第109話 指名依頼、再び
捜査本部で同級生の家族からの手紙を預かりましたが、父さんからは返事は届いていませんでした。
先生に手紙を届け、ついでに日本では魔道具が上手く働かない事を伝えるために守備隊の臨時宿舎に立ち寄りました。
先生達は、明日からの授業の準備を進めているのかと思いきや、全員が集まって何やら相談しています。
「小田先生、捜査本部から手紙を預かってきました」
「おぉ、国分、丁度良かった、ちょっとこっちに来て座ってくれ」
「はい、何かあったんですか、皆さんお揃いで……」
集まっている先生達の表情は、授業の再開に向けて意欲に溢れている……という感じではなく、みんな揃って困惑している感じです。
「実は、今日の午後、クラウスさんに授業をするために、講堂を貸してもらえるよう頼みに行って来たんだ」
「もしかして、貸してもらえなかったんですか?」
「いや、講堂は行事が無い時には自由に使っても構わないと言ってもらえたのだが、毎日授業を行う事には疑問を投げ掛けられてしまってな」
「えっと……毎日じゃなくて、何日かに一度にしろ……って感じですか?」
「まぁ、そんな感じだな……」
クラウスさんだから、何かしら考えがあっての事だとは思いますが、何だか小田先生も奥歯に物が挟まったような歯切れの悪い言い方です。
「えっと……正直、僕は授業が少ない方が助かるのですが、でも、何で毎日じゃ駄目なんですかね」
「うむ、そこだな……クラウスさんからは、国分に依存しすぎだと釘を刺された」
「僕に依存って……もしかして生活費ですか?」
「そうだ。一部の者は城壁の工事やギルドで仕事を探して働いているが、我々教師を含めて殆どの者は宿舎で無為に時間を過ごしている。そこを指摘された訳だ」
クラウスさんからは、僕の稼ぎならば同級生全員を養う事も可能だろうし、僕が元の世界と行き来が出来るようになった事で支援も期待出来るだろうが、帰還が何時になるか分からない状況なのに、働きもせず食わせてもらうのが正しい行動なのかと問われたそうです。
「我々がヴォルザードに到着してから、既に十日以上が過ぎている。そして、現状では日本に戻るのは何ヶ月先になるのか、それとも何年先になるのかも分からない。支援に頼りきりになっていては駄目だろう。国分もヴォルザードに来た頃は色々な仕事をしていたそうじゃないか」
「そうですね。リーブル農園の収穫作業に始まって、ガーム芋の倉庫での仕事とか、庭師の見習いとか、城壁工事も行きましたね」
ヴォルザードに来た頃でも、魔物に襲われた馬車から回収した現金などで、暮らしていくには困らないだけの財産はあったのですが、ヴォルザードで生活基盤を作るためと、体力を付けるために、結構真面目に仕事をしてきました。
「確かに、日本に戻るのが何年も先になってしまうようならば、こちらで自立して暮らしていけるようになった方が良いかもしれませんね」
「クラウスさんから聞いたのだが、我々の生活費は食費込みで一月三千ヘルトだそうだ。見習い仕事でも一日300ヘルト以上は必ず出るはずだから、十日働けば生活が成り立ち、あと五日も働けば日用品を買う金も補える。仕事と勉強の両立も出来るだろうと言われてしまったよ」
「それじゃあ、授業はどうするんですか?」
「それを話し合っていたんだが、二日に一度にするか、三日に一度するか……国分はどう思う?」
「えっ、僕ですか? 僕は少ない方が助かるので、三日に一度が良いです」
「国分君は、こちらに残るから良いかもしれませんが、日本に戻る人達は今でも遅れている授業が更に遅れる事になるのですよ。私は二日に一度は譲れないと思っています」
正直な意見を言わせてもらっただけなのですが、千崎先生に食って掛かられるように言われてしまいました。
「ですが、慣れない街で、慣れない仕事をしながら授業まで受けるのは大変じゃないですかね。せめて少し馴染むまでは三日に一度で良いのでは?」
「古館先生は、それで遅れが取り戻せると思ってらっしゃるのですか?」
「いやぁ……正直遅れを取り戻すのは難しいでしょうねぇ……ですが、千崎先生、我々だって仕事を探さないといけないのですよ」
「それはそうかもしれませんが、私達は生徒の将来を考えないといけない立場じゃありませんか」
