第130話 統率されたオーク
急いで戻ったヴォルザードは緊迫した空気に包まれていました。
腹が満たされれば眠り込むと思っていたオーク達は、眠らずに密集しています。
棍棒のようなものや、大きな石を持っているものも居て、ゴブリンよりも知性が高いのかもしれません。
全てのオークの視線は前方、ヴォルザードの城壁へと向けられているようなのですが、じっと座り込んだままで動かないようです。
一方、城壁の上からもオークの様子が樹木の間から垣間見え、視線を感じた冒険者達もオーク達へと目を向け、まるで睨み合いをしているようでした。
その中には、ドノバンさんやマリアンヌさんの姿もあり、二人ともいつでも命令を下す準備を整えているのでしょう。
守備隊の隊員と冒険者、合わせた人数は千人を超えていると思われますが、森に潜むオークは一万頭を超えると思われる群れです。
それが殆ど声を上げる事も無く睨み合っているのですから、周囲を包む緊迫感は肩に圧し掛かってくるようです。
ドノバンさんの後ろに闇の盾を出して、表に出て声を掛けました。
「ドノバンさん、これは、どうなっているんですか?」
「ケントか、さぁな、俺もこんな状況は初めてだ」
「ちょっと見てきたのですが、オーク達はギッシリと固まった状態でヴォルザードの方を睨んでいますよ」
「だとすれば、どこかに上位種が潜んでいやがるんだろうな」
「上位種ですか? 群れを止めるために倒したオークからは魔石は抜き取っておきましたけど」
「いや、ここに来る前に上位種の支配下に入っていたんだろう」
「でも、こんなに統率が取れるものなんですか?」
「出来る出来ないで言うならば、現実として起こっているのだから、出来るのだろうな」
僕の抱いている魔物のイメージは、本能に従って行動し、空腹であれば仲間であろうと食らう野蛮な生き物というものですが、今垣間見えるオークの視線には知性すら感じられます。
「あいつら、何を考えているんでしょうね?」
「ん? オークどもか?」
「はい、何か目的があって待ってるのですよね」
「待つ、だと……くそっ、奴ら夜が来るのを待っていやがるのか……ケント、一緒に来い」
「はっ……いっ……」
いやいや、襟首掴んで吊るされたら一緒に行くしかないですよね。
ドノバンさんが向かった先は、マリアンヌさんのところでした。
「マリアンヌさん、奴ら夜を待っているんじゃ?」
「夜……なるほど、可能性は高いですね」
腕組みをしたマリアンヌさんは、魔の森へ視線を戻し、厳しい表情で頷きました。
魔物の多くは夜目が利き、日が落ちれば篝火をたくさん用意しても、人間側が不利になります。
「奴らが、日が暮れた後に一斉に突っ込んで来たら、かなり厳しい状況になります」
「ですが、こちらから手を出しても相手が乗って来なければ……」
「うちには、こいつが居ますから……」
いやいや、切り札として使うんでしたら、プラーンはやめて下さい、プラーンは……。
「あの、僕は何をすれば……」
「何でもかまわん、奴らを動かしてくれ、とにかく夜襲だけは避けたい。昼間のうちに削るだけ削っておかんと、あの数の夜襲には持ちこたえられん」
「じゃあ、統率が乱れるような感じが良いんですね?」
「そうだ、出来るか?」
「はい、可能だと思います」
「では、マリアンヌさん、迎撃の準備を……」
「分かりました……全員迎撃準備!」
頷いたマリアンヌさんが、さっと右手を上げると、守備隊に緊張が走りました。
術士は詠唱を始め、弓兵は矢を番え、槍兵も配置に付きます。
「戻るぞ、ケント」
「はい……」
ドノバンさんは、僕の襟首を捕まえたまま大股で持ち場へと戻り、声を張り上げました。
「全員準備しろ! 死ぬ気で城壁を守れ! よし、ケントやってくれ!」
「はい、ネロ、思いっきり遊んで来ていいよ」
「分かったにゃ、行って来るにゃん」
城壁上に大きな闇の盾を出すと、ネロはしなやかな動きで音も無く着地すると、たちまち疾走に移りました。
「うおぁ、何だあれ!」
「ストームキャットなのか?」
「あれ、味方なんだろうな、あんなの相手出来ねぇぞ」
城壁に居並んだ冒険者から驚愕の声が上がりましたが、それ以上のパニックに陥ったのはオーク達です。
