第104話 政府の方針

 ヴォルザードの守備隊宿舎で先生達との打ち合わせを終えた後、捜査本部へと顔を出す為に日本に移動しました。

 校舎の跡地に立ち寄って、亡くなった方々に手を合わせてから表を覗くと、前回よりもマスコミの数が増えているように見えます。


 警察署の前にもマスコミが押し掛けています。

 マスコミが増えているという事は、情報が発表されていないという事なのでしょうか。


 須藤さん達が、僕からの情報を待っているのかと思い、急いで捜査本部へと移動したのですが、予想に反して慌しい様子は見られません。

 それどころか並べられている机や椅子の数も減っていますし、捜査本部に残っている人達はテレビの前で中継映像を眺めているようです。


「あのぉ……こんにちは……」

「おぉ、国分君……」


 声を掛けると、テレビの前に陣取った須藤さんに手招きされました。


「何を見てるんですか?」

「志田官房長官の会見だ」


 画面に目をやると、見慣れた記者会見場の風景が映し出されていました。


『……引き続き、場所の特定を急ぎ、全員が帰還できるように全力を注いでまいります。私からは以上です』

『生徒さんから届いたとされる手紙を分析した結果、使われている紙やインクは、地球上には存在していないものだとする分析結果が出ていますが、生徒さん達が居る場所は異世界と考えていらっしゃいますか?』

『その分析に関して、確認しておりませんので、コメントは差し控えさせていただきます』

『生徒さんの手紙には、魔術が使えるようになったという記述がありますが……』

『そうした事実は、確認しておりません』


 記者から次々に質問が浴びせられますが、志田官房長官は、のらりくらりと核心には触れないような答えを返しています。

 中継を見ながら、須藤さんがポツリと一言洩らしました。


「茶番だな……」

「えっ、これ茶番なんですか?」

「そうだよ。だって、どっちも行方不明になった人達が、異世界にいる事は分かってるからね」

「えっ、どういう事なんでしょう?」

「行方不明者が異世界に居ると分かっていても、政府は公式に認める訳にはいかないんだよ。認めてしまえば、異世界と物品のやり取りをする方法がある事も認める事になり、それに関する情報の開示を要求される」

「それって、僕の事ですよね?」


 須藤さんは、大きく頷いてから説明してくれました。


「国分君には、こうして協力をして貰っているが、君も事件の被害者だから本来なら保護される対象なんだよ。その君をマスコミがオモチャにするような状況を、我々は許すつもりは無いよ。少なくとも、他の人達が帰還する目途が立つまでは、日本政府は異世界について公式に認める予定は無いそうだ」


 須藤さんの言葉に、外務省などの担当者さん達も、頷いて同意を示しました。


「それはマスコミも薄々分かってるから、あれは互いに認めないと分かった上でやってるんだよ」

「なるほど、そう言われると、確かに茶番ですね」

「でも、中には、ああいう空気読めない記者も居るけどね……」


 手を上げて質問を始めたのは、比較的若い女性の記者でした。


「一人だけ安否の確認が出来ていない船山君について、既に死亡しているという情報がありますが、どうお考えですか?」

「貴方には以前にも言いましたが、正確な情報に基づいて質問するように……まだ二百七名の所在、安否を我々の職員が確認出来た訳ではありませんよ」

「すみません、安否が確認できていない皆さんの一人、船山君について死亡……」

「それは確認したのですか? 誰か御遺体を確認し、死亡していると医師の診断を受けたのですか? 確認の取れていない情報にはコメントいたしません。他に質問が無ければ以上で終わらせていただきます」


 志田官房長官が退席して記者会見が終わったのですが、僕は血の気が引くような思いに襲われていました。


「あの……須藤さん」

「何か……どうした国分君、真っ青だぞ」

「あの……船山のご家族には何と……?」

「船山君のご家族には、現時点でも安否が確認出来ていないとだけ報告してある」

「では、死亡したとは?」

「同級生の証言や、教師達がまとめた報告書にも記述があるが、遺体の確認が出来ていない状態では死亡したと発表する事は出来ないし、今後、死亡が認定されるとしても一定期間が必要になるだろう……国分君、大丈夫かい、凄い汗だぞ」


