第127話 グライスナー侯爵

 リーゼンブルグ王国の第二王子ベルンストと、その弟である第三王子クリストフは、バマタにあるグライスナー侯爵の屋敷に滞在しています。

 王族の訪問を想定して作られた豪奢な離れに籠もり、昼間から軍議と称する酒宴を繰り返しているそうです。


『ケント様、ベルンスト達は夜半過ぎまで乱行を続けると思われますが、警告はどのような手順でなされますか?』

「騒ぎ終わった後は、どんな感じなのかな?」

『太陽が高く上がる頃までは、死んだように眠り続けています』

「じゃあ、寝込んでからやろう。その前に、どんな状況なのかちょっと見ておこうか」

『酷い有様ですが……ご案内いたします』


 バステンに案内されて影移動で向かった部屋には、怪しげな香炉から立ち上った煙が充満していました。


「ねぇ、見ただけでも煙が濃くなっている気がするんだけど……」

『おっしゃる通りです。この濃さのファルザーラの中では、正気を保っているなど不可能でしょう』


 普通、王族を持て成すとなれば、何人もの給仕が甲斐甲斐しく世話を焼くものでしょうが、この部屋には入口付近に料理や酒が山のように用意されてはいるものの、それをテーブルまで運ぶ給仕の姿はありません。

 腹が減り、喉が乾いたら、勝手に食って勝手に飲めと言わんばかりです。


 部屋の中で行われている乱行は、王都の時よりも酷い有様でした。

 何かを身に付けている者は一人も居らず、まともな会話をしている者も居ません。


 羞恥心の欠片も無く、ただ己の欲望を満たすことにしか興味がない、ケダモノの集まりです。

 鉱山で一山当てた荒くれ者の集まりだと言われれば納得するかもしれませんが、この中に一国の王子が二人も混ざっていると言われて信じる人は居ないでしょう。


『ケント様、このような奴らには警告など無意味ではありませぬか?』

「うん、ラインハルトの言いたいことは凄く良く分かるけど、念の為、と言うか僕が納得したいだけなんだけどね」

『さようですか、ならばワシがとやかく言う必要はございませんな』


 狂乱騒ぎはまだ終わりそうもないので、この間にグライスナー侯爵の様子を見に行きました。

 グライスナー侯爵家の当主、ゼファロス・グライスナーは、三人の男達とテーブルを囲み苦々しい表情を浮かべていました。


 年齢は五十代ぐらい、立派な口髭を蓄えた恰幅の良い男性です。

 こげ茶色の髪の頭部には三角の耳、グライスナーは犬獣人の一族だそうです。


『ケント様、ゼファロスの向かいに座っているのが長男のウォルター、その隣が次男のヴィンセント、少し離れて座っているのが家宰のセドリックです』

「家宰ってなに?」

『貴族の家の宰相という意味で、領主に代わって様々な仕事を片付けています』


 テーブルに着いている男達は、全員が渋い表情を浮かべています。

 どうやら王子達の乱行振りに愛想を尽かし、処遇に窮しているようです。


「くそっ、カルヴァインの阿呆め。ファルザーラなんかを与えるから……」

「兄者、それはもう言っても仕方無い事だ」

「分かっている、分かっているが腹の虫がおさまらん!」

「それは私も同じだが、どうすれば良いのか……我等で始末する訳にはいかないでしょう」


 当主のゼファロスは、腕組みをしたままで兄弟の話に耳を傾けています。

 家宰のセドリックは、話に耳を傾けながらゼファロスと息子達の表情の動きを観察しているようです。


「父上、本当にラストックの住民を皆殺しになさるお積りですか?」

「ウォルター、お前はどう思っている?」

「私は……私は反対です。いくらラストックが第一王子派のカミラ王女が治める土地とは言え、同じリーゼンブルグの民を皆殺しにして奪うなど家名に傷が付きます」

「ヴィンセント、お前はどうだ?」

「私は、ベルンスト様の御命令とあらば、従うべきかと考えております」

「ヴィンセント、貴様……」

「兄者、最後まで聞いてほしい」


 思わず腰を浮かしかけた兄を制して、ヴィンセントは自分の考えを話し始めました。


「我々は王家の家臣であり、王族の命には従わねばなりませぬ。お諌めして、それでもお考えが変わらぬならば従うのみです。それに、嘘か真かカミラ様は魔王なる者を引き入れているとも聞きます。この先の第一王子派との一戦を考えれば、後顧の憂いは断っておくべきです」


