁ、そうなの? そうか、そうか、通話が出来るようになったから、そこは改善してあげたいねぇ。よし、ちょっと必要な人数とかを調べて教えてよ。僕が手配するからさ」

「国分さん、そうした話は、秘書である私を通していただけませんか? でないと私が居る意味がありませんから。梶川さんもよろしいですよね」

「は、はい、分かりました」

「そ、そうだね、国分君、次からは鈴木君を通してくれるかな」


 まったく、梶川さんのせいで、とんだとばっちりですよ。


「副大臣、到着されました!」

「よし、国分君、行こうか?」

「はい」


 自衛隊の方の知らせを聞いて、梶川さん、鈴木さんと一緒に移動します。

 塩田外務副大臣は、応接室で僕らを待っていました。


「やぁ、君が国分君だね。外務副大臣の塩田です。」

「国分健人です。初めまして」


 副大臣と聞いていたので、いかにも政治家という感じの人を想像していたのですが、待っていたのは口髭を生やしたダンディーなおじさんでした。

 うん、何となくクラウスさんと同じような空気を感じるのですが、気のせいでしょうかね。


「今日は、我々一行の移動の補助と案内してもらう事になります。よろしくお願いするね」

「はい、こちらこそ、よろしくお願いします」

「一応、異世界への移動に関して説明は受けて来たのだけど、君の魔力を分けてもらって、異空間を抜けて、異世界まで一気に移動する……これで間違いないかな?」

「はい、大体合ってます。と言うか、僕自身、魔術を使えるようになって、まだ三ヶ月少々ですし、詳細まで完全に理解出来ている訳ではありません。魔力を付与するのに、傷口を合わせる必要があるのですが、大丈夫ですか?」

「あぁ、その話も聞いているよ。勿論リスクは承知の上だ」


 塩田副大臣が頷いたところで、梶川さんが話し掛けました。


「副大臣、内閣官房の梶川です。少しよろしいでしょうか?」

「あぁ、構わないよ。何かな?」

「はい、つい先程なのですが、国分君のおかげで日本と異世界ヴォルザードの間で携帯電話の電波が通じるようになりました」

「ほう、それは先日と同様な方法なのかね?」

「いえ、今回は、国分君が作ったゴーレムが行っているそうなので、そのゴーレムが壊れない限りは通信し続けられるそうです」

「それは……向こうに残っている生徒さんや、日本で待つ親御さんにとっては朗報だ。先日のような悲劇が起こらないように、日本政府としても支援を増やしていかないといけないね」

「はい、本日中には現地に派遣するカウンセラーも決まる予定です」

「分かった、引き続き、そちらの手配をよろしく頼むよ。では、そろそろ出掛けるとしようか」


 自衛隊の医務室の方が、消毒などの補助をしてくれて、無事に外務副大臣一行への魔力の付与は完了しました。


「では、これからヴォルザードへと向かいます。影の空間は真っ暗闇なので、用意したロープをしっかりと握って下さい。では行きます」


 大きめの闇の盾を出して、ロープの端を握り、外務副大臣一行をヴォルザードへと案内しました。

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