 船山が命を落とした時の事を思い出したら、酷い自責の念に囚われてしまいました。


 ヴォルザードで知り合った人達に囲まれ、可愛いお嫁さん候補が三人も居る状況に浮かれて、召喚されて良かったなんて思っていました。

 夕食会の時に、船山の事を全く思い出しませんでした。


「あの時……僕は、影移動も出来たし治癒魔術を使う事も出来ました。僕が夜中のうちに治癒魔法を掛けていれば、船山は死ななくても済んだんです。僕が船山を殺したような……」

「やめたまえ。君が船山君に手を下したのかね? 違うだろう。君が船山君から食事を取り上げたのかね? 違うだろう」

「ですが、船山は死んだ後も、埋葬すらされずに……」

「報告書にも、その話は書いてあったが……国分君は見てしまったのかね?」

「いえ、直接見た訳ではありませんが、魔の森に血溜まりが出来ていて……肉片のようなものが……ゴブリンは、骨まで残さないから……」


 自己嫌悪を感じると同時に、カミラに対する怒りが再燃して、でもそれって八つ当たりのようにも感じて、頭の中がグチャグチャに乱れて考えがまとまりません。


「国分君……国分君!」

「あっ……はい、何でしょう」

「ちょっと、こっちに来て座りたまえ」

「はい……」


 須藤さんに腕を引っ張られるようにして誘われ、テーブルを挟んで差し向かいに座りました。


「国分君、船山君が亡くなったと聞いた時、君はどう思った? やっぱり……それとも、まさか、どっちだね」

「船山が見る影も無く弱っていたのは知っていましたが、まさか死んでしまうとは……」

「国分君は、船山君にずっと付き添っていた訳じゃないんだろう?」

「はい、ラストックに偵察にいって、二度ほど訓練の様子を見ましたが、船山以外の状況も偵察していたので、長い時間ではありませんでした」

「そばで一緒に生活していたならばまだしも、それでは船山君の死を予見するのは難しいだろう」

「そう、かもしれませんが……」

「何を言っても慰めにしか聞えないかもしれないが、責任を感じるべきなのは、君ではないよ」

「そう、なんでしょうか……」

「国分君、机が減っているのに気付いているかな?」

「えっ? あっ、はい……入って来た時に」


 急に話題が変わって俯いていた顔を上げると、須藤さんは机が無くなってガランとした辺りに目をやっていました。


「捜査本部が縮小される事になった。東京都内では、こうしている間にも新しい事件が発生しているが、捜査をする警察官の数には限りがあるからね」

「別の捜査本部に異動って事ですか?」

「そういう事なんだが、その意味が分かるかな?」

「えっ、意味ですか? えっと……捜査の効率化とか?」

「勿論、そういう意味もあるのだが、まだ、この召喚事件は解決した訳じゃない……にも関わらず捜査本部が縮小されるという事は、我々は役に立たないと判断されたのだよ」

「えぇぇ! そんな事は……」

「あるんだよ。捜査員が五十人、百人いたとしても、誰一人として異世界になんて行く事は出来ない。我々だけでは、何一つ捜査が行えないのが現実だ」


 チラリと視線を向けると、他の省庁から来ている皆さんも頷いています。

 これが、中東あたりの紛争地域で身柄を拘束された……といった事案ならば、現地に行って交渉を行うなどの出番があるのでしょうが、場所が異世界では警察のみならず、どの省庁の担当者も手の打ちようがありません。


「本来、君達を探して助け出すのは我々の仕事だ。さっきも言ったが、君は事件の被害者なんだよ。突然異世界に召喚され、しかも孤立無援の状態から人脈を作り、二百五名の同級生や教師達を助け出し保護した。国分君、君は自分の行動を誇っていい。責められるべきは、召喚を行った人間、船山君に不当な扱いを行った者達、そして何も出来ていない無力な我々だ」


 真っ直ぐに僕を見詰めて話す須藤さんの言葉には、悔しさが滲んでいるように感じました。


「捜査本部の人員は減らす事になったが、二百六名が日本に戻って来なければ、事件が解決した事にはならない。その為には、国分君、君の協力が不可欠だ。船山君の死に責任を感じてしまうならば、他の人達の帰還に力を貸してほしい」

