第126話 立ち位置

 木沢さんを日本に送り返せた事を、クラウスさんにも報告しておこうと思いギルドに向かう途中、バステンから声を掛けられました。


『ケント様、どうやら第二王子派が動き始めるようです』

「ラストックを攻めるつもりなの? 第一王子派が動いてからじゃなかったの?」

『はい、どうやらバマタで待機しているのに飽きたようです』

「飽きたって……子供じゃないんだから」

『そうですね、子供の方が何倍もマシですよ』


 バステンからの報告は、僕の予想を遥かに超える酷いものでした。


『第二王子のベルンストは、駐屯地の砦化や住民の避難計画の話を聞いて、それを悪用しようと考えているようです』

「悪用って……どうするつもりなの?」

『はい、訓練だと称して住民を砦の中へと集めて、そこで皆殺しにしようと考えているようです』


 街に散らばっている住民を探し出して皆殺しにするには手間が掛かるし、狩り出す過程で建物などにも被害が及ぶでしょう。

 でも、訓練だと称して砦の中へと集めてしまえば、探す手間も省けるし建物などが壊れる事無く再利用が可能だという訳です。


「何だよそれ、住民の命を何だと思ってるんだ!」

『それだけでは無いですケント様、ベルンストは集めた住民の前でカミラを陵辱し、カミラの目の前で住民を皆殺しにするつもりです』

『ぬぉぉぉ、何たる外道、もはや容赦する必要などありませんぞ、ケント様』

「バステン、その話はベルンスト自身が考えた事なの?」

『それなんですが、ライザスという男が色々と吹き込んでいるようです』


 ライザスは山賊のボスような風体で、カルヴァイン辺境伯爵が送り込んで来た男だそうです。

 一見するとただの荒くれ者のように見えるのですが、見た目に反して口が上手く、第二王子ベルンストに上手く取り入っているそうです。


『どうやらベルンスト達に麻薬を奨めているのはライザスで、ライザスの配下が何処からか持ち込んでいるようです』

「その大本を辿れば、バルシャニアに行き着くのかな?」

『恐らくは、そうだと思われます』

「バルシャニアは、第二王子派をどうするつもりなんだろう?」


 この質問には、バステンに代わってラインハルトが答えてくれました。


『バルシャニアは、ベルンストをどうしたいとかは考えておらんでしょうな』

「えっ、どういう事? だって麻薬を供給してるのはバルシャニアなんでしょ?」

『いかにも、麻薬を流しておるのはバルシャニアでしょうが、やつらはリーゼンブルグの国力が削げればそれで良いのです。むしろ、第二王子に標的を絞り操ろうとしておるのは、カルヴァイン辺境伯爵でしょうな』


