第142話 方針転換
すぐ近くにディスカウントストアがあるので、陸上自衛隊、練馬駐屯地の前は、何度も通っていました。
北側を川越街道、東南側を環八通りに挟まれた敷地は、周辺の住宅街と較べると、かなり広い面積があります。
既に、捜査本部が移されるという話が伝わっているのか、正門前には多くのマスコミが詰めかけていました。
少し気になったのは、こうした事態が起こった場合には、取材用のヘリが数多く飛んでいるはずですが、今回は一機も姿が見えません。
何か規制が行われているのでしょうね。
門の前は何度も通っていますが、敷地の中にまで足を踏み入れるのは今回が初めてです。
練馬駐屯地では、春の花見シーズンや、夏の花火などのイベントで、周辺住民との交流が図られていますが、僕の家は少し離れていたので参加した事がありません。
須藤さんに手渡された地図には、敷地内部の建物の場所も描かれていて、それを頼りに捜査本部の場所を探しました。
それにしても、自衛隊の駐屯地の中に捜査本部が置かれるなんて、異例も異例の事態ですよね。
一体、何がどうなったら、こうなるんでしょうね。
捜査本部は、敷地の中央近くにある兵舎の一角に設けられていて、周囲には小銃を所持した自衛官が警戒に当たっていますし、装甲車も置かれていました。
とても日本の中だとは思えないほどの厳重な警備ですね。
『ケント様、ここは兵の駐屯地なのですかな?』
「そうだよ、あの警備を担当している人が持っているのが、こちらの世界の武器で、以前クラウスさんが話していた爆剤の原理を利用して弾を発射するんだ」
『ほほう、では、魔術の使えない者でも使える武器なのですな?』
「うん、詠唱も不要だし、連射も可能だし、弾切れや動作不良を起こさない限りは、安定して威力を発揮するよ」
『ほう、そのような武器があるのですか……』
やっぱり騎士としての血が騒ぐのか、ラインハルトは興味津々といった様子です。
捜査本部の中には、梶川さんや森田さんなどの見知った顔の他に、自衛官の姿もありました。
いきなり姿を見せると、騒ぎになりそうな気がするので、ちょっと聞いてから表に出ましょう。
「梶川さん、そっちに出ても大丈夫ですか?」
「おっ、国分君か、ちょっと待ってくれ。皆さん、ちょっと聞いて下さい。これから国分健人君が魔術を使って移動してきます。初めて見る方もいらっしゃると思いますが、驚かないで下さいね」
梶川さんが、声を張って呼び掛けると、黙々と作業を進めていた自衛官の方々も、手を止めて注目してきました。
うーん……あんまり注目されるのは好きじゃないんですけど、仕方ないですよね。
梶川さんの隣に闇の盾を出して、そこから表に踏み出しました。
「こんにちは、国分健人です。よろしくお願いします」
「おぉぉぉ……」
ペコリと頭を下げて挨拶すると、どよめきが広がった後に、なぜだか拍手が起こりました。
うん、マジックショーじゃないんですけどね。
「梶川さん。どうして捜査本部が、ここに移動になったんですか?」
「それはね、日本政府が公式に異世界の存在を認めたからだよ」
梶川さんは、先日の捜査本部での言葉通りに、内閣官房室の上司に、これまでの経緯やカミラの謝罪ビデオなどの公開を進言してくれたそうです。
「いやぁ……最終的には、僕の進言によってじゃなくて、国分君が最初に連れ戻した彼女が決め手になったんだけどね」
「えっ、それって木沢さんですか?」
「そう、国分君が不安そうな顔をしていた理由が、ようやく分かったよ。あの子は、とんでもない食わせ者だね」
近くで僕らの会話を聞いていた森田さんも、何度も頷いていました。
木沢さんは、日本に戻って来てから、ずっと家で大人しくしていると思われていたのですが、その間に周到に準備を重ねていたのだそうです。
日本政府が、事件の経緯を発表するか否か検討を重ねている最中、木沢さんが、SNSやブログ、動画投稿サイトなどを使い、一気に情報を発信し始めたそうです。
