第116話 本部ギルドの一行

 夕食後、算術の宿題で気力を使い果たしたメイサちゃんは、あっさりと夢の世界へと旅立ちました。

 メイサちゃんをマルト達に頼んで、僕はフレッド、バステンから報告を聞きました。


『演習場に……第三皇子の部隊、五千人が加わった……』

「バルシャニアの第三皇子って、どんな人なの?」

『第三皇子……ニコラーエは術士部隊長……』


 バルシャニアでは第一皇子、グレゴリエが騎士達を統率し、第三皇子のニコラーエが術士達を取りまとめているそうです。

 年齢は二十代半ばぐらいで、兄ほどではないもののガッシリとした体型で、騎士達に混じっても見劣りしない風格があるそうです。


『火属性魔法の使い手……武術の心得もあるらしい……』

「兄弟の仲は、どうなのかな?」

『全く問題無し……演習も馬を並べて行ってる……』


 フレッドが調べたところでは、バルシャニアの現皇帝、コンスタン・リフォロスには四人の息子と一人の娘が居るそうですが、皇妃は一人で側室は居らず、全員が同じ母親からの子供なのだそうです。


「それじゃあ後継者争いみたいなものは無いのかな?」

『これまで調べた中では……むしろ兄弟は協力し合っている』


 第一皇子が騎士、第三皇子が術士を統轄し、第二皇子は皇帝の右腕として内政を担当しているそうです。


 第四皇子と皇女の動きは、まだ調べられていないそうですが、悪い噂は聞えて来ないようです。

 一夫一妻で強固な血縁の下、国の根幹を固めているようですね。


「うーん……国の中枢はリーゼンブルグとは大違いって感じだね」

『そう……第三皇子も人気者……』


 演習が終わった後で、グレゴリエとニコラーエが連れ立って市場に現れ、出店で買い食いをする事もあるそうです。

 何だか、めっちゃ庶民派ですよね。


『バルシャニアの術士部隊は……かなり強力……』


 演習は砂漠を舞台にして行われているそうなのですが、術士達は属性ごとの部隊に編成され、同じ属性の魔術を一斉に打ち込んだり、異なる属性の魔術で相乗効果を上げる攻撃も行っているそうです。


「魔術の相乗効果……?」

『火と風を合わせると……火炎が増大される……』


 言うなれば、風の強い日に火事が起こると被害が大きくなる……みたいな感じなのでしょう。

 単純な攻撃力では火属性が一番強いそうですが、相乗効果を上げるという点では風属性が一番優れているようです。


 火と風、水と風といった組み合わせの他には、土と水を合わせて泥沼を作って相手を足止めするような訓練も行われているそうです。

 そして、こうした複合魔法は風上から発動する方が効果的だそうです。


「やっぱり、西風が強く吹く、これからの時期を狙っているのかな?」

『可能性は高いけど……この規模の演習は珍しくないらしい……』


 怪しいけど、明確な侵略の確証とまではいかない……何とも厄介な感じです。

 一方、バステンからは、第二王子派の一行が、グライスナー侯爵領のバマタに到着したと聞かされました。


『ケント様、奴ら、ラストックにスパイを送り込んでいるようです』

「えっ、それって騎士の中に裏切者が居るって事?」

『いえ、騎士の中には入り込んではいないようですが、街の住民として紛れ込んでいるようで、駐屯地の要塞化の話も届いていました』

「って事は、眷属のみんなが働いている事も知られてちゃってるのかな?」

『はい、魔物を使役しているという話は伝わっていまして、カミラが魔王を従えたといった話も伝わって来ています』

「それって拙いんじゃない? 警戒されないかな?」

『今のところは大丈夫なようです』


 バステンの話では、スパイはグライスナー侯爵の手の者らしく、警戒を進言したそうですが、第二王子のベルンストも第三王子のクリストフも、まともに取り合おうとしなかったそうです。


