第120話 カミラの思い

 マノンを家まで送り届けてから、影に潜ってラストックへと向かいました。

 カミラの謝罪コメントを撮影して、委員長にチェックしてもらうためです。


 勿論、日本に持ち帰るビデオは衣装とか撮影場所も考えないと駄目なので、今日は言わばリハーサルのようなものです。

 ビデオカメラで撮影した物を閲覧用のタブレットに送るのは面倒なので、今日はタブレットのカメラで撮影してしまうつもりです。


 どうせカミラは今夜も一人で仕事をしているのだろうと思い、司令官室を覗いてみたら姿が見えず、既に明かりも消えています。

 それならばと自室の方へ移動してみると、ノンビリと風呂に入っているようです。


 僕がこうして動き回っているのに、まったくもってけしからん。

 仕方がないので、リビングのソファーで待つことにしました。

 

 専属メイドのロザリーさんは、入浴の準備を終えた時点で退室するようで、このフロアにはカミラと僕しか居ないようです。

 このフロアはカミラ専用で、衛兵は階段を下りた場所に待機しています。


 待っているだけだと退屈なので、マルト達を呼び出して心ゆくまでモフっていましょう。

 それにしても、どうして女性の入浴時間って、こんなに長いんでしょうね。


 思いっきり撫でられまくられたマルト達がお腹見せてリラックスしきった頃、ようやくカミラがお風呂から上がってきました。


 真っ白なバスローブ姿で、長い髪をタオルで包み込み、こちらもリラックスしきった表情でリビングへと戻ってきたカミラは、僕の姿を見つけてビクっと身体を震わせました。


「遅い!」

「ま、魔王様! 申し訳ございません!」


 慌てたカミラは、つんのめるような勢いで、僕の前に片膝を付きました。

 ローブの前がはだけそうだし、すそから覗く太腿が……。


「待ってるから、寝巻きに着替えてきて、早く!」

「は、はい、ただいま。すぐ着替えてまいります」


 待つ事暫し、ゆったりとした厚手のローブを羽織った格好で、カミラが寝室から戻って来ました。


「こんな格好で失礼いたします、魔王様」

「まったく……待ちくたびれちゃったよ」

「はっ、申し訳ございません」


 カミラは僕の前に片膝を付き、神妙な面持ちで頭を垂れています。

 

「その格好だと話し難いから、向かい側に座ってくれるかな?」

「はっ、畏まりました」


 カミラが立ち上がると、向かいのソファーに腰を下ろしました。


「魔王様、今宵は何用で御座いましょうか?」

「うん、前に謝罪のコメントを考えておくように言っておいたけど、出来てる?」

「はい、今回の召喚によって迷惑を被った全ての方々に対する謝罪を、私なりに考えさせていただきました」

「それを今ここで、披露する事は可能かな?」

「はい、可能ですが、先日の撮影? というのをなさるのでしたら、この服装では……」

「あぁ、それは大丈夫。今回は予行演習みたいなもので、本番前に僕以外の人にも謝罪の内容をチェックしてもらうためのものだから」

「さようですか、ならば何時でも結構です」

「えっと……原稿みたいなものは見なくても?」

「はい、全て頭に入っておりますので大丈夫です」


 この辺りは、さすが王族ですよね。

 僕だったら原稿も無しでスピーチするなんて考えられません。

 影収納からタブレットを出して、撮影の準備を整えました。


「じゃあ、僕が手で合図したら話し始めて」


 僕がタブレットを構えると、さすがのカミラも緊張した面持ちになり、手を振って合図すると、大きく一度息を吸ってから、それでも堂々と話し始めました。


「リーゼンブルグ王国第三王女、カミラ・リーゼンブルグである。これより謝罪の言葉を伝えるので、心して聞くが良い……」

「はいストップ、全然駄目!」


 うわぁ……召喚された当日の憎たらしいカミラが蘇ってきちゃいましたよ。


「あの……どこかおかしな箇所がございましたか?」

「大ありだよ。謝罪するのに、何でそんなに尊大な態度なの?」

「それは、リーゼンブルグ王家として恥かしくない態度で臨むべきかと思いまして……」

「あのさぁ、カミラの所に謝罪に来た騎士達は、そんな態度してた?」

「いえ、もっと……何と言うか、申し訳なさそうな態度でした」

「でしょう。謝罪する相手はリーゼンブルグの国民じゃないんだから、ちゃんと申し訳無さそうな表情を作ってよ。分かった?」

「はっ、畏まりました」

「じゃあ最初からやり直し。はい準備して」

「はっ、はい、少々お待ち下さい」


 カミラはブツブツと僕には聞えないぐらいの小声で、頭の中の原稿に修正を加えているようです。


「準備は良いかな?」

「は、はい、け、結構です」

「じゃあ、二回目、よーい、スタート!」

「わ、私は、リーゼンブルグ王国第三王女、カミラ・リーゼンブルグで、あーる……こ、これより謝罪のお言葉を述べよう……るので、心し……いや、良く聞くが……ほしい……」

