第146話 忠誠とは……

 どれぐらいの時間、眠っていたのでしょうか。ぼんやりとした意識の中で、どうやらベッドに寝かされていると感じましたが、目を開けるのも億劫です。

 右側のモフモフは……ミルトですね。僕ぐらいのモフリストになると、目を閉じていても、モフり具合でわかっちゃうんですよねぇ……。


 そして、足元にいるのがムルトです。 もう、足でも分かってしまうのですよ。

 そして、左側の柔らかいものは……って、何これ? 柔らかい?


「んぅ……魔王様ぁ……」


 冷や汗が、ドッと噴き出してきました。

 慌てて手を引っ込めようとしたのに、ガッチリ捕まえられてしまいました。


「カ……ミ……ラ……?」

「あぁ、魔王様……」


 カミラの切なげな吐息が、僕の頬をくすぐります。


「うっ……カミラ、すんごい酒臭いから、ちょっと離れてくれる?」

「あぅぅ……申し訳ございません……」


 カミラは、抱え込んでいた僕の手を解放すると、しゅんとした様子で少し距離を取りました。

 と言っても、同じベッドの同じ布団の中ですから、離れたと言っても50センチも離れてません。


 一瞬ドキっとしましたが、幸い服は着ているようです。


「えっと……ミルト、どうしてこうなったの?」

「ご主人様が倒れたって、シーリアって人が知らせて、カミラが抱っこして運んで来て、一緒にねんねしてたの」


 シーリアが知らせて来た時、カミラはかなり酔っぱらった状態だったそうですが、身体強化の魔法まで使って、僕を抱えて運んで来たそうです。


「それで……一緒に寝てただけだよね?」

「違うよ」

「えぇぇぇ……まさか、意識がない状態で……」

「うちらと一緒にペロペロしたんだよ」

「ペ、ペロペロ……?」


 僕が首を傾げると、ミルトがペロペロと顔を舐め回し、続いてムルト、更にはカミラを飛び越えてマルトがペロペロしに来ました。

 ちょっとザリザリした感じで、顔の皮がピーリングされちゃってるような気がします。


 そして、順番に舐め終わった三匹は、さぁどうぞと言わんばかりの視線をカミラに向けました。


「で、では、失礼して……」

「カミラは、酒臭いから駄目! てか、一緒にペロペロしたって言ってたけど……目を背けない!」

「うぅ……魔王様ぁ……」

「可愛い顔しても、駄目! もう、一国の王女が何しちゃってるの」

「か、可愛い……私、可愛いですか?」

「いや、問題はそこじゃないからね。まだ酔っ払ってるんじゃないの?」


 まだアルコールが抜け切っていないのか、普段とは違ってフニャフニャしていて、けしからんです。


「もう、ラインハルト、居るんでしょ。ちゃんとしてくれなきゃ困るよ」

『ぶははは、ちゃんとして下さらないと困るのは、ケント様の方ですぞ』


 ラインハルトは、高笑いをしながらベッドの足元の方向へ、ヌルリと姿を表しました。


「ちょっとさぁ、冗談言ってる場合じゃないんだけど」

『勿論、冗談なんかじゃありませぬ。ケント様のカミラ嬢の扱いは酷過ぎますぞ』

「えっ……カミラの扱い?」


 豪快な笑い声からは一変して、いつになく真面目なラインハルトの口調に、ギクっとさせられました。


『ケント様は、カミラ嬢の忠誠を受け取ったのではなかったのですか?』

「えっと……それは受けたけど、それとこれとは……」

『昨夜のケント様の行動を思い返して下され。まるでノラ犬でも追い払うかのごとく、カミラ嬢を追い出したのは、どこのどなたでしたかな?』

「うっ……僕です」


 確かに、昨夜の態度はやり過ぎたように感じます。


『忠誠を誓うということは、己の身も心も捧げて尽くすと誓う事です。言うなれば、カミラ嬢は我々眷族と同じですぞ。ケント様は、我々に対して、あのような仕打ちをなさった事がありましたかな?』

「それは……無いです……」

『ケント様は、謝罪と賠償を済ませなければ、カミラ嬢の気持ちを受け入れられないと仰るが、忠誠を受け取ったのであれば、カミラ嬢が許されるように尽力なさるのが主としての務めではありませぬか』

「そう、だよね……」


 召喚された頃、僕らを見下しサル扱いしてきたカミラが、僕の前に跪くのが気持ち良くて軽い気持ちで忠誠を誓わせたけど、元騎士のラインハルト達から見れば、そんなに軽く扱ってはいけない行為なんだよね。


