第114話 ネロ

 ラストックの駐屯地を後にして、ラインハルトや眷属のみんな、そしてストームキャットの死体と一緒に魔の森の特訓場へと移動しました。


『ケント様、このストームキャットはギルドに持ち込みですかな?』

「うーん……ちょっと試してみたいことがあるんだ」

『もしや、眷属になさるおつもりで?』

「うん、日常的に魔法を使っているし、もしかしたら、また眷属を増やせるようになってるかも……って思ってね」


 以前ラストックの診療所で、委員長と世話役のエルナが魔法のレベルが上がるといった話をしていました。

 日常的に闇属性の魔法を使っている僕ならば、以前は出来なかった事も出来るようになるのではないかと思ったのです。


 ストームキャットの死骸には、額の部分や後頭部にいくつもの穴が開いてしまっています。

 これは眷属化した後に、魔石を使って強化する時に治せるとは思うのですが、傷がある魔物を眷属にするのは初めてなので、動き出すとちょっと気味が悪そうです。


 大きく深呼吸をして気持ちを落ち着かせてからストームキャットと向き合い、眷属のみんなに感じる魔力的な繋がりを意識しながら呼び掛けました。


「僕の眷属として力を貸してくれるかな? くぅ……」


 リンクを繋ぐと、魔力を持っていかれる感覚に陥りましたが、コボルト隊を一度に眷属化した時ほどは酷くありません。

 これならば、ストームキャット以外にも、また眷属が増やせそうな気がします。


 瞳に光が戻り、ムクリとストームキャットが頭を持ち上げました。

 その瞳が僕を捉えると、ドロドロ、ドロドロ……という低い音が響いてきました。


 一瞬威嚇の音かと思いましたが、ストームキャットの瞳には敵意は感じられません。

 どうやら機嫌良く喉を鳴らしているようなのですが、身体が巨大なのでお腹に響くほどの音量なのです。


「僕の眷属になってくれる?」

「ナァァァァン……」


 起き上がったストームキャットは、僕に身体を擦り付けて来ました。

 ふわっ、ちょ何すか、この毛並みはヤバいっす、まさにベルベットのようです。


『ケント様、ストームキャット一頭の毛皮で、家が一軒建つと言われておりますぞ』

「そうなの? いや、でもこの手触りなら納得かも……」


 マルト達のモフモフも勿論気持ちが良いのですが、ストームキャットのしなやかな手触りは、また違う種類の気持ち良さです。


「ぐるぅぅぅ……ご主人様の浮気者……」

「うちらだって気持ち良いもん……」

「わふぅ、でも、その大きさじゃ部屋には入れないもんね」


 そうでした。いくらストームキャットの手触りが良くても、下宿の僕の部屋には大きすぎて入りそうもありません。

 四足で立った状態でも、頭は僕の背丈よりも高い場所にあるぐらいです。


「大丈夫だよ。マルト達を嫌いになんかならないから、仲良くしてあげてね」

「分かった……ご主人様が言うなら……」

「だから、後でいっぱい撫でてね」

「うちはお腹、お腹撫でて」

「はいはい、分かったよ、順番ね」


 マルト達が焼餅焼いて拗ねないように、後でいっぱい撫でてあげましょう。


「じゃあ、強化をするから、魔石を取り込んで」


 ミノタウロスの魔石を十個ほど取り出し、ストームキャットの大きな口へと放り込み、魔力と共に強化のイメージを送りました。

 ストームキャットの巨体を闇色の靄が包み込み、激しく紫電が走ります。


 このままでも十分に強力な魔物ですが、僕の眷属になった事で風属性の魔法は失われてしまうので、闇属性に特化した強化が必要だと思ったのです。

 パワーアップ、素早さアップ、手触りも更にアップ、そして愛嬌もプラスしましょう。


 身体大きいから、自分で闇の盾を出して出入り出来るようにしておきます。

 一際大きな雷鳴が轟いた後、爆散した靄の中からは艶々と輝く毛並みのアンデッド・ストームキャットが姿を現しました。

 攻撃魔法で付いた傷も、綺麗さっぱり無くなっています。


「君の名前はネロだよ。これからよろしくね」

「にゃっ、ご主人様のお役に立つにゃ」


 ネロは目を細めて身体を擦り付けて来ます。

 ふぉぉぉ……ヤバっ、ヤバいって、昇天しちゃいそうな気持ち良さだよ。


『ぶはははは、さすがはケント様ですな。ストームキャットを従える者など御伽話の魔王以外にはおりませんぞ』

