第101話 夕食会

「今夜は、急な話にも関わらず集まっていただき、本当にありがとうございます。そして、どうもすみませんでした。本当ならもっと早く、ヴォルザードでお世話になった方々と一緒に楽しい時間を過ごす機会を設けるべきでしたが、こうした集まりの経験が殆ど無かったので思い付けませんでした。これからは、折を見て皆さんと楽しい時間を共にしていきたいと思っています。では、ヴォルザードの発展と皆さんの幸せを祈って、乾杯!」


 アマンダさんは、お店を臨時休業にしてしまいました。


 他にも呼びたい人が居たら、声を掛けておいで……というアマンダさんの言葉に甘えて、ドノバンさん、カルツさん、オットーさん、マルセルさんに来てもらいました。


 ミューエルさんは、師匠のコーリーさんの薬屋が休みで、連絡先が分からないので断念。

 勿論、ギリクは最初から呼ぶ予定はありませんでしたよ。


「おい、ケント、こっちに来て飲め!」

「えぇぇ……今夜は、お酒はちょっと……」


 食事会が始まった途端、クラウスさんからお呼びが掛かりました。

 てか、席は自由にどうぞ……って言ったら、おっさんばかりが集まって、そっちはむさ苦しいですよねぇ、呼んだのは僕なんですけど。


「何言ってんだ、今夜はお前が世話になった人に感謝する会なんだろう?」

「それは、そうなんですけど……」

「今夜は酔いつぶれても、帰る心配も要らんぞ」

「いや、ドノバンさんまで……」


 ドノバンさんは、安息の日なのに一人で仕事していた所を、半ば強引に誘い出したのを根に持ってるのでしょうかね。


「あらあら、駄目ですよ。ケントさんには新しい母親の相手をしてもらわないと……」

「そうですよ、さぁ、ケントさん……」

「ケント! グズグズしてないで、こっちに来な!」

「はい……ただいま……」


 クラウスさんとドノバンさんは、ヴォルザードのツートップなのですが、マリアンヌさんとの力関係や、マノンの家族の家長であるノエラさん、そして僕の胃袋握っているアマンダさんにまで呼ばれれば、断る訳にはいかないですよね。


 料理の殆どは出来上がっていて、仕上げの部分はメリーヌさんが担当してくれるので、アマンダさんも席について杯を傾けています。


「まったく分からないもんだよねぇ。うちに初めて来た時には、それはそれは頼りなくて、大丈夫なのかいって本気で心配したもんだよ。それが、ヴォルザードを救う中心的な役割を果たすようになるなんて、今でも信じられないほどだよ」

「それは、僕も信じられませんから仕方無いですよ」


 実際、ヴォルザードに来た当時は、インドアぼっちで生白くて、筋肉は付いてないし、お腹はポヨポヨだったし、心配されても当然の状態でしたからね。

 あの頃からしたら、少しは逞しくなった……はずですよね。


「本当にケントさんがヴォルザードに来てくれて良かったわ。でなければ、うちのリーチェは今頃ここに居なかったものね」

「お役に立てて良かったです。正直どこまで出来るか分からなかったですからね」

「あらあら、それは何の話かしら?」


 マリアンヌさんが、ベアトリーチェの治療の件を話すと、ノエラさんは目を丸くして驚いていました。

 同時に、もう一人、ハミルもビックリしたみたいです。

 うん、でも何でメイサちゃんが自慢気にしてるのかな?


