第128話 弑逆の決意

 ゼファロス・グライスナー侯爵との会談を通して、リーゼンブルグ王国の貴族の印象を改めました。

 これまで僕は、貴族は第一王子派、第二王子派に分かれて権力争いをしている、欲に目が眩んだ連中だと思っていました。


 ですが、貴族の中には、自分達の領地や生活を維持するために真剣に活動している者もいるのだと分かりました。

 ゼファロスとは、作戦の流れを話し合い、結果をカミラに伝えてグライスナー侯爵家との関係を取り持つ約束をしました。


 勿論、カミラには何の断りもしていないのですが、状況を考慮すれば断るという選択肢は残されていないでしょう。

 会談は、長時間に及びましたが、ゼファロスのみならず、ウォルターやヴィンセントも熱心に話し合いに加わっていました。


 会談の最後には、ゼファロスからカミラへの手紙を託されました。

 正式な書簡は後日送るそうで、今回は簡単な私信ではあるものの、署名入りの手紙を託されるのだから、それなりには信用されているのでしょう。


 会談が終わったのは、夜半に近い時刻でしたが、念の為カミラの部屋に立ち寄っていく事にしました。

 ちなみに、せっかく用意した縛り首を模したロープですが今回はお蔵入り、魔王からの警告は無しとします。


 既に眠っていたならば、また明日にでも出直してこようと思ったのですが、カミラの部屋には明かりが灯っていました。

 部屋を覗くと、カミラは一人で飲んでいるらしく、グラスに酒を注いでいます。


 グラスになみなみと注いだ酒を半分ほど一気に飲むと、カミラは大きな溜息をつきました。

 何だか頭がグラグラと揺れている気がしますね。


「カミラ、ベルンスト達の事なんだけど……」


 影から出て声を掛けると、俯いていたカミラの頭が上がり、僕の方へと視線が向けられたのですが、目の焦点が合っていない気がします。

 これは、出直して来た方が良さそうですね。


「魔王様ぁ……ま、おう……様……」


 ユラリと立ち上がったカミラは、フラフラとした足取りで歩み寄って来ます。


「わらくしには……そんなに……魅力が無いれ、すか……」

「はぁ? 何を言って……うわっ、酒くさっ……」

「魔王様ぁ……」

「ちょ、カミラ……危なっ……」


 しな垂れ掛かってきたカミラを支えきれずに、ベッドに押し倒されてしまいました。


「むふぅ……ま・お・う・さ・まぁ……」

「えっ、ちょ……何してるの?」


 圧し掛かって来たカミラは、僕の首筋に顔を埋めて、スリスリと頬擦りしてきます。

 

「むふふぅ……魔王様の匂いがしますぅ……」

「ちょ、カミラ、マジで何してんの!」


 スンスンと鼻を鳴らして匂いを嗅いでいたカミラの身体から、急激に力が抜けていきました。

 そのまま僕を下敷きにしたまま、スース―と寝息を立て始めます。


「もう何なんだよ、この酒乱は……まったくけしからん。この……この……はぁ……」


 少し乱れた寝巻きの前を合わせて、カミラをベッドに放り込みました。


『ぶははは、ケント様、続きをなさらなくてもよろしいので?』

「やだよ、酔っ払って意識のない女性を手篭めにするなんて、どこのヤリサーだよ……」

『ヤリサー……とは何ですかな?』

「あぁ、女性を酔わせて嫌らしいことをしようとする野郎共の事ね」

『なるほど、ですがカミラ嬢も望んでいたようですが?』

「いや、この状態だと覚えてないじゃない。あぁ、クラウスさんの夕食会の時に酔っ払った僕がこんな感じだったのかな?」

『ぶははは、いかにも、このレベルの酔っ払いでしたな』

「まったく、ベルンスト絡みが重要な局面を迎えてるっていうのに……アホか!」

「あぅ……魔王様……まぉ……」


 おでこにピシャリと突っ込みを入れると、カミラは寝惚けたまま両手をゾンビのように彷徨わせた後でパタリと動きを止めると、ニヘラとだらしのない笑顔を浮かべて寝息を立てました。