「ギガウルフよりも危険だから?」

『いかにも。フレイムハウンドの連中が、名前に箔を付けるためにギガウルフを狙っておりましたが、ストームキャットは素早さでも危険度でも上回りますし、一箇所に留まる事をしない魔物なので仕留める機会は殆どありませぬ。何人かの犠牲を出してでも、居なくなるのを待つ天災のようなレベルですぞ』

「にゃっ、ネロは悪い奴以外、人間は襲わないにゃ」

「うん、でもネロは大きいから、街の人には誤解されちゃうかもしれないから、気を付けてね。攻撃されても、反撃しないで逃げてくれば良いからね」

「分かったにゃ……にゃにゃっ、ご主人様、そこ、そこにゃ……」


 大きな耳の後ろを撫でてやると、ネロは口を半開きにして恍惚とした表情を浮かべました。


「マルト達もおいで」

「わふぅ、撫でて、撫でて」


 拗ねたような表情を浮かべていたマルト達を呼ぶと、尻尾を千切れそうなぐらいに振り回しながら駆け寄ってきました。

 おふぅ、モフモフ祭ですよ、モフモフ祭。


『ケント様、眷属を増やされたならば、ドノバン殿に報告なされた方がよろしいのではありませぬか』

「あっ、そうだね。うん、一度ギルドに戻ろうか」


 ネロの登録をするためにギルドを訪れると、午後の時間帯とあって、仕事の依頼をする人が訪れるぐらいで、ノンビリとした空気が流れています。

 例によって階段下から表に出て、カウンターへと足を向けると、受付嬢のフルールさんと目が合ってしまいました。


 同級生のみんなには、とってもにこやかだったのですが、僕を見る視線は何となく鋭いんですよね。

 大人な美人さんの鋭い視線って、気後れしちゃうんですよねぇ。


 後で直接ドノバンさんの所に出向こうかと、ちょっと足を止めたら声を掛けられちゃいました。


「ケントさん、何か御用ですか? ケントさんは有名人なんですから、あまりウロウロして騒ぎを起こさないで下さいよ」

「はい、すみません……と言うか僕って、そんなに嫌われてるんですかね?」

「はぁ……何を言ってるんですか? 冒険者の皆さんはケントさんを怖がってるんですよ」


 フルールさんは、呆れたように大きな溜息を付いてから話してくれました。


「へっ? 僕を怖がる……?」

「ケントさんが街を救ってくれた事には皆さん感謝していますが、その一方で強力な魔物を何体も手足のごとく使役するケントさんは恐ろしい存在でもあるんですよ」

「えっ……でも、僕はこんな見た目ですし……」

「はぁ……以前、ここでケントさんに絡んだ若い冒険者に何をしたのか忘れたんですか? それに、オーランド商店の息子さんにも……」

「うっ、そうでした……」


 絡んできた雑魚っぽい冒険者は闇の盾で囲って身動き出来なくした上で、ザーエ達に取り囲ませて脅しつけましたし、ナザリオと取巻き、それに雇われ冒険者はスケルトンズと一緒に締めたんでした。


「魔物使いの機嫌を損ねたら、魔物の餌にされて骨も残らない……なんて言われてますよ」

「えぇぇ……そんな事しませんよ。それに僕、ドノバンさんにプラーンってされてるのを何度も見られてると思うんですけど……」

「ドノバンさんが、一般の皆さんと同じ基準になると思ってるんですか?」

「いえ……それは、なりませんけど……」

「とにかく、ケントさんは超危険人物と思われている事を、もっとちゃんと自覚して下さい」

「はい……気を付けます」


 鋭い視線を向けて来るフルールさんは、腕組みをしているせいで、制服のボタンが悲鳴を上げています。


「それで、何の御用ですか?」

「えっと……眷属を増やしたので、ドノバンさんに報告をしようかと思いまして……」

「眷属……というと、使役する魔物を増やされたのですね」

「いえ、使役するというよりも家族が増えた……みたいな感じですね」

「またコボルトを増やされたのですか?」

「いえ、今回はストームキャットを……」

「はっ? 今、何と仰いました……?」

「ですから、ストームキャットを眷属に迎え入れたんですが……あれ、フルールさん? おぅ!」


 さっきまで、ちょっと冷たさを感じるぐらいに鋭い視線を向けて来ていたフルールさんは、目が真ん丸になるぐらいに見開いて大きく息を吸い込み、限界を迎えた制服のボタンが弾け跳びました。