 ゼファロスは、ヴィンセントの意見を聞きながら何度も頷いて見せました。

 そんな父の様子を見て、ウォルターは顔を顰めて頭をガリガリと搔いています。


 ヴィンセントの意見を聞き終えたゼファロスは、一度瞑目して天井を仰ぐと、大きく一つ息をした後で目を見開きました。

 最初にウォルター、次にヴィンセントの表情を確かめた後で、ゆっくりと口を開きました。


「セドリック、カミラ様に繋ぎを付けられるな?」

「はい、お任せ下さい旦那様」

「グライスナー家はベルンスト様、クリストフ様を討つ!」

「父上!」


 今度はヴィンセントが腰を浮かし掛けましたが、ゼファロスに片手で制せられ、大人しく座り直しました。


「ウォルター、義を優先するならば、お前の考えは正しい。だが、その先の考えが無ければただの綺麗事だ。ヴィンセント、利を優先するならば、お前の考えは悪くない。悪くはないが、少々見通しが甘い」


 ゼファロスは、冷めたお茶で喉を湿らせてから、自分の考えを語り出した。


「よいか、我々貴族が王族を誅するには大義が必要だ。逆に言うならば、大義があれば王族を誅することも許されるのだ。ヴィンセント、お前は第一王子派との一戦に備え後顧の憂いを断っておくべきと言っておったな」

