第124話 帰還

 ヴォルザードの街は、仕事を終えて家路につく人々や、夕食の買い物をする人々などで賑やかな時間を迎えていました。

 賑わう目抜き通りを僕と委員長は、仲良く腕を組みながらも重たい足取りで守備隊の宿舎を目指しています。


「ねぇ、やっぱり報告を先延ばしにしちゃ駄目かな?」

「健人……気持ちは分かるけど、先延ばしにしても結果は同じじゃない?」

「だよねぇ……はぁ、気が重いなぁ……」


 カミラから送還術式が存在しない事を知らされた時に比べれば、帰還のために大きく前進する内容なので報告する事は苦にならないのですが、その後に待っている展開を考えると憂鬱になってしまいます。


「でも健人は、女の子とはキスしたいって思ってるんじゃないの?」

「そ、そんな事は無いよ。だって、僕とキスしたくない女の子とするのは、お互いに好ましい状況じゃないもの」

「じゃあ、相手の女の子が健人とキスしたいと思っていたら問題無いんじゃないの?」

「そんな事無いよ。というか、男子や先生ともしなきゃいけないんだよ……僕の身にもなってよ……」

「ごめん、そうだよねぇ……」

「はぁぁ……」


 重たい足取りで歩いていても、歩を進めれば目的地には到着してしまいます。

 門の警備担当の隊員さんに会釈をして通ったのですが、二人とも余程浮かない表情をしているらしく、怪訝な顔をされてしまいました。


「健人、報告するのは夕ご飯の後にしない?」

「そうだね、そうしようか」


 往生際が悪いと思っても、ちょっとでも先延ばししたいと思ってしまいます。

 食堂の方へと足を向けると、間の悪い事に、僕らの姿を見つけた加藤先生が足早に近付いて来ました。


「こらっ国分、ちゃんと授業に参加しろと言っておいたのに二回連続でサボりおって!」

「すみません。でも、それどころじゃなかったんですよ」

「なんだ、そう言えば浅川も今日は欠席だったな」


 委員長に目配せをすると、仕方無いと言った感じで頷いたので、加藤先生に話す事にしました。


「先生、みんなを日本に連れて行く方法が見つかりそうです」

「何だと! そりゃ本当か? 本当に日本に戻れるのか?」

「まだ確実ではないんですが、闇属性魔術の理論と使い方を教わりました」

「それじゃあ、本当に日本に戻れるんだな?」

「その方法を僕が実践出来れば……です。まだ試してもいないので、確実に出来るとは断言出来ません」

「よし、先生方を集めるから、詳しい話を聞かせてくれ」

「はい、分かりました……」


 ほんの少しの先送りも許されないなんて、神様ちょっと厳しすぎやしませんか……って思っていたら、意外な人物が声を掛けてきました。


「その話、私達にも聞かせてよ」

「ねぇ、帰れるの? マジ、マジ?」

「やったぁ! やっと帰れるよ」


 声を掛けて来たのは木沢澄華で、取巻きの女子七人も一緒です。

 加藤先生、声が大き過ぎですよ。


「お前ら静かにしろ! まだ確実な話じゃない。話は我々教師で聞いた後で、ちゃんと生徒にも伝えるから待っていろ」

「そんな事を言って、先生達だけさっさと日本に帰るつもりじゃないんですかぁ?」

「そんな訳ないだろう。日本に戻れるなら生徒を優先させる」

「信用できませーん。こっちの世界に来て以来、先生らしい仕事していないしぃ」

「何を言う、我々だって生徒のためにだな……」

「私達が生活出来ているのは、そこに居る国分のおかげでーす。生徒にも自分で働いて稼げとか言ってる時点で、もう教師としての役目を放棄したも同然でしょう。それに都合の悪い事が無いなら、私達が同席したって問題無いんじゃないですかぁ」


 強い口調で反論する木沢さんは、一歩も引くつもりは無さそうです。

 棘のある言い方に顔を顰めた加藤先生は、暫く考えた後で妥協したようです。


「分かった、ただし生徒代表という形で木沢、お前だけだぞ。それから、他の者達には、まだこの話は伏せておけ」


 加藤先生の言葉を聞いた委員長は絡めた腕に力を込めて来て、私も出席すると無言のアピールをしてきました。

 どうやら、こちらも引く気配は無さそうです。

 と言うか、伏せておけとか言っても駄目じゃないの?