「きゃっ、えっ、やだっ……嘘っ……」


 ボタンが弾け跳んだ事で現実に戻ったフルールさんは、顔を真っ赤にしながら慌てて胸元を両手で隠しました。

 ぐぅ……女王様みたい雰囲気が、恥らう乙女に一変するなんて、破壊力高すぎでしょう。


「ス、ストームキャットって、本当なんですか?」

「本当ですよ。何なら此処に……」

「駄目! 駄目ですよ。何考えてるんですか、周りに人が居るんですよ」

「あっ……」


 確かに、仕事の依頼に来ている人達や、カウンターの内側に居るギルドの職員の皆さんも、ストームキャットと聞いて僕らに視線を向けて来ています。


「ドノバンさんは、戦闘講習で訓練場に居ます。そちらに行って下さい。まったくもう……」

「すみません……」


 胸元を両手で隠しながら、頬を膨らませて拗ねてみせるフルールさんは、ぐぅカワです。

 

「何ニヤニヤしてるんですか、ジロジロ見ないで下さい」

「す、すみません。じゃ、じゃあ訓練場に行きますね」


 ドノバンさんの姿を探して訓練場へと足を運んで、最初に目に入ってくるのは、やっぱりスカベンジャーの死骸の山だよね。

 リドネル達が、飛び散る体液に呻きながらも奮闘を続けているようですが、あんまり減っている感じがしないよね。


 そしてドノバンさんを探して、戦闘講習が行われている場所へと目を移すと、意外な人物の姿が目に飛び込んで来ました。

 防具を身につけ、木剣を握った冒険者が三人で立会いを行っているようなのですが、三つ巴の戦いではなく、二対一の戦いを行っているようです。


 恐らく二人掛かりの方が講習を受けている冒険者で、相手をしているのはギリクでした。

 年齢的には、講習を受けている冒険者達の方がギリクよりも上に見えますが、表情に余裕は感じられません。


 一方のギリクも、いつもの太太しい態度ではなく、油断無く木剣を構えています。

 二人掛かりの冒険者達は、目配せをしながらジリジリと位置を変え、ギリクを挟み撃ちにしようと画策しているようです。


 それに対してギリクは、一方の冒険者に向かって踏み込んでいきましたが、これはかえって相手の思う壺だったようで、もう一人の冒険者が素早くギリクの背後へと回り込みました。


