第129話 誅殺

 グライスナー侯爵、近衛騎士、そしてカミラが同盟を結べば、事は簡単に運ぶかと思っていたのですが、第二王子達の劣化は想像以上に進行していたようです。

 バマタからラストックまでは、日の出前に出発し馬を使って移動すれば、午後には到着できる距離だそうです。


 ゼファロス達は、早朝に出発して、その日のうちに電光石火で片を付けるつもりだったのですが、肝心の馬鹿王子達が起きて来ません。

 そもそも、連日深夜まで続く乱行に慣れた第二王子達が、日の出前に起きられるはずもないのです。


 それでいてベルンストは、早く出立の用意を整えろ、まだ準備はできないのかと催促を繰り返しているようです。

 そこでゼファロス達は一計を案じ、夜間行軍の訓練と称して、夕暮れに出立し翌朝に到着する予定を組みました。


 早起きが出来ないならば、昼前に出立して日暮れ前に到着するというスケジュールも考えられましたが、それだと作戦前に第二王子達がラストックに宿泊する事になってしまいます。


 ベルンスト達の乱行振りを考えると、カミラに魔の手が及ぶ可能性は否定できず、それではゼファロスにとっての新たな後ろ盾が失われてしまいます。

 カミラの貞操を護るためにも、電撃戦は避けられない状況なのです。


 出立するという知らせを聞いてバマタのグライスナー侯爵邸へ様子を見に来たのですが、ベルンスト達は半分以上廃人に見えました。

 初めてベルンストを見たのは王都に行った時でしたが、あの時はまだ下品ではあったけど悪知恵を巡らせ、自分の力で王座を奪い取る気概に満ちていました。


 ですが、目の前にいる男からは、気迫のようなものは欠片も感じられません。

 さすがに派閥の者達が居並ぶ前なので王族らしい衣装に身を包んではいるものの、着崩れてだらしなく見えます。


 肉付きの良い女性を両脇に抱え、締まりの無い笑みを浮かべ、瞳は腐った魚のように濁りきっていますね。

 篝火の落とす影によって一層陰気な表情だと感じてしまったのは、僕だけではないでしょう。


「用意が出来たら、さっさと出発しろ。カミラの下で王国に反旗を翻したラストックを制圧する。住民は皆殺しにして、土地はゼファロス、貴様にくれてやる!」

「ベルンスト様、住民の皆殺しは……」

「くどい! 出立だ! くそっ、何だこの虫は、目障りな!」


 ベルンストは、何もない場所に向かって手を振り回し、腹を立てています。


「ラインハルト、虫なんかいないよね?」

『麻薬の影響で幻覚を見ておるのでしょう。ああなっては、もはや救いようもありませぬ』

「麻薬に溺れた人は、最終的にはどうなっちゃうの?」

『頭の働きがおかしくなり、正常な判断が出来なくなり、自ら命を断つか、周囲の者に殺されるかですな』

「治癒魔術でも治せないのかな?」

『初期であれば、あるいは……ですが、あそこまでなってしまっては手遅れですな』


 それでもまだ、ベルンストは一応の受け答えが出来ていましたが、弟のクリストフは言葉すら発せず、周囲の者を藪睨みしています。

 クリストフに肩を抱かれているのは、僕と同じ年ぐらいの金髪の少年です。


 左目から頬の辺りは、殴られた跡なのか青黒く変色して腫れていて、表情には生気が全く感じられません。


「女性とかを一緒に連れて行くとは思ってなかったんだけど、あの人たちはどうなるのかな?」

『どの程度まで麻薬の影響を受けているかでしょうが、まともな生活に戻るのは難しいでしょうな』


 何と言われて連れて来られたのか、あるいは無理やり連れて来られたのかもしれませんが、こんな状況になるとは思ってもいなかったでしょう。

 ライザス達、取り巻きの七人は、ベルンスト用の馬車とクリストフの馬車に分乗していくようです。


 ラストックに向かう陣容は、王子の馬車が二台、近衛騎士千騎、グライスナー侯爵家の兵千五百人です。


 当初はカルヴァイン辺境伯爵の先発隊として到着している三百人も参加を主張していたそうですが、ラストックに行っても直に戻って来る事になると聞くと、途端に待機に方針を変更したそうです。