「グライスナー侯爵が信用されていないとか?」

『いえ、そうではなくて、一つにはラストックの騎士の数が少ない事、もう一つは魔王の存在を信じていないのが原因だと思われます』


 ラストックに駐屯している騎士の数は百名強しか居らず、いくら堅固な要塞を築いたところで、万を超える軍勢の相手ではない。

 魔王なんてものは御伽話の中の存在で、せいぜい少し腕の良いテイマーが居る程度だろうと思われているようです。


「それじゃあ、第二王子派は、ラストックは無視する感じなのかな?」

『いえ、無視どころか、とんでもない事を考えているようです』

「とんでもないって……攻めて来るって事?」

『はい、内戦のどさくさに紛れて、ラストックの住民を皆殺しにして、自分達の領地としてしまおうと考えているようなのです』

『何と言う不心得者共だ!』


 バステンの話を聞いたラインハルトが、憤怒の表情を浮かべて声を荒げました。

 勿論、僕も全く同意見です。


「そんな事はやらせない。絶対にやらせる訳にはいかないよ」

『無論ですぞ、ケント様。そのような不心得者共は、例え王族であろうとも、ワシが首を刎ね飛ばしてくれます』


 ラインハルトの言葉に、バステンもフレッドも頷いています。

 バステンの掴んだ情報によれば、第二王子派は第一王子派を迎え撃つ前に、行きがけの駄賃とばかりにラストックを落とし、後顧の憂いを無くしてからカバサ峠へ向かうつもりのようです。


『ケント様、奴ら、表面上は極大発生に対する応援を装ってラストックに入るつもりでいます』

「あっ、そうか……カミラが応援を要請したんだったね。って事は、襲って来るまでは味方だから、こっちから先に仕掛けると攻める理由を与えちゃう事になるのか? でも、街の中に入れてしまったら、住民が危険に晒されるし……どうすれば良いのかな?」

『ぶははは、カンタンですぞ、ケント様。街道に立て札を立てておけば良いのです』

「立て札……?」


 何だかラインハルトの高笑いに、嫌な予感がするんですけど……


『いかにも。これより先、魔王ケントの領地なり、許可なく兵を進めることを禁ずる! といった感じですな』

「いやいやいや、僕の領地って……ラストックを占領するつもりなんか無いよ」

『では、どうされるのです? カミラが統括を続けるならば、第二王子派の兵を拒む理由がありませんぞ』

「いや、でもさぁ……そんな事を勝手にやったら拙いんじゃない?」

『ぶははは、ケント様、勝手にやるから良いのです。この話を伝えれば、カミラは恭順の意思を示すでしょうが、騎士や住民の中には反対する者も出るでしょう。その者達を納得させ、屈服させるとなると面倒ですぞ』

「なるほどね。僕らが勝手にやった事にしちゃう訳か。まあ、実際勝手にやるんだから、それで良いのかもね」

『問題無い……魔王ケントを阻む者など居ない……』

『そうです、ケント様、我らで蹴散らしてくれましょう』


 フレッドもバステンもイケイケのノリで若干の不安を感じますが、ラストックの住民を虐殺させる訳にはいかないので、好き勝手にやらせてもらいましょう。


「タイミングとしては、第一王子派がカバサ峠に向かって出立した頃になるんだよね。それまでに、迎撃の準備を整えておいて」

『カバサ峠に向かう分岐から、ラストックに向かう途中は道幅が狭い場所や森の間を通ります。そこならば大軍を展開させる事も出来ませんので、迎え撃つには打って付けです』

『ぶははは、隊列が長く伸びたところでコボルト隊に掻き回させれば、大混乱は必至ですぞ』

『それこそ……皆殺しも可能……』

「うん、その迎撃についてなんだけど……」


 第二王子派の迎撃方法に関して、僕から一つだけ注文を出させてもらいましたが、すんなりと了承してもらえました。


『では、ケント様、明日は本部ギルドのマスターとの面談もございます。そろそろ休まれなされ』

「そうだね、それじゃあ、そろそろメイサちゃんの枕になりますかね」


 マルト達を順番に撫でてからベッドへと入ると、どんなセンサーが付いているのか分からないけど、すぐにメイサちゃんがしがみ付いてきました。

 今夜も枕にされる事間違いなしですが、涎は勘弁してもらいたいよね。


 でも、寝ているはずなのに、スリスリと摺り寄って来られると邪険にはしづらいです。

 日本に居た頃も、こんな妹が居たら僕の生活も違っていたかもしれませんね。


 翌日、朝の混雑が終わる頃を見計らってギルドに出向くと、依頼の張り出された掲示板の前には、同級生の男子達がウロウロしていました。


 カウンターに目を向けると、フルールさんに何とかしろ……といった感じの視線を向けられてしまいましたが、仕事の受け方は昨日説明しましたし、いつまでも僕が世話を焼いていたら一人前にはなれない気がするんですよね。