 小さく舌打ちを洩らしたギリクは、勢い良く振り向いて背後を取った冒険者に向けて木剣を振上げます。

 それを見たもう一人の冒険者は、及び腰だった姿勢を一変させて、猛然とギリクの背中へと打ち込んでいきましたが、木剣は空を切りました。


 舌打ちも反転も全てはギリクの誘いで、打ち込んだ冒険者は逆に右の脇腹に強烈な一撃を食らって崩れ落ちました。

 その姿に目を奪われ、一瞬動きを止めたもう一人の冒険者に、あっと言う間にギリクが間合いを詰めています。


「くそっ……」


 苦し紛れの一撃を余裕たっぷりに打ち払ったギリクは、冒険者の肩を強烈に打ち据えて勝負を決めました。

 そして、僕の方を振り返ると、射抜くような視線を向けて来ます。

 その視線には、強い決意が込められているような気がしました。


「それまで、勝者ギリク。ケント、お前も混ざるか?」

「い、いえ……僕はまだ風の曜日の講習も終わってませんし、ちょっとドノバンさんにお話があるだけで……」

「ふん……そうか、ついでだ、そいつらちょっと治療しろ」

「えっ……あっ、はい、分かりました」


 ギリクに打ち据えられた冒険者は、二人とも倒れたままで呻いています。

 最初に脇腹を打たれた人、次に肩を打たれた人を治療すると、見ていたギリクは顔を顰めて盛大に舌打ちしてみせました。


「ちっ、マジで治癒魔術まで使いやがるのか……」

「自分も治療してもらったのを、もう忘れちゃったんですか?」

「ふん、いつまでも恩着せがましい事を言ってんじゃねぇぞ……」

「ふふーん……いくら凄んでみせたって、何でもありのガチ勝負じゃ結果は見えてますけどねぇ……」

「手前ぇ……真剣勝負で首を斬り落として、その減らず口を叩けなくしてやんぞ!」

「へぇぇ……どうせまた鼻血垂らして気絶するのが関の山じゃ……ふぎゃ」


 上から目線で睨み付けてくるギリクを、例によって下から目線で睨み返していると、ドノバンさんに拳骨を落とされました。


「講習の邪魔をするなら叩き出すぞ。ケント、何の用だ」

「痛たた……すみません、眷属を増やしたんで報告した方が良いかと思いまして」

「眷属だと……今度は何を増やしたんだ」

「はい、ストームキャットを」

「何、だと……ストームキャットだと……」


 講習に参加していた冒険者の皆さんは勿論、ギリクやドノバンさんまで驚いていますね。


「ど、どうせ、そこらに居る猫と変わらない大きさなんだろう」


 ギリクの負け惜しみを聞いて、冒険者の皆さんはなるほどといった表情を浮かべてますけど、ネロと同じ大きさの猫がウロウロしてたら大騒ぎですよね。


「どうなんだ、ケント」

「ストームキャットを見たのは今回が初めてなので良くは分かりませんが、普通のサイズ……みたいですよ」

「そいつは、スケルトンやリザードマンと同様に、しっかりとお前の制御下にあるんだな?」

「はい、他の眷属と一緒です」


 ドノバンさんは、腕組みをして顎を撫でながら暫し考え込んだ後で口を開きました。


「よしケント、ちょっと見せてみろ」


 ドノバンさんの一言を聞いた冒険者達は、一斉に後ずさりして僕から離れました。


「ネロ、出ておいで」


 闇の盾を出してやると、ネロはスルリと足音も立てずにしなやかな巨体を現しました。

 ブルリと一つ身体を震わせると、ドロドロと喉を鳴らしながら身体を擦り付けてきます。


「ネロ、僕がお世話になっているドノバンさんだよ。挨拶して」

「初めましてにゃ、ネロだにゃ」

「ドノバンだ。ヴォルザードの街では、あまり暴れないでくれよ」

「大丈夫にゃ、ご主人様に言われない限りは大人しくしてるにゃ」


 ネロは上機嫌で太い尻尾をユルユルと振ってみせました。

 おぅ、忘れてましたよ、あの尻尾、後で思いっきりモフります。


「すげぇ……ストームキャットを完全に手懐けてやがるぜ」

「魔物使いと聞いてたけど、これほどかよ……」

「てか、あのストームキャット喋ってるぞ」

「ちょっとだけ、ちょとだけでいいからモフれねぇかなぁ……」


 分かりますよ、冒険者の皆さんの気持ち、良く分かりますけど、モフらせてあげませーん。

 そしてギリクはと言えば、歯軋りが聞えてきそうなほどに歯を食いしばり、僕を睨み付けています。


 むふふふ……ネロに掛かれば、ギリクなんて猫パンチ一発でKOでしょうね。

 スカベンジャーの解体作業をしていたリドネル達も、完全に手を止め、あんぐりと口を開いてこちらを見ていますね。


「よし、登録の書類は作っておいてやる。もう戻していいぞ」

「はい、ネロ、戻っていて」

「分かったにゃ」


 闇の盾を出すと、ネロは猫科特有のしなやかな足取りで影へと戻っていきました。


「それにしても、ストームキャットとは……ますますお前の所は凶悪になっていくな。一体どこと戦を始めるつもりだ?」

「僕の方から仕掛けるつもりは無いんですけどねぇ……」

「ふん、何をぬかすか。リーゼンブルグの馬鹿王子共も、バルシャニアの連中も、お前の存在すら気付いていないだろう。乱入する気満々なのはケント、お前の方じゃないのか?」