『カミラ嬢は、馬鹿王子などに較べれば民と触れ合う機会もあり、常識的な行動をしておりますが、やはり王族ゆえの大らかさと言うか、甘さがありますな』

「でも、ベルンストが住民の虐殺を考えているって知らせてるんだし……まぁいいや、今は言っても仕方ないよね」


 第二王子派の動きに関して話をするので、しっかり酒を抜いておくように書置きをしてヴォルザードへと戻りました。

 今日は起きるのが遅かったですけど、結局働き詰めの一日でした。


 明日もゼファロスとの連絡や打ち合わせがありますから、早く寝ましょう。

 てか、メイサちゃん、抱えている僕の枕を返してくれないかなぁ……。


 一夜が明けて、朝食を済ませた僕は、診療所へ出掛ける前の委員長の部屋を訪ねました。

 この先、第二王子絡みで忙しくなりそうですし、カミラの謝罪コメントの手直しポイントが有れば、先に聞いておこうと思ったからです。


 で……僕は今、委員長の部屋で正座させられています。


「健人……これは一体どういう事なのかなぁ……」

「いや、どういう事とおっしゃられましても……」

「カミラは、ハーレムには入れないんじゃなかったの?」

「それは勿論、今は入れるつもりは無いよ」

「今は……? それじゃあ、ほとぼりが冷めたら入れるつもりなの?」

「いやいや……そんなつもりは……」


 委員長に角が生えちゃっているのも仕方無いよねぇ。

 カミラが告白してきた時に、回しっぱなしにしていた動画ファイルの削除を忘れていました。


 途中からタブレットを置いていたので、映像は撮れていないのですが、音声はバッチリ拾っています。


『分かっております。私など魔王様に相応しくない事は、十分にわきまえております。ですが、この胸の……偽らざる思いだけは、どうかお聞き届け下さい』

『えっ……あっ、は、はい……』


 もう何度目でしょうか、再生された音声を聞くだけだと、確かに僕がカミラを許して受け入れているように聞こえてしまいます。

 でも、実際にはカミラの勢いに押されて生返事しただけで、謝罪も賠償も終わっていない状態でハーレムに加えるなんて出来ませんよね。


「健人が女の子に弱いのは良く分かっているけど、カミラは駄目! 勿論他の女の子なら良いって訳じゃないけど、とにかくカミラにはハッキリ言わないと駄目!」

「はい、ごめんなさい……」


 僕と違って、ラストックの駐屯地でカミラと顔を合わせる機会も多く、同級生達の悲惨な状況をつぶさに見て来た委員長だから、尚更許す気にはなれないのでしょう。

 これで昨日の晩のハプニングまで知られたら、ホントに愛想尽かされちゃうかもしれないよね。


「ねぇ健人、正直に言って。やっぱりその……パパとママに挨拶出来ていないから、その……エッチな事が出来ないから不満なの?」

「違う、そんな事はないよ。それは、ちゃんと考えているから、大丈夫」

「でも健人は、カミラとか、レーゼさんとか、メリーヌさんとか、ギルドの受付の人とか……胸の大きい女性にデレデレするから……」

「ぐぅ……ごめんなさい……」


 もう反論の余地がございません。

 委員長の言う通り、チラ見、覗き見、ガン見しちゃっています。


「ねぇ健人……」

「はい、何でしょう?」

「あのね……どうしても、どーしても我慢出来ないなら、私が、その……」

「へっ? えっと……」

「この前、レーゼさんに教わったんだけど……」


 委員長は、真っ赤になってモジモジしています。


「いやいや、駄目駄目、カミラにはキチンと言うから。と言うか、カミラは王女なんだから、有力貴族とか、隣国との政略結婚とかもあるんじゃないの?」

「でも、縁を結んでおく必要性だったら健人の方が重要じゃない?」

「うっ……でも、王族で僕の存在を知ってるのはカミラと弟のディートヘルムだけだし……」

「でも、そのカミラの弟を王にするんじゃないの?」

「うっ……あっ、その話は変更になるかもしれないし、貴族からカミラに結婚の申し込みがあるかもしれないよ」


 第二王子ベルンストと弟のクリストフ、そして取巻き達の乱行振りと、愛想を尽かしたグライスナー侯爵による暗殺計画を話すと、委員長は信じられないといった表情を浮かべました。