「はい、それは勿論、全力で実現出来るように努力していきます」


 いくら後悔しても、船山が戻って来る訳ではありません。

 せめてもの罪滅ぼしとして、全員をラストックから救出しましたが、日本に帰還させられなければ、本当の意味で救出した事にはなりませんよね。


 須藤さんに、現時点で考えている影移動の応用と、日本からの逆召喚について話し、古代文字解読の手助けを頼みました、


「つまり、その召喚術式については情報を開示出来ないが、他の文章での古代文字の解読に協力してもらいたい……という事だね?」

「はい、勝手だとは思いますが、僕らのような人達が今後出ないように、なるべく召喚術式の情報が広がるのを防ぎたいんです」

「なるほど……理由は良く分かったが、それでは肝心要の文章が解読されないかもしれないよ」


 確かに、肝心の文章を解読出来なければ、逆召喚で帰れる可能性は無くなってしまいます。


「その召喚術式というのは、先日の校舎を写したビデオから推測すると、円形の図式になっているのかね?」

「はい、魔法陣はそんな感じですね」

「古代文字というのは、全て円形に書かれるものではないだろ?」

「えっと……古代文字の実物は、召喚術式でしか見た事はありませんが、たぶん、普通の文字列として使われていると思います」

「だとしたら、術式から普通の文字列として取り出して、他の資料と混ぜて解読を依頼したらどうかね?」

「なるほど、そうですね、術式の形にしなければ発動しないと思いますし……ちょっと戻って相談します」


 須藤さんとの打ち合わせを終えて、ヴォルザードに戻ろうかと思ったら、内閣官房室の梶川さんに声を掛けられました。


 梶川さんは、ピッチリ横分けで三つ揃えのスーツをビシっと着て、一昔前のエリートという出で立ちなのですが、どことなくクラウスさんのような緩さを感じさせる人です。


「国分君、ちょっと良いかな?」

「はい、何でしょうか?」

「賠償金に関する事なんだけど、他とも打ち合わせて、ざっとだけど金額を算出してみた。死亡した方のご遺族への賠償、怪我をした方への治療費、慰謝料、倒壊した校舎の撤去費用と再建費用等々……総額で五十億円程度と見込んでいる」

「五十億円……って言われても、全然ピンとこないですね」

「まぁ、そうだろうね。純金に換算すると、大体1トンになる」

「うーん……純金1トンというのもピンと来ませんよね」

「まぁ、普通に生活していたら、一生お目に掛かる事のない金額だね」


 捜査本部に居合わせた人達も僕と同じ感想のようです。


「それで、この賠償金なんだけど、国分君は、自分が勝手に持ち出して来た物を、カミラ王女に追認させる形で取り立てる……って言ってたけど、もう持ち出しを始めちゃったのかな?」

「いえ、まだ始めていませんし、持ち出しが出来るのか、ちょっと怪しい状況なんです」

「怪しいって言うと、リーゼンブルグにはお金が無いとかかな?」

「はい、まだ確かめた訳ではないのですが、かなりの人数に爵位を販売しているようなんです」

「あちゃー……それ、完全に財政的に行き詰まってる感じだね」

「はい、なので、1トンもの純金を手に入れられるほどの財産は無さそうな気がします」

「うーん……まだ着手していなかったのは良かったんだけど、財源が不足していそうなのは困ったね」


 梶川さんは、右手を顎に添えて考え込み始めました。


「あの、財宝の持ち出しは拙いのでしょうか?」

「うん、ぶっちゃけ僕はバンバンやってもらいたいぐらいなんだけど、これだけの事件だから、後から掘り返されて後ろめたい物が出てくるのは拙いんだよ」

「つまり、勝手に持ち出して追認させる……という形では拙いんですね」

「そういう事、さっきの空気読めない記者さんみたいなのが、重箱の隅を突くようにして突っ込んで来ないとも限らないからね」


 梶川さんの言う事は尤もだと思うのですが、それではカミラが自主的に支払う金額だけとなり、それで五十億円を支払うとなると何年掛かるのやら……僕としては、さっさと解決してヴォルザードでの生活を満喫したいのですけどね。