SNSやブログには、事件の経緯を書き込み、動画投稿サイトには、ヴォルザードの風景を映した動画が何本もアップされているそうです。
色んな種類の獣人、地球では見掛けることの無い果物や野菜、城壁から撮影したゴブリンやコボルトの姿、そして訓練場で魔法を使っている様子。
どうやら、木沢グループで手分けして撮影した動画を集め、自分のスマホに移して持ち帰って来たようです。
当然、凄まじい数の再生回数で、とても読みきれない数のコメントが書き込まれ、木沢さんは、時の人となっているそうです。
しかも、木沢さんの戦略は、それだけは終わりません。
出版社を通じて、事件の経緯や異世界での生活を綴った自伝が発売されると告知したそうです。
ヴォルザードに居る頃からスマホに文章を書き溜めていたらしく、内容の一部は公開され、こちらも大きな話題となっていて、今年一番のベストセラーになるという予想すらされているらしいです。
「父親は翻訳家、母親は児童文学の作家さんで、出版社とは元々付き合いがあったそうなんだけど、国分君は知ってた?」
「いいえ、クラスも別なので、家族の職業とかは全く知りませんでした」
「まぁ、木沢さんのおかげで、国分君の名誉も守られたんだけどね」
「えっ、どういう事ですか?」
「まぁ、論より証拠、ちょっと見てくれるかな……」
梶川さんにパソコンの前に連れて行かれて、木沢さんのブログを見せてもらいました。
「他のページを見るならば、別のタブで開いてもらえるかな。アクセスが集中しているらしくて、一度移動するとなかなか繋がらなくなっちゃうんでね」
梶川さんの言葉を裏付けるように、昨日開設されたばかりなのに、アクセスカウンターには十桁の数字が並んでいました。
「えぇぇ……これ、ホントに木沢さんのブログなんですか?」
ヒーローという題名が付けられたページを読んで、思わずつぶやいてしまいました。
そこには僕を、たった一人でリーゼンブルグ王国に立ち向かい、腹を串刺しにされる重傷を負いながらも同級生や先生を救い出し、地を埋め尽くす魔物の群れから異世界の街を守った英雄として書かれていました。
「いやぁ……こうして改めて読ませてもらうと、国分君の働きは、本当に素晴らしいよね。残っている同級生達の帰還が済んだら、国民栄誉賞を与えるべきだ……なんて話もネット上では盛り上がっているぐらいだよ」
「えぇぇ……国民栄誉賞って……昨日はフルボッコ状態だったじゃないですか」
「それも木沢さんのおかげかな……ほら、下までスクロールしてみて」
「はぁ……えぇぇ……これ、やっぱり木沢さんが書いたんじゃないでしょう」
「えっ、どうして?」
「だって、ヴォルザードに居た頃と違いすぎますよ」
ブログには、僕の勇気ある行動、同級生への思いやり、敵にすら情けを掛ける博愛精神、戦闘力、経済力、交渉力などで、ヴォルザードにとって必要不可欠な人材となっている事などが書き綴られ、その功績を持ってすれば、三人の女性と交際する事なんて些細な事にでしかないと断言しています。
面と向かって僕をクズ呼ばわりしていた人が書いたとは、とても思えない内容です。
「まぁ、彼女なりの目的があるのかもしれないけど、おかげで世間の評判はガラっと変わったんだから、良いんじゃない」
「そうなんでしょうけど……何だかムズ痒くなるようで……」
「はははは……まぁ、国分君ならそう言うだろうとは思ったよ」
結局、木沢さんが先んじて情報を公開してしまったので、日本政府としても認めざるを得ない状況へと追い込まれてしまったのだそうです。
そして、異世界召喚を公式に認めてしまうという事は、魔法や、異世界で使われている魔道具や魔石などの存在も認める事とになり、世界各国からの問い合わせが殺到したそうです。