「ブキィィィィィ!」
「フギッ、フギィィィィ……」
悲鳴を上げて逃げようとしますが、密集隊形が仇になって逃げ場がありません。
「にゃっ!」
ネロが前脚を一閃すると、三頭ほどのオークが盾にしようとした木ごと斬り裂かれ、肉片となって宙に舞いました。
「ラインハルト、ザーエ達も突っ込ませて。コボルト隊は周囲を固めて逃がさないようにさせて」
『了解ですぞ』
城壁の影から表に出たザーエ達が、ネロの突っ込んだ穴を広げるように追撃していき、オーク達は更なる混乱に陥りました。
ネロもザーエ達も圧倒的で、これは楽勝かなぁ……と思った時でした。
「ブゥモォォォォォ!」
「ブモォォォォ! ブモォォォォ!」
遥か後方からオークの雄叫びが聞えたと思ったら、それが山彦のように繰り返され群れ全体へと伝わっていき、森の中から丸太や大きな石が飛んできました。
「全員、胸壁に隠れろ!」
ドノバンさんの指示を待つまでも無く、城壁上に集まった者達が胸壁の陰へと隠れると、ガン、ドカンと石や木片が当たって破片が降ってきます。
「ぐぁ……」
「馬鹿、頭上げんな! 伏せろ」
投石を食らって蹲る人が少なからず居ましたが、間断無く石が降って来る中では助けに行くのも困難です。
「ネロ、戻って!」
「にゃ、バチバチ当たって痛いにゃ……」
ダメージ自体は痛い程度みたいでしたが、的が大きいネロは投石攻撃には不利なので戻らせました。
「ラインハルト、ザーエ達は群れの中に入って暴れさせて。コボルト隊も影の中からの包囲に変更」
『了解ですぞ、ケント様、ワシも一暴れして来ますぞ』
「フレッド、上位種を探して倒してきて」
『了解……任せて……』
オーク達は、群れの前に居るものは水平に、後に居る者達は角度を付けて投石をしてきます。
人間の何倍もの力があるので、投石が砲弾のようです。
さすがのドノバンさんも胸壁に隠れて、投石から身を守っています。
「くそっ、石なんぞいくらでも森には転がっていやがるからな……」
こちらからも胸壁に隠れながら弓矢や魔術を撃ち込みますが、上手く狙いも付けられませんし、多勢に無勢という感じで押し込まれっぱなしです。
時折、大きな火球が撃ち込まれているのは、たぶんマリアンヌさんだと思いますが、焼け石に水という感じです。
『ケント様、上位種を何頭か倒した……でも、状況が変わらない……』
「どういう事? 新しく上位種が生まれているって事?」
『たぶん、もう命令がされている……達成するまで止まらない……』
「それって、ヴォルザードを落とすまで止まらないって事?」
『恐らく……』
ゴブリンの時は上位種を狙って倒せば、下っ端は混乱して簡単に倒せましたが、今回はそうはいかないようです。
「どうした、ケント」
「はい、フレッドがオークの上位種を倒したのですが、状況が変わらないようです」
「くそっ、もう命令が行き渡っているってことか?」
「たぶん、そうなのかと……」
群れの中でザーエ達も奮戦しているようですが、数で押されているようで、オーク達はジリジリと森を出て近付いて来ます。
「くそっ、この投石さえやめば……」
ドノバンさんは手槍を投げ付け、オークを仕留めているようですが、代わりに投石も食らっているようで、額から血が滲んでいます。
このままでは城壁に取り付かれるのも時間の問題でしょう。
金属鎧を身につけた守備隊の隊員さんが盾を運んだり、魔術で攻撃をしていますが、投石の直撃を食らって倒れる人が続出しているようです。
僕では片手で持てないような大きさの石ですから、当たった時の衝撃は相当なものなのでしょう。
何か良い方法は無いかと考えていると、飛んで来た石を拾って投げ返している冒険者の姿が目に入りました。
「そうか、目には目を、石には石をか……」
「どうしたケント、何か思い付いたのか?」
「はい、ちょっと準備が必要なので、少し抜けさせて下さい」
「早めに頼むぞ」
「フレッド、一緒に来て」
『了解……』
フレッドと一緒に影に潜って向かった先はダンジョンです。
『ケント様、ダンジョンに何の用……?』
「ダンジョンじゃなくて、その上に乗ってる岩山に用事があるんだ」
ついでと言っては何ですが、極大発生の事を知らせておきましょう。