「国分君、何か異世界っぽい物とか持ってないかな?」

「異世界っぽい物ですか……ありますよ。魔石とか……ミノタウロスの角とか……」

「ミノタウロスの角?」

「はい、昨日の晩、ラストックに二百頭近い群れが襲い掛って来て、それを討伐したものです」

「ミノタウロスって、あの牛頭で斧を振り回す奴?」

「えっと……もっと牛寄りで、二足歩行が出来る牛の魔物って感じですかね」

「その角、今度持って来られるかな?」

「今出せますけど……」

「ホント? ちょっと見せてもらえるかな」

「いいですよ。ちょっと待って下さい」


 影収納から一本取り出して、机の上に置くと、居合わせた全員が驚きの声を上げました。


「えぇぇ……こんなに大きいの?」

「角がこの大きさじゃ、身体はどれほどの大きさなんだ?」

「これが二百頭近くとか言ってたよね。大丈夫だったのか?」


 ついでにミノタウロスの魔石も一つ取り出して、机の上に並べました。

 大きさとしては、ソフトボールよりも一回り大きい感じです。


「これがミノタウロスの魔石です」

「魔石って言うのは、魔力の塊って感じなのかな?」

「そうですね。僕も詳しくは知らないのですが、魔物の心臓の近くにあって、魔力の溜まったものだという話です」

「この魔石は、どうやって活用しているのかな?」

「一般的には、魔道具を作動させるための燃料というか、電池と言うか……そんな感じです」

「魔道具……は、持ってる?」

「いえ、魔道具は持っていないです」

「そうかぁ……持ってないか……」


 梶川さんは、露骨に残念そうな顔をしてみせます。

 やはり魔道具への要望は高そうですね。


「あの、梶川さん、賠償金の代わりに魔道具と魔石とかじゃ駄目ですかね?」

「魔道具っていうのは、どんな物があるのかな?」

「色々あるんですけど、多くは日用品として使われています。明かりを灯したり、水を出したり、火を出したり、風を吹かせたり、物を冷やしたり……」

「それって、全部魔石を動力源としているのかい?」

「いえ、人間が魔力を注いで使う物もありますよ」

「ほぉぉ……人間が魔力を注ぐ事も出来るんだ。それは興味深いね」


 梶川さんは、やはり魔道具にかなり興味を抱いているようでした。


「うーん……その魔道具を日本で使えるならば、物理法則を捻じ曲げる正に魔術のような事態になるだろうし、研究者は先を争って手に入れようとするから、相当な価値になるだろうね」

「それじゃあ、賠償金の替わりになりそうですね」

「いや、残念ながら、それは難しいだろね」

「えっ、駄目なんですか?」

「確かに、魔道具は日本、いや地球では凄い価値を持つだろうね。でも、異世界では日用品なんだよね?」

「あっ、そうか……日用品を何十億の値段で売るようなものですか」

「そういう事だね。こちらでの価値も重要だけど、あちら側での価値が低すぎると賠償の意味合いが薄れてしまうからね。ただ、状況次第だけど、魔石の方は代わりになるかもしれないよ」


