第102話 魔王降臨

 夜遅くまで続いた食事会は、本当に楽しい時間でした。

 大人数で食卓を囲むのが、こんなに楽しいものだとは知りませんでした。


 日本での僕の家の食卓は、母さんとお婆ちゃん、そして家に帰って来ていた頃の父さんを含めた四人というのが一番大人数でしたし、父さんが居る時は、緊張して食事をしていたような記憶があります。


 今回の食事会のように、みんなが笑顔で過ごした記憶は、僕の中には存在していないのです。


 でも、自分次第で楽しい時間を持てる事が分かりました。

 その為にも、楽しい時間が持てるような環境を作らなければなりません。


 僕が抱える一番の課題は、何と言っても同級生達の日本への帰還です。

 これさえ解決してしまえば、賠償金などは、ぶっちゃけ僕が稼いだって構わないとさえ思っています。


 同級生のみんなを日本に帰還させる方法として考えられるのは、僕の影移動で連れて帰れるようにするか、日本で召喚儀式を行って連れ戻すか、現状ではどちらかです。


 影移動を使う方法のネックは、僕に闇属性の魔術に関する知識が不足していて、どうアプローチしたら良いのか分からない事でしょう。

 闇属性は、光属性よりも扱える者が少ないらしく、多くが謎とされていて、その真偽に関しては御伽噺レベルだと聞きました。


 クラウスさんが言うには、ギルド本部のギルドマスターが闇属性魔術に関する造詣の深い人らしく、僕のSランク昇格に伴って、ヴォルザードを訪れる可能性が高いそうなので、その動向を確認して、もし来ないならば会いに行って教えを請うしかないでしょうね。