 委員長達は、メリーヌさんの手伝いをして、料理やお酒を運んでくれています。

 おっさん連中相手にも、如才なく立ち回れるあたりは、さすが委員長ですね。


「まったく、ユイカはケントには勿体無いぐらいだが、ケントと一緒にヴォルザードに残ってもらえるなら、こんなに有り難い事はないな」

「ほう、それほどですか……」


 クラウスさんの一言に、ドノバンさんが向けた視線で委員長が固まっています。

 大丈夫だよ委員長、ドノバンさんは、ちょっと……いや、かなりかな、迫力過多なだけで良い人だからね。


「いや、治療の腕前は本当に素晴らしいのですが、ユイカとマノンが医務室を手伝ってくれるようになってから、守備隊の若い連中が無駄に怪我をしたアピールをして来て困ってますよ」


 いやいやカルツさん、さっきから厨房のメリーヌさんの方ばかり見てるの、僕が気付いていないと思ってるんです。


「そりゃあ、二人とも自分のものだとアピールしておかんと駄目じゃぞ、ケント」

「そうですね。オットーさんの言う通り、週明けに早速アピールしに行きましょう」

「おいおいケント、お手柔らかに頼むぞ。守備隊の若い連中がガックリして士気が落ちると困るからな」

「大丈夫ですよ。守備隊の臨時宿舎には、同級生の女子が百人ぐらい居るんですから、カルツさんが、お前ら下を向いてる暇なんかないぞ……って言ってくれれば解決です」

「ふむ、それもそうか……」


 なので、万が一メリーヌさんに振られても下を向かずに頑張って下さいね、カルツさん。


「いやぁ、それにしても、さすがはケントだな。一声掛けただけで、この面子が集まるんだから大したもんだぜ」

「あの……マルセルさん。お店を燃やしてしまった同級生なんですが、今は心を入れ替えて毎日城壁工事に通っています。もう少し経っても、ちゃんとした生活が出来ていたら、謝罪する場を設けてやりたいと思うのですが……どうでしょう?」

「ふむ……そうだなぁ、正直腹の立つ部分が無い訳じゃないが、損害は補てんしてもらっているし、考えようでは店を新築したようなものだからな。そいつが本当に反省しているってケントが見極めたなら、構わないぞ」