 そのまま四人で、先生達の部屋へと向かったのですが、ここでも木沢さんが先生達と一悶着を起こしましたが、ガンとして譲らず参加を勝ち取りました。


 六名の先生に、教育実習生の彩子先生、それに僕のいつものメンバーに加え、委員長と木沢さんがオブザーバー的に参加する形です。

 いつも通り、小田先生が進行役として報告を促してきました。


「じゃあ国分、話を聞かせてくれるか?」

「はい、分かりました」


 本部ギルドのマスター、レーゼさんがダークエルフであった事。

 ダークエルフは例外なく闇属性の適性を持つらしく、レーゼさんは闇属性魔術に関する多くの知識を持っている事。


 影の空間に他人を連れ込むには、属性を奪い術者の魔力を付与する必要がある事などを話しました。


「それならば、今すぐ俺の属性を奪って、日本に戻してくれ、頼む国分!」


 まだ話の途中だったのに、中川先生は席を蹴って立ち上がり、テーブルにぶつけそうな勢いで頭を下げて懇願してきました。


「うわぁ、マジで生徒を押し退けて帰ろうとするとか……信じらんない!」

「中川先生、お気持ちは察しますが生徒の前です、自重していただけませんか?」


 中川先生は苦々しげに木沢さんを睨み付けた後、渋々といった様子で小田先生の言葉に従って席に戻りました。


「国分、その属性を奪うというのは、簡単に出来るのか?」

「いえ、ちょっと問題がありまして、簡単ではありませんし、実際に出来るのかやってみないと分からない状態です」


 一度奪ってしまった属性は戻す事が出来ず、奪われた人は魔術が使えなくなる事。

 属性を奪う方法は、僕がキスをして吸い出すしかなく、魔力量によっては時間が掛かる事を伝えると、全員が微妙な表情を浮かべましたね。


「つまり……国分がマウス・トゥ・マウスの状態で吸い出さないと駄目だが、現状やってみないと出来るかどうかは分からない……そういう事なのか?」

「はい、そうです……」


 一応、確認のために委員長に視線を送ると、頷き返してきました。

 さっきは勢い込んで立ち上がった中川先生も、今度は頭をガリガリ搔きながら考え込んでいます。


「はーい、あたしが実験台になりまーす!」

「木沢、何を勝手な事を言ってるんだ!」


 先を越された形の中川先生が声を荒げても、木沢さんは全く怯んだ様子も見せずに主張を続けます。


「先生よりも生徒優先だったら、私しか居ないじゃないですか。生徒全員に話してからじゃ誰を選ぶとか大騒ぎになりますよぉ」

「確実に出来るかどうかも分からない事を、生徒にやらせる訳にはいかん!」

「えぇぇぇ……失敗したって日本に戻れないのと、クズ男に無駄にキスされるだけじゃないですか。何の危険も無いのに危ないように言って、結局自分らが先に帰りたいだけじゃないんですかぁ」

