第119話 ふわふわモフモフな対策会議

 委員長、マノンと一緒に守備隊の食堂で夕食を済ませて外へ出ました。

 もうすっかり日が暮れて、空には星が瞬いています。


 携帯用の明かりの魔道具を灯して、宿舎から離れた訓練場の端へと二人を誘いました。

 ここならば、今の時間は人が来ないし、ゆっくり話が出来るはずです。


「健人、どこまで行くの?」

「うん、この辺りで良いかな?」


 ヴォルザードの街は城壁で囲まれているので、あまり強い風は吹かないのですが、日が落ちると冷え込んできて、少しの風も冷たく感じます。


「ケント、食堂の方が温かくない?」

「大丈夫だよ、すぐに温かくなるからね」

「一つの毛布に包まるのは、私と健人の……」

「えっ……唯香、何か言った?」

「なんでもない……」


 何でしょうね、委員長がちょっとご機嫌斜めです。


「これから二人に、僕の新しい眷属を紹介します」

「えっ、ケントの新しい眷属?」

「健人、また危ない依頼を受けたの?」

「まぁまぁ、話は後にして、寒いから早く紹介するね。ちょっと大きな子だけど驚かないでね」


 委員長とマノンは、顔を見合わせて首を傾げています。


「じゃあ、ネロ、出てきてくれるかな?」


 闇の盾を出して、良く見えるように明かりの魔道具を掲げると、暗がりからニュウっとネロが顔を出しました。


「にゃ、呼んだかにゃ? ご主人様」

「えぇぇぇ……」


 驚いた委員長とマノンは、僕の後ろへと隠れました。


「け、健人、こ、こ、この……」

「アンデッド・ストームキャットのネロだよ、ネロ、こちら唯香、こちらがマノン、二人とも僕の大切な人だからね」

「にゃ、ネロだにゃ、よろしくだにゃ」


 ネロに挨拶されても二人はフリーズしちゃってますね。

 昼間と違って、暗がりに大きな瞳が爛々と光ってるので、迫力倍増という感じだからですかね。


「じゃあネロ、こっちを頭にして、こう寝転がってくれるかな?」

「にゃ、こうかにゃ?」

「そうそう、そんな感じ。ネロ、お腹に寄り掛かっても大丈夫?」

「全然大丈夫にゃ」


 ネロに風上を背にして寝転んでもらい、お腹に寄り掛かるようにして三人並んで座りました。


「わっ、わっ、わっ……ケント凄いフワフワ……」

「はふぅぅぅ……温かくて、柔らかくて、もう……」


 うん、マノンと委員長が蕩けちゃってるのも納得の触り心地です。


「ギュっとしないで欲しいにゃ……」

「了解、了解、ほぉぉぉ……温かい……」


 ひざ掛け代わりに、ネロが太い尻尾を巻きつけて来たので、もうポカポカです。

 背中はネロ、右が委員長、左にマノン、前はネロの尻尾……極楽です。


「ヤバい、これヤバい……寝ちゃいそう」

「ねぇ健人、大きな倉庫とか借りて、こうして寝たい」

「僕も唯香の意見に賛成」

「うーん……僕もそうしたいけど、ベアトリーチェを除け者には出来ないし、マルト達も居るからね……みんな、出ておいで」

「わふぅ、うちらが一緒に寝るの」

「撫でて、ご主人様、撫でて」


 マルト達が焼餅を焼かないように、三人で一匹ずつ抱える事にしました。


「ふわぁ、フワフワとモフモフ……最高……」

「ねぇ健人、話があるんじゃなかったの?」

「あっ、そうだった、忘れて寝込んじゃうところだったよ。実はね……」


 ドノバンさんに呼び出されて、本部ギルドのマスターと面会して、Sランクにランクアップした事を二人に伝えました。


「凄いよケント、Sランクの冒険者なんてランズヘルト全体でも数えるぐらいしか居ないはずだよ」

「おめでとう、私は驚かないわよ。健人ならば当然よ」

「むぅ……ユイカはSランクの冒険者が、どれだけ凄い存在か知らないからだよ」

「あら、知ってたって驚かないわよ。健人ならばSランクの枠にだって収まらないもの……ねぇ、健人」

「ぼ、僕だってケントはSランクの更に上だって思ってるもん!」


 おふぅ、両側から二人に密着されて……うーん、幸せ。

 これぞSランクの特権ってやつですかね。


「ねぇ健人、本部ギルドのマスターって、どんな人なの?」

「そうそう、その本部ギルドのマスター、レーゼさんはダークエルフなんだって」

「ケント、ダークエルフって御伽噺の中では、凄く長命で闇属性の魔法を使うって言われてるけど……」

