第123話 日本に帰る方法

 捜査本部から戻る途中で、第二王子派の偵察を行っているバステンから声を掛けられました。


『ケント様、シーリアの母親を連れた一行が、バマタを出発してラストックへと向かっています』

「もう来たんだ、思っていたよりも早かったね」

『おそらく、カミラがケント様に配慮して、急ぐように指示したのでしょう』

「なるほど……でも、ラストックに到着するとなると、ヴォルザードへの移動方法を考えないと駄目だね」

『いかがいたしますか?』

「守備隊から小型の馬車を借りて、またザーエ達に引いてもらって移動しようかな」

『それが妥当でしょうな』


 馬車の借用を、守備隊の総隊長のマリアンヌさんを訪ねてお願いして、その後に城壁工事の現場まで移動してきました。

 目的は、鷹山にシーリアの母親の件を伝えるためと、同級生や先生達の働きぶりを見るためでしたが、鷹山しか姿が見えません。


 よく考えてみたら、今日は守備隊の講堂で授業が行われる日でしたが、すっかり忘れていました。

 影の中から見守っていると、鷹山は大人に混じって黙々と作業を続けています。


 僕も参加した事がありますが、城壁工事の仕事は楽ではありません。

 重たい石材を運んだり、間を埋める土を練ったり運んだり。


 硬化などの作業は、土属性の適性を持つ人が担当するので、それ以外の属性の人は、ひたすら力仕事となります。

 身体強化の魔法を使えば、重たい物を持ち上げたり運んだり出来ますが、一日中魔法を使い続ける事は出来ないので、結局は自前の筋力が物を言う仕事です。


 鷹山は、寒風が吹き付ける中でも、半袖のシャツ一枚で、大人と一緒に石材を担いでいました。

 バスケ部のエースとして活躍していた頃よりも、更に身体つきはガッシリとしていて、大人達に較べても遜色無いように感じます。


 仕事振りも真面目そのもので、現場を監督する大人からの指示にも短く返事を返して、すぐに仕事に戻るという感じです。


「うーん……変われば変わるもんなんだねぇ……」

『そうですな、勇者などと呼ばれていた頃は、素質だけしか見所が無い若造でしたが、これならば将来有望と言っても良いでしょうな』

「変に持ち上げられて、勘違いしてた……って事なのかな?」

『そうでしょうな。環境が人を変える典型ですな』


 生前、騎士団の分団長を務めていたラインハルトが見ても、今の鷹山は好ましい状況にあるようです。

 これならば、賠償金の肩代りをした甲斐がありますね。


 僕もSランクに昇格しましたが、今朝のギルドのような状況が当たり前だと思わずに、謙虚に生きないと駄目ですね。

 現場で働いている方達が驚かないように、物影から表に出て、現場監督に声を掛けました。


「あの……お忙しいところ、すみません」

「うん? ぬおぁ、魔物使いじゃねぇか……な、何か用か?」

「ちょっと、友達に伝言したいのですが……」

「友達? あぁ、シューイチか、構わねぇぜ、作業の邪魔だけはしないでくれ」

「ありがとうございます、ちょっとだけお邪魔します」


 鷹山が、石材を運び終えるタイミングで声を掛けようと、石材置き場で待っていると、石材を取りに来た他の人がギョっとして足を止めました。

 一人足を止めると、後ろから来た人も足を止め、渋滞が出来そうでした。


「あっ、すみません、邪魔ですね。どうぞ……」

「おっ、おう……いいのか?」

「どうぞ、どうぞ……」


 年下の子達からはアイドルのような対応をされたのに、大人からは物凄く警戒されていて、一体この差は何なのでしょうね。

 何かイメージ対策でもした方が良いのでしょうか。


 例えば、ネロに跨って街を練り歩く……のは逆効果ですよね。

 更に石材置き場から離れた、邪魔にならない場所に下がって待っていると、石材を取りに鷹山が戻ってきました。


「鷹山! こっち、こっち」

「国分、どうした、シーリアを連れて来たのか?」


 僕を見つけて駆け寄ってきた鷹山が口にしたのは、やはりシーリアの事でしたね。


「まだだよ。ってか、今シーリアさんが来たら、どこで暮らすんだよ」

「うっ、そうか、そうだよな……」

「鷹山……」

「なんだ?」

「だから、住む場所を探して」

「えっ……それって」


 鷹山の目が大きく見開かれました。


「もうすぐシーリアさんの母親がラストックに着くみたいだからさ、三人で暮らせるような家をギルドで紹介してもらいなよ」