「生徒の将来と言うのでしたら、まず帰還方法を考えないといけませんよ。その為には、例の古代文字の資料を集めたりする必要もありますし、我々も解読を試みるべきでしょう。授業をやっている時間は無いのでは?」
「あの、その帰還の件なんですけど……」
丁度話が出たので、日本では魔道具が上手く使えない事、それには空気中の魔素の量が関係していそうな事、魔道具の性能が落ちるという事は、召喚術式も上手く発動しない可能性がある事を話しました。
術式を構成する古代文字解読の糸口も見付からない状態で、その上、魔法陣が上手く作動しない可能性が高まったと聞いて、先生達は揃って苦い表情を浮かべました。
「召喚術を使って日本から逆召喚するのは、かなり厳しいと考えるべきですね。闇属性魔術についての情報次第ですが、帰れない事も考えておかないといけないんじゃないですか?」
「古館君、君は独身だから簡単に言えるのだろうが、家族の居る者の身にもなりたまえ!」
「中川先生、ご家族が居るからこそ、帰れないとなった時の事を考えなきゃいけないんじゃないんですか? 手紙やビデオレターのやり取りは国分に頼めば可能でしょうが、日本に戻れないとなると収入の面とか考えなきゃいけない事が出てきますよ」
「それは……そうかもしれんが、我々が簡単に希望を捨ててしまったら、生徒達が動揺するだろう」
「一時的に動揺しても、自分達の将来の事なのですから、逃げる事など出来ませんよ。向き合って考えるしかありません」
何だか古館先生と中川先生の討論と言うか、言い争いは恒例になってきちゃってますね。
片やヴォルザードに残っても良いと思っている古館先生、片や何としても帰りたい中川先生、噛み合いそうもないですし、互いに自分の主張を通したいだけのような感じもしますね。
「あの小田先生、帰っていいですかね? 僕、まだやる事が残っているので……」
「そうだな、だいぶ脱線してきているし、授業に関しては我々が決める事だな」
「じゃあ、手紙お願いしますね」
「分かった、明日は授業を行う予定だから、出来るだけ出席するようにしなさい」
「分かりました、善処します」
僕が席を立っても、古館先生と中川先生は気が付かないほど論戦に夢中でした。
委員長と話していこうかなぁ……と思ったのですが、あまり委員長ばかりと時間を過ごしていると、マノンやベアトリーチェに怒られそうなので、今日は下宿に戻る事にしました。
アマンダさんのお店は、これからが一番混雑する夕食の時間帯で、既にお店の前で待っているお客さんもいます。
「アマンダさん、ただいま戻りました」
「おやケント、今日は早かったじゃないか。折角早く帰って来たところだけど、ドノバンさんがギルドまで連絡してくれって伝言を寄越したよ」
「ドノバンさんからですか……何だろう、じゃあ、ちょっと行って来ますね」
「はいよ。あんまり遅くなるようなら、いつものように鍵は掛けちまうからね」
「はい、それで結構です。行って来ます」
ドノバンさんから連絡という事は、もう本部のギルドマスターが到着したのでしょうか。
まぁ、考えているよりも行った方が早いですね。
路地から影に潜ってギルドの階段下へと移動して、回りに人が居ないのを確認してから表に出ました。
夕方のギルドは、仕事完了の報告に来る人達や、採取してきた素材の買取を依頼する人達でごった返しています。
少し人が減るまで待とうかと思いましたが、伝言を寄越すくらいですから、急いだ方が良いかと思い、カウンターに向って歩き出すと、ざわめきが広がったかと思ったら、周囲の視線が僕へと集中しました。
「おい、あれが魔物使いだぜ……」
「リザードマンを顎で使ってやがった……」
「あんな大人しそうな顔で、目を付けた女は手当たり次第だってよ……」
「サラマンダー四頭を一人で仕留めたんだろう……」
「マジかよ、あんなチビがか……」
「よせよ、本気のギリクが捻られたって聞いたぞ……」
「幼女にまで手を伸ばしてるらしいぞ……」
ここ最近は、混雑する時間に来ていなかったから、噂話も下火になっているのかと思いきや、何だか尾鰭が付いているみたいですね。
ドノバンさんが、社畜モードで残業している時間に来れば良かったかもしれませんね。
てか、手当たり次第じゃないし、幼女に手なんか出してないからね。