「えぇぇぇ……それじゃあドノバンさんは、今の状況を放置しておけって言うんですか?」

「俺では何も出来んが、俺がお前の立場だったらば、黙ってはおらんな」

「でしょう。僕は他の国で魔王とか呼ばれても、ヴォルザードを守るために働きますよ」

「ほう、殊勝な心掛けだな。下らん自分の面子にしか頭にない木偶の坊に見習わせたいぐらいだ」

「そうでしょう、そうでしょう。何なら爪の垢でも煎じて飲ませてやりましょうかね」


 ドノバンさんと一緒に、ニヤニヤした笑みを浮かべながら視線を向けると、ギリクは真っ赤な顔で木剣の柄を砕けそうなほど握り締めてプルプルしています。


「さて、他に用事が無いならば帰っていいぞ、講習の邪魔だ」

「はい、では失礼します」


 ギルドの中へと戻るとフルールさんに睨まれそうなので、そのまま影に潜って移動する事にしました。

 バタバタしていてお昼を食べ損なってしまって、お腹がペコペコです。

 もしかして……と思って下宿に戻ると、丁度お昼の営業が終わったところでした。


「アマンダさん、僕にも何か食べさせてもらえませんか?」

「おやケント、お昼に帰ってくるなんて珍しいじゃないか」

「はい、朝からバタバタしていて、お昼を食べそびれちゃいました」

「そうかいそうかい、あたしらも食事にするところだから、中に入って座っておいで」

「はい、ありがとうございます」


 お店のテーブルで、アマンダさん、メリーヌさんと三人で食卓を囲みました。


「ケントは、午前中は何処に行って来たんだい?」

「はい、ギルドにダンジョンで討伐した小型の魔物を買い取ってもらいに行って。その後マルセルさんの店の再建の様子を見に行っていたら、ラストックに魔物が近付いていると知らされたので、ラストックまで行って。倒した魔物を眷属に加えて、それを報告にギルドまで行って……戻ってきました」