「国分……いつだ、いつシーリアを連れて来られる?」

「それは鷹山次第なんじゃないの? 住む場所が決まらないうちに連れて来ていいの? 母親も一緒なんだよ。野宿させるつもり?」

「うっ、そうか、じゃあ今からギルドに行って……」

「駄目駄目、ちゃんと仕事終わらせてからでしょ」

「そうか、そうだな……」

「なんかさぁ、シーリアさんが絡むと、ホントにアホになっちゃうよね」

「うっ、うるせぇな、仕方無いだろう。お前みたいに、すぐに会える場所に居ないんだし……」

「まぁねぇ……でもさ、今度は母親が一緒なんだよ。まずはシーリアさんとの関係を認めてもらわないと駄目だから、娘さんを下さい的な挨拶とか大丈夫?」

「うっ……やめろよ、プレッシャーかけんなよ……」


 鷹山は苦い表情で睨んで来ましたが、面白いからもう少しいじりましょう。


「でも、鷹山これから大変だね。三人分の生活費に家賃も払わないといけないし、城壁工事だけだと厳しくない?」

「それは……俺も厳しいとは思うけど、不器用だからな……」

「とりあえずは城壁工事をメインにしても、ギルドの無料講習とかを利用して、技術を身に付けるとか、討伐に出る許可を貰うとか、仲間見つけてパーティー組むとかしないと収入が増えないよ」

「そう、だよなぁ……俺一人じゃないんだもんな」


 鷹山は、腕組みして考え始めました。


「そうそう、それに稼がないと広い家とか住めないし、でないと色々お楽しみも出来ないんじゃないのぉ?」

「なっ、馬鹿、俺はそんな事は……そうか、母親も来るんだよな……」

「それに、養う人数が増えちゃったりするんじゃないのぉ?」

「えっ……そうなのか?」

「知らないよ、そんな事まで僕が聞ける訳ないだろう」

「そ、そうか、そうだよな……」

「とにかく、一度ギルドに顔出して、色々と相談してみなよ」

「分かった、明日にでも行ってみるよ」


 あんまり長居すると作業の邪魔になりそうなので、この辺りで退散する事にしました。


 ギルドに戻ってみると、委員長達三人は、酒場の隅のテーブルで揃って頭を抱えていました。

 いや、正確に言うと、マノンはテーブルに突っ伏しちゃってますね。


「えっと……みんな、お疲れさま」


 声を掛けると、委員長とベアトリーチェはビクリと身体を震わせ、マノンはガバっと起き上がり、一斉に僕に視線を向けて来ました。

 てか、何だか視線の先が顔ではなくてお腹の下の方に向いているような……


「はぅぅぅ……無理、無理だよ……」


 マノンは顔を両手で覆って、再びテーブルに突っ伏してしまうし、委員長とベアトリーチェも両手で口元を覆い、赤面しながら目を背けました。

 えぇぇぇ……マジで何を習ってきたんですか?


「えっと……何があったの?」

「言えない!」

「うー……聞かないで下さい、ケント様」


 ベアトリーチェまで両手で顔を覆って俯いてしまいました。


「えっと……詳しい事は聞かないけど、かなり過激な内容だった?」


 委員長は、両手で口元を覆ったままで、コクコクと頷いて見せました。

 うーっ……めっちゃ気になりますけど、無理に聞くとセクハラになりそうなので我慢しましょう。


「とりあえず、そっちの話は置いといて、影の空間に生きている人を引き入れる方法は、教えてもらえたのかな?」


 本題の闇属性魔法の件を尋ねると、委員長は大きな溜息を洩らして頭を抱えてしまいました。


「唯香、どうかしたの? 何か拙い事でもあるの?」

「うん、ちょっとね……」

「でも、その理論というか方法みたいなものは、教えてもらえたんだよね?」

「うん、教えてもらえた……」


 と言うことは、同級生達を日本に戻す方法が見付かるかもしれないのに、どうしてこんなに委員長は浮かない顔をしているのでしょう?


「はぁぁ……どうしよう、健人」

「いや、どうしようって言われても、とにかく、その理論というか方法を教えてくれない?」


 委員長は、浮かない顔でベアトリーチェと目線を交わした後で、渋々といった様子で話し始めました。

 レーゼさん曰く、影の空間というものは、闇属性の魔術士がアクセス出来る一種の異空間なのだそうです。


 ただし、荷物置き場に使ったり移動のために使う道筋などには、術士それぞれの独自性があるそうで、例え闇属性の適性を持っていても他の術士はアクセスする事は出来ないそうです。