 その言葉通りに、カミラは忠誠を尽くしてくれているのに、今度は僕がカミラを見下して酷い扱いをしていました。


 色々と出来る事が増えて、たくさんの人から頼りにされて、領主や皇帝、王族、貴族などとも顔を会わせ、言葉を交わしているうちに、自分も偉いかのように錯覚していました。


 これでは、僕らを召喚した頃のカミラを非難する資格はありませんね。

 カミラにはラインハルトの声は聞えませんが、僕らが真面目な話をしているのには気付いているのでしょう、ジッと僕らを見守っています。


「カミラ……」

「は、はい、何でしょうか?」

「お風呂に入りたいから準備してくれる?」

「はい、畏まりました。あの……ご一緒しても……」

「駄目駄目……そういう事はしないからね」

「むぅ……」

「拗ねても駄目。てか、先に入って酔いを冷ましてきて。お風呂に入り終えたら一緒に朝食にしよう」

「はい!」


 にぱぁっと満面の笑みを浮かべたカミラは、ボールを投げてもらった子犬のような勢いでベッドを飛び出して行きました。

 まったく、僕と一緒に食事するのが、そんなに嬉しいかね。


『ぶははは、ケント様、どうせならば一緒に入ればよろしいのではありませんか』

「いや、流石それは駄目。委員長達とも一緒に入ったことは無いんだからね」

「ご主人様、うちは一緒に入る」

「うちも、うちも」

「うちも洗って!」

「はいはい、みんなは一緒に入るからねぇ」


 マルト達は、尻尾が千切れそうなほどブンブンと振り回し、スリスリ、ペロペロしてきました。

 風呂の支度から一旦戻ってきたカミラが、羨ましそうな顔をしていましたが、酒臭いのは駄目と釘を刺すと、しょんぼりしつつ風呂場へと向かいました。


 カミラの忠誠を受け入れるけど、一線を越えるわけにはいきませんからね。

 てか、そんなことが委員長にバレたら、血の雨が降っちゃいますよ。


 昨夜、フローチェさんの治療の途中で、魔力切れを起こして気を失ってしまったせいで、身体の芯にダルさが残っていました。


 カミラが朝風呂を浴びている間に、自己治癒魔術を使いながら、ベッドの上でストレッチを行うと、倦怠感が抜けていきます。

 うん、マルト達は、めっちゃ身体柔らかいよねぇ。


「魔王様、お先に失礼いたしました。どうぞ、ご入浴下さい」

「うん、ありがとう」


 よく考えてみると、マルト達とも一緒にお風呂に入るのは初めてです。

 脱いだ服を影収納へ放り込み、風呂場に足を踏み入れました。


「じゃあ、みんなシャワーで埃を落としてからね」


 順番にマルト達をシャワーで流し、一緒に湯船に浸かりました。

 カミラの部屋は、司令官のための部屋なので、湯船はあまり大きくありません。

 お湯に浸かって蕩けてるマルト達は凄く可愛いのですが、ちょっと窮屈ですね。


「うーん……将来家を建てるときには、大きな風呂場にしないと駄目だね」

『ぶははは、ケント様、コボルト隊全員が入るには、大きな池のようなサイズでないと無理ですぞ』

「そのためには、いっぱい稼がないとだね」

「わふぅ、うちがいっぱい魔石を取ってくる」

「うちもうちも」

「わぅ、ご主人様、撫でて撫でて」

「はいはい、その前に、順番に洗うからね」


 ノンビリ長湯を楽しみたい気持ちもあるのですが、フローチェさんの具合も気になりますし、マルト達をワシワシ洗って上がりましょう。

 ブルブルっとするマルト達の水飛沫を思いっきり食らい、身体を拭いて影収納から引っ張り出した服に着替えて、リビングへと戻りました。


 頭をタオルで拭きながらリビングに戻ると、カミラ付きのメイドさんが目を見開いて固まっています。


「あ、あ、あの……カミラ様」

「魔王ケント・コクブ様だ。昨夜はこちらにお泊りになられた。ロザリー、魔王様にも朝食の支度を」

「は、はい、畏まりました……」


 ロザリーさんは、顔を赤くしながらチラチラと視線を投げ掛けてきますけど、完全に事に及んだと誤解してますよね。

 はぁ……それ誤解ですって言っても……駄目でしょうねぇ。


「魔王様、こちらのお席に……」

「うん、ありがとう」


 カミラが椅子を引いてくれた暖炉に近い席に腰を下ろしました。

 マルト達は、暖炉の前で毛繕いをしています。


 朝食のメニューは、あぶったベーコンに目玉焼き、チーズ、サラダ、パン、スープといったシンプルなものでしたが、素材は良いものが使われているようでした。

 そりゃ、同席しているのはリーゼンブルグの王女様ですからね。


「カミラ、フローチェさんの具合は?」

「申し訳ございません。今朝はまだ顔を合わせていませんので……」

「うん、いいよ。後で確かめに行くから」


 朝風呂を浴びたおかげで、少し酔いも抜けてきたらしく、カミラは昨夜の醜態を思い出しているのか、ばつの悪い様子です。


「昨夜は、カミラが運んでくれたんだよね」

「は、はい、失礼いたしました……」

「ううん、あのままフローチェさん達の部屋で倒れたままじゃ迷惑だったろうし、運んでもらって助かったよ」