「はいストップ、全然駄目だよ。噛み噛みじゃんか」

「も、申し訳ありません。準備していたものから変更しなければならなくなり……」

「うーん……紙とペンを用意して、ちょっと原稿を作り直そう」

「はい……」


 さすが王族……と思ったのは、王族モード限定のようですし、あらかじめ練習してたんでしょうね。

 それが急に変更になって、カミラも対応出来なかったようです。


「じゃあ……そうだね、僕に対する口調を意識して文章を作ってみてよ」

「魔王様に向けて謝罪するように……分かりました」


 カミラはテーブルに広げた紙に向かって少し考え込んだ後で、おもむろにペンを走らせ始めました。


「えーっと……私は、リーゼンブルグ王国の第三王女、カミラ・リーゼンブルグです……私共が行った召喚によって……迷惑を被った全ての方々に……謝罪申し上げます……うんうん、良いんじゃない」


 前提条件を整えてあげれば、まともな謝罪文が出来上がりそうなので、暫くはマルト達をモフりながら待つ事にしました。

 カミラは時折ペンを止めては、言い回しを確かめるために黙読してみているようで、表情は真剣そのものです。


 ハズレ判定の役立たずと蔑まれていた時には、本当に憎たらしく見えたのですが、先入観を抜きにして見ればカミラは間違いなく美人です。

 少しグリーンがかった青い瞳、すっと通った鼻筋、肌理の細かい白い肌、黙っていれば文句なしの王女様です。


「あの……魔王様」

「ひゃい、な、な、何かな……?」

「あの、私の顔に何か付いておりますでしょうか?」

「い、いや……ちゃんとした原稿が出来るかと……そう思って見ていただけだよ」


 ヤバっ、ぼーっとカミラに見惚れていたようです。


「そうでございましたか、ご心配をお掛けして申し訳ございません。出来上がりました」

「そ、そう、じゃあ、それで一度やってみようか」

「はい、ですか書き上げたばかりで、まだ覚えきれておりません」

「じゃあ原稿を見ながらでも良いよ、今日は練習だしね」

「はい、畏まりました」


 再び撮影モードにしたタブレットを構えて、カミラに手振りで合図しました。


「私は、リーゼンブルグ王国の第三王女、カミラ・リーゼンブルグです。

 私共が行った召喚によって迷惑を被った全ての方々に謝罪申し上げます。


 現在、リーゼンブルグ王国は砂漠化の進行により、耕作地が減少する事態に見舞われております。

 本来、こうした先行きに不安をもたらす事態には、国を挙げて対処すべきですが、国王である父は政治に無関心、愚兄達は次の国王の座を巡り反発を続けている有様です。


 不肖私が、国民を苦境から救うべく東の荒れ地の開拓を思い立ったのですが、境を接する森には多くの魔物が生息し、手勢のみでの対処は難しい状況でございました。

 窮した私は、王家に伝わる召喚術式に活路を見出そうとしてしまいました……」


 カミラは落ち着いた声音で、文脈を確かめるように、ゆっくりと謝罪文を読み上げていきます。

 大昔、召喚術式によって勇者として召喚された者が、身を持ち崩し魔王となった事。


 その魔王を倒すべく召喚された者も、同じように魔王と化し、同士討ちになるように仕向け、ようやく討伐に成功した事。

 今回の召喚は、過去の失敗を考慮して術式にアレンジを加え、更には召喚した者達を隷属の腕輪によって支配下に置いた事などが語られていきました。


「ですが全ては、私の浅はかな思い上がりにすぎませんでした。

 召喚された方々全員を魔王の資質を持つ者とみなし、人らしく扱わず、隷属の腕輪で縛れば、思うがままに扱って良いと思い込んでいました。


 召喚によって、元の世界にも大きな影響が及び、多くの死傷者が出るなどと思いもしませんでした。

 リーゼンブルグの利益ばかりに目を奪われ、召喚によって多くの人々を不幸になる可能性を考える事が出来ませんでした」