 麻薬は蔓延するだけで治安が悪化し、国の力を削いでしまうので、第二王子派に限らずリーゼンブルグ国内に蔓延すれば、それでバルシャニアの目的は達成出来ます。

 その麻薬を第二王子、第三王子にピンポイントで使っているのは、彼等を操り人形として使いたいカルヴァイン辺境伯爵の思惑だろうという訳です。


「あのファルザーラだっけ? 中毒性があるの?」


 ラインハルトもバステンも大きく頷いてみせます。


『あの手の代物は、一度使えば終わりと思ってくだされ』

『既にベルンストは、昼間でも死んだ魚のような目になりつつあります』

「うわぁ……ライザスって男は平気なの?」

『本人は大丈夫だと思っておるようですが、こちらから見るともう駄目ですね』

「うぇぇ……でも、ライザスまで中毒になったら、カルヴァイン辺境伯爵は困るんじゃないの?」

『いわゆる捨て駒、代わりはいくらでも居る……という事でしょうな』


 ラインハルトは苦々しげに言い捨てました。

 このままではラストックに血の雨が降るのは必至、ちょっと早いですが、第二王子派と対決しなければならないようです。


 第二王子派に関する報告を受けた後、クラウスさんの執務室を訪ねました。

 幸い、来客は無いようなので、影の世界から廊下に出てドアをノックしました。


「誰だ!」

「ケントです」

「開いてるから入って来い!」

「失礼します……」


 執務机に向かって座っているクラウスさんは、苦虫を噛み潰したような顔をしています。

 ベアトリーチェがレーゼさんから殿方を癒す方法を習った件を、まだ引きずっているのでしょう。


「何の用だ?」

「報告と相談があって来ました」

「リーチェとの子作りは認めんからな」

「それとは全く別件です」

「ふん、話してみろ」


 極度の親バカであるのを除けば頼りになるのですが、ぶっちゃけちょっと面倒ですよね。


「実は、まだ一人だけなんですが、同級生を元の世界へ戻す事が出来ました」

「ほう……どうやったんだ?」

「はい、レーゼさんから教わった方法なのですが……」


 相手の属性を奪い、自分の魔力を付与する事で影の世界を通れるようになる事を説明しました。


「ほぉ、属性の奪取か……その奪取した属性はどうなる、元に戻せるのか?」

「いえ、戻せないみたいで……僕のものになりました」

「それじゃあケント、お前は新しく三つ目の属性の魔術が使えるって事なのか?」

「はい、そうです……」


 右手の平を上に向けて、その上に火の玉を作ってみせました。


「かぁ、火属性まで詠唱無しで使うのかよ……本当にふざけた野郎だな」

「どうもすみません」

「ふっ、味方でいるならば謝る必要なんか無いぜ。ヴォルザードの役に立つならば、どんどん強力になってもらって構わんぞ」

「でも、極大発生の危険性が去ったら、過剰戦力じゃないですかね?」

「リーゼンブルグがゴタゴタしているならば、いくらでも戦力は欲しいぐらいだ」


 仮に魔の森を超えてリーゼンブルグやバルシャニアが攻めて来るような事になれば、同じランズヘルトの街から援軍が来るかもしれないけど、基本的にはヴォルザードの戦力だけで戦わなければなりません。

 その場合には、絶対的な戦力差は如何ともし難いでしょう。


「戦なんてものは無い方が良いに決まっている。だが、こちらがいくら嫌がっても相手から仕掛けられれば戦うしかない。自分の愛する人、家、街を守る為には戦うしかねぇんだ。戦うためには兵が必要だし、兵を養うには金が掛かる。一人で何十人、何百人、何千人の働きをする人間の存在がどれ程有り難いか分かるか?」

「なるほど……給料を払わなくちゃいけない何百人の働きを、給料も払わずに使えるってことですもんね」

「それどころか、魔石や素材、この前は鉱石まで持ち込んだらしいな」


 どうやら情報が伝わっているようで、クラウスさんはニヤリと口元を緩めました。


「あれは、たまたま偶然ですよ」

「偶然か……まあいい、で、相談てのは何だ?」

「はい、そのリーゼンブルグのゴタゴタの件です」

「ふむ、いよいよ内戦でも始まるのか?」

「内戦というか、一方的な虐殺をやらかそうとしている輩が居まして……」

「虐殺だと? 詳しく話せ」

「はい、実は……」


 バステンから報告のあった第二王子派の動向を伝えると、一度は緩んだクラウスさんの表情が厳しく引き締まりました。


「ケント、その第二王子と第三王子……始末しろ」


 クラウスさんの言葉には、これまで聞いた事の無いゾッとするほど冷たい響きがありました。


「で、ですが、警告も無しにいきなり殺すのは……」

「麻薬に溺れて住民の虐殺を画策するような奴が、将来役に立つと思うのか?」

「いえ……でも、いきなり殺すというのは……」

「以前教えたはずだぞ。将来自分達にとって害にしかならない奴だと見極めたら容赦するなと。薬をやっていない時でさえ死んだ魚みたいな目をしている奴は、生かしておいても害になるだけだ。始末しろ」

