第144話 皇女 vs 親馬鹿、兄馬鹿
マルセルさんの店を出た所で鷹山と別れ、先生達に報告を入れるために、守備隊の宿舎まで戻ってきました。
真っ直ぐに報告に行こうかと思っていたのですが、相変わらず腑抜けた顔をした八木が居たので、ちょっと声を掛けてみます。
オークの大量発生があった時に、ギルドの講習に出ていたようですから、あれからどうなったのか、ちょっと興味がありますもんね。
女の子と立ち会いをやって、叩きのめされていたようですしね。
「八木……」
「おーっ、国分、丁度良かったぜ」
「丁度良かったって、何か用?」
「いや、お前の話を先でいいぜ、俺に何か用があるんだろ?」
「いや、ちょっと前にギルドの講習に出るって言ってたから、あれからどうしたかと思ってさ……」
「あぁ、なるほど。うーん……まぁ、出るには出たけど、例のオーク騒動で中断しちまったからな」
「あっ、そうか、ドノバンさんも防衛に回ってたもんね」
折角参加したのに、骨折り損になったためか、八木は残念そうな表情を浮かべています。
「てか、またお前が、何かやらかして撃退したんだろ?」
「やらかしてって言い方は、ちょっとだけど……まぁ、そんな感じ」
「俺らはギルドの酒場に避難してたから、直接見た訳じゃねぇけどよ、何か統率されたオークが攻めて来たとか聞いたぜ」
「うん、ドノバンさんの話だと、上位種が支配して行動させてたみたい」
「かぁ、魔物のクセして作戦立てて攻めてくるとか、超厄介じゃん」
「まぁね。今回はラストックも同時に襲われてたから忙しかったよ」
「何お前、リーゼンブルグまで助けたの? そんな必要ねぇだろう」
ラストックまで救援に行っていたと話すと、八木は露骨に嫌な顔をして見せました。
まぁ、駐屯地での仕打ちや、いきなり実戦に出されて死にかけた事を考えれば、そうした感想を抱くのも当然かもしれません。
「でもさぁ、ラストックには一般の人達も住んでるんだよ。狐獣人の女の子とかも避難して来てたし……」
「何だと! 国分、良くやった。てか、お前、その女の子にも手を出してんじゃねぇだろうな」
「そんな暇、ある訳無いだろう……」
「なら良いだろう。よし、良くやった!」
うん、リーラちゃんが五歳ぐらいの幼女で、お嫁さんになる……なんて言われた事は内緒ですが、八木が勝手に誤解するのは止めませんよ。
「そう言えば、八木も僕に用があるんじゃないの?」
「おう、そうだよ。実はな……ちょっと今後の事を相談出来ねぇかなぁ?」
「今後の相談……?」
「あぁ、国分が日本に戻れるように頑張ってくれてるけど、まだ帰れたのって二人だけだよな?」
「うん、木沢さんと久保さんの二人だけだね」
「ぶっちゃけ、俺ら男は、いつになったら帰れるのか分からないじゃんか」
「まぁ、そうだね……」
と言うか、政府の方針転換で、帰るのは更に先になるかもしれないんだけどね。
「でよぉ、国分は、俺らよりも先にヴォルザードに来て、一人暮らしてるじゃんか」
「まぁ、そうだけど……」
「その経験的なものをさぁ、ちょっと聞きたいんだよ。これまでどんな仕事してきたとか、下宿の様子とか、街の人との関わりとか……」
「なるほど……今から?」
「いや、明後日は安息の曜日じゃんか。俺ら有志の男子で昼飯奢るからよ、ちょっと話を聞かせてくれよ」
「明後日かぁ……まぁいいけど」
「マジ? 悪いなぁ国分、恩に着るよ」
本当は、安息の曜日は、委員長達と一緒に過ごそうかと思っていたのですが、ここまで頼まれて、同級生の今後の事となれば仕方無いですよね。
日本政府が通訳を求めている事も、いずれ話さないと駄目でしょうし、八木達からも色々と聞かれる事になるでしょう。
約束を取り付けられたからか、ホッとしたような八木と別れて、小田先生の部屋へと足を向けました。
タイミングが良いのか悪いのか、丁度、加藤先生が居合わせていて、早速お小言を食らってしまいました。