「そんな訳ないだろう、我々は生徒の安全を第一に考えてだな……」

「生徒の安全とか言うなら、先に生徒を戻すのが当たり前じゃないんですかぁ」

「万が一失敗して、こちらにも地球にも戻れなかったら……」

「グダグダうるせぇよ。結局手前が帰る事しか考えてねぇのに、屁理屈こねてんじゃねぇよ!」

「おまっ、教師に向かって何て口の利き方だ!」

「そんな台詞は教師らしい事してから言えよ!」

「このぉ……」

「そこまで!」


 感情的になった木沢さんと中川先生を加藤先生が一喝しました。


「木沢、帰りたい気持ちは分かるが、少し落ち着け。中川先生も生徒相手に大人げ無いですぞ」


 部屋の中に沈黙が戻ると、部屋の外からの声が聞こえてきます。


「おい、どうなったんだよ……」

「帰れるの? 帰れないの?」

「キスが何とかって、どういう意味だ?」

「ちょっと、押さないでよ!」


 どうやら木沢さんの取巻き達から話が洩れて、同級生達が集まって来ているようです。

 進行役の小田先生は、渋い表情で一つ大きな溜息をついた後で口を開きました。


「木沢、お前は魔術が使えなくなっても良いのか?」

「勿論です。日本に戻れるなら魔術なんて興味ないでーす」

「そうか……その、国分とキスする事は」

「嫌に決まってるじゃないですかぁ。でも他に方法が無いならノラ犬に舐められたと思って我慢しますよ」


 マジで、そのゴミでも見るような視線は、やめてくれませんかね。


「国分、どうする?」

「いや、どうするって言われても……」


 思わず視線を向けると、委員長も決めかねているようです。

 委員長としては、ノイローゼ気味の子を先にしてほしいのかもしれませんし、そもそも他の女子と僕がキスするのは嫌でしょう。


 それでも、いずれはやらなきゃいけない事だから迷っているのだと思います。

 こんな時は、僕が決断しなきゃ駄目なんですよね。


「分かりました、やってみます」

「そうか、頼む」


 よりにもよって最初の相手が、木沢澄華になるとは思ってもいませんでした。

 まぁ、八木とか新旧コンビとか中川先生よりはマシですけどね。


「それでは、我々は外で待機していましょうか……」

「嫌ですよ。二人っきりにされて、国分に変な事されたらどうするんですかぁ」

「そんな事しないよ。何言ってんだよ」

「ふん、マジでハーレムとか作ろうとしてる奴なんか、信用なんか出来る訳ないだろ」


 くっそー……マジでムカつきますよ。

 結局、男性教師陣は視線を反らし、女性教師と委員長が見守る中で属性の奪取を試みる事になりました。


 と言うか、見られている中でやるのは、僕はちょっと恥かしいんですけどね。

 始める前に、委員長からも釘を刺されちゃいました。


「健人、あくまでも属性を吸い出すための行為だからね」

「分かってる……」

「国分、変な所触るなよ」

「触らないよ!」


 万が一体調を崩しても倒れたりしないように、三人掛けのソファーに並んで座り、属性の奪取を試みます。


「ちょ、ちょっと……も、もうするの?」

「するけど、何か?」


 いざ始めようと思ったら、急に木沢さんが落ち着きを無くしました。


「いや、ちょ、ちょっと待って!」

「何だよ、そんなに嫌ならやめるよ……」

「いや、いきなりキスで試す前に、握手とかで出来ないか試した方が良くない?」

「あっ、確かに……」


 言われてみれば、確かにキス以外の接触方法を試すという考えが、スポーンと抜け落ちていました。


「てか、もっと早く気付けよな!」

「う、うるさいなぁ……あまりにショックな内容で頭が回らなかったんだから仕方ないだろう」

「とか言って、あたしとキスしたかっただけじゃない?」

「あのさぁ、キスしか方法が無かったら、いずれ中川先生ともやらなきゃ駄目なんだよ……」