 僕が使っている空間に、僕の眷族が自由に出入り出来るのは、僕と魔術的なリンクがあるからだそうです。


「なんかさぁ、ここまでの話を聞いていると、影の空間に他の人が入るのは難しいって感じちゃうんだけど……」

「うん、それでもね、闇属性の魔術士ならば、手を繋ぐ程度で他の人の空間に入る事も出来るんだって」

「そうなの? じゃあ、レーゼさんだったら、手を繋げば僕が使っている影の空間に入れるって事なんだ」

「そう、そういう事なんだけど……」

「問題は、他の属性の人って事だよね?」


 委員長は無言で頷いてみせました。

 みんなが自分から話したくないみたいなので、僕なりに考えてみたのですが、良い考えは浮かんできません。

 まさか、命を奪って眷族にする……なんて事じゃないよね。


「ごめん、分からないや、どうすれば良いの?」

「あのね。健人が、影の世界に連れて入る人の属性を奪うんだって」

「えっ……属性を奪う? そんな事が出来るの?」


 委員長もベアトリーチェも頷いてみせました。


「属性を奪うって、どういう事?」

「そのままの意味だよ。健人が、連れて入りたい人の魔力属性を奪い取って、その上で健人の魔力を付与するんだって。そうすれば影の空間に出入りする事が出来るようになるらしい」

「そうなの?  いうか、その奪い取った属性って、どうなっちゃうの? 戻せるの?」


 委員長とベアトリーチェは、首を横に振ってみせました。


「一度奪い取った属性は、二度と元には戻せないみたい」

「えぇぇぇ……つまり、僕の影移動を利用したら、魔術が使えなくなるって事?」

「うん、そういうことみたい」


 つまり、同級生達が日本に戻るには、魔法が使えなくなる事が前提条件になる訳です。

 委員長が落ち込んでいたのは、これが理由なのでしょう。


 僕と一緒にヴォルザードで暮らすなら、強力な光属性魔法が使えなくなるのは勿体無いもんね。

 でも、日本に戻って両親とも再会したい……あれ?


「ねぇ唯香、影の空間に入るためには、属性の無い状態で、僕の魔力を付与すれば良いんだよね?」

「うん、レーゼさんはそう言ってた」

「だったら、日本に居る人を連れてくるのは簡単なんじゃない?」

「うん、かもしれない……」

「分かった、唯香の御両親にはこちらに来てもらおうよ。それなら唯香が魔法が使えなくなる事も無いでしょ?」

「うん、そうなんだけどね……」


 あれ? 魔法が使えなくなる事を悩んでいたのではないのでしょうかね。

 委員長は、両親を連れて来ると言っても、浮かない表情のままです。


「ねぇ、どうしたの? 魔術が使えなくなるのはショックだろうけど、それでも構わないなら日本に戻る方法が見付かったんだよ」

「うん……レーゼさんも、たぶん健人だったら出来るはずだって言ってた」

「じゃあ、何が問題なの?」

「うん……属性を奪う方法がね……」


 委員長は、またまたベアトリーチェと目配せをして、大きな溜息を付いた後で教えてくれました。


「相手の属性を奪う方法は、口から吸い出すんだって」

「へぇ、口から吸い出すって……えぇぇぇぇぇ!」


 つまり、属性を奪うには、男同士でもキスしなきゃいけないって事ですよね。

 つまりは、八木が帰りたいって言ったら、八木とも……うぇぇぇぇぇ……


「あのね、健人。その属性を奪うためには、魔力量の多い人だと結構時間が掛かるんだって」

「うっそぉぉぉん! それって、男同士でも同じなんだよね?」

「うん、そう……」

「そんなぁぁぁ……」


 思わず頭を抱えてテーブルに突っ伏しちゃいましたよ。

 委員長達が浮かない顔をしていたのは、僕が自分達以外の女の子とキスするのが嫌だったからなんですね。

 てかさ、同級生のほぼ半分は男子だし、先生だって……


「あぁぁ……この話、聞かなかった事にしちゃ駄目かなぁ……」


 テーブルに突っ伏したままチラリと視線を向けると、委員長はちょっと考えた後で、首を横に振りました。

 