 一言一言、噛み締めるように読み上げるカミラの瞳には涙が浮かび、深い後悔の念が伝わってくるようです。


 カミラ・リーゼンブルグは、過ちを犯しました。

 船山や校舎の崩落によって死亡した人、合わせて四十九人もの命が失われ、召喚された同級生達や犠牲者の家族等、多くの人々が人生を狂わされました。


 ですが、カミラの行動の根底は、困窮する国民を救いたい一心です。

 どうすれば過ちを償う事が出来るのか、カミラに再起のチャンスは与えられないか、どうしても考えてしまいます。


「今回の不幸な出来事は、全て私の浅慮が招いた事態であり、いくら謝罪の言葉を繰り返したところで、許されるものではないと思っております。

 金銭で償えるものではないとも承知しております。

 それでも、この身も心も、骨の一片、髪の一筋までも、魔王ケント様に捧げて償い続けると……」

「ストップ、ストップ! 魔王様は無しだっていっておいたよね」

「ですが、私が過ちに気付けたのも魔王様のお導きがあってこそですし」

「駄目、駄目、この謝罪のコメントは、いずれ僕の住んでいた国の偉い人にも見せる事になるし、元の世界では僕は、ただの子供のままで通す予定なんだから、魔王ケント様は駄目!」


 強い口調でたしなめると、それまでは従順な態度を崩さなかったカミラが、少し頬を膨らませて不満そうな表情を浮かべました。

 何だよ、その顔は……ちょっと可愛いじゃないかよ。


「不満なの?」

「勿論です。私は……」

「でも、駄目だからね」


 言葉を遮るように拒絶すると、ぐっと口を噤んだカミラの瞳から、ポロポロと涙が零れ落ちました。


「えぇぇぇ……ちょっ、どうして……」

「私は……私は、もっと多くの人に魔王様の素晴らしさを知ってもらいたい!」

「えっ、ぼ、僕の素晴らしさ……?」


 秘めていた思いを吐き出すようなカミラの気迫に、気圧されてしまいました。


「私は、幼少の頃から賢王アルテュールの話を聞かされて育ちました。民を思い、民の声を聞き、民と共に歩む……賢王アルテュールの生き方こそが王族の鑑であると」


 かつてラインハルト達が仕えたアルテュール・リーゼンブルグは、民のために農地開拓を推し進め、リーゼンブルグ王国の中興の祖と呼ばれているそうです。

 その賢王アルテュールに憧れて育ったカミラが、物心付いた後に目にして来たのは、怠惰な父と、権力に取り憑かれた愚兄達の姿でした。


「現在の男性王族は、弟を除けば民の声に耳を傾ける者など一人も居ません。王族どころか貴族の多くが自分の懐具合にしか興味の無い有様です。だからこそ私が先頭に立って農地開拓を進めなければならないと思って行動し、そして過ちを犯しました」


 カミラは涙を拭おうともせず、真っ直ぐに僕を見詰めて言葉を紡いでいきます。


「魔王様や御友人達に対し、散々非礼を働いた我々は、攻め滅ぼされてもおかしくありません。それなのに……それなのに魔王様は、我々に民のために働けと仰いました。それどころか、自らの手で民を危難から救って下さいました」

「いや……だって何も知らされてない人達が犠牲になるなんて駄目でしょ……」

「そのように寛大なる御決断を下せる魔王様は、賢王アルテュール様の生まれ変わりに相違ありません」

「いやいや、僕は異世界から来た普通の子供だし……」

「いいえ、このリーゼンブルグ存亡の危機に、神が使わされた救世主様です」

「きゅ、救世主って……そんな大袈裟な……」


 何だかドンドン話が大きくなっていってるんですけど、褒め殺しってやつなのかと思いきや、カミラは涙を流しながら切々と訴えて来ます。


「このままではリーゼンブルグはバルシャニアの軍門に下る事となりましょう。例えバルシャニアを退ける事が出来たとしても、アルフォンス兄とベルンスト兄の争いにより国内は荒廃し、多くの民が不幸の淵へと突き落とされるでしょう。私や不肖の弟ディートヘルムでは民を救えません。どうか、どうか、魔王様の御力でリーゼンブルグの民をお救い下さいませ」