「うわぁ、そんなに酷い状況なんだ。それじゃあ、健人がカミラに同情したくなるのもちょっとだけ分かるかも」

「とにかく、この数日が山だと思うから、その前に謝罪コメントの修正点があったら聞いておこうと思ったんだけど……唯香?」

「ごめんなさい。頭に血が上っちゃって、まともに内容を見てない……」

「えぇぇ……」

「だって仕方ないじゃない。こっちの取り直した分だって、明らかにカミラは撮影している健人に色目使ってるし、こんなの見ていられないよ!」

「うっ……そこを何とか内容のチェックだけでも……」

「はぁ……もう、しょうがないわねぇ、その代わり……」


 委員長が示した交換条件は、僕と委員長が一緒に映っている動画を撮影して、それをカミラに見せるというものでした。

 二回も取り直しを行った動画の内容は、委員長がカミラに対して僕の所有権を宣言するもので、二人の熱々ぶりを見せ付ける内容でした。


 委員長にはグライスナー侯爵との打ち合わせに向かう……と言って出て来たのですが、最初に向かうのはカミラの所です。

 ゼファロスの手紙を届けて、今後の後ろ盾を約束させないといけませんからね。

 勿論、委員長の宣戦布告ビデオも見せるつもりです。


 カミラは執務室の机に肘を付き、頭を抱えていました。

 目の前に広げているのは僕が昨日残しておいた書置きです。


「あぁ……私は何てふしだらな振る舞いをしてしまったんだ……あれが夢であってくれれば良いのだが……あぁ……頭が痛い……」


 僕の予想に反して、どうやらカミラは昨日の醜態を覚えているようです。

 てか、頭が痛いのは二日酔いだからじゃないの?

 闇の盾から表に出て、ソファーに腰を下ろしながら声を掛けました。


「ちゃんと酒は抜けているんだろうね?」

「ま、魔王様!」

「のんびりしている時間は無いよ、ゼファロス・グライスナーより手紙を預かっている。すぐに目を通して」

「はっ、畏まりました」

「それと、お茶を一杯もらえるかな」

「はっ、バークス、お茶を……」


 ゼファロスの手紙には、昨夜打ち合わせたベルンスト、クリストフ、そして取巻き達の暗殺計画が記されていて、カミラの承認と今後の後ろ盾を頼む内容が書かれています。


 計画では、バマタの街を早朝に出発し、午後にはラストックに到着。

 駐屯地の訓練場で最後の諫言を行い、駄目ならばその場で誅殺するという流れです。


「これは……ゼファロス・グライスナーが裏切るという事ですね?」

「違うよ。ベルンストとクリストフが愛想を尽かされたんでしょ。昨日、奴らの乱行を少し覗いてきたけど、それはそれは酷いものだったよ」

「御覧になられたのですか?」

「ファルザーラの煙が部屋の向こう側が霞むほどに立ち込める中で、複数の男女がケダモノのごとく絡み合う……一国の王子のする事ではないし、とてもじゃないけど国の将来を預ける訳にはいかないよね。だからこそ、ゼファロスも決断したんじゃないの?」

「確かに、おっしゃる通りなのでしょう」

「それで、ゼファロスの申し出を受け入れるの? それとも断るの?」

「受け入れます」


 カミラの返答には、一切の迷いは感じられませんでした。


「分かった、それじゃあゼファロスへ申し出を受け入れるという返事、それからベルンスト、クリストフ、それぞれの護衛にあたっている近衛騎士団の部隊長への手紙を書いてもらえるかな?」

「畏まりました」


 カミラは、サラサラと下書きをして読み返した後に修正を加え、最後に王家の紋章が記された紙を使って清書しました。

 それを金の縁取りがされた封筒に収めると、左手に嵌めた指輪を使い封蝋にも刻印を入れました。


 うん、何かいかにも王侯貴族という感じで、ちょっと格好いいよね。

 手紙だけでも充分だとは思ったけど、信頼度を増す意味でカミラのコメント動画を撮影しておく事にしました。


「第三王女のカミラ・リーゼンブルグである。義兄ベルンスト、クリストフを誅するという決断は、そなた達にとって余程に思い悩んだ末のものだろう。私は、そなた達の決断を全面的に支持する。思う存分に働き、国のために忠誠を尽くしてほしい」