カウンターに向って歩きだすと、人ごみが割れて通路が出来上がりました。
何だか物凄く居心地が悪いです。
「あのぉ……」
「どうぞ、中へ……」
カウンターのお姉さんに声を掛けると、会話を楽しむ時間も与えられずに、職員スペースへと通されました。
ドノバンさんが、自分の席から手招きしています。
「伝言をいただいたそうで、もう本部のギルドマスターが到着したんですか?」
「いや、そっちはまだだ。まぁ、座れ……」
ドノバンさんは、机の脇に置いた椅子を顎で示すと、お茶を入れる準備を始めました。
それにしても、今日も机の上は書類が山積みですね。
「リーゼンブルグの方は、だいぶゴタゴタしているみたいじゃないか」
「はい、馬鹿王子が椅子取りゲームに夢中で……それを煽る貴族も居るみたいで……何だかなぁって感じです」
「その上、バルシャニアまで混ざりたがってるって聞いたぞ」
「はい、なんだか国境の街に兵を集めて演習やってるそうです」
「ほう……随分と物騒な話だな。これが、お前の話でなければ笑い話で済むんだがな……」
ドノバンさんは、ゴツイ身体に似合わない繊細な手付きでお茶を淹れると、僕にカップを手渡してきました。
「いただきます。あっ、また違うお茶ですね……」
「ほう、分かったか、こいつはなかなか良い茶葉だぞ」
「ん……甘いですね。全然渋くない……」
「そうだろう、そうだろう……」
ドノバンさんも上機嫌でお茶を口に含むと、香りと味を心ゆくまで楽しんでいるようでした。
まさか、伝言の件を忘れてないでしょうね。
とは言え、催促するのも無粋なので、僕もお茶と楽しませてもらいました。
うん、職員の皆さんに物欲しそうな目で見られちゃってますね。
「ケント、指名依頼だ」
「へっ、指名依頼? 僕にですか?」
「お前にじゃなければ、呼び出したりせんぞ」
「それもそうですよね。依頼の内容は……何ですか?」
「以前ちょっと話したと思うが、ダンジョンが極大発生の余波を受けているらしい」
「って事は、オーランド商店からの指名依頼ですか?」
「いや、こいつはギルドからの指名依頼になる」
「あれ? 確かダンジョンの中は管轄外って言ってませんでしたっけ?」
「普通はそうなんだが、今回はどうやら状況が違うらしい」
ダンジョンというのは、本来、領主の統治からも外れ、内部で起こる出来事については全て自己責任という扱いになります。
その為、極大発生の後も、ヴォルザードの街からダンジョンまでの道筋については、魔物の討伐などは領主が手を貸すが、一歩ダンジョン内部に足を踏み入れたら、そこからは個人の責任だと聞かされました。
「実は極大発生が収まって以後、ダンジョンに足を踏み入れた奴が戻っていない」
「えっ、一人も戻って来てないんですか?」
「極大発生が起こっていた間は、ダンジョンの入口も封鎖されていた。周辺のゴブリン共の数も落ち着いて、ダンジョンの入口も開けられたのだが、それから中に入った者は一人も戻っていない」
「ダンジョンって、結構多くの冒険者が足を踏み入れるんですよね?」
「そうだ。その殆どが単独ではなくパーティーを組んでいるのだが……」
「それでも、一人も戻っていないんですね?」
ドノバンさんは、一つ頷いてから言葉を継いだ。
「フレイムハウンドの連中が五日前に入り、一昨日の夕方には戻る予定だったそうだが、昨日になっても戻っていないそうだ」
「えっ、フレイムハウンドって、あの三人ですか?」
「オーランド商店が飼っていた、あの三人だ」
「でも、バルトロがAランク、オレステとジャルマがBランクでしたよね」
「そうだな。他人の手柄を横取りしようが、相応の実力が無ければギルドのランクは上がらない。つまりは三人共、それなりの腕は持っていたという事だ」
「それでも戻って来ていないとなると……」
「何らかの魔物に食われたと考えるべきだろうな」
ドノバンさんは、事実は事実だとばかりに、言葉を濁す事無く言い切りました。
「高ランクの冒険者が三人も居て、誰も戻って来ないって……ヤバすぎません?」
「そうだな。ギルドの戦闘講習を終えたばかりのヒヨっ子だったら、ひとたまりも無いだろうな」
「いや、僕、まだ講習終えてませんけど……」
「一人でサラマンダーを四頭も倒す奴が何をぬかしてやがる」