 召喚術式を使う方法は、術式に関してカミラから情報が聞き出せる事になりました。

 その情報を基にして、術式にどういったアレンジを加えれば良いのか考えなければなりませんが、そもそも地球で術式が発動させられるのかも調べる必要があります。


 何の実験もせずに成功させられるとも思えませんから、実験の方法から考える必要がありそうです。

 術式の解析などは、僕一人では出来ないでしょうから、先生や同級生達にも応援を頼むしかないでしょうね。


 食事会が終わってメイサちゃんを寝かし付けた頃、ミノタウロスの討伐を終えたラインハルト達も戻ってきました。


『誰も怪我していない?』

『全員無傷で討伐を終えましたぞ』


 久々に暴れてきたからか、ラインハルトは満足気な表情をしています。


『フレッド、回収も終わったの?』

『ばっちり……全部で百八十四頭、角と魔石を回収済み……』


 影の空間に潜ると、角と魔石が山積みになっていました。

 ついでにアルト達を順番に撫でてあげます。

 何はともあれ、全員無事に戻ってくれたのが何よりです。


『護岸が崩されたのは、あの一箇所だけ?』

『そうですな、他は護岸まで辿り着く前に始末いたしましたぞ』

『リーゼンブルグの騎士達は、どんな様子だった?』

『ワシとバステンが戻る時に敬礼をしたのですが、戸惑いながらも敬礼を返してきましたな』

『味方だと認めるには抵抗があるけど、敵とも思っていない……みたいな感じかな?』

『そうでしょうな。ですが、あれだけの数のミノタウロスを自分達だけで相手する事を考えれば、ワシらの働きの価値は分かるはずですぞ』


 ミノタウロスを安全に倒すなら、騎士が五人必要だそうですから、今回の群れを相手にするには、単純計算で九百人以上の騎士が必要になります。

 ラストックには、第二王子派を刺激しない意味もあり、騎士は百十名ほどおらず、数字だけを見れば、全滅してもおかしくない状況でした。


『後は、カミラが何て説明するかだけど、それは僕が心配する事じゃないよね』

『恐らくは、交渉の結果、協力体制を取った……とでも説明するのでしょうな。ケント様に忠誠を誓った件は、さすがに打ち明けられんでしょう』

『まぁ、王女としてのプライドもあるだろうから、そうなるだろうね』


 僕と初めて交渉を行った夜も、気絶している所を騎士達に見られている訳で、それでも支持を失っていないのですから、これまで積み上げて来た関係が強固な証なのでしょう。


 翌日、朝食を済ませた後で、ラストックの状況を見に行く事にしました。

 昨夜の戦闘の跡を確認するのと、カミラから術式の情報を聞き出すためです。


 角と魔石を回収したミノタウロスの死体は、ザーエ達が切り刻んで川に流してしまったそうで、対岸から望むラストックは何事も無かったかのようです。

 ただ一箇所壊された護岸の修復が既に始められていて、その他の場所では土属性の魔法が使える者達が護岸の硬化を進めています。


「思ったんだけど、護岸を固めるだけだと、上流や下流で川を渡られたら、一気に攻め込まれるんじゃないの?」

『確かにその可能性はありますな』

「だったら、ラストックの街を水堀とか塀で囲んでしまった方が良いんじゃない?」

『ヴォルザードのように強固な城壁ならば、その方が宜しいでしょうが、中途半端な作りでは、かえって住民が避難する時の妨げになりますし、人員に限りがある今の状況では守りきれんでしょうな』


 護岸を守りきれないと判断した場合は、頑丈な建物に篭城するのがラストックの現時点での対応だそうですが、昨夜の襲撃では民衆への避難の指示も間に合わなかったようですし、例え避難が済んでいたとしても、建物の壁程度はミノタウロスが突き崩していたでしょう。


「何だか、後手後手に回っているような感じだよねぇ……」

『恐らく、ラストックは農地の開拓を優先して、魔物への対処は川に頼って来たのでしょうな』


 ラストックは、リーゼンブルグ西部の砂漠化によって農地を失った者達が、開拓のために移り住んで出来た街で、とにかく食えるようになるのを優先したのでしょう。

 ですが、このままでは余りにも守りが貧弱すぎて、もっと規模の大きな魔物の群れが来たら、一溜まりも無く街を蹂躙されそうです。


「うーん……何か、もっと確実に住民を守る方法とか無いのかなぁ……」

『駐屯地を砦として、住民を招き入れて守るというのが現実的な方法でしょうな』


 街全体を守るには人員が足りない、建物の壁だけでは守りが心許ないならば、今居る騎士だけでも守れる規模の砦で住民を守ろうという訳です。


「なるほどね。でも砦を作ったとして、極大発生が起こった時に、住民の避難が間に合うかな?」

『問題はそこでしょうな。昨夜の襲撃でも住民の避難誘導にまで手が回っていなかったようです』

「ラインハルト達が居なかったら、護岸も突破されていただろうし、そうなったらラストックの街は全滅してたかもしれない?」

『いかにも、いずれにしても準備不足は否めませぬな』


 カミラにしてみれば、王都からの応援が来て、護岸の守りを固めれば守りきれるという計算なのかもしれませんが、その応援が来る見込みが無い以上、現有戦力で守りを固めるしかありません。


 だとすれば、対策そのものを根本から見直す必要があるのかもしれませんが、果たして間に合うのかが一番の問題になりそうです。

 考えを聞いてみようと駐屯地の司令官室に行ってみると、騎士達がカミラを問い詰めていました。


「納得出来ません。カミラ様を襲った連中を信じろと言うのですか?」

「お前達も見た通り、魔王の眷属は強力だ」

「我々では頼りにならないと仰るのですか?」


 カミラを詰問しているのは、ヴォルザードに使者として訪れたレビッチ、ゲルト、そして船山を虐待していたパウルです。

 どうやら話の中身はラインハルト達の件のようで、レビッチが顔を紅潮させて抗議しているようですね。


「そうではない。今、魔王と敵対すれば、その眷属と戦いながら魔物の極大発生に襲われるかもしれんのだぞ。現実問題として対抗出来るのか?」

「ですが、あれではまるで我々騎士が守られているようではありませんか?」

「それで我々の損害が抑えられるのならば良いではないか」

「その魔王とやらは、何を企んでいるのです? 何の利益にもならない事に手を貸したりはしないでしょう?」

「魔王の目的は召喚術式に関する情報だ」

「まさか、王家の秘事を教えるつもりではありませんよね?」

「教えるつもりだ」


 少々エキサイト気味のレビッチに対して、カミラは落ち着いた口調で答えています。


 この様子から見て、カミラが出して来る召喚術式に関する情報は、信じても良さそうな気がします。

 カミラの決意に異を唱えたのは、切れ者のゲルトです。


「なりませんカミラ様、召喚術式を教えてしまえば、奴らは元の世界から更に仲間を呼び寄せるかもしれません。人数を増やし、兵力を整え、リーゼンブルグに攻め入って来たらどうするのですか?」