「ありがとうございます。しっかりと見極めて、その上で、改めてお伺いしますね」


 ぶっちゃけ鷹山個人の評価なんて、僕の知った事ではないとも思うのですが。

 この先、ヴォルザードで暮らしていく上で、日本出身の者の評価が下がるのは、避けておきたいという打算があります。

 て言うか、早めにシーリアを連れて来て、手綱を握らせた方が良いかもしれませんね。


 委員長とマノンは、日頃から家の手伝いをしていたのでしょう、配膳とかメリーヌさんの手伝いも、そつ無くこなしています。

 ベアトリーチェは普段は配膳などはやった事が無いのでしょうね、見るからに危なっかしい手付きで料理を運んだりしています。


 それでも、料理をひっくり返したり、食器を落として割るような事はないですし、時折、僕の近くを通って頑張ってるアピールも忘れません。


「ケント様、お飲み物は足りていらっしゃいますか?」

「うん、リーチェ達も座って食事してね」

「はい、お手伝いの合い間にいただいてますから、大丈夫ですよ……チュッ」


 僕の耳元で囁くような振りをして、さりげなく頬にキスをしていったりします。

 本人は、周囲に気付かれていないつもりだったようですが、その後すぐに、マノンと委員長が寄って来て頬にキスしていきました。


 うーん……今日は凄く良い日だよね。

 僕にとっては良い日だけど、ハミルにとっては最悪の一日になっているようです。

 僕の所からは離れた場所に座って、物凄い形相で睨んできます。


 メイサちゃんと何やら話をしているようなのですが、そこでも凹まされているようで、踏んだり蹴ったりという状態のようです。

 うん、だから何でメイサちゃんが、そんなに自慢気なんでしょうね。


 時間の経過と共に、お酒が回り始めると、だんだんとカオスな状況になり始めました。

 それでも、ハミルとクラウスさんを除けば、みんな終始笑顔が絶えず、こんなに賑やかで楽しい夕食は生まれて初めてです。


 召喚の影響で命を落としてしまった人達には申し訳ないですけど、召喚されて良かったと思ってしまいます。

 フレッドが声を掛けてきたのは、そんな時でした。


『ケント様……ラストックにミノタウロスが迫ってる……』

「えっ、ミノタウロス?」


 僕が洩らした一言で、お店の中から話し声が途絶えました。


「ミノタウロスだと! ケント、何頭居る?」


 クラウスさんが鋭い口調で訊ねてきて、ドノバンさんとカルツさんも臨戦体勢といった顔付きです。


『百五十から二百以上……』

「数は百五十から二百ぐらいですが、ミノタウロスが向かっているのはヴォルザードではなくラストックです」

「そうか、こっちに影響は無いのか?」

「ラインハルト、どうかな?」

『コボルト隊を偵察に出しましたが、ヴォルザードへの影響は今のところ無さそうですな』

「分かった、そのまま偵察を続けてもらって。クラウスさん、コボルト隊の偵察では、今のところ影響は出ていないようです」

「そうか……だが、ラストックがヤバそうだな」


 クラウスさんの言葉に、ドノバンさんとカルツさんも頷いています。


「ミノタウロスって、そんなに危険な魔物なんですか?」

「ヤバイぞ、ロックオーガよりも突進力があるからな。下手するとヴォルザードの城壁すら突き壊しかねねぇ」

「でも、ラストックは手前に川がありますから……」

「奴らは泳ぎも上手い。デカい角を使って護岸を崩して攻め入ってくる可能性が高い」

「フレッド、ミノタウロスはどの辺りまで来ているの?」

『既に森を出た……荒地を三分の一程度進んでる……』

「分かった。皆さん、すみません。ちょっとラストックまで警告と偵察に行ってきます。すぐ戻って来ますので、皆さんは食事会を続けていて下さい」

「待って健人、気を付けてね。怪我しちゃ嫌だよ」


 僕を呼び止めた委員長が駆け寄って来て、ギュっとハグして来ました。


「ケント、早く帰って来てね……」

「ケント様、お気を付けて……」


 マノンとベアトリーチェにもハグされて、みんなの生暖かい視線と、クラウスさんとハミルの恨みがましい視線に送られながら影に潜りました。


 向かった先は、ラストック駐屯地の司令官室です。

 いつものように、カミラが一人残っていたのですが、何だか様子が変です。

 机に両肘をついて頭を支え、肩で息をしています。


「カミラ!」

「んぁ……ま、魔王……様……」


 呼び掛けに応えてカミラの顔は真っ青で、目の下には色濃く隈が浮かんでいます。

 どこから見たって病人という表情です。


「体調が悪いのに、安息の曜日まで何やってるんだよ」

「すみません。工事の予定が大幅に進んだので……あっ……」

「危ない!」


 立ちくらみを起こして倒れ掛けたカミラを、反射的に抱きとめると、その身体は明らかに高熱に侵されていました。

 