 なので、フルールさんの視線での要求は華麗にスルーさせていただいて、にこやかに挨拶いたしました。


「おはようございますフルールさん、ドノバンさんに言われて来たのですが……」

「ケントさん、今、分かっていて無視しましたよね?」

「さぁ……何のことでしょう?」

「とぼけないで下さい。依頼主から何件かクレームが届いてるんですよ。作業中に注意したら、そのまま帰ってしまったって……」

「えぇぇ……それホントですか?」

「私が嘘を付く必要がありますか?」

「いえ……無いです」


 そう言われてみれば、掲示板の前にいる人数は昨日の半分程度に見えますし、長谷川君の姿も見当たりません。

 どうしたものかと考え込んでいたら、奥からドノバンさんが姿を現しました。


「来たかケント」

「おはようございます、ドノバンさん」

「うむ、よし行くぞ」

「あの、その前に……」


 すぐに出掛けようとするドノバンさんを引き止めて、同級生達の話をしたのですが、対応策を考えてくれるどころか、一笑に付されてしまいました。


「ふん、そんな事は奴ら自身に考えさせろ。それとも、あそこでウロついている連中は、お前の隠し子か何かなのか?」

「とんでもない、同じ歳の子供なんて居る訳ないじゃないですか」

「だったら、自分達で何とかさせろ、お前が世話を焼く必要は無い。ギルドに登録してカードを手にした時点で、守ってもらう時間は終わりだ」

「でも、みんな急な環境の変化で戸惑っていますし……」

「だったら尚更、環境に馴染む努力が必要なんじゃないのか。少なくともケント、お前はそうして暮らして来たんじゃないのか?」

「それは、そうなんですけど……」

「ケント、お前は世話を焼きすぎだ。出来ない理由の無い人間を甘やかす事は、そいつの可能性を奪う事でもある。この先もヴォルザードで暮らしていくならば、自分で考えて状況を打破する力を養わないと、いつまで経っても一人前にはなれんぞ」

「はい……」

「行くぞ!」


 恨めしげな視線を向けて来るフルールさんに軽く頭を下げて、ドノバンさんの後を追い掛けました。


 ドノバンさんと向かった先は、ギルドに隣接する建物でした。

 ここは、ギルドに関連する重要な人物が訪れた時に宿泊する為の施設だそうで、他の街のギルドにも同じような施設があるそうです。


「ケント、Sランクに上がれば、他の街に行った時には無料で泊まれるぞ」

「えっ、タダで泊まれるんですか?」

「そうだ、それだけSランクの冒険者は優遇される存在なんだぞ」

「優遇ですか……なんか、厄介な頼み事とか押し付けられそうですねぇ……」

「ほぅ……良く分かってるじゃないか」

「ええ、僕の世界には、タダほど高いものは無い……っていう言葉がありますからね」

「ふふふ……そういう事だな」


 ドノバンさんは、領主の館のような分厚い絨毯が敷かれた廊下を進み、これまた意匠を凝らしたドアに取付られたノッカーを鳴らしました。

 数瞬の間の後、ゆっくりとドアを開いたのは、ドノバンさんよりもゴツい身体付きの男性でした。


 黒い革のジャケットに黒の革パンツ、黒いブーツという黒ずくめ。

 青い髪は短く刈り込んでいて、凄い圧迫感を感じさせます。


 体格にも驚かされたのですが、それよりも目を引かれたのは仮面です。

 四角い金属板を顔に沿うように曲げ、目の部分には細いスリットが開けられていますが、外からは目線を窺う事が出来ません。


 SF映画に出て来るアンドロイドを彷彿させるような仮面の男は、無言でドノバンさんと僕を出迎え、微動だにしません。


「ギルドの顔役を務めているドノバンだ。こっちに居るのがケントだ」


 仮面の男が首を傾け、ドノバンさんから僕へと視線を移しましたが、口を開く気配はありません。

 仮面で全く表情が読めず、どんな感情を持たれているのかも予想が付きませんでした。


「ケントです……」


 取りあえず、ペコリと頭を下げると、ほんの僅かですが男の頭も下がったように見えました。

 仮面の男は、無言で身体を開いて、僕らに通るように頭を振りました。


 恐らく、この仮面の男が身辺警護を務めているのだろうと思い様子を見ていたら、ドノバンさんと擦れ違う瞬間、思わずといった感じで後ずさりし、直後にゴクリを生唾を飲み下しています。