「国分が忙しいのは十分に分かっているつもりだし、こちらに残って暮らしていくのだから授業の必要性を感じていないのも分かる。だが、今回は関口が亡くなった事についての話もあったのだし、顔を出すように言っておいたはずだぞ」
「すみません、その件は後で伺いますので、先に報告を……」
「どうした、何かあったのか?」
「はい、日本政府が方針を転換しまして、みんなの帰還を少し待って欲しいって言われました」
「何だと! ようやく帰還方法が見付かったというのに、少し待てとはどういう事だ!」
「日本政府は、こちらの世界で資源開発に乗り出すつもりでいます」
「資源開発だと……?」
加藤先生は、小田先生と顔を見合わせた後、僕に続きを促しました。
「関口さんの自殺の件で、森田刑事が事情聴取に来ましたよね。あれで、日本とヴォルザードの往来が可能だと思われたらしくて、技術者を送り込んで資源調査を行いたいみたいです。石油資源とか、レアメタルの鉱床が発見出来れば、一気に日本が資源大国への道を進めると考えているみたいです」
「それじゃあ何か、技術者の送迎に国分が掛かり切りになるから生徒の帰還は後回しにするって事か?」
「いえ、そうではなくて、こちらで本格的に資源開発が始まった時の通訳を頼みたいらしいです」
「通訳か……」
加藤先生は、帰還を中断する理由については理解したようですが、納得した訳ではなさそうです。
「だが国分、今の状況で帰還が先延ばしになるなんて聞いたら、それこそ関口の後を追うような者が出かねないぞ」
加藤先生の話では、食堂で僕に絡んできた関口さんの友人グループが、重度のホームシックに掛かっているそうです。
今日の学年集会でも、早く日本に帰りたいと大声で主張し、また男子達と言い争いになって、何人かが泣き出す始末だったそうです。
「確かに、そんな状況では伝えられませんね。そう言えば、カウンセラーを派遣してくれるそうで、人選を急いでいるそうです」
「そいつは助かるけど、対応が遅くないか?」
「そうは言っても、こっちに来られるって分かったばかりですから仕方無いでしょう」
「あぁ……そうだったな」
加藤先生は、自分の勘違いを認めたものの、苛立たしげな表情を隠せず、かなりストレスが溜まっているようにも見えます。
それを見ていた小田先生が、別の話題を振ってきました。
「国分、ちょっと相談なんだが、携帯が通じるようには出来ないか?」
「はっ? ここからですか? いや、それはちょっと……」
「お前の闇の盾だったか? あれは影の世界に通じてるんだよな?」
「はい、そうですけど……」
「影の世界に、人は入れないが、物は入れるんだよな?」
「あっ……そうか、電波なら通れるのかな?」
「ちょっと試してみてくれ」
「はい、じゃあ……」
小田先生は、自分のスマホの電源を入れて、画面を僕にも見せてくれました。
当然、アンテナは一本も立っていなくて圏外の表示です。
目の前に30センチ四方程度の闇の盾を出して、影の空間と繋げてみましたが、やはり表示は圏外のままです。
そこで、もう一つの盾を影の空間と日本とを繋ぐように出した瞬間でした。
宿舎のあちこちから着信音が鳴り響き、悲鳴のような歓声が上がりました。
小田先生も、加藤先生も急いでスマホを操作して電話を掛け始めました。
「もしもし、私だ……いや、まだヴォルザードだ……」
「俺だ、俺……馬鹿もの、詐欺でも、幽霊でもない、俺だ!」
加藤先生の必死な様子に、吹き出しそうになりましたが、スマホも無いし、掛ける相手もいない事に気付いたら、何となくこの場に居辛く感じてしまいました。
一時間ぐらいで接続を切る事と、政府の方針転換への対応をお願いする書置きを残して影の空間へと潜り、ネロに寄り掛かりました。
「にゃ、ご主人様は、お疲れにゃ。少し休むにゃ」
「うん、でも僕が寝落ちしちゃうと通話が途切れちゃうからなぁ……」
闇の盾は、出しっぱなしにしておいても、あまり魔力を消耗している感じはしません。