「分かりました……でも、一度だけ警告をさせて下さい。それでも駄目ならキッチリ始末します」


 クラウスさんは厳しい表情のままで、じっと僕の目を覗きこみました。

 百戦錬磨の領主様だけあって、無言の迫力に気圧されて冷や汗が流れて来ましたが、目だけは逸らしませんでした。


「ふん……いいだろう、好きにしろ。どの道、俺では手出しの出来ない場所の話だからな」

「それで、第二王子と第三王子を始末するようになった場合、一度に始末しても大丈夫でしょうか?」

「ふふん、ちゃんと考えてるじゃねぇか」


 クラウスさんは、眉間の皺を消して表情を緩めました。


「ケント、第二王子と第三王子を一度に始末するならば、派閥をまとめている貴族に釘を刺しておけ。でないと自暴自棄になって暴れる馬鹿が出てきたりするからな」

「グライスナー侯爵とカルヴァイン辺境伯爵に警告するって事ですね?」

「そうだ、無駄な内戦を起こして民を苦しめるなら、馬鹿王子の後を追う事になるとでも言ってやれ。実際その程度の事は、お前やお前の眷族ならば簡単だろう?」

「まぁ、そうですね」

「お前が人を殺したくないと思うのは悪くねぇし、喜んで人を殺すような奴にはリーチェを嫁にやる訳にはいかねぇ。だがな、決断する時を誤るなよ」

「決断する時……ですか?」


 クラウスさんは一つ頷くと、机の上で組んでいた腕を椅子の肘掛けへと移し、ゆったりと座り直しました。


「ケント、今回お前は何のために動く? 自分のためか? ヴォルザードのためか?  それともリーゼンブルグのためか? それとも民衆のためか? どれだ?」

「えっ、えっと……ヴォルザードの……」

「違うな。今のお前は、お前自身が思う良い人でいるために動こうとしている。お前は、良い人だと思われたいからリーゼンブルグの馬鹿王子を殺すんだ」


 クラウスさんの言葉は、鋭いナイフのように僕の心に突き刺さりました。


「こいつも前に言った事だが、一つの物事も見る立場によって違って見える。一方からは極悪だと思える事も、別の方向からみれば正義だったりする。だから立ち位置の定まらない奴は、善悪の判断に迷い身動きが取れなくなっちまう。逆に立ち位置の決まっている人間は、判断に迷う事が無い、だから行動にも迷いが無い」