「体調管理も出来ぬとは、この愚か者め!」

「も、申し訳ございません。あの、魔王様、あっ……」

「じっとしていろ。今、闇の力を注いでくれる」

「あぁぁ……これは……」


 カミラを抱きとめたままの格好で、治癒魔術を掛けます。

 このやり方は、委員長で何度もやっているので慣れたものですが、カミラには治癒魔術と悟られないように、闇の力なんて中二っぽい設定を伝えておきますよ。


「やはり、もはや私は、この世のものではないのですね……」

「民を守る為ならば、その身はどうなろうと構わないのではないのか?」

「そうですが……出来るなら、我が子をこの手で抱いてみとうございました」

「ふん……それはカミラ、貴様次第だな……」

「えっ……それは、どういう意味で……」

「呆けている暇なんか無いぞ。ミノタウロスの群れが魔の森を出てラストックに迫っている。すぐに迎撃の体勢を整えろ!」


 治癒魔術を流し終え、突き離すようにして言い放つと、カミラの緩んでいた表情が引き締まりました。


「ミノタウロス、本当でございますか?」

「数は百五十から二百、瞬斬フレッドの見立てが間違っていると思うなら、このまま書類仕事を続けていろ! 僕は前線に出るぞ!」

「申し訳ございません、直ちに迎撃の体勢を整えます。誰か、誰かおるか!」


 執務室を走り出ていくカミラは、自分の体調が回復していることも忘れていそうでした。


『もはや完落ち……カミラの夢はケント様が叶える……』

「えっ、カミラの夢って……駄目駄目、そんな事しちゃったら委員長達に吊し上げられちゃうよ』

『向こうは、ヴォルザードのハレーム……こちらは、リーゼンブルグのハーレム……』

「なるほど、間には魔の森もあるし、バレない……訳ないからね。そんなの僕には無理だから……って、遊んでる場合じゃないよ。ミノタウロスを迎え撃つよ」

『大丈夫……我らにとっては雑魚……』

「フレッド、油断は禁物だよ」

『了解……気を引き締めて、殲滅する……』


 フレッドと一緒に川岸まで移動して、影の中から見守る事にします。

 ヴォルザードの監視にコボルト隊を十頭ほど残して、残りの眷属には集まってもらっています。


『ケント様、ミノタウロスは確かに厄介な魔物ですが、我らの力を持ってすれば、万が一にも後れを取る事など有りませんぞ』

「うん、そうだとは思うけど、今回はラストックの迎撃態勢がどれほどのものなのかも見ておきたいから、加勢はギリギリまで待ってやりたいんだ」

『なるほど、そうなりますと、あまり余裕を感じている場合ではありませぬな』

「うん、今回は水の中での戦闘がメインになりそうだから、ザーエ達に頑張ってもらうよ」

「お任せ下さい、王よ。水の中は我らが独壇場。牛どもなんぞ、細切れにして屠ってくれます」

「うん、出来たら魔石と角の回収もよろしくね」

『回収は任せて……皆は攻撃に集中……』


 ミノタウロスの角は、高値で取り引きされるそうです。

 僕らが迎撃の体勢を整えた頃、護岸にリーゼンブルグの騎士達が集まって来ました。


「魔光機を設置しろ。弓隊、持ち場に着け!」

「一班、準備よし!」

「二班の準備も完了!」

「三班、持ち場に着きました!」


 誰もミノタウロスを確認していない状況なのに、騎士達はキビキビとした動きで持ち場へ散っていきます。

 普通だったら疑う者が行動の足を引っ張ったりしそうですが、そうした様子が見られないのは、カミラの統制が行き届いているからなのでしょう。


 騎士達が持ち場に着いた頃、金ピカ鎧に身を包んだカミラが姿を現しました。

 どうやら体調も回復したようで、いつものごとくキリリと引き締まった表情を見せています。


「全員聞け! こちらに向かって来ているミノタウロスは百五十から二百頭の群れだ。幸い護岸の工事は進んでいるが、まだ土を盛っただけで未完成だ。だが、そんな事は言い訳にはならん! 死力を尽くして撃退し、街を守れ、民を守れ、騎士としての誇りを見せよ!」