 あれっ、何か変だと思って足を止めると、ドノバンさんの後に僕が付いていかないのに気付いた男は、それまでとは違って素早くこちらを振り返りました。

 そして、僕がじっと観察しているのに気付くと、ビクリと身体を震わせました。

 何となくですが、仮面の下の目線が泳いでいるような気がします。


「ケント、遊んでないで早く来い」

「あっ、はい、すみません……」


 僕が視線をドノバンさんの方へと移すと、確かに仮面の男は、ふぅっと一つ息を吐きました。

 うん、何となくだけど、外見と中身が釣り合っていない人のような気がします。


 ドアの内側は、応接スペースになっていました。

 三人ほどがゆったりと座れるほどのソファーが向かい合うように置かれ、間に置かれたテーブルの両端には、一人掛けのソファーが置かれています。


 三人掛けのソファーには、女性が一人横座りをしながら僕らを観察していました。

 年齢は、二十代後半ぐらいでしょうか、左の脇を大きなクッションに預け、頬杖を突きながら細く長いキセルを燻らせています。


 真っ直ぐ腰の辺りにまで伸びたダークブラウンの髪、好奇心に満ちた大きな瞳は深いエメラルドグリーンで、吸い込まれそうに感じます。

 褐色の身体を包むのはアラビアンナイトに出て来る踊り子のような露出度の高い衣装で……とにかく目の毒です。


 そして、一人掛けのソファーに細い木の杖を携えたお爺さんが、ちょこんと座っています。


 少し薄くなった白髪頭を後ろで束ね、山羊のような髭をたくわえ、ニコニコと目を細めている姿は、縁側で昼寝している猫を思わせます。

 えっと……どちらが本部ギルドのマスターなんでしょうかね。


「お久しぶりです、レーゼさん。ラウさんも、御無沙汰しています」


 どうやら、女性がレーゼさん、お爺さんがラウさんとおっしゃるようです。

 そう言えば、本部のギルドマスターは二百五十歳を超えてるって話だから、ラウさんの方……じゃないんだろうなぁ……。


「ドノバン、そやつが報告書のケントなのかぇ?」

「はい、こいつがケントです」

「ど、どうも、初めまして……ケントです」

「我が本部ギルドのマスター、レーゼだ。立ち話もなんだ……まぁ座りや」


 テーブルを挟んだソファーに、ドノバンさんと並んで腰を下ろしたのですが、たばこの匂いに香水の匂い、そして目のやり場に困る光景に頭がクラクラしてきそうです。


 それにしても、二百五十歳を超えているって、マジなんですかね。


「ふむ、どこをどう見ても、単独でサラマンダー四頭を撃破するような者には見えんのぉ……」


 レーゼさんは、ニタニタとした笑みを浮かべながら、心底楽しそうに僕を眺めています。

 まぁ、確かに僕は強そうには見えないでしょうけど、正面切って言われるとちょっと傷付きますよねぇ。


「スケルトンを三体、アンデッド・リザードマンを五体、アンデッド・コボルトを三十三体……なるほど、魔物使いと呼ばれるのも頷ける。今日は連れてこなかったのかぇ?」

「あちこちで用事を頼んでいますので、全員は同行していませんが、何人かは一緒にいますよ」

「一緒に居る……というのはどういう意味かぇ?」

「えっと……影の空間に居るので……」

「ほぉ……そなた影召喚まで使えるのか。面白い、我にそなたが使役する魔物を見せてくれりょ」


 チラリとドノバンさんに視線を送ると頷いて見せたので、闇の盾を出して眷属のみんなを呼びました。


「ラインハルト、出て来てくれるかな。マルト、ミルト、ムルトもおいで!」

『ほほう、こちらが本部ギルドのマスターですか』

「わふぅ、ご主人様呼んだ?」

「撫でて、撫でて」

「うちも、お腹撫でて!」


 ラインハルトは僕の後ろに仁王立ちし、マルト達は尻尾をブンブン振り回しながら抱きついてきました。


「なっ、そなた詠唱は? それにコボルトが喋ったじゃと?」

「ほっほっほっ、これは驚いた。喋るコボルトとはのぉ……いや、長生きはするもんじゃのぉ」


 それまで一言も口を開かなかったラウさんも、マルト達を見て笑顔を浮かべています。