「はい、カミラ様の手勢は少数なれど錬度が高く、また魔王なる者の動向にも不安が残ります」

「そうだ、確かにお前の言う通りだ。だがヴィンセント、我々が殿下達を誅したならば、そもそもアルフォンス様と争う理由は無くなるのではないのか?」

「はっ……ですが、ベルンスト様の後ろ盾が無くなれば、我々の所領が安泰されるという保証は無くなってしまうのではありませんか」

「後ろ盾が無くなったら、新たな後ろ盾を手に入れれば良いではないか」

「あぁ! カミラ様……」

「そういう事だ……セドリック、熱い茶をくれ」

「畏まりました」


 ベルンスト達の乱行が終わるのを待つ間の暇つぶしぐらいの気持ちで覗きに来たのですが、予想外の話が展開しそうです。


「バステン、第二王子の手持ちの兵隊って、何人ぐらい居るの?」

『はい、男性王族一人について五百騎の近衛騎士が付きます、今回は第三王子も同行していますので、千人は確実ですね』

「全体の兵力は二万人程度って言ってたから、二十分の一程度か……」

『いいえケント様、第二王子派の兵は、まだ集結している最中なので一万にも届いていないと思われます』

「そうなると十対一か……それでも圧倒的な戦力差だけど、密集している千人を崩して王子を討つのは簡単じゃないよね?」

『ゼファロス達は、一応は味方ですから近付くことは難しくないと思われます。ただ、王子達を討った後がどうなるか……』

「ラストックの全住民を集めた駐屯地で、騎士同士が乱戦なんて事になったら、大混乱が起こるし相当な犠牲が出るんじゃないの?」

『そうですね……ケント様、奴ら話を続けるようです……』


 セドリックが淹れたお茶を二口ほど味わってから、ゼファロスは続きを話し始めました。


「ヴィンセント、お前はベルンスト様にリーゼンブルグの未来を託せるか?」

「いいえ、それは無理です」

「そうだ、あの有様では無理だ。ではウォルター、お前は誰にリーゼンブルグの未来を託す?」

「それは……アルフォンス様しかおられないかと……」

「ヴィンセント、お前はどう思う?」

「もしや、ディートヘルム様ですか?」


 ゼファロスは、ゆっくりとお茶を味わいながら、小さく頭を横に振りました。


「よいか、わしはリーゼンブルグの未来をウォルター、お前に託そうと思っておる」

「わ、私ですか? なぜ私が……」

「そうか! 兄者、兄者がカミラ様を娶るのです」

「私がカミラ様を……娶る……」


 どうやらヴィンセントの方は計画の中身に気付いたようですが、ウォルターは理解が追いついていないようです。


「順を追って話す。よく聞くが良い」


 ゼファロスが声を掛けると、呆然としていたウォルターも表情を引き締めました。


「まず最初にカミラ様に連絡を取り、ベルンスト様達の計画を伝える。最後まで説得を続けるが、説得が叶わなかった場合には誅殺すると伝え、了解を得ておくのだ」


 ゼファロスは、ラストックの砦に入った後、住民の避難訓練が始まる前に、二人の王子を誅殺するつもりです。


「近衛騎士の部隊長にも話を通し、こちらの味方に引き入れる。なぁに、下準備は進めてあるから心配はいらん」


 つまり、ギリギリまで説得は続けた……という状況を作りつつ、ガッチリと根回しを行って無駄な流血は防ごうという考えのようです。

 やはり第二王子派の重鎮とあって、ただ欲に目が眩んで活動している訳ではないようです。


「よいか、あのような愚か者を誅するために、有能な騎士が血を流し殺し合うなど愚の骨頂だ。誰もが納得する大義を準備してやれば、国への思いが強い者ほど味方になる」


 一旦言葉を切って、お茶に口を付けたゼファロスにヴィンセントが訊ねました。


「父上、先程父上は、リーゼンブルグの未来を兄者に託すと仰いましたが、それはアルフォンス様も誅するという意味なのでしょうか?」

「ヴィンセント、わしが言った言葉を忘れたのか? 貴族が王族を誅するには何が必要だ?」

「大義でございますね」

「今の我々にアルフォンス様を誅する大義があるのか?」

「いえ、ございません」

「ならば、そういうことだ。今回の我々は、無辜の民を守るという大義の下にベルンスト様、クリストフ様を誅する。そして、ラストックの危難を救ったという恩を売り、今後のラストックの支援を約束してカミラ様と良好な関係を築き、所領を守るのが第一の目的だ。その上で、ウォルターとカミラ様の婚儀に漕ぎ付けられれば尚良し。アルフォンス様を排除するか否かは、まだまだ先の話だ」