「おぉぉぉぉぉ!」


 ミノタウロスの数を聞いた時、確かに騎士の間には動揺が走りましたが、カミラの訓示を聞き終えた後、騎士達の士気は高く、どの瞳にも闘志の炎が灯っているかのようでした。


『ケント様、やはりこのカミラという者は非凡な才の持ち主ですな』

「そうなんだよねぇ……どうすれば、皆が納得するような形で罪滅ぼしが出来るかが問題なんだよねぇ……」


 騎士達が雄叫びを上げ、持ち場に散って暫くすると、地響きが聞こえてきました。

 暗い荒地から聞こえてくる地響きは、それだけでも神経を削り取っていきます。


「ボオォォォ……ボオァァァ……」


 地響きに混じって、低い呻き声のようなものも聞こえてきます。

 土煙を上げながら走って来る姿は、地球にいるバッファローのようにも見えますが、サイズは倍以上ありそうな感じです。


 赤茶色の硬そうな毛の下は、分厚い皮と脂肪の層があるそうです。

 頭の両側から生えている角は、大人の脚ほどの大きさで、太く、そして鋭く尖っています。


「魔光機、照らせ! 弓隊、前へ!」

「マナよ、マナよ、世を司りしマナよ、集え、集え、我が手に集いて風となれ、守れ、守れ、矢を守りて敵を穿て!」

「放て!」


 矢は甲高い弓弦の音を残して、対岸に迫ってきたミノタウロスに向かって飛んだものの、角に弾かれ、分厚い皮に阻まれて、有効的なダメージを与えられなかったようです。


『例え魔法を付与しても、至近距離からでなければ、矢は通りませんぞ』

「そんなに硬いんだ……どれ……」


 対岸から川に飛び込み始めたミノタウロスの中から一頭を選んで、光属性の攻撃魔法を撃ち込んでみます。

 眉間を撃ち抜かれたミノタウロスは、後続の仲間に踏み潰されるようにして、川に沈んでいきました。


『ぶははは、さすがはケント様、へなちょこな弓兵など問題になりませぬな』

『ケント様は……出鱈目……』


 どうやら遠距離からの攻撃は、僕の魔法に比肩するものは無いようです。

 川に入ればスピードも落ちるだろうと思っていたのですが、ミノタウロス達は猛烈な勢いで泳いで来ます。


「うわっ、あんなに速く泳ぐの?」

『いかにも、奴らは泳ぎが達者です』


 ミノタウロスの大群が波をけたてて進んでくる様は、物凄い迫力です。


「術士隊、撃て!」

「マナよ、マナよ、世を司りしマナよ、集え、集え、我が手に集いて水となれ、踊れ、踊れ、水よ舞い踊り、水槍となれ!」

「マナよ、マナよ、世を司りしマナよ、集え、集え、我が手に集いて風となれ、踊れ、踊れ、風よ舞い踊り、風刃となれ!」


 リーゼンブルグの騎士が放った水の槍や風の刃は、八木達がオークに向けて放ったものとは比べ物にならない程に大きく鋭く、ミノタウロスの分厚い皮を貫いて血飛沫が上がりました。

 ですが、仕留めきる程のダメージではないようで、群れの勢いを止める事ができません。


『ケント様、奴らが岸に上がったら、我らも出ますぞ』

「えっ、でも騎士達の攻撃は通っているみたいだけど……」

『ミノタウロスを安全に倒すには、一頭あたりに騎士五人というのが常識ですぞ。奴らが雪崩を打って押し寄せれば、今のラストックの騎士では到底支えきれませぬ』

「分かった、判断はラインハルトに任せる。ザーエ、そっちは始めて。後ろからの勢いを殺して」

「畏まりましたぞ、王よ」

「アルト達は、影の中から陸に上がったミノタウロスの足を狙って攻撃、動きを止めて」

「了解です、ご主人様」


 ザーエ達は、影の中からヌルリと水に侵入していき、アルト達は川岸の影に潜んで待ち構えます。


「じゃあ、僕は見学で良いかな?」

『お任せ下され、ケント様』

『分団長、リーゼンブルグの騎士にやられないで下さいよ』

『ぶははは、そんなヘマはせんわい!』


 こちら側の川岸に上がったミノタウロスは、ブルっと身体を震わせて水飛沫を上げると、一気に突進を開始しました。


「撃て! 撃て! 近付かせるな!」


 騎士達の魔法や矢が降り注いでも、ミノタウロスはまるで意に介さない様子で真っ直ぐに護岸へと突っ込みました。


 ズドォォォォォン!