「それでね、正直どんな組織や団体が、魔石などの未知の物質や理論を狙って来るか分からないから、警察署でも警備が危ういのではないか……という話になって、捜査本部をここに移す事になったんだ」
「なるほど……警備上の理由なんですね。あっ、それで取材用のヘリが飛んでなかったんですか?」
「そうそう、この一帯は、民間ヘリの飛行も差し止めになっている」
「何だか、むちゃくちゃ大掛かりな話になってますね」
「他人事みたいに言ってるけど、警備を行う一番の目的は、国分君の安全を確保するためだからね」
「えっ、僕の安全ですか?」
「そう、なんたって、国分君は日本の救世主だからね」
「はっ? 救世主って……僕がですか?」
自分の顔を指差して、梶川さんに尋ねたら、その場に居合わせた人、全員が大きく頷きました。
「先日、森田君がヴォルザードに行って、事情聴取と現場検証をして帰って来たよね?」
「はい、僕が送迎しました」
「それって、物凄い事なんだよ。日本からならば、異世界との行き来が出来る。物品の運搬も出来る。しかも、向こうの世界は、こちらほど文明が進歩していない。つまり、殆ど手着かずの資源が眠る世界が、日本だけに開かれたという事なんだよ」
日本からヴォルザードやリーゼンブルグに、技術者や調査機器を持ち込めば、資源調査も出来るし、採掘権を先取りすれば、資源を独占出来るという訳です。
「調査してみなければ分からないが、石油資源やレアメタルの鉱床などを発見出来れば、日本が世界一の資源大国になる事だって夢じゃなくなるんだよ」
「でも、そんなに大勢を送迎出来るか分かりませんよ?」
「勿論、国分君の体調は十分に考慮するし、現時点では可能性を探る段階で、具体的な話はこれからだけど、資源の乏しい日本としては、何としても成功させたいと政府主導で動く事が決定している」
「僕は、その技術者さんや調査機器を運べば良いのですか?」
「そうだね。それと、現地の偉いさんに調査に関する話を通すのにも協力してもらいたい」
「調査って、どんな感じでやるんですか?」
「地球だったら人工衛星からの調査だけど、向こうには衛星は無いから、航空機かヘリから調査して、可能性の高い場所は現地での調査になるだろうね」
「何だか、考えてもいなかった事態なんで、全然実感が湧かないというか、どうすれば良いのかも分からないです」
これまでは、召喚された同級生をどうやって日本に戻すかだけ考えていたので、異世界での資源開発なんて寝耳に水です。
「梶川さん、同級生の帰還も進めないといけないと思うんですが……」
「それなんだけど。一旦中止にしてもらえるかな?」
「えぇぇ……中止って、どうしてですか?」
「これから、向こうの世界での資源開発が本格化したら、絶対に必要なものがあるんだけど、何だか分かるかい?」
「現地での労働力ですか?」
「うん、一応労働だけど、通訳が絶対に必要になるんだよ」
「あっ、そうか……日本には、向こうの言葉が分かる人なんて、木沢さんと久保さん以外に居ないのか」
「そういう事。日本どころか世界中を探したっていないよね」
「でも、みんなが納得するか……」
「そうだね、それは我々も考えている段階だから、何とも言えないよね」
「いや……ちょっと頭がパニックですよ。帰還も中止って、僕は何からやれば良いんですかね?」
「まぁ、そうなっちゃうよね。そこで、僕らも対策を準備しておいたんだよ。鈴木君!」
「はい……」
梶川さんが声を掛けたのは、壁際に控えていたスーツ姿の女性でした。
髪はアップにまとめ、シルバーフレームのメガネが知的でクールな印象を与えている綺麗な方で、年齢は二十五歳前後でしょうか。
「国分君、こちらは国分君の秘書を担当してくれる鈴木君だ」
「鈴木由香里です。よろしくお願いいたします」
「あっ、こ、国分健人です。こちらこそ、よろしくお願いします」