 ぶっちゃけ、酒の匂いまで伝わらなくて本当に良かったと思うよね。

 キリっと引き締まった表情をしているものの、テーブルを挟んだ僕の所まで匂ってきます。

 録画を停止して、カミラにOKを出しました。


「うん、良いんじゃない……映像からは酒臭さは伝わらないからさ」

「うっ……申し訳ございません」

「理由は分からないけど、昨日は酷い有様だったんだけど、覚えてる?」

「い、いえ……酷く酔っていたようで、その、魔王様が来ていらしたのも書置きを見て知りました」


 さっきの独り言とは随分違う内容だし、キョドりまくりですね。


「まったく、僕がゼファロスと遅くまで打ち合わせしてたというのに……ホントけしからんよね」

「申し訳ございません」


 カミラは、テーブルに打ち付けるような勢いで頭を下げました。


「まぁいいや……それでね、唯香からメッセージがあるんだ。ちょっと見てくれるかな?」

「ユイカというと……聖女ですか?」

「うん、まぁいいから見てよ……」

「はぁ……これは……」


 小首を傾げながら映像を見始めたカミラでしたが、すぐにキュウっと目が吊り上がり、その後は神妙な顔付きに変わりました。

 映像の中で委員長は見せつけるように僕に密着した後、カミラが起こした過ちの数々を断罪し、今も苦しんでいる者が沢山いる事を鋭い口調で指摘しています。


 そして、召喚によって起こった悲劇に苦しむ人々に謝罪し、賠償し、許しを得ない限り、僕との関係は絶対に認めないと宣言し、僕の頬にキスをして見せ映像は終わりました。


「僕も、全ての謝罪、賠償が終わり、許しを得ない限り、カミラの気持ちを受け入れる事は出来ないと思ってる」

「魔王様……」


 カミラは、大粒の涙を零しながら頷きました。


「おっしゃる通りです。私は、魔王様の優しさに甘えておりました。申し訳ございませんでした」

「じゃあ、僕はバマタに行ってゼファロスや近衛騎士団の部隊長と会う予定だから、カミラはラストックの騎士に作戦を徹底しておいてね」

「はい……畏まりました……」


 ぐぅ……そんな捨てられた子犬みたいに、しょんぼりしながら上目使いで見ないでくれるかな。

 何だか僕が悪者みたいで……けしからんです。

 影に潜ってバマタのグライスナー侯爵邸を目指します。


 グライスナー侯爵邸に着き、ゼファロスの居室を覗いて見ると、ガッシリとした体型の男性が二人、渋い表情でゼファロスと向かい合っていました。

 恐らくこの二人が近衛騎士団の部隊長なんでしょうね。

 姿を見せる前に、少しどんな人間なのか覗いておきましょう。


『ケント様、向かって右側の赤茶色の髪をしているのがネイサン・フォルスト、第二王子付きの部隊長で、左側の深緑の髪で髭を蓄えているのがオズワルド・キルシュ、第三王子付きの部隊長です』

「バステン、近衛騎士っていうのは、誰の命令で動くものなの?」

『はい、近衛騎士は王族の護衛が主な任務で、命令系統の最上位は近衛騎士団長になりますが、その命令に背かない限りは護衛を担当する王族の命令で動きます』

「つまり、今回のラストックの住民虐殺計画が、近衛騎士団長の命令に背くことでなければ、この二人はベルンストやクリストフの命令に従うってことだね?」

『おっしゃる通りですが、常識的に考えて、そのような行為を近衛騎士団長が許可するとも思えませんし、この二人が従うとも思えません』

「じゃあ、この二人は味方になる公算が高いって考えて良いのかな?」

『その通りです。馬鹿王子達の命令に従うとは思えません』


 実際、ゼファロスとの話を聞いていても、馬鹿王子達の乱行振りには手を焼いているようですし、ほぼ愛想も尽きているようです。

 ただ、王族を誅殺するという重大な決断を下せずにいるように見えます。


「侯爵殿、誅殺ではなく幽閉で済ます方がよろしいのではないか?」

「ネイサン殿、それは私も考えたが、あの状態で幽閉しておけば、幽閉地の周辺に悪影響を及ぼすのではないか? それに、二人が生きている限り、カルヴァイン辺境伯爵が放っておくとも思えぬ。王位を継ぐのは難しいが、それこそ叛乱の首魁として担ぎ出される心配が出て来るだろう」

「オズワルド殿は、クリストフ様を誅殺する事に抵抗を感じないのか?」

「まったく感じないと言えば嘘になるだろうが、これまでに何度もお諌めいたしたが、聞き入れていただけなかった。この上、民を殺せと申されるならば、殿下を誅するのも已む無しだ」