 僕の目の前にいる人は、全てをヴォルザードの利益のために決断し行動する人です。

 それに較べて僕は、クラウスさんに言われた通り、良い人に見られたい、他人から非難されたくないと考えている子供です。


「ケント、お前の守るべきものは何だ?」

「僕が守るべきものは、唯香、マノン、ベアトリーチェ、僕を受け入れてくれたヴォルザードの街、眷族のみんな……」

「お前の守りたいものを危険にする奴が悪だ。お前の大切なものを守るために決断しろ。お前の決断が遅れれば、お前の大切なものが危うくなる事を忘れるな」

「分かりました……決断する時は間違えません」

「そいつを胆に銘じたら、やりたい様にやってみろ」

「はい!」


 深々と一礼した後、クラウスさんの執務室を後にしました。

 廊下に人気が無いのを確認して影の世界へと潜ると、ラインハルトが行き先を訊ねてきました。


『ケント様、どちらへ向かわれます?』

「うーん……一旦下宿に戻って、夕食を済ませた後にラストック、その後にバマタだね」

『また随分と忙しいですな。体調は大丈夫ですか?』

「途中で仮眠するから大丈夫だよ」

『それならば、よろしいのですが、無理はなされませんよう……』

「うん、分かってる」


 下宿の裏口から声を掛けると、メイサちゃんが突っ込んで来ました。


「アマンダさん、ただ今戻り……うわぁ、危ないよメイサちゃん」

「ケント、倒れたの?」

「えっと……倒れたってほどじゃなくて、下宿まで戻って来られなかっただけだよ」

「うーっ……ホントに? 大丈夫なの?」

「大丈夫、大丈夫、ホントだって」


 しがみ付いているメイサちゃんの頭を撫でてあげると、マルト達みたいに目を細めて頬を擦り付けて来ました。


「ふふーん……ホント、メイサちゃんは僕が大好きみたいだねぇ……」

「にゃ! そ、そ、そんな事はにゃいもん!」


 メイサちゃんは、弾かれたように僕から離れました。


「にゃいもんって……ネロじゃないんだから」

「ち、違うもん、ちょっと言い間違っただけだもん!」

「そぉ? 頭撫でられて、うっとりしてなかった?」

「し、してないもん、そんな訳ないもん!」

「ほらほら、あんた達、そろそろ店開けるから、騒ぐなら二階に行っといで」

「ケントは邪魔! 二階に行ってて!」

「はいはい、二階で大人しくしてますから、夕食になったら教えてね」


 なんだか近頃のメイサちゃんは、ネロよりも猫っぽいよね。

 二階の自室に戻り、今夜の準備を始めました。


「ねぇ、ラインハルト、ロープの結び方とか詳しい?」

『お任せくだされ、ロープの使い方は騎士団の基本ですからな。どのような物を結ぶのですかな?』

「うん、第二王子の警告に、今回はリボンじゃなくてロープを使おうと思ってね」

『ほう、また股間を縛り上げるのですかな?』

「いいや、今回は、もっと切迫した警告だから……縛るのは首だよ」

『なるほど……でしたらば、ワシらが生きていた頃に、絞首刑で使われていた正式な結び方を伝授いたしましょう』

「ありがとう、お願いするね」


 ラインハルトに教わりながら、第二王子とその取巻き達の首に警告としてかける縄の輪を作りました。

 実際に吊るす訳ではないので、ロープの端は短く切ってありますが、警告の意味は伝わるでしょう。


 この縄の輪を第二王子達が寝込んだ後で首にかけ、メッセージを置いておくつもりです。


「民を省みず、麻薬に溺れし愚か者へ。これ以上の愚行を重ねるならば、貴様らの命を断つ! 魔王より……てね」

『ぶははは、いよいよケント様自ら魔王を名乗られますか。ワシらは魔王の眷族として十全の働きをいたしましょうぞ』

「頼むね。僕の大切なものを害する奴らには、魔王となって鉄槌を下してやるよ」


 これだけの警告をしても、まだラストックへと攻め込もうとするならば、第二王子達の命を断つつもりです。


 正直に言って、まだ迷いはあります。

 本当に殺人を犯したら、もう後戻りは出来ないし、日本には戻れない犯罪者です。


 何より、自分の中での絶対的な禁忌を犯す事が、僕にどんな影響をもたらすのか……まるで違う人間になってしまうような気がして怖いのです。


『ケント様、やはりワシらが……』

「ううん、やるならば、僕自身の手でやる」


 馬鹿王子と取巻きの分、合わせて十個ほどロープの輪を作り、メッセージを書き終えた後は、マルトを留守番に残して魔の森の訓練場へと移動しました。


『ケント様、魔術の訓練ですかな?』

「うん、もうちょっと火属性の魔術で出来る事を考えてみようかと思って」


 手の上に出しても火傷しない、火種も可燃物も無い場所から点火できるなど、魔術の炎は明らかに普通の炎とは異なっています。

 簡単に言うならば、意思を持った炎という感じです。


 僕が燃やしたと思うものは燃え、燃やしたくないものは燃えない。

 大きくするのは魔力の続く限り、小さくするのも自在。

 撃ち出す事も出来れば、撃ち出した後で軌道を変化させる事も出来ました。


『おぉぉ……途中で向きを変える火球など見た事がありませぬぞ』

「うん、こっちの世界のみんなは、魔術とはこういう物だ……みたいな固定観念に囚われてるんじゃないかな」


 手の上に出した火球を細長く伸ばして剣の形にすれば、僕が両手で抱え切れないほどの太さの木も、一刀で切り倒せてしまいました。

 これって、温度を上げるイメージを加えれば、鉄の盾さえも切り裂きそうだよね。


 指先から伸ばして、炎の爪のようにする事も出来ました。火属性魔術、楽しぃぃぃぃぃ!