「ですが、考えておかねば……」

「無論、考えるなと言っておるのではない。焦って仕掛ければ手酷い損害を被る。ヴィンセント、王族という存在を軽くみるな」

「はっ、申し訳ございません」


 厳しい表情で咎めたゼファロスは、ヴィンセントが素直に頭を下げたのを見て表情を緩めました。


「セドリック、お茶をもう一杯頼む」

「僕にも一杯御馳走していただけませんか?」


 テーブルから少し離れた場所に闇の盾を出して表に出て、両手を挙げて害意が無いことを示しながら声を掛けました。


「貴様! 何者だ!」

「何処から出て来た!」


 ウォルターとヴィンセントは椅子を蹴立てて立ち上がり、僕とゼファロスの間に立ち塞がりました。


「よい、二人とも座れ。セドリック、お茶を一つ追加だ」

「父上……」

「よい、座れ……あぁ、お前達二人はこちらに座れ」


 ゼファロスは、ウォルターとヴィンセントに席を移るように指示すると、にこやかな笑みを浮かべながら、僕に正面の席に座るように目で示しました。


「不躾な訪問をお詫びいたします」

「ふむ、君が魔王かね?」

「ラストックでは、そのように呼ばれているようです」

「ふむ……闇属性の使い手か、わしも目にするのは初めてだ」


 ゼファロスの視線は、警戒こそ緩めてはいないものの、好奇心が抑えきれないという感じです。


「改めて自己紹介させていただきます、僕はケント・コクブ。カミラ・リーゼンブルグによって召喚された異世界人です」

「なんと、それは真か?」


 ヴィンセントが何か言いかけましたが、ゼファロスが片手を上げただけで口を噤みました。


「だが、おかしいではないか。召喚された者だとしたら、君は魔王ではなく勇者ではないのか?」

「僕もそう思ったのですが、どうやら違うようなんです」


 王家に伝わる勇者と魔王の真実を話すと、ゼファロスは興味深げに何度も頷いてみせました。


「なるほど、それならば魔王というのも頷ける。それで、その魔王様は我々に何の御用かな?」

「はい、協力関係を築けないかと思いまして、お邪魔いたしました」

「ほう、協力と言っても、何について協力するのかな?」

「勿論、先程まで皆さんが話し合われていた事です」


 部屋の中に重たい沈黙が漂い、今度はセドリックが動こうとするのをゼファロスが止めました。


「それは我々がやろうとしていた事を、君が代わりにやってくれると言う意味かね?」

「いいえ、そうではなくて、僕がやろうと思っていた事を、皆さんにやっていただこうと考えています」

「ほう……」


 ゼファロスは、それまで浮かべていた笑みを消すと、冷徹な視線で僕の品定めを始めました。


 犬獣人に犬種のような違いがあるのかは分かりませんが、ギリクと比較すれば格闘能力は皆無と思える緩い体型をしています。

 ですが、その視線は思慮深く、僕の内面すらも読み取ろうしています。


「一つ質問させてもらっても良いかな?」

「はい、何でしょう」

「なぜ君は……やろうと考えたのかね? カミラ様の御命令かね?」

「先に申し上げておきますが、僕はカミラの家臣ではありません」

「貴様、カミラ様を呼び捨てにするとは……」

「ウォルター、座れ!」


 カミラが僕に忠誠を誓っていることも話そうかと思っていましたが、呼び捨てにしただけでこの反応では、家臣ではないと否定しておくだけの方が良さそうですね。


「家臣では無いとしたら、なぜ君はカミラ様に協力しているのかね?」

「そうですね……詳しい説明をすると長くなるので割愛させてもらいますが、僕は召喚された後、酷い待遇を受けて死に掛けました。幸い闇属性魔術の才能に目覚めたおかげで生き残りましたが、当初カミラには敵意しかもっていませんでした」

「ふむ、それでは途中で心変わりしたのかな?」

「今でも召喚を行ったカミラの決断は誤りだったと思いますが、リーゼンブルグ西部の砂漠化で苦しむ民を救わんとする思いには共感しています」

「なるほど、それでカミラ様の頼みを聞いて行動しているのだな」

「いいえ、違いますよ。僕は僕の判断で動いています」


 僕が即座に否定すると、ゼファロスは怪訝そうに首を捻りました。


「ふむ、わしには理解ができぬ。カミラ様に頼まれたのでないならば、何のために一国の王子を誅するのだ」

「色々それらしい理由を並べられますが、結局は僕が気に入らないからですね」

「気に入らない……?」

「皆さんは、王子が罪も無い民を虐殺するのに賛成なんですか?」


 ゼファロスは、一瞬きょとんとした表情を浮かべた後で肩を震わせ始めました。


「ふっふっふっ……」

「父上……?」

「そうだな、確かに気に入らん。あんな愚か者共に罪も無い民が殺されていたら、国は成り立っていかぬ。今は味方の立場にいるが、敵対すれば同じ仕打ちが我等に向けられるかもしれん。気に入らん、全くもって気に入らんな……だが」


 笑みを消したゼファロスは、ジロリと鋭い視線を向けてきました。


「だが、気に入らぬというだけで一国の王子を殺そうとする者が、信用されると思っているのかな?」

「それは無理でしょうね。そんなに簡単に信用してもらえるとも思っていません。ですが、僕がやるやらないに関わらず、皆さんはやらざるを得ない状況ではないのですか?」


 僕は個人的に守りたいからラストックの住民を守るだけで、守る義務がある訳ではありません。

 ですが、グライスナー侯爵家にとっては、今回の機会を逃せば、別の大義を得る必要があります。


 何よりも、王子達の指示に従ったとは言え、虐殺に加担したというレッテルを貼られてしまいます。


「ふむ……それは確かにそうだな」

「それに、僕が行動するとなれば、ラストックに向かう途中、つまりはグライスナー侯爵家の領地で仕掛ける事になります。それは、グライスナー侯爵家にとっては都合が悪いのではありませんか?」