「私は、日本でのスケジュール管理を主に行います。ただ、政府の方針としては、あくまでも国分さんの都合を優先して、政府の方でスケジュールを調整する形を取るそうです」
ここは捜査本部というよりも、僕をバックアップする組織のようなもので、梶川さんが関係省庁との調整を行い、鈴木さんはここに常駐するそうです。
森田さんたち警察の方々が加わっているのは、僕や同級生、その家族達に対して脅迫や傷害事件などが起こった場合に、スムーズに解決させるためだそうです。
「国分さんのお父様と、その……ご家族にも公安の担当者が警護に付いています」
「お気遣い感謝します」
資源開発の話が漏れ、僕が中心的な役割を果たしているとなれば、父さんや一緒に暮らしている方にも危険が及ぶ可能性があるので、予防的に守りを固めているそうです。
「国分さんに、最初にやっていただきたいのは、現地の政府から調査の許可を得る事です」
「調査の許可ですか……」
「恐らくは、ヘリを使っての調査から始めることになるので、ヘリが発着出来る場所を確保したり、飛行の許可を貰う必要があります」
「なるほど……」
調査の内容や方法を説明すれば、クラウスさんからの許可は得られると思います。
ただ、ランズヘルト共和国は、七人の領主による合議制なので、他の領主から賛成を得られなかった場合は、調査出来る範囲がヴォルザード周辺だけになってしまいます。
その事を鈴木さんに説明すると、もう少し詳しく現地の状況を説明して欲しいと頼まれました。
そこで、ヴォルザードやリーゼンブルグ、バルシャニアの状況や、更に西で起こっているらしい戦争についても説明しました。
ついでに、バルシャニアからは鉄800キロを準備するように要求されている事も言い添えました。
現状で、すんなりと調査の許可が下りそうなのは、ヴォルザード周辺に限られてしまっています。
リーゼンブルグは政情不安ですし、バルシャニアとは接触したばかりです。
ですが地下資源の調査を行うとすれば、出来る限り広範囲の方が望ましいですよね。
「国分さんの話からすると、まずはヴォルザードの領主様に許可を頂き、ランズヘルト全土での調査が出来るように御助力いただくのが良さそうですね」
「バルシャニアの皇帝とは昨日初めて会ったのですが、鉄の入手に苦慮しているようですので、バルシャニア国内での鉱脈発見に繋がるかもしれないと言えば、案外許可が下りるかもしれませんよ」
「そのためにも、国分さんが要求されたという鉄800キロを手配いたしましょう」
「あの、ヴォルザードからも800キロ頼まれていますので、そちらもお願い出来ますか?」
「よし、それは僕が手配しよう」
鉄の手配は、梶川さんが引き受けてくれました。
「国分君の話からすると、あちらの世界では、まだ大規模な製鉄は行われていないようだね」
「はい、鉱山はあるそうですが、採掘は人力が主のようですし、精錬は土属性の魔法に頼っているようです」
「だとすると、インゴットのような塊よりも、鉄筋の方が使いやすいだろう」
梶川さんは、内閣官房室へと電話を入れて、鉄筋の手配を頼んでくれました。
「折り返しで返事が来ると思うけど、一応、鉄筋を3トン手配しておいたよ。ヴォルザードには色々と世話になっているし、少しでも役に立てるなら、それに越した事はないよ」
「ありがとうございます。でも、鉄筋を3トンってなると、結構な値段になるんじゃないですか?」
「うーん……どうだろう、ちょっと調べてみようか」
梶川さんは、インターネットを使って鉄筋の相場を調べてくれました。
「そうだねぇ……大体21万円前後だね」
「えっ、3トンでですか?」
「うん、1トン7万円前後だから、21万円ぐらいだね」
「えぇぇ……そんなに安いんですか?」
「まぁ、鉄筋はリサイクルが殆どだし、あまり高くちゃ建材として使えないでしょ」
「なるほど……」
「国分君、もしかして差額で儲けようとか考えてる?」