「では、どうすると言うのだ、術式の情報を伝える期限は今日だぞ」

「偽の情報を流しましょう。どうせサル共に術式など理解出来るはずもありません」


 救出作戦の時に、ラインハルトに殺されかけているのに、パウルはまだ僕らの事を舐めきっているようですね。


「情報が嘘だとバレたらどうするつもりだ。魔王は完全に敵に回るぞ」

「大丈夫です。術式の情報が目当てならば、正しい情報を持っている我々には逆らえません。サル共などは情報をエサにして、顎で扱き使ってやれば良いのです」

「駄目だ。リスクが大き過ぎる。そのやり方では、私さえ生きていれば街の者達は皆殺しになっても構わない事になるぞ」


 パウルの悪知恵に乗っかるのかと思いきや、カミラはキッパリと拒絶して、僕に情報を伝える方針を貫くようです。


 四人とも自分達の話に夢中で、周囲への警戒はまるで疎かになっています。

 何だか話が長引きそうなので、ソファーに座ってマルト達をモフりながら待たせてもらいましょう。


「召喚術式の情報を渡してしまえば、魔王は我々の敵に回るのではないのですか?」

「いや、我々が敵対行動を取らない限りは大丈夫だ」

「何故そのように言い切れるのですか? カミラ様は、我々を信頼せず魔王とやらを信じるのですか?」

「無論、そなた達の事も信頼している。だが現状を考えれば……」

「あのような得体の知れぬ者共と手を組むなど、リーゼンブルグ騎士の名折れです」

「そうです、我々だけでラストックを守るべきです」

「サル共などを信用すれば、付け込まれるだけです」


 カミラの言葉を遮るように放たれたレビッチの言葉に、ゲルトもパウルも同調しました。

 何だか、実績の伴わない口先ばっかりの話にイラっとしちゃいますね。


「威勢の良いことを言ってるけど、昨日のミノタウロスを自分達だけで撃退出来たと思ってるの?」


 声を掛けると、三人は弾かれたように振り返り、それぞれの剣に手を掛けました。


「貴様、いつの間に……」

「お前は、あの時の……」


 僕の後ろには三体のスケルトンが勢揃いしていて、フレッドと一騎打ちを行ったゲルトは、射殺すような視線を向けてきます。

 僕を串刺しにして、ラインハルトに殺されかけたパウルも目を見開いています。


「魔王様、昨夜はありがとうございました」

「うん、で、僕の質問には答えてくれないのかな、自分達だけでミノタウロスの群れを撃退出来たと思うの?」

「当然だ! リーゼンブルグ騎士団を舐めるな!」


 レビッチが咆えるように答えましたが、顔には緊張の色が浮かんでいますね。

 そう言えば、二度目の実戦でレビッチ達を眠らせた時にも、フレッドが一役買ってくれていたのでした。


「言っておくけど、護岸の工事を一気に進めたのも、そのための資材を提供したのも僕らだし、そもそも、ミノタウロスの群れが近付いていると知らせたのも僕なんだけど、それでも自分達だけで守り切れたって言えるの?」

「なんだと……」


 ミノタウロスの接近を知らせた事までは予想していなかったらしく、三人は確かめるように振り向いてカミラに視線を送りました。


「カミラ様……」

「魔王様の仰っている事は本当だ。資材も提供していただいたし、ミノタウロスの接近も知らせていただいた」


 マルトをモフりながら、余裕のポーズを演じる僕に、三人は悔しげな視線を向けて来ました。

 ペットをモフりながら対峙するって、何か悪役っぽくって良くない?