 リーゼンブルグに賠償金に相当するだけの資産が無かった場合、魔道具を代わりにしようかと思ったのですが、なかなか上手くいきませんね。

 魔石は、研究材料とかで需要がありそうですが、大量に持って来ると何か悪影響が出ないか心配になります。


「それじゃあ、魔道具は持って来ても意味無いですね……」

「いやいや、国分君、そこは是非、仕入れて来てもらえないかな」

「まぁ、そうなりますよねぇ……それぞれの魔道具をいくつかセットにして仕入れてきますよ」

「悪いねぇ、助かるよ。代わりに何か欲しい物とかあるかな?」

「あの、亡くなった方のご遺族や怪我をした人への補償みたいなものは、どうなっていますか?」

「あぁ……うーん、残念ながら手付かずみたいな状態だね」


 校舎崩壊によって被害を受けた人の話になると、梶川さんは渋い表情になりました。


「自然災害ではないから自治体からの災害弔慰金とかも支払われていないし、事故の原因が判明していないので、生命保険や傷害保険の保険金の支払いも滞っているらしい」

「魔道具を仕入れて来るんで、その辺りをグワっと進めてもらうって出来ませんかね?」

「うーん……まぁ、事故の原因は、公には出来ないけど特定出来たし、すぐにお金が支払われるようにするのは無理だけど、水面下で対策を進めるようにはするよ」

「ありがとうございます」

「それで、国分君自身が欲しいものとかは無いの? 例えば、ゲームとか、漫画とか」

「正直、そういう物が欲しいか欲しくないかって聞かれれば欲しいんですけど、ゆっくり楽しんでいる暇が、今は無いので……」

「なるほど……それは申し訳無いね。僕らとしても国分君に頼るしかない状況なんで、出来る限りの便宜は図るつもりでいるから、必要な物があったら遠慮せずに言ってほしい」

「分かりました。じゃあ戻って魔道具の仕入れとかを進めますね」

「あぁ、ちょっと待って、家族から手紙の返事が何通か来ているし、頼まれていたソーラー式の充電器とタブレットを用意しておいたから持って行ってくれるかな」

「はい、ありがとうございます」


 ソーラー式の充電器は、大規模災害時に使う事を想定した本格的なもので、畳半畳程度の大きさのパネルが六枚、それに制御盤が付属している物が2セット用意されていました。

 再生用のタブレットは五台、足りなければ追加してもらえるそうなので、一台は僕が使わせてもらいましょう。

 それと、大容量のモバイルバッテリーが三十個ほど準備されていました。


「直接スマートフォンなども充電するだろうけど、一緒にモバイルバッテリーを充電して、発電した分を無駄なく貯めるようにして使ってくれるかな」

「なるほど、分かりました。じゃあ……」

「あぁ、待って待って、まだ運んでもらいたい物があるんだよ、こっちのダンボールね」


 梶川さんが指差した先に置かれていたのは、出版社の名前が入ったダンボールでした。


「えっ……これって、まさか?」

「ふふん……そうだよ、君達はまだ義務教育を受けられる年齢で、我々には、その環境を用意する義務があるからね」

「うぇぇ……でも、色々動かなきゃいけませんし……」

「あぁ、国分君、ちゃんと先生から教科書を受け取ったという書類を受け取って来てね。でないと、我々も支援のあり方を考え直さなきゃいけなくなるから……ね」

「くっ……分かりました。マルト、ミルト、ムルト、ちょっと運ぶの手伝って」

「分かりました、ご主人様」


 ダンボールが結構な数なので、マルト達に運ぶのを手伝ってもらう事にしました。

 闇の盾から、ひょこっと姿を現したマルト達に、捜査本部に居た人達は、目を丸くして驚いています。


「国分君、それは……何なんだね?」

「僕の眷属のアンデッド・コボルトです」

「今、日本語を話さなかったかい?」

「はい、日本語が理解出来るように強化してありますので」

「ご主人様が教えてくれたんだよ」

「うちも話せるよ」

「ご主人様、これ運んだら撫でてね」


 可愛い見た目と裏腹にパワフルなマルト達は、教科書が詰まった重たいダンボールを苦も無く運んで行きます。

 その様子を梶川さんが食い入るようにして見ています。


「国分君、そのアンデッド・コボルト……一頭譲ってもらえないかな?」

「ごめんなさい。それは、お断りします。マルト達は僕の家族なんで、物みたいに譲渡は出来ません」

「そこを何とか……」

「無理ですよ。この子らも影に潜れますから、置いていっても戻ってきちゃいますから」

「そうかぁ……それじゃあ仕方無いか……」


 そう言いつつも、梶川さんは諦め切れないような表情をしています。


「ご主人様、終わったよ」

「ありがとう、助かったよ」

「ご主人様、ここの空気は何か変」


 ミルトの言葉に、マルトとムルトも頷いています。


「空気が変って、どんな感じに変なの?」

「うーん……あんまり居たくない……」

「ムルトも、帰りたい……」


 理由は分かりませんが、三頭ともに浮かない表情をしています。


「分かった、ありがとう、影に戻っていいよ」

「ご主人様、ちゃんと撫でてね」

「はいはい、順番に撫でてあげるから、待っててね」


 いつもなら、僕に摺り寄って来るのに、マルト達はそそくさと影へと潜りました。


「国分君は、何も感じないのかな?」

「そうですね。気持ち悪さみたいなものは感じないんですが、ちょっと魔法が使いにくい感じはします」

「魔法が使いにくい?」

「はい、影の中から出入り口を開くのは、いつもと同じなんですけど、こちらから闇の盾を出す時には、いつもよりも余分に魔力を使うような気がします」

「それって、こっちの空気には魔力が含まれていないからって事なのかな?」

「さぁ……空気中の魔力の量とかまでは感じ取れないんで、はっきりとは言えませんけど、可能性はありますね」


 もしそうだとしたら、日本で魔力切れを起こすほどに魔法を使ってしまうと、ヴォルザードに戻れなくなってしまうかもしれません。


 僕が戻れなくなってしまったら、同級生のみんなを帰還させる事も出来なくなってしまいます。

 これは注意して行動しないと駄目そうですね。

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