闇属性は、元々僕が持っている属性だからでしょうか。
それでも一時間ぐらい出しっぱなしにしていたら、さすがに消耗するでしょうね。
「ねぇ、ラインハルト」
『何ですかな、ケント様』
「ゴーレムに魔法を使わせる事って、出来る?」
『ゴーレムに魔法ですか? そのような事は、聞いた事がありませんな』
「ゴーレムって、魔石を核にして作るんだよね?」
『そうですな。そのように聞いております』
「だとしたら、人工的な魔物みたいなものなんじゃない?」
『なるほど、そう言われると、そのように感じますな』
「だったら、闇属性を付与して作れば、僕の代わりに闇の盾を維持出来ないかなぁ」
『ぶははは、さすがはケント様、面白い事を考えますな』
闇の盾を維持するだけなら動く必要も無いし、影の空間に置いておけば壊される心配もありません。
問題は、そんな事が可能かどうかですが、意外とやったら出来ちゃいそうな気もします。
携帯が常に繋がる状況を作りだせれば、ホームシックも少しは改善させられますよね。
そろそろ、接続を切って下宿に戻ろうかと思ったら、フレッドに声を掛けられました。
『ケント様……バルシャニアが揉めてる……』
「えっ、それって、出兵中止を巡って対立してるの?」
『とにかく来て……直接確かめて……』
「分かった」
出兵中止を約束したのは、皇帝コンスタンだけです。
もしかしたら、グレゴリエやニコラーエが反対しているのでしょうか。
コンスタンが率いて来た二万人の兵を除いても、二人が率いている一万五千の兵がいます。
それがリーゼンブルグに侵攻してくれば、やはり大きな戦いになるのは避けられないでしょう。
チョウスクの宮殿に行くと、食堂に集まった皇族一家は、声を荒げて意見を戦わせていました。
「駄目だ、駄目だ、認める訳にはいかん!」
「なぜですか、父上! 一度約定を交わしたのに、今更こちらから違えると仰るのですか!」
どうやら対立しているのは、コンスタンとセラフィマのようです。
「俺も父上の意見に賛成だ」
「そうだ、そんな事は認められるか!」
「兄上達までそのような事を……」
グレゴリエもニコラーエもコンスタンに賛成という事は、セラフィマが孤軍奮闘の状態ですね。
あの親馬鹿、兄馬鹿振りからは考えられない状況です。
「とにかく! あんな何処の馬の骨とも分からん小僧との結婚なんか、認める訳にはいかん!」
あぁ、物凄く考えられる状況でした。
「てかフレッド、これ、僕が来なくても良かったんじゃない?」
『とんでもない……魔王の嫁取りは重要……』
「うーん……僕としてはバルシャニアが侵攻を諦めてくれれば、それで十分なんだけどなぁ……」
『バルシャニアと縁を結べば……リーゼンブルグの抑えになる……』
「それは、そうかもしれないけど……」
確かに、バルシャニアと友好関係を築いておけば、もしリーゼンブルグと敵対関係になったとしても、協力して挟み討ちに出来ます。
でも、僕の目が黒いうちは、リーゼンブルグがヴォルザードを攻めることなんて許さないから、そんなに意味は無い気がします。
『ケント様だけじゃなく……子孫の繁栄のため……』
「いや、子孫繁栄って言われても……」
食堂では、セラフィマが孤軍奮闘を続けています。
「警備を潜り抜けて、私の寝所へ入り込めた者に嫁ぐと、国中に触れを出しているのに、その言葉を違えるおつもりですか?」
「いや、でも、姿を見たのはセラちゃんだけだし……」
「父上! では、この手紙は、誰が届けたと申されるのですか?」
「そ、それはだなあ……」
「それは、奴の操るコボルトに違いない!」
「では、グレゴリエ兄様は、私にコボルトに嫁げと仰るのですか!」
「いや、そんな事は……」
「ここは、そう! みんな無かった事にするのはどうだ?」
「ニコラーエ兄様! 民を欺けと申すのですか! それでは、ケント様が鉄を持って現れたらどうなさるおつもりですか!」
あれっ? ケント様に格上げされてる?