ダンジョンの入口には、今日もロドリゴさんの姿がありました。
「こんにちは、ロドリゴさん」
「おう、ケントじゃないか、今日は何の用だ?」
「はい、魔の森からオークの大群がヴォルザードに押し寄せていますので、こちらも警戒していて下さい」
「何だと、大群って、どのぐらいの数だ?」
「たぶん一万は超えているかと……」
「馬鹿野郎、そんな時にAランクのお前が居ないでどうする!」
「いえ、オークを撃退するための物を取りに来たんですよ」
「オークを撃退する物だと、何だそりゃ?」
「はい、これです」
不思議そうな顔をするロドリゴさんに、岩山を指差してみせました。
「山が、どうした?」
「ちょいと切り出していこうかと……」
「はぁ? 山を切り出すだぁ?」
「はい、ちょっと急ぐので詳しい話はまた今度。じゃあ、フレッドお願いね」
『了解』
フレッドに頼んだのは、岩の切り出しです。
綺麗な形でなくても良く、ただ大きさは僕が抱えられない程度の大きさです。
重さにすれば100キロぐらいは有りそうな岩の塊を、いくつも切り出してもらい、影の空間に仕舞いました。
『ケント様……これは、どう使う……?』
「まぁ、それは見てのお楽しみって事で……フレッド、ヴォルザードへ戻ろう」
『了解……』
ヴォルザードに戻ると、オーク達が城壁の下まで辿り着き、よじ登ろうとし始めていました。
それを援護するように、魔の森からの投石は続いています。
「ラインハルト、ザーエ達を引き上げさせて!」
『了解ですぞ、ケント様。何やら思い付きましたな』
「うん、ちょっとね」
影の空間に置いた岩の下に闇の盾を出して、外の空間と繋げます。
影移動は、自分の見える範囲、それと過去に行った事のある場所へと移動出来る魔術です。
闇の盾も、性能は影移動に準ずる形で、僕の見える範囲ならば、自由に展開させられます。
今回、闇の盾を出した場所は、オークの群れが居る魔の森の上空約1000メートル。
投石で負けるなら、頭の上から落としてやろうという魂胆です。
一発では駄目でしょうから、百発ぐらいのストックは作ってきました。
闇の盾から表に出た岩は、落下を始めたのですが、なかなか落ちてきません。
落下を開始してから十秒以上経って、ようやく岩が降って来ました。
若干風に流されて、落下地点は魔の森から出た辺りです。
グシャ、ズン!
重たい地響きがして、オークを一頭押し潰した岩は土にめり込んだけでした。
僕としては、どかぁぁぁん! って感じで派手な爆発を期待したのですが、爆弾のように火薬が詰まっている訳でもなく、地面がコンクリートやアスファルトで固められている訳でもなく、逆に腐葉土でフカフカなので埋まるだけなんですよね。
「うーん……いまいちだなぁ……ラインハルト、悪いんだけど、この岩砕いてくれない?」
『お安い御用ですが、どのぐらいの大きさですかな?』
「拳よりは大きめで、そこに敷き詰めてみて」
『こんな感じですかな?』
今度はラインハルトに砕いてもらった石を、城壁に落ちないように少し森の奥を狙って、500メートルぐらいの高さからばら撒いてみました。
ズダダダダ……バキバキ……
「ブギィィィィィ……」
木のへし折れる音がして、オークの悲鳴が聞こえ、その一角からの投石は止みましたが、全体としての投石は続いています。
攻撃の効果は十分のようですが、範囲が狭過ぎるようです。
「もうちょっと範囲を広げた方がいいのかな? ラインハルト、今度は三つぐらい砕いてみて」
『お安い御用ですぞ』
今度は石の量を三倍、範囲を六倍にしてやってみました。
バキバキバキバキ……
さっきよりも更に大きな音がして、千切れた葉っぱが宙に舞い、広範囲で投石が止みました。
「うん、こんな感じでいいかな、じゃあ、もう何回かやってみよう」
『了解ですぞ』
城壁の影から覗いているので、攻撃した場所がどうなっているのかまでは見渡せませんが、投石が止むなら問題ないでしょう。
自由落下作戦を、場所をずらしながら二十回ほど行うと、オークの投石は殆ど止みました。
その代わりと言っては何ですが、濃密な血の臭いが漂って来ました。
『ケント様、石を落とした辺りは……ほぼ全滅……』