 火属性魔術を色々と試していると、留守番してもらっていたマルトが呼びに来ました。


「わふぅ、ご主人様、メイサちゃんが呼びに来たよ」

「ありがとうマルト、今行くよ」


 下宿の部屋で待っていた膨れっ面のメイサちゃんをなだめて、アマンダさん、メリーヌさんと四人で夕食を囲みました。


「メイサちゃん、これから僕ちょっと出掛けてくるから、ミルトを留守番に残していくから一緒に寝ていてね」

「お母さん、またケントが悪い事しに行くって」

「ちょっとメイサちゃん、人聞きの悪い事を言わないでくれるかなぁ。僕は正義の味方のお仕事をしてくるんだからね」

「正義の味方のお仕事って……何?」

「えっ、それは……内緒」

「ほら、お母さん、ケントが悪い事しようとしてる!」

「あははは、じゃあ悪い事が出来ないように、ケントに算術を教えてもらおうかねぇ……」

「ごちそうさま! あたし、お風呂入って来る! ケントは悪い事したら駄目なんだからね!」

「はいはい、悪い事なんかしませんよ」


 メイサちゃんは食器を流しに持って行くと、パタパタと階段を駆け上がっていきました。

 それを見送ったアマンダさんは、お茶を一口飲んだ後で、おもむろに訊ねてきました。


「それで、ケントは何をしに行くんだい?」

「えっ? えっと……それは……」

「言葉を濁すところみると、ギルドの指名依頼でもないようだねぇ……」

「えっと……ちょっと魔の森の向こうまで行って、馬鹿王子にお灸を据えて来ようかと……」

「はぁぁ……また危ない事をしに行くんだね」

「いえいえ、影の中から覗いていて、眠りこんだら、ちょっとイタズラしてくるだけですよ」

「本当だろうね?」

「本当ですよ。危ない事はしません」


 ジト目で睨んでいたアマンダさんが、ヤレヤレといった感じで表情を緩めた所で、メリーヌさんが訊ねてきました。


「ねぇ、何でケントがリーゼンブルグの王子様にお灸を据えるの?」

「えっと、それはですね……」


 少し迷いましたが、リーゼンブルグの王位継承争いや、第二王子派の住民虐殺計画の一端を話しました。


「酷い! 王子様が、本当にそんな事を考えてるの?」

「はい、もう麻薬で正常な判断が出来ないのかもしれません」

「とんでもない野郎だね。ケント、構わないからキツイお灸を据えてやんな!」

「はい、クラウスさんからも言われてますからね」


 アマンダさんとメリーヌさんには、警告しても駄目だった場合の事は黙っておきました。

 ミルトを留守番に残して向かった先は、ラストックのカミラの執務室です。


 昨日は明かりが消えていましたが、今夜は明かりが灯り、机に向かうカミラの姿がありました。

 闇の盾から表に出て、ソファーに腰を下ろしながら声を掛けました。


「カミラ、ちょっと話がある。こっちに来て座って」

「はい、魔王様、ただいま……」


 何だか少し頬を赤らめて笑顔まで浮かべてるけど、そんな浮ついた状況じゃないんだよね。


「今宵は何の御用でしょうか? 魔王様」

「第二王子派が、ラストックの住民を虐殺しようと考えている」

「はっ? い、今、何と仰いました?」


 一瞬でカミラの表情が凍りつきました。


「ベルンストは、この砦に訓練と称して住民を集めて皆殺しにしようと考えている」

「ご、ご冗談を……いくら愚兄でも……」

「冗談を言っているように見える? ベルンストは住民を皆殺しにして、ラストックを派閥の貴族の領地として与えようとしている」

「そ、それでは、ベルンスト兄は、ラストックを攻め落とそうというのですか?」

「攻めるも何も、救援を要請したのはカミラだろう? ベルンストは武器を携えた兵を引き連れて、堂々とラストックに入ってくるつもりだよ」

「そんな! 私は極大発生から街を守るための救援を要請したのであって、住民を虐殺する者共を招くつもりでは……」

「じゃあ、何て言って拒絶するの? 自分で救援を求めておいて、やっぱりお前らは怪しいから帰れって言うつもり? 二万人ぐらいの兵力を持っている相手に」

「そんな……そんな馬鹿な……」


 カミラの顔からは血の気が引いて紙のように蒼白になり、赤らめていた頬には冷や汗が伝って顎の先からポタリと落ちました。


「今夜、第二王子に警告をする」

「警告……ですか?」

「これ以上の愚行を重ねるならば殺すと、魔王として警告する」


 カミラはゴクリと生唾を飲み込んだ後で訊ねてきました。


「もし、もしベルンスト義兄が、魔王様の警告に従わない場合は?」


 突然の話に困惑し揺れ動くカミラの視線を正面から受け止めながら、ゆっくりと答えました。


「是非も無し」


 カミラは雷に打たれたように身体を震わせた後で、ガックリと俯きました。

 うん、この台詞、一度使ってみたかったんだよね。

 カミラは俯いたままの姿勢で呼吸を整え、考えをまとめているようでした。


「魔王様、愚兄ベルンストを討つ役目、この私にやらせていただけませんか?」

「うん、無理!」

「どうしてですか? 王族の愚行は、王族が処理すべきです」

「どうやってベルンストに近付くつもり?」

「そ、それは、私が出迎えるという形で……」

「失敗すれば、住民に被害が及ぶんだよ。二万対百で、被害も出さずに相手を殲滅出来るの?」

「それは……」


 勿論出来ないと分かって聞いているのですから、カミラは返答に詰まり再び俯きました。


「てかさ、そもそも二万の兵隊もリーゼンブルグの国民じゃないの? 命令されれば従うしかない弱い立場の国民なんじゃないの? それをカミラは殺すの?」

「ですが……だからと言って、魔王様が手を汚す理由は無いのでは?」

「理由ならあるよ。あんな連中が王族として生きて王になれば、僕の愛する人達が暮らすヴォルザードに必ず悪い影響を及ぼす事になる。これ以上の暴走は許す訳にはいかないよ」

「ベルンスト義兄を……その、排除なさるという事は、アルフォンス義兄を王位に就かせるという事でしょうか?」

「うーん……てか、現国王もまだ生きてるし、とりあえずはその流れになるんだろうけど、僕らにとって不都合な行動をするならば、警告そして排除するしかないかな」


 これって、リーゼンブルグを僕の好きなように動かすって言ってるようなものだけど、カミラは何て答えるのかね。

 カミラは俯いて少し考え込んだ後、真っ直ぐな視線を僕に向けてきました。


「私は、魔王様に忠誠を誓いました。魔王様の御指示に従います」

「よし、ならば極大発生への備えに専念しろ。第二王子派は僕が始末する。僕に忠誠を誓う者が治める街ならば、守ってやる」

「はっ、仰せのままに」


 深々と頭を下げたカミラを残して、影の世界へと潜りました。

 さぁ、馬鹿王子共に警告しに行きますかね。

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