 目敏く手柄を立てて稼ごうとでも考えていたのでしょうが、グライスナー侯爵のお膝元とも言える場所では上手くいかないと諦めたのかもしれません。


 バマタを出立した一行は、歩兵の掲げる松明の明かりを頼りにラストックへと向かいます。

 日本のような街灯は無く、街道と言えども日が暮れれば闇へと沈み、殆ど見通しは利きません。


 松明の明かりがあるとは言っても、昼間の行軍に較べれば倍以上の時間が掛かるでしょう。

 ラストックまでの道程を全て見届けるつもりは無いので、バステンに監視を頼んでヴォルザードへと戻りました。


 翌朝、アマンダさん、メイサちゃん、メリーヌさんと平和な朝食を済ませた頃、第二王子達が到着したという知らせを受けて、ラストックへと向かいました。

 カミラの執務室には、ゲルトやレビッチら数名の騎士も顔を揃えています。


「以上が今回の作戦の手順だ。よいか、決して義兄らに気取られるな。誅殺は近衛騎士団の部隊長が行う。我々の役目は、カルヴァイン辺境伯爵が送り込んでいる取り巻き共を万が一にも逃がさない事だ」


 居並ぶ騎士達だけでなく、カミラの声にも若干の震えが感じられるのは緊張しているからでしょう。


「義兄らと取り巻きの数名を除けば、周囲は全て味方だが油断はするな」

「カミラ様、一行が街に入りました」

「よし、全員配置に付け、私は出迎えの準備をする」

「はっ!」


 騎士達が退室した後、窓から駐屯地の入り口を睨み、深呼吸を繰り返すカミラに声を掛けました。


「今から緊張してたら作戦を実行する時までに疲れちゃうよ」

「ま、魔王様、おはようございます」


 急に後から声を掛けられて、驚いた表情を見せたカミラでしたが、僕だと分かって、ほっと息を吐き笑顔を浮かべました。


「おはよう。バステンの報告だとベルンストやクリストフは、馬車の中でも乱行を続けてたみたいで、眠りこけているみたいだよ」

「なんという醜態……義兄ながら情け無いです」

「さすがにそんな状態で誅殺する訳にはいかないだろうから、酒とか薬とかが少し抜けるまで寝かせてからだろうね」

「はい、魔王様、やはり義兄達は私の手で……」

「それは、近衛騎士と打ち合わせして決めて、僕が判断する事じゃないと思うから……」

「そうですね、分かりました」


 カミラと並んで窓の外を眺めていると、タルトがひょっこり顔を出しました。


「わふぅ、ご主人様、オークがいっぱい来るよ」

「えぇぇぇ、数はどのぐらい?」

「百? 千 もっとかも……」


 全く予測していなかった訳ではありませんが、まさか今日とは思ってもいませんでした。

 千頭以上と聞いて、カミラも息を飲んでいます。


「このタイミングで来るかぁ……今どの辺り?」

「半分は、もうすぐ魔の森の端に着きそうだよ」

「ん? 半分……?」

「うん、半分はヴォルザードに向かってる」

「カミラ、住民を避難させて、近衛騎士達と一緒にここに立て篭もって。僕はヴォルザードの方を先に片付けて来るから」

「畏まりました。バークス、警報を出せ! 訓練ではないぞ、急げ!」


 カミラは秘書官に命じながら、自分も駆け出して行きました。

 幸い駐屯地の壁の硬化は終わり、堀にも水が流されています。


 これならばオークの大群でも簡単には突破出来ないでしょう。

 僕も急いでヴォルザードへと戻りましょう。


「ラインハルト、みんなを呼び戻して守りを固めて」

『了解ですぞ、ケント様』

「タルト、チルト、ツルト、テルト、トルト、群れの先頭あたりのオークの足を狙って動けなくして来て」

「わふぅ、分かりました! ご主人様」


 ヴォルザード近くの魔の森へと出ると、森の奥から土煙を上げて向かって来るオークの姿が小さく見えました。

 確かに、ちょっと見ただけでも千頭以上は居そうです。


「マルト、下宿に戻ってアマンダさん達の警護、ミルトはメイサちゃんを探して守っていて」