「うっ……でも、どんな魔物だと思いますか?」
「そうだな……逃げる暇も無くやられるとなると……人を石化させる毒を吐くコカトリスとかが有力だが、ヴォルザードのダンジョンに現れたという記録は無い」
「石化の毒って、そんな物騒な魔物が居るんですか?」
「記録には残っているが、俺も見た事は無いし、この辺りには居ないはずだ」
「それじゃあ、どんな魔物なんでしょう?」
「そいつをお前に確かめてもらいたい」
「えぇぇ……僕がやるんですか?」
「お前自身がやらなくても良いぞ。眷属に探らせても構わんから、原因を突き止めてもらいたい」
確かに、僕がやらなければ、僕は危険に晒されませんが、どんな魔物が潜んでいるのか分からない場所に、眷属のみんなを送り込むのは気が進みません。
「要するに、ダンジョンの中に巣食っている魔物を特定すれば良いんですよね?」
「可能ならば排除もやってくれ。無理なら仕方無いが……」
「方法は、僕らで考えちゃっても良いですよね?」
「構わんぞ、結果が全てだ」
「期限はいつまで……とか、ありますか?」
「期限は設けていないが、ダンジョンを封鎖している状態だし、極大発生以後、全く鉱石類が採取出来ていない状態だからな。早めに頼む」
「えっと……報酬とかは?」
「ほう、ちゃんと確認したか……金の話もせずに引き受けるようだったら、タダ働きにしてやろうかと思ってたところだ」
ドノバンさんはニヤリと凄みのある笑みを浮かべました。
「いや、さすがに無料で引き受けちゃうのは、他の人にとっても拙いのかと思いまして……」
「そうだな、こんな依頼がタダならば、掲示板に貼り出される仕事は、全部タダ働きにになっちまうな。報酬は、原因の究明で五十万ヘルト。十階層までの安全が確保出来れば更に五十万ヘルト、十五階層までの安全確保で更に三十万ヘルトを上乗せする」
「全部で百三十万ヘルト……何か凄い金額なんじゃないですか?」
「Aランクの冒険者を含むパーディーが全滅した可能性が高い依頼だぞ、この程度は当然だ」
「分かりました。出来る限りの事はやってみます」
「うむ、これが十五階層までの地図だ。細かい通路まで全部網羅している訳ではないが、主なルートとなる部分はそれなりに正確に書かれているから持って行け。他にやる事が山積みなのに、すまんな」
「いえ……ドノバンさんに比べれば……」
いつ来ても書類が山積みされている机を見ると、ぼやくなんて十年早いを思ってしまいます。
「なんだ、そんなに書類仕事がやりたいのか?」
「いえいえいえ、とんでもないです、全力で辞退させていただきますよ」
「ふん……お前に手伝わせると、仕事が増えそうだからな」
「あっ、そうだ。ドノバンさん、ミノタウロスの角の買取りをお願いしたいのですが、何だか品薄で価格が高騰しているって聞いたのですが、本当ですか?」
「そうだな、現在の価格は、標準的な大きさの角で四万ヘルト以上してやがるな。セコく儲けようと考えてる輩が増えて来てるからな」
「投機目的で買ってる人達からも、あんまり反感を買わずに、価格もそれなりに落せるようにしたいのですが、いくらで何本ぐらい売れば良いのでしょうかね?」
「また随分と注文が多いが……そうだな。一本三万ヘルトで十本、この条件で毎月持ち込んで来れば、望みの状況が作れるだろう」
「分かりました、それじゃあ今日の分は……」
「うむ、そこの隅に並べておけ、金は口座に振込みでいいな?」
「はい、それで結構です」
ミノタウロスの角を影収納から取り出して隅に並べていくと、職員の皆さんがギョっとした表情を浮かべています。
もしかして、ヴォルザードに向って来たんだと思ってるんでしょうかね。
「これは、ラストックに来たのを仕留めたもので、ヴォルザードへの影響は無かったんで、大丈夫ですよ」
安心してもらおうと言ってみたんですけど、更に驚いた表情を浮かべている人もいますね。
「馬鹿者。普通の奴は、ヒョイヒョイ魔の森を渡って向こうまで行って来られないし、森の向こうで魔物が接近しているのを知る方法も持ち合わせてなんかいないぞ」
「うっ……そうでした。でも、ヴォルザードの周辺は、いつも僕の眷属に見回りをさせていますから、突然魔物の大群に襲われるような事はありませんよ」
コボルト隊がパトロールしている事を伝えると、職員の皆さんは今度こそ安堵の表情を浮かべました。