 カミラはテーブルに平伏すように頭を下げました。


「カミラに頼まれなくても、僕に出来る事はやるつもりでいるよ。でも、スピーチで魔王様として登場させるのは禁止だからね」

「ですが、それでは魔王様の功績が正しく民に伝わりませぬ」


 カミラが言うには、パウルを筆頭として騎士達が情報操作を行ったために、ラストックの住民の間に誤った魔王像が出来上がってしまっているらしいです。


「魔王様が甘言を用いて私をたぶらかしていると思っている者や、魔物の力でラストックを侵略しようとしていると思っている者。中には、その……魔王様が私を……て、て、手篭めにして屈服させていると思っている者も居るそうです」

「手篭めって! 殴った事はあるけれど、手篭めにはしてないからね」

「住民達が誤解しているだけで、魔王様は私などには興味が無い事も存じております。勿論、魔王様が御望みとあれば、いつでも私の身体を自由になさっていただいて結構なのですが……魔王様のおかげで危難を乗り越えられている住民達が、魔王様の正しい御姿を知らずに、悪し様に噂する現状に私は耐えられません」

「んー……でも、僕はラストックに住むつもりは無いし、別にどう思われようと、結果として住民の皆さんが幸せになるなら、それで良いんじゃない?」

「そんな、魔王様……」

「僕は、僕の回りにいる大切な人達が、ちゃんと僕を見てくれているならば、それで充分だよ」


 目を見開いて驚くカミラを余所に、マルト達が摺り寄って来ました。


「うちは、ずっと、ちゃんとご主人様を見てるよ」

「うちも、うちも!」

「ご主人様は、一杯撫でてくれる優しいご主人様だよ」


 順番に撫でてあげると、みんな目を細めて尻尾をパタパタさせました。

 カミラは、マルト達に囲まれた僕を呆然と見詰めた後で、ポツリと呟きました。


「私も……いえ、私のような者には許されない事ですね」

「仕方ないなぁ……そんなにマルト達をモフりたいんじゃ……」

「いいえ、そうではなくて……」

「えっ、なになに? モフりたいんじゃないの?」


 てっきりカミラもマルト達と戯れたいのかと思ったのですが、何だか思い詰めたように俯いてしまいました。

 そのまま二度三度と大きく息をして、おもむろに顔をあげたカミラは、上気した表情で胸の内を吐き出しました。


「私も……私も魔王様のお側に仕えさせていただけませんか?」

「はぁ? な、何言ってるの?」

「分かっております。私に魔王様の側に侍る資格など無い事は……分かっております。ですが、もしも許されるなら……お慕いしています、魔王様……」


 左手を包み込むようにして胸の前で両手を抱いたカミラが、潤んだ瞳で見詰めて来ます。


「えっ……お、お慕いしてますって……」

「分かっております。私など魔王様に相応しくない事は、十分にわきまえております。ですが、この胸の……偽らざる思いだけは、どうかお聞き届け下さい」

「えっ……あっ、は、はい……」


 思いを伝え終え、緊張感から解き放たれたのか、ふぅっと一つ息をついたカミラは、フワリと花がほころぶような優しい笑顔を浮かべました。

 ぐぅ……反則、反則だよこんなの……。


「さぁ魔王様、練習の続きをいたしましょう」

「えっ……あぁ、うん、そうだね……」


 先程までの不満そうな表情からは想像出来ないぐらい満ち足りた表情を浮かべるカミラに何だか圧倒される思いです。

 てか、録画しっぱなしになってるし、電池の残量大丈夫かな。


『ぶははは、やはりディートヘルムなどではなく、カミラを嫁にしてケント様にリーゼンブルグを治めていただくのが一番ですな』

『ちょ、そんなの無理だからね。僕は王様なんて面倒な仕事はしないからね』

『いやいや、アルテュール様の生まれ変わり……カミラの言う通りだとワシにも思えてきましたぞ。どうかリーゼンブルグの民を救って下りませぬか?』

『ラインハルト……』


 冗談めかした口調から一変し、真剣な口調となったラインハルトからは、リーゼンブルグの住民を守りたいという強い思いが伝わって来ます。


「とにかく……やるべき事、出来る事から進めていくよ」

「はっ、畏まりました」

『了解しましたぞ、ケント様』


 この後、二度ほど撮り直しと原稿の手直しをして、どうにか撮影を終わらせました。

 何だかカミラが僕を見る視線が、これまでとは違っているようで、妙にドギマギしっぱなしでしたよ。


 軽く撮影して帰るはずだったのに、何だか重たいものを背負わされてしまったような気がしています。

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