「わふぅ、分かったよ」

「ご主人様、終わったら撫でてね」


 まずは守備隊に情報を伝えるために、街の門へと移動して、外から大声で叫びました。


「オークの大群が来ます! 警報を鳴らして下さい!」

「魔物使いか、分かった!」


 門の警護に当たっていた守備隊の隊員が顔を引っ込めると、すぐに早鐘が打ち鳴らされました。

 再び影に潜って、今度はギルドへと向かいます。


 この時間だと、ドノバンさんは講習の最中でしょう。

 ギルドの訓練場へと向かうと、八木が女性剣士に叩きのめされた所でした

 なんだ、心配したけど、ちゃんと女の子と知り合いにはなれたようですね。

 ドノバンさんも、講習の参加者も早鐘の音を聞いて、動きを止めています。


「ドノバンさん、オークの極大発生です。千頭以上がこっちに向かってます」

「何だと、オークだと、本当か?」

「はい、眷族は全員呼び戻しましたので、森の中で迎え撃ちます」

「頼んだぞ、俺もクラウスさんと打ち合わせて、すぐに向かう」

「分かりました。先に行きますね」


 影に潜って、再び城壁を目指します。


『ケント様、ワシらが森の中で群れの頭を叩いて来ます』

「前回みたいに餌場を作るんだね。了解、ラインハルト、バステン、フレッド、それからザーエ達にそれぞれコボルト補助を二体ずつで、魔石の回収まで終わらせちゃって」

『了解ですぞ』

「残りのコボルトは、オークの群れが広がってヴォルザードを迂回していかないように牽制して回って」

「わふぅ、分かりました、ご主人様」

「にゃ、ネロも何か役に立ちたいにゃ」

「じゃあ、ネロはコボルト隊を突破するオークが居たら、サクっと倒しちゃって」

「了解にゃ、オークにゃんかイチコロにゃ」


 オークの群れは、城壁の上からも確認出来る距離まで近付いて来ていましたが、ラインハルトやザーエ達の活躍で、動きを止めて共食いを始めました。

 群れが止まったのは良いのですが、濃密な血の臭いが風に乗り、ヴォルザードの街へと流れて来ます。


 それは城壁へと集まり始めた守備隊の隊員や冒険者に、根源的な嫌悪感と恐怖心を抱かせるものでした。


「うげぇ、今度も凄ぇ臭いだな」

「もう魔王のところの魔物が戦い始めてるのか?」

「見ろよ、そっちも、あっちにも居やがるぞ」

「五百や千じゃきかないんじゃねぇのか」


 集まって来た冒険者は、城壁の上から魔の森を見透かして、少しでも情報を手に入れようとしています。


 城壁の影の中から彼等の話に耳を傾けていると、返り血にまみれ、少しスッキリした顔のラインハルトが戻って来ました。

 うん、ストレス発散の手段になったオークに少し同情しちゃいました。


『ケント様、一旦オーク達は止まりましたが、かなりの数ですぞ』

「でも、前回のゴブリンほどじゃないよね?」

『どうでしょう、今回も軽く万は超えていそうですぞ、ザーエ達には、群れの中でも暴れて来るように命じておきました』

「それじゃあ、こっちは暫くの間は共食いに夢中って感じかな?」

『ですな。食った後は、おそらく寝込むかと……』

「じゃあ、ちょっとこっちを頼んでおいて良いかな、ラストックの様子を見てくるからさ」

『お任せくだされ。何か大きな動きがあった場合には、お知らせいたします』

「うん、お願いね。フレッド、それとネロ、一緒に来て」

『了解……』

「分かったにゃ」


 ラストックに戻ると、街は大混乱に陥っていました。

 ストームキャットに襲われた事で、いくらか危機感は高まっていたようですが、住民の避難は進んでいないようです。


いくら避難計画を作っても一度も訓練が行われていないので、実際にどう動けば良いのか分からない住民が続出しているようで、家財道具まで持ち出そうとしている者や、我先にと馬車に乗り込もうとする者などが後を絶たないようです。