「うん、レーゼさんも闇属性で、歳は二百五十歳を超えているって聞いた」

「二百五十歳って……ホントなの?」

「うん、そういう話なんだけど、見た目は二十代後半ぐらいにしか見えないんだ」


 レーゼさんから聞いた生い立ちを話すと、二人とも感心しきりでした。


「凄い、たった一人で世の中の仕組みを変えちゃうなんて、尊敬しちゃう」

「僕も奴隷解放の話は学校で習ったけど、そのレーゼさんが中心になっていたとは知らなかった」

「なんか、出来る女性の代表って感じ……」

「そうだね、僕も会ってみたいなぁ……」


 委員長もマノンも、レーゼさんに同じ女性として尊敬の念を抱いたようです。


「そのレーゼさんなんだけど、影の世界に生きている人を連れて入る方法を知っているみたいなんだ」

「えぇぇ……それじゃあ健人は、みんなを日本に戻せるようになったの?」

「いや、まだその方法を教えてもらっていない」


 日本に戻る方法が見付かったと喜んだ委員長でしたが、まだ方法を聞いていないと聞くと不満そうな表情を浮かべました。


「どうして? なんで教えてもらわなかったの?」

「えっと……教えてもらうのに、交換条件を提示されたんだ」

「交換条件? もしかして危険な依頼を頼まれたとか?」

「うーん……危険では、あるのか?」

「どんな依頼なの?」


 委員長もマノンも、興味はあるけど心配そうな表情を浮かべています。


「あのね。レーゼさんの伴侶になって欲しいって頼まれたんだ」

「えっ、伴侶って……えぇぇぇ!」

「ケ、ケント、まさか……」

「まだ返事してない……けど、断ろうと思ってる」

「はぁぁ……驚かさないでよ」

「本当だよ……」


 委員長もマノンも大きな溜息をついて脱力しています。


「でも仮に、健人がレーゼさんと結婚したら、みんなが帰る方法を教えてもらえるんだよね?」

「レーゼさんが言うには、そういう方法があるけど、僕に出来るかどうかまでは分からないって話だった」

「その方法って闇属性の魔法だと思うんだけど、レーゼさんは使えるの?」

「いや、レーゼさんは使えないけど、ダークエルフの中には使える人が居たって話だった」

「つまりは、手順とか理論みたいなものを知っているって事なのかな?」

「たぶん……そうなんじゃないかな」


 委員長自身も、日本に帰って家族と会いたいだろうし、凄く真剣な表情で考えを巡らせています。


「健人は、どんな方法だか分かりそうなの?」

「うーん……今の時点ではサッパリ分からない。でも、方法があるならば、例えばダークエルフの研究とか、闇属性魔術の研究をしている人に聞けば、分かるような気がするんだよね。ねぇマノン、そういう研究している人は居ないかな?」

「えっ、えーっと……たぶんヴォルザードには居ないと思う。居るとすれば、学術都市のバッケンハイムぐらいだと思うけど……居るかどうか……」


 ダークエルフは勿論、闇属性の魔術を使う人も殆ど居ないので、研究そのものが出来ないようです。


「でも、僕の眷属のバステンとかは、生前に闇属性の魔道士の話を聞いてたから、そういう伝聞とかを集めていけば、方法が見付かるんじゃないかな?」


 自分で言っていながら、あまり自信は無かったのですが、委員長は同意してくれるかと思いきや、マノンよりも深刻な表情を浮かべています。


「唯香、どうかしたの?」

「ねぇ健人、そのやり方で日本に帰る方法が見付かるまで、どのぐらいの時間が掛かるかな?」

「ごめん、正直に言って、いつになるのか全然分からない。やっぱり唯香も日本に帰りたいよね」

「帰りたいか、帰りたくないかって聞かれたら、それは帰りたいって答えるよ。でも私はヴォルザードで暮らしていくつもりだから良いんだけど、ちょっとノイローゼ気味の子も居るんだ……」


 服屋のフラヴィアさんの店で働いている相良さんを筆頭に、女子の多くはヴォルザードに馴染んできていて、仕事を楽しんでいるようです。

 ただ、それとは逆に、ヴォルザードに馴染めず、仕事も上手くいかず、引きこもってしまっている女子も居るそうなのです。


「何人かの女の子からは、まだ帰る方法は見付からないのかって、毎日のように聞かれているし、早く日本に返して欲しい、健人に頼んでって泣き付かれちゃったりもしてるんだ」