「魔王様……」

「カミラ、これからは、僕もカミラが許されるように動くからね」

「魔王様……ありがとうございます」

「そのためにも、カミラにはリーゼンブルグの全権を掌握してもらいたい」


 日本政府による地下資源の探索に協力し、将来的な掘削権を提供出来れば、日本の世論もカミラやリーゼンブルグに対して軟化する可能性があります。

 調査の拠点となる土地の提供や採掘権で、召喚による被害の賠償も可能でしょう。


 日本政府の計画の一端を伝えると、カミラは信じられないといった表情を浮かべました。


「人が空を飛ぶ魔道具ですか? 空から地中を調べるのですか?」

「まぁ、魔道具ではないけど、人が空を飛ぶ機械だね。仕組みは僕も良く分からないけど、色んな解析装置で地質を調査して、有望な場所を見つけるみたいだよ」


 ヘリコプターや空中からの探査は、カミラの想像の外にある出来事のようです。


「そうした調査を行うのに、国内の状況が不安定では、日本としても人を送り込めないだろうし、おちおち調査も出来ないよね」

「確かに、魔王さまの仰られる通り、リーゼンブルグは国内を安定させる必要があります」

「ヴォルザードには、通訳として働ける同級生達も滞在しているから、間違いなく調査の拠点が置かれる事になると思う。距離的に考えれば、リーゼンブルグの一部も調査可能な範囲になるけど、早く国としての意志を決定しないと、バルシャニアにも遅れを取ることになるかもしれないよ」

「そんな、魔王様は、この話をバルシャニアにも持ち掛けるつもりなのですか?」

「調査の範囲は広い方が良いし、国が安定していないと採掘にまで乗り出せないよね。今のリーゼンブルグとバルシャニアを較べたら、どっちが安定しているかなんて言うまでもないでしょう。だからこそ、リーゼンブルグを安定させないと駄目なんだよ」

「畏まりました。魔王様、この話はグライスナー侯爵に話しても構いませんか?」

「うん、構わないけど、まだ本決まりの話ではないからね。そういう構想がある……程度にしておいて」

「分かりました」


 メイドのロザリーさんが淹れてくれた食後のお茶は、爽やかな香りのするハーブティーでした。

 これって、カミラの二日酔いを考慮してそうだよね。


 でも、カミラと朝食を共にするなんて、召喚されてきた当時からは、とても考えられない光景だよね。


「ところで、フローチェさんとシーリアだけど、本人達の意思を確認してからだけど、ヴォルザードに連れて行っても構わないよね?」

「一応、第四王妃という立場ではありますが、近年は王が訪れる事も無く、母娘二人の日々が続いておりましたので、本人たちが望むのであれば、魔王様にお任せいたしたいと思います」

「じゃあ、食事が終わったら本人達の話を聞いて、ヴォルザードに移住する意思があるならば、今日にでも連れて行くよ」

「畏まりました」


 一応、ヴォルザードまでの道中に問題が無いか、偵察しておいてもらいます。


「ラインハルト、ヴォルザードまでの道が安全か、確かめておいてもらいたいんだけど……」

『お任せ下され、既にコボルト隊を走らせて偵察させておりますぞ』

「ありがとう、分かったら結果を教えて」

『了解ですぞ』


 コボルト隊でも、余程の魔物とぶつからない限りは、圧倒出来るはずだけどね。

 朝食後に訪ねていくと、フローチェさんは顔色も良く、表情も柔らかくなっていました。


「昨日は、大変お世話になりました。おかげさまで、もう何年も味わっていなかった爽快な気分を味わっております」

「それは良かったです。そこで……と言うわけではないのですが、ヴォルザードへの移住についてお聞きしたいのですが……」

「はい、そのお話につきましては、シーリアから聞いております。喜んで、娘と共に参りたいと思っております」

「ヴォルザードに行くとなると、リーゼンブルグとは魔の森で隔てられていますし、簡単に里帰りするのは難しくなると思いますが宜しいのですか?」

「はい。元より王城へと向かう時に二度と故郷には戻るなと、両親からも里の長老たちからも厳しく言われ故郷は捨てたと思っております」


 フローチェさんの表情からは、リーゼンブルグに対する未練のようなものは、微塵も感じられませんでした。


『ケント様、道中には問題はございませんぞ』

『分かった、ツーオを呼んでくれるかな、馬車を引いてヴォルザードまで向かってもらうから』

『心得ましたぞ』


 カミラから、小型の馬車を一台借り受け、ツーオに引いてもらってラストックを出発します。

 途中で、カーメやターラと交代してもらう手筈も整えておいてもらいます。


 僕は一足先にヴォルザードへと戻り、守備隊の方に話を通しておきましょう。

 その後は、自衛隊の練馬駐屯地で鉄を受け取り、バルシャニアとヴォルザードへと配達です。

 今日も忙しい一日になりそうです。

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