 オークの群れは既に川の近くまで来ており、砦の城壁に上った騎士達からは、避難を急ぐよう指示する怒声が飛んでいます。

 駐屯地の入口は、かなり大きく作られていますが、それでも街の住民が殺到すれば、当然のように渋滞が出来上がります。


 また駐屯地の中に入った住民の誘導が上手くいっていないようで、入口付近に滞留してしまい更に避難の流れを邪魔しているようです。


『ケント様……このままだと間に合わない……』

「そうだね。ネロ、ちょっとオークの群れの先頭あたりで暴れて。動きを鈍らせて来て」

「分かったにゃ、任せるにゃ」


 ネロは嬉々とした様子で飛び出していきました。

 うん、ちょっとラインハルトに似てるのかもしれませんね。

 今のうちに避難を進めるように伝えようとカミラを探すと、またしても予想外の事態が起こっていました。


 ベルンスト達の休息所となるはずだった建物の前で、数人が血塗れになって倒れています。

 周囲には血に塗れた剣を握った近衛騎士やラストックの騎士の姿があります。


「急げ、早く治癒士を呼んで来い!」

「こちらから運んだ方が早いぞ!」

「駄目だ、出血が酷過ぎる、これでは下手に動かせんぞ」

「カミラ様、お気を確かに!」


 慌しく動き回る騎士達の中央には、腹に短剣が刺さったまま横たわるカミラの姿がありました。

 既に呼吸が浅く、弱くなっていて、顔色も真っ白です。


「カミラ! ちょっと邪魔、治療するからどいて!」

「何だ貴様、カミラ様に何をする……」

「フレッド、邪魔者を蹴散らして!」

『承知……』


 闇の盾から飛び出してカミラに駆け寄ると、近衛騎士が立ち塞がったので、フレッドに排除してもらいました。

 傷口に手を当てて治癒魔術を流し込みましたが、短剣が刺さったままですし、内臓を抉られているためか効果が上がりません。


「申し、わけ、ございません……魔王さ、ま……」

「喋らなくていい、話は後で聞く。剣を抜くから、少し我慢して」

「はい……うぐぅぅ……」


 他人の身体に刺さった剣を抜く手応えは、刺された時の痛みを思い出させて背中に冷たいものが走りました。

 刺さっていた剣を投げ捨て治癒魔術を流すと、今度は順調に傷が塞がっていく手応えがありました。


 僕が治療をしている周囲には、剣を構えた近衛騎士が集まってきましたが、漆黒の双剣を構えるフレッドに威圧されて踏み込んで来られないようです。

 その中に、見知った顔を見つけました。


「ネイサン、オズワルド、近衛騎士を指揮して守りを固めろ! 川の向こうには万を超えるオークの群れが迫っているぞ! レビッチ、ラストックの騎士は貴様が指揮して避難民を早く収容しろ。非常事態だ、生き残るために足掻け!」

「貴様のようなガキが何を……うっ……」


 怒鳴り声をあげながら踏み込んで来ようとした騎士の前に、オークの返り血に塗れたラインハルトが立ち塞がりました。

 僕を中心に三角形の形になる位置にバステンも槍を構えています。


「私は大丈夫だ……魔王様の言い付けに従え……」

「まだ寝ていないと……」

「すみません、魔王様、少しだけ……」


 お腹の傷は何とか塞がったようですが、多くの血を失い、とても動ける状態ではないはずですが、カミラは身体を起こそうとします。

 言っても聞きそうも無いので背中を支えてやると、上体を起こしたカミラは騎士達を見回して口を開きました。


「魔王ケント・コクブの僕、カミラ・リーゼンブルグが命じる。リーゼンブルグの騎士よ、民を守るために死力を尽くせ!」


 魔王の僕という言葉を聞いて、騎士達はギョっとした表情を浮かべて固まっています。


「何をしている、時間は無いぞ、行け!」

「はっ!」


 気迫に押されて騎士達が動き出すと、カミラは力を抜いてグッタリと身体を預けて来ました。


「で、何がどうしたら、こんな状況になるんだよ」

「申し訳ございません。突然クリストフ義兄が剣を振り回し始めて……」


 馬車から降りたベルンスト達を休息所へと案内している途中で、突如クリストフが奇声を上げながら剣を振り回し、連れていた少年を切り殺し、更には騎士達にも斬り掛かっていったそうです。