「健人……どうする?」

「ごめん、ちょっと考えさせて。さすがに、ちょっと……」

「だよねぇ……はぁ、もっと簡単な方法だったら良かったのに……」

「中川先生がさぁ……めちゃめちゃ帰りたがってたんだよねぇ……」


 チラリと視線を向けると、委員長も頭を抱えています。

 さすがに中川先生と僕が、キスしている絵面は想像したくなさそうです。


 ですが現実問題として、同級生達を日本に帰す方法は他にはありません。

 みんなを帰還させるためには、僕が覚悟を決めるしかなさそうです。


 そして、同級生のみんなも、魔術を捨てて日本に戻るのか、それとも日本を捨てて魔術を取るのか、決断する必要がありますね。


「なんだなんだ、何を湿気た面してやがるんだ?」


 テーブルに突っ伏したまま顔だけ横に向けると、ニヤニヤとしているクラウスさんの姿がありました。

 もう仕事終わりなのか、クラウスさんは酒場のマスターに手振りで注文すると、そのまま僕らのテーブルの空いている席に腰を下ろしました。


「それで……何があったんだ?」


 さすがにヴォルザードの領主様と同席ともなれば、僕もマノンもテーブルに突っ伏している訳にはいきません。

 姿勢を正して、四人で目配せをした後、僕が代表で答える事にしました。


「えっとですね……」

「あぁ……待て待て、当ててやろう。四人揃って落ち込んでるところを見ると……そうか、ようやくうちのリーチェと別れる決心がついたか。それでケント、ユイカとマノンのどっちにするんだ?」

「パパ、ウザい……ケント様が話すのだから黙ってて……」

「ぐはぁ……リーチェ……」


 ベアトリーチェも冗談に付き合ってやれるほど気持ちに余裕が無いようで、氷のような視線と呟きでクラウスさんを抉ってみせました。


「実はですね。本部マスターのレーゼさんから、帰還のための情報をいただいたのですが……」


 レーゼさんから教えられた、影の空間に別の人を引き込む方法を説明すると、クラウスさんはテーブルをバンバン叩きながら爆笑しました。


「ぎゃはははは……それじゃあなにか、男を帰還させるためには、その男とケントがキスするってか? しかも吸い出すのに時間が掛かるって、ぎゃはははは……ヤバい、腹筋攣る……ぎゃはははは……」


 クラウスさんが、僕にベアトリーチェを取られるのが嫌なのは分かりますけど、ベアトリーチェに物凄く冷たい目で見られているのに気付いた方が良いですよ。


「でも良かったじゃねぇか、同級生達を帰還させる目途が立ったんだ、シュージ達には報告したのか?」

「いえ、内容が内容だけに、まだ……」

「くっくっくっ……でも報告しない訳にはいかんだろう」

「えっと……マノンを送っていかなきゃいけないし……」

「あぁ、マノンは途中まで一緒だし、家まではうちの者に送らせるから大丈夫だぞ」

「はぁ……じゃあ、唯香を送りながら報告してきます」

「くっくっくっ、そうしろそうしろ、ついでに跳ねっ返りの小僧共にチューチューやって元の世界に送ってしまえ」

「くぅ……まだ実行するかどうかはわかりませんよ」

「くっくっくっ……逃れられやしねぇよ」


 むきーっ、何て的確にダメージを受ける所を突いてくるんだか……チョイ悪オヤジのニタニタ笑いに腹立ちますね。


「大丈夫です。ケント様が殿方とのキスで気分を害されたとしても、私がレーゼさんから教えていただいた殿方を癒す方法で慰めてさしあげます」


 ベアトリーチェの一言で、クラウスさんの笑いが凍りつきました。


「はぁぁ? と、と、殿方を癒す方法だぁ?」

「ケント様が闇属性魔術に関してお訊ねするのについてまいりまして、レーゼさんから手ほどきを受けてまいりました」

「ゆ、許さん! 殿方を癒す方法なんて早すぎる! 俺は認めんからな! てか、ケント、お前……リーチェに何をやらせてるんだ!」


 勝ち誇ったようにニタニタ笑いを浮かべていたクラウスさんの表情が一変し、鬼の形相で睨みつけてきます。


「いや、レーゼさんが大丈夫だって言うから……そんなに過激な内容だとは思わなくて……」

「か、過激だと……リーチェ!」

「ママからは、早く既成事実を……出来れば子供を作るように言われますから、その為にはとても役に立つ事を教えていただきました」

「き、既成事実……子供だと? 許さんぞ、俺は認めん!」

「じゃあパパは、ケント様がヴォルザードから居なくなっても良いの?」

「そ、それは……駄目だが」

「夕食会の時には、パパも手伝ってくれたよね」

「ぐぅ……か、帰るぞリーチェ、マノンも行くぞ! ほら、ケントも報告に行って来い」


 まだ頭の整理は出来ていませんでしたが、このままギルドに居ても仕方が無いので、委員長と一緒に守備隊の宿舎に向かう事にしました。


 悔しいから別れ際にチョイ悪オヤジの目の前で、マノンとベアトリーチェにチュってしてやりましたよ。

 はぁぁ……それにしても報告する事を考えると気が重いです。

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