『セラフィマ……手紙を読み返して、溜息ついてた……』
「えぇぇ……溜息つくような手紙じゃないと思うけど……」
『恋する乙女補正……』
偵察を続けていたフレッドによれば、セラフィマは、僕がリーゼンブルグの状況を伝えるために置いた手紙を何度も読み返し、切なげに溜息をついていたそうです。
でも、本当かなぁ……僕が惚れられる理由が無い気がするし、最近フレッドに遊ばれっぱなしなので気を付けないと……。
『ケント様……眷族を疑ってはいけない……』
「うひぃ、ごめんなさい」
また感情が、ダダ漏れしてました。
「だけど、セラちゃん、5日で50コラッドの鉄なんて、いくら何でも無理だろう」
「そうそう、さすがは父上、よくぞ無理難題……いやいや、厳しい条件を出された」
グレゴリエとニコラーエの言葉に、コンスタンは満足そうに頷き、逆にセラフィマは悔しげな表情を浮かべています。
「父上……」
「駄目だ! 奴が自分から引き受けたのだ。1ルードたりとも欠ける事は許さん」
「では、ケント様が50コラッドの鉄を用意出来た場合には、婚姻を認めて下さるのですね?」
「いや、それは……そう、出兵を思い留まると約束しただけだ。セラちゃんを嫁に出すと約束した訳ではない!」
「ですが、父上は仰いました。婚姻か死か、どちらかを選べと。ケント様が私との婚姻を望んだ場合には、認めて下さるのですね?」
「そ、それはだなぁ……」
「バルシャニア皇帝、コンスタン・リフォロス自らが仰った言葉を違えるのですか?」
うん、親馬鹿オヤジが劣勢ですけど、この親子コント・パート2は、いつまで続くんでしょうかねぇ……
『ケント様……夕食……』
「えっ、これは……?」
『厨房から……いただいて来た……』
「へぇ、これがバルシャニア料理かぁ」
フレッドが気を利かせて持って来てくれたのは、皇帝一家に出される予定の夕食のようです。
ヴォルザードとは、また違った香りのスパイスが使われている鶏の腿肉を焼いたもの、ナンのような薄いパン、それにサラダ、白っぽい飲み物といったメニューです。
白っぽい飲み物は、飲むヨーグルトと乳酸飲料を足して二で割った感じで、鶏肉は、いわゆるタンドリーチキンのようでした。
「あふあふっ……これ、かなり美味しい……うん、うん……」
『ならば……新妻のメニューに期待……』
「いやいや、これ以上増やしたら、委員長やマノンに怒られちゃうからね」
『でも、断れば国際問題……それも深刻……』
「うーっ……無かった事に出来ないかなぁ……」
『まず、無理……』
フレッドが指し示す先では、まだセラフィマが熱弁を振るっています。
一見するとロリっ子が、駄々を捏ねているようにも見えるのですが、話の筋はセラフィマの方が通っています。
「セラフィマよ。どうして、そこまで奴にこだわるのだ?」
「父上、良くお考えになって下さい。我がバルシャニアの精鋭を、あれ程までに翻弄し、その上で鉄50コラッドを短期間で用意出来るような者が、どこに居ると言うのです。それほどの人物と縁を結ばないなど、バルシャニアにとって損失以外の何物でもありませぬ」
「だけど、セラちゃん……」
「グレゴリエ兄様の手の者が、昨夜の騒動と同じ事をやってのけられますか? ニコラーエ兄様の手の者はどうです?」
セラフィマの言葉に、二人は揃って顔を顰めて見せました。
たぶん、正面切っての力勝負となれば、バルシャニア軍は思う存分力を発揮できるのでしょう。
ですが、僕の眷族達のような神出鬼没な戦い方は、得意ではないのでしょうね。
「ん、んんっ! とにかく、鉄50コラッドを奴が用意してくるかどうかだ。用意出来なければ、リーゼンブルグに攻め入るし、奴は草の根分けても探し出して殺す! 良いな!」
「父上……」
「さぁ、もうこの話は終わりだ。夕食にするぞ!」
「分かりました……」
討論を打ち切られてセラフィマは不満そうに頬を膨らませ、それを見た三人は、だらしなく頬を緩める……うん、安定の家族コントですね。
「はぁ……フレッド、驚かさないでよ。揉めてるって言うから、どんな深刻な状態かと思っちゃったよ」
『嫁取りは深刻……バルシャニア料理も堪能できた……』
「まぁ、それに関しては良かったよ。食器、戻しておいてくれる?」
『了解……引き続き偵察する……』
「うん、お願いね」
夕ご飯を食べたからか、ちょっと眠たくなっちゃいましたが、バルシャニアまで来たついでにラストックの状況も見ておきましょう。
鷹山に催促されている事もあるしね。
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