 第二王子付きのネイサンには迷いが残っていそうですが、第三王子付きのオズワルドは既に覚悟を決めているようです。


「ネイサン、そなた確か子が生まれたばかりだったな。逆賊の汚名を着せられるかも知れぬ決断をなすのに、迷いが生じても仕方無いだろう。だがなネイサン、我等は近衛騎士として国のために命を捧げると誓ったはずだ。国を護り、国が栄えるには何を成すべきか考えれば、自ずと答えが出るはずだ」


 オズワルドの言葉を聞いたネイサンは、腕組みをして天井を見上げました。

 そのままの姿勢で目を閉じ、暫く考えた後でゼファロスへと視線を戻しました。


「分かりました侯爵殿。ですが、ラストックに到着した時点で、私に最後の諫言の機会を与えていただきたい。それでもお心を変えていただけないならば、致し方ありません。私がベルンスト様を誅殺いたします」

「そうだな。クリストフ様を弑するのは私に任せていただこう」


 どうやら実際に馬鹿王子二人を誅殺するのは、近衛騎士達になったようです。

 あるいはゼファロスは、この状況を予測していたのかもしれませんね。


 それでは、そろそろ顔合わせといきましょうか。

 三人から良く見えて、それでいて手の届かない場所に闇の盾を出して部屋に踏み込みました。


「何者だ!」

「ご心配無く。ネイサン殿、彼は味方だ」


 僕の姿を見た途端、立ち上がって身構えたネイサンをゼファロスが制しました。


「おはようございます、グライスナー侯爵。そして、お初にお目に掛かります、オズワルドさん、ネイサンさん。ケント・コクブと申します、お見知りおきを……」

「お二方の耳にも届いているだろう。彼が、ラストックに出没する魔王と呼ばれる存在だ」


 ゼファロスの言葉を聞いても、二人は警戒を緩めた様子はありません。

 特に座ったままのオズワルドも、刃のごとき視線を向けて来ます。


「さて早速で悪いのだが、魔王よ、例のものは?」

「はい、預かって来ました。でもその前に、魔王ではなくケントと呼んでいただけますか?」

「ほう、魔王の称号は気入らぬか?」

「はい、正直に言って背中がムズムズします」

「ふふふふ……だが、私の所に入って来ている噂話が本当ならば、魔王と呼ぶのが相応しいと思うが?」

「その噂というのが、どんな内容かは存じ上げませんが、話半分ぐらいに思っていただけると有り難いのですが」

「まぁ、いいだろう、手紙をもらえるかな?」

「はい、こちらです……」


 影収納から手紙を取り出すと、ネイサンとオズワルドは目を見開きました。


「貴様、その封筒をどこで……」

「それは、ご自身の目でお確かめ下さい」


 ゼファロス、ネイサン、オズワルド、それぞれに宛てたカミラの手紙を手渡しました。

 ゼファロスは懐から取り出したペーパーナイフで封を切ると、オズワルドへナイフを手渡し、文面に目を通し始めました。

 オズワルドもすんなりと封を切り手紙を開きましたが、ネイサンは金の縁取りがされた封筒を繁々と眺め、封蝋の刻印を確かめ、ようやく封を切りました。

 ゼファロスは、手紙を読み進めながら何度も頷き、文面を仔細に確かめた後、押し頂くように封筒へと戻しました。


「一つ聞かせてくれたまえ。カミラ様は、誰かに相談なさって御決断なされたのか?」

「僕が知りうる限りの情報は伝えましたが、決断はカミラ王女ご自身の考えですね」

「結構、返す返すもカミラ様が男性であったならば……と思ってしまうな」


 ゼファロスが感想を洩らす頃には、近衛騎士の二人も手紙を読み終えていました。


「これは……これは、本当にカミラ様が書かれたものなのか?」

「ネイサン、疑いたくなる気持ちは分からなくもないが、いくら侯爵殿でもこの封筒や便箋を準備するだけの時間は無かったはずだ」

「それは、確かにそうだが……」

「そう言われるかと思って、メッセージも預かって来ているので、御覧いただけますか?」


 タブレットで撮影したカミラの動画を再生したのですが、これにはゼファロスも腰を抜かさんばかりに驚愕し、三人から質問責めに遭いましたが、カミラの後ろ盾が確実なものと知り、更に決意を固めた様子でした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る