 てか、声を聞くまで完全に存在を忘れていました。


『ケント様、あの御仁、相当な使い手ですぞ……』


 ラインハルトに念話で話し掛けられ、ラウさんに視線を戻した途端、背中が総毛立ってチビりそうになりました。

 チラっとラインハルトに向けられた視線は、さっきまでの好々爺のものではなく、強大な魔物がお爺さんの皮を被っているかのようです。


 あの杖、絶対に仕込み杖ですよね。

 マルト達も一斉に毛を逆立てて牙を剥き、低い唸り声を上げました。


「ラウ、若い者を揶揄からかうな……」

「ほっほっほっ、すまんすまん、試すつもりではなかったのじゃが、つい……な?」


 レーゼさんにたしなめられ、ペロりと舌を出したラウさんは元の好々爺へと戻ったのですが、マルト達は戦闘態勢を解こうとしません。


「マルト、ミルト、ムルト、もういいよ、大丈夫だから……」

「うーっ……ご主人様、あいつ怖い奴だよ」

「ホントに大丈夫?」

「アルト達も呼んでやっつける?」

「みんな、ありがとうね。大丈夫だから、もう警戒しなくて良いよ」


 順番に撫でてやって、ようやくマルト達は逆立てていた毛を戻して警戒を解きました。

 正直言うと、もう背中が汗でビショビショです。


「なるほど……これはドノバンがSランクと認める訳じゃ。これほどまでに魔物を手懐けた者など見た事がないわい、ほっほっほっ」

「ラウよ、魔物は良いとして、当の本人はどう見るぇ?」

「さよう……まだまだ鍛え方は足りんようじゃが、底を見せておらんようじゃし、悪くない……いや、なかなかに面白い。ガンターが見掛け倒しだと見抜いておったようじゃしな」


 やっぱり仮面の男は見掛け倒しだったのか。

 思わず後ろを振り返ると、デカい身体を縮めるようにしてペコペコと頭を下げてきます。


 それにしてもラウさん、ニコニコとした笑顔を向けられているのに、蛇に睨まれた蛙みたいな心境にさせられます。

 そんな僕の心境を見透かしていたのか、レーゼさんはクスリと笑いを洩らした後で訊ねて来ました。


「ケント、そなた、どこで詠唱もせずに魔術を使う方法を習った?」

「魔術の使い方は、習っていません」

「ほう……それは、そなたが闇属性の持ち主だからかぇ?」

「いえ……」


 一瞬、日本から召喚されてきた事を話すべきなのか迷いましたが、視線を向けたドノバンさんが頷いたので、召喚後の出来事を話しました。


「なんと……異世界からの召喚者とは……」

「はい、僕はこちらの世界で暮らしていこうと思っているのですが、一緒に召喚された同級生や先生は、なんとか元の世界に戻してあげたいんです」


 元の世界に戻る方法を探しているけど、召喚術式による逆召喚は上手くいきそうもない事、僕だけは影移動を使って戻れる事、何とか生きている人を影の世界を通過させる方法が無いのか探している事を話しました。


「あの……レーゼさんは闇属性の魔法に詳しいと聞いたのですが、何か良い方法はありませんか?」

「ふむ……影の世界へと生きている者を引き込む方法かぇ……無い、こともない……」

「本当ですか! お願いします、教えて下さい」

「教えてやらん事もない……が、代わりに一つ頼まれてくれるかぇ?」

「何でしょう? 難しい依頼とかでしょうか? 僕に出来るならば、何とか……」


 深く吸い込んだ煙草の煙を細く吐き出した後、妖艶な笑みを浮かべながらレーゼさんは言い放ちました。


「なぁに、難しい事ではないぞぇ……我の伴侶となってくれりょ」

「はっ? い、今なんと……?」

「ヴォルザードからバッケンハイムに移籍して、我と夫婦となれと言うておる」

「えぇぇぇぇぇ……」


 ラウさんに睨まれた時とは違う汗がダラダラと流れてきました。

 ペロリと唇を舐めるレーゼさんは、ベアトリーチェとは比べ物にならない妖艶さで、肉食どころか丸飲みにされそうな危機感を覚えます。

 ヤバいです、アナコンダに睨まれたアマガエルの心境です。

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