「えっ? あっ、そうか、魔石は高く売れる、鉄は安く手に入る……うわぁ、ボロ儲けですよ……てか、やりませんけど」
「やらないの? 別に誰にも迷惑掛からないし、国分君の特権みたいなものだよ」
「いやいや、計算してないから分かりませんけど、やったら詐欺みたいなものですよ」
「そう? 一枚噛ませてもらって、儲けようかと思ったんだけど……」
「梶川さん、何をおっしゃってるんですか?」
「いや……鈴木君、冗談だよ、冗談!」
梶川さんが、鈴木さんからゴミでも見るような視線を向けられていますね。
ヴォルザードからオークの魔石を持って来ると、250万円で買い取って貰えるので、そのお金で鉄を35トンも仕入れられます。
35トンは、21875コラッド。
ヴォルザードでは、鉄1コラッドの価格は4800ブルグなので、鉄35トンだと1億5百万ヘルトになります。
ヴォルザードだと、オークの魔石は1万2千ヘルトぐらいなので、鉄を売却したお金を全てオークの魔石に替えると8750個になります。
いくら何でも、たった二回の取り引きで元手が8750倍はマズいですよね。
「国分さん、政府の方で生徒の皆さんの精神状態を考慮して、カウンセラーを派遣する事になりました。人選を進めているのですが、決まったらヴォルザードまで送っていただけますか?」
「構いませんよ。でも、その方は、ヴォルザードに常駐なさるんですか?」
「まだ、その辺りは擦り合わせ中ですが、カウンセリングには時間も掛かるでしょうし、毎日の送迎は国分さんに負担が掛かりますよね」
「そうですね。こちらから連れて行くのは、そんなに負担ではありませんが、ただヴォルザードでの滞在が長くなった場合には、属性魔力が芽生えたりしないか、ちょっと不安ですね」
「それは、他の生徒さんたちと同じ状態になるかも……という事ですか?」
「そうです。起こるかどうかも分かりませんが、一応可能性としては考えていてもらった方が良いかと……」
「そうですね。それは連絡しておきます」
スマホに着信があり、会話をしながら梶川さんは、僕にむかってOKサインを送ってきました。
「国分君、明日の午前中には、こちらに届けてもらえる事になったから」
「はい、ありがとうございます」
鉄の手配も出来たので、そろそろヴォルザードに戻ろうと思ったら、森田さんに声を掛けられました。
「国分君、ちょっと待って、もうすぐテレビに木沢さんが出るみたいだから」
「えっ、テレビって、テレビ局に行ってるんですか?」
「いや、そうじゃなくて、ネットを使った中継をするみたいなんだ」
木沢さんは、家の周囲にマスコミに押し掛けられるのは迷惑だし、警備が難しくなるので、全ての質問にはネット経由で答えると宣言したそうです。
その上で、家の周囲から退去しないテレビ局や新聞、雑誌社のインタビューには一切応じないとまで言い切ったそうです。
「戻って来た時には、大人しくて礼儀正しい女の子だと思ったけど、恐ろしいほどに計算高いね」
「はい、たぶんヴォルザードに居た頃から計画を練っていたんだと思います」
木沢さんが出演する予定なのは、お昼の情報番組のようです。
たしか、この時間帯では、一番視聴率の良い番組で、色々な芸能人も出演しています。
少々口の悪い俳優さんが司会を務めていますが、木沢さんがどんな応対をするのか、怖くもあり、少し楽しみでもありました。
番組は、いつもの構成ではなく、今日の出演者を紹介するオープニングの後は、CMを挟んだ直後から木沢さんのインタビューを始めるようでした。
CMが終わり、スタジオからの呼び掛けに応えるように切り替わった画面には、制服を身に着けた木沢さんの姿がありました。
「えぇぇ……別人だよ」
「うわぁ、化けたねぇ……」
思わず洩らしてしまった声に、森田さんも同調してくれました。
うちの学校は、髪を染めたり、脱色したりするのは禁止なんですが、ヴォルザードに居た頃の木沢さんは、もっと明るい髪色をしていました。