「うっ、それは災難よね……」


 という訳で、握手で試してみました。


「硬っ、ゴツゴツじゃないのよ……」

「うっさいなぁ……仕事してたら、こうなったんだから仕方無いだろう……」


 ラストックでも術士の訓練しかやらず、ヴォルザードに来てからもプラプラ遊んでいた木沢さんの手と較べると、リーブル農園とかで酷使してきた僕の手はまるで別物です。


「私は、頑張り屋さん健人の手、大好きだよ」


 くぅ……委員長、マジ良い子です。選んだ僕の目に狂いは無かったですよね。


「ふん、手荒れのケアをサボっただけだろぅ……」


 くっ、こいつマジでムカつきますね。


「てか、どうなのよ、出来たの? 出来ないの?」

「う、うるさいなぁ、今試してるんだからゴチャゴチャ言わないでくれるかな」


 すみません、ホントは試すの忘れてました……てか、それも木沢さんの余計な一言のせいだからね。

 改めて、握った手に意識を集中しても、細くて、柔らかくて、ちょっと汗かいてる? ぐらいしか分からなくて、魔力とかは感じられません。


「うーん……駄目っぽい」

「ホントにぃ? ちゃんと試したの?」

「うん、魔力とかは……特に……」

「ホントなのぉ? 手の皮が厚すぎるんじゃないの? ちょっと削いで来なよ」

「無茶言うなよな……で、次はどうするの?」

「どうするのって、あんた考えなさいよ」


 何すか、この投げやり態度は、日本に帰りたくないのかね。


「あのねぇ……別に僕はやらなくても良いんだよ、ずっとこっちで暮らしていくつもりだし……」

「ちっ、調子乗んなよな……じゃ、じゃあ次はハグ……」

「うーん……直接肌が触れ合う握手で何も感じられないのに、服が間に挟まるハグで出来るものなのかな?」

「あ、あんた、まさか裸で抱き合えとか言うつもりなの?」

「そんな事言う訳ないだろう!」


 木沢さんは、胸を隠すように両手を重ねました。


「健人が治癒魔法を掛けてくれた時は、ハグしてくれた方が全身に巡る感じがして効果が実感出来たから、やってみれば?」

「そうか……じゃあ試してみるか……」


 委員長としても、出来ればキスは回避して欲しいと思っているのでしょうが、正直あまり自信が無いんですよね。

 両腕を広げて待ち構えたのですが、木沢さんが身体を寄せてきません。


「どうしたの? ハグで試すんでしょ?」

「色んな女とイチャイチャ、ベタベタしてるクズと一緒にしないでよ、心の準備があるんだからね」

「えぇぇ……別に魔力の奪取が出来るか試すだけじゃん。もうお腹空いたから早くしてよ」

「あんたねぇ……分かったわよ、やればいいんでしょ、やれば。とにかく変な所触らないでよ」

「はいはい、触りません、触りませんよ」

「くそっ、ムカつく……ひゃ……」


 ちょっと変な声出さないでくれるかなぁ……てか、細っ! 身長は僕よりも高いのに何すかこの細さは。

 マノンよりも全然細いのに、それでいて柔らかいって、何で出来てるの?


「嘘っ……こんなにガッチリしてんの?」

「ちょっと、耳元で余計無い事言わないでくれるかな? 今集中してるんだからさ」

「ごめん……てか、集中して感触を楽しんでるんじゃないでしょうね?」

「あのねぇ……静かにしてよ」


 集中、集中……目を閉じて、治癒魔術を掛ける時のように意識を巡らせても、木沢さんの魔力とかは感じられないので、試しに少し治癒魔術を流してみます。


「あっ……何これ、何かが流れてくる……」


 治癒魔術を巡らせると、身体の状態みたいなものは分かるけど、やっぱり魔力的なものは感じられません。


「健人、どうなの?」

「うーん……治癒魔術を使うと身体の調子みたいなのは分かるけど、魔力云々は……」


 てか、何でそんなに強く抱き付いて来てるのかなぁ?