「じゃあ、ドノバンさん、帰りますね。今なら、まだ下宿の夕食にありつけるので……」
「そうか、ダンジョンの件、頼んだぞ」
「はい、なるべく早く片付けるようにします」
またカウンターの向こうに戻ると、ジロジロと注目を浴びそうなので、ここから影に潜って下宿の裏まで移動しました。
アマンダさんのお店も、そろそろ一段落という感じで、お客さんも数人になっていました。
「アマンダさん、ただ今戻りました」
「おかえり、もう少ししたら夕食にするから、上で待っておいで」
「はい、分かりました」
夕食までの時間に、少しラインハルトと指名依頼に関する打ち合わせをしました。
「ラインハルト達は、ヴォルザードのダンジョンには行った事があるの?」
『行きましたが、視察だったので潜ったのは三階層程度までですな』
「でも、行った事があるなら移動は簡単だね?」
『我らが目印になれば問題ありませんな』
「でも、Aランクの冒険者が戻って来ないって、相当危険な状態だよね」
『そうですな……ですが、サラマンダー四頭の前からはAランクの冒険者でも戻って来られませんし、ましてや一人で討伐して来る事など出来ませんぞ』
「あれは……緊急事態だったし、影の中から攻撃してたから……そうか、なにも馬鹿正直にダンジョンのルートを通っていかなくてもいいのか」
『いかにも。我々は、我々の強みを活かした方法で依頼を遂行すれば良いのですぞ』
「そっか、そっか……だとしたら……」
ダンジョンに関する指名依頼は、明日の朝から着手する事にしたので、夜の間にちょっとした準備をアルト達に整えていてもらう事にしました。
リーゼンブルグの馬鹿王子達が動き出しましたが、移動に時間が掛かるので、その間に指名依頼を片付けてしまいましょう。
ラインハルトと打ち合わせをしていると、チョコマカとした足音が階段を駆け上がってきました。
「ケント、夕ご飯だよ! むぅ、また真っ暗……」
「あぁ、明かり点けるの忘れてたよ。さぁ、ご飯ご飯、お腹ペコペコだよ」
「むぅ……ケント、何か隠してるんじゃないよね?」
「残念ながら、雌鶏亭のクッキーは隠してませんよ」
指名依頼の件は、終わるまで内緒にしておこうと思ったのですが、夕食の席でアマンダさんに尋ねられてしまいました。
「ケント、ドノバンさんの呼び出しは何だったんだい? 何かの依頼なんだろう?」
「はい、ちょっと仕事を頼まれまして……」
「ふーん……ダンジョンだね?」
「えぇぇぇ……何で分かるんですか?」
「何だい、本当にダンジョンの仕事なのかい!」
「あっ、やられた……」
また顔に出てしまっていたのかと思いきや、アマンダさんにカマを掛けられていたようです。
「駄目! 絶対駄目! ダンジョンなんか行っちゃ駄目!」
「メイサちゃん……」
依頼の内容がダンジョンだと聞いた途端、メイサちゃんは立ち上がって大声で反対してきました。
「駄目なんだからね。ケントはダンジョンなんか行っちゃ駄目なの!」
「いや……でも、ギルドからの指名依頼だから」
「駄目ったら、駄目ったら、駄目! 絶対、絶対、絶対、駄目!」
吊り上がったメイサちゃんの両目からは、ポロポロと涙が零れ落ちています。
「メイサちゃん、大丈夫だから……」
「嘘っ! 大丈夫なんかじゃない、みんな大丈夫だ、大丈夫だって言ったのに……みんな帰ってこなくなっちゃうんだもん。駄目なの、ケントは……ケントは……行っちゃ嫌だぁ……うわぁぁぁぁぁ……」
メイサちゃんに思いっきりしがみ付かれて、ワンワン大泣きされてしまいました。
そんなメイサちゃんの姿を見たアマンダさんが教えてくれました。
「これまで何人も下宿人を受け入れて来たんだけど、みんなダンジョンに潜り始めて、ちょっと慣れた頃になると戻って来なくなっちまってね……」
メイサちゃんにしてみれば、下宿人のお兄さんやお姉さんと仲良くなった頃に突然居なくなられてしまうのだから、トラウマになってしまってるのかもしれません。
「メイサちゃん……」
「やだ……」
結局、マルト達に囲まれて眠りに落ちるまで、メイサちゃんは僕の側を片時も離れようとしませんでした。
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