 仕方なく予定を変更し、その場で一気に誅殺を敢行したそうなのですが、混乱する中で取巻きの一人に刺されてしまったらしいです。


「それで、全員仕留めたの?」

「申し訳ございません。私は刺されてしまい、把握出来ておりません」

「そうか……」


 誰かに聞いてみようと周りを見回すと、青い顔をしたウォルター・グライスナーの姿がありました。


「ウォルターさん、王子と取巻き、全員仕留めたのですか?」

「えっ……あ、あぁ、どうだろう、少し待ってくれ……」


 ウォルターは慌てて並べられた死体を確認に向かいました。

 血塗れの死体に顔を顰めながら、指を折りながら数え始めました。


 確か取巻き七人に女性二人、少年が一人、そこに王子を加えると十二人。

 こちらから見える遺体の数がそれ以上なのは、騎士にも犠牲が出たからでしょう。


「魔王様は、光属性の魔術もお使いになられるのですね」

「あーっ……バレちゃったか、眷族にしたと思い込ませようとしてたのになぁ……」

「そのような事は、もはや関係ございません。私のこの身体は全て魔王様のものでございます」

「はいはい……てかさ、もうそろそろ自分で起きていられるよね?」


 背中を支えながらも治癒魔術を掛け続けていたので、もう体調もほぼ戻っているはずです。


「も、もう少し……駄目でしょうか……」


 ぐぅ、何その上目使いのお願いは……けしからんです。


「も、もうちょっとだけだからね」

「はい、魔王様……」


 いやいや、メイサちゃんじゃないんだから、頭をスリスリしてこないの。


「大丈夫だ魔王よ、全員仕留めて……カミラ様?」


 僕の胸にカミラが頭を預けている様子を見て、ウォルターが不審そうな目で見ています。


「あ、あーっ……まだ具合が良くないみたいで……」

「そうか……しかし、君は治癒魔術まで使えるのか……どうかね、私に仕える気はないかね?」

「ありがたいお話ですが、やらねばならない事が山積みなので、申し訳ありませんが御希望には添えません」

「そうか、それは残念だ。だが気持ちが変わったら……なっ!」


 尚も勧誘を続けようとしたウォルターの前にザーエが姿を表しました。


「王よ、何やらオーク共の様子がおかしいです」

「分かった、すぐ戻る。カミラ、こっちは任せるからね。近衛騎士もグライスナー侯爵の兵も居る。ここに籠もって民を守れ」

「はっ! 畏まりました」

「ムルト、グライスナー侯爵、分かるかな?」

「わふぅ、太った犬のおじさん?」

「そうそう、その侯爵に、ラストックがオークの大群に襲われている事を知らせて、そっちも危ないから備えておいてって」

「分かった、行って来る」


 話を横で聞いていたウォルターが、驚いた表情で訊ねてきました。


「魔王よ、バマタも危ないのか?」

「それは、ラストックで腹を満たせなければ、先に進むしかないですよね」

「先程、万を超える大群と言っていなかったか?」

「まぁ、そうなんですけど、バマタには兵もいますよね?」

「そうだが、その……そこにいる魔物を借り受けることは……」

「無理です、僕らはヴォルザードの守備に戻ります」

「そんな……」

「と言うか、極大発生の危険性は、カミラが何度も伝えていると思うのですが……」


 視線を向けるとカミラも頷いてみせます。


「ミノタウロスの大群に襲われた時にも、侯爵には連絡してあります」

「だとしたら、備えておかない方に落ち度があるんじゃないですか?」

「全て本当だったのか……」


 ウォルターが呆然としている所を見ると、グライスナー領では対策が進んでいないのかもしれませんね。

 ですが、さすがにそこまで守るのは僕には無理です。


「ほら、カミラ、そろそろどいて、ヴォルザードに戻るからさ」

「あっ、申し訳ありません魔王様」

「じゃ、後はよろしく……」

「はっ、畏まりました!」


 だいぶ体調も戻ったようで、しっかりと頭を下げるカミラと、茫然自失のウォルターを残してヴォルザードへと向かいました。

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