「うん、駄目だね、これは……」


 背中をタップして離れるように促すと、木沢さんは不機嫌そうな表情を浮かべています。


「ちょっと、何よその雑な扱いは……女の子と抱き合えたんだから、もっと喜びなさいよ」

「はいはい、嬉しい、嬉しい、嬉しいですよ」

「ホント、ムカつくわね」


 てかさ、委員長の目の前でデレデレする訳にいかないでしょうが。


「で、次は……?」

「次は……仕方無いから、キ、キスさせてやるわよ……」

「はいはい、じゃあ始めますかね……」

「待って、やるから、ちょっと待ってよ……」

「何だよ、今度はなに?」


 させてやるとか、待てとか、本当に面倒ですねぇ……


「ちょ、なに不機嫌そうな顔してんのよ。こんな美少女とキスできるんだから有り難く思いなさいよ」

「はいはい、美少女、美少女、準備はいいですか?」

「ちょ、何それムカつく……」

「てか、いいの? 駄目なの?」

「やればいいんでしょ、やれば……ちょっとはムード出しなさいよ」

「属性を奪取する作業にムードもへったくれも無いよ」

「作業、作業って……ムカつく、さっさとしなさいよ……馬鹿」


 肩に手を置くと、不機嫌そうに目を閉じた木沢さんはビクリと身体を震わせました。

 両手には木沢さんの震えが伝わってきます。


 これは作業、恋愛感情は無い、これは作業、恋愛感情は無い……頭の中で繰り返しながら唇を重ねました。

 普通はこの状態のまま頭の中で詠唱を繰り返すそうなんですが、重ねた唇から意識を拡散させ、木沢さんの魔力を吸い出すようなイメージをしました。


 途端に、重ねた唇を通して異質な魔力が流れ込んで来ます。

 その魔力を辿っていくと、木沢澄華という人間の隅々にまで通っているのが分かります。


 属性を奪うというぐらいですから、この魔力を残さず吸い出し、奪わなくてはいけないのでしょう。

 これは、思っていたよりも大変な作業になりそうです。


「んっ……」


 木沢さんは、眉をしかめて苦しげな息を洩らします。

 魔力を吸い出される事は、言ってみれば急激な魔力の消耗みたいなものでしょうから、もしかすると身体に負担が掛かるのかもしれません。


 そして、吸い出す側の僕も、異質な魔力が身体に入り込み、侵食されているようで頭がグラグラしてきます。


「健人……大丈夫?」


 委員長が心配そうに声を掛けてきますけど、勿論キスした状態ですから答えられませんし、あんまり大丈夫じゃないですね。


「ん、んん……」


 魔力を奪うほどに、木沢さんの息遣いが荒くなってきて、体温が下がっているように感じます。

 奪った魔力が増えるほど、頭痛が酷くなっていって、嫌な汗が噴き出して来ました。


 拡散した意識からは、木沢さんの手足の先から魔力が失われていって、それらは血管やリンパの流れにのって集まり、僕は肺の辺りから吸い出しているようです。

 彷徨うように僕の腕を探っていた木沢さんの手が、背中へと回され爪が立てられました。


「んっ……んん……」

「健人、健人、大丈夫なの?」


 たぶん、唇を合わせてから十分以上が経過していると思います。

 木沢さんの体温が更に下がって、顔色も青白くなっているようですが、あと少しで奪いきれそうだから、今やめる訳にはいきません。


 中途半端にやめると、集まって来た魔力が拡散して、また最初からやり直しになりそうです。

 あと少し……もう少し……木沢さんが僕の背中に爪を立ててきました。


 最後に残った魔力を一気に吸い取ると、木沢の身体からガクンと力が抜けました。

 あとは、僕の魔力を吹き込むだけです。


「んはっ!」

「健人!」

「うげぇぇぇぇぇ……ヤバい、これ、キツい……」


 塗料とか接着剤の臭いを長く嗅いでいた時のように頭がグラングランして吐き気がします。

 しかも、自己治癒を巡らせても一向に良くなる気配がありません。


「ちょっと! あんなに長くキスした挙句、吐きそうになってるなんて失礼じゃないのよ」

「だって……うぇ、ホントに、うえぇぇぇ……」

「信じらんない! 馬鹿、アホ、クズ!」


 木沢さんに何と言われようと、気持ち悪いんだからしょうがないでしょう。


「健人、上手くいったの?」

「たぶん……うぇ……」

「じゃあ、早く日本に連れて行った方が良いんじゃないの?」

「うぅ……そうかぼ……」


 闇の盾を出して、捜査本部への道を繋げます。


「木沢さん、手を掴んで、おえぇ……絶対に離さないで……うぇぇ……」

「あんたねぇ……もういいわよ、さっさと連れて行ってよ!」

「じゃあ、行くよ……おぇ……」


 手を引っぱると、木沢さんはよろけて僕の腕に抱き付いてきましたが、すんなりと影の世界へと入りました。

 見守っていた先生達から歓声が上がりましたが、一緒に喜んでいる余裕は無く、気持ち悪くて足元がフラフラします。


「ラインハルト、手を……うぇ……貸して」

『ケント様、大丈夫ですか?』

「分からないけど……早く行かないと……おぇぇぇ……」

「あんたねぇ、いい加減にしなさいよ……もう、初めてだったのに……」

「おぇぇぇ……なんが言っだ?」


 ラインハルトの手を借りて、なんとか捜査本部まで辿り着くと、幸い、まだ須藤さんは帰らずに残っていました。

 須藤さんの机の脇に闇の盾を開いて、木沢さんを放り出しました。


「きゃあ……ちょっと! もっと優しく扱いなさいよ」

「うぇぇ……無理、須藤さん、後はお願いします……」

「国分君、この子は……国分君!」


 須藤さんが大声で呼んでましたが、ちょっと限界です。

 影移動で魔の森へ移動して、思いっきり胃の中身を吐き出しました。


「うぇぇぇ……げぇぇぇ……ごほっ、うぇぇぇ……」


 と言っても、今日もバタバタしていて昼ご飯にありつけていませんし、夕ご飯を食べようと思っていた所を加藤先生に捕まったので、胃の中は空っぽです。

 胃液を吐きまくった後で、吐き気と頭痛で、のたうち回りました。


「うぅ……駄目だ……ネロ、マルト、ミルト、ムルト……お願い……」

「にゃ、ご主人様、しっかりするにゃ」

「ご主人様、大丈夫?」

「うちが付いてるよ」

「ご主人様ぁ……」


 みんなの問い掛けに答える気力も残っておらず、ネロのお腹に倒れ込むようにして意識を手放しました。

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