「僕らに不当な扱いをしたお前達を許した訳じゃないけど、不甲斐無いお前らだけではラストックを守り切れず、罪もない住民達に被害が出るなんて事態も望んでいない。カミラは民を守るためならば我が身を投げ出すとまで言ってきたけど、お前らは民を犠牲にしてでも騎士の誇りとやらを守るのか?」

「貴様! 黙って聞いていれば付け上がりおって……」

「やめよ!」


 カミラは剣を抜きかけたレビッチを制止すると、席を立って僕の前に歩み寄って跪きました。


「カミラ様、そのような奴に……」

「黙れ! 王都からの支援が期待出来ぬ中で、極大発生が起これば間違い無くラストックは壊滅する。それだけではなく、リーゼンブルグ東部に被害が拡大すれば深刻な穀物不足、食糧危機に襲われ、下手をすれば国が滅ぶかもしれないのだぞ!」


 跪いたままのカミラが放った言葉に、三人は雷に打たれたかのような表情を浮かべました。


「魔王様、どうかラストックを、いいえ、リーゼンブルグを守るため、これからも御助力をお願い致します」

「で、そっちの三人はどうなの? 僕の協力は要るの? それとも要らないの?」


 三人の中でゲルトが一番先に膝を屈しました。


「冷静に考えろ、我々だけでは昨夜の事態は乗り切れていないぞ」


 ゲルトの言葉を聞いてパウルも渋々跪きましたが、自分が串刺しにした人間が、ピンピンしている事に納得していないのか、幽霊でも見るような目付きを向けてきます。


 最後まで逡巡していたレビッチでしたが、他の者達が揃って膝を屈すれば、じぶんだけ逆らう事も出来ず、その場で膝を折りました。


「これからも力は貸すけど、それには三つ条件がある」


 交換条件と聞いて、レビッチは露骨に顔を顰めました。


「一つ目は、この駐屯地を砦に作り変えること」

「砦……でございますか?」


 首を傾げたカミラに、ラストックの人員不足と守りの薄さ等、ラインハルトの分析を伝えると、後に控えたゲルトも頷いています。


「労働力として僕の眷属を手伝わせる。塀を築き、堀を穿ち、川から水を引き入れ、ここを要塞とする。その上で二つ目の条件として、住民を避難させる計画を立てろ」

「避難計画ですか?」

「ここを要塞としても、街の端からは距離があり過ぎて住民の自主避難に任せていては間に合わなくなる恐れがある。特に老人、子供、女性などをスムーズに避難させられるように騎士団にある馬車などを予め配置するなどの措置を取れ」

「畏まりました」

「最後に三つ目の条件だけど……リーゼンブルグ騎士の誇りは、民を守るために使え」


 三つ目の条件を聞くと、レビッチは大きく目を見開きました。

 恐らく、金品などを要求されると思っていたのでしょう。


「民の居ない場所に騎士だけ存在しても意味が無い。僕を憎むなとは言わない。僕自身、リーゼンブルグやカミラへの憤りを捨て切れていないしね。それでも、民を守るためなら、膝を屈してでも僕を動かし利用してみせろ。ゲルト、お前が中心となって避難計画を作れ。レビッチ、お前がゲルトを補佐しろ。パウル、お前は目端が利く、二人が気付かぬ穴を埋めろ」