 下宿で暮らしている僕には、そうした状況は伝わって来ていませんでしたし、プレッシャーになると思って委員長も黙っていたそうです。


 委員長とマノンにレーゼさんからのプロポーズの話をしようと決めた時に、同時に断る決心もしたのですが、そんな状況になっているならば考え直した方が良いのでしょうか。


「でも、僕がレーゼさんとも結婚するなんて、唯香もマノンも嫌だよね?」

「嫌だよ。嫌に決まってるじゃない」

「僕も嫌……だけど、唯香の友達の話を聞いちゃうと……」


 三人の間に重たい沈黙が訪れました。

 いくらランズヘルト共和国では一夫多妻が認められているとは言っても、委員長やマノン、ベアトリーチェを差し置いて、知り合ったばかりのレーゼさんと結婚するのは駄目だと思うんです。


 じゃあ、お互いを良く知った後なら良いのかと聞かれれば、それもちょっと違う気がします。


『ぶははは、ケント様、いっそ全員まとめて嫁になさったらいかがですかな?』

「ちょっとラインハルト、笑い事じゃないよ」

『ぶははは、いや失敬、失敬、ですがケント様、良く考えてみなされ。本部ギルドのマスターともあろう方が、Sランクの冒険者を敵に回すような事をなさいますかな?』

「えっ、それは……しない?」

『当然しませんな。ギルドという組織にとって、ケント様を敵に回す事は大きな不利益をもたらします』

「って事は、僕が頼めば……」

「健人、どうしたの?」

「うん、ラインハルトがね、本部ギルドのマスターだったら、Sランクの冒険者を敵に回すような事はしないだろうって」

「あっ、そうか。マノンがSランク冒険者はランズヘルトに数人しか居ないって言ってたもんね。まして健人を敵に回すような事は、普通に考えたらしないわよね」


 正直、Sランク冒険者だという自覚が全く無かったので、自分の価値というものが良く分かっていませんでした。


「でもさ、どうやって頼めば良いのかな。教えてくれなきゃ僕はギルドの敵になる……なんて言い方は、今後のギルドとの関係を考えると良くないよね」

「そうよね。私達は、こちらの世界で暮らしていくのだし、ギルドとは良好な関係を保っていたいわよね」

「うーん……やっぱり、率直に困っている女子が居る事を話して、お願いしてみるよ」

「ねぇ健人、私も一緒に行っちゃ駄目かな。一度は奴隷にされた女同士だし、気持ちを汲み取ってくれるような気がするから」

「そうだね。僕が話すよりも、唯香から話してもらった方が良いかもしれないね」


 いきなり召喚されて、騙されて隷属の腕輪を嵌められ、ラストックで酷い生活を強いられたと話せば、レーゼさんの生い立ちならば同情してくれそうな気がします。

 うん、これでプロポーズを回避出来るかは微妙な感じもしますが、話してみる価値はあるでしょう。


「健人、何考えてるの?」

「うん、レーゼさんが説得に応じてくれるか……」

「そうね、影空間に人を連れて入る方法は教えてくれるかもしれないけど、プロポーズの件は引き続き要求されそうな気がするわね」

「うん、とりあえずは話してみてだね」

「ところで健人、カミラの謝罪ビデオはどうなったの?」

「あっ……え、えっと……」


 ヤバいです、バタバタしていて完全に忘れていました。

 カミラの謝罪をビデオに撮って、委員長にチェックしてもらうように頼んだのでした。


「忘れてたんでしょ?」

「うっ……ギルドの指名依頼でダンジョンに行ったりしてたんで……ごめんなさい」

「もう、健人は仕事を抱えすぎなんじゃない? 大事な事まで忘れちゃうと大変だよ」

「そうだよね。うーん……どうしたら良いのかなぁ……」

「誰かに予定とか、依頼の期限を管理してもらうとか?」

「それって、秘書みたいな感じだと思うけど、ちょっと大袈裟じゃない?」

「でも、日本とのやり取りに、帰還方法を探したり、リーゼンブルグの内情に関与したり、ギルドから指名されたり……忙し過ぎるよ」

「そう言われると、確かに……」


 日本とのやり取りに関しては、僕がやるしかないけれど、他の状況については情報を集約して、管理してくれる人が居た方が便利だし、失敗も少ないような気がします。


「でも、誰に頼もうか?」

「誰か、先生にやってもらったら?」

「うーん……それでも良いけど、こっちの状況に詳しい人の方が良くないかな?」

「あっ、そっか……それはあるかもね」

「そうかと言って、あんまり表沙汰に出来ないような話もあるから、信用出来る人じゃないと駄目だし……」

「こうやって考えてみると、人を雇うって大変なのね……」

「そうだね。うん、明日にでもドノバンさんに相談してみるよ。場合によってはギルドを通じて求人した方が良いかもしれないしね」


 明日の朝、僕が委員長を迎えに来て、一緒にギルドに行って、レーゼさんに面会を求める事にしました。

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