「それじゃあラインハルト、みんなに指示を出して、残りのオークの殲滅と魔石の回収を始めてもらえるかな?」
『了解ですぞ、さっさと片付けましょう』
投石が長い時間続いたせいで、城壁の上には多くの負傷者が呻き声を上げていました。
ドノバンさんに報告をしたら、僕も救護に加わりましょう。
「ドノバンさん、ラインハルト達に残党の始末をさせています」
「おう、そうか……しかし空から石を降らすとは……オーク共も喧嘩を売る相手を間違えたな」
「えっ……うわぁ、グロ……」
ドノバンさんが顎で示した方向を見ると、僕の攻撃を食らったオークの姿が見えました。
直撃されたやつは頭が完全に潰れ、肩に食らったやつは、腕だけでなく半身が潰れている感じです」
5キロ以上ある石が、物凄い速度で降って来るのだから、たまったものではありませんね。
攻撃力なら火属性なんて思っていましたが、いやいやどうして闇属性も凶悪です。
「ケントさん、お疲れ様です。今回も素晴らしい働きでしたね。さすが婿殿です」
「はい、一時はどうなるかと思いましたが、早く片付いて良かった……あっ、ラストックが」
「どうしたの、ラストックがどうかして?」
「はい、今回の極大発生は、ラストックにも同時に向かっているんです」
「ケントさん、ヴォルザードはもう大丈夫です。早くラストックの皆さんを助けに行ってあげなさい」
「はい、ちょっと行って来ます」
影に潜って、フレッド達に指示を出してからラストックを目指します。
「フレッド、コボルト隊十頭を指揮して残党狩りをお願い。他のみんなはラストックへ向かうよ!」
『了解……任せて……』
『参りましょうぞ、ケント様』
「心得ました、王よ」
「ご主人様、ネロも行くにゃ」
ラストックへ着くと、住民の避難は終わったようですが、砦化した駐屯地は投石の雨に晒されていました。
オーク達は、川の対岸から石を投げて援護を行い、その間に川を渡っていました。
ラストックの駐屯地は砦化に伴って水堀で囲まれ、川の中州のような形になっています。
城壁は滑らかな曲面を描いて上にいくほど反り返る形なので、オーク達は壁の下まで辿り着いても上る事が出来ずにいました。
それでも一部のオークは、壁を崩そうと拳や爪を振るっていて、このままでは攻略される恐れがあります。
「さっきの方法で投石しているオーク共を始末するから、合図をしたらザーエ達は水中のオークを片付けてくれるかな?」
「了解ですぞ、王よ」
再びラインハルトに弾を準備してもらい、投石を繰り返しているオーク共に、上空高くから落としてやりました。
ドガガガガガガガ……
石の川原だけに凄まじい音が響きましたが、攻撃を食らったオークの惨状は更に凄まじい状態でした。
脳天に食らった石が、オークの身体を縦に貫通して地面にめり込みます。
ヴォルザードでは見られなかった攻撃の威力を目の当たりにして、冷や汗が流れてきます。
攻撃の範囲を広げた事で、弾の密度が減り命中を免れたオークも居ましたが、周囲の仲間が肉片へと変貌する様を見て、震え上がって動きを止めました。
「何だあの攻撃は!」
「どこだ、どこから攻撃しているんだ?」
「上だ! 黒い影が!」
「まるで死の雨だな……」
砦の壁の上には、騎士達の盾に守られた、金ピカ鎧のカミラの姿もあります。
「投石が減ってきたぞ、今だ、下のオーク共を攻撃しろ!」
投石の量が目に見えて減った事で、砦を守る兵士達が息を吹き返しました。
それまで勢い付いていたオーク達でしたが、投石が減り、逆に砦からの攻撃が増えると右往左往し始めています。
「よし、コボルト隊のみんなでオークを川岸へと追い込んで、ザーエ達は川の中で殲滅、ネロは、一番外側で逃げ出す奴を潰して」
ザーエ達が飛び出して行くと、川はオークの血で真っ赤に染まりました。
『ケント様、ヴォルザードは完了……こっちの魔石を回収する……』
「頼むね、フレッド。ラインハルト、僕らはカミラの所に行こう」
『承知しましたぞ』
投石が止んだ砦では、気勢を上げながら騎士達がオークを屠り始めていました。
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