 たった一頭の、たった一撃で、土を盛っただけの護岸は崩壊して、ミノタウロスが一気に駆け上がりました。


「ぼおぉぉぉぉぉ!」


 護岸の上まで駆け上がったミノタウロスが、衝撃で尻もちを付いた騎士に向かって、巨大な蹄を振り上げた瞬間、その胴体が爆散しました。


『ぶははは、リーゼンブルグに仇なす者共よ、この剛腕ラインハルトが相手してくれる!』


 血塗られた愛剣グラムを振りぬいたラインハルトは、高笑いを残してミノタウロスの群れへと突っ込んでいきます。


『しゃぁぁぁ! ラストックの土を踏みたくば、この烈火のバステンを倒していけ!』


 別の場所から岸へと辿り着き、突進を始めようとしたミノタウロスは、バステンの愛槍ゲイボルグに頭を貫かれて沈黙しました。

 一方、岸に向かって泳いでいたミノタウロスは、一頭、また一頭と川の中へと引きずり込まれては、首の無い死体となって浮かび上がり、流されていきます。


「ミノタウロスのみを狙え! その他の魔物は魔王の眷属だ、決して手を出すな!」


 ラインハルト達を見たカミラが大声で指示を飛ばしました。

 リーゼンブルグ騎士団の伝統的な戦術とか動きとかがあるのでしょう。


 ラインハルトやバステンを避けて騎士達は攻撃を行い、ラインハルト達も騎士が攻撃しやすいように動いているように見えます。


 ラインハルトとバステンが暴れている以外の場所からも、ミノタウロス達は上陸してくるのですが、アルト達に足元を斬られ、動きが鈍った所に騎士達の集中攻撃を食らって息絶えていきます。


『全滅は時間の問題……ケント様は先に戻って……』

「うわぁぉ……重た……」


 フレッドが、お土産だとばかりに、切り落としたミノタウロスの角を持ってきました。

 ずっしりとした重量に、思わずよろけてしまったほどです。


「じゃあ、フレッド、後を頼んじゃっても良いかな?」

『お任せを……分団長もあれだけ暴れれば気が済むかと……』


 高笑いをしながらミノタウロスを屠り続けるラインハルトを横目に、ヴォルザードへと戻る事にしました。

 アマンダさんの店に戻ると、大人たちは宴会を続けていましたが、委員長達は浮かない表情をしています。


「ただいま戻りました……」

「健人!」「ケント!」「ケント様!」


 わあぉ! 美少女三人に競い合うように抱き付かれるなんて、ここは何て言うパラダイスなんでしょうか。


「心配掛けてゴメンね。ラストックがミノタウロスを撃退出来るか見守ってたんだけど、難しそうだったからラインハルト達に援護させてたんだ」

「おぅ、ケント、どうだった、ミノタウロスは?」

「はい、思った以上の迫力で……? 唯香?」


 クラウスさんに、ミノタウロスの角を披露しようと歩き出しかけたのですが、委員長にグイっと引き留められました。


「健人、この香水の匂いは何なのかなぁ……」

「へっ……」


 ヤバいです。カミラを抱きとめて、そのままハグした状態で治癒魔法を掛けたんでした。

 香水の事なんて、全く意識していませんでしたよ。

 一気に冷や汗が噴き出してきます。


「ミノタウロスって、こんな甘い匂いがする魔物なのかなぁ……」

「いや、マノンそれは誤解であって……」

「ケント様、リーゼンブルグの王女と頻繁に交渉なさっていると聞いておりますが……」

「えっと、これはカミラの体調が悪かったから治癒魔法を……って、リーチェの時みたいな治療じゃないからね」

「健人……正座」

「はい……」


 あれぇぇぇ、ヴォルザードに居ながら、ラストックの危機を察知し駆け付け、華麗に解決する出来る男を見せつけて、ハミルにも一目置かせるつもりだったのに、どうしてこうなった。


 マリアンヌさんや、ノエラさんの視線も冷たいんですけど、アマンダさん、メイサちゃん、やれやれみたいな表情はしないで下さい、誤解ですからね。


 誤解を解いて、許しを得るのに三十分ほど要しましたが、その後はミノタウロスの角や、ラインハルト達の戦いぶりをネタに話が盛り上がり、宴は夜遅くまで続きました。

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