 まさか自分達の名前まで知られているとは思っていなかったのでしょう。

 三人は驚いた様子で顔を見合わせています。


「時間は多くは残されていないぞ、さあ動け!」

「はっ!」


 ゲルト達三人は、弾かれたように立ち上がると、駆け足で司令官室を飛び出して行きました。


「ラインハルト、護岸を築く要領で駐屯地を囲っちゃってくれるかな?」

『了解ですぞ。この駐屯地を難攻不落の要塞にいたしましょう』


 嬉々として影に潜ったラインハルトは、今日もまたやり過ぎちゃうのでしょうけども、夜明け前に起こすのだけは止めてもらいたいところです。


「魔王様、ありがとうございます」

「ミノタウロスの件は、王都に知らせたのか?」

「はい、昨夜のうちに早馬を走らせました」

「近隣の街にも知らせたか?」

「はっ、王都に向かう者とは別に知らせを走らせております」

「じゃあ、召喚術式について聞かせてもらおうか」

「畏まりました」


 立ち上がったカミラは、壁に貼られた地図に歩み寄ると、鋲を外して捲り上げました。

 小さなツマミを引っ張ると、壁の一部が開いて隠し戸棚が現れます。

 恐らく、召喚儀式を終えた後には一度も開かなかったのでしょう。

 これではフレッドが探しても見付からないのも仕方ありません。


「これは、王家に伝わる伝承を私が書き写してきたものです」


 召喚術式には、水や火を使うための魔法陣とは比べ物にならない程に複雑な図式が描かれています。


「魔王様は、魔法陣に使われている模様が古代文字なのは御存じでしょうか?」

「古代文字……?」

「はい、魔法陣に描かれている模様は、王城の地下の遺跡から見付かった古代の文字だとされるものです」


 カミラに言われて魔法陣をジックリと見てみたのですが、何が書かれているのか全くわかりません。

 僕らは、こちらの世界へと連れて来られた時に、召喚術式によって魔法と共に言葉に関する知識も得ています。


 通訳に頼る事も無く話す言葉を理解出来ますし、文字を読み書きする事も出来ます。

 魔法陣に書かれている模様が、古代の文字だとするならば、読み書き出来るはずなのに、グニャグニャとミミズがのたくっているようにしか見えません。


「文字だとしたら、僕らなら読めそうな気がするけど……本当に文字なの?」

「はい、それについては間違いございません」


 召喚術に使う魔法陣は秘匿されてきたそうですが、その他の文字については学者が長年に渡って研究を続けているそうです。


 この文字は異世界から渡って来た者達が残していった物だという仮説もあるそうですが、地球で謎の文字とされるマヤ文字とか、エジプトのヒエログリフ、クサビ文字などとも違って見えます。

 もっとも、ヒエログリフだったとしても読めませんけどね。


「現在使われている魔法陣は、その研究の結果として分かった文字と、発動させるという意味の陣を組み合わせたものです」


 つまりは、水を出す魔法陣は、『水+発動する』、火を点ける魔法陣は、『火+発動する』という図形が使われているのだそうです。

 確かに、魔道具屋さんで見た陣紙に描かれていた模様は、召喚術式よりもずっと単純でした。


「それで、この召喚術式には、どんな事が書かれているの?」

「それなのですが、恐らく離れた場所から目的の人物を呼び寄せ、魔法や言葉を与える……といった事が書かれているのだと思われます」

「思われますって……アレンジしたって言ってたよね?」

「はい、現在解析されている古代文字と、王家に伝わる魔王の伝承をつき合わせて、年齢、性別、そして人数の部分を書き替えました」

「えっ、ちょっと待って、この術式の中で分かっているのって、どの部分になるの?」

「ここが発動させるという記述、それと、ここが召喚する人物に関する記述と思われます」


 カミラが指し示した箇所は、全体の5パーセントにも満たない、ほんの一部分です。


「えっ……他は?」

「申し訳ございません。不明です」

「えぇぇぇ……そんなアバウトなアレンジで召喚されちゃったの?」

「も、申し訳ございません」


 王家の伝承には、健康な二十五歳の男性を召喚したと書かれているそうです。

 カミラが行ったアレンジとは、召喚される人物の年齢を二十五から十五へ、男性という記述を消し、人数を一から二百に書き換えただけなのだそうです。


 つまり、術式に関してカミラが解読しているのは、数字と男という記述だけなのです。


「どこの世界からとかは? どういう仕組みでとかは?」


 僕の問い掛けに、カミラは無言で首を横に振るばかりです。


「そんな適当なアレンジで、とんでもない化物が二百匹出て来たら、どうするつもりだったんだよ」

「その時は、私と騎士達が命に代えてでも……」

「無責任すぎだよ……マジかよ……」

「まことに申し訳ございませんでした」


 あのカミラが、肩をすぼめて小さくなっている姿は、ちょっと面白かったけど笑える余裕はありませんでした。

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