髪形も、もっとボリューム感のある、フワッとした形だったはずですが、今は優等生な黒髪ストレートに整えられています。
制服も着崩しなどはせず、襟を飾るリボンも綺麗に結ばれています。
インタビューは型通りに進められ、召喚されてから日本に戻るまでに起こった出来事や、異世界の街の状況、魔法を使った感想、そして僕に関する事などを次々に尋ねる形で進んでいきました。
木沢さんは、一つ一つの質問を最後まで聞き、意味の分からない部分は率直に尋ね、シッカリとした口調で答えています。
その様子を画面越しに見守った森田さんが、唸りながらポツリと洩らしました。
「うーん……これは、予め相当練習したんじゃないかな……」
「そうなんですか?」
「うん、証拠がある訳じゃないけどね。取調べの時に、こんな感じで落ち着いて、理路整然と話す人が居るんだよ。そういう人は、大抵あらかじめ準備をして、口裏合わせをやっている人なんだよね」
「なるほど……」
一連の質問が終わり、そろそろインタビューの時間も終わりに差し掛かった頃でした。
司会者の俳優さんが、それまでとは口調を変えて尋ねてきました。
「インターネット上では、今回の事件について色々な意見が飛び交っているけど、その中には、今回の木沢さんの告白を売名行為じゃないかって言うものもあるけど、どうなのかな?」
「そうした意見がある事は、私も存じておりますし、そのように思われるのも仕方無いのかもしれないとも思っております」
「それは、あなたが有名になりたいって気持ちで、動画や手記を発表しているって事なのかな?」
「正直に申し上げて、芸能界やアイドルに対して憧れる気持ちはあります。ですが、今はそれよりも召喚された世界で何が起こったのかを、正しく知ってもらいたいという気持ちの方が強いです」
「でもさぁ、こんな形で自伝を発表するのは、ぶっちゃけお金目当てなんじゃないの?」
業を煮やしたように、露骨な意地の悪い質問をぶつけられても、木沢さんは表情を崩しませんでした。
「それも否定しません。私達は異世界へと召喚されましたが、日本では校舎が崩壊して多くの方が亡くなったり、怪我をなさっています。ですが、魔法が絡んだ事件であるために、保険金などの支払いが進んでいないと両親から聞かされました。もし私の書いた本で、お金が儲かるならば、補償の行き届かない部分の穴埋めに使えないか、相談をしている最中です」
「それじゃあ、本の売上は、全額寄付しちゃうんだ」
「出版にどの程度の費用が掛かるのか分からないので、出版社の方と相談した上でになりますが、私個人の報酬は無くても結構です」
「そうなんだ……えっ、時間無い? じゃあ最後、最後、なんで急に黒髪なの? 前は茶髪だったんでしょ?」
「たくさんの方が亡くなられているのに、生き残った私がチャラチャラした格好をしているのは失礼だと思ったから……」
時間をギリギリまで引っ張ったのか、木沢さんが喋っている最中にCMへと画面が切り替わりました。
「確かに、森田さんの言う通りですね」
「国分君、何か思い当たる節がありそうだね」
「ヴォルザードで守備隊の総隊長をしているマリアンヌさんと、木沢さんが話す機会があったんですけど、その時には、もっと感情が顔に出てました」
「なるほど……それじゃあ、ご両親のどちらかが、プロデューサーって感じかもね」
マリアンヌさんは、木沢さんに自立する準備を始めましょうとアドバイスをしていましたが、もしかすると、その準備がここに繋がっているのかもしれませんね。
猫どころか、虎かライオンでも被っているかのような木沢さんは、一体どこを目指しているのか、何かやらかしても巻き込まないで欲しいと祈るばかりです。
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