「はぁ……聞いてるだけで目が回りそうだねぇ」

「いえいえ、大混雑するお店を切り盛りしているアマンダさんに比べれば、まだまだですよ」

「ねぇケント、新しい眷属って、どんな魔物なのか見せてくれない?」


 モフモフのアルト達を気に入っているメリーヌさんが、興味津々といった様子で聞いてきました。


「新しく眷属にしたネロは、ちょっと大きいので家の中には出て来られないんですよ」

「家の中に出られないって、ケント、まさかサラマンダーを眷属にしたんじゃないだろうね?」


 大型の魔物だと聞いて、アマンダさんはギョっとした顔をしています。


「いえいえ、サラマンダーじゃなくてストームキャットですよ」

「えぇぇぇ……」


 ストームキャットと聞いて、二人とも目を剥いて驚いています。

 メリーヌさんなんか、持っていたフォークを落としてしまったくらいです。


「えっ、どうかしました? 可愛いですよ、うちのネロ」

「ケント、ストームキャットって言ったら、死の風に乗って現れて、命を刈り取って通り過ぎて行く、止めようの無い災厄って言われてるんだよ」


 モフモフ好きのメリーヌさんでさえ、信じられないといった面持ちです。


「そうですね。確かに凄い速さでしたし、ザーエ達でも止められませんでした」

「ケント、大丈夫なのかい……?」

「はい、もうドノバンさんにも披露して、登録の書類も作ってもらってます」

「本当だろうね。まぁ、ケントがそう言うなら大丈夫なんだろうけど……」

「はい、食べ終わったら裏で挨拶させますよ」

「なんだい、ストームキャットまで喋るのかい」

「はい、その方が意思疎通が楽ですからね」

「はぁ……何だかケントと暮らしてると、どんどん常識が崩壊していくようだよ」


 うーん……僕としては至って常識的に行動しているつもりなんですけどねぇ。

 ちょっと納得がいかないという顔をしていたら、メリーヌさんにクスクス笑われてしまいました。


 そのメリーヌさんですが、アマンダさんの店での修行は年内までで、新年からはお父さんが残してくれた店を再開させる予定だそうです。


「正直、不安はあるんだけど、アマンダさんからレシピも教えてもらったし、最初はメニューを限定して始めて、慣れてきたら徐々に増やしていくつもり」

「メリーヌだったら大丈夫さ。この私が太鼓判を押してあげるよ」

「ありがとうございます。本当に何てお礼を言って良いのか……ケントも、アマンダさんを紹介してくれて本当にありがとうね」

「いえいえ、折角お父さんが残してくれたお店ですからね、あのまま閉めてしまうのは勿体無かったですから……そう言えば、弟さんはどうしてるんですか?」

「うん……ニコラは冒険者に鞍替えだとか言ってるんだけど……」


 弟ニコラの話になると、途端にメリーヌさんの表情が曇りました。

 食堂をやっている時でも、自分は出来る、出来ている、理解出来ない方が悪いとばかりに、相手に責任を転嫁してばかりでしたから、鞍替えしたところで成果が上がるとは思えませんね。


 ニコラは十五歳になった直後に、一時期冒険者を目指していた事があるそうですが、ギルドのランクはEランクなので、今は単独では城壁の外にも出られずに家でゴロゴロしているのだとか。


「そんな甘ったれは、あたしが行ってケツを蹴り上げてやろうか?」

「はぁ……ホント、お願いしたいくらいです」

「カルツさんに相談してみてはいかがです?」

「うん……相談してみたし、カルツさんからも、しっかりするように言ってもらったんだけど……あの性格だから……」


 カルツさんが説教しても、暖簾に腕押しといった感じで受け流してしまって、効果が薄いみたいですし、カルツさんもどちらかと言うと肉体派なので、ニコラのような人物の相手には向いていないようなのです。


「たった一人の家族だから世話を焼きたくなる気持ちは分からなくもないが、そんな調子で甘やかしていたら、いつまで経っても一人前なんかにゃなれやしないよ」

「そうなんでしょうけどねぇ……」

「一度思い切り痛い目にでも遭って、目を覚まさないと無理じゃないのかい」


 僕もアマンダさんと同意見ですが、メリーヌさんの心境としては危ない目には遭って欲しくないんでしょうね。


「僕は、あちこち飛び回っちゃっているんで、ニコラさんと一緒になる機会は少ないとは思いますが、見掛けた時には気を付けておきますよ」

「ありがとう、ケントみたいな優しい子が弟だったら良かったのになぁ……」


 あぁ、メリーヌさんがお姉さんだったら、一緒にお風呂とか入って、同じベッドでハグしてもらいながら眠りに付いたり……。


「ケント、あんたは考えてることが顔に出るから気を付けなよ……」

「ひゃい? ぼ、僕は別に、不純な事とか考えていませんよ」

「はぁ……あたしは一言も不純な事……なんて言ってやしないよ」

「ぐぅ……そうでした……ごめんなさい」

「まったく……どうして男の子ってのは、こうなんだろうねぇ……」


 アマンダさんには呆れられ、メリーヌさんにはクスクス笑われちゃいました。

 食事の後は、約束通りに下宿の裏でネロを紹介しました。


 闇の盾からネロが姿を現すと、アマンダさん達は思わず二、三歩後ずさりしましたが、ネロが目を細めて挨拶すると緊張を解いたようでした。


「ネロだにゃ、よろしくなんだにゃ」

「はぁ……確かに、この大きさじゃうちには入れないねぇ……」

「ねぇネロ、触ってもいい?」

「大丈夫にゃ」

「ふわぁぁぁ……フワッフワだよ……」

「どれどれ、ほわぁぁぁ、こりゃ魂消た、こんな手触りは初めてだよ」


 メリーヌさんに釣られてネロに触れたアマンダさんも顔を蕩けさせています。

 それでは、僕もついで尻尾をモフらせていただきましょう。


「ふにゃぁぁぁ……駄目にゃ、ご主人様、尻尾、いきなり尻尾は駄目にゃぁぁぁ……」


 一抱えもあるネロの尻尾をギュっとしたら、ネロはビクンビクンと身体を痙攣させて、お漏らししちゃいました。

 体格が体格だけに、大きな水溜りが出来ています。


「ケント……ちゃんと掃除しとくんだよ」

「はい、分かりました……」

「尻尾を触る時は、ちゃんと言ってからにしてほしいにゃ……」

「はい、ごめんなさい……」


 アマンダさんからも、ネロからも怒られて、午後の仕事は下宿裏の掃除からとなりましたとさ。

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