 いくら近衛騎士が護衛に付いているとは言え、自分の領地で得体の知れない者に王子の命を奪われたとなれば、貴族としての体面に傷が付くでしょう。


「それでは君は、本来君がやるはずだった仕事を我々にやらせて、高みの見物と洒落込もうとしているのかね?」

「いいえ、さすがにそれでは申し訳無いので、僕の方でも仕事をしましょう」

「ほう、一体何をしてくれるのかね?」

「カルヴァイン辺境伯爵が暴走しないように、釘を刺して来るというのはどうでしょう?」

「どうやって釘を刺すのかね?」

「そうですね……」


 ゼファロスの見ている前で、影収納から今夜の警告に使う予定だったロープの輪を取り出しました。


「これを眠っている間に首に掛けて、暴走すれば王子達の後を追わせてやる……ってメッセージを添えるというのはどうでしょう」

「君は、どこにでも自由に出入り出来るのかね?」

「自分から見える範囲、それと自分や自分の眷族が行った事のある場所ならば、入り込めますし瞬時の移動が可能です」

「それでは何かね、今からラストックに行って帰って来られたりするのかね?」

「可能ですよ」

「カミラ様の御署名をいただいてくる事は?」

「お望みとあらば……」

「セドリック、紙を一枚用意しろ」

「はっ、ただいま……」

「ケントと申したな。ならば、これから用意する紙にカミラ様の署名をいただいて参れ。それが出来たならば協力の申し出を受け入れよう」

「分かりました、それでは暫しお待ち下さい」


 セドリックが持って来た紙を受け取り、ラストックへと戻ります。

 紙にはグライスナー侯爵家のものと思われる紋章が記されていました。


 カミラの執務室へ戻ると、間の悪いことに明かりが消えています。

 カミラの居室に移動すると、入浴中のようです。


 まったく、僕がラストックのために走り回っているというのに、けしからん!

 バマタに戻る都合があるので、仕方なく、仕方なく風呂場に踏み込みますよ。


 湯船の横に闇の盾を出して、うっとりとした表情で湯に浸かっているカミラに声を掛けました。


「はぁ……魔王様……」

「カミラ、悪いんだけどサインをくれるかな」

「えっ……ま、魔王様?」

「ほら、紙が濡れると拙いから、このタオルで手を拭いて……」

「はい、あの……」

「はい、ペン持って」

「あっ、えっ……」

「公式な書類にするサインね……」

「あっ、はい、どこに……」

「どこでも良いんじゃない?」

「はい……あの、これは……」

「うん、ゼファロス・グライスナーとちょっと交渉中なんで、また後でね……」

「あっ、はい……えっ……い、いやぁぁぁぁぁ……」


 影の世界へと戻ると、我に返ったカミラの悲鳴が聞こえましたが、気にせずバマタに戻りましょう。


 グライスナー侯爵家の居室へ戻ると、激しく意見を戦わせていたらしいウォルターとヴィンセントは立ち上がっていました。

 僕の姿を見ると、ゼファロスもギョっとした表情を見せました。


「馬鹿な……もうラストックに行って来たと言うのか?」

「はい、こちらにサインを貰ってきましたよ」

「確かにカミラ様のサインのように見えるが……書類を取りに行かせたセドリックよりも先に戻ってくるとは……」


 なるほど、カミラの筆跡で僕が本当にラストックまで行ったか確かめようとしたのですね。

 その後、セドリックが携えてきた書類の署名と見比べ、大きく頷いたゼファロスは、僕に向かって右手を差し出しました。


「君を完全に信用した訳ではないが、今回の一件に関して我々の利害は一致している。協力させてもらおう」

「ありがとうございます。それでは、もう少し細かい話をさせていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」

「構わぬよ。私は仕事熱心な男は嫌いじゃない」


 がっちりと握手を交わした後で、ゼファロス・グライスナー侯爵は満足気な笑みを浮かべました。

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